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ハラキリサイクル(下) 忍法・神落とし

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ハラキリサイクル(下) 忍法・神落とし ◆LxH6hCs9JU





 【幕間 彼女と彼女の会話】


「朧よ。おまえは伊賀鍔隠れ衆頭領の娘でありながら、ついになんの忍法も身につけなんだふつつかな子じゃ」

 いつの日だったか、お婆様はそう申されました。
 返す言葉もございませぬ。わたしは伊賀鍔隠れ衆においても一等のおちこぼれ。
 剣を振れぬ、闇に忍べぬ、技を放てぬ、人を殺せぬ、敵を討てぬ、それどころか同胞の者すら穢してしまう。……

「ただ……そなたの目のみ、生まれついての不思議な力を持っておる」

 わたしの目。
 生まれ持っての破幻の瞳。
 如何な忍法とて打ち消してしまう、滅びの術。

「それは忍法ではない……婆が教えたものでもない……婆はその目が……おそろしい……」

 伊賀鍔隠れ衆の中で、誰がこの瞳を好いてなどいましょうか。
 忍法破れるは忍者にとっての致命傷。大敵は身内にこそ有りと、自覚できぬ彼らではありますまい。
 わたしが伊賀鍔隠れ衆頭領の娘でなければ、討たれたとて文句は言えぬ身の上。……わたしとて、この目が忌々しい。

「おまえのその目は、いつか鍔隠れを滅ぼす……その内から、禍の根幹となろう……」

 もう、手遅れなのですお婆様。
 このわたしはもはや、鍔隠れ衆とは言えぬおおばかものなのです。

 陣五郎の術を破った。
 小四郎の術を破った。
 天膳の術を破り伊賀を滅ぼした。

 わたしは伊賀永年の繁栄よりも己の恋を取り――そして、破れたのです。
 この目が仲間の忍法を打ち破るがごとく、己が命すらも。

「ふびんや! しょせんは星が違うたか……」

 いいえ、不憫などではありませぬ。
 この身は弦之介様に捧げるが星のさだめ。
 わたしはあの方に斬られ命を落とすのです。
 そのためならば、たとえ鬼にもなろうと。
 それが今のわたしの本望にして本懐。

「斬られるために生きるとは……恋うた男はそれほどか。さすれば朧よ、その破幻の瞳……このときばかりはおまえに味方しようぞ」

 わたしの目が、わたしの力になると仰られるか?
 長らく忌んできたこの目が、弦之介様への想いの助けとなりましょうか?
 お婆様。それは戯言(たわごと)が過ぎますぞ。――

「否! 朧の瞳が破るは忍法のみにあらず! 幻を! 魔を! 異を! 神を! 戯言とて破ろうぞ!」

 神を、そして戯言を……と?
 お婆様、わたしの目はなにを見据えようものですか。
 わたしにはわかりませぬ。なにを見、なにを見なければよいのか。

「見えるものを見れば良い! これぞ忍法・戯言破り――神すら落とし至る破幻の秘術なり!」



 ◇ ◇ ◇



 【3】


 朝焼けの光を投じた堀、水のたゆたう様のなんと美しいことでしょうか。
 黄昏色とはいくまいが、あの日あのときの安倍川を思い起こさせるには十分。
 伊賀の朧が一度は死んだ土地。水辺にて葬られしこの身が、再び水辺に辿り着いた。

 ここが、
 この地こそが、
 到達点なのでしょうか。

「――見つけたっ!」

 後ろから追ってきたのは、《すずみやはるひ》なるかぶきの者。
 共に弦之介様の御身を探してくださると、このような状況下で申してくださった豪気なる方。
 ああ、しかしこの地において弦之介様の命ほど価値のあるものがありましょうか。
 あるはずもない。あるはずがなかろうが。弦之介様以外の命は、この朧が絶つと誓った。――

