真実は煙に紛れて (3)彼らの幻 ◆3k3x1UI5IA
小狼は、煙に包まれる保健室の中、最愛の少女の姿を見た。
エタノールを振り掛けられ、勢いよく燃え上がる炎。噴き出す煙。
殲滅魔法『斜院征伐』のことも忘れ立ち上がった小狼は、グラリと襲ってきた眩暈に、一瞬顔を押さえる。
殲滅魔法『斜院征伐』のことも忘れ立ち上がった小狼は、グラリと襲ってきた眩暈に、一瞬顔を押さえる。
(前の毒ガスの効果が残っているのか? にしては――)
まだ体調は万全ではない。脱力感は残ってるし、吐き気はまだあるし、腹の傷は動くたびに痛む。
けれど今はそれよりも、一休を叩きのめして火を消さないと――
そう思って周囲を見回した小狼は、唖然とする。
けれど今はそれよりも、一休を叩きのめして火を消さないと――
そう思って周囲を見回した小狼は、唖然とする。
「な……!? 何をやってるんだ、あいつら!」
さっき部屋に入ってきた女の子たち――どうやらリンクの仲間たちらしい――の動きが、おかしい。
梨花と呼ばれた女の子が、見えない『何か』を振り払うように両手を振り回す。
その手が当たったもう1人の灰色の髪の少女が、今度は凄まじい形相で梨花の首を絞める。
それも、「あんたが死ね!」などと物騒なことを叫びながら。
見るからに渾身の力が入っている。白目を剥く梨花の様子は、明らかに危険だ。
火事よりも一休よりも、まずどうみても正気ではない2人を止めなければ、と小狼は手を伸ばしかけて――
その身に、鈍い衝撃を受けた。
梨花と呼ばれた女の子が、見えない『何か』を振り払うように両手を振り回す。
その手が当たったもう1人の灰色の髪の少女が、今度は凄まじい形相で梨花の首を絞める。
それも、「あんたが死ね!」などと物騒なことを叫びながら。
見るからに渾身の力が入っている。白目を剥く梨花の様子は、明らかに危険だ。
火事よりも一休よりも、まずどうみても正気ではない2人を止めなければ、と小狼は手を伸ばしかけて――
その身に、鈍い衝撃を受けた。
「がっ……!?」
完全に想像もしていなかった方向からの、体当たり。
脱力感と傷の痛みを残す小狼は耐え切れない。そのまま地面に押し倒される。受身も取れない。
タックルの勢いのまま、倒れた小狼に一気に馬乗りになった襲撃者、その正体は……
脱力感と傷の痛みを残す小狼は耐え切れない。そのまま地面に押し倒される。受身も取れない。
タックルの勢いのまま、倒れた小狼に一気に馬乗りになった襲撃者、その正体は……
「え……? さ、さくら?!」
相手の顔を確認した小狼は、目が点になる。
そう、彼の上に跨っていたのは、誰あろう。
李小狼がその行方を心配しこの島で捜し求めていた少女、「木之本桜」その人だった。
ずっと会いたいと願っていた彼女が、何故か見覚えのない『緑色の服』を着て、彼の上に乗っかっている――
少女の服が『なぜか一部はだけている』のも含めて、小狼は場違いな鼓動の早まりを覚える。
なんで彼女がここに居るのだろう? いつの間に? どうして? なんで彼女が自分を押し倒してるんだ?
そう、彼の上に跨っていたのは、誰あろう。
李小狼がその行方を心配しこの島で捜し求めていた少女、「木之本桜」その人だった。
ずっと会いたいと願っていた彼女が、何故か見覚えのない『緑色の服』を着て、彼の上に乗っかっている――
少女の服が『なぜか一部はだけている』のも含めて、小狼は場違いな鼓動の早まりを覚える。
なんで彼女がここに居るのだろう? いつの間に? どうして? なんで彼女が自分を押し倒してるんだ?
