許嫁狂詩曲(ラプソディ)
その日、堤防を歩く彼、上条当麻の様子は普段の彼のそれとは少し違っていた。
眉間に皺を寄せたまま顔をやや下に向け、手は両方ともズボンのポケットに突っ込み、
こめかみをひくつかせ、時々思い出したかのように舌打ちをしながら地面を蹴る。世に言
う「機嫌が悪い」という様子で歩いていたのだ。
「…………」
しばらく堤防を歩き続けた上条は感情のこもらない視線を河川敷の方に向けた。
そのまま河川敷へ降り、草むらの中に入った上条は、足下に小さな小石を見つけた。
「…………」
表情を変えないままそれを拾った上条は、無言で小石を川に向かって放った。小石は放
物線を描いて川に向かい、やがて小さな波を立てながら川面にその姿を消していく。
小石が川に落ちたのを見た上条は、足下にある小石を次々に川に向かって投げ始めた。
「くっ、この、この……!」
そして足下にあった中で一番大きな石を手に取った上条は、大きく振りかぶってそれを
川に向けて放り投げようとした。
「こんちく――あれ?」
だが石を放り投げるために踏み出された上条の左足は正確に草むらを捉えはしなかっ
た。
上条の左足の下にあったのはゴミ、空き缶だった。
「わ、わわ、わ、わわわ!」
そのままずるっと足を滑らせた上条は、どてーっと大きな音を立てて草むらに倒れ込ん
だ。
「いててててて……」
仰向けになり、草むらで打ち付けた腰を撫でていた上条は、やがてギリッと歯を噛むと
草むらを右手でダンッと叩いた。
「情けね。何やってんだよ、俺」
そのまま上条は草むらの上に力なく大の字になり、悲しそうに空を見上げる。
群青の空、白い雲。
自然の美、などといった抽象的なものとは無縁である学園都市の空であるにも関わらず
上条の瞳に映るそれは、憎らしいほどに美しい。
上条の目尻に、ほんの少し涙が浮かぶ。上条は無意識に鼻をすすった。
「畜生。なんでこんな事に……」
「……うん?」
突然、上条の体がふっと影で覆われた。
「?」
上条は上半身を少し起こすと、自分の体を黒く染めた理由、影の発生源の方を向いた。
「あ、あああ、あ、あのそ、そすそそ……その、えと、あはは、は、あはは、は、は……」
そこにいたのは頬を染め目を少し泳がせるという、今まで上条が見たことのない表情を
して立つ御坂美琴だった。
「……御坂?」
初めて見たであろう美琴の様子に、上条はほんの少し首を傾げた。
訝しげな上条の態度に、美琴は頬を染めたままぎこちない笑みを浮かべ小さくうなずい
た。
「うん、ううん、そう、私。御坂、美琴、うん……」
「…………」
明らかにいつもと違う美琴の様子は、上条の心の中に小さな疑問を生じさせた。
「…………」
いつもの上条ならその疑問を美琴に尋ねたであろう。しかし今の上条の頭の中は、自分
の身に起こった出来事でいっぱいだった。
だから上条はあえてその疑問を押し殺し、草むらの上に再び頭を置き目を閉じた。
「へ? ち、ちぃよちょっと、アンタ……ね、ねえ、ねえ!」
自分に興味がないかのような上条のそぶりを見た美琴は、焦ったように上条の側にしゃ
がみ込んだ。
「ねえ、ねえってば!」
美琴はそのまま上条の肩に手を置き揺らした。
「……なんだよ」
上条は面倒くさそうに目を開ける。
「…………」
だが目の前にいた美琴を見て、彼は小さく息を呑んでいた。
なぜならそこにあったのはおびえや不安といった、普段の彼女なら絶対に見せない感情
に彩られた美琴の表情だったからだ。
美琴にそんな表情をさせたのは間違いなく今の自分の態度、そう理解した上条は小さく
唇を噛みながら体を起こした。
「あ……」
体を起こした上条を不安そうに見つめる美琴。
そんな彼女を見ているうちに、上条の心の中には申し訳ないという気持ちが生まれ始め
ていた。
――何やってんだよ、俺。関係ない御坂に大人げない。
「あの、な、御坂」
上条は美琴をじっと見つめた。
「その、悪い。八つ当たり、してた」
「え? ヤツ、アタリ?」
美琴は何度か目をしばたたかせると小首を傾げた。
