鷹の眼差しは死の宣告 後編

(投稿者:レナス)


翌日のアムリア戦線最前線。既に遥か眼下では見渡す限り展開する戦車大隊による面制圧砲撃が展開し、着弾点である区画では数多の黒煙が束になって高々と立ち上り始めている。
常ならば「G」の侵攻に抗するだけであったが、作戦と言う反撃が昨日の今日で開始された。昨日の攻撃で多くの「G」を屠り去り、前線付近の「G」が激減している今しか現在の人類には反撃の糸口は存在しない。
元より戦線の維持が現在のアムリア戦線の目的であり、メードの多くを投入しても大陸深くまで奪い返す余裕はないのだ。

押しては押し返される。人類は辛うじて「G」と拮抗するのが精一杯なのである。

砲撃音が雲の上まで轟き、それを耳にしながらも飛行する十数の人影。皆が一様に背に翼を有し、それでいてどれもが異なる形状を有している。
それでいて尚、その共通するは″白″。全ての少女が白い翼を有している点である。ルフトバッフェ最強が一角、『白の部隊』である。

「――あの、ホルン隊長・・・?」

大口径の銃と盾を持つ少女、アムは先頭を行く部隊長のホルンに恐る恐る声を掛ける。
元々気軽に声を掛ける部隊の面々であるが、今回ばかりは隊員の誰もがホルンに声を掛け辛らそうにしていた。
アムが皆の代表として、鼻歌交じりに飛行するホルンに声を掛けたのだ。

「んっ、どうかしたかな?」

振り返るホルンの表情は何時もの通り楽しそう。いや、今日は一段と機嫌が良いかもしれない。
隊員達の懸念とは正反対と言って良い。何も考えず、お気楽に生きている様に見えてしまう。
だがその実、ベーエルデー最強の三人の内の一人である彼女は、この部隊の誰よりも強く、そして切れる。
故に困惑する。その奇行は幾度も目の当たりにしているが、今日のそれは今までの比では無い。

「あの、その子は・・・」

「さっき言ったよー。今日の作戦にはこの子を連れて行くぜー、って」

「いえ、それは確かにみんな耳にしてますけど―――」

ホルンの腕の中に少女が一人。フライの機動性に抗する為に大型化し、弾速を重視する傾向のある空戦メード用の銃は存在するが、彼女の腕の中に居る少女のそれは一際大きかった。
当然である。遥か眼下の大地より、大空に存在するフライを狙うには距離による速度の減衰を可能な限り抑える必要があるのだから。

大地からフライを撃ち抜く。その無茶を求められて存在するメードの少女、パフィーリア。
それがホルンの腕の中に居る少女の名である。昨晩のどりすにホルンは今回の作戦にパフィーリアを連れていく事を告げた。大地から駄目ならば同じ空から、と。
弾速の減衰を抑えようとも無くせる訳では無い。到達時点で即在の戦闘機の機関砲すら劣る弾速にまで落ちているだろう。
例えメードの能力で威力が有ろうとも、フライに命中させなければ無意味。故に彼女に連れて来た。

もしそれだけならば、ホルンの奇行として部隊の面々は呆れ混じりの溜め息を吐くだけで此処まで顕著に困惑を露にはしない。
パフィーリアを連れて行くに当たり、ホルンは戦う上で絶対と言える手段を放棄していた。

「――武器を一つも持って来てないのは、本当ですか?」

ホルンは自身が持つべき重火器の何一つを放棄していた。

「おっ、あたしの言ってた事を疑ってる? なんなら身体検査でもすると良いよー。
ついでに本日のあたしの下着が何色か見たい? 見たい?」

小さく緩やかなバレルロール。腕の中の少女への配慮か、それでいて淡く雄大な真白の翼が世界に舞う。
彼女の腕はパフィーリアを抱き抱える為に使われ、背中や腰、そしてロングスカートの内側もしくは太腿にも武器の類は存在せず、完全に武装を有していない事をアピール。あるとすれば、パフィーリアが抱える対空銃のみ。