「な、なんでさくらがここに……ぐほっ!?」
驚き慌てる小狼の言葉を聞こうともせず。
彼の動きを全体重をもって封じた人物は、無表情のまま、無造作に、そして無慈悲に拳を振り下ろす。
子供のケンカのような体勢だが、格闘技の世界でも有効とされているマウントポジションだ。
いくら小狼に武道の心得があったとしても、そこからの脱出は容易ではない。一方的に殴られる。
力はさほどないが、的確で、殺気の篭った本気の拳。
彼の動きを全体重をもって封じた人物は、無表情のまま、無造作に、そして無慈悲に拳を振り下ろす。
子供のケンカのような体勢だが、格闘技の世界でも有効とされているマウントポジションだ。
いくら小狼に武道の心得があったとしても、そこからの脱出は容易ではない。一方的に殴られる。
力はさほどないが、的確で、殺気の篭った本気の拳。
(ど、どういうことだよ! なんでさくらが……!)
ぱッと脳裏に思い浮かんだのは、『さくら』が『操られている』可能性。精神を操作するような魔法の可能性。
そう思ってみれば、仮面のように無表情な顔はいかにもおかしい。
でも、だからと言って小狼に殴り返すことができるはずもなく、一方的に殴られ続けて――
そう思ってみれば、仮面のように無表情な顔はいかにもおかしい。
でも、だからと言って小狼に殴り返すことができるはずもなく、一方的に殴られ続けて――
『――あああぁぁおぅおおぉぉッ!』
「!?」
「!?」
突如横から飛び出してきた人影が、奇声を上げながら小狼の上の『さくら』を殴り飛ばす。
自由になった小狼。呆然と見上げたその相手は――さきほど、梨花を締め上げていた灰色の髪の少女。
自由になった小狼。呆然と見上げたその相手は――さきほど、梨花を締め上げていた灰色の髪の少女。
『――ふざケるナ! 私は、そンな――』
「ふざけているのは、どっちだ!?」
「ふざけているのは、どっちだ!?」
意味不明な叫びを上げる相手に、小狼の感情が沸騰する。
助けてもらった、という感謝の気持ちより先に、「目の前で『さくら』を殴られた」ことに対する怒りが爆発する。
考えるより先に身体が動く。飛びおきざまに鋭い蹴り。少女のみぞおちに深々と突き刺さる。
それっきり相手は動かない。小狼は荒い息をつく。
この少女も『さくら』のように、一休に『操られて』いたのだろうか?
どうやらリンクたちの仲間のようだし、そうとでも考えなければ梨花や『さくら』を攻撃する理由がない。
助けてもらった、という感謝の気持ちより先に、「目の前で『さくら』を殴られた」ことに対する怒りが爆発する。
考えるより先に身体が動く。飛びおきざまに鋭い蹴り。少女のみぞおちに深々と突き刺さる。
それっきり相手は動かない。小狼は荒い息をつく。
この少女も『さくら』のように、一休に『操られて』いたのだろうか?
どうやらリンクたちの仲間のようだし、そうとでも考えなければ梨花や『さくら』を攻撃する理由がない。
「ふぅ、ふぅ…………ぐはっ!?」
だが、一息つく間もなく、一旦は殴り飛ばされた『さくら』が、再度小狼に突進してくる。
今度も体当たり。全身の勢いをつけたタックルが、頭突きのような形で小狼の腹部に突き刺さる。
そこはちょうど、対ヘンゼル戦で負傷した部分で――
再び傷口が開く。血が滲む。激痛のあまり、腹を押さえて悶絶する。床をゴロゴロと転げまわる。
あまりの痛さに、起き上がることもできない。
今度も体当たり。全身の勢いをつけたタックルが、頭突きのような形で小狼の腹部に突き刺さる。
そこはちょうど、対ヘンゼル戦で負傷した部分で――
再び傷口が開く。血が滲む。激痛のあまり、腹を押さえて悶絶する。床をゴロゴロと転げまわる。
あまりの痛さに、起き上がることもできない。
(ちくしょう……! せっかく、さくらと会えたのに……!)
