~~拾破血の巻 「ダンス・ウィズ・マッドドッグ後編」~~
――イタリアはローマ、バチカン市国。
はるか昔からカトリックの総本山として在り続けたローマ教皇庁。
この教皇庁、キリスト教圏の国々に強い影響力を持つだけでない。
聖堂騎士団を中心とした武力までも保持し、対アムステラ戦線の一翼を担うほどである。
その栄光の陰には長い歴史と伝統、そして光と闇が合い重なって眠っている……。
聖堂騎士団を中心とした武力までも保持し、対アムステラ戦線の一翼を担うほどである。
その栄光の陰には長い歴史と伝統、そして光と闇が合い重なって眠っている……。
侘びしくも荘厳な石造りの庁舎。彫刻や柱で彩られた通路の先に教皇の間がある。
余人の侵入を許さぬ厳粛な雰囲気の中、跪き法皇に謁見する者の姿があった。
余人の侵入を許さぬ厳粛な雰囲気の中、跪き法皇に謁見する者の姿があった。
「返す返すも、皆に苦労をかけることになって済まなく思っています……」
一段高い壇上で椅子に腰掛ける老人こそ、当代の教皇その人である。
一見するとしわがれた老人に見えるが、眼の奥に湛える光は鋭く、法衣からのぞく指先には労苦の跡が刻まれて見える。
この場に歴戦の勇者がいれば、その座り込む佇まいを見るだけで、教皇が只者でないことを見抜くだろう。
一見するとしわがれた老人に見えるが、眼の奥に湛える光は鋭く、法衣からのぞく指先には労苦の跡が刻まれて見える。
この場に歴戦の勇者がいれば、その座り込む佇まいを見るだけで、教皇が只者でないことを見抜くだろう。
「教皇猊下にはなんの罪もございません」
その教皇の御前で伏し拝む聖堂騎士の男。
金髪を揺らして上げた顔は端正で、怜悧な瞳が教皇に向けられる。
金髪を揺らして上げた顔は端正で、怜悧な瞳が教皇に向けられる。
彼こそ聖堂騎士団のエースとして名を轟かすフェルディナンド・サルディーニ。
“聖剣”サント・スパーダを操り、アムステラと戦うスーパーロボットのパイロットである。
“聖剣”サント・スパーダを操り、アムステラと戦うスーパーロボットのパイロットである。
「罪があるとすれば、それは過去の教会指導者たち。その償いは我ら全員で成すべきことです。
我ら聖堂騎士団が力を挙げて、この問題に取り組むことを誓います」
「フェルディナンド、あなたも日本へ渡るのですか?」
「間もなくそうなりましょう。現在、先遣隊がすでに日本で活動を始めております」
我ら聖堂騎士団が力を挙げて、この問題に取り組むことを誓います」
「フェルディナンド、あなたも日本へ渡るのですか?」
「間もなくそうなりましょう。現在、先遣隊がすでに日本で活動を始めております」
フェルディナンドは立ち上がると、一礼して御前を辞した。
「必ずや、極東に逃れた悪の芽を摘み取って帰ります」
「あなたの行先に神のご加護のあらんことを……」
「あなたの行先に神のご加護のあらんことを……」
衣服を翻して歩き出すフェルディナンド。
サングラスを掛けると、瞳は一変して強い意志を湛えた。
これぞ異教の敵を討ち倒す聖なる騎士の面貌である。エイメン。
サングラスを掛けると、瞳は一変して強い意志を湛えた。
これぞ異教の敵を討ち倒す聖なる騎士の面貌である。エイメン。
「「フェルディナンド神父!」」
教皇の間を出たフェルディナンドは、二人の聖堂騎士に呼び止められた。
彼らはエンツォとマモート。まだ若いが腕が立ち、共にフェルディナンドをよく慕うものたちだ。
彼らはエンツォとマモート。まだ若いが腕が立ち、共にフェルディナンドをよく慕うものたちだ。
「日本にあの“狂犬”……ロベルト・ヴィスコンティ神父が派遣されたというのは本当ですか!?」
「マモート、どこから嗅ぎつけたのですか……?」
「失礼……。ですが、あの男を海外で働かせるのは不安があります」
「マモート、どこから嗅ぎつけたのですか……?」
「失礼……。ですが、あの男を海外で働かせるのは不安があります」
マモートが眉間にシワを寄せる。
エンツォも納得いかない様子で、口をとがらせて抗議する。
エンツォも納得いかない様子で、口をとがらせて抗議する。
「日本なら何度も行ってますから、俺たちに任せてくれれば良かったじゃないですか?」
「任務の種類が問題なのです、エンツォ。
あなたたちが適任であれば派遣したでしょうが。今回はロベルト神父が相応しいと上層部が判断したのです。
決して、あなたたちが能力で劣ると考えたわけではありません」