「――くっ、フロイラインに相応しい純白・・・だと!!?」

非武装である事と合わせ、もう一つの理由でアムは衝撃を受けてよろめく。ホルンがどりすに提示した条件、それはパフィーリアを連れて行くと同時に自身は何一つ武装をしない事。それは敵の餌と成りに行く事を意味する。
幾ら部隊の隊長とは言え、超高速で縦横無尽に飛び交うフライと相対すればどんなに後ろに下がろうとも交戦の危険性は何一つ変化する事はない。空の戦場に立つ者ならば誰もが知る常識。
ホルン自身、それを承知している筈である。例えもし、パフィーリアを当てにしているのならば、それも危険。今の彼女は起きているのか気絶しているのか不明な容体。昨日の一件で自我を喪失し、銃を抱えているのが不思議なほどである。

「ふっふっふっ~。まぁ、見ててくれれば良いよ。みんなは何時も通りに戦って貰えば万事おっけ~」

酷く含んだ物言いに部隊の少女達は一様に溜め息。流石に無防備は危険なのでアムを支援に付けた。
ホルンはぶーぶーと文句を垂れて一人でも大丈夫だと言っていたが、逆に部隊の面々の頑固な主張に合意せざる得なかった。

「おっ、来た来た」

雲の真下より浮上する複数の影。炸裂する榴弾の音に呼応し、何処からともなくフライが此方に向かって飛び発って来た。
彼らの視界には既にホルン達『白の部隊』を補足している。接敵まで残り十数秒程。ホルンは宙返り、後方の部隊員と面を合わせる。

「本日の作戦はフライを可能な限りあたし達に引き付ける事。
まぁ、スニムバやシーアだったら全滅って言いそうだけど、無理せず必ず全員生還することが絶対条件。その上で多くの戦果を期待する、以上!」

全員が敬礼を返し、腕を開ける事が叶わないホルンは微笑みで返す。
そしてホルンが再び巡航姿勢へと戻ると、ある者は安全装置を解除して薬室へと銃弾を装填し、ある者は鈍器を手にして力強く握り締める。

交差する二秒前。銃器も持つメード達とってこのタイミングが戦況を左右する大事な時間であった。

「戦闘開始っ!!」

数多の銃声が青空に彼方に響き渡った。



『白の部隊』が戦闘を開始して半刻。戦果は上々である。撃墜数は三桁に達し、尚もスコアを伸ばして行く。
だが、部隊の誰もがそれに甘んじる事は無い。そしてスコアなど考える余裕も無い。墜とした数だけ、フライは来襲する。
流石は敵地の最前線。昨日も数多のフライを潰したにも関わらず、その数は留まる事を知らない。

見渡す限りにフライは必ず視界に入り、背中を取られ、敵の背中を取っていない少女達は居ない。
敵を落としつつ、敵の攻撃を躱す。地上におけるメードの戦闘とは異なり、フライの一撃を不用意に喰らって体勢を崩せばそのまま殺される危険が付き纏う。況してや誰もが追われている現状、救援は期待出来ない。

せめてもの救いは相対速度が大きく、ほんの一瞬だけを避ければ次撃まで数瞬だけ空きが生じる。
尤も、別のフライの攻撃が無いとも限らないが。可も無く不可も無い。現在の戦況はこの一言に尽き、作戦目的は維持しているが誰か一人でも落とされれば均衡は崩れる。
このシビアな戦いは今まで起こり得なかった。ホルンという強固な戦力が居るからこそ、彼女達は今の今まで最強であり続けていた。だがその彼女は今、

「よっ、はっ、と~っ!」

数にして三匹。三体のフライの捕食という攻撃を躱し続けていた。瞬発力が無類な彼女だからこそ、例えどんなに接近されようとも回避は容易い。
況してや武器を持たず、腕の中の少女を気遣いながらの回避行動から推察すれば彼女の実力の高さを窺い知れる。

「くそっ、当たれ!!」

そのとばっちり食っているのがアム。彼女自身の安全は基より、ホルンを狙うフライをあしらい続けている。
瞬発力に物を言わせるホルンの軌道に合わせてフライの機動も複雑怪奇なものとなり、狙撃しようにも命中は期待出来ないでいる。
元より単発の威力を重視したアムの大口径の銃では弾速は期待出来ず、簡単に回避される。

そして何よりもアム自身がホルンの機動に付いていけていなかった。最初期は体力に物を言わせて後を追ったが、それが半刻以上も継続されれば遅れ始めるのも当然である。
アムは此処に来て改めてホルンの凄さを痛感させられた。例え武装をせずともフライを手玉に取る機動性と柔軟性、そして敵をあしらうだけの隙を見せない頭の回転を見せ付けて来る。
今も日常と変わらぬ小さな笑みを浮かべていながらも、その飛翔する姿は凶悪無比。アムには到底辿り着けぬ境地を白日の下に晒され、そして両断された。それが隙となる。

