それぞれのクリスマス・プレゼント 前編
冬休みの始まりを告げる頃と同じくして、この一年を締めくくる最後の大イベントとも言うべき日がやってきた。
それはここ、学園都市でも同じなわけで、十二月二十四日『クリスマス・イブ』の夕方近く、一人の少女がお馴染みの公園で一人佇んでいる。
名門お嬢様学校たる常盤台中学の制服の上からダッフルコートを着た、見目麗しい美少女。
肩まで届く短めのシャンパンゴールドの髪に、花飾りのついたヘアピンを付けた、学園都市第三位のLEVEL5(超能力者)、『超電磁砲』御坂美琴。
この日、彼女は街中をあちこちと彷徨った末、最後にこのいつもの公園にたどり着いたのだった。
「はぁー。アイツ、いったいどこにいるのよ、まったく……」
大きくため息をつくと、夕暮れに差し掛かった空を見上げていた。
朝方の晴れ間もすっかり消え失せて、今はどんよりとした灰色がかった低い雲が空を埋め尽くしている。
それまでたいしたことも無かった風が、陽が隠れるや否や身を切るような冷たさを伴って吹き始めていた。
どうやら今夜は、ホワイトクリスマスになりそうだ。
「――くしゅんっ!」
冷たい風が彼女のすぐ横を吹き荒び、思わず放ったくしゃみと、
「うぅっ、寒っ……」
ぞぞっと背筋を這い登るような寒気が、彼女の気持ちをより一層暗くさせてしまう。
すでにどこの学校も冬休みへと突入し、街中に溢れる学生やカップルたちの喧騒が、この人気の無い静かな公園にまで聞こえてくる。
その賑やかさに背を向けるように、美琴はリボンの掛かった紙包みを入れた袋を抱えて、じっと空を見つめたままだ。
彼女は想いを寄せる一人の少年を求めて、朝からずっと街中を彷徨い歩き続けていた。
自身の能力で生体電気を操り、体温調節をすることで寒さを凌ぐことは出来るものの、捜し求める彼の姿を見つけることが出来なかった精神的疲労が、その身に寒さを感じさせる。
「――結局どこにもいなかったわね」
この日のためにと同室の後輩に気付かれぬよう、こつこつと編んできたマフラーが昨夜ようやく完成し、今日こそはと一大決心をしてこの日に臨んだはずなのに。
今朝から彼に電話をしたが一向に繋がらず、電源が入っていないというアナウンスが虚しく流れ、ならばとメールを出しても返事が無い。
一昨日は学校帰りにこの公園で顔を合わせているから、どこかへ出かけたということも考えにくいのだが、彼の不幸体質を思えばもしかして、という思いが彼女の頭をよぎってしまう。
先月、ハワイでの騒乱に付いて行き、バードウェイと名乗る少女に謀られ絶望のどん底にまで突き落とされた少年。
そんな彼を支え、更に自分でケリをつけようとたった一人で死地に飛び込んで行ったのを追いかけて、最後は二人で力を合わせなんとか事態を収拾することが出来た。
その時も口をすっぱくして、何度も彼に言い聞かせるように言った言葉が、
――アンタは一人じゃない。
――その重荷は私も背負う。
――アンタと私は同じ道を進んでいる。
ようやくそのことを納得させはしたものの、いつも何かに巻き込まれ、まるで糸の切れた凧のようにどこかへ飛んでいってしまいそうな少年と同じ道を進むなんて、並大抵の覚悟では敵わない。
必死になって手を伸ばし、その手を彼に届かせて、元の場所へと引っ張り上げる。
そのことの難しさを誰よりも知る彼女にとって、再び彼が向かうであろう騒乱の場はこの世界のどこになるのかと思うと、その身が引き締まるような気持ちになるのだ。
明るい未来のために、彼は行く手に立ち塞がる闇を突き破って進んでいこうとしている。
そんな彼を追いかける自分も、いつかのように彼を見失ってしまうことだってあるかもしれないと思うだけで、頭上に広がる空にように気持ちも曇っていく。
だがふと何気なく触れたポケットの中にある二つの硬い感触。その手触りが彼女にその不安をきれいにかき消していった。
それはハワイで買ったキューピッドアローのタグリング。あの時渡せないまま、彼女はずっと今も持ち続けていたのだ。
この世には「魔術」という「科学」とは違う能力が存在し、オカルトという世界があることを彼女自身も否応無く知らされることになったあの出来事。
だが、だからといって自分はそれに頼ろうとは思わない。
チタン製のペアリングに、電気分解を利用した着色を施した、この世で唯一無二の模様が刻みつけられた指輪。
