M.A.I.D.ORIGIN's 五話

「そうか、武装SSの紋章が見つかったわけだな」
 お昼のマイスターシャーレの教員宿舎の一室。ライサは自分の部屋の椅子に腰を下ろし、綺麗に片付けられた机に片肘を突いていた。彼女は神妙な面持ちで、机に並べられた報告書と写真、そして武装SSの部隊章を眺めている。
 そんな彼女の、机を隔てた先に一人の男が立っていた。使い古されたエントリヒ帝国陸軍の軍服を着たスケルトンだった。頭蓋骨を模様したバラクラバは被っていない。坊主頭の顔には、いくつもの銃創や刀傷の一生傷が出来ていた。
「貴方たちが何をしているのかは、アサガワ教官から聞きました。ですが、このことは私の傭兵部隊に一切話していません」
「お気遣い感謝する、アムセル。君の部隊は、しばらくマイスターシャーレの方で活動してほしいのだが」
「ええ、私もそのつもりでいます。事が事だけに、そちらの方では対処できない事態は、私の部隊に任せて欲しい」
 スケルトンないしアムセルの頼もしい言葉に、ライサは何気ない笑顔をする。そして、ジョーヌが回収した武装SSの部隊章をライサは自分の軍服の胸ポケットに入れた。
「部隊章を発見した、フロレンツの治安維持隊についてはどうなっている?」
 黒旗と武装SSの関連性を追及されることを恐れたライサは、スケルトンに尋ねた。
「はい。発見した治安維持隊の職員については、フロレンツ駐留連隊で出撃し殉職した武装SSの隊員として言い包めました。また、私の部下が24時間体制で監視中。その気になれば、抹殺も可能です」
「場合が場合だけに、不審な動きを見つけたら、即抹殺しろ。……ヴォ連と同じやり方は好きになれんが、この国の為だ」
 ライサはそう言うと、椅子から腰を上げた。そして、後ろへ振り返る。机の後ろには、外の景色を眺める窓が設けられており、彼女はそこへ向かった。ガラス張りされた窓を眺めると、マイスターシャーレのグラウンドが見えた。その中には、マラソンに励む候補生の姿が見えた。
「真美の容態はどうなっている」
 真美、という言葉にスケルトンは反応に困ったが、アサガワ教官のことだと解釈した。
「教官は、右肩に深い刀傷を。障害が残るほどなので、右腕そのものを義肢に変えるようです」
 そうか、とライサは呟く。そして、窓枠に嵌められたガラスを右手の人差し指でなぞった。ガラスに反射し、うっすらと映った自分の顔を、ライサは見る。ひどく落胆した表情だった。
パラドックスとジョーヌは?」
 ライサはそう言うと、スケルトンはすぐに返事を返した。
「パラドックスはすぐに回復しました。第三研究所で点検を行なってから、教習に向かうそうです」
 フロレンツで起こった事件から、すでに二週間あまりの時が過ぎていた。世界はGとの戦争で慌しい中、エントリヒ帝国内では、不穏な空気が漂っている。フロレンツでの黒旗との抗争は、新たな第三勢力の存在を促した。
 武装SSの存在。それは、皇室親衛隊の中に軍事正常委員会と繋がりを持っていることを意味している。
「ジョーヌは、軽い打撲だけで済みました。彼女は武装SSと黒旗の繋がりを知っているので、帝都防空飛行隊から一時的にマイスターシャーレの方へ引き抜きしました」
「彼女を引き抜いた手筈をやったのは、ヴォルケンか?」
 一呼吸置いて、スケルトンは首を縦に振った。
「ええ、ヴォルケン中将が。ベルンバルト少将の権限を持ってしてでも、最近の行動に皇室親衛隊からも不穏な目で見られている、と中将が言っていました」
「我々の行動はクリスチーノ含めた売国奴に知られている、ということか。迂闊なマネはできないな」
 ライサはため息をつくと、窓を眺めるのをやめた。後ろへ振り返り、スケルトンの方へ身体を向けると、目の前に置かれている椅子に座った。そして、机に置かれた書類を整理し、手元に置かれていた小麦色の封筒へ仕舞い込む。
