夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

アンダードッグ・ファンタズム

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だれでも歓迎! 編集
 ふと考える。自分は一体何なのかと。
 それは自分探しだとか、そういうものではない。
 単なる存在意義(アイデンティティ)の確認、この聖杯戦争に臨むにあたる願いの確認だ。
 聖杯にかける願い……そんなものは決まっている。アリーザお嬢様の無事と幸せ、そして彼女を守れるだけの強い誰かが傍にいること。
 強い誰か。
 それは断じて自分ではない。星晶獣を前に戦うことすらできず縮こまっていた自分に強者を名乗る資格などなく、当然の帰結としてそんな情けない男がアリーザお嬢様を守るなどと大言壮語を口にすることなど許されない。
 故に彼女の傍に在るべきは自分ではない誰か。
 瑞鶴はそんな逃げは許さないと言ってくれたけど、でも現実問題として彼女の傍に侍り敵を屠る自分というものが、どうしても想像できないのだ。
 だからこうして自分は戦っている。
 自分がアリーザお嬢様を救出することを諦め、自分がこれからもアリーザお嬢様を守り続けていくことを諦め、あらゆる全てから逃げるために戦っている。
 それは、もしかしたら賞賛されてしまうことなのかもしれない。
 本心に根差す理由はともかくとして、命をかけて大切な誰かの幸せを願い戦うことは、決して侮蔑されるべきことではないと言ってくれる人もいるかもしれない。
 けれど、自分が戦う理由を並べて思い浮かぶのは―――やはり自分はどうしようもなく負け犬なのだという、拭いがたい自嘲の念だけだった。





   ▼  ▼  ▼

「ここに来るのも結構久しぶりだな……」

 スタンは目の前に聳える学園を前に、少々感慨深げに呟いた。
 言葉の通り、スタンがここに来たのはモラトリアム期間の最初だけで、久しぶりと表現しても過言ではなかった。
 記憶を取り戻して以降は聖杯を掴むためだけに尽力していたため、来る余裕自体がなかったとも言える。
 頭にはニットの帽子を被り、左手には学生鞄を、右手には中身入りの竹刀袋を引っ提げるスタンの姿はどこからどう見てもスポーツ真っ盛りの高校生……というわけにもいかなかった。それは模範的な学生にあるまじき茶髪であるとか、日本人離れした容姿であるとか、今は帽子に隠れているが人間のものではありえない耳であるとか。標準的な日本の高校であったならばいくらでも目立つ要素となるだろうこれらは、しかしこの冬木においてはぎりぎり言い訳できないこともない事情として機能していた。
 元々この街は外国人が多く移住する街であったためか外国人の生徒も多く、スタンのみが特別目立つということはなかった。
 茶の髪も人種が違えば仕方がないと看過され、帽子に関しては外見に差し障るちょっとした病気だと偽っている。
 更に付け加えて言うならば、スタンは剣道部の有望株として認知されている。
 表立っての校則違反ならばともかく、事情ありということならば服装の一つくらいは黙認されているのだ。

「ったく、アーチャーの奴……そんなに俺が邪魔かよ」

 不満げな呟きは誰に聞かれるでもなく宙へと消える。その言葉の通り、彼が登校してきたのは彼のサーヴァントであるアーチャーの進言……もとい強制があったためだ。
 学校に行くか行かないかで延々と迷っていたスタンに、ああもうまどろっこしいと瑞鶴がぐいぐいと背中を押してきたのだ。
 あんまり休みすぎると怪しまれるかもしれないでしょ、などともっともらしいことを言いながら、着慣れない学生服に身を包むスタンを笑顔で送ってくれた。
 その情景を思い浮かべると、不覚にも頬が若干緩んでしまう。
 実際のところ、スタンは口で言うほど瑞鶴の提案を嫌がってなどいないのだ。
 少しでもこちらの負担を減らそうとしてくれる心遣いは素直に嬉しいし、学校自体も別に嫌いなわけではない。

「……」

 そう、確かに学校へ来ること自体は悪くないと思うが……しかしそれとはまったく別の問題として、スタンには通学することに対する引け目のようなものがあった。
 それは何も学校に行くことのみならず、平穏な日常を過ごすこと全般に言えることだった。
 戦いから離れ時間に余裕ができてしまうと、自然とある考えが頭をよぎるのだ。