たとえそれが「浮気防止」というオカルトチックなおまじない効果があるのだとしても、それに頼って彼をなんとかしようとも思わない。
その少年は右手に持つ『幻想殺し』のおかげで、神様のご加護も打ち消してしまうから、自分には幸福はやって来ないという。
美琴はそれを聞いた時から、神様が彼に幸福をもたらさないのなら、この自分の力で彼を幸せにしようと、心に想いを秘めていた。
ありえないことをありうると信じて、現実にさせたのが超能力なら、能力者として、この自分の力で彼を幸せにしてみせようと。
あくまでも己の力で、自らの想いで以ってその少年の夢を守りたいのだと、自分を信じて誓ったのだから。
少年が向かう所には、いつだって自分も一緒に行くと決めた。一人で背負って、一人で突っ走る少年の背中を守るのは自分の役目なのだ決めていた。
『オカルト(神の力=オシリス)』に頼らず、『自分だけの現実(人の力=ホルス)』でもって彼を追いかけることを望んだのだから。
いつか少年が自分の方を振り向いて、この手をとってくれた時こそが、この指輪を渡すときだと美琴は決めていた。
彼がこの指輪を受け取ってくれるとき。人の力が神の力を上回るとき。それはいつになるのか、彼女自身にもわからない。
ただ自分の心が挫けそうになったとき、彼女はこうして指輪に触れることで、自らの芯を確かめられるようになっていた。
なのに、
どうして、
「アンタは、一体どこにいるのよ……」
力無い呟きが、暗灰色した曇り空に消えていく。
「あーっ! 見つけたんだよ、短髪!」
どこかで聞いた声に、振り向いた美琴が見たのは白い修道服の少女。銀髪碧眼美少女なシスター。
「何か用なの? アンタ」
目下、美琴の最大にして最強のライバル、インデックスがはあはあと息を切らして立っていた。
「――それと「短髪」言うんじゃないわよ。私には御坂美琴って名前があるんだから」
「短髪だから短髪って言ってるんだよ。私にだってインデックスって名前があるんだもん」
「ぐぬぬぬぬ!」
「ふんっ!」
にらみ合う少女の間にバチバチと火花が散る。
お互いが想いを寄せる少年を間に挟んで、いつのまにか恋の鞘当てをするようになった二人の間に漂う不穏な空気。
が、インデックスはふっと肩を竦めるように息を吐くと、それまでの表情を変えると、にこりと笑顔になった。
「――探してたんだよ、みこと」
「だから短……えっ? あっ……ああ、うん。な、何? 探してたって?」
それまでの空気を一変させるような彼女の変化に美琴は戸惑った。
珍しく張り合おうとせず、まるで肩透かしのように歩み寄ってきたインデックスの態度に、まるで毒気を抜かれたかのごとく美琴も素直に応じていた。
「うん。あのね、みことは今、暇なのかな?」
「んー、暇といえば暇だけど……」
ライバルにアイツを探していたとはさすがに言えない美琴だったが、そんな彼女の心境を見透かしたように、
「――とうまなら今日は補習だって言ってたんだよ」
「へっ? ほ、補習?」
十月中旬から続いた騒動のおかげで、上条は帰国以来ずっと補習と課題漬けだった。
もちろんそんな彼の事情は美琴も承知していて、出来る限りの協力をしてはいたが、今日も補習があるとは聞いてはいなかった。
というより、
「アイツ、おととい会ったときは、今日セールに出かけるって言ってたくせに……」
「今朝、こもえから電話があったんだよ。――上条ちゃん、バカだから補習の補習でーす、なんだって」
「補習の補習って……ったく、あの馬鹿」
補習だというのなら、道理でどこを探しても見つからないわけで。
「それでね、みことに相談があるんだけど……」
「珍しいじゃない。アンタが私に相談って……言ってみなさいよ?」
何かたくらんでいるのかと、ちょっとだけ警戒した美琴だったが、インデックスはそんな彼女の心境に何の頓着もせず、
「実はとうまのこと、なんだけど」
「ア、アイツがどうかしたの!?」
「うん。クリスマスのこと、なんだけど……ね」
相談が上条のことだと聞いて、身を乗り出すような美琴の態度に、インデックスはまあまあ落ち着けと言わんばかりの顔をする。
「――とうまは記憶喪失だから、クリスマスのこと、ぜんぜん覚えてないんだよね」
「――っ!」
上条の周りの人間で、彼の記憶喪失のことを知っているのは、医者を除けばインデックスと美琴の二人だけだ。
