夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

希望の道、きみと

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 その襲撃は突如やってきた。
前川みくがお昼御飯の材料を買いに外に出て数時間。
ベッドの上で大人しく横になっていると、何だか下の階から大きな物音が聞こえてきた。
それまで静かだった女子寮がにわかに騒がしくなる。
未央も思わず飛び起き、鳴海も霊体化を解いて警戒する。
数分間、じっと体を動かさず、耳を澄ませると、複数の足音が此方へと近づいてくる。
規則的ではあるが、どこか不安を感じさせる無機質な音は、未央を不安にさせるには十分なものだった。
やはり、きな臭い。幾多の戦いを経て養った直感がそう告げている。
足音の主達を待つ必要なんてなかった。
この場に留まることを危険と判断した鳴海は未央を抱き寄せ、窓から脱出を図った。
次いで、轟音。ドアを蹴破って幾人もの金髪の男が入り込んでくる。

「……ッ!」
「ここから逃げるぞ、マスター! とりあえず、街まで駆け抜け……っ!」

 窓を開け放ち、外へと脱出すべく、窓枠を足場にして即座に跳躍。
ひとまずは屋上に出て、そこから建物を乗り移りして逃げてしまおう。
数秒前まで鳴海達がいた場所には、トスンと小気味いい音が鳴り響く。
容赦無用、躊躇なく襲ってくるということはこの聖杯戦争を積極的に動く主従なのだろう。

(チッ、拳銃まで用意して、周到だな!)

 跳躍後、女子寮の屋上に降り立ち、その勢いのままこの区域を脱出すべく足に力を込める。

「おっとそうはいかないネ」
「ちぃ……ッ!」

 その離脱を阻むかのように、銃弾の雨が抱き抱えた未央を狙うべく飛んでくる。
鳴海は大きく横に飛び、銃弾を躱すものの、完全に退路を敵に取られてしまった。
背中を見せたら殺られる。マスター共々、姿を見られた以上は追跡もされるだろう。
戦うしかない。眼前の敵を倒して、未央を護りきる。
それ以外、鳴海の取る行動は残されていなかった。

「お目当ての主従ではなかったけれど、見つけてしまったからには始末するヨ。
 おっと、そんな恨みがましい目で見ないで欲しいネ。
 これは聖杯戦争、争って願いを叶える戦いに対して、真摯に取り組んでいるだけなのだから」

 敵である少女――超鈴音は人を食ったような笑みを浮かべ、掌の拳銃を鳴海へと向けた。

「どいつもこいつも……ッ」
「それは貴方も同じネ。此処に呼ばれたからには皆聖杯を願っている。
 大なり小なり、譲れないものの為に戦っている。
 マスターを想うその忠誠心は素晴らしいが、私も願いを持っている。
 故に、貴方達を看過はできない」
「ああ、よーく知ってるよ。これまで、あんたらみたいな奴等は既に経験済みだ」
「なら、話は早い」
「そうだな、やることなんて一つだ」

 諦めたかのように。鳴海は抱き抱えた未央をゆっくりと下ろし、鈴音の方へと目を向ける。
容姿は自分、もしくは未央よりも年下だろう。幼さがまだ残る顔つきは正直言ってやりにくい。
昨晩の病院の一件といい、この聖杯戦争には幼き少女がサーヴァントとして呼ばれているケースが多々あるらしい。

「もう細かいことはどうでもいい。今は、あんたを倒す。それだけだ――!」

 それでも、自分がやることは決まっている。
未央を護る。あの夜、出会った瞬間から、その誓いは定まっている。

「いくぞ……ッ! さしたる恨みもねぇが、此処で倒す!」

 発射された銃弾を回避しつつ、鳴海は一足で鈴音の間合いへと入る。
鈴音と視線を切った瞬間、鳴海の体は獣と化した。まるで黒豹のように、数秒もかからずに距離を詰める。
姿勢を低くしたまま、烈風とも紛う疾走で地面を蹴り砕き、遥か離れた鈴音へと疾駆したのだ。
十分に離れた距離は、さしもの鳴海にもいったんの停止を強要するはずだった。