 つまり―――自分の願いについて。

 アリーザお嬢様を助けたい、そこだけは間違いない。
 自分は彼女の幸せのためにこそ戦い、聖杯を手に入れると誓っている。
 だが、その手段は? 星晶獣の手から救い出し、その後の生涯を守護するのは誰になる?
 自分では駄目だとスタンは思った。半人前で臆病な自分では到底不可能だと諦めた。しかし瑞鶴はそんな自分をこそ幸せにするべきだと……スタンがアリーザを守ってもいいのだと言ってくれた。
 分からない、どちらを選ぶべきなのか。
 瑞鶴の言葉は嬉しい、そんな彼女だからこそスタンは瑞鶴というサーヴァントを心から尊敬している。
 けれど、果たして自分にアリーザを守るだけの資格があるのか。いくら悩んでも答えは出ない。

 だから今は目の前の戦いに集中しようと、スタンは答えを出すことからずっと目を背けてきたが……しかしこうして日常に埋没してしまえば、途端に苦悩がスタンを襲う。
 答えの出ない問いから再び目を背けるように、スタンは眼前の校舎を見つめる。
 戦いに参加できないというならば、偽りの日常にこそ集中しようと考えて。

「えっと、確か教室はこっちだったよな。この階段を昇って……あれ、違ったっけ?」

 昇降口で靴を履き替え、日の差し込む朝の廊下を恐る恐ると進んでいく。
 それは敵の攻撃に備えているとかそういうのではなく、単に教室への道が曖昧なだけだ。
 モラトリアム期間の短期間のみ通い、瑞鶴を召喚して以降は自主休学という名のサボりを敢行していたスタンにとって内部の地理は非常に怪しいものがあった。
 とはいえ、人に聞くわけにもいくまい。スタンは設定上はもう何か月もこの学校に通っていることになっているわけで、そんな彼が今更教室までの道を尋ねるなど不審の極みだろう。
 無論、こうしてうろうろしているのだって怪しくないわけではないが……背に腹は代えられないと、朧気な記憶を頼りに階段を昇る。

 静かな校舎は閑散とした空気を放ち、ぴりつくような感覚を肌に与える。
 時折聞こえる運動部の掛け声は遠く、メトロノームのように一定のリズムを刻んでいた。
 目に映る光景は、やはり元いた世界とは似ても似つかないものばかりだ。それらは物珍しい故に、目に入るだけでも気を紛らわせることができる。
 そうして足を進めて、ああそういや課題とか溜まってるんだろうなと憂鬱な気分に浸りながら二階への階段を昇り切ったところで。

「あ、おはようスタン君。風邪はもういいの?」

 そこでばったりと出くわした。
 綺麗に切りそろえられた髪に、知的そうな眼鏡。落ち着いた、静謐ながらも快活な印象を受ける口調。
 凛として委員長然とした雰囲気は、確か……

「や、おはよう。前川……さん」

 前川みく。そう、確かそんな名前だったはずだ。
 正直言ってクラスメイトの顔と名前も一致しているか怪しいスタンであったが、前川みくはある意味で印象深かったため咄嗟に名前が出てくる程度には覚えている。
 理由を簡潔に言ってしまえば、彼女はクラスの代表的な存在なのだ。
 委員長というのもそうであるし、まず存在感からして周囲とは一線を画している。
 聞けば同年代ながらアイドルという大衆に姿を見せる職業に就いているとか。ならばこの華やかな存在感にも納得というものだ。
 恐らくは彼女もNPCなのだろうが……本物の人間と比べても遜色ないほど、いいや本物よりもずっと「凄い」のがちらほらいるあたり良くできたものだと舌を巻く。

 挨拶を返されて、みくはニッコリと微笑む。
 それはクラスメイトに対する親愛の情も含まれているが、それ以上に肩の荷が下りたとでもいいたげな安堵の念が感じられた。

「その様子だともう元気みたいだね。はぁ、ほんとに心配したんだよ? 最近風邪が流行ってるみたいだったし、それに未央ちゃんのこともあったから。大変なことになってたらどうしようって」