「任務の種類が問題なのです、エンツォ。
あなたたちが適任であれば派遣したでしょうが。今回はロベルト神父が相応しいと上層部が判断したのです。
決して、あなたたちが能力で劣ると考えたわけではありません」
「けど……」
「抑えろエンツォ。
……フェルディナンド神父、つまり今度の派遣は、通常の戦闘任務とは異なると?」
「抑えろエンツォ。
……フェルディナンド神父、つまり今度の派遣は、通常の戦闘任務とは異なると?」
まだ若気の余るエンツォをマモートが制止する。
マモートは裏街道にも通じたところのある男で、こういう時の嗅覚は並の聖堂騎士より鋭い。
マモートは裏街道にも通じたところのある男で、こういう時の嗅覚は並の聖堂騎士より鋭い。
「マモートの感じている通り、この件にはのっぴきならない事情が絡んでいます。
なので二人とも、あまり大っぴらに話さないようにお願いしますよ?」
「は、はい!」
なので二人とも、あまり大っぴらに話さないようにお願いしますよ?」
「は、はい!」
フェルディナンドとマモートのただならぬ雰囲気を察して、エンツォは思わず口を手で覆う仕草をした。
「……ですが、二人の懸念もわかります。
準備が整い次第、私も日本へ飛びますので安心しなさい」
準備が整い次第、私も日本へ飛びますので安心しなさい」
フェルディナンドはことさら温和な表情を作り二人を安心させようとした。
だが言葉とは裏腹に、ロベルト・ヴィスコンティに対する不安は彼自身拭い切れないものがある。
だが言葉とは裏腹に、ロベルト・ヴィスコンティに対する不安は彼自身拭い切れないものがある。
人格を否定するわけではない。この任務に適した人選であることも認めている。
それでもフェルディナンドを捕らえて離さない不安とは……。
それでもフェルディナンドを捕らえて離さない不安とは……。
◆◆◆◆◆
それは何年前の出来事だったか。彼がまだ“狂犬”の異名を取る前のことだ。
ロベルト・ヴィスコンティは、聖堂騎士団に所属するごく普通の神父だった。
聖堂騎士の基準としては、十分に一般的で、どこに出しても恥ずかしくない神父だった。
ロベルト・ヴィスコンティは、聖堂騎士団に所属するごく普通の神父だった。
聖堂騎士の基準としては、十分に一般的で、どこに出しても恥ずかしくない神父だった。
だがロベルトを悲劇が襲う。
アムステラ襲来のはるか以前から、歴史の影で暗躍していた組織『ブラッククロス』。
ロベルト神父は彼らを調査中に捕まってしまい、人体実験の素体にされてしまったのだ!
アムステラ襲来のはるか以前から、歴史の影で暗躍していた組織『ブラッククロス』。
ロベルト神父は彼らを調査中に捕まってしまい、人体実験の素体にされてしまったのだ!
全貌は明らかになっていないが、ブラッククロスの保有する科学技術は極めて高水準にある。
アメリカの“フェニックス”と“レイヴン”は、今でこそ世界のスーパーロボットに名を連ねている。
だが元を辿れば二機とも、そしてフェニックスのパイロット、『ホムンクルス』の“レイ”も、ブラッククロスが創りあげた“兵器”である。
アメリカの“フェニックス”と“レイヴン”は、今でこそ世界のスーパーロボットに名を連ねている。
だが元を辿れば二機とも、そしてフェニックスのパイロット、『ホムンクルス』の“レイ”も、ブラッククロスが創りあげた“兵器”である。
そして彼らが手を染めた悪魔の所業は多岐にわたり、その一つが『改造人間』の研究……即ち『人為変態手術』だった。
◆◆◆◆◆
舞台は日本、化学ニンジャ隊の研究施設に舞い戻る。
キシィッ。
甲殻に身を包んだロベルトが歩を進める。
『人為変態手術』とは、人間以外の生物が持つ特性を、人の身に取り込む技術のことだ。
特に昆虫の持つ甲殻、筋力、反射神経への着目が強く、ロベルトに施された術も昆虫がベースである。
甲殻に身を包んだロベルトが歩を進める。
『人為変態手術』とは、人間以外の生物が持つ特性を、人の身に取り込む技術のことだ。
特に昆虫の持つ甲殻、筋力、反射神経への着目が強く、ロベルトに施された術も昆虫がベースである。
壁際で震えている化学ニンジャのトライ・マグナムは、腫れた目を押し開き、ロベルトの変わり果てた姿を目撃。
彼の銃撃を防いだのはこの能力によるものだと、すぐに察しがついた。
彼の銃撃を防いだのはこの能力によるものだと、すぐに察しがついた。
(だがマグナム弾まで弾くほどのものなのか……?)
