閃光と轟音、そして列車の駆動音をバックグラウンドに。
未だたった一人を残した静寂を奏でる先頭車両。
ゆらりゆらりと黒い衣を揺らめかせ。
艷やかな黒髪をたなびかせ。
夾竹桃という少女はテキパキと準備を整えていた。
未だたった一人を残した静寂を奏でる先頭車両。
ゆらりゆらりと黒い衣を揺らめかせ。
艷やかな黒髪をたなびかせ。
夾竹桃という少女はテキパキと準備を整えていた。
「……始まっちゃったみたいね。」
ベルベットが目覚めた、と言う事をなんとなくだが察した。
そしてベルベットにとってあのライフィセットは偽物であった、という結果も。
残酷なことだが、夾竹桃にとってのライフィセットの価値など殆どないに等しかったし。
別段彼がどうなっても、心底どうでも良かった。
そしてベルベットにとってあのライフィセットは偽物であった、という結果も。
残酷なことだが、夾竹桃にとってのライフィセットの価値など殆どないに等しかったし。
別段彼がどうなっても、心底どうでも良かった。
が、ムネチカだけは多少は別だった。
少女の友情、そして同じくしてその手の雑誌に趣味のある、異界の人間にしては珍しい同好の士。
実を言うと、なるべくは殺したくない、なんてちょっとばかし思っていた。
だが、あのベルベットと麦野沈利が人の隠れた思いなんて考慮するような輩ではないことは承知の内。
だが、こうなった以上はもはや無理も承知。
間違いなくライフィセットの取り扱いにおいてでの交渉決裂は確定。
まあそれは、仕方ないことだとして割切り捨てれるぐらいには、どうでも良かったはずなのだが。
少女の友情、そして同じくしてその手の雑誌に趣味のある、異界の人間にしては珍しい同好の士。
実を言うと、なるべくは殺したくない、なんてちょっとばかし思っていた。
だが、あのベルベットと麦野沈利が人の隠れた思いなんて考慮するような輩ではないことは承知の内。
だが、こうなった以上はもはや無理も承知。
間違いなくライフィセットの取り扱いにおいてでの交渉決裂は確定。
まあそれは、仕方ないことだとして割切り捨てれるぐらいには、どうでも良かったはずなのだが。
「……出来れば、こんな形はやりたくなかったんだけれど。」
夾竹桃はどうしようもなく、只の悪人でしかない。
貴重な毒を得るためだけにある一族を二人だけ残して皆殺しにする程には。
だがそれ以上に、女の友情を理解し、それを尊いと思う少女でもあるのだ。
そして、今から彼女がやろうとすることは、ムネチカという女の忠義を、友情を踏み躙る行為であることを、彼女自身が誰よりも自覚している。
貴重な毒を得るためだけにある一族を二人だけ残して皆殺しにする程には。
だがそれ以上に、女の友情を理解し、それを尊いと思う少女でもあるのだ。
そして、今から彼女がやろうとすることは、ムネチカという女の忠義を、友情を踏み躙る行為であることを、彼女自身が誰よりも自覚している。
「はぁ……。私らしくないわ。」
少しだけ憂鬱になった。
この殺し合い、様々な事が起こりすぎて気が休まりづらい状況なのだ。
なにかの気の違いを起こしても仕方のないことかな、と思って。
鷹捲り、そしてゲッター。手に入れるべきものは他にある。
手に入れるためならば手段なんて選ばない。
道理も論理も情も何もかも踏み躙るんなんて今迄やって来たことだ。
今更悩むなんてありえないことであって。
この殺し合い、様々な事が起こりすぎて気が休まりづらい状況なのだ。
なにかの気の違いを起こしても仕方のないことかな、と思って。
鷹捲り、そしてゲッター。手に入れるべきものは他にある。
手に入れるためならば手段なんて選ばない。
道理も論理も情も何もかも踏み躙るんなんて今迄やって来たことだ。
今更悩むなんてありえないことであって。
「私は、貴女のように綺麗には生きていないから。……行かないと、ね。」
そう、己は彼女とは違う、違いすぎる。
高潔な武人と、裏社会に生きる毒師。
世界も立場も違いすぎる、そんな反対称な行き方や立場。
羨ましいなんて思っていない、世界が違うのだから当然のことと、そっと心の奥底に仕舞うことにした。
向かうは混戦の坩堝へ、毒の少女は決着を見届けに向かうのである。
高潔な武人と、裏社会に生きる毒師。
世界も立場も違いすぎる、そんな反対称な行き方や立場。
羨ましいなんて思っていない、世界が違うのだから当然のことと、そっと心の奥底に仕舞うことにした。
向かうは混戦の坩堝へ、毒の少女は決着を見届けに向かうのである。
つまり、夾竹桃は。
少女の友情を重んじると口にしながらも。
その信念を踏み躙るような行動を今からすることに。