掠れる視界の隅で、『さくら』が誰かに殴りかかっているのが見える。
このままでは『さくら』がまた攻撃されてしまう。なんとかしなければ。……でも、どうやって?
朦朧とする意識の中、闇雲に伸ばした小狼の手が、床に転がっていた「何か」に触れた。
このままでは『さくら』がまた攻撃されてしまう。なんとかしなければ。……でも、どうやって?
朦朧とする意識の中、闇雲に伸ばした小狼の手が、床に転がっていた「何か」に触れた。
* * *
リンクは煙に包まれる保健室の中、恐るべき敵の姿を見た。
エタノールを振り掛けられ、勢いよく燃え上がる炎。噴き出す煙。
激しく咳き込みながら、リンクはすぐさま立ち上がる。
視界が歪む。眩暈がする。『ネコンの香煙』による脱力感は未だに残っている。
けれど、動けないほどではない。
激しく咳き込みながら、リンクはすぐさま立ち上がる。
視界が歪む。眩暈がする。『ネコンの香煙』による脱力感は未だに残っている。
けれど、動けないほどではない。
「けほっ、こほッ……! このっ、タコ坊主っ!」
「梨花ちゃん、大丈夫?! って……!?」
「梨花ちゃん、大丈夫?! って……!?」
仲間の少女の悪態に振り返ったリンクは、しかし彼女の姿を発見できない。
代わりに、彼が目撃したのは……4人の『一休』の姿だった。
代わりに、彼が目撃したのは……4人の『一休』の姿だった。
「……は?」
呆然と見守るリンクの目の前で、『一休』が『一休』を殴っている。
すると殴られた『一休』が殴った『一休』の首を絞めた。
残る2人(2匹?)の『一休』は、動かない。様子を見ている。
すると殴られた『一休』が殴った『一休』の首を絞めた。
残る2人(2匹?)の『一休』は、動かない。様子を見ている。
梨花たちはどこに行ったのだろう? なんで『一休』同士が争ってるのだろう?
そもそもなんで『一休』が同時に4人も存在するのだろう?
疑問は沢山あったが、とりあえずリンクは……
そもそもなんで『一休』が同時に4人も存在するのだろう?
疑問は沢山あったが、とりあえずリンクは……
「……やぁッ!」
手近な『一休』に、タックルをかける。
武器は無い。手足にも力が入らない。けれども、まがりなりにもリンクは勇者たる器の持ち主である。
油断していたらしい『一休』はそのまま押し倒され、リンクは素早く馬乗りになって相手の動きを封じる。
武器は無い。手足にも力が入らない。けれども、まがりなりにもリンクは勇者たる器の持ち主である。
油断していたらしい『一休』はそのまま押し倒され、リンクは素早く馬乗りになって相手の動きを封じる。
『さ、さく☆? な、なンでさ※ら▲こコに……ぐほっ!?』
「……このぉっ!」
「……このぉっ!」
訳のわからぬ言葉を吐く『一休』に、リンクは拳を振り下ろす。
消えた梨花たちのことも気になる。
4体に分身した『一休』、1匹ずつ手早くさっさと倒して、彼女たちを探しに行かなければ!
脱げかけた服がさらにはだけるのも構わず、抵抗を続ける『一休』を殴っていたリンクは、不意に。
消えた梨花たちのことも気になる。
4体に分身した『一休』、1匹ずつ手早くさっさと倒して、彼女たちを探しに行かなければ!
脱げかけた服がさらにはだけるのも構わず、抵抗を続ける『一休』を殴っていたリンクは、不意に。
『――あああぁぁおぅおおぉぉッ!』
「!?」
「!?」
奇声に気付いて振り向いた時には、遅かった。
リンクが取り押さえていたのとは別の『一休』が、叫びながら突進。リンクの顔を殴りつける。
そのあまりのパワーに、リンクは吹き飛ぶ。押さえ込んでいた『一休』の上から弾き飛ばされる。
リンクが取り押さえていたのとは別の『一休』が、叫びながら突進。リンクの顔を殴りつける。
そのあまりのパワーに、リンクは吹き飛ぶ。押さえ込んでいた『一休』の上から弾き飛ばされる。
(他の『一休』が助けに来たのか……? くそっ……!)