一つ疑問は残ったが、それもやがて氷解することとなる。
ロベルトの変身に対し、楔はすぐさま忍刀を抜き放った。
次いで地を蹴り、壁を蹴り、ロベルトを撹乱しにかかる。
変身したロベルトの巨躯を見れば、素早さを損ねたと誰もが考えるだろう。
次いで地を蹴り、壁を蹴り、ロベルトを撹乱しにかかる。
変身したロベルトの巨躯を見れば、素早さを損ねたと誰もが考えるだろう。
――だがそれは誤算だった。
高速で移動する楔の眼前に、ロベルトの異形と化した面貌が出現!
ロベルトは、サイボーグもかくやという反射と俊敏さで追いつき、連続で拳を突き出す!
高速で移動する楔の眼前に、ロベルトの異形と化した面貌が出現!
ロベルトは、サイボーグもかくやという反射と俊敏さで追いつき、連続で拳を突き出す!
キィッ、カキィン!
楔は忍刀で防いだ!
しかし、素手と金属が打ち合ったとは思えぬ打撃音に、楔は警戒を新たにする。
楔は忍刀で防いだ!
しかし、素手と金属が打ち合ったとは思えぬ打撃音に、楔は警戒を新たにする。
(人の身にこのような変化を起こすとは……、生身で喰らえばただでは済まぬ!)
だが驚くばかりではなく、楔は即座に反撃に転じた。
刀で斬りこむと見せておき、切っ先に宙を躍らせる奇妙な動きを繰り返す。
薄暗い室内、戦闘で立ち込めた煙の中、楔の忍刀がいくつかの煌めきを生んだ。
刀で斬りこむと見せておき、切っ先に宙を躍らせる奇妙な動きを繰り返す。
薄暗い室内、戦闘で立ち込めた煙の中、楔の忍刀がいくつかの煌めきを生んだ。
「……?」
ロベルトは楔の動きを注視していたが、いつの間にか目が煌めきを追っていた。追わされていた。
これも一つの幻惑殺法。僅かに生じた隙を縫って、楔が踏み込み斬撃!
これも一つの幻惑殺法。僅かに生じた隙を縫って、楔が踏み込み斬撃!
チュィィィンッッ!!!
甲殻によって弾かれた。マグナムスチール製の鋭利な刃が、である。
その瞬間を楔の目は捉えていた。
ロベルトは攻撃を受ける瞬間、曲面のある甲殻を傾斜させて斬撃の威力を逃し、刃が食い込まぬよう防御したのだ!
それもロベルトの戦闘経験と、人為変態によって向上した動体視力が合わさった高等テクニックである。
甲殻によって弾かれた。マグナムスチール製の鋭利な刃が、である。
その瞬間を楔の目は捉えていた。
ロベルトは攻撃を受ける瞬間、曲面のある甲殻を傾斜させて斬撃の威力を逃し、刃が食い込まぬよう防御したのだ!
それもロベルトの戦闘経験と、人為変態によって向上した動体視力が合わさった高等テクニックである。
刀が甲殻に阻まれたなら、どうするか? 甲殻の隙間を狙って突くか?
否、高速で繰り広げられる忍の戦において、針の穴を縫う正確さを要求するのは困難至極。
それこそ剣の達人でなければ不可能だが、楔は己の剣術にさほどの信頼を置いてはいなかった。
否、高速で繰り広げられる忍の戦において、針の穴を縫う正確さを要求するのは困難至極。
それこそ剣の達人でなければ不可能だが、楔は己の剣術にさほどの信頼を置いてはいなかった。
刀を弾いたロベルトは反撃の突きを放つ。
楔は側転して回避。忍刀を鞘に収め、大きく飛び退る。
その着地点にはトライ・マグナムの銃があった。拾った楔はロベルトに銃口を向け、引き金を引く。
楔は側転して回避。忍刀を鞘に収め、大きく飛び退る。
その着地点にはトライ・マグナムの銃があった。拾った楔はロベルトに銃口を向け、引き金を引く。
『ピッ! 生体認証が異なります』
銃から発せられる機械音声。
トライ・マグナムの銃は持ち主の指紋によってセーフティが解除される仕掛けになっていた。
トライ・マグナムの銃は持ち主の指紋によってセーフティが解除される仕掛けになっていた。
「フンッ!」
ベキィッ!