自分はそういう悪人だからと納得しながらも、自分が尊いと思う関係を引き裂くような行為をすることに。
ほんの少しばかり、罪悪感をこの時だけは感じていたのである。
実は殺したくない、なんて心の内の言い訳も、結局はそういう事に過ぎなかった。
少女の友情を重んじると口にしながらも。
その信念を踏み躙るような行動を今からすることに。
自分はそういう悪人だからと納得しながらも、自分が尊いと思う関係を引き裂くような行為をすることに。
ほんの少しばかり、罪悪感をこの時だけは感じていたのである。
実は殺したくない、なんて心の内の言い訳も、結局はそういう事に過ぎなかった。
■ ■ ■
其れは、絶望だった。
其れは、天蓋だった。
其れは、究極の一であった。
其れは、天蓋だった。
其れは、究極の一であった。
足が動かない、腕も動かない。怒りも憎しみも嘆きも何もかも。
あれを目の当たりにしてしまってもどうでもよくなってしまう。
麦野沈利にとって、それほどの衝撃。
あれを目の当たりにしてしまってもどうでもよくなってしまう。
麦野沈利にとって、それほどの衝撃。
あの黒い翼を、麦野沈利は単純な知識としては知っていた。
『0930』、学園都市における集団昏睡事件。その最中に観測された、『黒いナニカ』。
『0930』、学園都市における集団昏睡事件。その最中に観測された、『黒いナニカ』。
もし、あのベルベット・クラウだった何かを、言葉として言い表すなら、『悪魔』の二文字が相応しい。
悪魔というのは、古来より人間を拐かす存在として語られるが、その実現行秩序・権力への反逆者としての側面が大きい。
善神も当時の権力に反すれば邪神として後世に歪められるし、英雄もまた同じく当時の権威に都合が悪ければ邪悪として貶められる。救国の英雄ジャンヌ・ダルクがその代表的な一例であろう。
コロンゾンという大悪魔がいる。詳細な説明は省かせてもらうが、かの存在はあらゆる宗教、神話、伝承に属さぬ存在。
今のベルベット。否、魔王ベルセリアも又、あらゆる宗教、神話、伝承に属さず、その理に囚われぬ存在である。
悪魔というのは、古来より人間を拐かす存在として語られるが、その実現行秩序・権力への反逆者としての側面が大きい。
善神も当時の権力に反すれば邪神として後世に歪められるし、英雄もまた同じく当時の権威に都合が悪ければ邪悪として貶められる。救国の英雄ジャンヌ・ダルクがその代表的な一例であろう。
コロンゾンという大悪魔がいる。詳細な説明は省かせてもらうが、かの存在はあらゆる宗教、神話、伝承に属さぬ存在。
今のベルベット。否、魔王ベルセリアも又、あらゆる宗教、神話、伝承に属さず、その理に囚われぬ存在である。
不思議と、恐怖は感じなかった。
身体こそ震えれるが、武者震いではない。
怯えではない、そうでないと信じたかった。
けれど、だけれど。
麦野沈利はその事実を突きつけられた。
その体で、どうしようもなく実感させられてしまった。
身体こそ震えれるが、武者震いではない。
怯えではない、そうでないと信じたかった。
けれど、だけれど。
麦野沈利はその事実を突きつけられた。
その体で、どうしようもなく実感させられてしまった。
――あれには、今の自分では勝てない。
その絶対的な現実に、麦野沈利は何の言葉も発せれず、何も出来ず、立ち尽くすだけしか出来なかった。
△
絶望が、見下ろしている。
悪魔に捧げられる生贄を、見下ろしている。
悪魔に捧げられる生贄を、見下ろしている。
「……どうしたのよ、麦野?」
さも無感情な言葉が、麦野に向けられた。
麦野沈利は何も出来ない。
麦野沈利は何も動けない。
麦野沈利は何も出来ない。
麦野沈利は何も動けない。
「……まあ、何もしないなら。私も気が楽だから良いんだけど。」
それ以上は麦野に向けて何も言わなかった。
どっちにしろ勝手にライフィセットを殺そうとした。
余計な真似をされないなら正直な所気が楽になる。
その程度の感傷で、その程度の認識でしか無かった。
どっちにしろ勝手にライフィセットを殺そうとした。
余計な真似をされないなら正直な所気が楽になる。
その程度の感傷で、その程度の認識でしか無かった。
「……ライフィセット殿、あれは一体何なのだ……?」
「……ぼ、僕にも、分からない。でもあれは確かにベルベットなんだ……ベルベットなんだ!」
「……ぼ、僕にも、分からない。でもあれは確かにベルベットなんだ……ベルベットなんだ!」
ムネチカは眼前の悪魔の存在に、理解が及ばなかった。
アクルトゥルカとも違う何か。理解以前にその存在自体に悍ましいもの。
対してライフィセットは、アレをベルベットだと認識しながらも、ムネチカと同じく理解が及ばぬ動揺に見舞われている。