――そんな限界は打ち砕け。

 その速度はもはや人のものではない。それでも、一挙動とはいかない。
到達し、拳を振るうまでは数秒かかる。
鈴音は真っ直ぐに突き出された鳴海の拳を後退することで躱し、予想よりも早い速度に自己の頭を軌道修正する。
銃弾は全て撃ち落とされる。未央を狙おうが、全て、だ。
一応、サーヴァントにも通用するように作成したが、これでは何の役にも立ちやしない。

「やけにマスターに拘るネ、貴方は。その女の子は生前――昔からの友人だったのカ?」
「いいや、聖杯戦争で初めて出会った女の子だよ」
「それにしては、大切に扱うじゃないカ。まるで、お姫様を護る騎士のように」

言葉でこそ嘲りを見せているが、鳴海を見る鈴音の表情には欠片も嘲りはない。
何せ、鳴海の表情には迷いがない。絶対に未央を護るという固い決意が感じられる。
加藤鳴海という男はそういう人間だ。
見ず知らずだろうが、助けを求めている手を握ってしまう、そんな男だ。
それが、涙を見せ俯いている少女なら尚更である。
一目見た鈴音からしても、彼が相当にお人好しであり、聖杯戦争には向かないと確信していた。

「生憎と、騎士って柄じゃあねぇけどな。そんな大層な肩書――オレには似合わねぇ」

 長生きできる賢い生き方ができればよかった。
鳴海は自分の変えられぬ生き方――否、変えなかった生き方を思い返す。
いつだって、どんな時だって、自分はこうして誰かを護る選択を取ってきた。
そして、それを後悔したことは一度もない。
これで、いい。加藤鳴海はサーヴァントとなった今も、全く変わらず此処にいる。

「女の子の笑顔を取り戻す。オレの願いなんざ、それだけだ。
 聖杯なんざいらねぇんだよ、んなもんがなくたって、オレのマスターは、必ず笑顔を取り戻すんだからよ」
「そうカ、そうカ! サーヴァントの身でありながら、聖杯を望まぬというのカ!」

 刹那、後退していた鈴音の身体が掻き消え、鳴海へと一気に迫る。
直後放たれた掌底は寸分の違いなく、鳴海の霊核を貫くものだった。
迷いがない、一気に勝負を決める一撃である。
当然、鳴海も黙って受けるはずもなく、掌底を捌きつつ、返しの一撃を放つ。

「あんた、その流派……!」
「中国武術――流派こそ違えど、同じ道を歩んだ後輩……いや、先輩かナ?
 ここは一つ、手合わせ願おうカ!!!!!!」

 捌く、穿つ、揺らぐ、放つ。
互いの拳が、掌が流麗な曲線、もしくは直線を描き、空で交差する。
それはまるで、リボンのように絡まって。綺麗に絡み合い、解けていく。
鈴音の軌跡が軌跡が柔とするならば、鳴海の軌跡は剛か。
幾本もの線が迸る光景を、後ろにいる未央は呆然と見ることしかできなかった。

「いやはや、私とは違って功夫をよく積んでいるようで、怖い怖い。鬼神の如き拳ヨ、一発でも当たったらお終いネ。
 自らの拳を省みると、脆さと未熟を実感するヨ」
「けっ。油断させようったってそうはいかねぇよ。あんたの拳はよく練られている。
 オレと遜色ねぇぐらい、戦いを潜り抜けてきた拳だ」
「お褒めに預かりまして恐悦至極。けれど、そんなに褒められても困るヨ。
 私は非才の身……一流のその先、貴方のいる場所にまでは到達できぬ故に、そのお世辞は不要ネ」

 拳に交えて振るう聖・ジョージの剣も鈴音は的確に押し返し、時には受け流す。
力強い、そして真っ直ぐな鳴海の拳をぎりぎりの所で躱している。
口でこそ非才と言うが、とんでもない。
この少女は一流とでさえ渡り合えるぐらい、鍛えている。