楔は力任せに引き金を引いた! セーフティを握り抜いて無理矢理に発砲した!
楔は力任せに引き金を引いた! セーフティを握り抜いて無理矢理に発砲した!
ヂュインッ!!!
――ロベルトは銃弾に対しても、甲殻に角度をつけて後方へ逸らす!
さすがにマグナム弾の衝撃は重く、甲殻に亀裂が入った。それでも内側の本体が無事ならば問題はない。
ヒュッ――ロベルトが腕をふるうと、楔に向けて何かが飛んだ。
それは尖った甲殻の破片。それを手裏剣のように投擲したのだ!
――ロベルトは銃弾に対しても、甲殻に角度をつけて後方へ逸らす!
さすがにマグナム弾の衝撃は重く、甲殻に亀裂が入った。それでも内側の本体が無事ならば問題はない。
ヒュッ――ロベルトが腕をふるうと、楔に向けて何かが飛んだ。
それは尖った甲殻の破片。それを手裏剣のように投擲したのだ!
再び側転して避ける楔。
その間にロベルトは、素早い横移動で壁に柱に、体を滑り込ませては飛び出す撹乱の動き。
それを目で追った楔は、一瞬ロベルトの姿を見失った。
なんということか、襲撃によって立ち込めた煙と薄暗さが、ロベルトの甲殻の色と重なり合って迷彩効果を生じたのだ!
その間にロベルトは、素早い横移動で壁に柱に、体を滑り込ませては飛び出す撹乱の動き。
それを目で追った楔は、一瞬ロベルトの姿を見失った。
なんということか、襲撃によって立ち込めた煙と薄暗さが、ロベルトの甲殻の色と重なり合って迷彩効果を生じたのだ!
これこそ、この人為変態手術を施した者達の意図したことである。
手術ベースとなった『ニビイロクワガタ』とは30年ほど前に発見された希少なクワガタ。
その金属質の鈍い光沢を放つ甲皮は、森林よりむしろ都会のジャングルでこそ迷彩として有効だった。
そこに目をつけたブラッククロスの研究者たちが、実験的な手術をロベルトに施したのである。
手術ベースとなった『ニビイロクワガタ』とは30年ほど前に発見された希少なクワガタ。
その金属質の鈍い光沢を放つ甲皮は、森林よりむしろ都会のジャングルでこそ迷彩として有効だった。
そこに目をつけたブラッククロスの研究者たちが、実験的な手術をロベルトに施したのである。
(この動き……ローマ忍術か!?)
楔の優れた目は、すぐにロベルトを再視認した。だが一瞬の遅れが命取り!
間合いに入ったロベルトが尖った指先で手刀を放つ!
間合いに入ったロベルトが尖った指先で手刀を放つ!
「ツァッ!!!」
「ヒュッ――」
「ヒュッ――」
楔は体を傾けて回避!
「ツァッ!!!」
「ヒュッ――」
「ヒュッ――」
続くロベルトの突きは、楔の体をかすめ僅かに出血した!
「ヌゥン!」
負けじと楔も拳を見舞う! 胸に、腹に、顔面に!
しかし、硬い殻と分厚い筋肉が尽く防ぎ止めてダメージが少ない。
近づいても離れてもロベルトの牙城を崩すことは叶わないのか? 否、そのようなことはない!
しかし、硬い殻と分厚い筋肉が尽く防ぎ止めてダメージが少ない。
近づいても離れてもロベルトの牙城を崩すことは叶わないのか? 否、そのようなことはない!
「貴様がローマ忍者ならば、こちらは帝國忍者だ!」
「誰が忍者だ!?」
「誰が忍者だ!?」
するりと楔の両腕が伸びる!
ロベルトはこれを無視し、更なる突きを繰り出した。己のタフネスに自信を持った攻めだ。
ロベルトはこれを無視し、更なる突きを繰り出した。己のタフネスに自信を持った攻めだ。
ザスッ――!
ロベルトの突きが楔の胸に突き刺さる! 肋骨が止めなければ致命傷!
危険を冒してなお楔が伸ばした両手は、ロベルトの頭を挟みこむようにがっしり掴んだ!
ロベルトの突きが楔の胸に突き刺さる! 肋骨が止めなければ致命傷!
危険を冒してなお楔が伸ばした両手は、ロベルトの頭を挟みこむようにがっしり掴んだ!
大日本帝國忍術・百の技の一つ……伽藍動!!!!
