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“幻想殺し”と黙する姫【レイディ】

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“幻想殺し”と黙する姫【レイディ】 ◆LxH6hCs9JU



 この身に降りかかった不幸、そのすべてを語る。
 それは姫路瑞希にとって、過酷な要求であると言えた。

 羞恥心も忘れて露出狂すれすれの格好を晒していたことや、声を失ってしまったこと。
 それらの起因はなんだったのか、紳士を自称する上条当麻は、すべてに繋がる理由を知りたがっている。
 決して土足ではなく、むしろ懇切丁寧な態度で、瑞希の閉ざしかけていた心に入り込もうとする彼。
 優しくて、頑張り屋で、一生懸命な……そんな、どこか親近感を覚えてしまう姿が、目に焼き付く。

 彼になら、すべてを打ち明けてしまってもいいのかもしれない。そう思えるくらいに、好感が芽生え始めてもいた。
 言葉で事のあらましを語ることはできないが、代わりの筆談という方法のほうが、むしろ心情的には楽でもある。
 あのときのことを思い出すとなれば、声を失っていようといなかろうと、たぶん途中で口が開かなくなってしまうだろうから。

 徐々に日差しが強くなってきた、午前から午後に移り変わろうかという時刻の、学校の屋上。
 姫路瑞希は上条当麻が差し出すペンとメモ用紙に手を添え、そっと受け取った。

 順番に、綴っていこう。
 彼ならきっと、自分の助けになってくれる。

 初対面の相手にこんなことを言うのは恥ずかしいが、上条当麻には、自分が好きな男の子に近い雰囲気を感じるから――。


 ◇ ◇ ◇


 昼、学校、屋上にて。
 上条は、どうにか事が進展しそうな空気にホッ胸をなで下ろす。

 筆談によるコミュニケーションを了解してくれた姫路瑞希は、無地のメモ用紙にペンを走らせていった。
 丁寧で丸っこくて小さい、いかにもな女の子の筆跡は、瑞希の存在をより身近なものに感じさせる。
 上条は瑞希が綴る文面を追いつつ、彼女がどんな体験を経てここにいるのかを推察していった。

筑摩小四郎、ねぇ……それが姫路が初めて会った人間ってわけか。
 ああ、悪い。俺の知ってる名前ってわけじゃないんだ。
 甲賀弦之介、朧、薬師寺天膳、このへんも全然だな。伊賀とか甲賀とかってのもよくわかんねぇし。
 でもこの筑摩ってやつはたしか、六時の放送で……いや、すまん。続けてくれ。
 んで、姫路と筑摩はその後、二人して温泉に行った……って、温泉!? 温泉に行ったのか!?」

 ……コクリ。と瑞希がゆっくり頷いた。
 温泉。
 温泉といえば上条の出発点であり、北村祐作千鳥かなめとの合流地点と定めた場所である。

「なら、北村には……会ったのか。ああ、焦んなくていいから。姫路のペースで、ゆっくりでいいから、教えてくれ」

 欲していた情報を瑞希が握っているかもしれない。そう予感しても、説明を急かすような真似はしない。
 第一に瑞希の精神面を重んじ、無理のない範疇でこれを探っていこうと、上条は自身を諌めた。

「北村に誘われて、か。じゃあ俺のことも……やっぱ、話には聞いてたんだな。
 北村の他? 朝倉涼子に、師匠……どっちも知らないな。
 と、そういや、俺のことをまだ話してなかったよな。まずはそっから話すわ」

 上条は瑞希に、温泉で北村やかなめを交えた話し合いがあったことを教えた。
 それは瑞希も知っていたようで、上条とかなめの外見的特徴についてもあらかじめ聞き及んでいたらしい。

「というわけだからまあ、北村が姫路たちに声をかけたのは、俺と千鳥が発ってすぐのことだと思う。
 朝倉や師匠って奴のことも知らないし、姫路たちよりも前に声をかけたのがそいつらなんだろうな」

 気のせいだろうか。
 朝倉涼子の名前を口にするたび、瑞希の身体が小刻みに震えているように見える。
 この時点で一つの憶測が頭に宿るも、上条は口にせず、続きを待った。