だが、両者に共通しうる認識は一つ。
「今のベルベットは明らかに何かが違う」と。
アクルトゥルカとも違う何か。理解以前にその存在自体に悍ましいもの。
対してライフィセットは、アレをベルベットだと認識しながらも、ムネチカと同じく理解が及ばぬ動揺に見舞われている。
だが、両者に共通しうる認識は一つ。
「今のベルベットは明らかに何かが違う」と。
「でも……止めないと。」
だが、今のベルベットを目の当たりにしても、ライフィセットの覚悟は変わらなかった。
ムネチカもまたライフィセットの覚悟に応じ、ナックルを構える。
ムネチカもまたライフィセットの覚悟に応じ、ナックルを構える。
「―――じゃあ、さっさと終わらせるか。」
――瞬間、ベルベットの姿が二人の視界から雲霞の如く消え失せた。
「ライフィセ――――」
ムネチカは反応できた。否、この場合反応して"しまった"のが正しいだろう。
極限ともいうべき超音速、物体の後に風が発生するという現象に、屋根の表面は剥がれ落ち、ムネチカの意識が理解できぬ内にその身体が宙に叩き上げられていた。
皮肉にも、音速により生じた大音響という衝撃で列車内へ転げ落ちたことで音速によって生じたソニックブームの影響を受けずに済んだライフィセット。
極限ともいうべき超音速、物体の後に風が発生するという現象に、屋根の表面は剥がれ落ち、ムネチカの意識が理解できぬ内にその身体が宙に叩き上げられていた。
皮肉にも、音速により生じた大音響という衝撃で列車内へ転げ落ちたことで音速によって生じたソニックブームの影響を受けずに済んだライフィセット。
「ガッ……ア゛ッ……!」
「ムネチカぁっ!」
「ムネチカぁっ!」
打ち上げられたムネチカの姿を見て、思わず叫ぶ。
ライフィセットにとっても一体何が起こったのかわからない速さ。
目視で追える速度を遥かに凌駕した、その理解不能さが余りにも恐怖だった。
ライフィセットにとっても一体何が起こったのかわからない速さ。
目視で追える速度を遥かに凌駕した、その理解不能さが余りにも恐怖だった。
(何が、おき、て……)
混濁する意識を何とか切り替え、地面に着地するムネチカ。
それど当時に正面に、まるで瞬間移動のごとくベルベットが降り立つ。
黄金の双眸が、ただムネチカを興味なさげに見つめていた。
それど当時に正面に、まるで瞬間移動のごとくベルベットが降り立つ。
黄金の双眸が、ただムネチカを興味なさげに見つめていた。
「……中々に操作が効かないわね。じゃあ次はこっちを試してみるわ。」
先の超音速を、ただ「力加減を誤った」と言わんばかりに興味なさげに呟く。
その左腕に携えた業魔手、その掌の内より現出したのは、黒く穢れた何かで構築された細長い槍のような物体。
その左腕に携えた業魔手、その掌の内より現出したのは、黒く穢れた何かで構築された細長い槍のような物体。
構築完了から僅かな時間の誤差すらなく射出される漆黒の魔槍。
ただし先の超音速と違い速さこそはあれど威力はなし、瞬時に反応し障壁を持って弾き飛ばす。
ただし先の超音速と違い速さこそはあれど威力はなし、瞬時に反応し障壁を持って弾き飛ばす。
「――演算完了。」
弾き飛ばされた数本の魔槍が再びベルベットの元へ舞い戻り、その呟き再び射出される。
「何度も同じ手は効か……なぁ!?」
再び障壁を展開したムネチカが目撃したのは、まるで和紙が破かれるかのように容易く破壊される己が力の象徴。
反応し、回避の行動を取ったまでは良かったが、避けきれず槍の数本が突き刺さる。
反応し、回避の行動を取ったまでは良かったが、避けきれず槍の数本が突き刺さる。
「演算完了って言ったわよね。あんたの障壁に含まれてる力の成分を初撃で解析させてもらったわ。――もう二度とそれは役に立たない。」
「ガフッ……ッ!」
「ガフッ……ッ!」
ベルベットの発言は、余りにも滑稽洒脱で、ムネチカにとって理解不能な内容。
黒き魔槍はその物質を穢れで構成した穢れの構築体。初撃で弾かれた際に、成分及び内部構造を解析完了。その後再びの射出の際、障壁を侵食して破壊出来る様に穢れの成分量を演算、内部構成を再構築させた。
ベルベットにとって、入れたての知識や能力であるが、それでもそれ相応に使いこなせているという事実に一定の満足は得ていた。
黒き魔槍はその物質を穢れで構成した穢れの構築体。初撃で弾かれた際に、成分及び内部構造を解析完了。その後再びの射出の際、障壁を侵食して破壊出来る様に穢れの成分量を演算、内部構成を再構築させた。
ベルベットにとって、入れたての知識や能力であるが、それでもそれ相応に使いこなせているという事実に一定の満足は得ていた。
