とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part03

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集


 どれくらいそうしていただろうか、上条が気付いた時、周囲にはなんだか人だかりが出来ていた。
 常盤台の制服の女の子がどこぞの馬の骨とも知れぬ高校生と抱き合っていれば自然と注目の的ともなる。
 上条は顔に血が昇るのを感じ、慌てて美琴から離れようとする。
 しかし、美琴は意識を失っているのか、ふにゃーとか言いながら上条の方に倒れて来る。
 そのまま避けて床にダイブさせるわけにもいかず、とりあえず支えてみるがこれでは先程と何も変わらない。
 むしろ、離れようとするツンツン頭に、行かないでとお嬢様がしがみつくように見える。
 まずい。さっきは意識せずに抱きしめてしまったが、一度現状を把握してしまうと、胸元に感じる美琴の体温やら息やら体重を意識してしまう。
(これは、マズい。不こ…………じゃないけど、不幸なんかじゃないけど……)
「ご迷惑おかけしましたぁぁぁっっ!!」
 漏電しないよう右手で美琴を抱えあげると、上条は走り去る。何処に行くわけでもなく。





「あー、死ぬかと思った」
 美琴を抱えて逃げてきた上条は肩で息をしつつ、店の端にあるちょっとした休憩所まで来ていた。
 相変わらず意識の戻らない美琴をベンチに座らせ、恐る恐る右手を離してみる。漏電の心配はないようでようやくほっと一息と言ったところか。
 上条はベンチから立ち上がると、近くの自販機に向かいホットコーヒーを買う。
 普段なら微糖をにするところだが、甘い気分を取りあえず一掃できるかと思いブラックをチョイス。
 美琴の座るベンチに戻り、一瞬迷ったってから隣に腰掛ける。と言ってもその間は30センチは空いているのだが。
 白いシスターさんが嫌がるプルタブを難なく攻略し、一口すする。
「苦い…」
 ブラックにするんじゃなかった。そう思いながらコーヒー缶を見つめる。
(俺は……どうしたらいいんだ)
 勢いで言ってしまった美琴への言葉。嘘は含まれていない。全てに整理がついてから、自分の心に向き合えたら、美琴に言うべきことがあるような気がした。
 だが、今から何をすればいいか。それがわからない。
 自分に向き合う。簡単なようで難しいこと。記憶喪失である上条には『本当の自分』が何か分からない。
「どうすりゃいいんだよ」
 上条の吐いた言葉に答える者はいない。





「んっ」
 美琴はぼんやりとする視界に目を細め、ゆっくりと体を起こす。
(あれ?私、なにしてたっけ)
 ゆっくりと記憶を読み返す。上条に抱きしめられ、いろいろと言われて、答えて……
 思い出した途端、一気に顔が赤くなり慌てたように周囲を見回す。
 さっきまでいた所と違い、ベンチに座らされている。隣には真剣な顔でコーヒーを見つめている上条がいる。
「……」
「おっ、気づいたか」
「うん。ごめんね、ビックリしたでしょ?」
「まぁ、な」
 上条は少し心配そうな表情を浮かべて美琴を見る。美琴は自分がどうなっていたかを思うと顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「最近、ときどき起こるの。なんか、パニックになるっていうか、能力の制御がうまくいかなくて」
「そうか…」
 深くは聞いてこない。それが上条なりの優しさである事は美琴も分かっていた。
 自分の抱える想いも、なにもかもを吐き出せたら自分は楽になる。
 ただ、同時に上条を苦しめることになるのも事実だ。自分の中で迷っている上条を、さらに難解な迷宮に引きずり込むことになる。
(苦しいけど、辛いけど。アンタが自分で答えを出してくれるなら、私はいつまでも待ってるから)
 口には出せない。美琴は小さく、上条にバレないくらいの溜息をつく。
「アンタも、そんな怖い顔しないで、悩みがあるなら美琴センセーが聞いてあげるわよ?」
 精一杯元気に話しかける。上条が苦しむ姿は見たくなかったから。
「べ、別に悩んでるわけじゃねぇよ。気にすんなって」
 上条は笑ってみせる。引きつった笑いになってるかもしれないけど、それでも自分の事は自分で解決すると宣言したから。
 そんな上条を見て、美琴は胸が締め付けられるような気がした。
 本当は自分を頼って欲しい。自分が上条を頼った時のように、お互いに頼りあって2人で歩きたい。
 上条の性格から期待はできないものの、できれば相談に乗ってあげたい。でも、無理やり聞くのは反則な気がする。
(でも、これくらいならいいわよね)
 美琴はもう一度小さく溜息をつくと左手で上条の右手を握る。やさしく、薄いガラス製品を持つように。
 上条は少し驚いた顔をしたものの、ゆっくりと握り返してくれた。
「ありがとう、美琴」
 何気ない行動がお互いの心に響く。少しだけ楽になったような気がして、微笑み合う。
 30センチの距離のあるぎこちない繋がりでも、今の2人には堪らなく愛おしいものだった。





