とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part04

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匿名ユーザー

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 美琴が上条を名前で呼ぼうと決意してから、10日が過ぎた。
 あの一件以来、美琴は上条と会っていない。
 初春らに言われた『名前で呼ぶ』事を意識しすぎ、どういう顔で会えばいいのかわからないまま時が経ったという状態だ。
 ワザと上条と接触しないような行動パターンをとったりしている割には、メールはしっかりと送っている。
 せめてメール内で『当麻』と読んでみようかと思ったが、指が4のキーを押す事もなく撃沈した。
 あれから10日、と言う事は勿論、月曜日は通過しているのだが、『今週は立ち読みしちゃったから』とか言い訳してスルーしてみたりもした。
 上条からの返信に『準備してたのに来ねぇとなると寂しいな』なんて文があったものだから、その日は一日中幸せだったりもした。
 以前、水曜日の雑誌は買わないのか、と聞いてみたが、週に2冊は厳しいですのよ、との答え。
 もし水曜分も買っていたのら、それを口実にも出来たな、と美琴は思う。もっとも、いざ現実となると自分から行くなんて出来なさそうではあるが。
 そんな悶々とした10日間、初春や佐天は会うたびに意味ありげな視線を送ってくるし、白井は白井でじっとりとした目で見てくる。
 何も悪い事はしていないのに、責められているような後ろめたい気分で落ち着かない美琴であったが、焦って自爆するわけにはいかない。
 初春や佐天相手ならまだしも、上条本人に自爆しようものなら死んでも死にきれない。
(だぁぁぁっ、無理っ!どんな顔して呼べばいいのよ。こんなことなら初めから名前で呼んでおけば)
 そこまで思って気付く。そういえば、上条本人から名前を聞いたことがあったか。
 右手に宿る能力を知るために『書庫』にアクセスした時に知ったのだが、本人から聞いた覚えが無い。もちろん、尋ねた覚えもない。
(なんと、まぁ)
 意外なる事実に今さら気付いた美琴であったが、これは逆にチャンスなのではないだろうか、と思案する。
(名前の話題から繋げれば……よーし)
 妄想もとい暴走を始めた美琴の頭は外の一切を排除し、上条との接触プランを練る。
 もはや、上条一色なのだが本人はあくまで認めていない。どんどん小さくなっていくプライドがどこまで持つか。美琴が素直になるのはもう目の前だ。
 えへへ、と妄想にふける超電磁砲は、教室中の視線をいつもと違う意味で集めている。
 その場に居合わせた先生でさえ、触れずにスルーを決めたほどの不気味な美琴は後々まで語り継がれることになる。
 絶賛授業中。この日、常盤台のエースのノートは真っ白のまま進むことはなかった。





 美琴と会う事のなかった10日間、上条の生活は劇的な変化を遂げていた。
 インデックスがおかしい。
 初日はその尋常じゃない事態に、新手の魔術でも発動しているのかと思ったくらいだった。
 何がおかしかったか。その始まりは、夕食前のインデックスの一言だった。





「とうまー、私も何かお手伝いするんだよ」
「はいっ!?」
 なんと言いましたか、インデックスサン?、と聞き直してしまった。
 どういう風の吹きまわしかは分からないままであったが、一生懸命に手伝ってくれる――失敗ばかりだったが――インデックスはとても愛らしかった。
 その日を境に、インデックスが妙に丸くなったような気がした。
 いざ夕食を食べるときになっても、『とうまも食べなきゃだめだよ』と言いだす。
 いつもは量に大差があるのだが、それ以降は同じものを食べることになっていた。
 それでもインデックスは妙に楽しげだったし、食後寝る前までテレビの虫だったのに、なにかにつけて話かけてきたり、遊ぼ遊ぼとやってきた。
 そんな新生インデックスは、外に出るとどうも色々と悩んでしまう上条の心を癒してくれていた。
(インデックスも、女の子だもんな)
 鈍感マイペース純情少年である上条がそう思えるくらいに、インデックスは可愛い女の子になっていた。
 以前とのギャップのせいもあるかもしれないが、上条は目の前にいる銀髪のシスターとの暮らしを楽しんでいる。
 ただの噛みついてくる居候から、隣に並ぶ同居人に。





 上条にとって、インデックスはかけがえのない人である。それは確かだ。
 そんな事を思うたびに、自分が彼女を偽っている罪悪感に悩まされていく。
(俺は、どうすればいい)
 四六時中、そればかりを考えている。少しずつ、自分の精神が削られていっているような、気が狂いそうな状態。
 上条は大きく溜息をつく。神の右席をも破ってきたが、今度の壁はそれよりずっと大きなものだった。