「……! 快癒瞬け、ファーストエイド!」
「……すまぬ。」
「……すまぬ。」
ムネチカの傷を確認し、即座に回復用の聖隷術を発動。
すぐ様傷は癒えるが、それがどうしたとばかりにベルベットはムネチカを見つめている。
すぐ様傷は癒えるが、それがどうしたとばかりにベルベットはムネチカを見つめている。
「さっさと死んでくれる? 早くあの偽物を殺したいから。」
「殺させはせぬ。小生の全力を以て、貴様を止めさせてもらうぞ!」
「殺させはせぬ。小生の全力を以て、貴様を止めさせてもらうぞ!」
熱さを全く感じさせぬベルベットの警告。それに対しムネチカは啖呵を切って突撃する。
仮面の力が通じないならば、接近戦にて消耗する前に詰め切るしか無い。
防御手段が意味を持たないのなら、尚更これしかない。
仮面の力が通じないならば、接近戦にて消耗する前に詰め切るしか無い。
防御手段が意味を持たないのなら、尚更これしかない。
「……いつまでも遊ぶつもりはないんだけれど。」
「おおおおおおお!!!」
「おおおおおおお!!!」
決死の連撃、並の兵士や将であれば直ぐ様大勢を崩され地面そのものへと変貌させられかねない猛攻。
それをベルベットは業魔手を用いて、まるで子供のチャンバラに付き合うように軽くいなしている。
それをベルベットは業魔手を用いて、まるで子供のチャンバラに付き合うように軽くいなしている。
「意志連なり怨敵貫け!出でよ!」
勿論ライフィセットも黙ってはいない。援護のための詠唱を開始。生半可な一撃は通用しない、殺すつもりは全くないが、全力で挑まないと一瞬で潰される。
「――ディバインセイバー!!」
ライフィセットが放ったのは魔法陣を中心に放たれる轟雷の聖隷術。
上空から降り注ぐ多数の雷がベルベットに降り注ぐ。
上空から降り注ぐ多数の雷がベルベットに降り注ぐ。
「ペイン・アブソーブ」
何事もなくその技名を呟いたベルベットの周囲に黒い障壁のようなものが展開。
それは降り注ぐ雷を軽々と防ぎ、ベルベットの腕の内へと吸収される。
それは降り注ぐ雷を軽々と防ぎ、ベルベットの腕の内へと吸収される。
「小生を忘れてはいないだろうな!」
「忘れるわけ無いでしょ。」
「忘れるわけ無いでしょ。」
その隙を突いてのムネチカの渾身の一撃。
だがそれすらもベルベットは、業魔手でない右腕で、軽々と受け止めた。
だがそれすらもベルベットは、業魔手でない右腕で、軽々と受け止めた。
「……重いっ! 動けない……!?」
「軽いわね。」
「軽いわね。」
たかが右腕、などとは思えなかった。
まるで全身が固められた様に身体が動かせない。
たった右腕一本で、己が全てを封じられている錯覚に陥るほどに。
ムネチカの動揺を他所に、業魔手がその姿を変える。
それはまさに、龍の顎(アギト)と形容するのが相応しい、――巨大な砲口。
まるで全身が固められた様に身体が動かせない。
たった右腕一本で、己が全てを封じられている錯覚に陥るほどに。
ムネチカの動揺を他所に、業魔手がその姿を変える。
それはまさに、龍の顎(アギト)と形容するのが相応しい、――巨大な砲口。
「――――邪竜咆吼」
それは、正しく滅びの光であった。
砲口より打ち放たれた赤黒い閃光はムネチカの身体を容易く呑み込み、後方へと吹き飛ばす。
砲口より打ち放たれた赤黒い閃光はムネチカの身体を容易く呑み込み、後方へと吹き飛ばす。
「ぐああああああああっっ!」
「ムネチカぁぁぁ!」
「ムネチカぁぁぁ!」
ライフィセットの悲痛な叫びが響き渡る。
ライフィセットの隣の鉄の大地に叩きつけられ、血反吐を吐くムネチカ。
その白い身体には所々に酷い火傷が生じていた。
ライフィセットの隣の鉄の大地に叩きつけられ、血反吐を吐くムネチカ。
その白い身体には所々に酷い火傷が生じていた。
「……っ! 万難排し祝福奉じよ!ディスペルキュア!」
聖隷術を発動、回復をさせる。
ディスペルキュアは状態異常にも対応した上位の回復術であるが、傷の酷さからして和らげる程度が精一杯。
ディスペルキュアは状態異常にも対応した上位の回復術であるが、傷の酷さからして和らげる程度が精一杯。
「………ッッ!」
「……大丈夫だ、ライフィセット殿。小生は、まだ……」
「でも、ムネチカ、このままじゃ……!」
「……大丈夫だ、ライフィセット殿。小生は、まだ……」
「でも、ムネチカ、このままじゃ……!」
それでもムネチカは立ち上がる。
傷は酷い、だがここで立ち上がらなければ誰も守れない。
聖上を失い、一度生き恥を晒したのだから尚更。
今はこの少年を守る、その為の不屈の心をその胸に。