「まあ、そういう訳ダ、色々と武器を使わないと到底貴方を倒すことなんてできない」

 鈴音は後退して、掌に拳銃を握り締め、瞬時に発砲。
乾いた音と共に発射される弾丸を鳴海は軽業師のように躱す。

「とはいえ、強い強い貴方を倒すのは容易ではない。
 さてと、距離も空いたことで仕切り直しだヨ、ミスター形意拳」
「……なんだよ、その呼び名」
「貴方の流派に基づき、あだ名を付けたのだガ、不評のようだネ。
 うむ、どうもネーミングセンスというものは他人と合う気がしない」

 戦闘が中断されたことにより、空気が緩んだようにも思えるが、鳴海は一切の油断を見せず、拳を再度握り締めた。
眼前のサーヴァントは決して甘く見ていい敵ではない。
未央から送られてきた念話によると、彼女のクラスはキャスターである。
魔法を得意とする後方支援に特化したクラスのはずだ。

(あいつはまだ本気を出しちゃいねぇ。本領である魔法を、何一つ使っちゃいねぇんだ)

 繰り出してくるのは中国武術と拳銃による牽制。
そして、屋上にいたのに全く気配を感じさせなかったことから、気配遮断のスキル、もしくは宝具を持っていると予想。
まだ、彼女は自分の手の内を、切り札とも言える存在をほんの一欠片も出していない。
現状、自分の拳で相手を押し切れるとはいっても、魔法を使われたらどうなるか。
勝勢が決まるにはまだ早い、と鳴海は気を引き締める。
相手が魔法を出さない内に勝負を決めたい。
できることなら、マスターである未央をこの状況から遠ざけたいが、それをするには眼前の敵を屠る必要があるだろう。

「おっと、そんなに殺気を込められても困る。私がこうして後ろに下がったのは仕切り直しの前に一つ提案があるからヨ」

 しかし、彼女の口から出た言葉は戦いを促すものではなく、むしろその逆をいくものであった。

「私と、手を組まないカ?」
「……今更だな。さっきまでの競り合いはどうしたよ?」
「あれはほんのお遊びヨ。あの程度で死ぬようなら、互いにとって利益になりはしないだろう?」
「よく言うぜ、隙あらばマスターを殺すスタンスを崩さなかった癖に」
「貴方を正面から相手取るか、マスターを殺すか。どちらが楽かはわかりきっているからネ。
 とはいえ、ミスター形意拳。貴方の目がある内はマスターを殺すことはどうにも難しい」

 ああ言えばこう言う。鳴海は、このような交渉事では鈴音に勝てる気がしなかった。
権謀術数といった類は鳴海の得手ではない。
目の前にいる敵をただ、打ち砕く。それが加藤鳴海の得意とするもの故に。
だから、こうも論戦では振り回される。詭弁に対しての反論も滑らかに行えない。

「当然組むからには情報の共有は勿論、この場だってなかったことにする。
 貴方達を見逃すヨ、安全安心でマスターを護れてお得ネ」
「はっ、何言ってやがる。このままやりあったら勝つのはオレだろうが。
 それに、どうもあんたは信用ならねえ」

 背後にマスターがいながら戦うことのどれだけ重いことか。
鳴海一人であったなら、心置きなく戦える。鈴音の思惑なんて蹴り飛ばしてしまえるのに。

「けれど、今の貴方にはマスターを護らなくちゃいけないという重みがある。
 未知の相手と対峙して、余計な荷物を背負って勝てると断言できる程、愚鈍ではないと思うガ?」

 全部、彼女には察せられている。
未央という弱点を目の前に曝け出している今、鳴海が強気に出れる要素は一つもない。

「何、組むと言っても重い条件はないヨ。ただ一つ、協力して欲しいことがあるだけネ」

 口で何を言おうが、彼女の視点からすると鳴海達は崖っぷちなのだ。
ここでマスターを殺せば、後々楽になる。それは鈴音も承知であるはずである。

「前川みく、そしてそのサーヴァント。二人の抹殺を見逃して欲しい、それだけネ」
「――!」
「理由は……どうやら思い当たる節があるみたいネ。話が早くて助かるヨ」
「サーヴァントはともかく、マスターまで殺す必要はねえだろっ」
「大アリネ、そもそも生き残れるのは一組だけだというのに、見逃すメリットがない。
 貴方達のように専守防衛な主従ならいい。一時的にでも見逃して大問題にはならないヨ。
 しかし、彼らは場を引っ掻き回す主従ダ。それも、とびっきりに嫌な形に、ネ。
 そんな奴等を放置していてメリットがあるカ?
 あの純黒のサーヴァントが何をやらかすかわからない以上、禍根は徹底して断つ。
 マスター共々、此処でご退場していただくのが一番ネ」