強烈なパンチに、目がチカチカする。意識が飛びかける。
だがここで負けるわけにはいかない。頭を振りながら、素早く起き上がる。
見れば、立っている『一休』は2人。その近い方、よろめいている方にリンクは突進する。
全体重を乗せた頭突きが、相手の腹部に突き刺さる。
だがここで負けるわけにはいかない。頭を振りながら、素早く起き上がる。
見れば、立っている『一休』は2人。その近い方、よろめいている方にリンクは突進する。
全体重を乗せた頭突きが、相手の腹部に突き刺さる。
『…………ぐはっ!?』
攻撃を受けた『一休』は、いい所に入ったのか、腹を押さえて床を転げまわる。簡単には立てないようだ。
周囲には倒れた『一休』が3人。あとは……!
周囲には倒れた『一休』が3人。あとは……!
「はぁ、はぁ……! あとは……おまえだけだッ!」
残る力を振り絞り、リンクは最後に残った『一休』に突撃する。
こいつさえ倒せば。あとはこいつを殴り倒せば全てが終る――
拳を握り締め、渾身の一撃を繰り出そうとしたリンクは。
こいつさえ倒せば。あとはこいつを殴り倒せば全てが終る――
拳を握り締め、渾身の一撃を繰り出そうとしたリンクは。
『ええ、あとはあなただけですね。1人ならなんとかなります』
次の瞬間、目の前に何やら、粉っぽいものを叩きつけられて――
激しい脱力感に、その場にがくりと崩れ落ちた。
激しい脱力感に、その場にがくりと崩れ落ちた。
* * *
一休は 『紅皇バチの蜜蝋』を ほのおに おとしてしまった!
梨花は こんらんした! リンクは こんらんした! 灰原は こんらんした! 小狼は こんらんした!
一休は こんらん しなかった……
梨花は こんらんした! リンクは こんらんした! 灰原は こんらんした! 小狼は こんらんした!
一休は こんらん しなかった……
梨花は こんらんしている! 灰原に こうげき! 灰原は 唇のはしを切って 出血した!
灰原は こんらんしている! 梨花に こうげき! 梨花は 首をしめられ きぜつした!
リンクは こんらんしている! 小狼に こうげき! 小狼を おさえこみ なぐりつけた!
小狼は こんらんしている! 小狼は 身をまもっている……。
一休は ようすをみている…… 「あわてない、あわてない」
灰原は こんらんしている! 梨花に こうげき! 梨花は 首をしめられ きぜつした!
リンクは こんらんしている! 小狼に こうげき! 小狼を おさえこみ なぐりつけた!
小狼は こんらんしている! 小狼は 身をまもっている……。
一休は ようすをみている…… 「あわてない、あわてない」
梨花は きぜつしている……
灰原は こんらんしている! リンクに こうげき! リンクは 殴りとばされた!
小狼は こんらんしている! 灰原に こうげき! 灰原は 蹴りとばされ きぜつした!
リンクは こんらんしている! 小狼に こうげき! 小狼は 頭突きをうけ もんぜつしている!
一休は ようすをみている…… 「ポク、ポク、ポク……チーン!」 名案が ひらめいた!
灰原は こんらんしている! リンクに こうげき! リンクは 殴りとばされた!
小狼は こんらんしている! 灰原に こうげき! 灰原は 蹴りとばされ きぜつした!
リンクは こんらんしている! 小狼に こうげき! 小狼は 頭突きをうけ もんぜつしている!
一休は ようすをみている…… 「ポク、ポク、ポク……チーン!」 名案が ひらめいた!
リンクは こんらんしている! 一休に こうげき! ミス!
一休は 『ワブアブの粉末』をつかった! リンクは 力がでなくなった! リンクは たおれこんだ!
