騎士と姫君 26(仮)
「……うはぁ、始めやがった」
天窓を通して眼下で繰り広げられる壮絶な光景を、マッドガッサーは恐る恐るといった様子で覗き込んでいた。
片方は彼の仲間であるヴェールを纏った人狼マリ・ヴェリテ、それに対するのは剣を振るう首のない戦士である。
しかしマッドガッサーにはそれがただの戦士ではなく、残虐な首狩りの騎士であることを嫌と言うほど知っていた。
片方は彼の仲間であるヴェールを纏った人狼マリ・ヴェリテ、それに対するのは剣を振るう首のない戦士である。
しかしマッドガッサーにはそれがただの戦士ではなく、残虐な首狩りの騎士であることを嫌と言うほど知っていた。
「よりによってなんでまたアイツが……」
勘弁しろと言わんばかりに頭を抱え、マッドガッサーは天を仰いだ。
それもそのはず、彼はかつてあの騎士に一度首を切られて殺されたという何とも奇妙な縁があったのだ。
しかもその時を機会に「マッドガッサー」という存在は二つに分かたれ、操る力も男の体を女のものへ作り変えるという何とも奇妙なガスへと変わってしまった。
それからもう二度と会うまいと誓っていたはずの相手に出くわしたのがつい数日前、それからさらに警戒をしていたというのに、結果はこれである。
それもそのはず、彼はかつてあの騎士に一度首を切られて殺されたという何とも奇妙な縁があったのだ。
しかもその時を機会に「マッドガッサー」という存在は二つに分かたれ、操る力も男の体を女のものへ作り変えるという何とも奇妙なガスへと変わってしまった。
それからもう二度と会うまいと誓っていたはずの相手に出くわしたのがつい数日前、それからさらに警戒をしていたというのに、結果はこれである。
「ひっひっひ、なぁに知り合い?」
苦悩するマッドガッサーの目の前にふわりと降りたのは、いかにも魔女といった装いの少女――都市伝説『魔女の一撃』である。
奇妙な笑い方こそするものの、一見すれば可愛らしい少女。しかしそれも実のところ、元は狡猾な老婆の魔女であるという。
一行の中では彼女自身が調合する薬を使った遊撃を得意としており、それ以外でもこうして時折高所への移動の手助けをしたりしていて、今回も彼女の助けを借りてここにいるのだった。
奇妙な笑い方こそするものの、一見すれば可愛らしい少女。しかしそれも実のところ、元は狡猾な老婆の魔女であるという。
一行の中では彼女自身が調合する薬を使った遊撃を得意としており、それ以外でもこうして時折高所への移動の手助けをしたりしていて、今回も彼女の助けを借りてここにいるのだった。
「ちょっと昔にな……正直あんまり思い出したくないんだが」
首をさすりながらもいつになく神妙な様子のマッドガッサーに、これは面白いと魔女の一撃がにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「まさか返り討ちにでも……いや、それ以前にまずあんなのに喧嘩を売らないだろうねえ?」
凄まじい勢いでぶつかり合う戦いの様子を、魔女の一撃はちらりと見下ろす。
鋭い爪に牙、そして強靭な四肢による身のこなしと力とを駆使して相手を翻弄しようとするマリ・ヴェリテに対し、首なしの騎士はほとんどその場から動こうとしない。
人狼の素早さに対抗するより最小限の動きで迎え撃とうというらしく、ほとんどを剣とその技、時にわずかに身体をそらす事で受け流していく。
それはまるで映画やおとぎ話のワンシーンを見ているようで、彼女の口からは思わず感嘆の息が漏れた。
こんなレベルの相手に挑むほど、この男は馬鹿ではないだろう……そのはずだ、たぶん。
鋭い爪に牙、そして強靭な四肢による身のこなしと力とを駆使して相手を翻弄しようとするマリ・ヴェリテに対し、首なしの騎士はほとんどその場から動こうとしない。
人狼の素早さに対抗するより最小限の動きで迎え撃とうというらしく、ほとんどを剣とその技、時にわずかに身体をそらす事で受け流していく。
それはまるで映画やおとぎ話のワンシーンを見ているようで、彼女の口からは思わず感嘆の息が漏れた。
こんなレベルの相手に挑むほど、この男は馬鹿ではないだろう……そのはずだ、たぶん。
