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ゴキブリ

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ゴキブリ 03/06/28

  飲食店でゴキブリが出た時、店によっていろいろ符丁があるそうだが、今までそれを見破ったことがない。今回たまたま判ったのは、ゴキブリの第一発見者が手前であるからで、壁に沿ってさりげなく歩くゴキブリをなんとなく眺めていたら何か気配を感じたので振り向くと、立ち止まって同じくゴキブリを眺めていた給仕の女性と目が合った。一瞬彼女の口が「あ」の形に開き、息を急に吸い込んで上体を反らしてから素早く一礼して小走りに去った。すぐに調理場のほうから

  「五木さんがお見えです」    イツキさん・・・。

  彼がそう呼ばれていることは、しばらくして上役らしき男性が長い柄のコロコロを持って出て来たことで判った。こちらを向いて一礼してからあたりを見回し、適当にその辺を転がしながら鋭い視線を八方に飛ばし、しかし五木さんは隠れる場所があるのか秘密の通路があるのか姿を消してそれきりであったから、やがて五木さんを捕獲することを諦めて奥に戻った。

  飲食店に五木さんぐらい居て当然であるし、飲食店でなくとも普通の家にも必ず居るし、ことさら騒ぐ程の事でもないから悠然と眺めていたわけで、確かに出された料理の中からすね毛の生えた五木さんの足が飛び出していたら背を凍らせて悲鳴も上げようが、向こうのほうを歩いているだけならば「こっち来んなよ」くらいの暖かい目で見ることにしている。両面テープのコロコロに張りつけて捕獲する戦法は初めて知ったが、考えてみれば、ゴキブリではなく「五木さん」と呼び、騒ぎを大きくしないよう努めているのだから、飲食店故に殺虫剤などもってのほか、捕虫網も一目で知れるし、店員が丸めた新聞紙を持って駆け回っている飲食店もあまり印象はよくない。「やった!潰した!」等と叫ぶ声はなるべくなら聞きたくはない。安全で音もせず一見ただの掃除に見えて五木さんを駆除する為の方法として、長い柄のコロコロが採用されたのは確かに順当な選択だ。

  そう考えていたところにさっきの五木さんを取り逃がし肩を落として去った上役らしき男性がフルーツの盛り合わせのようなものを持ってきた。小声で「当店からのサービスでございます」何も言わず、騒ぎもせず、ただ五木さんを眺めて、給仕の女性と目が合っただけで口止料が出てきた。騒ぐ意思があるならとっくに騒いでいる。手前は外見で得をしているのか損をしているのか未だに判断がつかないのだが、とにかく他に五木さんを見た人はいなかったらしく、店内は賑然としたまま、手前のテーブルだけ妙な緊張感に包まれている。よく見ると彼は目が笑っていないのでここはそのまま受けるべきだと思い、「あ。そうですか。どうも」と答えると、深く頭を下げながらも目線を外さずこちらをぐっと見据えて「ご来店誠に有難うございます。是非またお越し下さいませ」五木さんのことは言わないでくれと訴えているらしいことがよく判ったので「はい」と三・四回細かく頷くと「失礼します」とすたすた去った。

  テーブルに残ったのはキウイ、リンゴ、バナナが配されて中央の生クリームの上にチェリーが乗っているメニューにはないであろう無造作に慌てて盛ったらしいフルーツを、これは全て五木さんの好物ではないかと考えながら眺めていた。眺めていたのはもうひとつ理由があった。どうやって食べればよいのか見当が付かなかったからだ。フルーツの盛り合わせを持って来るならば、せめて同時にフォークも持って来るべきではないだろうか。結局生クリーム以外を爪楊枝でつつきまわして食べたわけだが、この手際の悪さがこの店ではしょっちゅう五木さんが出てしょっちゅう口止料をサービスしているわけではないことを示しており、まずは良心的な店と言えるだろうと考え、感謝を込めてその店の種類も名も公にはしない。

  それにしても陸上型の五木さんで良かった。航空型の五木さんであれば如何なる騒ぎになっていたことか。
 
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