梨花は きぜつしている……
灰原は きぜつしている……
小狼は もんぜつしている……
リンクは たおれている……
一休は 『ワブアブの粉末』をつかった! リンクは 力がでなくなった! リンクは たおれこんだ!
梨花は きぜつしている……
灰原は きぜつしている……
小狼は もんぜつしている……
リンクは たおれている……
* * *
『紅皇バチの蜜蝋』――それは激しい幻覚作用をもたらす焚薬である。
目に映るものを正しく認識できなくなり、耳に聞こえる声も正しく認識できない。
全てが歪み、混乱する。
どんな幻を見て、どんな幻聴を聞くかは、犠牲者ごとの精神的な背景によって大きく変わる。
見るものも聞くものも千差万別、同じ幻を見ることはまずありえないが――ただ1つだけ。
はっきりと外からも分かる、共通した症状がある。
全てが歪み、混乱する。
どんな幻を見て、どんな幻聴を聞くかは、犠牲者ごとの精神的な背景によって大きく変わる。
見るものも聞くものも千差万別、同じ幻を見ることはまずありえないが――ただ1つだけ。
はっきりと外からも分かる、共通した症状がある。
それは、『敵味方の区別がつかなくなること』。そして、『短絡的な行動、特に暴力に走りやすくなること』。
戦場においては、まさにこの効果を狙ってこの焚薬が使用される。
嗅がされた犠牲者は混乱し、錯乱し、幻に捕らわれ敵味方の見分けもできずに暴れ始める。
敵陣営に混乱をもたらし、連携を断ち切り、同士討ちを誘発する――これはれっきとした『化学兵器』なのだ。
嗅がされた犠牲者は混乱し、錯乱し、幻に捕らわれ敵味方の見分けもできずに暴れ始める。
敵陣営に混乱をもたらし、連携を断ち切り、同士討ちを誘発する――これはれっきとした『化学兵器』なのだ。
消火のつもりでエタノールを振り掛けてしまったあのとき、一休はさらに1つの失敗を重ねていた。
彼は朝の早い段階で、自らのランドセルを失っている。だから持ち物はあちこちに分散して持っていた。
かさばるものはブリキのバケツの中に。大事なものは懐の中に。
そして、素早く取り出さねばならないものは、袖の中に……!
一休がエタノールを振り掛けてしまったあの時、彼は袖についた小さな火を消そうと必死に叩いて。
その拍子に、うっかり袖の中の『紅皇バチの蜜蝋』を落としてしまったのだ――燃え盛る、炎の中に。
彼は朝の早い段階で、自らのランドセルを失っている。だから持ち物はあちこちに分散して持っていた。
かさばるものはブリキのバケツの中に。大事なものは懐の中に。
そして、素早く取り出さねばならないものは、袖の中に……!
