霊珠に導かれて ◆cNVX6DYRQU
「先生、しっかりして下さい」
藤木源之助は石を枕に川辺で臥せる
岩本虎眼の額に、川の水に浸した手拭を乗せる。
城下町で
坂田銀時に殴られて気絶してから暫し、虎眼は時々うなされるばかりで一向に眼を覚ます気配がなかった。
木刀の当たり所が悪かったのか、他の原因があるのか、どちらにせよ藤木には打つ手がない。
どうしたら良いかわからず、辺りを見回した藤木の眼に、淡い光が映る。
不審に思って光の源をよく見ると、そこには小石に混じって光る珠が一つ転がっていた。珠の表面には「忠」の文字。
興味を持って拾い上げると、珠を持った手から温かみが伝わり、疲労が癒えて行く。
それを悟った瞬間、藤木は弾けるように動いてその珠を虎眼に握らせる。
効果覿面、師の荒れていた呼吸が穏やかになって静かな眠りに入ったように見え、ひとまず息をつく藤木。
だが、直後に虎眼が握る珠の光が強くなり始め、藤木は慌てて珠を取り上げると周囲を見回す。
と、北の方から、珠の光と同質の淡い光が、これもやはり徐々に光を強めながら人魂のように飛んで来ていた。
虎眼の枕元に刀を一本置くと、脇差を手挟んで珠を掲げつつ慎重に人魂に歩み寄る藤木。
近付くにつれて珠と人魂の光は呼応するように強くなって行き、珠の変化はあの人魂のせいだとはっきり悟る。
更に近付くと、既に予想していた事ではあるが、それが人魂ではなく、同様の珠を持った人間だとわかった。
だが、相手が化生の者でなかったという事実は、必ずしも藤木を安心させはしない。
今のような、背後に意識がない師を抱えた状況では、長大な木刀を持ち殺気立った男は妖怪以上に用心の要る存在だ。
警戒の念をあからさまにしないよう気を付けつつ男の出方を伺う藤木に対し、向こうは直截に話し掛けて来た。
「失礼。先程、この河を流されて来た者が居る筈だが、御存知ないか?」
言いながら、藤木の背後で寝ている虎眼を気にする様子を見せる。
この男がその流されたという者を見つけてどうするつもりなのか知らぬが、今は余計な事に巻き込まれたくはない。
「俺は藤木源之助、あちらは岩本虎眼先生だ。先生の具合が悪い為、少し前からここにいるが、誰も見ておらぬ」
正直に言って追い払おうとするが、相手は完全には納得していないようだ。
「ふむ、確かにこちらに来ている筈なのだが……。ああ、申し遅れた。拙者は「柳生!」」
いきなりの大声に驚いて振り向くと、眠っていた筈の虎眼が起き上がり、打刀を手にずんずんと歩いて来る。
その全身から溢れ出る殺気と、男に向けられた鋭い眼光を見れば、何をしようとしているかは火を見るより明らか。
対する男……虎眼が看破した通り柳生一族の正嫡たる厳包もそれに応じて珠を懐にしまうと木刀を構える。
あの老人にも岩本虎眼という名にも覚えはないが、柳生と名指しした上での挑戦を避ける事など厳包には考えられぬ。
藤木の戸惑いをよそに、虎眼と厳包の戦意は互いに刺激しあって高まり、戦端が開かれようとしていた。
「お待ち下さい、先生。もうしばらく身体を休めなくては」
未だに混乱が収まっていないようだが、言葉を発するようになっただけ改善している。
そう考えた藤木は何とか虎眼を止めようとするが、虎眼の注意は厳包にのみ向けられていて藤木の事は眼中にない。
その間に虎眼と厳包の間合いはどんどん詰まって行き、そろそろどちらかが仕掛けてもおかしくない距離になっている。
「待ってくれ、先生は今っ!?」
二人の間に立ち塞がって今度は厳包を説得しようとした藤木だが、それは果たせなかった。
虎眼が無言のままの抜き打ちで藤木の背に斬りつけ、それとほぼ同時に厳包が木刀で藤木の鳩尾を突いたのだ。
虎眼も厳包も、特に藤木を害そうとして武器を振るったのではない。
虎眼にしてみれば、藤木は憎き柳生に斬り付けるのに邪魔な障害物であり、どかす為に切りつけただけの事。
対する厳包は、虎眼が刃を藤木に埋めたのを見、その身体が虎眼を牽制する良い武器になると考えて突いたまで。