「なんで追われてるのか、それくらいはわかるわよね――朧ちゃん」

 ゆえにわたしは顔を変えぬ。
 声も発さぬ。
 文言を交わすは至上の無為。
 気づかぬか。
 気づきいや、女人のかぶき者。

 わたしはおまえを斬る。おまえと共にいた男のほうも斬る。
 おまえが語った《えすおうえすだん》なるものたちもみな。
 剣術も殺法も知らぬ伊賀のおちこぼれに、斬られるのだぞ。

「返答しだいじゃ撃つわよ」

 暗器と思しきもの――弓であろうか?――を取り、こちらを威嚇する。
 あれがどういったものかは知れぬが、あれに込められし殺意が放たれれば、たちまち死に至りましょう。
 されとて、死ぬわけにはいかん。死ぬわけにはいかぬのです。

 ゆえにわたしは刀を下ろさず、これを斬って捨てる覚悟で待つ。
 さあ、放たれよ。鍔隠れ直伝の一刀が、その矢を切り払おうぞ。

「まずは説明。なんでいーとあたしを襲ったのか。そこから話してちょうだい」

 交わす言葉など、ありはしませぬ。
 放ちなされ。わたしはおまえらを斬ろうとした者なれぞ。

「喋んなさいよ。これは警告のために構えてるんだからね。どっちが速いかなんて、一目瞭然でしょ?」

 ……なぜ。
 なぜ、放たぬ。
 おまえはわたしを討つためにやって来たのではないのか。
 己が野望のために慈悲を捨て、おまえらに手をかけようとした哀れなる咎人を。――

「……ねぇ朧ちゃん。あたし、無視されるのが嫌いなの。説明が難しいようならまず、なにか反応の一つでもしてみなさいよ」

 なにゆえ言葉を交わしたがる。
 互いが身命と刃を構え合い、どうして正気でいられる。
 常在戦場の理を知らぬかかぶき者。ここでは誰が誰に殺されようとも不思議ではあらぬ。

 なのになぜ、わたしを斬らぬ。
 なぜわたしは、あの者を斬らぬ。

「喋りなさい。これは団長命令よ。あなたはSOS団の仮入団を果たした仮団員なわけだから、団長の命令には絶対服従」

 あの者を斬ったところで――我が願いは叶わぬからだ。
 なぜ、今の今まで気づかなんだか。
 天の思し召しによれば、弦之介様は死なれたと申す。――

 いったい誰が。
 どこの誰ぞが、弦之介様を討たれた。
 小四郎か、天膳か、この地に潜みし伊賀者か。――?

 否。

 甲賀弦之介を討てるのは鍔隠れ広しといえど、この朧のみ。
 あの奇怪なる瞳術に対抗しうるは、生まれ持っての破幻の瞳のみ。
 弦之介様がわたし以外の者に討たれようはずもない。
 討たれようはずが、ないのだ。

「あっ」

 わたしの口から声が出た。
 誰の耳にも入らぬほどの小さな声が、零れた。

「――っ、なにか喋んなさいよっ!」

 おまえの――あなたさまの声はもはや、この朧の耳には届きませぬ。
 いや、あるいはあなたさまのおかげかもしれませぬな。
 わたしはここに――彼岸にと至り、ようやっと真相に辿り着きました。

 最強の瞳術を持ってして、弾正亡き甲賀を支えた弦之介様。
 我ら伊賀者にとって大敵となろうそのひとが、わたし以外の者に討たれようはずもない。

 ならば答えなど一つ。
 弦之介様、あなたは討たれてなどおりませぬ。
 ただ少しばかり、朧よりも先に逝くことを決められただけ。

 そうでありましょう?

 あなたさまは、自らその命を絶たれたのでありましょう。――?