「姫路と、筑摩と、北村と、そんで朝倉との四人で情報交換か。そのあとが……姫路?」

 そこではたりと、瑞希の筆が止まった。
 筑摩小四郎と会った、北村祐作と朝倉涼子の二人に会った、四人で話をした、ここまではいい。
 だがその先が、綴られない。瑞希が綴ろうとしない。
 きゅっと口を閉ざし、目線をじっと紙にやって、ペンを強く握ったまま、硬直してしまっている。
 なにか、語りたくないことがあるのは明白だった。

「……話すの、つらいのか?」

 上条が訊くと、瑞希はコクリと頷いた。

「あーっとだな。つらいんなら、俺も無理強いはしない。ここで中断ってことで――」

 上条の言葉を遮るように、瑞希は首を横に振った。

「そっか。じゃあ、続き書けるか?」

 瑞希は、今度は上条の目を見て頷いた。
 再びペンを走らせる。その指は明らかに震えていたが、上条は指摘しようとはしなかった。
 震える筆跡で、少し歪んだ字が形成されていく。それでも、そのへんの男子学生の字に比べればよっぽど綺麗で上手い。
 そして、

「朝倉涼子に……風呂場で、襲われた?」

 無地の紙に綴られる、真実。
 上条は一瞬、自分の目を疑う。
 だが辛辣な瑞希の表情を見て、すぐにこれが冗談でないと知った。

 予想もしていたし覚悟もしていた、つもりでいた。
 しかし。
 姫路瑞希を蝕む恐怖は、上条当麻が考えるよりもずっと、根の深いものなのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 文月学園のクラス振り分け試験の際、高熱でふらふらになりながらペンを握っていたことがある。
 あのときのつらさに比べれば、こんなことはなんでもない。
 ただありのままに、自分が体験したことをわかりやすく、文面に綴るだけ。

 ……だというのに、姫路瑞希の筆の進みは悪かった。
 指先がぷるぷると震えるのは、身体が拒み、本能が恐れているから、なのかもしれない。
 思い出さなければいけないという重圧。他人に知られてしまうという恐怖。
 目の前の壁はあまりにも険しく、立ち向かうのも困難な代物だった。

 でも、これを乗り越えないと先には進めない。
 それくらいは自分にもわかった。
 わかっていたから、あえて挑むんだ。

 朝倉涼子が本性を隠し、瑞希たちの信用を得たところで本性を表したということ。
 詳細は不明だが、“師匠”という人物が朝倉涼子に協力しているらしいということ。
 筑摩小四郎や北村祐作も、おそらくは朝倉涼子と師匠に殺されてしまったということ。

 瑞希は、師匠の顔を見たわけではない。
 瑞希は、小四郎と北村が殺害される現場を目撃したわけではない。
 瑞希は、朝倉涼子と師匠が厳密どういう関係にあるのか知っているわけではない。

 この程度の情報でも、誰が危険人物で誰がそうでないかは、容易に推察できる。
 上条当麻にもそれは伝わったらしく、メモ用紙に対し憤怒の表情で唸っていた。

 やっぱり、彼なら……。

 瑞希は意を決し、朝倉涼子に殺人を強要されたことについても綴った。
 吉井明久は殺さないでおいてやるから、涼宮ハルヒ以外の人間を殺せ――。
 瑞希は朝倉涼子に殺されなかったのではなく、生かされたのだと、そう考えている。

 剥がされた爪、傷跡が残る左の中指、朝倉涼子の危険性を示唆する物的証拠。
 それは上条の目にも映り、我慢できなくなったのか、憤慨の猛りをあらわにした。


 ◇ ◇ ◇


「許せねぇ……!」

 姫路瑞希が文字でもって語る朝倉涼子の狂行に、上条当麻は激しく憤慨した。
 善良な素振りで近づき、油断したところで喰らう、まるで羊の皮を被った狼のような所業。
 その上ただ喰らうだけでなく、怯える女の子に殺人を強いろうとまでするなど、もはや人ではない。

「北村の名前が呼ばれたときは何事かと思ったけど、そうか……そんなことがあったのか。
 姫路はその後、服も着せられずに朝倉に放り出されて、ここまで逃げ延びてきたと。
 ん? っていうことは、シャナや櫛枝や木下には会ってない……すれ違いだったのか?」