お互いにそのことは彼から知らされて、他言無用と釘も刺されているのだが。
「だからとうまは、今年が始めてのクリスマスなのかも」
「そっか……。アイツ、クリスマスの記憶、失くしたんだっけ」
過去には上条とて、いろんなクリスマスの日々を過ごしていたのだろう。
だが記憶を失ったことで、クリスマスという日を知ってはいても、それがどんな日で、何をする日なのかを全て無くしているのだ。
「うん。だから私とみことで、とうまに初めてのクリスマスをプレゼントが出来たらって思うんだよ!」
「インデックス……」
美琴はクリスマスに上条と過ごすことだけに気をとられ、肝心の相手のことまで考えが及ばなかった自分の至らなさを恥じた。と同時に、彼のためにという気持ちを忘れないライバルを、素直にすごいと思う。
上条を支えたい、助けたいと思いながら、彼への細かな心配りまで行き届かない自分の愚かしさが、上条との仲を縮められない所以なのだろうと。
「ありがとう、インデックス。――私、やっぱりまだまだよね。これじゃアンタにもアイツにも追いつけないはずだわ……」
「みこと。――それは私のシスターとしての人徳がなせるワザなんだよ」
しんみりする美琴をからかうようにインデックスがイタズラっぽく笑う。
そんな笑顔に救われるように、美琴もくすりと笑みを漏らしていた。
「それで、手伝ってくれるのかな?」
「もちろんよ! 二人でアイツに最高のクリスマスをプレゼントしましょ?」
「うん、ありがとうなんだよ。だからみこと……ハイ!」
そう言って、美琴の方へすっと右手を差し出したインデックス。
「クリスマス休戦、ってわけね?」
差し出されたインデックスの右手をとり、握手を交わす美琴。
今夜だけは恋のライバルという立場を離れて、同じ少年を愛するものとして、彼のために素敵なクリスマスにしようと誓う。
「――さて、アイツにどんなクリスマスをプレゼントしたらいいか、教えてくれないかな? インデックス」
「まずは、クリスマスのご馳走なんだよ! 七面鳥でしょ? ミンスパイとか、デザートならトライフルかクリスマスプディングなんてのもいいかも! あ、日本式でクリスマスケーキとかも!」
「アンタのディナーは英国式かい……」
「おなかいっぱいご飯を食べさせてくれるとうれしいな?」
さっきまでの感動はどこへやら。彼女の食欲は何者にも勝るらしい。
「わかったわよ。――じゃ、私が料理を作るから、インデックスには飾り付けをお願いできるかな」
「もちろんなんだよ! ……みことの手料理なら、とうまも満足かな?」
「――ん? なにか言った?」
「――ううん、何も」
ぼそっと呟いた言葉は、美琴には聞こえなかったようで、ほっと胸を撫で下ろすインデックスだった。
二学期が終わったにもかかわらず、小萌先生から補習の補習という愛情たっぷりの授業をみっちりと受けさせられた。
おまけに――あしたは補習はありませんけど、上条ちゃんには明後日までにこの課題をしてもらうのですよーっ! と大量の課題を持たされた。
「…………不幸だ」
いつもの呟きが、すでに暮れかかった曇り空のかなたに消えていく。
そんな学校からの帰り道。冬休み中の学生たちが巻き起こす、にぎやかな街の喧騒を聞きながら、上条は街中に溢れるクリスマス商戦の広告に目を奪われる。
だがそれは彼の記憶を呼び覚ますことも無く、ただ、クリスマス=プレゼント=ケーキという知識だけを彼の脳裏に浮かばせることとなった。
「クリスマスって、プレゼントとケーキの日なんだっけか?」
今月も病院への支払いに家計を圧迫されている状態では、プレゼントやケーキに割ける予算は多くない。
別に自分がミーハーだというわけではないが、それでもこうしたイベントに触れておくことで、失った記憶の穴埋めになればとは思う。
「インデックスにケーキでも買ってってやるかな? どうせ二人だけなんだし、ショートケーキでもいいか……」
そうしてケーキショップに足を向けようとしたが、
「そういや御坂にもいろいろ世話になったんだった」
ふと立ち止まった彼の脳裏に浮かんだ美琴の表情は、なぜか笑顔になっていて。
「やっぱりアイツにも……なにかプレゼントを贈ってやらなきゃな」
ここ最近、彼女の顔を思い浮かべるたびに、胸は切なく締め付けられ、顔がカアッと熱く火照る。
ただ一緒に居られるだけで、なぜだか気持ちがわくわくとして、喜びが溢れだす。