「――そんな魂胆でいる誰かさんには付き合ってられないのよ、ねえ!」

 なんと。

 なんと、愛しげな。

 彼岸の先にてこれを待つ、と。

 あなたさまに斬られようとしたこの朧に、お教えなさるか。

 わたしのすぐ後ろに控える水の底が、なによりの証拠。

「ああ……弦之介様の瞳の前では、わたしの浅はかな望みなど見透かされているも同然……」

 あの地。あのときは。
 安倍川ほとりにて、伊賀最後の一人は甲賀最後の一人を斬れなんだ。
 同じく甲賀最後の一人も、伊賀最後の一人を討つことはできなんだ。

 選び取ったは愛ゆえの自決。
 此度の一件は順逆が変わっただけのこと。
 変わらぬ。なにも変わってなどおりませぬ。

「ああ、ああっ」

 弦之介様。

 すぐにとはいきませんでしたが、ようやっとわかりました。
 あなたさまが導いてくださったのですね、弦之介様。
 さすれば二人のかぶき者は、彼岸よりの遣いか。

「一緒に来るのよ、朧ちゃん」

 歩みましょう。
 またいつぞやのように、おぶってもらうことはかなわぬ。
 自らの足で、あなたさまのもとに追いつくほかありますまい。

「朧、ちゃん……?」



《伊賀の朧が愛せし男は、冥土にてこれの到来を待つ》。



 参りましょう。

 朧は、これよりあなたのお傍に参ります。

 どうかいまいちど、いまいちどだけ、この朧を愛してください。



「大好きです、弦之介様」



 ◇ ◇ ◇



 【4】


 背中の治療、といっても人間の目は自分の背中を見渡せるようにはできていないわけで、一人でやるとなると当然難儀する。
 いくら治療のための道具が手元にあるからといって、素人仕事ではかえって傷を抉りかねない。
 それに傷もどれだけ深いかわからないし、どうにも面倒なので、ぼくは治療を放棄した。

 今はそんなことよりもまず、ハルヒちゃんと朧ちゃんの行く末だろう。
 追う立場と追われる立場に分かれた二人は、はたしていったいどうなったのだか。
 後日談として語ってくれる親切な請負人はここにはいない。
 なら億劫ではあるけれど、自分の目で確かめに行くしかないだろう。

 しかしどこに行ったのか、あてもない。探すのは治療よりも難儀する。
 と思っていたら、案外簡単に見つかった。堀のすぐそばに二人はいる。

 実体の知れぬ涼宮ハルヒと、上の名前が知れぬ朧。
 互いに刀とクロスボウを向け合い、にらみ合っている。

 第三者の目線で言わせてもらえば、遠距離射撃武器を持つハルヒちゃんが圧倒的に有利。
 ただしそれは二人が敵対していれば、結果と勝敗がイコールならば、という前提つきの分析。
 本当はもっと深刻で残酷な状況。それに伴う結末は、もちろん深刻で残酷な結末。

 ハルヒちゃんにとっても、朧ちゃんにとっても、もしかしたらあの人類最悪にとっても。

 では、ぼくにとってはどうだろう?

 それはきっと、まだ明らかにはならない。

 しばらくして、ハルヒちゃんが動いた。
 なにを思ってか手に持っていたクロスボウを放り捨て、丸腰で朧ちゃんに歩み寄る。
 なんて《らしい》。この数時間で、涼宮ハルヒの《らしさ》とはなんなのか、そんなところまでわかったのか。
 自惚れるなよ戯言遣い。人の心なんてわかるものか。ただでさえ、《機関》なんて団体に神と崇められているような少女の心だぞ。

 まったく、戯言だ。

 どちらにしたって、ハルヒちゃんのこの行動がなにを誘発するかなんてわかりきってるってのに。
 いや、朧ちゃんの心だって見透かせるような代物じゃないんだから、なにが起因になったかなんてわからないけれど。


 結果として、朧ちゃんは自分の胸を刺した。


 左乳房のやや下あたり。
 スッと差し入れ、続いてグッと横にずらす。
 鮮やかなはした色の着物から、鮮血が滲むのが見えた。

 朧ちゃんの表情は、妖艶な微笑。
 ハルヒちゃんの表情はここからでは見えないが、その足は止まっている。

 やがて朧ちゃんの体が、ぐらりと揺れた。
 瞳の色は変わらぬまま、しかし体は激震。
 しだいに立っていられなくなり、後ろへと傾く。
 朧ちゃんが立っていたのは堀の際、だから。
 そのまま堀の中へと、落ちた。