「状況は確認した。君はジョーヌ、パラドックスと一緒に組んでほしい。よろしく頼むぞ、スケルトン」
 ライサはそう言うとスケルトンは敬礼をし、腰に帯びていたバラクラバを被った。



第五話『幕間』



 同時刻。帝都郊外に位置する、兵器工廠の外れに三人の男が居た。彼らの周辺には、兵器開発の途中で破棄された銃器や、威力確認の名目で的にされた装甲車両、戦車の打ち果てた姿が山のように破棄されている。そんな中、公安SS局長モレイス中佐は、両手をコートのポケットに入れたまま、直立不動で立っていた。輪になるように位置する二人の男を、モレイスは悟られないように見る。
「それで、計画の方は?」
 灰色のロングコートを羽織り、山高帽子を被った男はモレイスの方を見ると、そう言った。男は、武装SS付きの情報将校であり、似たような性質を持つ公安SSにはコネがあった。
「順調だ。帝都の内部情報をリークさせるのを引き換えに、連中はすぐに行動へ移るようだ」
 モレイスは自信たっぷりにそう言うと、男は数回ほど頷いた。
「クリスチーノはどうなっている?」
 情報将校の横に居た男……坊主頭をした、屈強な体格をした大男は低い声でそう言うと、モレイスは怪訝な顔をした。大男は、帝国陸軍に所属する中佐であり、実戦経験が豊富な第六迫撃連隊所属第一種突撃小隊を指揮している。
「彼は順調に仕事をしているよ。事が成就した場合、彼の扱いについては重々承知しているな?」
「勿論だとも。我々は、帝国に変革をもたらそうとする同志は快く歓迎しよう。例えそれが、黒旗の鉄槌論者にしても、やろうとしていることは一緒だ」
 情報将校はそう言うと、陸軍中佐は彼の話を聞くと大きく頷いた。
「今の帝国はMAIDという兵器で成り立っている。彼女らを使えば今戦争の早期決着は望めるかもしれんが、いずれにせよMAIDを使った戦争が国を巻き込むだろう」
 中佐の言葉を挟むようにして、情報将校は口を開いた。
「そうなる前に、手を打つべきだ。空戦MAIDによる暴走事件の次は、MAIDによる帝都中枢の攻撃。それにより、帝都は体制を見直すことになる」
「例えそれが、何千人もの市民を巻き込むことになってもか?」
 モレイスは不服な表情でそう呟くと、中佐は鼻で笑った。
「故に勝利とは何千、何万人もの血を贖って掴み取るものだ。戦場に出たことがないモレイスに言われる筋合いはないはずだがな」
 中佐はそう言うと、一歩前へ出ようとする。しかし、彼の隣に居た情報将校が右手を使って、彼を制止させた。
「モレイス中佐、この場で、現役陸軍将校や武装SS、公安SSの将校が許可なく会合を重ねている意味を、理解してもらいたい。確かに君の言うとおりかもしれないが、事態は緊急を要する。」
「そうなった原因は、マイスターシャーレか」
 モレイスの言葉に、情報将校はこくりと頷く。モレイスたちが画策する計画にいち早く気づき、先手を打ってきたマイスターシャーレ。あの機関は、多数のMAIDと皇室親衛隊候補を保有しており、いざとなれば陸軍、武装SSに変わる『第三の武装組織』だった。しかし、モレイスにとってみれば、マイスターシャーレの教官たちに恩がある。彼らを手にかけるのは、心辛いものだった。
「今日における我が帝国の軍事力と、対G戦線における活躍はマイスターシャーレの指導に他ならない。君がマイスターシャーレに様々なことをしてもらったのは、理解できる。だが、彼らはMAIDという力を持ちすぎた」
「分かった。マイスターシャーレについては、私の方で任せて欲しい」
 モレイスはそこまで言うと、踵を返した。視線の先には、破棄された車両と銃器の山々の隙間から見える車に向けられていた。情報将校と中佐からの声は聞こえず、モレイスは黙って歩き続ける。