彼女が隣にいるだけで、ふわりと香るその匂いに心臓がドキリとさせられるのだ。
あの日、自分も背負うと力強く言い放った彼女の言葉に、初めは純粋な感謝の気持ちだったのが、いつしかそれは、
「もしかして俺、アイツのこと……好きになったのかもしれねえ」
いつだって支えてくれる。いざという時は、安心して自分の背中を任せられる。
何よりも、――もし自分が進む道が違っていたのだとしたら、彼女は必ず自分にそれを教えてくれる。
ただ前へ進むことしか知らない自分に、美琴はその方向を指し示してくれる大切な相棒(パートナー)なのだと思うようになっていた。
ついにはそんな彼女に、彼はインデックスに向けるものとは異なる感情を抱くようになっていた。
自身の心にいつの間にか入り込んでいた御坂美琴という少女に、上条は十分な安心と信頼を、なにより熱い恋慕の情を持つようになっていた。
なんの気兼ねもなしに、ただ傍にいて欲しい。ずっと自分を支えて欲しい。ともすれば失われてしまいがちな平和な日常に、彼女の笑顔があったなら。
何ひとつ失う事なくみんなで笑って帰るという、そんなちっぽけな自分の夢さえも、彼女の笑顔を通して見られることが出来たなら。
(不幸な俺にだって、幸せってものがはっきりと見えるようなような気がするんだ)
誰かの幸せを通して自分の幸せを求めるのでなく、初めて自身の幸せというものを素直に求めたいと思うこともあった。
だが記憶を失っても残っていた、自分の不幸に誰かを巻き込むまいとする習性が、上条をそこから遠ざけようとする。
不幸なことが起こらないことが自分の幸福だと、諦めにも似た思いを持つ彼には、自分が幸せになることが、誰かの幸せに繋がることに気が付かない。
(そんな幸せなんて、俺には来ないことぐらい……わかってはいるんだけどな)
気が付けば繁華街へとやってきていた。ここは様々なショップが立ち並ぶ賑やかな街の大通り。
ここでなら彼女になにか喜んでもらえるものがあるかと思い、彼はキョロキョロと辺りを見渡した。
その中でふと、道端に佇む露天のアクセサリー売りが目に留まる。
(そういや御坂妹にも前に買った覚えがあったっけ)
そう思い返しながら並んでいる品々を眺めていると、
(ん? これは……カエル? ああ確かゲコ太って言ったっけ……)
見つけたのはゲコ太のヘアピンセット。さらに、――これは、と思ったのをもう一つ。
「すみません。これとコレをください」
ちょっと予算をオーバーしてしまい、これで明日からしばらく上条家のおかずは通常より少なめになることが決まってしまった。
インデックスには申し訳ないと思いながら、そのかわり自分の分を減らすことで彼女の分を補うことにする。
それでも美琴の喜んだ顔が見られるなら、
「安い買い物、だよな……」
彼はそう独りごちながら、ケーキショップへと足を向けていた。
その途中で美琴に連絡を取ってみるかと携帯を取り出したが、
「へっ!? 電池切れ?」
きちんと充電しておいたつもりが、電源が入らない。昨夜はいつの間にか充電器から外れていたらしい。
「…………不幸だ」
本日何度目かの呟きは、クリスマスイヴでも神のご加護を打ち消してしまう『不幸な少年』の宿命なのか。
降りだした雪の中、上条は髪や肩を濡らしながら、家路を急ぐ。
「――しゃあねえ。帰ってからにすっか」
こんな冷たい風の中、部屋に帰ったら、同居人に晩御飯の支度をして、またいつものように過ごすだけ。
寄り道をした分、遅くはなったが、インデックスにはプレゼントとして、ケーキがあるから噛み付きだけは避けられるだろう、と。
なによりもこんな冷たい雪の降る日に、一人侘しく過ごすよりはマシだ、とも思う。
「せめて明日は、御坂に会いたいな……」
明日はこの、ポケットの中にある包みを彼女に渡そう。
そうして少しでも喜んでもらえたなら、それだけで自分は十分に幸せなんだと思いながら、上条は足を速めた。
笑っていて欲しいと願う少女たちの笑顔を見られることが、今の彼にとって思いつく限りの幸せだから。
「ただいまー。インデックス、ケーキ買って……なっ!?」
部屋の玄関を開けた瞬間、上条の耳に響く破裂音と、目の前に飛んできた色とりどりの紙テープ。
驚いた彼が慌てて玄関へ飛び込むや否や、再びクラッカーが鳴らされて、待ち構えていた少女が……二人?