(あいつ、名前で読んだわよね)
 繋いだ手が急に恥ずかしくなって美琴は『ちょっと、私もなんか飲むわ』なんて誤魔化しながら自販機の前に立っていた。
 上条に名前で呼ばれたことにドギマギしつつ、自販機に小銭を入れる。
 どれにしようかと指をくるくる回してみるが、思考が安定しない。
 顔に血が昇る。またふにゃーとなりそうなのを必死でこらえ、両手で頬を叩く。
 ここは気つけに炭酸よね、と1人に納得すると、ヤシの実サイダーに手を伸ばす。
「みーさかさーんっ」
 突然声をかけられて肩を叩かれる。些細な事に、自分でも驚くほどにビクッと身体が跳ねる。
 振り返ればそこには馴染みの顔が2つ。肩に手を置いたまま目を丸くしている長髪の少女と、その隣に花飾りの少女。
 がこんっ、と自販機から音がする。美琴の右手はヤシの実サイダー、の隣『西瓜紅茶』をしっかりと押していた。
(不幸だ)
 誰かの専売特許である言葉を脳内で呟き、がくんと肩を落とす。
「あー、御坂さん?大丈夫ですか?」
 花飾りの少女、初春飾利は何だかブルーな美琴に恐る恐る問いかける。
 やってしまった、といってもまさか美琴がそれほど驚くとは思っていなかった長髪の少女、佐天涙子は目を丸くしたまま固まっている。
 ご丁寧に口はあんぐりとあいており、アホの子と言われかねない顔だ。
「いやー、大丈夫大丈夫。ごめん、ちょろっ考え事してたからさ。佐天さん?」
「はっ!?あ、いやーほんとスイマセンっ!飲み物は弁償しますから、超電磁砲はやめてくださいっ!!」
 勢いよく、ぐわっと、頭を下げる佐天に、美琴は逆に固まってしまう。
「はわわわ。私からもお願いします。佐天さんを許してあげてくださいっ」
 隣にいた初春も佐天を真似る。
「えーっと、気にしてないから。2人とも顔、上げて?」
「え、あ、ありがとうございますっ」
 本当に嬉しそうな顔をして、2人は顔を上げる。よかったー、と涙を浮かべながら抱き合っていたりする。
(私、そんなに怖がられてるの?)
 割と本気でビビられた美琴は普段の生活を見直そうかと本気で考えていたりする。
「でー、2人は何をしてるのかな?」
 目の前で生還の喜びを分かち合っている2人に問いかける。良く考えればセブンスミストは2人の行きつけなのだから居ても何にも不思議ではない。
「えっとですね、佐天さんと買い物に来たんですよ」
「初春の新しいパンツを買いに来たんだよねっ」
「違いますっ!!」
 あーもう、コイツら付き合っちまえよ、なんて生温かい目で見つめてみたものの特に気にされないまま話は続く。
「で、いざ店内に入ってみるとですね。御坂さんの噂が流れてたもんで、探してたんですよー」
「えっ!?噂?」
 仲の良い2人にアテられながら、美琴は尋ねる。
 このタイミングで『噂』なんて言われれば心当たりがありすぎて困る。
 もしその噂とやらがアレのことならば、妹達どころではない。羞恥死、なんて新たな死因が発見されるかもしれない。
「「常盤台の『超電磁砲』が高校生の男と抱き合ってたっ、て」」
 ねー、なんて楽しそうに顔を見合わせる2人を視界にとらえたまま美琴は頭から煙が出るような気がした。
「あれ?御坂さん………もしかして、マジですか?」
「佐天さんっ、御坂さんに限って………あれ?」
 真っ赤になって口をパクパクとさせる美琴を見て、佐天も初春も固まる。
「不幸だ」
 声に出てしまう。よりにもよってこの2人にバレるとは……。