そして、厳包の狙い通り、藤木の身体は突かれた勢いで吹き飛び虎眼にぶち当たろうとする。
虎眼は身をかわすが、藤木の身体に切り込んでいた刀が持って行かれて体勢を崩す。
そこに厳包は必殺の一撃を打ち込み――ガンッ――弾き飛ばされそうになって慌てて体勢を整える。
厳包の一撃を弾き返したのは虎眼の拳……拳撃を木刀の一撃に合わせ、受け止める所か逆に跳ね返したのだ。
(今の世にこのような技を使う流派が残っていたのか……)
前に戦った白井の洗練された剣とは真逆の、戦国期にもそうはなかっただろう虎眼流の荒々しさに戦慄する厳包。
だが、相手が強敵である事で厳包の戦意が削がれることは決してない。
それどころか、初めて見る異質な剣に興奮した厳包は、必死に探していた白井の事すら半ば忘れて虎眼に挑みかかる。
虎眼流開祖岩本虎眼と新陰流五世柳生厳包。
その実力は完全に拮抗していたが、実際の戦いは虎眼優勢で進んで行った。
二人の優劣を分けているのは情報量の差。
虎眼は若き日に厳包の大叔父宗矩と立ち合っており、その時に宗矩が見せた動きは目に焼きついている。
その上、虎眼が道場を置いていた駿府藩の藩士は大半が旗本の子弟で、柳生新陰流を学んだ者も多かった。
一方、厳包は虎眼流など知らないし、その手筋は彼が見知っているどの流派と比べても異質な物だ。
こちらの動きを読み、十一本の指を駆使した精妙な剣で攻める虎眼の前に厳包は追い詰められ、遂に木刀を切断される。
切断されたと言っても、切られたのは木刀の切先数寸のみであり、殺傷力が大幅に減じたとは言えないだろう。
むしろ、切先が鋭く切断された事で突きの威力は上昇するかもしれない。
それでも、勢いで虎眼が勝っているのは間違いない事実。新陰流ならばここで一歩引いて体勢を立て直そうとする筈。
その動きに乗じて一気に踏み込んで厳包を斬り捨てようとする虎眼だが、意に反して厳包は退かず、逆に攻撃して来た。
岩本虎眼は柳生新陰流を熟知している……先にそう述べたが、虎眼が知っているのはあくまで江戸柳生の剣。
江戸と尾張、根は同じ新陰流でも、時代の変遷に合わせて各々工夫を重ねる内に、少しずつ差異が現れている。
無論、同じ術技から出発して、類似点の多い境遇で同じ時代の変化を味わったのだから、その差は決して大きくない。
だからこそ、虎眼もここまで厳包の動きを読めていたのだが、江戸と尾張の剣には一つだけ根本的な違いがあった。
それは、尾張柳生が武芸者の剣であるのに対し、江戸柳生は貴人の剣になったという点だ。
嘗て、徳川家康が上泉伊勢守の甥にして高弟である疋田文五郎の剣を「匹夫の剣」と評したという逸話がある。
一軍の大将には、敵を討ち取る為の剣術は不要で、危急の際に部下が駈け付けるまで難を逃れる技があればいいと言うのだ。
そんな家康に指南役として仕える以上、伊勢守から石舟斎に伝えられた新陰流では重用される筈もない。
それ故、宗矩は己の新陰流を改革し、原型の新陰流よりも防御を重視した剣術体系に編み直した。
だからこそ虎眼はここで厳包が防御に回ると読んだのだが、尾張の新陰流にはここで退くという法はない。
将軍や多数の大名を弟子とした江戸柳生程ではないにしても、尾張柳生とて尾張藩主など、貴人の弟子を多く抱えている。
だが、尾張の柳生家は彼等の為に新陰流を改変して貴人の剣にしようとはしなかった。
新陰流正統としての、武芸者としての誇りが、そういう形で権力にすり寄る事を許さなかったのだ。
故に、厳包がこの場面で選択したのは攻め。
放たれた決死の剣は、相手の反撃を予想していなかった虎眼に防御の暇を与えず、鍔越しにその右拳を強かに打つ。
「おのれ、柳生……!」
右拳に一撃を受け、親指を破壊された虎眼は厳包を睨みつけながら呻く。
元々虎眼は常人より一本多く指を持っているのだから、指一本潰された所で相手と五分になっただけとも言える。
それよりも致命的なのは、肝心の場面で敵の動きを完全に読み違えた事。
この男の新陰流は、宗矩のそれと一見似ているようで、根本の部分に差異があるらしい。
