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床屋

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床屋 03/04/18

  今でも印象に残っている床屋がある。

  和歌山に住んでいた頃だから、小学生の低学年時代だ。五十歳程のおばさんが一人で切り盛りしていたらしく、その人以外に散髪されたことはなかった。そこに行くようになったきっかけは同級生が皆通っていて、皆が皆褒めちぎっていたからだ。しかし何故その床屋がよいのかは教えてくれなかった。

  頭の悪い小学生でも守るべき秘密は頑固に守るもので、いくら尋ねてみても同じく頭の悪い小学生に聞き出せる筈などなかった。「今日行く」「いいなあ」一体何がいいのか知りたくて知りたくてたまらないのにどうしても教えてくれない。行けば判るし行ったら秘密を知ることが出来、秘密の仲間に入れるだろうと思ってはいたので、機会を窺っていた。

  通学路の途中にあるかなり庶民的な雰囲気で外から覗くことは出来たが、友達が中にいても特別楽しそうではなく、何がそんなにいいのか判らないことが、最後の決断を鈍らせていた。

  あるとき放課後学校で遊んでいたらその床屋帰りの友達がやってきてすっきりした頭で妙に嬉しそうにしている。例によってその床屋に行っていない者がどうしてそこがいいのか問いつめてみるが、どうしても教えてくれない。

  その頃何故か唐突に親が「剣道を習え」と手続きを済ませて来たので、小学生なりにタイミングはここだと思ったのか「じゃあ散髪行きたい」と言うと次の日に行くことになった。それまでは親が鋏で刈っていたから、物心ついて初めて床屋にゆくことになった。

  常々小学生で溢れているその床屋は親と一緒に来ている奴などいなかったので、母親がついてくるのは抵抗感があり、一人で行きたいと言い張ってみても「いくらか判らないから」と繰り返すだけの親を丸め込むことなど出来ないまま、一緒にその床屋に行くことになった。

  子供同士でさえ秘密をかたくなに守っているところへ母親と共に行くのは子供の秘密を親にばらすことになって良くないことが起きるのではないかと恐れていた為、行く日は朝から落ち着かず、学校でも「その床屋に行く」とは言えなかった。

  さて学校から帰り、道草を喰っている友達も一通り帰ってしまい、通学路が落ち着きを取り戻したときを見計らってその床屋に行く。いつもは子供で溢れているのにその日は誰もおらず、直ぐに椅子に座って首にタオルを巻かれシートを巻かれたてるてる坊主にされてそのまま普通に散髪が始まった。

  余りにも普通だったので「もしかして親と一緒に来たら駄目だったのではないか」と不安になり、やがて母と理容師のおばさんが何か話している声が遠くから聞こえるシャンプー中に「やはり駄目だったかなあ」と諦めて、秘密が判らないまま頭を拭かれ、「今日ここに来たことは友達には内緒にしておこう」と決意し、やがてシートを剥がされるとき、それは起こった。

  シートを外すとき、おばさんの手がシートの中に入って来て肩から腕、やがて手に到達し、てのひらを開かされて何かを押し付けられ手を閉じられた。おばさんを見ると一回「うん」と頷いたのでまだ何かよくわからないがこれが例の秘密であることは間違いがなく、親に言ってはいけないことであると頭の悪い小学生なりに理解したので何かを握らされた手を固く閉じたままシートを剥がされ、外したタオルで肩をはたかれて散髪は終了した。

  手の平の中のものを見たいと思いながら親がいるから見るに見れず、握りしめたまま椅子から降りると母が「おいくらですか?」「1100円です」支払っている時に後ろを向いて素早く手を開けて、見ると百円玉がある。

  頭の悪い小学生でも既に引き算は習っている。本来1000円のところを1100円として浮いた100円を子供に小使いとして渡す。

  引き算は出来るがそれ以上の複雑な社会の仕組みが判らない頭の悪い小学生はそれが賄賂とは判らず、ただ小使い欲しさにその床屋に通うことになるのだ。当然以降親は来ない。

  中学生からは 1500円と書かれていたからあれは小学生だけの秘密であったのだろう。次の日学校で行ったことを打ち明け、100円貰ったと言うと「秘密秘密。絶対言うな」と口止めされ、そのままその床屋グループに加わるようになった。

  今思えば大したことではないが、当時はとても後ろめたく、そしてそれが興奮を呼び覚まし、道草もザリガニ釣りから駄菓子屋へと変わり、一歩大人になった気がしていた。

  およそ二十年前のことだ。キャッシュバック・キックバック・賄賂と、社会の仕組みを知る前の懐かしい思い出である。

 
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