「……ああ。むしろ俺は被害者だぞ」
一瞬間が空いたものの、マッドガッサーはしぶしぶといった様子で返す。
声から察するに、おそらく今そのガスマスクを剥いだならその下には苦々しげな表情が張り付いているのだろうと、密かに魔女の一撃は笑いを堪えた。
声から察するに、おそらく今そのガスマスクを剥いだならその下には苦々しげな表情が張り付いているのだろうと、密かに魔女の一撃は笑いを堪えた。
「被害者、なら今こそその時の仕返しをしてやる時じゃあないのかぁねぇ?」
「し、仕返しっつったって……」
「し、仕返しっつったって……」
途端にマッドガッサーはもごもごと口ごもる。
確かに仕返しできるものならとっくにしているところ、しかし当時と比べても殺傷力と言う面ではむしろ今の自分は劣っている。
これでは仕返しどころかあの時の二の舞になるのは火を見るより明らか、自ら首を差し出すようなものである。
確かに仕返しできるものならとっくにしているところ、しかし当時と比べても殺傷力と言う面ではむしろ今の自分は劣っている。
これでは仕返しどころかあの時の二の舞になるのは火を見るより明らか、自ら首を差し出すようなものである。
「何も痛い目にあわせるだけが仕返しとは限らないでしょお? 例えば……そう、何かを奪うとか、恥をかかせるとか!」
けたけたと笑う魔女の一撃の視線の先にあるのは、マッドガッサーが背負う大きなガスタンク。
マッドガッサーもまたその視線の先をたどり……それを理解した瞬間ぎぎぎ、と錆び付いたような動きで再び向き直る。
マッドガッサーもまたその視線の先をたどり……それを理解した瞬間ぎぎぎ、と錆び付いたような動きで再び向き直る。
「…………おい、まさか」
「そのま・さ・か」
「そのま・さ・か」
「大正解☆」とぱっちりウィンクを決めたのに、とんでもないとばかりにマッドガッサーはぶんぶんと首を横に振る。
「無理無理無理、首どころか俺みじん切りにされちまうって!!」
「あら、案外意気地なしなのねえ?」
「あら、案外意気地なしなのねえ?」
予想外に本気で嫌がるマッドガッサーの様子に、魔女の一撃がもう一言たきつけてやろうと口を開いたその瞬間――
『マリーーーーーっ!!!』
――突如響き渡った苦しげな咆哮と甲高い悲鳴に、二人は顔を見合わせた。
「今のは……」
「マリ!?」
「マリ!?」
がばりと揃って振り向いた先、二人の目に飛び込んできたのは戦い続ける一人と一匹ではなかった。
こちらに背を向けて佇む騎士、壁にもたれてうめき声を上げる人狼、そして――床を真っ赤に染める、おびただしい鮮血。
こちらに背を向けて佇む騎士、壁にもたれてうめき声を上げる人狼、そして――床を真っ赤に染める、おびただしい鮮血。
「あの野郎……!」
向こうとこちらとを隔てる天窓に張り付き、マッドガッサーはぎりっと歯を食いしばった。
床と壁とに散った赤を見た瞬間どっと冷たい汗が流れたものの、ここから見る限りまだマリ・ヴェリテは生きている。
まだ大丈夫だ、マリならばあの程度では簡単に死になどしない。
そんな思いで見つめる先、人狼は低く唸りながらも腕を持ち上げ、赤黒く染まったわき腹に突き立てられた何かに手を添える。
差し込む光を受けてきらりと反射するそれは忘れもしない、かつてマッドガッサーの首にも振るわれたあの剣。
床と壁とに散った赤を見た瞬間どっと冷たい汗が流れたものの、ここから見る限りまだマリ・ヴェリテは生きている。
まだ大丈夫だ、マリならばあの程度では簡単に死になどしない。
そんな思いで見つめる先、人狼は低く唸りながらも腕を持ち上げ、赤黒く染まったわき腹に突き立てられた何かに手を添える。
差し込む光を受けてきらりと反射するそれは忘れもしない、かつてマッドガッサーの首にも振るわれたあの剣。
「……まさか、マリにあんな一撃加えるなんてねぇ」
いらだたしげに舌打ちし、魔女の一撃は騎士の背中を睨みつける。
決して見くびっていたわけではない。しかし彼らのチームの中でも特出した戦闘力を持つ人狼をこんなにも短時間で抑えつけてしまうとは思っていなかったのもまた事実であった。