返事として上条は小さくうなずく。
「ああ、八つ当たり。ちょっと嫌な事があって。けど、お前には関係ないよな、悪い」
そう言うと上条はぺこりと頭を下げた。
「そう、八つ当たり……。私には、関係ない事?」
「ああ。だからとりあえず、座れよ」
「……うん」
美琴はうなずくと、上条の側に腰を下ろした。
川面を見つめる上条と美琴。
「…………」
しばし二人の間に流れる沈黙。
その沈黙の流れを断ち切るために口を開いたのは美琴だった。
「ね、ねえ。嫌な事って、何? アンタが人に八つ当たりするくらいって、どんな嫌な事
なの?」
「え?」
上条は思わず目を見開いた。
自分を傷つけたであろう上条の事を心配する美琴の優しさに、素直に驚いたからだ。
だが美琴は上条の驚愕の表情を拒絶と捉え、彼をまっすぐに見つめたまま言葉を続けた。
「だからアンタがさっき言った嫌な事よ。教えなさいよ」
「……でも、お前には関係は……そ、そうだ、そんな事よりもお前だよお前。なんかお前、
俺に用事があったんじゃないか?」
「用事?」
「そう、用事だよ、用事。わざわざ河川敷まで降りてきたんだ、俺に何か用事あったんだ
ろ? それともお前、ただ俺に声を掛けるためだけにわざわざ来たって言うのか、違うだ
ろ?」
「そ、それは……」
上条の思わぬ反撃に美琴は一瞬ひるむ。
しかし美琴は持ち前の頭の回転をいかし、上条へ再度質問をした。
「別、別に私の事はいいでしょ。そんなことよりもまずはアンタの問題じゃない。アンタ
に起きた嫌な事ってのを話すのが先でしょ」
「いや、お前の方が先に話せよ。話しかけたのはお前からなんだし」
「アンタの方からでしょ」
「お前だよ」
「アンタ」
「お前」
「アンタ」
「お前」
「アン……ってわかったわよ! 言えばいいんでしょ、言えば!」
今まで上条のことを心配そうに見つめていた美琴だったが、そのまなざしをにらみつけ
るかのような物に変え大声を出した。
「そうよ! アンタの言うとおり! 私はアンタの姿を見かけたから、アンタと話がした
かったからここに来たのよ! どう!? これで文句ないでしょ! さあ、次はアンタの番
よ!」
「あ、え……」
上条は美琴のセリフに言葉を失った。
もちろん、自分に会いに来たという彼女の言葉が上条にとってはあまりにも意外だった
からだ。
それに美琴があっさりと譲歩し、自分の目的を明かしてまで上条の事情を知りたがって
いる事にも驚いていた。
だがここで上条は気づいていなかった。
美琴は確かに目的は言ったが、肝心の上条と話したい内容、つまり用事の内容について
は何も言っていないのである。
けれど頭の回転があまりよくない上条がそんなことに気づくはずもなく、結局彼は美琴
のペースに乗せられるのだった。
上条はしぶしぶといった様子で咳払いをした。
――俺の負けか。
「あ、あのな、御坂。その、えと、なんだ……。本当に聞くのか? お前には関係ないし、
聞いてもつまらないだけだと思うけど」
覚悟を決めた風ではあったが、上条は未だに自分の事情を美琴に言うのを渋っていた。
それに対して美琴は若干イラついたような口調で反論した。
「つまらないかどうかも、関係ないかどうかも私が判断するわ。さっさと言いなさいよ。
だいたいアンタだって全然自分に関係ない事にいっつも首突っ込むでしょ。しかも私が知
らない間に、知らない場所で」
「う……」
「そういうのを後から聞いて、私がどんな気持ちになるか考えた事ある?」
「ううう……」
美琴が先日起こった第三次世界大戦、つまりロシアにおける上条の行動を暗に非難して
いるというのは、さすがの上条にもすぐわかった。
あの時、上条は己の信念に従って動いただけだったが、結果として彼はこの件に関して
美琴に多大な迷惑を掛けていたのだ。
今回上条に起こった出来事はあのときと比べればごく小さな、本当に上条自身に関して
起こっただけの出来事。
ならばもう、女々しくいつまでも隠す必要はないのかもしれない。