「アムっ、後ろ!!」

鷹の眼差しへと変貌したホルンの警告。咄嗟に振り返る時間を惜しんで左腕を背中へと突き出した。

「っ!!」

衝撃。フライの無数の刃が盾の表面を一瞬にして深く抉る。
ほんの一瞬の気の緩みの結果、フライの全体重の乗った突進を正面に喰らってしまった。

『白の部隊』の面々は力強い飛翔力が重視され、空戦メードの中でも衝撃に強い傾向にある。
だが一トンを超える重量を誇る突進で正面に耐える事が出来る空戦メードはホルンぐらいなもの。
アムは堪え切れず、貪られる盾を手放して離脱、戦慄。己が直感に従って銃口を向けた先には新たなフライ。

視線を向けてからでは致命的だった隙は自身の感性で補った。撃ち出された弾丸はフライのど真ん中を目指す。
それが不味かった。正確過ぎた直感がミスを誘発する。フライは弾丸を見極める。
メードの力で強化しても、口径を重視した銃の弾速では見極められてしまう。敵は躱わした。

「―――っ!!」

次弾の装填――間に合わない。回避――突進の慣性が強過ぎて不可。防御――盾は投棄している。救援――最寄のホルンは非武装で距離もある。
フライの小さな回避行動で稼いだ死まで一瞬に考え付く全て思考は不可避。走馬灯のように流れる流動的な刹那の時間をアムは瞬く事なく見届ける。

開かれるフライの顎。超音速で羽ばたくフライの羽根の羽ばたき。そのフライの頭部脇に迫る大口径の弾丸。

「っ!!!」

直感では無く、経験に基づく空中バック転。戻った時間の中で、アムに迫っていたフライの頭が弾け飛んでいた。
巨大な砲弾と化したフライの屍を躱して索敵。間近にはフライは存在せず、アムは弾道を辿って横を見上げる。
続く二つの咆哮。それと同時に二匹のフライが落ち行く。その影より露になる一人の乙女。否、二人の乙女。

無邪気な笑みを浮かべて我が事の様に喜んでいるホルンと、その腕の中で虚ろな瞳で銃を構える少女の姿。
パフィーリアの表情は夢遊病者の如く感情は読み取れず、そのまま事切れても何ら不思議ではない。
だがその状態のまま、彼女はボルトアクションで薬莢を排出し、次弾を装填。

その一連の動作に澱みは無く、むしろ力強い。

「・・・隊長。その子、起きてるんですか?」

「う~ん・・・どうだろう?」

首を傾げる。彼女も腕の中の少女の表情を見て測りかねている。突然の銃撃。
むしろ一発で一匹を落とす様から見れば狙撃である。半刻の戦闘の中で一度たりとも反応が無かった今になっての狙撃。
それが何を意味するのかは二人とて直ぐには理解出来ない。分かる事と言えば、

「―――・・・後ろ・・・・・・」

その言葉が何を意味するのか。ホルンだけが聞こえたその言葉の反応し、弧を描いて反転。
先程までホルンが居た場所を新手のフライが通過。死覚となって漸く気が付いたアムは銃を構える。構えようとした――。

機関砲の砲身を流用した長い銃身が、ホルンの機動で澱む事なくフライの首を捉え続けた。
20mmという口径から繰り出される至近距離での威力は例えドラゴンフライとて皮膚を抉る程に。
フライ程度の小型の獲物では直撃に耐え切れる道理はない。故に首は千切れ、衝撃が切断部分より身体全体へと及び、無残な屍体となって舞い落ちて行く。

漸く銃口を定め終えたアムは茫然。既に落ちて行くフライを見送り、そしてパフィーリアの姿を見詰める。焦点の定まらない瞳。
だがこの少女がフライに銃口を突き付ける瞬間、確かに視点は定まっていた。彼女の銃口は始終フライの首を捉えていた。まるで有する銃が彼女の瞳の化身であるかの如く。