 上条はなかなか帰ってこない美琴を不審に思いつつも、ボーっと待機していた。持っていたコーヒーは既に飲み干している。
 ゴミを捨てに行くがてら美琴の様子でも見に行くか、とベンチから腰を上げようとしたときポケットの中の携帯が震える。
「御坂から…なんだコリャ?」
 美琴からのメールを受け取った上条は絶句した。
『ゴメン、埋め合わせはするから先帰ってて』
「ってか、お前が誘ったんだろーが」
 上条は肩をすくめて大きく溜息をつく。
(さて、どうするかな)
 夕食時まで美琴に付き合う覚悟をしていたので、こうポッカリと空いてしまうと逆に困る。
 寮まで帰って寝てもいいのだが、ここまで来ると何やらもったいない気もする。
 携帯を閉じ、空き缶をゴミ箱に捨てる。
「本でも買いに行くか?」
 柄にもなく小説でも買ってみるかな、と偶に通う古本屋を目指す。
「アイツじゃねーか?」
「そうだ、アイツだ!!」
 ドタドタと何人かが走ってくる。
(なんだ?万引きか?)
 誰が追われてるんだろう、と上条は走ってくる男たちの方を見る。
 誰も追われてるようには見えないが、何やら必死、もとい鬼の形相をした奴らが5人ほど走ってきている。
「あれー、何やら上条さんの不幸センサーにビンビン反応してるんですけども…」
 まだ遠くではあるが、明らかにこっちに走ってきている気がするなー、なんて考えつつ少し冷や汗をかく上条。
「お前だよ、お前!人前で大胆にもっ!常盤台の超電磁砲とどういう関係だっ!?」
 1人が叫ぶ。そいつが美琴にやられたヤツで単なる逆恨みなのか、密かに美琴を想う事による嫉妬心なのか。
 どちらにせよ、上条のできる事は1つ。
 1対1ならともかく、1対5だ。まだ見えないだけでこれから増える可能性もある。
 上条はぐるんっ、と音がするような勢いで振り返ると一目散に出口を目指して走る。
「待てやコラァァッ!!」
「待てと言われて素直に待つ奴いるか、ふざけんなっ!」
 後ろから飛んでくる怒号に応え、しっかりと火に油を注ぐ。
「不幸だぁぁぁぁっ!!」
 上条は走る。ゴールのない不毛なる戦いの火蓋が切られた。