「次の会合で最後だ。時刻は追って知らせる」
 中佐の独特な低い声がモレイスの耳に入った。しばらく歩き続けると、武装SSの士官服を着たクリスチーノの姿が見えた。
「どうでしたか、中佐」
「お互いに、結束しあっているよ。あとは、黒旗……強いては、君らの行動次第だ」
 モレイスはそこまで言うと、息を吐いた。クリスチーノは立場上、会合に参加することは禁じられている。モレイス自身の口頭でしか、会合の様子を伝えることしかできなかった。今日の今日まで、会合自体がぐたぐたになっていることを、モレイスは伝えなかった。そうなれば、黒旗はこちらの内部事情を疑う羽目になるのだから。
「もちろんですとも。近いうちに、実働部隊を手配させ、行動に移させます。その前に、マイスターシャーレをどうにかしなければいけませんが」
「本当に、それでいいんだな」
 モレイスはそう呟くと、立ち止まった。クリスチーノも立ち止まると、首を縦に振った。彼の眼は確固たる意思で固められている。クリスチーノの表情を見たモレイスは、こくりと頷くと歩き出した。
「中佐にとって、心苦しいかもしれません。しかし、これは帝国を思ってだからこそなのです。腐敗した帝国を、Gの脅威に晒されることなく建て直す。それだけが目的です」
 クリスチーノの言葉に、モレイスは自分が為すべき目的を確認した。やがて二人は車へたどり着くと、モレイスは後部座席に、クリスチーノは運転席に座った。
「今日の夜、ヴォルゲン中将とライサ少将は特別教育としてマイスターシャーレ本校で寝泊りする」
「つまり、勝負は今夜ですか」
 ああ、とモレイスは呟くと同時に車は発進した。



「脚の方は大丈夫だな……よし、点検はこれで終了じゃ」
 白衣を着た老人はそう言うと、椅子に座って目を瞑っていたパラドックスに声をかけた。布で作られたサラシを胸に巻きつけ、下着を穿いたパラドックスは、老人の言葉を聞くと目を開けた。
「お疲れ様です、パラドックスさん」
 白色の、一般的なメイド服を着た女性がパラドックスの隣へ来ると、綺麗に折り畳んだ服を渡した。パラドックスは無言のまま、手渡された服を着ようと椅子から腰を上げる。
「あんまり無茶はせんでくれよ、パラドックス。お前さんは第三研究所の大切なMAIDだからな」
 合間合間に咳き込みながら、白衣の老人……第三研究所局長、ボロウンは呟いた。禿げた頭と、口元に生やした白髭がトレードマークの老人だった。ワンピースを着たパラドックスは椅子に座ると、服を渡してくれたMAIDに髪の毛を整えさせていた。
「承知しています。それより、新しい装備が出来たというお話を聞いたのですが」
 朝方、第三研究所に訪れたとき、カリオス中尉に出会ったときのことをパラドックスは思い出した。カリオスは「兵器課が新しい装備を使ったので、見て欲しい」と言っていたのを、ボロウンに真意を確かめる。
 ボロウンは口元に生やした白髭を擦りながら、急に思い出した動作をした。
「あーそうじゃった、そうじゃった。ちょっと待っておれ、すぐに新しい装備を持っていくからな」
 おぼつかない足取りで、部屋から出て行ったボロウンをパラドックスは無言で見ていた。
「パラドックスさん、どんな装備だと思います?」
 櫛で髪の毛を整えるMAIDの言葉に、パラドックスはため息をついた。
「できることなら、フルオートの小銃か機関銃を……」
「そーいえば、ネイルガンはどうしたんですか?ここに来るときは、いつも持っていましたけど」
 MAIDの何気のない言葉にパラドックスは首を垂れると、かなり落ち込んだため息を部屋中に澄み渡る様に吐いた。自分の感情を表に出さないパラドックスの、仕草を見たMAIDはしばらくの間、櫛を持っている手が止まっていた。
「え、ええ?ど、どうしたんですか?!」