それに悩みやイライラは人に話すだけで解消したり軽くなったりする事が多い。
ならば目の前にいる少女に全て吐き出すのもありかもしれない。
幸いにも彼女は上条の事を純粋に心配しているようなのだ、悪い反応はないと考えてい
い。
そう考えた上条はツンツン頭をぽりぽりとかくと、小さくうなずいた。
「あのな、御坂」
上条は美琴をじっと見つめた。
「…………」
その真剣なまなざしに美琴はごくりとつばを飲み込んだ。
「お前、結婚とか、考えた事、あるか?」
「…………」
上条の言葉を聞いた美琴は、半ば惚けたような表情となり小首を傾げた。
その反応を呆れたための物だと捉えた上条は、乾いた笑いを浮かべた。
「あ、アハハハ、ハハ、ハァ。わう、悪い、変な事言ったな、忘れてく――」
「ケッコン? ケッコンって、あの結婚よね。女と男が夫婦になるって、あの?」
笑ったまま話を終わらせようとした上条だったが、その言葉を美琴の小さな、けれど
はっきりとした声が遮った。またその表情もいたって真面目な物に戻っていた。
「あ、ああ、そうだ、結婚だよ、それしかない。で、でも、まだ考えた事ないよなお前。
なあ、お前まだ中学生だし」
「あるわよ!!」
上条の言葉に反応し、美琴は目を見開いて大声を出した。
「……ひっ」
そのあまりの剣幕に一瞬ひるむ上条。
「ウエディングドレスを着て、みんなに祝福されて、大好きな人と結ばれて、大好きな人
と一緒に人生を歩んでいく……女の子ならそれこそ、幼稚園の頃から憧れてる事じゃない!」
美琴はひるんで若干引き気味になった上条に対し、噛みつかんばかりの勢いで顔を近づ
けた。
「えと、そ、そう、なのか……?」
「そうよ! アンタ、そんなことも知らないわけ?」
「えと、悪い、俺、男だから全然わからない」
「そ、そう……」
申し訳なさそうにする上条から美琴は距離を取り、居住まいを正した。
「…………」
「…………」
そのまま唐突に二人の間に沈黙が流れた。
もちろん、何を続けて言えばいいのかわからない上条に対して、声を出すタイミングを
計っている美琴という違いはあるのだが。
やがて美琴が地面をダンと叩いた。
一方上条は、その音にびくりと体を震わせる。
「ねえ、アンタ」
地面に手をついたまま上条をじっと見つめ、彼の方に体を近づける美琴。心なしかその
頬は紅く染まりだしている。
「アンタ、その話するってことは、やっぱり、そういうことなのよね……? わかって、
言ってるのよね……?」
「へ……?」
美琴の言葉に惚ける上条。
上条の反応に、美琴は彼をキッとにらみつけた。
「だから! どういうつもりでそんなこと言いだしたのかってことよ! そうなんでしょ!
わかって言ってるのよね! ねえ!!」
「えと、言い出した理由? あ、ああ、そうそう、そうだ、それを言わなきゃ、な。とり
あえず落ち着いてくれ、御坂、な」
今にも立ち上がらんばかりの美琴を手で制した上条は、自分を落ち着かせるために深呼
吸をした。
「悪いな、俺がさっさと言わなかったから変な事になってるみたいで」
「はい? アンタ、何を――」
上条の言葉に疑問を返す美琴。
だが上条は美琴を遮るように言葉を続け、ある意味究極の爆弾をあっさりと爆発させた。
「だからな、お前には関係ない事なんだけど、俺に、許嫁が、いる、らしいんだ」
「――――!!」
その瞬間、美琴は目を見開いて全身を強ばらせた。
しかし一方の上条は美琴の様子に気づいていない様子で、心底困ったような表情でため
息をついた。
「なんなんだろうな、許嫁なんて。あーあ、許嫁、結婚。なんでこんなわけわかんねーこ
とに……」
そんな上条の目の前で、美琴はゆっくりと、ゆっくりと顔を伏せた。
「ねえ」
「ん? どうした?」
顔を伏せたままの美琴から出された低い声に、上条は軽い感じで返事を返した。
「それ、が原因、なの……?」
「えと、原因って?」
「アンタが、人に八つ当たりするほど機嫌が悪かった原因よ……」
「ああ、まあな」
「そう……。やっぱりそう、なんだ……」