 城砦周りの水掘りは、敵の侵入を防ぐため容易ならない深さになっている。
 落ちたらまず這い上がってはこれない。這い上がるための格子みたいなものがないし、なにより。
 自分のおなかに刀なんて刺したままの娘が、水の脅威に抗えるはずもない。

 切腹。
 ハラキリ。
 公開自決。

 三人だったそこは、二人になった。
 二人だったあそこは、一人になった。
 一人が欠けてしまった。

 ぼくとハルヒちゃんの目の前で。
 朧ちゃんは死んでしまった。

「…………」

 ぼくは朧ちゃんの《死そのもの》を受け止めるため、堀の際へと歩み寄った。
 鮮やかな水色が、赤く淀んだ色に変わっている。
 朧ちゃんの影は、ない。

 ハルヒちゃんは立ち止まったその場から動かず、いつの間にかへたり込んでいた。
 視線は朧ちゃんが沈んだ堀へと向いていて、ぼくの存在には気づいているだろうが声をかけない。

 じっくり、観察する。
 その表情は自然、古泉一樹が提唱したあの説を呼び起こさせる。

《涼宮ハルヒを絶望させる》。

 これ、か?
 これこそが、一樹君の求めていたものか。

 ぼくにはわからない。
 ひょっとしたら、これからわかるのかもしれない。

 さしあたってどうするべきか。
 とりあえず、無言ではいられないだろう。

 ここでトドメを刺すか、救いを齎すか、戯言遣いならどうするべきだ?

 まったく。

 戯言遣いが慎重に言葉を選ぶだなんて、それこそ戯言だよ。



【朧@甲賀忍法帖 死亡】



【D-4/堀付近/一日目・朝】

【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:不明
[装備]:なし
[道具]:デイパック、基本支給品
[思考・状況]
 基本:この世界よりの生還。
 0:???
[備考]:
 クロスボウ@現実、クロスボウの矢x20本は涼宮ハルヒのすぐ近くに転がっています。

【いーちゃん@戯言シリーズ】
[状態]:健康
[装備]:森の人(10/10発)@キノの旅、バタフライナイフ@現実、トレイズのサイドカー@リリアとトレイズ
[道具]:デイパック、基本支給品、22LR弾x20発
[思考・状況]
 基本:玖渚友の生存を最優先。いざとなれば……?
 0:ハルヒちゃんにどんな言葉をかける――?
 1:当面はハルヒの行動指針に付き合う。
 2:一段落したら、世界の端を確認しに行く。
 3:涼宮ハルヒを観察。ハルヒの意図がどのように叶い、どのように潰えるのかを見たい。
[備考]
 涼宮ハルヒは、(自分も気づかないうちに)いーちゃんの『本名』を言い当てていたようです。



 ◇ ◇ ◇



 【幕後 彼と彼女の会話】


「――戯言っていうより傑作だな、これは」

 そうですか? 個人的には戯言まみれだったと思いますけど……具体的にどのへんが?

「全部だよ、全部。なにからなにまで仕組みっぱなし。こうも思いどおりにいくと、全体で見りゃ傑作だろう?」

 思いどおりに、ね。
 思いどおりにいったことなんて、なにひとつありゃしない。
 ぼくもハルヒちゃんも朧ちゃんも、三人とも誰かさんに意図を外されっぱなしでしたよ。

「おまえにしちゃ白々しい嘘だな。いや、白々しいからこそおまえらしい、かな? ん? いーたん。
 ずばり言わせてもらうけど、おまえは最終的にこうなることを読んでたんだろう? だからいくつか布石しといた」