「―――その子は何者なんですか、隊長・・・?」

狙撃そのものは空戦メードの中にも可能な人物は存在する。
だがそれは安定した姿勢を保った状態で初めて可能と成り、他者に姿勢制御を託し、況してや見ず知らずの他者による急旋回の最中で狙撃を完璧に敢行する等異常である。
より精密な狙撃ともなれば安定した体勢が重要と成り、狙った個所をほんの一瞬のタイミングだけで成功させるなどメードと言えども至難の業。偶然? あり得ない。アムは自身の目と直感に確信を抱いて言える。

「誰よりもフライの撃墜を求め、誰よりもフライを見続け、誰よりもフライを狙い打ち続けた健気な女の子だよ」

パフィーリアの頭を優しく撫でる。再び垂れ下った銃をしっかりと握り、本当に先程の狙撃を成し得た少女だとは思えぬ程に、されるがままである。
だがそんな少女の首が意図的に擡げる。瞳は淀んでいるが顔の向いている先を見れば、フライに追われる部隊の少女達の姿が。ホルンはアムを見る。アムはそんな彼女に頷きで返す。

「そんじゃ、反撃と行きますかっ。ひぁうぃ~ご~!!」

「了解。アム、いきます!!」



高度を稼ぎ、引きつけた所で一気に降下して距離を稼ぐ少女達。一人はすれ違いざまに鈍器で叩き潰し、他の者は火器で反撃を敢行。
アイコンタクトもせず、淀みのない少女達の連携に追撃するフライの大半を撃墜。生き延びた残り一匹のフライに逆襲を掛けるべく、少女達は一網打尽にするように四方へと展開。
だがそれは不要となる。虚空より飛来する一筋の軌跡がフライを貫き、撃墜。皆が一様に軌跡を辿ると、編成の間を追い抜く二つの影。

アムが敬礼で、ホルンはウィンクで少女達に返答。そして新たなフライの集団へと飛び去って行く。
少女達はお互いの顔を見合せ、溜息。その意味は「漸くか」、である。そして彼女達はホルン達の後衛として加速する。

「――攻撃・・・」

前方に点在するフライが此方へと飛来する姿に呟いたパフィーリアの一言。ホルンはそれに頷く。

「おっけぃ! みんな撃ち方始めー!」

数多の火器が火を噴き、フライへと飛来する。フライは当然の如く各々不規則に回避軌道を取る。
其処にアムの銃が火を噴いた。狙いを定め、閃く感性に従って狙撃。狙ったフライに掠る。
足を数本穿ったが止めるまでには至らなかった。だがそのフライの頭が吹き飛ぶ。

規則的なリズムで、次々とフライの身体が弾けて行く。パフィーリアによる狙撃が大半のフライを撃墜していた。
そして弾倉を排出、新たなカートリッジを装填し、次弾に備えた。

最終的にこの一度の交差で撃墜したフライの総数は十三匹。無傷のフライは少女達を警戒して距離を取って離れて行く。
距離を取られてしまえばどんなに放とうとも命中は困難。今も弾幕を展開しているが命中する気配はない。パフィーリアは動く。体勢としては真下に撃つ構えで飛行する後方へと銃口を向ける。

発砲。それは真っ直ぐフライへと迫り、躱される。そして命中する。自身が投棄した弾倉に。
表面を浅い角度で反射した弾丸は間近のフライの羽根を千切る。飛行不能となったフライは少女達の弾幕に曝され、撃墜。
そうしてたった一度の交差で計十四匹のフライを全滅させた。

気が付いた者は一様にパフィーリアを見詰め、見られている当人は銃口を太陽へと向けていた。
自身は虚空を見詰めたまま、発砲。耳元で鳴る発砲音にホルンは「お~・・・」と耳鳴りに少し顔を顰める程度。
そして銃撃の軌跡を辿って見上げる一同は、無残な姿と化して落ちて来たフライを避けた。

「―――凄い・・・」

此処に居る空戦メードの誰よりも早く、そして正確にフライを貫く狙撃能力にアムは息を呑む。
パフィーリアはフライが如何の様に動くのかを予め熟知しているかのようであった。

「次、行くよ!」

だがそんな余計な事を考え続けられる程に戦局は未だ許してはくれない。新手が彼方より迫り来る。
今も仲間を追い回すフライは数多く、皆一様に索敵行動を怠らない。
ある者たちは連携を保って救援の為に離脱し、ある者はホルン達の編隊へと組み込まれる。