(アイツには悪いことしたな)
 美琴は上条にメールを送信した後、もう一度溜息をついた。
 現在はセブンスミスト近くの喫茶店におり、美琴は苦めのカプチーノを飲む。
 目の前には目をキラキラとさせた後輩2人。
「えーっと、まず最初に言っておきたいんだけど」
 どうしてこうなった、と頭をかきながら美琴は続ける。
「その…噂話は、黒子には内緒ね」
「えー、白井さんに内緒ですかぁ?」
 ニヤニヤ笑いを浮かべながらズイっと顔を寄せてくる佐天。
 美琴はその顔に不安を抱く。
(あー、こりゃやばいなぁ)
 直接見られたわけではないが、さっきの失態では『噂が本当である』と宣言したようなものだ。
「そんな噂聞かれたら、黒子が暴走するに決まってんじゃない。だから、ね?」
 口止め料ではないが、後輩2人の前にはしっかりと飲み物が置かれている。
「まぁ、そうですよねー。白井さんが暴走したら、噂の彼氏さんがどうなるか分かりませんし」
 ちょっとだけ不満そうに佐天が呟く。乗り出した体を元に戻し、あーあ、口を尖らすあたり、正に『他人事』と言った感じだ。事実、他人事なのだが。
(助かった)
 佐天が追撃の手を緩めた事に安堵しつつ、何気なく隣の初春に目をやる。
 何やら一生懸命に携帯をいじっている。
「う、初春さん?」
「はい?」
「何をしてるのかしら?」
(激しく嫌な予感がする)
 妙に手が汗ばむのを感じながら、とても楽しげな初春の答えを待つ。
「メールを書いてたんですよ、白井さんに」
「初春、あんた…」
 美琴だけでなく、佐天も驚いたように初春を見る。
「あー、その男の人と御坂さんの馴れ初めとかー、いろいろお聞きしたいですねー、佐天さん」
 にっこりと、初春は佐天に笑いかける。佐天は一瞬考えた後、先程のニヤニヤ笑いを復活させワザとらしく続ける。
「あぁ、そーだね初春。そこは外せないよねっ」
「ですよね。私、余りに気になりすぎて送信ボタンを押してしまいそうですよ」
「だぁぁぁぁぁっ!分かった!全部吐くっ、全部話すから」
 初春は邪気のない笑みで携帯を閉じると、佐天とともにズイと体を乗り出す。
「「まず、出会いから!」」
 2人の口止め料は高くつきそうだった。





「あー、疲れた……なんなんだ、アイツら」
 上条は後ろを振り返り追手がいなくなったことを確認すると壁にもたれかかった。
 当てもなく走ってきたが、当初の目的通り古本屋の前についていた。
「なんていうか、不幸なのかよくわかんねぇな」
 頭をポリポリと書き、息を整える。肩どころか全身で息をしているような状態で本屋に入りたくはない。
(風が冷たくなってきたな)
 吹き抜ける秋風が火照った身体に心地よく、上条は目を閉じて大きく息を吸う。
(気持ちいいな)
 柄にもなく感傷的になる。
「今なら詩でもかけそうだな、なんて」
 上条自身で身震いしそうな独り言を吐く。隣で誰かが全て聞いてることなんて気づいてはいない。
「そうですか。では書いてみてください、とミサカはあなたのセンスに期待しながら提案します」
「っと、御坂妹か。何やってんの?」
 いつのまにか隣にいた――正確には上条が後から来たのだが――御坂妹に驚きつつも、上条は尋ねる。当然のごとく御坂妹の提案はスルーする。
「いぬのエサを買いに行ってました、とミサカはスルーされた事に凹みながらも答えます」
「いぬって、結局その名前になったのかよ」
「なにか問題でも、とミサカはミサカの決めた事に口出しするなと憤りながら尋ねます」
 ?といった様子で首を傾げる御坂妹に呆れながら、上条は姉妹のセンスを疑う。
(美琴も美琴だが、妹も変わりもんだよな)
「いいや、問題ねぇ。お前が決めて納得してんならそれでいいよ」
「では、あなたはここでなにをしているのですか、とミサカは逆に問いかけてみます」
「ん?いや、ちょっと本を買いに来てみたんだけど、お前も見ていくか?」
 上条は左手で古本屋を指差し、御坂妹を見る。
「ご一緒してみます、とミサカはお姉様にリードをとったことを喜びつつ応じます」
 リード?なんのこっちゃ、と首を傾げながら、上条は店内に入る。
 いらっしゃいませー、と愛想のない店員の声を聞きながら一直線に文庫本コーナーを目指す。
「どういう書籍を探してるのですか、とミサカは興味本位で聞いてみます」
「読みやすい小説だ。現代小説っつうの?」
 よくわかんねぇけど、と付け足し、上条は小説コーナーの前に立つ。いざ来てみるとどれを読めばいいか分からない。
「『吾輩は猫である』はどうでしょうか、とミサカは猫のついたタイトルに期待しつつ提案します」
「それは別に可愛い猫の生活の話じゃねぇぞ、っていうか読んだことないのかよ」
 相変わらず良く分からない御坂妹に嘆息しつつ、上条は一冊の本を取る。
 なにやら映画化が決まったとかいう恋愛小説でワイドショーでも取り上げられていたものだ。
(これにするか、って話題物は高ぇな、クソッ)
 古本は100円主義の上条にとって、古文庫1冊に400円はキツイものがある。
「それは恋愛小説だと思いますがよろしいのですか、とミサカはあなたが何を思って買うのか想像しつつ尋ねます」
「ちょ、別に、俺の深層心理とか気にしなくていいから」
 痛いところを指摘され、焦る上条に御坂妹が詰め寄る。
「では自発的に答えてください、とミサカはあなたに詰め寄ります」
「答えませんっ!!」
 御坂妹は、そうですか、とすこし寂しそうに――現に『寂しそうに諦めます』とか言っていた――上条から離れると、同じ本を掴む。
「では、勝手に判断してみます、とミサカは同じ本を手に取ります」
 上条は大きく溜息をつき、御坂妹をレジまで案内する。
 ちなみに800円が上条の財布から消えた事を付け加えておく。