 溜息混じりの雑談に、しかしスタンは「おお、ありがと」と曖昧な答えしか返せなかった。
 襤褸を出さないように内心は結構必死だし、ついでに言えば設定上はともかくとして目の前の少女は知りあって間もないわけで。このシチュエーションは色んな意味で心拍数を上げる結果となっている。
 だが同時に、先ほどの安堵の念の正体に得心する。
 未央、本田未央。みくの心配の原因はそれだったのかと。

 本田未央、その名前には聞き覚えがある。
 スタンのクラスメイトで、前川みくの相棒的存在で、みくと同じようにアイドルをやっているらしい。
 スタンが引きこもり……もとい籠城をしていた時に読んだ情報収集用の雑誌にも掲載されていたことから、この街ではそれなりに有名な存在なのだろう。
 とはいえ、スタン自身は未央とは一度も会ったことがない。
 彼女は数日前からずっと家に籠りっぱなしで、それはスタンがまだ記憶を取り戻していない頃からそうだったためだ。
 理由はよくわからないが、まあアイドルにはアイドルの事情があるんだろうなと他人事のように思っている。

「……そういや何やってんだ前川さん。なんかすごい大荷物みたいだけど」
「うん、これ? ちょっと先生に頼まれて教室まで教材運んでるの。結構量が多くって……」
「なんだ、そんなことだったのか。じゃあそれ俺に任せてくれよ。心配してくれたお礼に、さ」

 言うが早いか、スタンはみくが持っていた大量の教材をそっくりそのまま下から持ち上げた。
 確かにそれは女の子が持つには少々辛そうなもので、不肖な男ながら見て見ぬふりはできなかったのだ。

「え、いいよスタンくん。これって一応私が頼まれたものだし……」
「いいっていいって。困った時はお互い様だ。別に気にするこたねえよ」

 困ったように謙遜するみくに、しかしスタンは快活な笑顔で荷物を引き受ける。
 その様子に観念したのか、みくも「それじゃあお願いしよっかな」と引き下がった。

「じゃ、俺先に行くわ。前川さんはゆっくりでいいぜ」

 言うが早いか早足で先を行く。後ろからは驚きと遠慮が混じったような声が聞こえたが、構わず前だけを見て歩く。悪いなとは思うけど、今はどうにもそんな気分なのだ。
 前川みくの荷物持ちを手伝ったのはささやかな善意も勿論あるが、それ以上に何かして気を紛らわせたいという気持ちが大半を占めるだろう。
 いくらでも湧いてくる願いへの疑念を見ないようにするための、代理行為。
 前川みくの荷物持ちを請け負ったのは、つまるところそれ以上の理由はない。
 だからこそ、スタンは廊下を歩きつつも意識はこの場に存在しないのだ。

 自嘲の念は拭いきれない。それはいつでも思考の隅に在り続け、これでいいのかと自問してやまない。
 自分はどちらを選ぶべきなのか。自分はどちらかを選ぶことができるのか。この拙い頭では、どうしても答えは出なくて。
 けれど。

「……だけど、もう引き返すことなんてできねえよな」

 少なくとも、聖杯を獲ることだけは確実にしなければならない。
 その時になってアリーザの最上の幸福を願うか、自らの理想を叶えるかを決めればいい。
 まず聖杯を手にしなければ、そんな贅沢な悩みなど意味を為さないのだから。
 少しずつでいい。瑞鶴と共に歩み、彼女と共に在れるような男になり、そして共に願いを叶える。
 自分がしなければならないのは徹頭徹尾それだけで、現状抱える苦悩など取らぬ狸の皮算用だ。

 スタンは静かに息を吐き、ついで前を見据えると一直線に教室を目指し歩みを進める。
 校舎の中を進むたび、忘れかけていた記憶が蘇り教室への道筋を明らかにする。
 今自分がやるべきはこの日常を謳歌すること。まずはそれをやり遂げ、改めて瑞鶴と共に戦おう。