 占い師じゃあるまいし、ぼくに未来を見通す力なんてあるわけないでしょう。

「未来なんて大層なものじゃないさ。これはいくつか数のある《当然の結果》、そのうちの一つだよ。
 おまえはその中で最も確率の高いほうに駒を動かしておいた。
 そしたら万事計画どおり、駒は勝手に動いてくれた。そのへんは戯言遣いの十八番ってところだろう?」

 仮にあの結末をぼくが想定していたしましょう。だからどうだって言うんですか?
 結果だけ言えば朧ちゃんは死んで、ぼくとハルヒちゃんは精神的にどん底だ。
 誰がなにを得したわけでもない、後味の悪い終わり方。それを読んでいたからどうなると?

「《もったいない》と思ったのさ、おまえは」

 もったいない?

「ああ。《朧がただ単純に自殺するのはもったいない》。動機みたいなものがあるとしたらこれだな。
 おまえはこの結末を読み終えてから、この一件を《演出》することに決めた。――涼宮ハルヒがより絶望を背負い込むように」

 …………。

「お、早くも沈黙したないーたん? なら続けるぞ。おまえは朧との出会いで涼宮ハルヒを絶望させる好機を得た。
 だから《試しに》涼宮ハルヒを絶望させてやろうと思ったわけだ。古泉一樹の唱えたあの仮説があったから。
 話の内容は荒唐無稽だし、付き合ってやるのもばかばかしいけど、試す機会があるなら試してみるのが人だろう?
 それも比較的デメリットが少ないやり方で実験できる。これ以上の好機はなかなかにしてない。だから実行に移した」

 ……まるで、ぼくが朧ちゃんを殺したみたいな口ぶりですね。

「は、まさか。あたしはそうまで言っちゃいないさ。朧を殺したのはあくまでも朧本人だ。
 いや、強いて言うなら《朧を斬る》という役目を果たせず先立っちまった甲賀弦之介のせいか?
 まあ内情はともかくとして、これは誰がどう見ても自殺。犯人も加害者もいやしないよ」

 ぼくが口八丁で朧ちゃんを自殺に追い込んだとしたら?
 それは十分に、ぼくの非に――ぼくが殺したと言えるんじゃないですか?

「口八丁、ね。ないない。だっておまえは今回、朧と一言も会話していないじゃん」

 ええ、そうですね。

「戯言遣いが言葉もなしに人を殺すことなんてできるかよ。それこそ自惚れだ」

 まったくもって、そのとおり。
《寡黙な戯言遣い、ただし武闘派殺人鬼》――なんて、埒外にもほどがある。

「かはは、それなんて傑作」

 声真似するのやめてください。

「うにー。いーちゃんがおこった。いーちゃんきらいっ!」

 やめろ。

「む、ここぞとばかりに凄んできやがって。ここが《別枠》だからって調子に乗ってるな?」

 調子に乗ってるのはそっちでしょう。
 出張してくるなら正規の手続きを踏んでからにしてくださいよ、まったく。

「ははっ、まあ許してやろうじゃないか。と、どこまで話したっけ……」

 ぼくが《涼宮ハルヒをより絶望させるために演出した》とかなんとかって話でしょう。
 朧ちゃんが死んだのはぼくの仕業じゃない。ならいったいぜんたい、ぼくはなにをしたっていうんですか?

「涼宮ハルヒと朧を一対一にした」

 即答ですか。

「ああ、即答さ。話を遡るが、おまえはあらかじめ朧の思惑を予想していたわけだ。《ああこいついつか裏切るな》って。
 その動機に関しても、大体は予想できてたんだろう? 甲賀弦之介を生かすために他の人間を皆殺し、っていう風に」

 愛しき人のために、ね。
 ぼくが赤の他人の愛やらなんやらを、ハルヒちゃん以上に悟ったと言いますか。
 それこそ極大級の戯言だと、ぼくは思いますがね。

「そんなに難しいことじゃないさ。要はおまえがここで初めて会った古泉一樹。あいつの目的をストレートにしただけなんだから」

 そんなに単純ですかね?