「なーるほど。つまり、その人、えっと、上条さんは御坂さんを救ってくれた恩人だと」
「そうっ!別に彼氏だとか、恋人だとかそんなんじゃないんだから」
 一通りの話をまとめる初春に対し、必死に取り繕おうとする美琴。
「なるほどー。まだ彼氏じゃないってことで、これから告白するんですか?」
 顎に手をやり、1人で納得する佐天。隣で初春もうんうんと頷いている。
「こここここっ、告白っ!?佐天さん、何を言ってるのかな―」
「あれ?御坂さんは上条さんの事を好きなんじゃないんですか?」
 思いっきり焦っている美琴に追い打ちをかけるように、わざとらしく大きく首を傾げてみせる初春。
(そんな初歩的なトラップにかかってたまるもんですか。お嬢様舐めんなぁ!)
「そうよ、なんで私があんなヤツのことっ」
 ふんっ、と顔を背けてみせる。顔が赤くなるのを感じるが負けてはいけない。
「じゃぁ、初春っ。その上条さん、私が落としちゃうねっ!」
「応援しますよっ、佐天さん!」
「んなっ!?ちょっと、なんであなた達が」
 この話を始めた時点で、美琴が攻めようが守ろうが、美琴の周りには罠しかなかったのだが、美琴は気付くこともなくどんどんと深みにはまっていく。
「だって、上条さんって話を聞いてるだけでも優しそうですし、守ってくれそうじゃないですか。なかなかいないですよ、そんな人」
「私も上条さんと仲良くなりたいです」
 じゃあライバルだね、初春っ。そうですね、佐天さんっ。と、傍から見ればわざとらしすぎる会話であるが、今の美琴はそれを判断できるほど冷静ではなかった。
「あーもうっ、そうよ、私はアイツが好き……なんだと、思うんだけど……」
 最初の勢いはどんどんとなくなり、最後には聞き取れないほどの声であった。
「(御坂さん、可愛すぎますっ)」
「(初春、笑っちゃダメだよ)」
 佐天と初春の2人はニヤニヤとなるのを我慢しきれず、言ってしまった美琴は真っ赤になってテーブルに突っ伏していた。
「御坂さん、応援しますよ」
 だんだんとブルーになっていく美琴の肩を佐天が揺らす。
「でも、どうしたらいいか分からないの……」
 顔だけ上げた美琴は、涙目で頬を上気させていた。
(か、可愛いっ)
(それは反則ですよぉ)
 ずきゅーん、と心を打ち抜かれた2人が密かに上条を羨んだりするのだが、それはまた別の話だ。
「とりあえずですね、名前で呼んであげましょう!アイツとかじゃダメですよ」
 顔を真っ赤にした佐天が両手をぐっと握って提案する。
「なまえ?」
「そうですよ。今度会ったら、思い切って名前で呼ぶんです!出来ればファーストネームで」
 初春も佐天に続いて手をぐっと握り続ける。
「むむむ、無理よっそんなの」
「「ダメです!頑張りましょうっ!!」」
 結局は目をキラキラさせた2人の後輩に負けてしまう美琴であった。