「・・・引き付けてから、攻撃する」

明瞭になりつつあるパフィーリアの指示を、ホルンは皆へと伝える。少女達はその指示に応じ、そして心強い支援狙撃に士気が上がる。
これより作戦終了の夕刻に至る時までフライの撃墜数は加速度的に増加する。そして今回の『白の部隊』による撃墜スコアはベーエルデー歴代屈指のもとなるのは、また別の話である。



砂漠の地平線へと没して行く今日の御天道様。砂の地にぽつりと存在する大きな施設。アムリア大陸の最前線にして最大の基地では高らかな歓声と熱気に包まれていた。
此度の作戦が成功し、それを祝して基地のあちこちで、出撃していた部隊の生き延びた者達を盛大に担ぎ挙げていた。
特に一際大きく囃し立てられたのが空戦メード達『白の部隊』。彼女達は航空戦力を完全掃討し、制空権を確保。その末に爆撃機による絨毯爆撃で作戦は大成功と言っても過言では無かった。

派手な歓迎を受ける空戦メードの面々も満更でも無く、差し出される数多の酒の差し入れに陽気に応対。
其処に他のメード達も加わって戦場の美しい花が一か所に集まるものだから更に拍車が掛かり、お祭り騒ぎは夜遅くまで続くだろう事は誰の目にも明らかであった。

そしてそんな騒ぎとは孤立し、無縁である一室。遠くの騒々しい喧騒が届く場所に戦場の花が二輪。

「よぉ、凍傷の方は何だって?」

「うん、大した事無いって。むしろ呆れられた。
長い時間低温環境に晒されてこの程度の済むメードの能力には脱帽だ、って」

ベッドの上でパフィーリアが自身の包帯が巻かれた腕を翳し、傍らの椅子に座っているどりすが自身の頭を掻きつつ、歎息。

「元気になった・・・で良いのかね?」

どりすの言葉に、苦笑して頷く。

「・・・実際の所、今回の作戦が終わった赤い夕陽を見てる所くらいからしか覚えていないんだけどね」

メードは多少の寒暖には人間よりも強い。だが極低温下にある上空では空戦メードぐらいしか長時間動き続ける事は困難。
それが翼による効力なのか、意識が混濁していたパフィーリア自身がそれを怠っていた為かは不明。
空戦メードの一人がパフィーリアの症状に気が付き、そのまま入院となった。尤も、一晩眠れば日が昇る頃には全快している、それがメードである。

「「・・・・・・・・」」

互いに無言。一方は心配を掛けた末に何を言えばいいのか分からず、一方は元気になった少女に明るく接しようにも空気を読む話題が思い浮かばずに沈黙してしまう。だが其処に空気を読んでか読まないでか、一人の人物が入室する。

「やっほ~、お元気してますか~?」

見やればそこには一輪の花どころでは無い満開の花束が。ホルンが一人、お土産を両手に入って来る。

「いや~、ここの基地の皆さんは戦いの疲れというものを知らないみたいだよねー。
やんややんやわんさかわんさかとお祭り騒ぎで大盛り上がり。おっとこれ、差し入れだよ。
お酒の方が良かったかもしれないけど怪我人には御法度ってホルンに怒られちゃうんで堪忍してな?」

ガラス瓶のオレンジジュース数本を片手の指に挟み、もう片方の手には数種類の食べ物が小皿に盛られていた。
それらは騒ぎの中心地点から持って来た物なのは明白であった。

「主役が抜け出して良いんですか? とても盛り上がっているみたいですけど」

「大丈夫大丈夫。部隊には可愛いおにゃんこがいっぱい一杯居るから一人ぐらい抜け出しても気が付かんもんですよ。
それよりもどうよ、怪我の具合。部隊のみんなには無茶し過ぎだとこっ酷く叱られちまったっすけど。国帰っても大目玉は確実なんすけどね。ほんと参っちんぐ」

「怪我の方は一番寝れば問題無いそうです。・・・けど、済みませんでした。ウチの為にご面倒をお掛けして。
ウチは意識が戻るまでの間の事、覚えていないみたいで実感が無いのですが――」

「それなら気にして無いから大丈夫。むしろ大助かりだったんだから。今日の作戦では過去に類を見ない程に大量のフライがい~っぱい出て来たもんだからパフィーリアの狙撃は有り難かたかったよ」