声を出す度に美琴の声はますます低く、重苦しい物になっていった。
その異常さに気づいた上条は美琴へ恐る恐る声を掛けた。
「あの、御坂さん。どっか、具合が悪いの、か?」
「…………」
けれど美琴は返事を返さない。
しかしその顔は未だ伏せられたままで、よく見ると肩が若干震えているように見えた。
「な、なあ御坂、ほんとに急に、どうしたんだ?」
「…………」
「なあ、御坂」
「……許嫁が、結婚が……そんなに、嫌なんだ……。わ――が、そんなに、嫌い、なん
だ……。だから、私に、八つ当たり……なんでそんな、遠回しに、いや、み、嫌味みたい、
に……。そこま、でするく、らい、あん、アンタは、わ、た、わた、しを、き、ら――」
肩を振るわせたままつぶやく美琴。
だがその途切れ途切れの言い方が彼女の精神状態が尋常でないことを如実に示している
ことには、上条も気づいていた。
「おい、御坂、お前いった――」
上条が美琴の肩に手を置こうとした時、美琴はその手を振り払い勢いよく顔を上げた。
「ど、どうしたんだよ、みさ――」
美琴の表情を見た上条は言葉を失った。
なぜなら美琴は泣いていたからだ。
しかもただの泣き顔ではない。その瞳からは涙がぼろぼろと溢れだし、鼻水も垂れ放題
で、まさにこの世の全ての希望に見捨てられたかのような泣き顔だったのだ。
「御坂、お前、なんでそんな、え? どう、したんだ……?」
「……だって、だって、アンタが、許嫁が嫌で、結婚が嫌で、わたしが、き、き、き
ら――」
「そんなの、当たり前だろう!!」
美琴の言葉を遮るようにはっきりとした口調で声を出した上条は、そのまま言葉を続け
る。
「顔も名前も知らないような奴と、どうして俺が結婚しなきゃいけないんだ? 俺はまだ
高一だぞ。そんな先のことなんて勝手に親に決められてたまるかよ」
「…………? ……なに、それ?」
「だから、どこの馬の骨とも知れない奴との結婚なんてまっぴらごめんだって言ってるん
だ、俺は。だいたいが、結婚みたいな人生の一大事、親に勝手に決められたくないだろう。
いくら親だっていっても俺の人生はあくまで俺の物だ。それを他人に勝手に押しつけられ
てたまるか! いくら俺を産んで育ててくれた両親だからって、我慢できることとできな
いことがあるんだよ、俺にだって! それに、相手にも悪いだろう、顔も名前も知らない
こんなレベル0の劣等生の俺を押しつけられたりしたら。相手の人生までメチャクチャに
することになるんだぞ! 母さん、頼むからふざけるのも大概にしてくれ!」
「…………」
「そんなことを急に親に言われて、だから機嫌が悪かったんだよ、俺は。でもそんなこと
より今はお前の方だよ。なあ御坂」
上条は美琴の両肩をしっかりと掴んだ。
「いったいどうしたんだよ急に。なんでそんな泣き出すようなことになってるんだよ。な
あ!」
「……知らない、顔も、名前も……どういう、こと?」
ぽつりぽつりと話す美琴。既に彼女の涙は止まっており、美琴の表情は哀しみから驚き、
動揺に変わっていた。
「……まだそのことかよ。だから、母さんからはなんにも聞いてないんだよ、ただ俺に許
嫁が出来たからって電話で聞いて。それで」
「ねえアンタ! 詩菜さんとどういう話をしたのよ今日! 子細一切漏らさず説明しなさ
い!!」
美琴は急にテンションが変わったように大声を出した。
その様子に今度は上条の方が動揺していた。
「あれ、お、お前急に元気が出てきた?」
「そんなのいいから、さっさと話しなさい!!」
「あ、ああ。えっとだな、確か朝の九時くらいだったかな、俺の携帯に母さんから電話が
かかってきたんだよ……」
『おはようございます、当麻さん。今、大丈夫ですか?』
「母さん? 別に大丈夫だけど、こんな朝早くどうしたんだ?」
『朝早くってもう九時ですよ。日曜日だからってあまりグータラしないでくださいね。ま
あそれはともく、あのですね当麻さん、驚かないで聞いてくださいね』
「うん」
『当麻さんになんと! なんとなんとなんと! 許嫁が出来たのです! おめでとうござ