傷は酷い、だがここで立ち上がらなければ誰も守れない。
聖上を失い、一度生き恥を晒したのだから尚更。
今はこの少年を守る、その為の不屈の心をその胸に。
「出し惜しみなしで来るんだったら、もうちょっと遊べそうね。いいや、もう遊ぶには飽きたのだけれど。」
「小生は遊んでるつもりなど全く無いのだがな! ――仮面よ!」
「小生は遊んでるつもりなど全く無いのだがな! ――仮面よ!」
全力、まさに全力全開。それでも届かないかもしれない。
それでも、彼を守り切るという決意が。
彼の大切な人を取り戻したいという思いが。
今のムネチカに、限界を超えた力を授けてくれる。
それでも、彼を守り切るという決意が。
彼の大切な人を取り戻したいという思いが。
今のムネチカに、限界を超えた力を授けてくれる。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「――遊びは、終わりよ。」
「――遊びは、終わりよ。」
そんな覚悟も決意も、余りにもつまらなさそうに口ずさむ。
業魔手より黒い破片が複数展開され、それが砲口状へと変化する。
先の龍の顎よりも規模も大きさも小さいが、それでも驚異的な赤黒の閃光の雨束がムネチカに向けて襲いかかる。
業魔手より黒い破片が複数展開され、それが砲口状へと変化する。
先の龍の顎よりも規模も大きさも小さいが、それでも驚異的な赤黒の閃光の雨束がムネチカに向けて襲いかかる。
閃光に貫かれるも、苦悶の声すら押し殺して突き進むムネチカ。既に障壁も全開にして突貫しているが、既に演算により解析されてしまった以上は脆い藁の楯でしかない。
それでも無いよりはマシ、多少は減衰出来ていると納得させる。
ライフィセットもただ見ているだけではない、一生懸命にムネチカに対し回復聖隷術を発動させる。
もはや今のムネチカは、無限に突き進む暴走列車に等しく、並の破壊力で彼女を止めることは不可能だ。
――ただし、魔王が相手でなければの話。
それでも無いよりはマシ、多少は減衰出来ていると納得させる。
ライフィセットもただ見ているだけではない、一生懸命にムネチカに対し回復聖隷術を発動させる。
もはや今のムネチカは、無限に突き進む暴走列車に等しく、並の破壊力で彼女を止めることは不可能だ。
――ただし、魔王が相手でなければの話。
「戴冠災器―――」
ベルベットの業魔手より、何かが生まれる。
それは、太陽の如く煌めく鉄の棒で。
それは、黒く穢れた未知の物質で構成された刀身で。
業魔手の掌より顕現した"それ"を、業魔手で握り直して。
それは、太陽の如く煌めく鉄の棒で。
それは、黒く穢れた未知の物質で構成された刀身で。
業魔手の掌より顕現した"それ"を、業魔手で握り直して。
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」
だが、今更ムネチカは止まれない。全力全霊・全力全開、すべてを込めた拳を叩き込もうとする。
「―――壊理抜刀」
――この瞬間、列車周囲の世界が刹那の時間、音が消えたモノクロへと変貌した。
超高々密度に凝縮された穢れでのみ構築された、正しき意味での災禍の剣。
それを自らの業魔手を鞘代わりにすることで抜刀、振るった。
超高々密度に凝縮された穢れでのみ構築された、正しき意味での災禍の剣。
それを自らの業魔手を鞘代わりにすることで抜刀、振るった。
たったそれだけだった、一度振るっただけで、ムネチカのタイタンナックルは瓦礫にのごとく砕け。
その身体も風化し罅割れるように生まれた傷跡より鮮血を噴出させ、列車内へと落ちていく。
――そして、その背後にいたライフィセットの右腕すらも容易く切断した。
その身体も風化し罅割れるように生まれた傷跡より鮮血を噴出させ、列車内へと落ちていく。
――そして、その背後にいたライフィセットの右腕すらも容易く切断した。
「あああああああああああああああ!!!」
「ライフィ、セット、ど、の――――!」
「ライフィ、セット、ど、の――――!」
落ちてゆくムネチカが見たのは、切り裂かれた右腕より侵食した『穢れ』に犯され激痛に苛まれ叫ぶライフィセットの姿。勝敗はもはや決したも同然だった。
それだけでない、減衰しなかった抜刀による衝撃の波濤は遥か遠く、ホテルの上層階をも切断、一瞬の内に瓦礫へと変貌させた。
穢れに侵食された瓦礫はドロドロに溶け、地面へと落下する。
コールタールの溜まり所の様なモノへと変貌したホテルの上層階だったモノは、一瞬の内に溶け落ちた。
それだけでない、減衰しなかった抜刀による衝撃の波濤は遥か遠く、ホテルの上層階をも切断、一瞬の内に瓦礫へと変貌させた。