「単純だよ。実に単純だ。少なくとも、ああいった環境に置かれた人間の思考は単純になりやすい。
 朧の場合は特殊で、なんか既に一度死んでるみたいでもあったしな。そのへんは最初っから吹っ切れてたんだろう」

 そんな本人しか知らないような情報引っ張ってこないでくださいよ。

「なんにせよ、そういう単純な人間の思考は読みやすい。人の心がどうのこうの、愛がどうのこうの、そういうんじゃないんだよ。
 どちらかというとあれだ、読唇術の心得に近い。未来予知やテレパシーなんぞ使えなくても、人間は先読みってものができるのさ」

 ぼくの場合は経験則からっていうのもあるんですがね。
 表面上の朧ちゃんみたいなキレイな人間、そうそう身近にいるはずもありませんから。

「けどその予想は、ちょっとばかし外れちゃったんだよな」

 外れましたね。ぼくはてっきり、朧ちゃんが癇癪でも起こすものかと思っていたんです。

「朧は放送で甲賀弦之介の死を知った。取ったリアクションは《泣く》だ。純粋な悲しみから来る失意。
 そこに殺意が入り込んでくる余地なんてあるはずもない。それだけ朧にとってはショッキングだったんだろうな」

 悲しみが怒りを凌駕するなんて、真にその人のことを想っている証明ですよ。これは小説の受け売りですけど。

「まあなんにせよ、朧はその時点ではおまえらに襲い掛からなかった。悲しむのでいっぱいいっぱいだったから。
 じゃあ悲しみ終わったら朧はどうするか? これも簡単な予測だよ。生きていて欲しいと願った男が死んだんだ」

 ――当然、後を追って自分も死ぬに決まってる。

「それだけの深さだってことを、おまえは放送の後に思い知った。だからその上で利用するべきだと思い至った。
 当初の予想からは少しばかり外れたけれど、おまえにとっちゃ都合がいいほうに転んだってところだろう?
 上手く演出さえしてやれば、こっちのほうが絶望は大きくなる。計算高いねぇ、まったく」

 けど朧ちゃんが後追い自殺したからって、ハルヒちゃんはそれほど絶望しませんよ。
 いくらハルヒちゃんだって、出会って間もない人間にそこまで肩入れはできないでしょう。
 それがなにをどう演出すれば、自分に凶刃を向けられるよりもさらに絶望するっていうんです?

「だからさっき言ったじゃねーか。朧と涼宮ハルヒを一対一にする。そうすることで、おまえは涼宮ハルヒに重荷を背負わせた」

 つまり?

「おまえは涼宮ハルヒに最終的にこう思い込ませたかったわけだ――《あたしが追い詰めたから、朧ちゃんは自殺した》」

 ……どうやったって無理でしょう、そんなの。

「かもな。おまえにしても、だめでもともとだったんじゃないか? どっちにしたってデメリットは少ないだろうし」

 けどメリットは多かった。そしてそれは成功と言える結果に至った。そう言いたいんでしょうけど。

「わかってるじゃん。朧が一人で出て行った後、おまえ涼宮ハルヒにいろいろ喋りかけてただろ?
 変に人殺しについて討論したりしてさ。長門有希を殺した犯人と、この後おまえらに襲い掛かる朧を、ダブらせようとした。
 これが朧と涼宮ハルヒを一対一にさせるための布石。涼宮ハルヒが朧に構わなけりゃ、話は始まらないからな。
 ただ涼宮ハルヒに揺さ振りをかけるだけじゃ、条件は揃わない。ある一人の邪魔者を排除する必要があった」

 誰ですか、それ?