決して見くびっていたわけではない。しかし彼らのチームの中でも特出した戦闘力を持つ人狼をこんなにも短時間で抑えつけてしまうとは思っていなかったのもまた事実であった。
「で、でもアレがないって事はもう奴には武器が……」
「いや、安心するのはまだ早いみたいよぉ?」
「いや、安心するのはまだ早いみたいよぉ?」
確かに唯一の武器である剣がマリ・ヴェリテの身体を縫いとめている以上、騎士に残された武器はもうないはず。
しかし魔女の一撃は渋い表情で騎士を示し、マッドガッサーはじっとその先を見つめる。
しかし魔女の一撃は渋い表情で騎士を示し、マッドガッサーはじっとその先を見つめる。
もはや用はないとばかりに人狼に背を向け、騎士が踵を返したその一瞬。垣間見えた左の手に握られていた赤い塗装の小ぶりな手斧にマッドガッサーの視線が吸い寄せられた。
「……くそっ、消防斧か!」
思いもよらぬ状況にマッドガッサーは悪態を付いて拳を天窓の淵に叩きつける。
消防斧、本来は火災の際など障害物を除去したりする為に建物に備え付けられている、洋画でよく活躍する小ぶりの斧である。
おそらく騎士は建物に残されていた一つをいつの間にか見つけて使用していたのだろう、マリ・ヴェリテの絶え間ない攻撃を防げていたのもその為だったのだ。
そして騎士が踵を返した先、次の目標は言うまでもない――びくりと肩を震わせたスパニッシュフライの契約者しかいない。
消防斧、本来は火災の際など障害物を除去したりする為に建物に備え付けられている、洋画でよく活躍する小ぶりの斧である。
おそらく騎士は建物に残されていた一つをいつの間にか見つけて使用していたのだろう、マリ・ヴェリテの絶え間ない攻撃を防げていたのもその為だったのだ。
そして騎士が踵を返した先、次の目標は言うまでもない――びくりと肩を震わせたスパニッシュフライの契約者しかいない。
「まずいねぇマッドガッサー、マリはあれじゃあ間に合わないよ!」
「わかってる!!」
「わかってる!!」
魔女の一撃を遮り、マッドガッサーは再び拳を天窓へ叩きつけた。
内部へ通じる唯一の出入り口であるこの大きな窓、しかしぴっちりと閉じられている上に取っ手はなく、おまけに無駄に分厚い為にこうして衝撃を与えても一向に割れる気配すらない。
内部へ通じる唯一の出入り口であるこの大きな窓、しかしぴっちりと閉じられている上に取っ手はなく、おまけに無駄に分厚い為にこうして衝撃を与えても一向に割れる気配すらない。
「くそ、どうすりゃいいんだ……!」
そうして迷う間にも残酷にも時は進み続け、騎士は一歩一歩スパニッシュフライの契約者へと距離をつめていく。
その先に立ち尽くすスパニッシュフライの契約者は肩を震わせ、ただじっと迫り来る騎士を見つめている。
あのままでは彼女は死んでしまう、あの時と同じように首を切られて――
その先に立ち尽くすスパニッシュフライの契約者は肩を震わせ、ただじっと迫り来る騎士を見つめている。
あのままでは彼女は死んでしまう、あの時と同じように首を切られて――
「ああもう、せめて私が火の玉でも撃てればこんな窓木っ端微塵にしてやるのに!」
同じく隣で覗き込んでいた魔女の一撃が悔しそうに声をあげる。
確かにそれができれば今頃この窓どころか、騎士すらも吹っ飛ばしてしまえるだろう。
強力な火の玉――それを思い描いたその時、マッドガッサーははたとあるモノを思い出した。
確かにそれができれば今頃この窓どころか、騎士すらも吹っ飛ばしてしまえるだろう。
強力な火の玉――それを思い描いたその時、マッドガッサーははたとあるモノを思い出した。
「……それだよ、火の玉だ!」
叫ぶや否や、背中のベルトへと手を伸ばす。
そうだ、なぜアレの存在を忘れていたのだろう。これさえあればあんな騎士なんか――!
焦る気持ちを抑えて背中を探り、太い柄の部分を探り当てると目的のものを引っ張り出す。
そうして彼の手に握られていたのは、黒光りする太い銃身が特徴的な一丁の巨大な銃。
そうだ、なぜアレの存在を忘れていたのだろう。これさえあればあんな騎士なんか――!