 パラドックスが落ち込むような発言をした覚えのないMAIDは、慌ててしまう。落ち込む一方だったパラドックスは重い動作で頭を上げると、またため息をついた。肝心のネイルガンは、あのフロレンツ事件で紛失した。恐らく、エーアリヒという黒旗のMAIDに鹵獲されたのが正しいかもしれない。
 この世界で、たった一つしかないスピンオフのネイルガン。予備は勿論、設計図も過去の火事で燃え去った、というボロウン局長の話をパラドックスは思い出す。
「ネイルガンは色々……」
 絶望に打ちひしがれた様子のパラドックスは、こっそりと呟いた。そして、自分の横髪を右手の人差し指で巻き始める。そんな彼女の心中を察したのか、MAIDは愛想笑いをする。そして、パラドックスの髪を櫛で整える作業に入った。そのとき、部屋のドアが開いた。
「そいや。持ってきたぞ、パラドックスや」
 ボロウン局長の声がすると、パラドックスは頭を後ろへ向ける。ドアの前には、ある一つの銃器を両手で抱えたボロウン局長の姿があった。M79ランチャーを、一回り大きくした感じだった。
「第三研究所が開発した、メドゥーサじゃ!」
 いかにもマッドサイエンティストな笑い声を挙げるボロウン局長に、パラドックスは彼の両手に掲げられたメドゥーサを見る。パラドックスにとって、メドゥーサはいかにもネイルガンと同じ匂いがした。



「パラドックスか。ああ、今日から教習か」
 メドゥーサを縦長のバックに入れたパラドックスの姿を見たカリオスは、第三研究所の史書室で事務仕事に励んでいた。カリオスは元々、第三研究所上がりの特務SS隊員だったおかげか、暇なときは第三研究所でボランティア活動という名目の仕事に励んでいた。
 一方、長袖と、ズボンを穿いたパラドックスは薬を切らしていたので、カリオスの元にやってきた。今日からマイスターシャーレでの再教育が再開されるからであった。
「なんだ、教育課程で怪我したそうじゃないか。局長の寿命が縮むことは控えてくれよ」
 机の上に乱雑した書類をかき集めているカリオスは、豪快に笑うと椅子から腰を上げた。フロレンツ事件は非公式作戦ということで、パラドックスの怪我は実弾演習の際のネイルガンによる偶発的な事故、と報告書に書かれていた。今の所、第三研究所職員に気づかれた痕跡は見当たらない。パラドックスは、申し訳ございません、とカリオスに謝った。
「事故なんだし、君が謝る必要はないよ。それと、薬だ。一週間分入っているぞ」
 机の引き出しを開けたカリオスは、小さな瓶をパラドックスに手渡した。
「ありがとうございます。それでは、私はマイスターシャーレの方へ戻ります」
「ああ、ちょっと待ってくれないか」
 そそくさと史書室から立ち去ろうとするパラドックスを、カリオスは引き止めた。そして彼は、乱雑した書類の山から、一枚のモノクロ写真をパラドックスに差し向けた。パラドックスは、何の抵抗もなくカリオスが差し向けた写真を手に取った。写真の内容を見た瞬間、パラドックスはカリオスの方へ視線を向けた。
「これは、一体どういうことでしょうか?」
 丁寧な言葉の裏に、棘があるような口調でパラドックスはカリオスに詰問する。一方、カリオスは両手を後頭部に置くと、鼻で笑った。パラドックスに手渡された写真は、パラドックスの姿だった。ボートに乗って、ネイルガンのトリガーを引いている自分の姿。それは間違いなく、フロレンツ事件のものだった。
「君を含め、私たちが特務SSという特務部隊というのを忘れているようだな。君やマイスターシャーレが何をしているのかは、私しか知らない」
「同じ土俵に立ちたい、ということですか?」
 パラドックスの問いかけに、カリオスは大声で笑うと、自分が座っている椅子を後ろにやり、両足を机の上に乗せた。書類が両足の踵で滅茶苦茶になるが、カリオスは気にしなかった。