 ――――――――。

『こんにちは、スタン』
『人は、ふたつの重みを共に背負うことなどできない』
『目を背けてはいけないよ』


 ……視界の端で道化師が踊っている。
 分かっている。自分の戦いはただの逃げだと。答えを先延ばししているだけなのだと。
 けれど、それでも自分にできる精一杯は譲れない。聖杯を手に入れる。それこそがアリーザお嬢様を助ける唯一の方法だと信じているから。
 だから決して迷わない。たった一つだけ残された願いだけは、絶対に諦めないとここに誓う。

 ―――意味などないと囁く声が聞こえる。

 自分を此処に招いたモノと、寸分違わぬ声が届く。あらゆる願いを諦めてしまえと、甘く囁く声が響く。
 黙れ、黙れ、俺は絶対に諦めない。二度と、これだけは譲れない。

 視界の端に踊る幻を無視し、スタンは教室への歩みを進めた。


【C-2/学園・高等部/一日目 午前】

【スタン@グランブルーファンタジー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]竹刀
[道具]教材一式
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.ひとまず今日は学校で過ごす。
[備考]
  • 装備の剣はアパートに置いてきています。





   ▼  ▼  ▼

「あ、行っちゃった……」

 足早に姿を消すクラスメイトに声をかける暇もなく、伸ばしかけた手を所在なく宙に浮かせながらみくは呆然と呟いた。
 まさに口を挟む隙もなしだ。重く嵩張る教材を引き受けてくれたことには感謝の念しかないが、しかしどうにも置いてきぼりにされた感が拭えない。

「どうしたんだろスタン君。あんないきなり」
『どうしたって、逃げたんでしょ』

 すぐ隣から声が届く。
 あまりに唐突だったからみくは変な声をあげて、しかし慌てた様子で周囲に誰もいないことを確認するとその声の主に食って掛かるように向き合った。

「る、ルーザー! いきなり出てくるなって……!」
『言ってない。少なくとも君の口からそんなセリフが飛び出してきたことは一度もないよ。
 だから僕は悪くない』

 へらへらと卑屈な笑みを零しながら、その少年は自己の正当化を訴える。
 相変わらず気持ちの悪い奴だ、みくはそう改めて思った。
 階段の手すりに不遜に腰かけながら、何やらかっこつけたポーズでこちらを睥睨する様は不快の一言。
 彼が特に何をしたというわけではないが、ただそこにいるだけで普通というものを根こそぎ侵されるような。そんな言いようのない不安感が少年からは放たれている。
 敗者(ルーザー)の名を冠する過負荷のサーヴァント、前川みくに宛がわれた従僕。
 そんな少年は、今はただその口元を三日月のように歪めながらみくを見下ろしていた。

「う、うっさい! 何かにつけて屁理屈ばっかり、ちょっとはみくの言うことも聞いてよ!」

 心なしか顔を赤くしてまくしたてるみくに、しかしルーザーは何も堪えていない。
 ああ、やっぱりこいつは分からない。
 みくはささくれ立った思考を無理やり冷やし、先ほどのルーザーの言葉に反論する。

「……それより逃げたって、まさかスタンくんのこと? まさかスタンくんまで負け犬だなんて言うんじゃ……」

 まさかとは思う。何故ならみくの知るスタンとは負け犬などという言葉とは最も縁遠い故に。
 学業こそ下位だが、剣道では負けなしの優等生。友人も多く、本人だって実績に基づいた自信を兼ね備えた好漢なのだ。
 そりゃ普通の人間である以上は欠点もそれなりにあるだろうが……それでも彼と目の前のサーヴァントが同類かと問われれば答えは否だ。

 当然と言えば当然の疑問に、しかしルーザーは首を振って否定した。

『いいや違うね。アイツは確かに僕らに似てるけど、でも負け犬じゃない。それですらない。
 だってアイツは負ける以前に戦ってすらいないだろうからね。それじゃ負けることだってできないよ』

 それは単なる推測なのだろうが、しかし他ならぬルーザーが言う限りにおいては不変の真理と化す。
 何故なら彼は永遠の負け犬だから。誰よりも弱く、誰よりも負け続けてきた彼は、それ故に他者の弱点を理解する。それは物理的なもののみならず、精神面においても例外はない。
 人のトラウマを、後悔を、罪悪感を何よりも精密に嗅ぎ分ける。負け犬特有の同調意識、傷の舐め合いに特化した嗅覚は決して瑕疵を見逃さない。