 そんな状況を見逃してくれるというのなら、一時的なものであっても、この提案には乗るべきだ。
球磨川達に恩はある。されど、一番優先すべきはマスターである。
マスターである未央の安全以上に大切なものなんて無い。
鈴音の提案を蹴って、勝つ。それができるならどれだけよかったことか。
相手の手の内がわからない以上、無茶な選択肢は選べない。
いたずらに、未央の安全を侵す決断を、鳴海は取れなかった。

(マスターの“身の安全”だけを考えると、受けるべきだ)

 重ねて、彼女は嘘はつかない、と言った。
選ぶのは此方側。拳の矛先を向ける猶予を与えてくれたのだ。
ルーザーのことを考えると、随分と良心的である。
もっとも、彼と比べると、大抵の人間は信用に値するけれど。

(だが、前川みくはマスターの親友で、あの娘は……殺されていいような娘じゃないんだぞ!?)

 この提案を受けるということは、前川みくを、未央の友人を見殺しにするということだ。
それでいいのだろうか。沸き立つ疑念は鳴海の頭を苛み、顔を苦渋にさせる。
何の罪もない女の子を見捨てるなんて、そんなことはできない。
みくを見殺しにすることで未央がどんな思いをするか。
悲しみ、怒り、そして――心の底から笑うことができなくなるかもしれない。

(オレは、どうするべきだ。一時しのぎではあるが、この窮地を切り抜けられる。
 あいつとまともにぶつかるとしたら、マスターにも危険が及ぶのはわかってるだろ?
 だったら、オレは――キャスターの手を取るべきだ)

 けれど。けれど、と。鳴海は小さな声で呟いた。
それでも、生きてさえいればいつか必ず笑える。
どんなに汚く足掻こうとも、心が傷つこうとも。
生きてさえいてくれたら、それだけで嬉しいと言ってくれる人がいるだろうから。
死んでしまえば、未来なんて訪れない。
だから、どんなことをしてでも、未央の生きる道を切り開くとあの夜に誓ったじゃないか。

――諦める時だ。

 今この瞬間こそ。右手を伸ばすことを、やめる時なのだろう。
今度こそ、本当に。たった一人の為だけに、他の総てを切り捨てる。
本当に、悪魔と成り果ててしまう決断が、鳴海の右手に垂れ落ちた。
鳴海一人がその決断を取ることで、マスターの安全が確立されるなら。
この絶体絶命の状況を抜け出せるなら。
自分の信念なんて、彼女の生命に比べたら軽いものだ。

「オレは……」

 諦めてしまえ、と。
視界の端で踊る道化師が囁いた。

「その提案に」
「そんなの、受ける必要、ないっ――――!」

 そして。諦める必要なんてない、と。
後ろで蹲っていた未央が叫んだ。

「マス、ター?」
「わかんないよ、もう何がなんだか、わかんない! さっきからずっと蚊帳の外だし、二人の戦いなんて殆ど見えてないっ!
 でも、今、しろがねが取ろうとしてる選択肢が間違ってることだけはわかるよ!
 そんな顔をして、戦って、私を護るって言われても、説得力ない!」

 振り返ると、彼女は蒼白な顔で、体の震えを必死に抑えながら、叫んでいる。
目に溜まった涙は頬に流れ落ち、今にも消えそうだと錯覚してしまうぐらいに、脆い。
それでも、彼女の口から吐き出される言葉は、とても色濃く世界へと残っている。

「私のことを想ってくれて、すごく嬉しい! ずっと、ずっと、しろがねが護ってくれたから、私は生きてこれた!
 だから、今もしろがねがやろうとしてることは、私のこと優先で、私がこれ以上傷つかないようにって! そうでしょ!?」

