レンズの選び方


はじめに


 大判カメラの機構はきわめて原始的で単簡なものです。写真の父、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによって写真機が生み出されてより今日に至るまで、大判カメラの構造はほとんど変わっていません。レンズがあり、ピントを調整するための蛇腹があり、像を確認するためのピントグラスがあります。これだけです。

 原始的であるということは扱い易くするための機能がないということです。使用者に一定の伎倆が要求されるということです。しかし、その代わりに自由です。

 あなたが望むならばかつてダゲールが用いたレンズで父と同じように撮ることもできます。ルイス・キャロルが少女たちの姿を美しく硝子に留めたように撮ることもできます。光学技術の粋である現代レンズで最高の画質を求めることもできます。極論すれば――凡そ大判カメラで使えないレンズはないとも言えるでしょう。

 とはいえ、最初に選ぶのであれば扱いの単簡な現代的大判用レンズが好適です。大判カメラの焦点距離を35mm判換算にする為の係数はシノゴで0.28倍, バイテンになると0.14倍にもなります。一般的に使用される中判カメラの比率で最大となる6x9判の係数が0.43倍でしかない事を考えると、大判カメラで使われるフィルムのサイズがわかるという物です。

 この係数の為に43~60mm前後相当になる「標準レンズ」の焦点距離とはシノゴで150mm~210mm前後、バイテンでは300mm~430mm程度を指します。どれも35mmでは望遠~超望遠域にあたるものです。真っ新な状態から大判カメラ(シノゴ)を始めようと思うのであれば、まずは125 mm~180 mmの準広角-標準域のレンズに加え、75 mm~90 mm程度の超広角レンズがあれば大抵の撮影に故障はありません。

最低限必要なもののページにも記載しましたが、まずどれか一つ、というのであれば以下のフジ/ニコンのリストからどれか一本購入すれば困らないでしょう。どのレンズも日本国内において流通している中古品が多く程度の良い物も探し易いですし、何より日本を代表する(していた)大判レンズメーカーであったニコンとフジフイルムの製品ですから、例えあなたが大判カメラの初心者を脱したとしても無駄になる事は絶対にありません。
フジフイルム
  • CM Fujinon W 125mm F5.6
  • CM Fujinon W 135mm F5.6
  • CM Fujinon W 150mm F5.6
  • CM Fujinon W 180mm F5.6
  • Fujinon W 125mm F5.6
  • Fujinon W 135mm F5.6
  • Fujinon W 150mm F5.6
  • Fujinon W 180mm F5.6
ニコン
  • Nikkor W 135mm F5.6/5.6S
  • Nikkor W 150mm F5.6/5.6S
  • Nikkor W 180mm F5.6

 以下、本項では大判用レンズについて解説します。

大判用レンズを選ぶ

レンズメーカーとしては
  1. Schneider Kreuznach(シュナイダー・クロイツナハ)
  2. Rodenstock(ローデンシュトック)
  3. 富士フイルム
  4. ニコン
の4社が基本でしょう。これ以外にも米Eastman Kodakや独Goertzをはじめとして無数のメーカーが大判レンズを供給してきましたが、まずは上記4社のどれかのレンズを購入すると安心です。

 残念ながら大判レンズの新品は富士フイルムとニコンが製造を辞めてしまった為入手が難しくなりつつあります。流通在庫が多少は存在するでしょうが、気軽に見つかる物でもなければ中古との値段の差から入手に躊躇する事でしょう。独Schnider KreutznachとRodenstockもプロの機材がデジタルバックに以降しつつある事から4x5判以上をカバーするレンズの製造は辞めてしまっているようです。流通在庫を覗き基本的にレンズは中古で購入する事になります。

 さて、他のカメラでレンズを購入しようと思った時に、気にする点にはどのような物があるでしょうか?勿論描写こそ最も重要な点である事に異論はありませんが、その他で言うと焦点距離、重量、そしてF値でしょう。(大判カメラにはズームレンズが存在しないのでズームレンジを考える必要はありません。)

 大判カメラのレンズを選ぶ上ではこれらに加えてイメージサークル (IC)という物を理解しなくてはなりません。イメージサークルとは、レンズが焦点を結んだ時に写し出す円の直径を指します。簡単に言うならばこのICが大きいレンズはより大きなアオリを許容し、撮影において自由度を高めてくれるという事です。しかし一般的に大きなICのレンズはレンズ自体のサイズも肥大化していく傾向にあり重量も増加します。場合によってはサイズの限界から軽量なフィールドカメラでの使用に制限が出る事すら。焦点距離は勿論ですが重量、IC、F値。この3点でどのレンズを持つべきか悩むのが大判レンズ選びです。

大判レンズの構造


 135や120フィルムを使用するレンズ交換式カメラにおける交換レンズは、タムロンのアダプトールシステムなどのような極一部の例外を除いてレンズとヘリコイドを一体の構造に組込み、その後端にカメラとの接合部たるマウントを取り付けた形をしています。