「おまえだよ、いーたん。登場人物三人なんだからおまえしかいねーだろうが。
 朧が出て行った後、おまえ自分から斬られに行っただろう。あたかも《名誉の負傷退場》と思わせるみたいに」

 自分から斬られに行った、って……どんだけマゾなんですか、ぼくは。
 デメリットが少ないのが前提だったんでしょう? 《ただしリスクは大きい》、なんて策としてはばかげてる。
 一歩間違えてりゃ死んでるじゃないですか、ぼく。今回に限って言えば、簡単に死んだりはできないってのに。

「でも、死ななかった。名誉の負傷退場どころか、その実態は茶番劇だろうが、ええ?
 なにが《ちくしょう、斬られた》だよ。斬られたっていうよりは、裂けただけじゃんか。
 それも背中の目立たない部分がちょこっと。《血》が出た描写もない。せいぜい後姿が格好悪くなったくらいじゃねーの?
 わざとらしく仰向けに倒れたのだって、涼宮ハルヒにそれを悟られないためだろうが」

 綱渡りを楽しむにしても趣味が悪すぎですよ、それ。
 その言い分だとやっぱりぼく、一歩間違えれば死んでます。
 出たとこ勝負に生死を委ねるほどマゾじゃないって言ってるじゃないですか。

「あたしはさ、おまえをそこまで過小評価した覚えはないよ。《一歩間違えれば》? 一歩も間違えないさ。
 殺人鬼と渡り合えたりクロスボウの射程読んだりできる奴が、あんな素人の剣筋に殺されたりするもんかよ。
 首の皮一枚で避けるくらいの結果を求めたって、お釣りがくるさ。悪くてかすり傷、そう踏んだんだろう?」

 ……そりゃあなたなら簡単でしょうけど。
《かすり傷を作る程度に避ける》だなんて、完璧に避けきるよりずっと難しいと思いますよ。

「だが悪くてかすり傷だ。避けて然るべき勝負じゃない」

 悪くて一刀両断も……。

「ないって言ってんだろうが。相手の力量を見る目と、致命傷を抑えるくらいのスペックは持ってるだろ、おまえ」

 ……はい、持ってます。

「だろ。で、朧はこれで《いーを斬った憎い奴》に変わっちまったわけだ、涼宮ハルヒの中ではな。つまりそれは――」

 持ってますけど、もう一つ。
 どうして、朧ちゃんが出て行った後すぐ外で待ち構えているだなんて予想できたんですか?

「変な質問だな。予想したのはおまえなのにさ」

 そういや変ですね。まあそれはそれとして、答えてくださいよ。
 朧ちゃんが一人で出て行って、人知れず一人で自殺する線だってあったはずです。
 朧ちゃんはどうして、襲う理由をなくしていたはずなのにわざわざぼくたちを襲ったのか。
 ぼくはどうして、それを予測することができたのか。

「なーんかクイズの解答者の気分になってきたな。けど、もうとっくのとうに答えは言ったはずだぜ」

 え、どこで?

「『いくつか数のある《当然の結果》、そのうちの一つ』、あたしはそう言ったぜ?
 おまえはあの時点ではまだ、先の予想を一本には絞っちゃいなかった。
《朧が戸の外で待っていないパターン》もそれはそれで想定していたわけだ。
 条件的には一度襲ってくれたほうが都合がよかったんだろうけどな。まあそこはラッキーだった。
 朧がいなかったらいないで、涼宮ハルヒは一人でそれを探しに向かっただろう。
 たとえ朧が見つからず、ハルヒのいないところで死んでたとしても、そりゃ《お試し》が失敗しましたってだけで終わる」

 微妙に質問の答えになっていないような気がしますけど。
《あるかもしれない》くらいには思っていたとしても、朧ちゃんはどうして、ぼくたちを襲ったっていうんです?

「さあね。それこそ当初の予想どおり、癇癪でも起こしたのかはたまた混乱してたのか単なる八つ当たりか。
 そのへんの動機は重要じゃないだろう。どちらにせよ最終的には自害。これはもう、目に見えてたんだから。
 たとえおまえの目が節穴で、朧がしぶとく生き残りを目指したとしても、撃退するり逃げるなりすりゃ済むしな」

 ……………………。

「お、三点リーダ八つ分。そろそろラストオーダーか?」

 ええ、これで最後にします。
 しっかり答え、用意してくださいよ。

 ――はたしてぼくは、どうしてハルヒちゃんを朧ちゃんのもとに仕向けることができたのでしょうか?