 その通りだ。総ては彼女の為に。
もうこれ以上、彼女の笑顔が曇る事のないように。
出会った時のような涙で濡れた表情をさせないように。
いつか、自分がいなくなる時、生きていけるように。

「しろがねがしたいようにやってよ。それで、いいじゃん?
 納得出来ないことを無理してやる必要、ないよ。そもそも、みくにゃんを見殺しにして生きて、私が喜ぶと思う?
 仲間を踏み台にして、私は生きていける程、強くないって知ってるでしょ」
「でもよ、それじゃあ、お前は……!
 オレが不甲斐ないばっかりに、今に至るまで、ずっとお前のことを護りきれなかった!
 今もそうだ! これ以上、お前が傷つくのは……!」

 その結果、自分の信念を曲げようが、望まぬ戦いをしようが構わない。
マスターが心の底から笑顔ができるまで、日陰で戦い続けようと思っていた。

「いいよ、しろがねが正しいと思えるやり方で、やろうよ。
 私が認めるから。一緒に、探そうよ。皆が納得できる結末を」

 けれど。そんなことをしなくてもいい、と。
震えを必死に抑えて、背中を押してくれる少女がいる。

「大丈夫だから。どんな結末が待っていようと、後悔しないから。
 納得できるやり方で、私のことを護れるぐらい、しろがねが強いの……知ってるから」

 そして。そして。今まで見れなかったもの。ずっと、ずっと、取り戻したいと願っていたもの。

「かっこいいとこ、見せてよ……しろがね」

 不格好。アイドル候補生としては落第点。されど、彼女が自然と浮かべられる笑顔を見て。

――――見たかった笑顔が、其処にある。

 その言葉で、その想いで、加藤鳴海の枷となっていたものが全て外れ落ちた。
悪魔ではなく、加藤鳴海という存在を認められて。自分の思うがままに戦っていいのだ、と気づいて。

「は、ははっ、はっ、はははっ、ふっ、はははははっ!!!」

 ここまでお膳立てをされて、戦意が高揚しないなんて、ありえないだろう?
この聖杯戦争で、初めて――鳴海は心の底から声を上げて笑った。
聖杯戦争。抗うことなどできない閉塞的空間で繰り広げられる殺戮の宴。
生き残るのはただ一組。
マスターが生きてくれるなら。夢を掴んで、元の日常に戻ってくれるなら。
それで、よかった。

「そうだよな。オレは、最初から、諦めていたんだ。ルールに縛られて、抵抗なんて無意味なんだって勝手に決めつけて」

 けれど、たった一組しか幸せになれないルールなんか願い下げだって蹴り飛ばせばいい。
自分達がこの聖杯戦争なんかで曲がる弱い奴等だと思うな。
最後の瞬間まで抗って、戦って、笑って終われるように、前を向く。
そうして、かっこよく、強く、生きていこう。

「でも、諦める必要なんてない。全部、全部だ。護りたいものは余さず護って、皆で笑顔のまま日常に帰る。
 それで、いや、それがいいんだろ……未央?」
「うん! 私はそうじゃなきゃ、嫌だ!」
「ったく、わがままなお姫様だ。でも――オレのマスターを務めるんだ、それぐらいでなきゃなァ!!!!」

 悪魔はもう必要ない。加藤鳴海が本当に信ずるモノに従って、戦えばいい。
必要なのは拳を握る力。彼女の願いを貫く、この身体。
そして、何よりも。加藤鳴海を認めてくれる未央が後ろにいる。
なら、その期待に応えなくてはならない。

「という訳だ、覚悟は決まった。オレはオレ自身の為に、そして――――マスターの為に、戦う。
 あんたとも、他の奴等とも、この聖杯戦争を仕組んだクソッタレとも!」
「そうだネ。空気を読んで静聴していたけれど、素晴らしい主従愛だったヨ。…………本当にそれでいいのカ?」
「くどい。マスターがオレを信じるって言ってくれたんだ、なら、もう迷う必要なんて無い!」