 これに対して一般的な大判レンズにはヘリコイドもマウントもありません。被写体側から「レンズ前群」「シャッターユニット」「レンズボード」「締め付けリング」「レンズ後群」の5ブロックからなる事が殆どです。レンズ前群をネジ込んだシャッターユニットをレンズボードの穴に嵌め、レンズボードに空いた穴から飛び出ているシャッターユニット後端部に固定用締め付けリングを捩じ込む事でレンズボードをシャッターユニットとリングで挟み込んで固定。最後にシャッターユニット後方にレンズ後群をネジ込みます。


 この完成した状態のレンズは、レンズボードという板部分をカメラボディが保持する事でマウントされます。つまりレンズ自体には物理的なマウントがなく、共締めされたレンズボードをカメラが保持する事で撮影位置にレンズが保持されているのです。

画像はLinhof スーパーテヒニカVにレンズがマウントされている様子です。上下の銀色の爪がレンズボード(黒色の板)を咥え込んで固定しています。中央に見える円形の"Copal No.0"の表記があるのがシャッターユニットで、その更に内側にある"Color Tamron"の表記がある部分がレンズ前群本体です。


シャッターユニット

 プレスカメラ(時代設定の古い映画などで新聞記者が両手で構えている箱型の大きなカメラ)の一部を除くと大判カメラ本体はシャッターメカニズムがありません。一般的には上記「構造」の部分でも触れたレンズ前群後群の間に存在するシャッターユニットを用いる事で露光時間の管理を行います。このユニットは規格化されておりレンズ前/後群を捩じ込んで使います。普通のレンズならば0番,1番,3番の3種類のうちのどれかが使われるでしょう。広角レンズなら0番、準広角から中望遠程度までが1番、中望遠から望遠が3番と覚えておけばまず間違いありません。

市場ではドイツのコンパー、日本のコパル、セイコーの3種類が最も多く流通しています。セイコーはコンパーに構造が近く、またコパルは独プロンターのシャッターに構造が近いとされています。信頼性はコパルシャッターの方が高い為、可能であればコパルシャッターに捩じ込まれた個体を購入する事をオススメします。

勘違いしてはいけない点としては、シャッターユニットは必ずしも必要な物ではないという事が上げられます。勿論シャッターユニットを組込む事が前提となっているタイプのレンズでは必要ですが、レンズシャッターが開発される以前写真家達はレンズキャップの開け閉めで露光時間を調整していました。大判レンズはF22やそれ以上まで絞って使うのが普通ですし、それに低感度のフィルムを組み合わせれば露光時間が数分に達する事も珍しくありません。この場合キャップ着け外しでの露光管理でも写真が撮れてしまいます。

大判レンズ用のシャッターユニットはプレスシャッターと呼ばれるタイプの物以外ではシャッターチャージとリリースが独立しています。写真を撮る前に必ずシャッターチャージが必要になるので覚えておきましょう。


レンズボード

上でも述べましたが、一般的なレンズのマウントとしての役割(+レンズの捩じ込まれたシャッターユニットを支える)を担う板です。各社各様種類があり相互の流用は出来ません。ですが、その名が示す通りただの板である為、大型ボードを使うカメラには小型ボードをアダプタ経由で取り付ける事が出来ます。元々平面性を保つ為、レンズやシャッターユニットの重量に耐える為等々種々の理由から金属製か木製が一般的でした。近年では3Dプリンタ製の物も流通するようになってきています。

このレンズボードの大判カメラにおけるデファクトスタンダードになっているのは独リンホフ社がスーパーテヒニカIV型から採用した「リンホフボード」と呼ばれるタイプです。とりあえずこのボードにマウントされたレンズを買っておけばどのカメラを購入しても取り付ける事が出来る(取り付ける方法がある)ことでしょう。ただしリンホフボードは比較的小型のレンズボードです。レンズボードよりも大きなレンズ(まず4x5用では見ないでしょうが)は当然ながら取り付ける事が出来ません。この為、リンホフボードの上のサイズのデファクトスタンダードとしてスイスのジナーが採用しているジナーボードが使用されています。

猶ジナーボードがリンホフボードよりも大きいという事は、ジナーボードにリンホフボードを取り付ける為のアダプタが存在します。アダプタを複数重ねる事はあまり推奨されませんが、やろうと思えばトヨビュー(ジナーボードよりも更に大きなボードを使うカメラ)にトヨビューボード→ジナーボード→リンホフボードとアダプタを二段重ねにしてリンホフボードを取り付ける事も可能です。勿論本来はトヨビューボード→リンホフボードとアダプタ一つで済ませる方が賢明ではあるのですが。

大判カメラ用レンズを収集していると、往々にしてレンズエレメントもシャッターもあるのに取り付けリングがないという事態に遭遇しがちです。
その場合、リングだけを入手できればいいのですが、最悪リングを製作してもらう必要があるかもしれません。
3Dプリンタで出力する等方法はあるのですが、専門で加工してくれる業者に頼むのも手でしょう。
有名所としては
  • SK Grimes
  • CUSTOM PHOTO TOOLS
などがあります




最終更新:2020年12月24日 16:59