楔の両手が左右小刻みに高速震動!!!
挟まれたロベルトの頭部は激しく揺さぶられ、脳は頭蓋の内側に数十回と叩きつけられる!
挟まれたロベルトの頭部は激しく揺さぶられ、脳は頭蓋の内側に数十回と叩きつけられる!
ロベルトは脳震盪に襲われ、たまらず膝をついた。
常人であれば、脳が傷つき深刻な後遺症が残るだろう危険な技である。
しかし、人為変態した肉体が、甲殻と筋肉で固められた首筋が震動を吸収したことで、ダメージが半減していたのだ。
常人であれば、脳が傷つき深刻な後遺症が残るだろう危険な技である。
しかし、人為変態した肉体が、甲殻と筋肉で固められた首筋が震動を吸収したことで、ダメージが半減していたのだ。
「く……この呪われた体でなければ……危ないところだった……」
「まだ喋れるのか!?」
「まだ喋れるのか!?」
意外に思う楔。と、ロベルトの突き刺した腕が、一段と楔にめり込む!
「ぐうっ……!」
傷口から血が吹き出した。
それでも楔は両手に力を込め、二度目の伽藍動でロベルトの命を刈り取りにかかる!
それでも楔は両手に力を込め、二度目の伽藍動でロベルトの命を刈り取りにかかる!
…………
ここに完全放置されている男がいる。
ロベルトにボロ雑巾のようにされた化学ニンジャのトライ・マグナムだ。
ロベルトにボロ雑巾のようにされた化学ニンジャのトライ・マグナムだ。
彼の負っていた任務は、聖堂騎士の襲撃に遭ってすでに壊滅的失敗を遂げている。
自身も厳しい拷問を受け、その生命は風前の灯火状態。
それが不思議な事に、更なる侵入者、黒装束の男の出現によって、辛くも難を逃れていた。
だがそれも長くは続かないように思われる。
自身も厳しい拷問を受け、その生命は風前の灯火状態。
それが不思議な事に、更なる侵入者、黒装束の男の出現によって、辛くも難を逃れていた。
だがそれも長くは続かないように思われる。
今目の前で、聖堂騎士と黒装束の男が戦っている。
トライ・マグナムでは介入など覚束ないレベルの死闘だ。
トライ・マグナムでは介入など覚束ないレベルの死闘だ。
(俺のことを完全に忘れてやがる)
トライ・マグナムは、ロベルトによって手を傷つけられ自慢の銃も使えない。
戦力外とみなされても無理はない。
戦力外とみなされても無理はない。
(だが俺にはまだ、切り札がある……!)
もう化学ニンジャ隊に無事戻ることは叶わないかもしれない。
だがこの修羅場を逃れるため、或いは一矢でも報いるため、チャンスが訪れるのを待った。
だがこの修羅場を逃れるため、或いは一矢でも報いるため、チャンスが訪れるのを待った。
――すると、楔とロベルトが組み合う形になって膠着状態が生まれた。
これぞ好機! 二人まとめて葬るまたとないタイミングに、トライ・マグナムは股間へ血が流れこむのを感じた。
これぞ好機! 二人まとめて葬るまたとないタイミングに、トライ・マグナムは股間へ血が流れこむのを感じた。
(恨みはらさでおくべきか!)
立ち上がったトライ・マグナムの股間には、隠されていた第三の銃が屹立!
神経直結で自律制御できる、一際長大なオートマグナムだ!
組み合っている二人に向けて怒りの銃弾を――今、
神経直結で自律制御できる、一際長大なオートマグナムだ!
組み合っている二人に向けて怒りの銃弾を――今、
ドシュ!
楔が反射的に投じた手裏剣がトライ・マグナムの首筋を切断!
楔が反射的に投じた手裏剣がトライ・マグナムの首筋を切断!
ドドスッ! ドスッ!
ロベルトが反射的に投じた甲殻手裏剣がトライ・マグナムの体中に突き刺さる!
ロベルトが反射的に投じた甲殻手裏剣がトライ・マグナムの体中に突き刺さる!