穢れに侵食された瓦礫はドロドロに溶け、地面へと落下する。
コールタールの溜まり所の様なモノへと変貌したホテルの上層階だったモノは、一瞬の内に溶け落ちた。
それでもムネチカがあの瓦礫のような末路を辿らなかったのは、一重に防壁を貼ったおかげだ。
ベルベット視点では無駄なように思えて、ムネチカにとって無駄ではなかった。
だが、それだけだった。もはやムネチカに戦える力など残っておらず、地面を這いずり動くだけで精一杯。
ベルベット視点では無駄なように思えて、ムネチカにとって無駄ではなかった。
だが、それだけだった。もはやムネチカに戦える力など残っておらず、地面を這いずり動くだけで精一杯。
「……う゛……お゛……!」
もはや、根性論で動くだけであった。
なぜかわからないが、麦野は動けないでいる。
それがムネチカにとっての唯一の幸運であった。
なぜかわからないが、麦野は動けないでいる。
それがムネチカにとっての唯一の幸運であった。
「………あら、どうやら乗り遅れちゃったみたい。」
「……あ。夾竹、桃、どの……?」
「……あ。夾竹、桃、どの……?」
そして、幸か不幸か。ムネチカの眼前に少女が現れる。
無感情ながらも、何処となく寂しさを醸し出す顔色で、夾竹桃はこの戦場の特等席に到着したのである。
無感情ながらも、何処となく寂しさを醸し出す顔色で、夾竹桃はこの戦場の特等席に到着したのである。
「……ってこれ、何がどうなってるのよ。」
まず戦闘状態に陥ったのは明確であるが、余りにも不可解な光景ばかりが広がっていた。
あの麦野沈利が、戦闘に参加せずただ立ち尽くすして呆然としているだけ。
ベルベットに至ってはなんだかよくわからないモノに進化していると来た。
まさかゲッター線取り込んだ? なんて的はずれな憶測が過りながら、這い蹲っっているムネチカへと目を向ける。
で、当のムネチカ。戦う力はもはやなく、ただ呆然と自分を見上げているその姿は、余りにも哀れで。
あの麦野沈利が、戦闘に参加せずただ立ち尽くすして呆然としているだけ。
ベルベットに至ってはなんだかよくわからないモノに進化していると来た。
まさかゲッター線取り込んだ? なんて的はずれな憶測が過りながら、這い蹲っっているムネチカへと目を向ける。
で、当のムネチカ。戦う力はもはやなく、ただ呆然と自分を見上げているその姿は、余りにも哀れで。
「……お願い、だ。」
全てを悟った様な顔で、唯一の希望にすがるかのごとく、今までの凛々しさをかなぐり捨てて、ムネチカは叫んだ。
「お願いだ! 小生の事はどうなっても構わない! だから、だからライフィセット殿を、ライフィセット殿だけは、助けてくれ!!!」
「…………。」
「…………。」
もはや、ただの懇願でしかなかった。
今のベルベットにそんな説得をした所で、無意味であることは分かりきっている。
自分から言っても無駄だろう。そもそもするつもりも微塵もなかったが。
今のベルベットにそんな説得をした所で、無意味であることは分かりきっている。
自分から言っても無駄だろう。そもそもするつもりも微塵もなかったが。
「……お願いだ! 頼む!!」
そんな、ムネチカの泣き顔を、ほんの少しだけ見て。すぐにベルベットの方を見上げて。
「――もう、遅いわよ。」
これから至る絶望への結末を、ただ告げる事しか出来なかった。
「で、貴女は何をしているの、麦野。」
「……いたのか、テメェ。」
「ついさっき来たばかりなんだけど。」
「……いたのか、テメェ。」
「ついさっき来たばかりなんだけど。」
もはやムネチカの絶望は決まったとばかりに顔を背け、麦野の方へと目を向ける。
ようやっと反応した麦野の顔は、信じられない光景を見たような、多少の疲れが垣間見れた。
ようやっと反応した麦野の顔は、信じられない光景を見たような、多少の疲れが垣間見れた。
「……が、テメェのその生意気な顔見て少しはマシになった。」
「そりゃどうも……で、なんなのよ、今のベルベット。」
「知るかボケ。……って言いてぇが、一つだけ憶測がある。」
「そりゃどうも……で、なんなのよ、今のベルベット。」
「知るかボケ。……って言いてぇが、一つだけ憶測がある。」
夾竹桃の態度がほんの少しだけ癪に障ったのか、それとも気が緩んだのか、いつもながらの口調と粗暴さを麦野は取り戻す。
思考もクリアになり、ある一種の憶測へとたどり着いた。
0930事件おいて観測された黒いAIM拡散力場。それがベルベットに顕現している『黒い翼』とほぼ同一として。
全く未知の自分だけの現実を構築し、全く別種の存在と成り得たベルベットを、こう評する。