「メリークリスマス! おかえり、とうま!」
「メリークリスマス! おかえりなさい!」
「メ、メリークリスマ……って、おいっ!? お、お前たち……インデックスに……み、御坂かぁ!?」
なぜかサンタクロースの衣装を着た二人の美少女に出迎えられて、玄関先で固まってしまった上条。
「どう? びっくりしたかな? とうま」
「な、なにか言いなさいよ……こ、こっちだって恥ずかしいんだから」
赤と白のサンタのようなロングドレスを身に着けたインデックスと、同じ色合いのミニスカサンタドレスを着た美琴だった。
普段のように平気な顔で出迎えたインデックスに対し、真っ赤な顔でもじもじと身悶える美琴。
短いスカートの下からチラチラ覗くのが、もちろんいつもの短パンなのがちょっと残念に思えた上条だったが。
それでも見慣れた制服姿の彼女でなく、身体のラインが強調されたセクシー衣装のサンタクロースの登場に、ごくりと喉を鳴らす彼は、
「よ、よく似合ってると思うぞ。――か、可愛いし……」
「かっ……かか、可愛いっ!?」
その言葉にさっと頬を赤らめる美琴のセクシーな姿に、いつも以上にドキリと心臓が揺さぶられる。
他にもっと気の聞いたセリフを言えればと思うものの、いつもより色っぽい彼女の姿から視線を逸らすことが出来ず、なんと言っていいかも分からない。
ただ、
「これは……アリだな」
ポツリと漏らした言葉と、ある一点で止められた視線の先は、以前に比べてよりふくらみを増した美琴の胸元にあって。
並んで立った少女二人を見比べているかのような上条の視線に、よりいっそう頬を染め胸元を手で隠した美琴と、なにやら不穏なオーラを立ち上らせるインデックス。
直後に轟いた怒号と何かを噛み砕くような咀嚼音。そして断末魔の声。
「とーーうーーまーーっ!!!」
「ぎゃーーーっ!!! ふ、不幸だあああーーーっ!!!」
「えへ……へへへ……アリって……アリだって……」
頭から丸かじりされる少年に、丸かじりするサンタドレスの銀髪少女。胸元に手を当てたままで、ぼうっと夢の世界へ旅立ってしまったミニスカサンタ。
クリスマスという聖なる日に似つかわしくないカオスなやりとりが繰り広げられた、ここ上条家にはいつもの日常があった。
やがてテーブルの上には、所狭しと並べられた、美琴の手作り料理の数々。
前菜は「たらのフリット」と「スモークサーモンサラダ仕立て」。「野菜のポタージュスープ」とメインは「牛肉のグラーシュ」。デザートはもちろんクリスマスケーキ。
インデックスの分も考えて、どれも大盛り山盛りテンコ盛りに盛りだくさんな料理だというのに、
「ごめんね、ホントはもっといろいろ作りたかったんだけど、あまり時間がなくて……」
今こそ腕の見せ所だと張り切って献立を考えたが、夕方から取り掛かったのではそう凝った料理も出来ずに、ちょっとしょんぼりとなっている美琴だった。
ミニスカサンタドレスの上に着けた、ゲコ太プリントのエプロンの裾をぎゅっと握っている姿が、彼女の口惜しさを表しているよう。
だが、貧乏家主とその居候にとっては、どれも今まで縁の無かった見るからに美味しそうな料理の数々に、テンションはうなぎ上りに急上昇する。
「いやいやいや。すげえ……すげえよ! これ、全部お前が作ったのか?」
「やっぱりみことはすごいんだよ!」
こんな贅沢したことないと、上条もインデックスも涎を垂らさんばかりに、料理に見入っていた。
そんな二人の様子に、ようやく彼女もほっとしたように、
「そ、そうかな。そう言ってもらうと……、あ、でも口に合うかどうか……」
「そんなこと無いって! これは絶対美味いに決まってる! だからとにかく早く食おうぜ? 俺、腹減ってきたぞっ!」
「うん。私もお腹すいたんだよ!」
お腹を空かせてせっつく二人からの言葉を受けて、美琴も――そうね、と気を取り直し、じゃあ、とジュースのグラスを取り上げていた。