「「あっ」」
「アッバーーー!?」
「アッバーーー!?」
血を噴いて倒れたトライ・マグナムは、しばし痙攣してから絶命した。
「……」
「……」
「……」
二人は沈黙した。
「お前……奴にはまだ尋問することが山ほどあったのに」
「……待て聖堂騎士、貴様も手裏剣を投げたじゃないか」
「致命傷はお前のだ。あとシュリケンじゃない」
「何発も投げておいて、殺す気がなかったとでも言うつもりか?」
「“つい”投げ過ぎただけだ」
「こちらも“つい”だ」
「……待て聖堂騎士、貴様も手裏剣を投げたじゃないか」
「致命傷はお前のだ。あとシュリケンじゃない」
「何発も投げておいて、殺す気がなかったとでも言うつもりか?」
「“つい”投げ過ぎただけだ」
「こちらも“つい”だ」
二人の間に険悪だが弛緩した空気が漂う。
「ロベルト神父!」
すると、施設の深部まで侵入していた聖堂騎士の仲間たちが駆けつた。
いずれも武装した神父たちである。楔はロベルトから離れ、一同を見据える。
いずれも武装した神父たちである。楔はロベルトから離れ、一同を見据える。
「奥の方は片付いたのか?」
「はい。得られるだけの資料は持ち出せます。敵に気づかれる前に撤収しましょう」
「彼は?」
「はい。得られるだけの資料は持ち出せます。敵に気づかれる前に撤収しましょう」
「彼は?」
楔を見た聖堂騎士達が緊張の色を浮かべる。
だが、そのうちの一人が楔の外見に気づくところがあった。
だが、そのうちの一人が楔の外見に気づくところがあった。
「あれはもしかして、化学ニンジャ隊を付け狙っているというジャポネーゼ・ニンジャでは?」
「奴がそうなのか?」
「奴がそうなのか?」
神父が一人進み出て楔と対峙した。武器は収め、戦闘の意志がないことを示している。
「どうやら誤解があったようですが、ここは矛を収めていただけますか?」
「……異存はない」
「それは良かった。我々はバチカンの聖堂騎士団。
故あって化学ニンジャ隊を調べているものです」
「聖職者にしては物騒な調べ物だな」
「いやはや。でもそれはお互い様でしょう」
「……異存はない」
「それは良かった。我々はバチカンの聖堂騎士団。
故あって化学ニンジャ隊を調べているものです」
「聖職者にしては物騒な調べ物だな」
「いやはや。でもそれはお互い様でしょう」
返す言葉もない。だがそれ以上は追求も詮索もなかった。
ふと、視界の奥でロベルトが片膝をつくのが見えた。先ほどのダメージによるものか。息も苦しそうだ。
ふと、視界の奥でロベルトが片膝をつくのが見えた。先ほどのダメージによるものか。息も苦しそうだ。
「我々はすぐにここを出ます。
貴方には無駄足となってしまったでしょうが、このままお引き取り願えますか?
気に入らぬ点があれば後日、埋め合わせします」
「長居する理由もない」
貴方には無駄足となってしまったでしょうが、このままお引き取り願えますか?
気に入らぬ点があれば後日、埋め合わせします」
「長居する理由もない」
楔は踵を返して立ち去ろうとした。
その背中に、聖堂騎士が言葉を投げかける。
その背中に、聖堂騎士が言葉を投げかける。
「これだけは申しておきますが、我々バチカンは貴方の邪魔をする気はありません。
ですが、我々の作戦目的は明かすことが出来ません。どうかお許し願いたい」
ですが、我々の作戦目的は明かすことが出来ません。どうかお許し願いたい」
答えは残さず、楔は走り去る。風のように。
…………
「この短時間に二度も薬を打つだなんて……」
聖堂騎士の男がロベルトに肩を貸して言う。
「日本に来て早々にこれでは、作戦を遂行しきれませんよ」
「案ずるな。例え死のうとも、使命は果たす……」
「案ずるな。例え死のうとも、使命は果たす……」
ブラッククロスの研究所に捕らえられ、実験台とされたロベルトは、仲間の襲撃によって助けだされた。
……だが彼の身体はもう元のようには戻れなくなっていた。
その時、ロベルト自身の意向もあって、人為変態手術の解析が行われ、薬の投与による変態の制御が可能になった。
その日から、ロベルト神父は悪と戦う改造人間になったのだ。
……だが彼の身体はもう元のようには戻れなくなっていた。
その時、ロベルト自身の意向もあって、人為変態手術の解析が行われ、薬の投与による変態の制御が可能になった。
その日から、ロベルト神父は悪と戦う改造人間になったのだ。
しかし、薬の効果は短く、しかも連続の投与は危険を伴う。
肉体の細胞を意図的に増減させるため、ロベルトの寿命は確実に削り取られている。