「ごちそうさまでした」
「ごちそーさまーなんだよ」
 上条は御坂妹と別れを告げた後、買い出しを済ませ寮に戻った。
 幸いその間に追い回されたりすることもなく、比較的平和に生活できたので上条としても一安心ではある。
 インデックスがお風呂に入っている間に、手早く皿を片づけ、上条は買ってきた恋愛小説を取り出す。
「読んでみますか」
 上条はあまりこういった本を読んだりしないのだが、現状の自分の気持ちに対する答えが出てきそうな気がしたのだ。
 最初の数ページを読んでみたが、活字嫌いの上条にも読みやすいものだった。
 暫く読んでいると、ガラステーブルの上に置いてあった携帯が鳴りメールの受信を知らせる。
 美琴からのメールで、内容は今日の謝罪と友人に根掘り葉掘り聞かれたという苦労話であった。
「あいつも、人に言えないくらい不幸体質なんじゃねぇか」
 上条は美琴からのメールを読み、からからと笑う。携帯を眺めて1人で笑っている姿は怪しさ満点だ。
「とうま、なにをニヤニヤしてるのかな?」
「……あー、インデックスさん?」
 ぎぎぎ、と動きの悪い首を上げると、目の前には寝巻を着たインデックスが頬を膨らませて立っていた。
「なんでニヤニヤしているか聞いてるんだよ。聞こえなかった?」
「落ち着け、インデックス!上条さんは御坂からのメールを読んでいただけだっ―――」
「やっぱりとうまはとうまなんだねー!!」
 上条の自爆発言と同時にぷんぷんと暴れだしたインデックスはバスタオルを投げ捨てると上条の頭に飛びかかる。
「だぁぁぁっ、やめろぉぉぉぉっっ」
 上条も噛まれまいと必死に逃げてみると、運よく初撃を回避することに成功する。
 インデックスは今まで百発百中を誇っていた噛みつきを回避されてしまった事に落ち込んでしまう。
(あれ、もしかしてワタクシ助かりました?)
 ずーんと落ち込むインデックスを少し可哀想にも思ったが、上条は噛まれずに終わりそうな現状に珍しくも幸運を感じていた。
「あれ?とうまー。本なんか読んでたの?」
「ん?ちょっとそんな気分になったからな」
 インデックスは床に転がっていた小説からカバーを外しタイトルを見る。
「これは話題になってる恋愛小説だね」
「らしいな。インデックスも知ってたか?」
 テレビっ子のインデックスにとって流行り話題はお手の物だった。
「恋愛小説……むむっ、みことからのメールで喜んで……とうま、そういうことなんだね」
「な、なにをいってるのか分からないんですけど―――っ!?」
「問答無用なんだよー」
 上条の叫び声が響いた。





 御坂美琴は寮の一室にいた。
 ルームメイトの白井はシャワーを浴びているところだ。
 美琴は携帯を開き、上条からの返信を見る。
『また遊びに行こうな』
 そっけない文ではあるが、美琴は心の中が暖かくなるのを感じる。
「……当麻、か」
 後輩2人にアドバイスされた事を思い出し、名前を口に出してみる。面と向かって言ったわけでもないのに顔が熱くなる。
(出来れば私も)
 名前で呼んでもらいたい。昼間に『美琴』と呼ばれた時の事はあまり覚えていないが、すごく暖かなものだった。
 それだけで上条を近くに感じる事が出来る。上条にも自分を近くに感じてほしい。
「ちゃんと、呼べるかな」
 美琴はごろんとベッドに寝転ぶときるぐまーを抱きしめる。
「(おおおおお姉さまっ、今『当麻』とか言いましたかぁぁっ!?あの、類人猿がぁぁぁっ)」
 シャワールームからどす黒いオーラが出ていた事に美琴が気付く事はなかった。


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