 『黒い壁』に赴く道中で出会った三人のことを思い出し、訊く。
 瑞希は驚いた風にハッとし、ペンを走らせていった。
 メモ用紙の文面には、『木下って、ひょっとして木下秀吉くんですか?』とあった。

「ああ。実を言うと、姫路のことも木下から少し聞いてたんだ。吉井ってやつのことも。
 本人の名前は名簿には載ってなかったけど、そこは北村と同じ扱いってことなんだろう。
 櫛枝は北村の友達だったみたいでさ、温泉を出た後に顔を合わせて、すぐに別れたんだ。
 だいたい六時前後くらいには温泉についたと思うんだが……そういや、シャナはどうだ? ……知らない、か」

 瑞希の反応から、やはりあの三人とはすれ違いになってしまったのだろうかと上条は考える。
 となれば、シャナたちが辿り着いたのは必然的に、惨劇の現場だ。
 特に櫛枝実乃梨などは、友達の死体を目撃してしまったかもしれない。
 彼女たちのこともまた気になるが、今はそれよりもまず、目の前の瑞希である。

「……でも、そうだよな。そんな怖い目にあったんなら、声が出なくなったとしても不思議じゃないよな」

 ふと上条が零した発言に、瑞希が首を傾げる。

「いや、最初は『能力』かなんかで声が出なくなってるのかとも思ったんだけどよ。
 襲われたときのショックが原因だってんなら、回復の見込みもあるだろうし……そっち方面、詳しくないんだけどな。
 にしても、やっぱ許せねぇよ。その朝倉涼子って奴。目的もイマイチ見えてこねぇし、涼宮ハルヒってのはそいつのボスかなんかなのか?」

 『クラスメイトみたいです』、と瑞希は書いて教えてくれた。
 涼宮ハルヒを生かすために他者を殺害する朝倉涼子。どう考えてもただの女子高生とは思えない。
 かなめらとの認識の齟齬から察するに、一概に能力者や魔術師であるとは考えにくいが、はたして何者なのか。
 師匠という人物も謎だ。伝え聞いた情報によれば女性らしいが、性別以外の素性が見えない。というかなぜ本名でなく肩書きなのか。誰の師匠なのか。

「……うし。温泉でなにが起こったのかは、だいたい理解できた。
 あんがとな、姫路。よく教えてくれた。それと、つらいこと思い出させてごめんな。
 慌ただしくて悪いんだけど、俺が知ってることもここでもっと詳しく教えとく。
 千鳥のこととか、シャナたちのこととか……それで姫路がなにか気づくこともあるかもしれないしな」

 事のあらましを把握した上条は、続いて自身が保有する情報を提示し始める。
 瑞希の反応はどこか虚ろだったが、それも声を失っているためだろう……と、上条は大して気にもとめなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ……言えなかった。
 一番隠していてはいけないことが、言えなかった。
 一番話さなければいけないことが、言えなかった。
 勇気が足りない、決心がつかない、打ち明かすのが怖い――コワイ。

 声が出なくなってしまった本当の理由。
 話の中には出てこなかった、もう一人の登場人物。
 姫路瑞希が背負っている罪過。
 一生、付き合わなければいけないもの。
 一生、目を背け続けたいと思ってしまうもの。

 ぬくもり。優しさ。一緒に歩めると期待していた。無言。寡黙。無反応。転落。
 拒絶。喪失。失われてしまった存在。無碍に。固まって凍てついて熱くなって。
 ぐるりぐるりと回想は巡り、逃げ出した姫路瑞希、困惑と迷走の果てのデジャヴ。
 黒桐さん。黒桐幹也さん。死んでしまった人。死なせてしまった人。

 声が出なくなってしまったのは、罰。
 罪人への罰。
 姫路瑞希に対する仕打ち。
 黒桐幹也からの。

 押し潰されそうだった。
 いっそ押し潰されてしまいたかった。
 二の舞は嫌だ。二の舞は嫌だ。
 助けてとも言えない。
 差し伸べられる手は掴む。
 これ以上の苦痛は、
 これ以上の苦痛は、