「・・・そうですか。それは、良かった、です」

自身の右手を見詰め、人差し指を動かす。記憶は全くない。それは確かである。
意識を取り戻し、直ぐに気絶する数瞬の時間に見止めた夕焼けすらまどろみの夢の様にも思える程に、ベッドの上で再び目覚めた時以外の記憶は無きに等しかった。
だが、その指に残された感触だけが妙に実感に帯びていた。届いた、実感が。

「・・・・・・ウチは、フライを―――」

「墜としたよ」

ホルンが肯定する。何度も蠢くパフィーリアの右手を両の手で優しく包み込み、柔らかな微笑みを湛える。

「一匹や二匹じゃない。二桁でも足りない。それこそ手持ちの弾の数だけフライを撃ち抜いたと言っても過言じゃないよ。その指を引く度に敵を撃ち落とし、あたしの仲間を助け、戦う人達の明日を切り開いたよ」

抱き締める。他者に包まれた自身の右手を見詰め続けていた一人の少女を。小さく震える小さな女の子を。

「――ウチは、本当に、誰かの役に、立った、の・・・?」

「うん。役に立ったよ。役に立ち過ぎて、あたし達空戦メードの沽券が奪われちゃいそうなぐらいにね」

少女は抱き返す。顔を胸に埋め、更に震え出す言う事の聞かない自身の身体を抑える様に。そして震える自身に正直に。

「ウチは、狙った、目標、に―――」

少女は願った。願い続けた。一途に。頑なに。懸命に。我武者羅に。只管に、

「当たったよ」

願い/戦い/在り/耐え/撃ち続けた。その末に、

「パフィーリアは当て続けた。逆に当たらない弾なんて探したって出て来ないよ」

「・・・ウチ、戦闘の最中の記憶が無くて、全く覚えてなくて・・・フライを落としたなんて、人に言われても信じられなくて、でもこの右手が、指が、どうしてだか覚えてる。どうしてだろう、思い出せないのに、覚えてないのに・・・」

自身が壊れる心すらもすり減らして大空の目標を狙い続けた少女は、

「・・・どうして、こんなに――――」

「良いんだよ。今は、今だけは。思いっきり」

ホルンは力強く、抱き締める。少女は目を見開き、そして。



狙撃という行為は、ただ目標を狙うだけでは無い。狙った相手を殺すにしろ壊すにせよ、心をそれ一点に集中させる行為となる。
偏に精神統一。喜怒哀楽は蚊帳の外へと押し出さなくては引き金を引いた瞬間に大きく狙いが逸れてしまう。力めば引くタイミングを逸し、緩慢では躊躇いが生じる。
数多の狙撃を繰り返す内に意図はどうあれ、自然と無心になるものである。

だがそれは結果論であり、その過程の如何なる理由をも淘汰されてしまう。
故に彼女の心は抑え込まれ、すり減らし、擦り切れて、今回の一件へと発展した。

「――あーしも気を付けなくちゃならねぇなぁ・・・」

部屋の外へと移動し、壁を背にしたどりすはそう呟いた。彼女自身がムードメーカーであり、自称をし、元気娘であるのも心の何処かでそれに気が付いていたからか。
それとも偶々公私を分ける術に長けていたからなのかもしれない。少なくとも、今のパフィーリアのそれこそがあるべき姿だとどりすはほんの少しだけ羨ましく思う。

ドアが開く。見遣れば洋服をぐしゃぐしゃにしたホルンが丁度出て来た所であった。
どりすに気が付き、小さく苦笑。指で部屋を示せば、口元に指を立てたので暗黙の了解に。
ホルンの誘いを断る理由も無く、どりすは横に並んで通路を進む。
喧騒は相も変わらず基地中に響いており、本当に夜通しで騒ぎ続ける様である。

「・・・あん時は、酷ぇこと言って悪かったな」

昨日の罵倒、そして先程のやり取りの一件でホルンと直接話すのも躊躇われ、今の今まで言えなかった一言。
やり切れない思いはあるが、一方的な物言いにどりす自身も少し反省していた。対するホルンは微笑んだ。