つまり、江戸柳生の知識のみを基に厳包の動きを予想するのは危険を伴うという事だ。
敵の動きを読み切れないなら、虎眼の打つべき手は唯一つ。どんな動きをしても防げない必殺の奥義を叩き込むのみ。
虎眼は刀を水平に構えると左手でその切先を掴む……虎眼流「星流れ」の構えである。
厳包は虎眼の構えを見て何らかの奥義の類いを放つつもりだと悟るが、ここでも選択したのは守りでなく攻め。
構えの形から虎眼の次撃が右方向への横薙ぎだと判断すると、舞うような動きで瞬時に虎眼の左側面に回り込む。
そのまま虎眼の左拳を破壊しようとしたところで、厳包の身体を戦慄が走り抜ける。
虎眼が横薙ぎを放つと同時に身体全体で回転することで、剣を一回転させて左側にいる厳包に届かせたのだ。
それを完全に見切った訳ではないが、厳包は本能が危険を察知すると同時に跳躍し、背面跳びの要領で虎眼の刃を飛び越えた。
しかし、跳躍の結果、厳包は虎眼に空中で背中を見せてしまう。
如何に柳生厳包と雖も、この状態で攻撃されれば対処の仕様がない。
一歩前に出て一息に厳包を両断しようとする虎眼だが、踏み出した足が柔らかい物を踏んで体勢を崩す。
そこにあったのは藤木源之助の身体。
厳包は、打ち倒した藤木の位置を意識の片隅で覚えておき、跳躍する際に、それが防壁となるように方向を調整したのだ。
万全な状態であれば、虎眼がこの程度の策にかかる事はなかったであろう。
しかし、今の虎眼は憎き柳生の面影を持つ男に出会った事で強烈な復讐心が喚起され、平常心を失っている。
強い想いは虎眼の剣に常以上の冴えを与えたが、一方で厳包に執着するあまり、他の者が目に入らなくなってしまった。
それによって生じた一瞬の遅滞……虎眼が藤木の身体を蹴り飛ばして構え直したときには、厳包は既に着地済み。
しかし、そんな事で虎眼は怯まない。大上段に構えると、渾身の殺気を籠めて腕を振り下ろす。
もしも、二人の戦いを傍で見ている剣士がいたならば、その者にはこう見えたであろう。
岩本虎眼が上段からの片手切りを放ち、柳生厳包が木刀の鍔でそれを受け止めたと。
だが、それは錯覚。岩本虎眼が振り下ろしたのは剣を握っていない空手であり、厳包の木刀にはそもそも鍔などない。
虎眼の凄まじい殺気と、それに応ずる厳包の気迫のぶつかり合いが、そんな幻を生じる程に激しかったのだ。
しかし、このぶつかり合いも所詮は前哨戦。続いて、虎眼の今度は刀を握った手を振り下ろす。
豪剣の使い手の渾身の一撃を木刀で受けるのは無謀。
そう判断した厳包は、間合いを外してかわそうとするが、そこで振り下ろされる刀の間合いが変化している事に気づく。
虎眼は斬撃と同時に柄を手の内で滑らせ、剣の間合いを伸ばしたのだ。
今からではかわしきれない、そう悟った厳包は、かわすのではなく攻勢に出た。
肋一寸……肉を斬らせて骨を断つ新陰流の剣理だ。
もっとも、厳包がこれから受ける傷は一寸程度の深さでは済みそうもないが、それでも止まるつもりはない。
例え自身が致命傷を受けようとも、必ず反撃をやり遂げて虎眼を斃す覚悟を厳包は固める。
そうなると、危険なのは虎眼の方だ。相手の身体に刀を埋めた状態で攻撃されれば満足な防御も回避も不可能。
だが、厳包が決死の反撃を狙っているのを気配で察しても、虎眼は剣を振り下ろす勢いを弱めようとはしない。
相討ち必至の状況でありながら、二人は己の剣が紙一重だけでも早く相手の息の根を止めると信じ、剣を振るう。
そして、二人の剣が交錯する。刃が肉を裂き木が肉を貫く音が周囲に響き、血が飛び散った。
一瞬の静止の後、二人の身体が同時に崩れ落ち……倒れる寸前、片方だけが踏みとどまる。
幾度か倒れそうになりながらもどうにか城下町に入ると、目に付いた民家の一軒に転がり込んだ。
中に誰も居ない事を確認して戸締りし、漸く一息付いて座り込む。
あの戦いの場からここまで、誰にも出会わずに来れたのは幸運だったとしか言いようがない。
もし、戦いの気配を感じた剣客が現れ、勝負を挑まれていたら最期だったろう。
今になって漸く仏の加護が顕れたかと、彼……柳生厳包は苦笑する。