 温泉に行こう。


 これ以上の苦痛は――嫌。
 彼の言葉は、口にしてはならない言葉だった。
 彼の言葉は、聞いてはいけない言葉だった。
 姫路瑞希にとっての、禁句。
 あのときの、引き金。
 トラウマ。


 ◇ ◇ ◇


「温泉に行こう」

 すべての事情を知り、上条当麻はその結論に達した。

「元々、俺も温泉に戻ろうとしてたところだしな。千鳥の奴とも合流しとかねーと。
 あとはシャナたちも……時間を考えたらとっくに移動してるかもしれねぇけど、望みはあるだろ。
 北村たちもそのまんま、ってわけにはいかねぇだろうし。あー、そういや川嶋はどうすっかな……」

 ぶつぶつと口に出しながら、上条は頭の中を整理していく。
 考えるべきことは山ほどあった。

 まず、温泉のこと。
 北村祐作が朝倉涼子、もしくは師匠なる人物に殺された地。
 シャナと櫛枝実乃梨と木下秀吉、それに千鳥かなめが向かっていった場所。
 危険人物である朝倉が、まだ近辺をうろついていないとも限らない状況である。
 朝倉が善良な人間を装うというのであれば、すぐさまその危険性を伝えに走らなければならない。

 次に、川嶋亜美のこと。
 シャワーを浴びるよう勧められてからかなりの時間が経過したが、彼女はまだ校内に残っているのだろうか。
 上条が亜美にしてやれることは少ない、いや、それどころか皆無なのかもしれない。
 だからといって、このまま放っておくというのもどうなんだろう。
 せめて朝倉の危険性くらいは、彼女にも伝えておかなければ。

 それから、インデックスや御坂美琴と白井黒子、土御門元春にステイル=マグヌスのこと。
 未だに噂を聞かない、学園都市の出身者たちと魔術師連中。
 彼女たちはどこでなにをしているのか。心配にならないと言えば嘘になる。
 目先のことで手一杯だから、と棚上げしてられるのはいつまでだろう、と上条は頭を悩ませた。

「……結局、一つ一つあたっていくしかないってのがつらいところだよな」

 口から出たのは、弱音ではなく、変わらぬ結論。
 気になることは多数、やらなくてはならないことも多数、だが上条当麻はこの身一つ。
 様々な苦境を破壊してきた『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の右腕も、この一本きりなのだから。
 着実に、一つ一つ解決していくしか道はない。

「お恥ずかしながら、上条さんってのは不器用な男でして。約束すっぽかして千鳥にぶっ飛ばされるのも勘弁願いたく……姫路?」

 ふるふる。
 瑞希は、首を振っている。
 顔を俯かせて、ただ首を横に振っている。

「……温泉行くの、嫌なのか?」

 上条が訊いた。
 ふるふる、ふるふる。
 瑞希は首を振っている。瑞希は首を振っている。
 ふるふる、ふるふる、ふるふる、何度も、ふるふる、ふるふると。
 上条と目を合わせようとせず、一心不乱に、それしか能がないように、首を振る。

「…………」

 首を縦に振ることは、肯定。
 首を横に振ることは、否定。
 言葉を交わし合えなくとも、これくらいは動作で判別がつく。
 瑞希は温泉行きを拒否していた。

「でも、なぁ。千鳥を放ったままってのもあれだし……」

 ふるふる。
 上条がなにか言葉を発するごとに、瑞希は首を振った。

「いや、わかりますよ。そりゃ、姫路にとってはつらいことかもしんねーけど、だからってこのままここにいても――」

 ぎゅっ。
 瑞希が急に行動を変えた。
 ただ首を横に振るのではなく、上条の体操服の裾を両手で握った。
 懇願のポーズだった。

「…………あー」

 上条は言葉を失った。
 かけるべき言葉が見つからなかった。
 説得の仕様がなかった。
 どうしようもないほどに悟ってしまった。
 姫路瑞希は温泉には行かない。
 行こうと思わない。
 行きたくても、行けない。
 行けない。

(……だよな、そりゃ)