「気にして無いよ。どちらかと言えばあたしの方が悪かったもの」

「いや、あんたの言ってる事は正しいさ。でも、だからこそあいつも苦しんでたのさ。自分の不甲斐無さで沢山の味方を見殺しにしちまった責任。
それが落とせないジレンマの合わさって疲れてたからさ。あーしにもそれが分かるから、分かるから・・・何も言ってやれなかった。情けないね、あーし」

思うだけでは通じない。それが現実。それが戦争。必ず何処かで、何かを割り切らなければならない。

「そんな事ないよ。あの子の事、ちゃんと見てくれていたんだもの。言葉だけじゃ、伝わらない事もある」

だがそれは理では無い。故にホルンは首を横に振る。

「そうかね・・・?」

「うん、そうだよ」

「――――そうだと、いいな・・・」

細やかで切なる想い。どりすはそれを胸に秘め、今の今まで秘めていた疑問を投げ掛ける。

「・・・なぁ、あんたはパフィーリアが元気になる事を、分かってたのかい?」

一度は完全に精神崩壊とも言える状態にまで追い込まれていた。今でこそ明確な言葉の応酬が可能な程に回復しているが、前後の様子を見比べれば奇跡的と言っても過言では無い。
戦場に出て、フライを撃墜する。幾ら願ったとて、心が壊れていたらそれすらも不可能である。それを初対面である筈のホルンが元気にしてしまった。どりすの疑問は、当然であった。

「そんなに難しく考える必要は無かったよ。あの子が大地からフライを撃つ姿を見てたから、これ以外に治す方法は無いって直ぐに分かった。
君なら分かるかな、三秒以上離れた場所の混戦の最中、敵だけを狙い撃つ難しさを」

三秒。それは短く、そして長い。味方を誤射する恐れに加え、不規則に動く相手の三秒先を先読みしなければ意味が無い。
況してや縦横無尽な機動を取るフライ。どりすとて交戦中のメードとウォーリアが切り結ぶさなかにウォーリアだけを撃ち抜くには神経を使い、その上三秒先を読むなど不可能以前にやろうとも思わない。

だがパフィーリアには必要な技能。地上から狙うとなればそれをせざる得ない。敵を、味方を、風を、星を、世界を。その瞳に写す力を。
そこまで思考を進めて驚愕、背筋が凍る。ホルンの顔を見れば、彼女の微笑んでいた。

「それだけじゃないよ。単身で戦場に居ればワモンとかに襲われる危険もあった。実際襲われていたけども、迎撃していた。目はずーーーーっと空に向けたまま。
それはそうだよね、まっ直ぐ突っ込んでくるだけの敵なんて三秒どころか十秒前からでも狙い撃てたかもしれないよね。音だけで判別していた、これは私見」

先見では無い。経験に基づく絶対感覚。フライを落とす事を願い、瞳に焼き付けた世界の営み。彼方を狙い続けた故に身に付けた繊細にして絶対な照準技術。
飽くなき果てまで放ち続けた銃捌き。これら全てが彼女自身が身に付けた技術の結晶。高度というハンデを解消すれば、パフィーリアが劣る要素は欠片も無い。
弾速の減速も、同じ高度では刹那に貫く必中の刃。高度こそが最大の障害、そして唯一の欠点。ホルン自身がそれを目の当たりして、愕然とした。

「あの子に翼があったのならば、空戦メード最強の一人になれてた。間違いなく」

だがあの技術は自身を追い込む程の、そして絶対的な障害を前にして初めて昇華した力。
それを知ったからこそ、ホルンは本当に残念に思った。彼女の力が報われる事が無い事に。

「う~、あの子をうちの隊にスカウトしても良いかな? 良いよね? 良いって言ってよ、ばぁにぃ!」

「あーしはそんな名前じゃないやい! あーしには『どりす』っつーちゃんとした名前があるわい!」

「どりすちゃ~ん。お願~いっ」

「いや、パフィーリアはアルトメリアから派遣されてるから、あーしに言われても無理なんだわ・・・」

「むー、それは確かにやっかいですなー」

顎に手を添え、本気でスカウトするつもりなのか。どりすは冷や汗を流す。

「―――まっ。何にせよ、あの子のこれからはパフィーリア自身が決めるしかないんだけどね」

そうしてウィンク。どりすはそれを見て、抜け目のないこの空戦メードの女性は苦手だと、改めて実感した。



「ちょっと呆けないでよ!!」

パフィーリアが我に返ると、テーブルの対面で獣人の耳を怒らせて立てている少女、アルヴィスが睨め付けていた。

「ええ~っと・・・何だったけ?」

「呆けた? アタシを目の前に呆けたのね? 若年性健忘症になるのは勝手だけど、アタシと話してる途中で突然呆けないでよね、迷惑なの。
アンタがどうしても自分の思い出話を聞かせたいって言うから戦闘に参考にでもなるかもしれないから仕方なく聞いてやってるのにその態度を取るとは良い度胸ね」