それでも彼は幸運なほうであったかもしれない。
何故なら、彼とともに同様の手術を受けた人々は、ほとんど手術に耐えられず死んでいったのだから。
肉体の細胞を意図的に増減させるため、ロベルトの寿命は確実に削り取られている。
それでも彼は幸運なほうであったかもしれない。
何故なら、彼とともに同様の手術を受けた人々は、ほとんど手術に耐えられず死んでいったのだから。
呼吸が粗い。内臓が悲鳴を上げている。変態を解いた後はいつもこうだった。
それでもロベルトは戦いを止めない。
全ては、自分のような呪われし所業の被害者が、これ以上増えないために……。
それでもロベルトは戦いを止めない。
全ては、自分のような呪われし所業の被害者が、これ以上増えないために……。
◆◆◆◆◆
「予期せぬアクシデントだったが……化学ニンジャ隊の計画を阻止できたんだ、結果的には何も問題なかろう」
竜蔵寺研究所に戻った楔は、傷の応急措置をしたあと、情報提供者のウィスパーと交信していた。
ウィスパーの情報により始まった今回の作戦は、聖堂騎士団の介入により基地は壊滅。
行きも帰りも科学ニンジャと遭遇することはなかった。
楔としては消化不良の色が濃いものの、忍とは戦闘屋ではない。作戦の遂行が第一である。
ウィスパーの情報により始まった今回の作戦は、聖堂騎士団の介入により基地は壊滅。
行きも帰りも科学ニンジャと遭遇することはなかった。
楔としては消化不良の色が濃いものの、忍とは戦闘屋ではない。作戦の遂行が第一である。
「今回のことは、そちらでもまったく予期してなかったようだな、ウィスパー」
「彼らバチカンの情報網は高いレベルだろうが、極東の一組織に手を出してくるとは誰も考えないさ」
「何か重要な目的があってのことだろうが……いずれにせよ利用できれば大きな戦力になる」
「バチカンが何を追っているか、探りは入れてみる。何かわかれば伝えよう」
「彼らバチカンの情報網は高いレベルだろうが、極東の一組織に手を出してくるとは誰も考えないさ」
「何か重要な目的があってのことだろうが……いずれにせよ利用できれば大きな戦力になる」
「バチカンが何を追っているか、探りは入れてみる。何かわかれば伝えよう」
アクシデントはあったが、ウィスパーの情報の正確さがまた確認できた作戦だった。
それこそが、楔にとって今回の実りであったと言える。
それこそが、楔にとって今回の実りであったと言える。
「しまった、一つやり残したことがあったのを忘れていた」
と突然、楔が思い出して言う。
「どうした?」
「トライ・マグナムのことだ」
「奴は死んだのだろう?」
「奴の股間がどんな仕組みになっているのか、確認し忘れた」
「トライ・マグナムのことだ」
「奴は死んだのだろう?」
「奴の股間がどんな仕組みになっているのか、確認し忘れた」
――プツ。
一方的に通信が切られた。
一方的に通信が切られた。
「何を怒っているんだ……」
わけがわからない楔だが、マイアに呼ばれたため広間に向かった。
「楔さんお疲れ様でした! 今晩はマイア特製のお寿司パーティですよ!」
広間には研究所の職員20人ほどと、マイアが丹精込めて作ったのであろう寿司セットが綺羅びやかに並んでいた。
「これをマイアが作ったのか、凄いものだな」
この時ばかりは楔も素直に感心した。
これだけの人数が集まって寿司を囲むのも大仰だが、以前に楔が寿司を好むと聞いたマイアは、腕を奮ってこの場を用意したのだった。
これだけの人数が集まって寿司を囲むのも大仰だが、以前に楔が寿司を好むと聞いたマイアは、腕を奮ってこの場を用意したのだった。
「やあ楔さん、来ましたか」
「今度のお仕事もお疲れ様でした!」
「今度のお仕事もお疲れ様でした!」
職員たちは、楔の正体について詮索はしない。
化学ニンジャの襲撃から研究所を守ってくれたことに恩を感じ、積極的にその活動をサポートしてくれている。
ついでに言うと、化学ニンジャに狙われたことで、返って研究所はその重要度を再評価される形となり、予算や警護の面で優遇されるようになっていた。
化学ニンジャの襲撃から研究所を守ってくれたことに恩を感じ、積極的にその活動をサポートしてくれている。
ついでに言うと、化学ニンジャに狙われたことで、返って研究所はその重要度を再評価される形となり、予算や警護の面で優遇されるようになっていた。
「ささ、楔さんから召し上がってください!」
マイアに促されて、楔は卵寿司を取り口に運んだ。
「……!」
無言で咀嚼する。
