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天中殺
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匿名ユーザー
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天中殺 03/05/09
天中殺とは一発当てようとした占い師が仕掛けた言葉であって、その目論見どおり流行したが聡い人はすぐにからくりを見抜き、やがて廃れた。しかし不幸が折り重なる状態、所謂「弱り目に祟り目」をずばり「天中殺」と表現するのはなかなかに楽しい。というわけで天中殺に入ったある男の話をしよう。
それは吸っていた煙草が苦く不味くなったことで体の調子がおかしいと感じたことから始まる。妙に痰が絡むので覚悟を決めて薬局に突入し、ネオ・シーダーを入手する。それでも喉のいがらっぽさは治らず右側頭部がきりきり痛み出す。耐え難い痛みだ。図書館で頭を抱えて眠ってしまう。
目が覚める。駄目だ。風邪かもしれない。ビールを飲んでみよう。最も気に入っている銘柄のレギュラーサイズの缶ビールを買ってみる。一缶飲むのに五分もかかる。何しろ一口だけで喉が勝手に閉まってそれ以上の流入を阻止するのだ。どうやら本格的に風邪を引いたらしい。
そしてふらふら歩いていると車に撥ねられる。右から出てきた銀色の小型車が止まらず、どん。ボンネットに腰掛け、車の左側に転げ落ちたらしい。受身で命を繋いだのはこれで二度目だ。その昔原付でダンプの左折に巻き込まれたあの時も死ぬかと思った。それで銀色の小型車から降りてきた人が「大丈夫ですか!」答えて「ちょっと痛いけど大丈夫です。うく」と顔をしかめる。警察にはなんとなく行きたくないので「大丈夫ですか警察ですか救急車ですか」と言い募る気の良さそうなおじさんに「警察呼んだらややこしくなるでしょ。保険料も上がるし。僕も以前人にぶつけていろいろ大変でしたから」
彼は教習所以来四つタイヤのある車を運転していない。「でも病院は行ったほうが」「ええ。一応行ってみますけど大丈夫だと思いますよ」「じゃあ病院まで乗せていきますよ」「いえいえ大丈夫です。歩けますし。階段から落ちたことにしますよ。大丈夫ですから。お急ぎでしょ?」「はあ。あの。そうですか。では。あの。じゃあ。これで」財布の中のお札を全部掴み出す。二万四千円。当たり屋開眼の瞬間である。「あ。そうですか。では。これから気をつけて運転してくださいね。それでは」「ほんとにすみませんでした。では」車が去っても当然病院など行かない。右膝が少し痛むが普通に歩ける。さて、このお金。どう使おうか。
パウダーマッサージに溺れた。
ところが寝返りを打たされた時に変な角度に捻ったらしい。「あぎい」右膝に電流が走る。日本語は通じないが痛いことはわかるらしい。新人だとの触れ込みでおばさんと一緒に客引きしていたその子はおろおろするばかり。「OKOKいたたた」「イタイデスカ」「うん右膝痛い」「ミギヒザ何デスカ」本当に新人らしい。いい腕しているが言葉が通じないのはいざとなると困る。焦りまくったその子は奥に消える。
呼び込みのおばちゃん登場。嗚呼。所詮は泡銭なのか。
「階段から落ちて・・・。右膝痛くて・・・。」「そう。じゃ優しくしてあげる」待てえええええええええい。新人はどうした。「日本語わからないからね。大丈夫よ。私が優しく」
書きたくないことがいろいろあって、店を出るとき、右足に力が全く入らなくなっている事に気付く。踏ん張ることが出来ないのだ。かくん、と崩れ落ちそうになるので自然にびっこを引きつつ歩く。喫茶店で一息入れてメモ用紙を整理するべくテーブルに広げておくと当然のように紅茶が零れる。
どうもここの街は相性が良くないらしい。次の街に行こう。
「人身事故発生の為現在ダイヤが乱れております。乗客の皆様にはご迷惑をお掛けしますが・・・」終電間際なのにすし詰めにされ、痛む足で立ったまま耐え続ける。
サウナつきのカプセルホテルに飛び込んで、まず汗をかいて風邪を治そう。サウナ水風呂サウナ水風呂サウナ水風呂サウナ水風呂サウナ。五回の表、脱水症状で倒れる。脱水症状というものは足が痙攣する。偶然だが右膝を痛めている。水をかけられ水を飲まされ意識がはっきりすると右膝の痛みもはっきりする。乾燥機から出した洗濯物のうち、靴下が片方ない。
彼は今、痛む右足を引き摺りつつ、長い旅の途中である。
まだ風邪は治っていない。
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