「ぅー、御免御免。それで、どこまで話したっけ?」

アルヴィスの辛辣な言葉を浴びせ掛けられつつもパフィーリアは謝罪する。
元よりアルヴィスの毒舌は今に始まった事では無く、パフィーリア自身も話の途中で自身だけ回想に入ったのは拙かった。

「―――ふん。で、あんたが無様に心砕かれて、どうやって復活したか、という所よ」

だが途中までの話でアルヴィス自身も満更興味が湧かないでも無かったのか、先を促した。

「いや~。実は気が付いたら元気になっていたっていうオチなんだよね」

椅子から転げ落ちる。米神を震わせ、アルヴィスは立ち上がる。

「・・・・・・期待して大いに損したわ」

そう捨て置き、怒る事すら億劫になって立ち去ろうとする。

「ああ、でもホルンっていうと~~~~~~っても綺麗な女性に出会った記憶ならあるよ。
それで良かったら一晩中聞かせてあげられるけど~?」

頬を染め、悦に入る百合なパフィーリアに一瞥する事なくアルヴィスは退室してしまう。
その様子を見届けて苦笑。だが実際彼女自身の言った事は事実であり、この先は話せる話題は皆無。
結局アルヴィスには期待させるだけでさせた自身も悪い。こうなる事は分かっていたにも関わらず、この話をした理由もちゃんとある。

アルヴィス自身がそれに気が付いてくれるかどうか疑問ではあるが・・・。
だがきちんと話しておきたかった。力の有様を。方向性を。自身が経験した、一つの行く末を。同じ思いを、味遭わせたくないから。

「ん?」

頭に感じる物理的な感触。そして傍らの気配。見れば淡い髪の色をした少女、アネモネがパフィーリアの頭を撫でていた。
悪い気はしないが、脈略の無い行為に首を傾げざる得ない。そんな彼女に優しい眼差しで一言。

「―――頑張ったね・・・」

一瞬驚き、瞼を閉じる。そこ言葉にどんな意味が込められている事か。まるでパフィーリアの心中を突くものとも思えてならない。
だが彼女自身、そこまで相手に悟らせる程に深く話してはいなかった。故にアネモネがその言葉に込めた意味を測る事も出来ない。けれども――。

「――有難う、アネモネ」

「――ぅん・・・」

悪い気はしない。結果的に意味は無いかもしれない。あの日々は結局無駄でしかなかったのかもしれない。
それでも今この時を、幼いメード達の未来の糧になる為に生きるのも悪くは無い。

悪くは無いと、私は思う/願う。



補足事項

この物語は執筆者の脳内で構築されたお話を掲載しております。
ここで使用された設定及びキャラクターの言動は他所とは異なる事があります。ご注意ください。


補足Ⅱ

パフィーリアが使用していた銃の設定↓

フラックガン(参考設定:Flakvierling)
20mm口径対空狙撃銃。元々の対空機関砲の砲身をメード仕様に換装した銃。ボルトアクション方式を採用。
ザハーラ共和国に派遣されるパフィーリア用に開発された。現行の対空機関砲の弾薬と規格が同じな為、流用が可能。
弾倉はスプリング強制排出方式。装填されている弾倉はワンタッチで強制的に排出され、次弾装填の時間半分を確実に省く。

全長:2.1m 銃身長:1.3m 装弾数:10(+1)発 有効射程:10,000ft(推定)。
銃身を上方に向ける為、安定性の確保に後部を重くし、脇に挟んで構える使い方をする。
大口径による発熱の問題は、元々連射を前提とした機関砲の銃身を用いている上にボルトアクションなので冷却の猶予は十二分。
空戦メードにも応用可能ではあるが、より効率的な銃がルフトバッフェで採用されているのでパフィーリアの派遣終了に合わせて生産終了。


関連項目
最終更新:2009年04月19日 11:18
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