「…………………………………………」

 そこでぼくの倍沈黙するのはやめてください。

「いや、こりゃまた、いーたんにあるまじき質問だったんでね。
《どうやって涼宮ハルヒを仕向けたか》なんてそりゃ、それこそ戯言遣いの本分じゃん。
 朧とは一言も口利いてないわけだけど、涼宮ハルヒとは会話しまくりだったんだから」

 いくらぼくが戯言遣いだからって、限度があるでしょう。
 ハルヒちゃんとは知り合ってまだ数時間ですし、彼女の考えていることなんてこれっぽちもわからない。
 彼女の行動を予測を交えたうえで操作することなんて――


「――涼宮ハルヒはいつの間に、おまえや朧をSOS団の一員にしちまったんだろうな」


 ――ああ。
 そうか、そういうこと。

 時間は時間、付き合いは人となりを知るには短かったけれど。
 判断材料は常に、ハルヒちゃんの破天荒な言動の中に混じっていたわけだ。

 SOS団。
 構成団員は団長、涼宮ハルヒ。
 副団長に古泉一樹、他にもキョン、朝比奈みくる、長門有希。

 そして今回、ハルヒちゃんはぼくや朧ちゃんを《仮団員》だのなんだのと言っていた。

 ハルヒちゃんにとって、《SOS団》というのは仲間の証なのだろう。
 少ないがゆえに強烈すぎる仲間意識。それはぼくと朧ちゃんにも向いていた。

 まったく、なんていうおひとよし。
 勝手に引き込んで、勝手に仲間扱いして、勝手におせっかいをやく。
 大した障害もなく、ぼくと朧ちゃんは《涼宮ハルヒとその仲間たち》の一員に組み込まれていた。

 ぼくにはそれがわかっていたから、だからああも簡単に、ハルヒちゃんの行動が読めた。

 そのへんまるっと、この人には見透かされてる。


「――で、どうかね。まだなんか問題はある?」

 この後、世界はどうなっちゃうんですかね。

「知るかよ。そりゃクイズでもなんでもない。おまえが自分で考えるべきことだ」

 考えたって答えが出てくるものでもないと思います。

「じゃあ考える必要はないよ。事のなりゆきをただ見守ってりゃいいじゃん」

 はい。まったくそのとおりで。

 しかしまあ、なんというか。

 やっぱりこれ、傑作じゃなくて戯言だよなぁ……。

「どっちにしたって、《次》で答えは出るだろうさ。涼宮ハルヒは落ちるのか、踏ん張るのか。
 そこが見極めどころかもしれないし、迂闊な戯言遣いはチャンスを棒に振るってしまうかもしれない」

 自分のことだけど、まったく予想がつきませんね。

「かくして! 涼宮ハルヒなる女人は戯言遣いの文言により沈み逝くのであった。……
 慶長十七年五月七日夕刻、駿府城西方安部川ほとりにと執り行われた決着と同じく。
 伊賀の忍者朧は腹に一閃、そのむくろを水へと流し男とともに極楽浄土へと至る。
 女はこわい、女はこわいぞ……しかし恐ろしさを凌ぐほどに、女は男を愛すのだ!
 ゆえに死は巡ろう。腹を斬ってまた死のう。朧の末路は男のもとしかあるまいに。
 戯けた言葉にて希望を破り、神を絶望へと落としうる――これぞ忍法・戯言破り也!」

 山田風太郎ですか。

「戯言だよ。ま、なんにしてもだ。置き忘れだけはないようにしとけよな、っと」





《※朧の死体と荷物、弦之介の忍者刀@甲賀忍法帖はD-4の堀に沈みました》





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