いまーす!』
「はい? いいなづけ? えっと、な、なんだっけ、それ……?」
『……当麻さん、もう少し言葉を知っててくださいね。許嫁っていうのは、結婚を約束し
た相手のことですよ』
「そう、結婚を約束……結婚、ね……え? 結婚? 結婚!? な、何言ってるんだよ母さ
ん、俺まだ高一だぜ! そんな結婚なんて!」
『もちろん、籍を入れるのはまだですよ。あくまで約束だけです』
「そういうことじゃなくて! なんでいきなりそんな話が!」
『簡単に言うと、私が相手のお嬢さんを気に入って、相手の親御さんが当麻さんを気に
入った、ということでしょうか。それでお互いの子供同士を結婚させようという話になっ
たわけですね。わかりましたか?』
「なんだよ、それ……。そんな勝手に……俺の意思は、どこに行ったんだよ……」
『もちろん最終的に判断するのは当事者である当麻さんと、相手のお嬢さんですよ。でも、
決して悪い話じゃないと思うんです。ですから――』
「ですから、何だよ! そんなので俺に納得しろってのか! ふざけんな!」
『もう。電話口で急に怒鳴らないでください、当麻さん』
「怒鳴りたくもなる! 急に勝手な話を持ってきて、勝手に決めて、それで納得しろと
か……ふざけるにも程があるだろう!」
『別にふざけてなんかいません。確かにきっかけとしては、私と相手方の親同士の関係か
ら始まったのかもしれませんが、ちゃんと当麻さんたちのことを考えて話は進めたつもり
ですよ』
「どこかだよ! 全然考えてなんかいないだろう! 意味わかんねーよ!」
『わからないって、どこがですか?』
「全部だよ、全部! 一から十まで全部だ!」
『それは怒鳴ってばかりで話を聞こうとしない当麻さんにも責任があると思いますよ。も
う少し冷静になってください』
「なれるわけねーだろう! だいたい母さん、俺だけじゃなくて相手のことも考えてねー
じゃねーか、これじゃ!」
『考えてますよ』
「どこが!」
『本当ですって。だいたい、相手のお嬢さんは――』
「もういい、これ以上何も聞きたくねえ!」
『ち、ちょっと待ってください当麻さん』
「もう切る!」
回想を終えた上条を、美琴はジト目で睨みつけた。
「……アンタ、話の途中で電話切ったんじゃない」
「あれ、もしかして母さん、あの後相手の名前とか言うつもりだったのか?」
「それ以外ないでしょうが! 馬鹿でしょアンタ! 頭に血登りすぎよ!」
「しょうがねーだろう! だいたいそんなこと、いつも怒ってるお前にだけは言われたく
ねーよ!」
「何言ってんのよ! 怒ってるのはアンタにだけじゃない! 普段の私は冷静で上品なお
嬢様よ!」
「もっと問題だ!」
「うるさい! うるさい! うるさい!! なんだったのよさっきの茶番は! 私の涙返し
なさいよ!」
「ちょっと待て、それも俺が原因か!」
「それ以外何があるってーのよ!」
「どう考えてもそれの方が八つ当たり――じゃな、いん、ですか、美琴様……」
上条は必死で言い訳を続けたが、美琴の周りの帯電の度合いが尋常でない状態になって
いるのを察知し、急に丁寧口調になり出した。
「あの、申し訳ありませんが美琴様。できましたらその電撃を止めていただけるとわたく
し上条当麻といたしましては非常にありがたいのですが……」
丁寧な口調を続けながらゆっくりと立ち上がり、後ずさる上条。
「言いたいことはそれだけ?」
上条と同じようにゆっくりと立ち上がり、彼が後ずさった分前に進む美琴。歩きながら
その右手はポケットを探っている。おそらく超電磁砲のためのコインを出そうとしている
のだろう。
そのことに気づいた上条の顔から、さーっと血の気が引いていく。
「えっと、美琴様……。あの、後、言いたい事は、す、す……」
「す?」
「すいませんでした――!!」
そう言い残すと、上条は脱兎のごとく駆けだした。
「待てやゴルァ――!!」
もちろん美琴は間髪入れず上条を追いかけ出す。
久方ぶりの二人の鬼ごっこの開始である。