本当に加護が欲しかった
白井亨の捜索については、この状況ではしばらく休止するより他にあるまい。
その間に余計な事を言い触らされたら、という危惧はあるが、こんな身体で白井を見つけても討たれるだけだ。
あの老人の斬撃は、本来ならば間違いなく厳包の命を刈り取っていた程のものだったのだから。
厳包は懐に手を入れ、己の命を救ってくれた珠を取り出した。
「あの子供には感謝せねばならぬな」
白井を探す自分に、それらしい男が流れて行ったと教え、提灯代わりにとこの光る珠をくれた少年の事を思い出す。
肝心の白井は見付かっていないが、珠の方は提灯どころか厳包の命を救ってくれた。
あの時、虎眼の剣が懐にあったこの珠に当たり、そのお蔭で厳包は辛うじて致命傷を免れたのだ。
と、取り出した珠を見つめる厳包の眼が訝しげに細められる。
記憶違いでなければ、あの高坂という少年に渡された時、この珠には「仁」の文字が浮かんでいた筈。
しかし、現在この珠に浮き出ているのは「如」の文字。
不可解な現象を怪しんだ厳包だが、すぐに考えを改めて珠を置き、傷の手当を始める。
そもそも珠が光っている時点で十分に不可思議な現象だ。今さら文字が変わったくらい気にするほどの事か。
加えて、「如」の字は父利厳の号「如雲斎」の頭文字であり、厳包にとっては縁起の良い文字と言えよう。
そう考えれば、先程この珠が虎眼の剣を防いでくれたのも父の加護だったのではないかと思えて来る。
ならば、父の名を汚さぬ為にも早く回復し、白井を見つけ出して今度こそ討ち取らねば。
決意を新たに、新陰流正統継承者は、暫しの雌伏の時に入る。
【ほノ肆 城下町/一日目/早朝】
【
柳生連也斎@史実】
【状態】胸部に重傷
【装備】打刀@史実
【所持品】支給品一式、「仁」の霊珠(ただし、文字は「如」に戻っています)
【思考】
基本:主催者を確かめ、その非道を糾弾する。
一:少し休んで傷と体力を回復させる。
二:白井亨を見つけ出し、口を封じる。
三:戦意のない者は襲わないが、戦意のある者は倒す。
四:江戸柳生は積極的に倒しに行く。
【備考】※この御前試合を乱心した将軍(徳川家光)の仕業だと考えています。
重傷を負いながらも岩本虎眼を倒した柳生厳包が、虎眼の刀だけを奪ってよろめき去ってからしばらく後。
一人の男……いや、少年が惨劇の現場へと忍び寄って来た。
「やっぱりここにもう一つ珠があったか。道理でさっきからこいつの光り具合が妙な具合だったはずだ。
にしても、置いて行ってくれるたあ、あの侍、見込んだ通り気が利くね」
倒れた藤木の手に握られた珠を見ながら呟く少年……
高坂甚太郎の手にもまた、「智」の字が浮き出た珠が握られている。
あの時……甚太郎が草叢にて柳生厳包に会った時、甚太郎は既に二つもの宝珠を手にしていたのだ。
それだけでも後の大泥棒の面目躍如だが、のみならず彼は、この宝珠の有効な使い方をすぐに発見した。
複数の珠を手にすればすぐにわかる事だが、これらの珠の光は、別の珠と近付けば近付くほど強くなる性質を持つ。
つまり、珠の一つを誰かに持たせれば、光の強弱でその者との大まかな距離の変遷が見分けられるのだ。
そして、甚太郎は己の歌にひかれてやって来た柳生厳包に、珠の一つ……「仁」の珠を与えた。
厳包には珠を提灯代わりにしろと言ったが、実際には珠を持った厳包自身を己の提灯代わりにするのが甚太郎の狙い。
いや、提灯と言うより、戦国の世に生きた甚太郎には通じぬ例えだが、鉱山で使われる金糸雀と言う方が正確か。
厳包と同じ歩調で歩く甚太郎が持つ珠の光が一定で保たれれば、それは即ち厳包が順調に進んでおりそこが安全だという事。
逆に光が強くなって来たら、厳包が誰かに襲われるなどして進めなくなった事を意味し、立ち止まって様子を見るべき。
それからまた「仁」の珠が動き出せば、厳包が危険を排除したか、誰かが厳包を殺し珠を奪ってさったと推測できる。
珠が長く留まったままなら、厳包が殺されて死体が珠ごと放置されたか、相討ちか、延々と殺しあってるのか、