 上条は迷っていた。
 終業後の教室で1人考え事をしてしまうくらいに。
「帰る、か」
 重い腰を上げ、帰り支度をする。ふらふらと考え事をしながら、昇降口を目指す。
 職員室の前から小萌先生が見ていたのだが、上条は気付かない。
 答えの出ない迷宮をさまよいながら、上条は悩んでいた。
 美琴の事は嫌いじゃないし、アステカの魔術師には守るとも言った。それは確かだ。
 でも、それでいいのか。単純に弾き出した答えでいいのだろうか。
 インデックスは、この身の不幸体質は、右手に宿る幻想殺しは、そして何よりも『記憶喪失』は……
 自分と向き合い、自分と闘う。上条の前にハードルは多い。1つ1つ解決するしかないのだが、自分だけで答えの出ないような気がする。
 かといって――
(相談できるような悩みでもねぇしな)
 そもそもあまり悩みを打ち明けない上条にとっては地獄のような気分だった。
 校門に向かいながら空を見上げる。オレンジ色の夕焼けがあたりを染めている。
「どうしたらいいんだろうな」
 上条は呟く。答えは―――
「自分の、やりたいようにやればいいんじゃない」
 声につられ、目線をおろすと校門の外に美琴が立っていた。
「御坂………久しぶりだな」
「えらく元気ないじゃない。私に会えなかったからかしら?」
 腰に手をやり笑う美琴を見て、上条は心が軽くなるような気がした。
(単純だな、俺も)
 自分の安さを認識して、頬が緩む。自嘲気味ではあったが、ひどく久しぶり笑ったな、と上条は思うのだった。
「こんなところまで来て………待ち伏せか?」
「アンタに………当麻に話があったから」
 辛そうな上条から目を逸らしてしまったことに嫌気を感じながら美琴は素直に答える。
 上条が元気に『よっ、御坂!久しぶりっ』なんてテンションで話しかけて来たら、電撃の1つでもお見舞いしていたかもしれない。
「話、付き合ってくれる?」
 美琴は逸らしていた目を上条に戻す。上条は驚いた顔をしていた。
「お前、今、当麻っつたか?」
「なによ、ダメだった?」
 目を丸くする上条の顔が面白くて、微笑んでしまう。美琴はその勢いのまま、ちょっとだけ皮肉をこめて言い返す。
「いや、悪くはないんだが……今までアンタとしか呼ばれなかったから」
「そりゃそうよ。アンタ、私に1回も名乗ってないのよ?」
「あれ?そうだったっけか。なんとまぁ、上条さんは気付きませんでしたよ」
 はははっ、と笑う上条につられ、美琴も笑う。
 上条はその美琴の笑顔に荒れた心が癒されるような気がした。





「で、なんだ御坂、話って言うのは?」
「歩きながら話す」
 美琴はそう言うと歩き出した。上条も美琴の隣に並んで、歩調を合わせる。
「あのね。話っていうのは、アンタの、当麻の迷ってる事の話」
「……分かるのか?」
 上条はちらりと美琴を見る。その表情からは感情は読み取れないが、少し怖がっているようにも見えた。
「当麻は、そんな性格だから誰も頼ろうとはしないと思う。だから、これから私が言う事は、私個人の意見。気に入らなかったら、聞き流して」
「…………」
「正直、記憶喪失の事とか、インデックスの事は私が口を出せる話じゃないわ」
「…………」
 美琴は真っ直ぐ前を向いたまま続ける。いつものハキハキした声ではないが、ゆっくり心に染み込むような声。
「どうせアンタのことだから、不幸体質とか気にしてるだと思う。周りに迷惑がかかるんじゃないか、って」
「別に俺は、そんなできた人間じゃねぇよ。自分の事で精一杯だ」
 上条が口をはさむ。実際、美琴の言っている事は殆どあっている。自分だけならまだしも、近くにいる人を不幸に巻き込みたくはなかった。
「ううん。他人の事まで自分の事のように考えられるからそう思うだけ」
 美琴は首を横に振り呟く。言葉1つ1つが上条の心に響く。
(例え俺が他人の事を思える人間でも、不幸を撒いてしまう事には変わりはない)
 美琴の優しさに感謝しつつも、上条は譲らない。
「右手の力が争いを呼んでしまうから、近くに人を置きたくない。何でも1人で背負おうとする」
 人には自分を頼れっていうのにね、と美琴は続ける。
 上条にとって一番痛い話を、美琴はしていた。美琴自身もその事は分かっている。
(全部、バレてんじゃねーか)
 敵わないな、と漏らし、上条は立ち止まる。それに気付いた美琴も、上条の半歩前で立ち止まる。
「……なぁ、御坂。なんで、わかったんだ?」
「私を誰だと思ってんのよ」
 観念したかのような上条の前で、美琴はふふんっ、と笑ってみせる。内心はこのあと言おうとしていることによる不安でいっぱいだ。
「さすがは、レベル5。いや、常盤台のお嬢様ってトコか?」
「ううん。私がレベル1のままでも、その辺のただの中学生でも分かったと思う」
 美琴はそこまで言うと俯く。手汗が酷い。鼓動の音がやたらと大きく聞こえる。
 上条は見た。目の前の少女は何かを決心したかのような目をしていた。
「私は、アンタが、当麻の事が好きだから。だから、気づけたんだと思う」
 美琴は顔を上げずに、小さな声で言う。本当に小さな声であったが、上条には大きく強い芯をもって聞こえた。
「当麻の人を傷付けないよう気にしすぎる優しさも、不幸を体質だって笑い飛ばしてしまうところも、私の全力を受け止めてくれる右手も、全部まとめて、大好きなの」
 上条は雷に打たれたような気がした。美琴が自分を好いてくれているかもしれない、ということは自意識過剰かなと思いながらも薄々感じていた。
 ただ、目の前の少女は今、何と言ったか。
 自分の欠点でもあるおせっかいも、呪いたい不幸体質も、争いの種になる右手も、全てを含めて好きだと言ってくれた。
 上条は気付かない。自分の目から涙が流れていることに。たった1粒の涙。
 記憶喪失になっても、殺されかけても、流さなかった涙。
「ありがとう、美琴」
 10日前にも言った言葉。込められる想いの差は、上条のみぞ知る。
「全部片づけられたら、答えるから。待っててくれ……どういう答えになるかは、分からないけど」
 わりぃな、と上条は笑った。心の奥から、本当の上条当麻として。
「待ってる」
 美琴も応える。10日前と同じ言葉で。込められたる想いはやはり、美琴のみぞ知る。
 夕焼けのオレンジが2人を照らしていた。

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