一休がエタノールを振り掛けてしまったあの時、彼は袖についた小さな火を消そうと必死に叩いて。
その拍子に、うっかり袖の中の『紅皇バチの蜜蝋』を落としてしまったのだ――燃え盛る、炎の中に。
* * *
「……あわてない、あわてない」
エタノールを振り掛けられ、勢いよく燃え上がる炎。噴き出す煙。
一休の目の前で、壮絶な相討ちが繰り広げられる。
それでも一休は焦らない。マスクをしっかりとかけ、毒の煙を吸わないよう注意しながら、考える。
とりあえず、便利だからと言って着物の裾や懐に大事な品を入れておくのは危険なようだ。
同じ失敗を繰り返すのは愚者のやること。うっかり落とすのはもう御免だ。
いそいそと、体操着袋に薬やサモナイト石、クロウカードやモンスターボールを移し替える。
袋に入りきらない大きな荷物、『きせかえカメラ』や『あるるかん』のスーツケースは、ひとまず置いたままだ。
一休の目の前で、壮絶な相討ちが繰り広げられる。
それでも一休は焦らない。マスクをしっかりとかけ、毒の煙を吸わないよう注意しながら、考える。
とりあえず、便利だからと言って着物の裾や懐に大事な品を入れておくのは危険なようだ。
同じ失敗を繰り返すのは愚者のやること。うっかり落とすのはもう御免だ。
いそいそと、体操着袋に薬やサモナイト石、クロウカードやモンスターボールを移し替える。
袋に入りきらない大きな荷物、『きせかえカメラ』や『あるるかん』のスーツケースは、ひとまず置いたままだ。
哀が梨花の首を絞めている。リンクが小狼の上に馬乗りになって殴っている。
けれども、どちらも素手だ。暴れるだけ暴れても、大事には至らないだろう。一休はそう判断する。
むしろここで焦って割って入ったら、一休ひとりが袋叩きに合う危険性もある。
5人の中で完全に正気なのは彼だけなのだから、そんなことになっては全員が破滅だ。
けれども、どちらも素手だ。暴れるだけ暴れても、大事には至らないだろう。一休はそう判断する。
むしろここで焦って割って入ったら、一休ひとりが袋叩きに合う危険性もある。
5人の中で完全に正気なのは彼だけなのだから、そんなことになっては全員が破滅だ。
ポク、ポク、ポク、ポク……
一休の脳内で、木魚の音が響く。考えをまとめるための、彼独自のリズム。
そうしている間にも炎は燃え続け、混乱した4人の不毛な争いは続く。
首を絞められた梨花は気絶し、絞めていた哀は男の子たちに飛びかかる。
上から殴っていたリンクは殴り飛ばされ、殴られていた小狼が哀に蹴りを入れる。
気絶する少女。しかし間髪入れずにリンクが襲い掛かり、頭突きを腹部に喰らった小狼は悶絶。
横から見てると、助けてくれた人に感謝するどころか攻撃を仕掛ける、という恩知らずの連鎖だ。
そうしている間にも炎は燃え続け、混乱した4人の不毛な争いは続く。
首を絞められた梨花は気絶し、絞めていた哀は男の子たちに飛びかかる。
上から殴っていたリンクは殴り飛ばされ、殴られていた小狼が哀に蹴りを入れる。
気絶する少女。しかし間髪入れずにリンクが襲い掛かり、頭突きを腹部に喰らった小狼は悶絶。
横から見てると、助けてくれた人に感謝するどころか攻撃を仕掛ける、という恩知らずの連鎖だ。
ともあれ、これで立っているのはリンク1人。
少女2人はそれぞれ気絶し、小狼は腹の傷を押さえて立ちあがることもできない。
そして、リンクは部屋の中で唯一立っている自分以外の人間――すなわち、本物の『一休』を睨む。
今度は自分の番だ――そう緊張を深める一休の脳内で、ついに考えがまとまる。
少女2人はそれぞれ気絶し、小狼は腹の傷を押さえて立ちあがることもできない。
そして、リンクは部屋の中で唯一立っている自分以外の人間――すなわち、本物の『一休』を睨む。
今度は自分の番だ――そう緊張を深める一休の脳内で、ついに考えがまとまる。
ポク、ポク、ポク……チーン!