 だから、もう迷わない。
自分が正しいと思ったやり方で未央を護るし、救いたいと思った人間も残さず救い切る。

「成程ネ。その愚直なまでの護るという意志の強さ。そして、極限まで鍛えられた功夫。
 幾つもの死闘を潜り抜けた人形の破壊者――加藤鳴海。貴方のような者であったら、この聖杯戦争は毒の沼地だろう」
「アンタ……!」
「中国武術。しろがね。そして、その真っ直ぐな物言い。さすがに気づくヨ。
 なればこそ、貴方の意志を覆すことはもうできないだろうネ」

 鈴音の甘言に揺さぶられることもない。
思うがままに、貫く。それが、なんと気持ちのいいことか。










「残念だヨ、本当に。君達の決意も――此処でなければ、きっと輝いたはずネ」












「――――あっ」








 ただし、貫けたらの話だけれど。










 初動すら見えず、鈴音に背後を取られた。
それだけでも驚きであったが、よくわからない球状の檻に囚われ、動けない。
一瞬にて生み出された黒い壁。それが、自分とそれ以外を隔てている。
どういうことだ。困惑を解決すべく、鈴音へと顔を向ける。

「卑怯な決着ではあるが、これもまた一つの結末ネ」

 鳴海は知る由もないが、鈴音の持つ宝具は三つある。
一つは気配遮断を付与するステルス迷彩付きコート。
最初の遭遇時に身に着けていたものである。

「代償はそれなりに払ったけれど、貴方を此処で落とせるなら相応ヨ」

 更にもう一つ。昨日、霧嶋董香達へと使った時空跳躍弾。
弾丸を受けたものは如何なるサーヴァントであっても、別時空へと飛ばされる鈴音の切り札だ。
ここぞという時まで取っておいた鈴音は、この状況において迷いなく使った。
加藤鳴海をこの戦場から取り除く為には、宝具なくしてはできない。

「敵である以上、容赦はしない。数時間後の未来で、貴方は絶望するといい」

 そして、最後の一つである航空時機。
本来の使用法である過去と未来の行き来は膨大な魔力を消費する為、使用はできない。
気に入らない、受け入れがたい結末をやり直すといった形で使うものだ。
しかし、ほんのちょっとした使い方もこの宝具はできるのだ。
自前の魔力を糧に、疑似時間停止であったり、回避行動であったり。
鳴海へと予備動作もなく接近できたのはこの恩恵である。
無論、時空跳躍弾との併用は魔力の消費が激しい為、鈴音はこの手法をすることには躊躇いがあったけれど。
固い鳴海の意志を受け、このやり方でしか倒せないと判断してしまった。

「思いを通すはいつも力ある者のみ。貴方の思いは確かに強かった」

 全部、知らないままの鳴海は時空の檻を必死に殴り飛ばすが、何も状況は変わらない。
どうしようもなく、無力だ。幾多の自動人形を屠ってきた拳であろうが、世界をぶち破ることはできやしない。
困惑を解決する前に、世界は移り変わる。やり直しが聞かない未来へと、鳴海は一人で旅立った。

「けれど、その思いは報われないヨ」

 “数時間後”。総てが終わってしまった世界へと、彼は一人で旅立った。
そして、旅路の果てに、鳴海は見た。見てしまった。
青空が夕焼けへと変わる頃。あの戦いから数時間が経過した未来で一人、鳴海は立ち尽くす。

「あ、ァ」

 視界に入った絶望は、当然の結末であった。
胸元を赤く染め、悲しげに笑う少女の死体。目は閉じられ、肌の色はもう艶がない。
手と足は地面に投げ出され、二度と動くことはない。
傷だらけでもないのに、彼女の身体に宿る生命はとっくに霧散していた。

「あァ」

 その光景を見て、鳴海は自分の口がうまく動かないことに気づいた。
体内の魔力は徐々に霧散し、消えるまで後数分もない。
あんなに力で満たされていた指先が気怠い。魔力のなさだけではない、心身的な理由も含めて、視界が薄ぼんやりとしている。