思考もクリアになり、ある一種の憶測へとたどり着いた。
0930事件おいて観測された黒いAIM拡散力場。それがベルベットに顕現している『黒い翼』とほぼ同一として。
全く未知の自分だけの現実を構築し、全く別種の存在と成り得たベルベットを、こう評する。
「おそらくありゃ、レベル6だ。」
絶対能力者。
超能力者をも遥かに凌駕する、天上へと手を伸ばす資格を得たもの。
神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くものへの片道切符。
今のベルベットは、おそらくそうであろう。そう、麦野沈利は仮定するしか無かった。
超能力者をも遥かに凌駕する、天上へと手を伸ばす資格を得たもの。
神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くものへの片道切符。
今のベルベットは、おそらくそうであろう。そう、麦野沈利は仮定するしか無かった。
○
「う゛う゛……う゛、あ゛……。」
穢れが侵食する、身体の内を喰らい尽くすように。
どれだけ犯されたのか、高純度の穢れによる苦しみがライフィセットを絶え間なく襲う。
どれだけ犯されたのか、高純度の穢れによる苦しみがライフィセットを絶え間なく襲う。
「……哀れね。」
して魔王は、無様に苦しむ贄の子羊を、何の感慨も感情もなく見下ろしている。
憎しみはある、だがそれ以上に苦しむ姿が滑稽。
憎しみはある、だがそれ以上に苦しむ姿が滑稽。
「……楽にしてあげる。」
「ま゛だ、だぁ゛……!」
「ま゛だ、だぁ゛……!」
もはやどす黒く染め上げられた喀血を口から垂れ流しながら、未だライフィセットは諦めない。
右腕が無くとも左腕はある。あの時に腕一本食らわせてやるぐらいの気概だったのだ。今更退けない。
いやもはや、撤退など許されない、というよりもその行為が不可能である絶望的事実に、もはや立ち向かう以外の選択肢は奪われていた。
右腕が無くとも左腕はある。あの時に腕一本食らわせてやるぐらいの気概だったのだ。今更退けない。
いやもはや、撤退など許されない、というよりもその行為が不可能である絶望的事実に、もはや立ち向かう以外の選択肢は奪われていた。
「ぼぐは、べる、べっと、を―――!」
「――煩い。」
「――煩い。」
左腕はいとも容易く、余りにも呆気なく切断された。
穢れた黒い鮮血が切断面から滝の如く吹き出す。
穢れた黒い鮮血が切断面から滝の如く吹き出す。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!」
言葉にもならない絶叫が響き渡る。
麦野沈利は遠目でその光景を呆れたように見上げ。
夾竹桃は思わず目を逸らし。
ムネチカは眼前の絶望にただ言葉をつぶやくしか無くて。
麦野沈利は遠目でその光景を呆れたように見上げ。
夾竹桃は思わず目を逸らし。
ムネチカは眼前の絶望にただ言葉をつぶやくしか無くて。
「やめろ。」
両腕を失ったライフィセットは、絶叫を上げるだけのスピーカーでしか無く。
次にベルベットの俊敏な尻尾によって上空に打ち上げられる。
次にベルベットの俊敏な尻尾によって上空に打ち上げられる。
「やめろ。」
ムネチカの悲痛な呟きが木霊する。
涙も汗も体液もトドメなく流れ出している、余りにも情けない顔で。
涙も汗も体液もトドメなく流れ出している、余りにも情けない顔で。
「やめて、くれ。」
全てを無視して、ベルベットは跳躍する。
翼を用いて飛ぶ姿はまさに裁きを下す御使いの用で。
業魔手を振り上げる姿はまさに悪魔のようで。
翼を用いて飛ぶ姿はまさに裁きを下す御使いの用で。
業魔手を振り上げる姿はまさに悪魔のようで。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!」
ザシュッ
死刑宣告は、何の滞りもなく達成された。
生贄の身体は真っ二つに切断された。
生贄の身体は真っ二つに切断された。
「ああ゛――――――――――」
役立たずの白い狛犬は、その光景を、その現実を拒絶するように、意識を失った。
真っ二つに別れた白い少年の身体は、ゆっくりと、ゆっくりと、列車の屋根の。
真っ二つに別れた白い少年の身体は、ゆっくりと、ゆっくりと、列車の屋根の。
ファスナーの隙間へと落ちていき
■ ■ ■
斯くして、この戦いは絶望という二文字を持って終結しました。
ですが、皆様は忘れていないでしょう。
未だこの舞台にお上がりでない者たちがいることを。
大目玉の出番というのは、最後の最後まで取っておくのが定石ですので。
それに、ほら、よく言うではありませんか?