 間違っているのは瑞希ではなく、自分のほう。
 温泉に行こう――これは上条当麻の失言だった。
 ほんの少しの後悔が、上条を唸らせる。

 ぱっ。
 瑞希が上条の体操服から手を離した。
 再びペンを取り、メモ用紙になにかを書き起こす。

 『お手洗いに』

 簡潔なメッセージに、上条は「ああ」としか言えない。
 瑞希は立ち上がり、校舎の中へと消えていく。
 そして屋上には、上条だけが残された。

「…………」

 一人きりになって、黄昏る。


 ◇ ◇ ◇


 屋上から逃げてきた姫路瑞希は、どこに向かうでもなくただ階段を降りていた。
 学校。文月学園のそれに比べれば随分とシンプルな、どこか古びた印象すら受ける建造物。
 それが妙に懐かしくて、親近感が湧く。廊下を歩くだけで、教室に入るだけで、涙が出そうになった。

 偶然にも、『2-F』の教室を見つける。

 二年Fクラス。瑞希が在籍していたのもまた、二年Fクラスだった。
 ただここの教室は、瑞希が日々勉学に励んでいたFクラスとは似ても似つかない。
 机は卓袱台でもみかん箱でもなかったし、床も畳ではない。空調もちゃんと効いている。
 とはいえAクラスほどの設備は揃っていない、いたって普通の教室だった。
 こんな環境で勉強ができたなら、明久くんあたりは泣いて喜びそうだな、と……。

(明久くん……)

 窓際の一番後ろの席。吉井明久の席。
 いつも瑞希や島田美波や坂本雄二や土屋康太や木下秀吉が集まっていた席。
 楽しくおしゃべりしたり、試召戦争の作戦会議を開いたり、笑い合ったりした席。

(わかってる、はずなのに……)

 ここには、日常もなにもない。
 学校という記号だけを持つ、ただの寂れた建物だ。
 瑞希が帰るべき場所、帰りたいと思っている場所は、他にある。

(ここにいたって、なんの解決にもならない……)

 停滞はなにも生まない、停滞はなにも育まない、停滞はなにも変えてはくれない。
 勉強だってそう。努力するから道が切り開ける。
 恋愛だって、同じはず……。

(やっぱり、私は……明久くんに会いたい)

 クラスメイトである木下秀吉の居場所を聞いても、瑞希の想いは揺らがなかった。
 自らが犯してしまった罪は認めるし、いつか償いをしなければならないとも思う。
 けれどもやはり、今は。心の安寧を得るためにも、今は。今を生きるためにも、今は。

 明久くんに会いたい。

 ただそれだけを思って、明久を想う。
 明久を想って、しかし身体は動かない。
 どこに行ってなにをすればいいのか、未だに答えは浮かんでこなかった。

 問。どうすれば吉井明久に会えるでしょう。
 答。わかりません。

 赤点で落第で補習確定な解答。
 成績が優秀なら、人生も優秀というわけではない。
 自分が嫌いになってくる。
 上条当麻は追いかけては来ない。
 このまま消えてしまおうかとさえ思った。

(いつだって、そう)

 また、ひとりぼっち。
 これからも、ひとりぼっち?
 いつまで、ひとりぼっちなんだろう。

(私は、いつだって明久くんが助けに来てくれるのを待っていただけ)

 王子様の助けを待つばかりの、お姫様。
 なんて、自朝にもなっていない自嘲。
 このまま窓から飛び降りたいくらい。

「……?」

 Fクラスの教室から、窓の外の風景を眺める。
 校舎の四階に位置しているそこからは、学校周辺の街並みがよく見えた。
 なんの変哲もない住宅街、遥か南に聳える『黒い壁』、それよりも気になったのが、窓のすぐ向こうにある校庭。

 校庭全面に、“白線の模様”が描かれていた。

 イメージしたのは、ナスカの地上絵。
 ペルーの高原に描かれているという、世界遺産にも指定された幾何学図形だ。
 図のような絵のような、紋章のような魔法陣のような、イタズラのようなメッセージのような……よく、わからない。

 おそらくは、体育の授業などに用いるライン引きを使って誰かが描いたのだろう。
 が、その目的は皆目見当もつかないし、実行したのが誰なのか、この模様がどういう意味を持つのかも、やっぱりわからない。
 それなに不思議と、目を奪われる。
 瑞希はしばらくの間、校庭に描かれた模様を眺め続けていた。