「あ、あァ」

 心臓が音を立てて血を送り出す度に、胸に居座っている鈍痛がその痛みを増した。
この痛みの正体がわからぬまま、鳴海は一歩後ろへと踏み出した。
少女が倒れた結末へと、手を伸ばす。もう覆らない結果へと、右手を伸ばす。

「なァ、最期まで、笑顔、見せなくても……いいじゃねぇか」

 出会った最初に言った、笑顔を忘れてるという自分の言葉を思い出す。
あれは、呪いだったのだろうか。死の間際まで笑顔を必死に見せられても、鳴海は嬉しくない。
こんな形で、望んでもいなかった形で、彼女の笑顔を見たくなかった。

「オレは、見たく、なかった。もっと違う形で、見たかった」

 少女の笑顔を見たからか、動悸が早くなっている。
痛みは依然として止まないし、魔力は止めどもなく溢れ、消えていく。
涙で歪んだ視界が、誰もいない世界を映す。
誰もいない、何の音もしない、どんな色も霞んでしまう、救いの一つもありはしない世界。

「また、アイドル、やるんだろ? いつか最高の笑顔、見せてくれるんだろ?」

 “本田未央”は、もう死んでいる。
その事実が今の鳴海には何よりも重かった。

「寝てるんじゃ、ねぇよ。なァ、起きてくれよ!」

 鳴海は両手を未央の頭に回し、抱き寄せる。
冷たい身体は、抱き心地が悪い。それでも、鳴海は強く、ぎゅっと、強く抱き締める。
どれだけ抱き締めようが、返ってくる力はない。
彼女の着ていたパジャマは薄く、つるりとしていて、すぐ下には柔らかな肌があった。
されど、温度のない身体は嫌でも理解させられる。
掌の冷たさ、皮膚の内側にある骨の硬さが心に響く。

「オレのせいで、オレが間違えて、オレが、オレが――――!」

 抵抗もなく、未央の頭が、鳴海の胸に収まったのは生命がない証拠だ。
二人の体温はもう交じり合うことはない。二人が言葉を交わすことも、二人が一緒に歩くことも、永遠にない。
消える最後の瞬間まで、この聖杯戦争は加藤鳴海が報われることなく、終わる。

「あ、ああぁ、あ、あぁああああっ、ああ、あああぁあぁあぁぁああああぁあああ!!!!!!」

 夢は虚構であった。そして、過去の幻想であった。彼女達の願いに、奇跡は微笑まない。
アイドルから逃げた少女も、理不尽な運命に立ち向かおうとした男も、絶望の前では無力だ。
何よりも美しく、何よりも価値があると信じた願いに殉じた彼らに待っていたものは、無味無臭の終わりだった。
彼らが成し得たかった明日は、何処にもありやしない。
朽ちて、歪んで、消える以外、彼らには残されていなかった。












 此処が自分の死に場所なのだろう。
未央は、目の前で起こった結末を見て、薄っすらと自分の行く末を理解した。
もう、元の日常には戻れない。自分は、アイドルになれないまま死ぬ。
逃げた仲間達に謝ることすらできず、どことも知れない場所でいなくなる。
それが、あの舞台から逃げた自分への罰なのかもしれない。
この胸に燻った想いを抱えたまま、死ななくてはならない現実を受け入れることこそが、罰と呼べるのだろう。
本田未央の人生は最後まで報われぬまま終わっていく。みくや鳴海を置いて、死んでいく。

「重ねて言うヨ。考え、改める気はあるカ?」
「ない。私はみくにゃんも、あのサーヴァントも殺さない」

 それは予想外に、柔らかな声だった。未央からすると敵であるマスターにかけるべき声色ではないと感じられる。
優しくて、人間味があって、されど諦めの混じった声に、彼女の本来の姿を見た気がした。
睨むような目だったが、悪意は感じない。どこか寂しげに観察するその眼に、未央は少し安心してしまった。

「仲間から逃げて、この聖杯戦争でもしろがねから逃げて、それでまた、仲間から逃げて……!
 私はもう、逃げたくない! 目を背けたくない!」

 逃げたい。諦めたい。仲間なんて知ったことか。
そうして、生き永らえる選択肢を手に取れたら、どれだけよかったことか。
けれど、未央はそこまで非情になれなかった。自分のことだけを考えて生きていける程、冷たく在れなかった。