『どうしようもないね。勝ち負けってのはまず戦うからこそ生まれるものだけど、アイツはそんな大前提そのものから逃げ続けている。だからアイツは負け犬じゃないよ。
 良かったねみくにゃちゃん、君よりずっと底辺な奴がいてさ!』

 客観的な事実として、それは間違いなく正しい。ルーザーは弱さに関して世界最高……いや最低の理解者だ。
 だからこそルーザーの言葉は過剰に悪意的な言い回しを取っていても、本質から的外れということは決してない。
 人は誰しも弱さを持つ以上、彼の目から逃れることはできない。しかし、それを正直に受け止められるかは全くの別問題で。

「―――もういい加減にしてよ! みくもスタンくんもアンタなんかと一緒にしないで!」

 故に、遠からずこうなってしまうのは避けられない運命にあったのだろう。
 今まで沸々と底に溜まっていた負の感情。現状への恐怖とか、やりきれなさとか、ルーザーに対するイラつきがここに来て一旦決壊を迎える。

 みくはルーザーの言葉から耳を塞ぐように、肩を怒らせてその場を去る。
 それは激情に身を任せているようで、しかし何もかもから逃げ出しているようにも見えた。

 彼女は未だ現実に抗えない。願いと感情の狭間に揺れ、そのどちらをも選べず、己が従僕を解することもない半端者に過ぎない。
 だが近い未来において、彼女は自らの進むべき道を選択しなければならない局面に出くわすだろう。
 その場面において、彼女が重みに潰れるか、非情を貫くか、甘きに流されるかは、まだ誰も知らないことだ。

【C-2/学園・高等部/一日目 午前】

【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康、イライラ、前川さん
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]学生服、ネコミミ(しまってある)
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.人を殺すことに躊躇。
[備考]
  • 本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
  • 本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
  • 事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。





   ▼  ▼  ▼

『あーあ、怒らせちゃった』

 足早に立ち去っていくみくの背を見つめながら、ルーザーはわざとらしい溜息を漏らす。
 その顔は相変わらずにやついた笑みがこびりついて、とてもじゃないが反省しているようには見えない。

『僕ってやつはどうにもこういうのが苦手みたいだ。
 まあみくにゃちゃんは負け猫だけど過負荷(ぼくら)じゃないし、そこは仕方ないのかな』

 この時間帯にしては不自然なほど誰もいない廊下で、ルーザーは大仰なほどの手振りで呆れを表現する。
 やれやれと、分かってねえなぁと。己が主を嘲笑いながら、しかし過負荷らしい好意で以て祝福する。
 それはあまりにも歪な好意の在り方だ。普通(ノーマル)に過ぎないみくにとって、ルーザーの好意はまさしく悪意にしか映らないだろう。
 ルーザーとてそんなことは自覚しているが、しかしその程度で改められるものならば、そもそも過負荷になど生まれついていない。
 だからこれは単純なすれ違い。好意が必ずしも善意と受け止められるとは限らないように、ルーザーの友情はみくには届かない。

『でも、僕と一緒にするな、か。別に僕はアイツが過負荷(ぼくら)なんて言ってないんだけどね。
 あれはただの普通(ノーマル)だよ。みくにゃちゃんと同じさ。
 だってまだ負けてもいないんだから。そうだろ、道化師?』


 ――――――――。


『こんにちは、ミソギ』
『勝者も、敗者も、この都市の何処にもいない』
『皆等しく、盲目の生贄だ』

 ―――視界の端で道化師が踊っている。

 踊る道化師。黒色の。それはずっと視界に在って、あらゆる全てを嘲笑う。
 姿だけで人に不快感を与える様は過負荷のようで、全てを等しく嘲笑する様は悪平等のようで。
 しかしそのどちらでもない。道化師はただ踊るだけだ。

『勝ちも負けもないだって? それは聞き捨てならないな。
 少なくとも僕とみくにゃちゃんは負け犬と負け猫だぜ? その事実だけは絶対に覆らない』

 球磨川は笑う。へらへらと道化師を睥睨して、己がマスターすらをも無様な敗者だと言い切って。

 それが過負荷の条件だ。

 思い通りにならなくても。
 負けても。勝てなくても。馬鹿でも。
 踏まれても。蹴られても。
 悲しくても。苦しくても。貧しくても。
 痛くても。辛くても。弱くても。
 正しくなくても、卑しくても。