(……あ。なんだか、これって)

 召喚獣を呼び出すときに出てくる幾何学的な魔法陣に似てるな、なんて思いつつ。


 ◇ ◇ ◇


「……なんでしょうね、あれ」

 同時刻、上条当麻も姫路瑞希と同じ風景を、屋上から眺めていた。
 校庭に描かれた幾何学的紋様。まさかあれが、生徒作成の即席ランニングコースであるはずがない。

「ライン引きかぁ。おもしろいよな、あれ。小学生のときはあれでよく落書きしたり……って、上条さんはその頃の記憶がねーんですけどもさ」

 瑞希を引き止められなくて、なんとなく屋上の端で黄昏てみた、偶然の発見。
 くだらないことする奴がいるもんだなぁ、と上条はその程度の感想しか抱かない。
 調べてみようという発想にも至らない。ただのイタズラとしか捉えない。

「あいつのルーン……ってわけじゃないよな。はははっ、まさか……出てこねぇだろうな、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』」

 校庭に足を踏み入れた途端、大炎上――傍にはほくそ笑むステイル=マグヌスが! なんてことになったら笑えない。
 あのヘビースモーカーの力は頼れるものがあるが、上条は何度か、標的もろとも消し炭にされかけた覚えがある。

「……一応、近寄らないようにしとくか。姫路にも言っとかねーと」

 結局。
 いくら考えたところで、この先どうするかという問に対する正答は浮かんでこなかった。
 かなめとの約束を破りたくはないが、だからといってあんな状態の瑞希を蔑ろにすることはできない。
 温泉行きは断念し、しばらくは瑞希のメンタルケアに努めるべきなのだろう。そう考える。

 しかし、それは停滞だ。
 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』による『黒い壁』の破壊もままならない現状、いつまでもこうしてはいられない。
 インデックスや土御門たちのような魔術に詳しい人間の協力を得られれば、打開への道筋が切り開ける可能性もある。
 目先のことばかりに気を取られている場合ではないのかもしれない。大局で捉えればそうに違いない。だが、

「放っておけねぇよなー、やっぱ」

 なんだかんだで、上条当麻はここにいる。
 屋上から校舎へ、瑞希を迎えに行こうとしている。
 それがなによりの答えで、なによりの人間味。
 上条当麻とはそういう男であり――

「そろそろ十二時、かぁ」

 ――放送が、近づく。



【E-2/学校・屋上/昼】

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:全身に打撲(行動には支障なし)
[装備]:御崎高校の体操服(男物)@灼眼のシャナ
[道具]:デイパック、支給品一式(不明支給品0~1)、吉井明久の答案用紙数枚@バカとテストと召喚獣、
     上条当麻の学校の制服(ドブ臭いにおいつき)@とある魔術の禁書目録
[思考・状況]
基本:このふざけた世界から全員で脱出する。殺しはしない。
1:姫路を迎えに校舎の中へ。温泉にも行きたいが、彼女を放ってはおけない。
2:温泉に向かう。かなめや先に温泉に向かったシャナ達とも合流したい。
3:インデックスを最優先に御坂と黒子を探す。土御門とステイルは後回し。
4:教会下の墓地をもう一度探索したい。
[備考]
※教会下の墓地に何かあると考えています。


【E-2/学校・校舎内/昼】

【姫路瑞希@バカとテストと召喚獣】
[状態]:左中指と薬指の爪剥離、失声症
[装備]:御崎高校の体操服(女物)@灼眼のシャナ、黒桐幹也の上着、ウサギの髪留め@バカとテストと召喚獣 (注:下着なし)
[道具]:デイパック、血に染まったデイパック、基本支給品×2
     ボイスレコーダー(記録媒体付属)@現実、七天七刀@とある魔術の禁書目録、ランダム支給品1~2個
[思考・状況]
基本:死にたくない。死んでほしくない。殺したくないのに。
0:明久くん……明久くんに会いたい……。
1:……やっぱり、温泉には行きたくない。
2:朝倉涼子に恐怖。
3:明久に会いたい。




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