何にしろ珠の傍には死体か長く戦って弱った奴しかいない筈なので、漁夫の利を得るのは容易いだろう。
そういう訳で、甚太郎は厳包を、先行して道中の安全を測る提灯に仕立て上げたのだ。
甚太郎の見るところ、厳包はこういう使い方をするのに最適の人物である。
大声で歌う甚太郎に寄ってきた事や、肝の据わった態度から考えて、襲われた時に襲撃者を放置して逃げる心配はまずない。
かと言って、甚太郎を問答無用で襲ったりはしなかったように、危険でない者を無用に襲ったりもしないだろう。
そして何より甚太郎にとって好都合なのは、厳包が白井とかいう男を探すのに非常に焦っていた事。
まず、休憩したり危険でない人物と長話をしたりすまいから、足を止めれば危険人物と会ったのだとすぐにわかる。
そして、こちらがより重要なのだが、厳包にとっては己が殺した者の死体を漁る事すら無駄な時間だと感じられる筈だ。
要するに、厳包が誰かに襲われて首尾良く返り討ちにすれば、その場には手付かずの死体が残る公算が高い。
そう考えて甚太郎は厳包に珠を渡したのだが、その目論見は見事に当たった。
この場には厳包がやったと思しき死体が二つあるのだが、老人の方の得物が見当たらない以外は、行李も珠も残されている。
特に、ここでもう一つ珠が手に入るのは甚太郎には有難い。
血の跡から見て厳包は城下に入ったようだが、入り組んだ町の中では、光の変化だけで厳包の位置を正確に探るのは困難。
だが、二つの珠をうまく使えば、町の中でも厳包を効率よく使えるはず。
ほくそ笑みつつ死体が握っている珠を取ろうとした甚太郎は、死体の手がぴくりと動くのを見てぎょっとした。
慌てて死体を見直すと、その見開かれた眼がぎょろりと動き、凄まじい形相で甚太郎を睨み付ける。
「ひゃあっ」
肝を潰した甚太郎は、珠を取るのも忘れ、一目散に城下町へと駆け込んで行った。
【ほノ肆 城下町入り口/一日目/早朝】
【高坂甚太郎@神州纐纈城】
【状態】健康、驚愕
【装備】竹竿@神州纐纈城
【所持品】支給品一式(握り飯を幾つか消費)、「智」の霊珠
【思考】:適当にぶらぶらする。
一:珠の性質を利用して安全を図る。
二:まずは島をぐるっと回ってみる。
三:襲われれば容赦しない。
【備考】※霊珠の、他の珠に近付くと感応する性質を把握しています。
高坂甚太郎が死体と見た若い男……藤木源之助は死んではいなかった。
そもそも、藤木の背を斬った虎眼にも、鳩尾を突いた厳包にも藤木を殺す意図はなかったのだから。
二人共、藤木を単なる障害物や道具として扱っただけであり、その剣は彼の命を奪いはしなかったのだ。
ただ、心身に受けた強い衝撃で身体が麻痺し、今まで動けなかっただけの事。
その鍛え抜かれた身体と、手放さなかった珠の加護のお蔭で、藤木は間もなく動けるようになるだろう。
しかし、命を落とさなかった事が藤木にとって幸いだったと言えるのかは誰にもわからない。
衝撃で身体は動かなくなっても、その眼と脳は機能を失わず、彼は全てを見ていたのだ。
師が最期まで己を障害物としか扱わなかった事も、実際に己が障害となって師があの男を斬るのを妨げてしまった事も、
そして、そのせいで師があの男に木刀で心臓を貫かれる場面も、藤木源之助は見ていた……全てを。
間もなく夜が明け、日が昇るだろう。しかし、師を失った藤木の心に光が射す事は決してない。
無明の世界へと放り出された藤木源之助が行く道は……
【岩本虎眼@シグルイ 死亡】
【残り六十五名】
【にノ肆 川辺/一日目/早朝】
【藤木源之助@シグルイ】
【状態】背中に軽傷、鳩尾に打撲、麻痺(治りかけ)
【装備】脇差@史実
【所持品】「忠」の霊珠
【思考】基本:???
一:虎眼の仇を討つ
【備考】
※人別帖を見ていません
※岩本虎眼の死体と藤木源之助の傍に二人の行李が放置されています。
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最終更新:2010年12月02日 20:59