「あとは……おまえだけだッ!」
「ええ、あとはあなただけですね。1人ならなんとかなります」
「ええ、あとはあなただけですね。1人ならなんとかなります」
怒りと焦りの滲んで見えるリンクの拳は、素人目にも分かり易い大振りなテレフォンパンチ。
ひょい、と軽く避けた一休は、そしてカウンターのようにリンクの鼻先に手の中の粉末を叩き付ける。
ひょい、と軽く避けた一休は、そしてカウンターのようにリンクの鼻先に手の中の粉末を叩き付ける。
「ゲホッ、ごほッ、こ、これは……!?」
「『ワブアブの粉末』。なに、ちょっと力が出なくなるだけの粉薬ですよ」
「『ワブアブの粉末』。なに、ちょっと力が出なくなるだけの粉薬ですよ」
倒れたリンクの呻きに、一休は全く調子を崩すことなく答える。
一休の閃いたアイデアは、簡単なものだった。
4人が『紅皇バチの蜜蝋』で錯乱しているのなら、まず4人を無力化してこれ以上の事態の悪化を防ぐ。
相討ちするに任せて、最後に残った1人を『ワブアブの粉末』で無力化する。
幸い、カーテンの向こう、窓のすぐ外には校庭が広がっている。
火を消すことを諦めれば、動けぬ4人を順次運び出すのはそう難しいものではない。
一休の閃いたアイデアは、簡単なものだった。
4人が『紅皇バチの蜜蝋』で錯乱しているのなら、まず4人を無力化してこれ以上の事態の悪化を防ぐ。
相討ちするに任せて、最後に残った1人を『ワブアブの粉末』で無力化する。
幸い、カーテンの向こう、窓のすぐ外には校庭が広がっている。
火を消すことを諦めれば、動けぬ4人を順次運び出すのはそう難しいものではない。
そう……既に一休は、消火活動を諦めていた。
本当は、まだ諦めるほどの炎ではない。実は消火器を持ってくれば十分消せる。消火栓を使ってもいい。
けれども、一休はそのどちらも知らなくて――その上、鉄筋コンクリートの耐火性を、全然知らなくて――
木造建築の火の回りの早さが念頭にある彼は、早くも「これは無理だ」と判断してしまっていた。
いかにとんちが優れていようと、知識がないものは仕方がない。
本当は、まだ諦めるほどの炎ではない。実は消火器を持ってくれば十分消せる。消火栓を使ってもいい。
けれども、一休はそのどちらも知らなくて――その上、鉄筋コンクリートの耐火性を、全然知らなくて――
木造建築の火の回りの早さが念頭にある彼は、早くも「これは無理だ」と判断してしまっていた。
いかにとんちが優れていようと、知識がないものは仕方がない。
「さて、急いで4人を外に出さねばなりませんね。けれど、あわてない、あわてな……!?」
ジ リ リ リ リ リ リ リ リ リ … … … ! !
見事に作戦通りに事態を収めた一休は、突然鳴り響いた大音響にビクッと震える。
思考が真っ白になるような、ベルの音。凶暴な音の不意打ちに、知恵も何も出ず、一休はしばし凍りつく。
見事に作戦通りに事態を収めた一休は、突然鳴り響いた大音響にビクッと震える。
思考が真っ白になるような、ベルの音。凶暴な音の不意打ちに、知恵も何も出ず、一休はしばし凍りつく。
それは火災報知器のベルの音だった。
煙草やアロマテラピーのレベルの煙ならともかく、ここまで火が大きくなれば当然の帰結だ。
しかし、一休の時代にはそんなモノは存在してないわけで――
誰がどこでこの音を鳴らしているのかも分からず、激しく混乱するばかり。
煙草やアロマテラピーのレベルの煙ならともかく、ここまで火が大きくなれば当然の帰結だ。
しかし、一休の時代にはそんなモノは存在してないわけで――
誰がどこでこの音を鳴らしているのかも分からず、激しく混乱するばかり。
そしてその機を逃さず、倒れていた者たちが動きだす。
幻から完全に脱したわけでもなく、それでも一方的にやられていた者たちが、反撃を開始する……!
幻から完全に脱したわけでもなく、それでも一方的にやられていた者たちが、反撃を開始する……!
≪141:真実は煙に紛れて(2) | 時系列順に読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |
≪141:真実は煙に紛れて(2) | 投下順に読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |
≪141:真実は煙に紛れて(1) | 一休さんの登場SSを読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |
≪141:真実は煙に紛れて(1) | リンクの登場SSを読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |
≪141:真実は煙に紛れて(1) | 小狼?の登場SSを読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |
≪141:真実は煙に紛れて(2) | 古手梨花の登場SSを読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |
≪141:真実は煙に紛れて(2) | 灰原哀の登場SSを読む | 141:真実は煙に紛れて(4)≫ |