焦る気持ちを抑えて背中を探り、太い柄の部分を探り当てると目的のものを引っ張り出す。
そうして彼の手に握られていたのは、黒光りする太い銃身が特徴的な一丁の巨大な銃。
「ええ、それってまさか――」
「いいから離れろ!」
「いいから離れろ!」
その一喝に魔女の一撃が急いで上空へ離れたのを確認すると即座に照準を窓の中央に合わせ、ためらいなく引き金を引いた。
つい先日様々な武器に混じっていたのを拾い上げ、もしもの時のための切り札として身に着けていた銃器の一つ――グレネードランチャー。
小気味よい音と共に撃ち出された手榴弾は真っ直ぐに窓へと吸い込まれ――
つい先日様々な武器に混じっていたのを拾い上げ、もしもの時のための切り札として身に着けていた銃器の一つ――グレネードランチャー。
小気味よい音と共に撃ち出された手榴弾は真っ直ぐに窓へと吸い込まれ――
――ドォォォォン!!
――炸裂した。
その瞬間びりびりと足元が振動し、衝撃波に鼓膜が震える。
埃が晴れる間も惜しんですぐさま駆け寄れば窓は見事に窓枠ごと打ち砕かれ、その原型をとどめてはいない。
そしてぽっかりと開いた穴から下を覗き込むと、こちらを見上げるスパニッシュフライの契約者の姿が飛び込んできた。
その瞬間びりびりと足元が振動し、衝撃波に鼓膜が震える。
埃が晴れる間も惜しんですぐさま駆け寄れば窓は見事に窓枠ごと打ち砕かれ、その原型をとどめてはいない。
そしてぽっかりと開いた穴から下を覗き込むと、こちらを見上げるスパニッシュフライの契約者の姿が飛び込んできた。
「マっちゃん!?」
「よう、待たせたな!」
「よう、待たせたな!」
その表情は恐怖一色に染められていた先程とはうって変わり、驚きの混じった笑みさえ浮かべている。
よかった、間一髪間に合ったのだと胸を撫で下ろしたのもつかの間、視界の隅にこちらを見上げる首なし騎士の姿が映りこんでまたひやりと冷たい汗が背中に流れた。
しかし今の己にはこのグレネードがあり、騎士は数メートル下の眼下にいる。つまりここからなら一方的に攻撃し放題。
かつての恨み、そして仲間を傷つけられた怒りが加わり、否が応にも士気は高まっていく。
今度なら勝てる、あの時の痛みを返してやれる。
ガスマスクの奥でニヤリと笑みを浮かべ、マッドガッサーは深く息を吸い込んだ。
よかった、間一髪間に合ったのだと胸を撫で下ろしたのもつかの間、視界の隅にこちらを見上げる首なし騎士の姿が映りこんでまたひやりと冷たい汗が背中に流れた。
しかし今の己にはこのグレネードがあり、騎士は数メートル下の眼下にいる。つまりここからなら一方的に攻撃し放題。
かつての恨み、そして仲間を傷つけられた怒りが加わり、否が応にも士気は高まっていく。
今度なら勝てる、あの時の痛みを返してやれる。
ガスマスクの奥でニヤリと笑みを浮かべ、マッドガッサーは深く息を吸い込んだ。
「てめぇスリーピー・ホロウ! 勝手に俺の仲間に手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」
「……………………」
「……………………」
しかし期待に反し、騎士は微動だにしようとしない。
一方的なはずのこの状況をわかっていないのか、その余裕綽々といった姿に苛立ちが募る。
一方的なはずのこの状況をわかっていないのか、その余裕綽々といった姿に苛立ちが募る。
「いいかぁ!? この俺が本気を出せばお前なんて簡単にぃっ!?」
勢いのままに啖呵を切ろうと片足をひしゃげた窓枠にかけたその瞬間、突然ぐらりと足元が揺らいだ。
まさか先程の爆発のダメージの影響かと急いでその足を戻すが、よく見ればいつの間にか足元には何本もの深い亀裂が走っていて。
まさか先程の爆発のダメージの影響かと急いでその足を戻すが、よく見ればいつの間にか足元には何本もの深い亀裂が走っていて。
ぴしり、みしみし。
「………………………………嘘だろ?」
不吉な音を立てる足場、やはり微動だにせずこちらを見上げる首なしの騎士、そしてせめてもう一歩後退しようと足を浮かせた瞬間、ばきんと一際鈍い音がして――世界がぐるりと回り、マッドガッサーは真っ逆さまに落下したのだった。
<To be...?>