「逃げて、逃げて、逃げた先で、私は――笑えないよ。今度こそ、本当に笑顔を忘れちゃうよ」

 最後の一秒まで、本田未央は自分らしく生きていく。
ずっと、夢を見て、願いを信じて。
忘れてしまった笑顔をいつか取り戻せることを胸に秘めて。歩くような速さで一歩ずつ進んでいく。
その足跡が此処で途切れようとも。本田未央の存在は確かに此処に在ったのだ、と。

「……それに、私と違ってみくにゃんならきっと――アイドルになれるから。
 私の代わりに夢を叶えるよ、絶対にね。
 皆に慕われて、ファンからも声援を受けて、キラキラと光る一番星になるって信じてるから」

 悔しい、嗚呼悔しい。
何故、こんな所で死ななくちゃいけないのか。
夢半ば。否、夢の始まりにようやく立っただけの自分が無念を言い表しても、軽いだろう。
がむしゃらに夢へと手を伸ばして、アイドルになりたいと恋い焦がれたみくと比べたら、自分は――どうしようもなく、薄っぺらい。

「だから、だから――――っ!!!!!」

 それでも、輝きの向こう側へと行きたかった。
皆と一緒に過ごしたかった。一緒に頑張ってくれる仲間もできて、ようやく向き合えたのに。

「私は、間違っていない! 仲間を殺さないこの選択肢を、正しいって信じる!!!!
 何度やり直しても、私はこの選択肢を選び続けるっっ!!!!!」
「…………残念ネ。本田未央、君を切り捨てて、私は進むヨ」

 その言葉とは裏腹に、躊躇なく撃ち込まれた銃弾は未央の心臓を一直線に食い破った。
走馬灯なんてものはなく、一瞬で意識は闇の彼方へと消えていく。
ただし、表情だけは。こんな死の間際にすることではないけれど。
口を少し緩めて、アイドルがファンの前でするように。

(さよなら)

 どうせ死ぬなら、笑顔で逝きたい。
死に様としては、苦痛で歪んだ表情よりも、ちょっと不格好な笑顔の方がいくらかましな気がする。
造り物。無理矢理にしたくもないのに作った笑顔。
やっぱり、笑顔は心の底からしないと不格好になるなぁ、と自嘲する。

(……………………ごめんね)

こうして、加藤鳴海の与り知らぬ所で未央は命を散らした。
それが、二人の信じた選択肢の終わりであり、彼らの物語に続きはない。
もう二人の約束は、果たされない。
笑顔を取り戻したいと願った主従の最期に、心からの笑顔はなかった。



【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ 死亡】
【加藤鳴海@からくりサーカス 消滅】



【C-8/アイドル女子寮/二日目・午後】

【キャスター(超鈴音)@魔法先生ネギま!】
[状態]魔力消費(極大)
[装備]改良強化服、ステルス迷彩付きコート
[道具]時空跳躍弾(数発)
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える。
1. 純黒のサーヴァント(球磨川禊)を何とかして排除する。前川みくを殺すことで退場させたい。
2.明日菜が優勝への決意を固めるまで、とりあえず待つ
3.打って出る。新都へと赴き、みくを暗殺する……ことは無理なので、退却。
4.T-ANK-α3改を放って、マスターを暗殺する。
[備考]
ある程度の金を元の世界で稼いでいたこともあり、1日目が始まるまでは主に超が稼いでいました
無人偵察機を飛ばしています。どこへ向かったかは後続の方にお任せします
レプリカ(エレクトロゾルダート)と交戦、その正体と実力、攻性防禦の仕組みをある程度理解しています
強化服を改良して電撃を飛び道具として飛ばす機能とシールドを張って敵の攻撃を受け止める機能を追加しました
B-6/神楽坂明日菜の家の真下の地下水道の広場に工房を構えています
工房にT-ANK-α3改が数体待機しています
チャットのHNは『ロマンチスト』。




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しろがね(加藤鳴海)
キャスター(超鈴音) :[[]]

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