 それでも、へらへら笑うのが過負荷である。

『まあずっと負け続けてる僕と違って、みくにゃちゃんはたった一回の負けでこんなところまで来ちゃったみたいだけどね。
 ほんっとに情けないよね。そんな小さいこと引きずって馬鹿みたい☆
 そりゃみくにゃちゃんがずっとイライラしてるのは僕が傍にいるからなのかもしれないけどさ』
『僕は悪くない』
『みくにゃちゃんが挫折したのも、みくにゃちゃんが諦めたのも、みくにゃちゃんが追い詰められたのも。
 全部、それはみくにゃちゃんのせいだ』
『みくにゃちゃんの弱さだ』
『みくにゃちゃんのマイナスだ』
『だから僕は悪くない』
『……だから、僕はみくちゃんのサーヴァントになったんだ』

 ルーザーのサーヴァント、球磨川禊。彼は負け犬の名のままに、弱い者の、愚か者の、負けた者の味方だ。
 良いも悪いも。善でも悪でも。
 形はどうであれ、中身はどうであれ、表現の仕方はどうであれ。
 彼は【仲間】というものを何より大事に思っている。

 好きな相手と一緒に駄目になる。
 愛する人と一緒に堕落する。
 気に入った者と一緒に破滅を選ぶ。
 強固(ぬる)すぎる仲間意識の持ち主。

 それが球磨川禊。マイナス13組のリーダー。

『現実に打ちのめされ、幻想に甘ったれ、夢に逃げ込んだ情けない負け猫。それがみくにゃちゃんだ。
 けど、その負はみんなみくにゃちゃんのものだ。それを横からどうかしようってんなら、僕としては見過ごせないな』

 ぬるい友情。それはマイナス13組のモットーのひとつ。それを違えるつもりはルーザーには存在しない。
 その友情が侵されるというならば、彼は戦いへと赴くだろう。決して勝てない戦いに。しかしルーザーは負けるために挑むわけでは決してない。
 むしろ勝ちをこそ望んでいる。嫌われ者でも、やられ役でも、主役を張れるのだと証明することこそがルーザーの矜持である故に。

 だからこそ、これは敗北宣言では決してない。

 負け続けの人生だったけど。
 失敗ばかりの人生だったけど。

『きみはちょくちょくちょっかい出してるみたいだけど、いつまでも続くとは思わないほうがいい。
 待ってなよ道化師。きみのことは、僕に負けた恥っずかしいピエロとして永遠に座に刻み込んであげるから』

 今回は、勝つ。



 ――――――――。


『―――それは、どうかな』

 道化師は視界の端で踊り続ける。それは決して変わることはない。
 ルーザーは隅っこのそれから目を離し、誰に見られるでもないまま静かにその姿を消失させた。

 そして誰もいなくなった―――ということはなく、ほどなくすると辺りは登校してきたNPCの学生たちが幾人か行き来するようになる。
 廊下はにわかに騒がしくなり、先ほどまでの静けさなど影も形も無くなった。ルーザーのいた痕跡など跡形もなく掻き消すかのように、そこには変わらない日常が出来上がった。

 つまるところ、これは何てことない挨拶代わりのようなものなのだろう。敗北宣言では決してない、宣戦布告でも殺害予告でもない、単なるくだらない世間話。
 そこに意味など何もなく、そこに意義など何もなく。括弧付けの、取るに足らない格好付け。

 だが意味も意義もなかろうと、そこに嘘は一切含まれない。あらゆる敗北を前提としても、しかしルーザーはいつだって勝ちを狙って突き進む。負け猫(なかま)のことは見捨てない。
 何故なら彼はどうしようもなく、仲間想いで、人間好きで、そして惚れっぽい男なのだから。

【C-2/学園・高等部/一日目 午前】

【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『僕の身体はいつだって健康さ』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『それはそうと、僕はいつになったらみくにゃちゃんを裸エプロンにできるんだい?』
3.『道化師(ジョーカー)はみんな僕の友達―――だと思ってたんだけどね』
[備考]





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