『ヒーローは遅れてやってくる』ってね。
■ ■ ■
「―――ファスナー………?」
「ファスナー、だぁ?」
「ファスナー、だぁ?」
おかしい。皮肉にもそれに真っ先に気づいたのは、傍観者となっていた麦野沈利と夾竹桃だった。
なんで屋根にファスナーがあるのか、どうしてファスナーが列車の屋根に現れたのか。
何故、「こんなタイミングでライフィセットをファスナーが呑み込もうと口を開けているのか」
そして――
なんで屋根にファスナーがあるのか、どうしてファスナーが列車の屋根に現れたのか。
何故、「こんなタイミングでライフィセットをファスナーが呑み込もうと口を開けているのか」
そして――
「名も知らぬ誰かよ、君までは助けることは出来ないが。」
ファスナーの奥より、声がした。
人型をした何かが、姿を表した、
それが、ライフィセットの分かたれた上半身と下半身を殴る。
するとどうだろう、切断部分がファスナーへと変化し、上半身と下半身が接合される。
ライフィセットの切断された身体が、ファスナーによって閉じられ、元へと戻る。
外傷こそは未だ残り、両腕は戻らないが。明らかに切断面は巻き戻ったかのように繋げられていた。
人型をした何かが、姿を表した、
それが、ライフィセットの分かたれた上半身と下半身を殴る。
するとどうだろう、切断部分がファスナーへと変化し、上半身と下半身が接合される。
ライフィセットの切断された身体が、ファスナーによって閉じられ、元へと戻る。
外傷こそは未だ残り、両腕は戻らないが。明らかに切断面は巻き戻ったかのように繋げられていた。
ここに来て、ようやくベルベットも気づく。
視線の先、ファフナーの内より、新たに現れるのはまた別の誰か。第三の乱入者。
白いスーツに身を包んだ、おかっぱ頭の、気高き黄金と全く等しい、白銀の風を吹かせた一人のギャング。
そして、気を失った狛犬に向けて、こう告げる。
視線の先、ファフナーの内より、新たに現れるのはまた別の誰か。第三の乱入者。
白いスーツに身を包んだ、おかっぱ頭の、気高き黄金と全く等しい、白銀の風を吹かせた一人のギャング。
そして、気を失った狛犬に向けて、こう告げる。
「せめてこの少年の命は助けると、このブローノ・ブチャラティが約束しよう!!」
ヒーローは、最後の最後に遅れてやってくる。
ムネチカの叫びは、『救世主』を見事に呼び寄せたのだ。
運命は確変した。死ぬ運命であった少年は最後の最後で命を繋ぎ止めた。
此処から先は未知だ、全てにおいて未知だ。
夜明け前こそ一番暗く。だがそれに目を逸らし瞑ることは許されない。
絶望という暗闇において、たとえこの先どんなに暗い夜が待っていようとも。
目を背けず、光を見失わないならば、真実という名の真の行動を貫き通す事が出来るのなら。
此処から先は未知だ、全てにおいて未知だ。
夜明け前こそ一番暗く。だがそれに目を逸らし瞑ることは許されない。
絶望という暗闇において、たとえこの先どんなに暗い夜が待っていようとも。
目を背けず、光を見失わないならば、真実という名の真の行動を貫き通す事が出来るのなら。
いつかは、希望へとたどり着けるのだから。
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