続いて職員たちもそれぞれ好きな寿司を手にし、食べる。
続いて職員たちもそれぞれ好きな寿司を手にし、食べる。
「……!」
無言で咀嚼する。
「どうでしょうか?」
「マイア……もしかして本物の寿司を食べたことがないのか?」
「ありません!」
「そうか、どうりで……」
「マイア……もしかして本物の寿司を食べたことがないのか?」
「ありません!」
「そうか、どうりで……」
楔も竜蔵寺も、職員もみな微妙な表情で寿司を食らう。
「美味しくなかったですか!?」
「いや、変わった味だが美味しい……だが」
「寿司というのとはちょっと……」
「これはこれでいいけど、味がね」
「いや、変わった味だが美味しい……だが」
「寿司というのとはちょっと……」
「これはこれでいいけど、味がね」
変わらず食べ続けはするが、みなの顔が“何か違う”と物語っていた。
「データ通りに作ったんですけどぉ……」
「データって……」
「データって……」
マイアは落ち込んだが、彼女が気にし過ぎないように、寿司は完食された。
「食べたことがないなら仕方がない。
ちょうどいい機会だマイア、今度一緒に本場の寿司を食べに行こう」
「本当ですか楔さん!?」
「そういえばコイツは研究所の外に出たこと、ほとんどなかったからなあ」
ちょうどいい機会だマイア、今度一緒に本場の寿司を食べに行こう」
「本当ですか楔さん!?」
「そういえばコイツは研究所の外に出たこと、ほとんどなかったからなあ」
竜蔵寺も許可を出し、お出かけの約束に小躍りするマイア。
戦いに明け暮れる楔にとっての、束の間ののどかな時間だった。
戦いに明け暮れる楔にとっての、束の間ののどかな時間だった。
◆◆◆◆◆
日本防衛軍の幕僚本部において、ある会議が進められていた。
「確かに君の言うとおり、昨今のテロ・破壊行為の増加には頭を悩ませている。
特に例の化学ニンジャ隊の台頭は、即刻対応せねばならないと我々も考えている」
特に例の化学ニンジャ隊の台頭は、即刻対応せねばならないと我々も考えている」
参謀の一人が発言した。席についている軍人たちの表情は一様に渋い。
彼らの視線の先、会議室の中央には、この度の議題を持ち込んだ人物、情報部の一色一佐が毅然と立っている。
彼らの視線の先、会議室の中央には、この度の議題を持ち込んだ人物、情報部の一色一佐が毅然と立っている。
「言うまでもないが、防衛軍全体がアムステラとの戦いで人手不足だ。
この上さらに、危険分子への対処に人を割く余裕はない」
「それに、この化学ニンジャ隊は破壊、諜報活動のエキスパート揃いという話だろう。
一朝一夕に撲滅できるものではあるまい?」
「防諜と警戒に一層力を注ぐことが今は最善だと思うがね」
この上さらに、危険分子への対処に人を割く余裕はない」
「それに、この化学ニンジャ隊は破壊、諜報活動のエキスパート揃いという話だろう。
一朝一夕に撲滅できるものではあるまい?」
「防諜と警戒に一層力を注ぐことが今は最善だと思うがね」
次々と慎重な意見が出されるが、一色の表情に曇りはない。
「それでは機を逸してしまいます」
一色はいくつかの写真を提示した。
それは楔の写真。新聞記者の古畑が、化学ニンジャと戦う彼を捉えたのを、一色が引き取ったものだった。
それは楔の写真。新聞記者の古畑が、化学ニンジャと戦う彼を捉えたのを、一色が引き取ったものだった。
「この男は、各地で化学ニンジャ隊に抵抗している噂の人物です。
先の防衛軍基地襲撃の時や、更に前の竜蔵寺研究所の件にも関わっています。
故に方針としては、彼と接触し、その活動を後押しするのです」
先の防衛軍基地襲撃の時や、更に前の竜蔵寺研究所の件にも関わっています。
故に方針としては、彼と接触し、その活動を後押しするのです」
会議室に小さなさざ波が立った。
更に一色は書類の束を示し、続ける。
更に一色は書類の束を示し、続ける。
「また過剰な人員は必要ありません。
破壊のプロたちと渡り合える人材を育成するには、時間がかかります。
よって少数精鋭の支援部隊を編成し、この写真の男のサポートに回らせるのが最善でしょう。
部隊編成の計画書はここに用意してあります」
破壊のプロたちと渡り合える人材を育成するには、時間がかかります。
よって少数精鋭の支援部隊を編成し、この写真の男のサポートに回らせるのが最善でしょう。
部隊編成の計画書はここに用意してあります」
参謀たちに渡された書類には『忍者部隊計画書』と題打たれている。
「不肖、この一色がその指揮に当たります」