それを待ちかねていたように、上条とインデックスもグラスを掲げると、彼女とともに乾杯を叫ぶ。
「「「カンパーイ! メリークリスマス!」」」
「ふう。もう食えねえよ。ご馳走様でした。御坂、上条さんもう幸せすぎて、大満足ですよ」
「はあー。久しぶりにお腹いっぱい食べたんだよ。みこと、ごちそうさま」
「お粗末さま。たくさん食べてくれて、よかった」
あまり物のない質素な上条の部屋だが、窓の横に置かれたクリスマスツリーがこの温かい雰囲気に花を添える。
部屋の天井に設えられた色とりどりの飾りつけの下で、三人はにぎやかで楽しい食事時間を過ごすことが出来た。
あれだけあった料理の数々も、いつのまにかきれいに全員のお腹に納まって、あとはデザートのクリスマスケーキを残すだけ。
テーブルの上を片付けると、美琴が買ってきたホールタイプのクリスマスケーキと、上条がインデックスのためにと買ってきたショートケーキを並べたが、
「やっぱり俺が買ったのは見劣りするよなあ。」
自分の買ったケーキのみすぼらしさに、ついそれを引っ込めようと手を伸ばした上条の手を、美琴が止めるように引っ掴んでいた。
「ダメよ! これはアンタがこの子のために買ったものでしょ? だったらアンタの気持ちが込められてるんだから、引っ込めて良いわけないじゃない」
「でもさ、やっぱり……」
「見た目じゃないわよ。アンタが良かれと思って買ってきたんだから、インデックスだって喜んでるって。そうでしょ?」
そう言うと、インデックスへと視線を送る。
「そうなんだよ、とうま。こういうものは気持ちの問題なのかも。――だから両方とも私が美味しくいただくんだよ!」
「ヨソウドオリノコタエヲアリガトウ」
「私にだってアンタが買ってきた方のが美味しそうに見えるわよ」
「御坂……」
二人からの言葉に、ちょっとほろりとさせられた上条。
いつになくしんみりとした雰囲気の中、そんな彼の表情を見たインデックスが言う。
「あのね、とうま。私にはとうまに何か買ってプレゼントなんて出来ないけど、それでも送りたいものがあるんだよ」
インデックスは立ち上がると美琴の手をとって、上条の隣へと座らせた。
なにか言いたげな顔をする美琴を笑顔で制し、けげんな表情の上条に、クリスマスケーキのろうそくに灯を点すように言う。
部屋の灯りを消すと、ろうそくのともし火とクリスマスツリーのちらちらと輝く光の中、彼女はこほんと小さく咳払いをして。
――Silent night, holy night
――All is calm, all is bright
――Round yon Virgin, Mother and Child
――Holy infant so tender and mild
――Sleep in heavenly peace
――Sleep in heavenly peace
静かな室内に、インデックスの歌声が流れていく。ミサで歌われる賛美歌や、なじみのある歌もない歌も。
それらの『歌』はかつて打ち止めを救ったのでも、一方通行が使ったのでもない、普通の歌。
クリスマスキャロルとして、普通に歌われる歌。されど元々は「祝歌」であり「喜びの歌」なのだ。
そして。
いつの間にか、美琴も一緒に歌っていた。
喜びを讃え歌うことで、たとえ相手が神のご加護を打ち消してしまうのだとしても、この祈りが聞き届けられないはずがないと信じているからインデックスは歌うのだ。
同じように、彼のために歌い、彼のために祈る少女のために歌う美琴。歌に込めた想いに違いは無く、魔術師であれ、超能力者であれ、その心に区別はない。
だからこそ。
自らの祈りを信じて、自らの力を信じて、大切に思う人たちのために歌うことで幸せを願う。
それは「科学」の世界であれ、「魔術」の世界であれ、上条を想う二人の少女の望み。
自らの意志の力で大切な人のことを想う彼女らは、今宵、一つの形となって、決着を迎えることになる。
~~ To be Continued ~~