「フロレンツ事件のときに、土俵に立っているさ。私がこれを見せたのは、お願い……しいては、君に命令したいことがある」
 カリオスは一呼吸置くと、口を開いた。
「明日の夜……いや、今日の夜かもしれない。黒旗がいよいよ帝都に対して動き出すそうだ。しかし、奴らを事前に叩き潰すには、私一人じゃ到底、無理だ。そこで……」
「私に援護を頼みたい、ということですか」
 ごもっとも、とパラドックスの言葉にカリオスは返事を返した。
「特務SSを使うには、スキャンダルが多すぎる。マイスターシャーレに協力をしようとしても、あまりにも知りすぎている私が疑われる。この場合、同じ性質を持つ『個人』が居れば、事前に奴らを叩ける。どうだ?」
「私でよければ。ご協力します」
 待ってましたと言わんばかりにカリオスは両手でパンと叩くと、椅子から立ち上がった。
「黒旗が行動に出た場合、こちらから電話をかける。マイスターシャーレには、電話の使用制限は無かったようだな」
「電話の方は大丈夫です。それでは、私はマイスターシャーレに向かいます」
 パラドックスは一礼すると、史書室から出て行った。それを見送ったカリオスは、ほくそ笑んだ。



 第三研究所を後にしたパラドックスは、近場の公園でジョーヌと落ち合う約束をしていた。二人とも、フロレンツ事件の真意を知っているMAIDであるために、パラドックスはともかくジョーヌは一時的にしろ、帝都防空飛行隊からマイスターシャーレに軍籍を置くことになった。ジョーヌはこの処置に対して、珍しく不満を漏らさなかった。当然といえば当然かもしれない。一部とはいえ、武装SSが黒旗と有効的な繋がりを持っているのだから。
 このことはマイスターシャーレでしか把握しておらず、他の組織は勿論、エントリヒ皇帝にも知らされていなかった。事が事だけに、公に晒すとさらなるトラブルが発生すると危惧した、ライサ少将の判断だった。
 パラドックスは、帝都公立公園の噴水前で立っていた。前以てジョーヌから指定された場所だったが、彼女はまだ来てなかった。約束時刻の十分前に到着すれば、そうなることは分かりきったことだ。
 秋に染まっていく公園の景色は、落ち葉が地面に落ちていく段階に入っていた。元気にはしゃぐ子どもたちの声はいささか小さい。帝都中枢で発生した、MAID暴走事件以降、ほとぼりが冷めるまで帝都で活動するMAIDたちに私服の着用の義務が求められていた。おいそれと、メイド服で帝都を歩けば、市民たちの不安を煽る羽目になるからだ。
 よってパラドックスは、黒色のロングコートに、ストッキングとスカートという服装だった。右肩には、メドゥーサが入った縦長のショルダーバックをかけている。この服のチョイスは、第三研究所で働くMAIDで選ばせた物で、パラドックス自身が選んだ物ではなかった。似合っているのか定かではないが、目の前を通り過ぎる人々……特に男性の視線がちらちらと目に付く。
「お待たせしました……って、貴女早すぎですわよ」
 左からジョーヌの声がすると、パラドックスは振り向く。そこには、黒色のコートを羽織り、ロングスカートを穿いたジョーヌの姿が居た。右手には、ハンドバックを持っていた。彼女は毛皮で作られたヴォ連の帽子……パパーハを被っていた。クロッセル連合のエテルネ公国出身の彼女にしてみれば、珍しい帽子を被っている。
「十分前に来るのが私のポリシーです。それより、マイスターシャーレに集まる時間は13時ですが」
 左手首に嵌めた腕時計を指差すパラドックスは、怪訝な顔でジョーヌを見た。フロレンツ事件以降、パラドックスとジョーヌの担当教官はスケルトンに変更され、その彼がマイスターシャーレに集まる時間を13時に設定していた。現在の時刻は、11時半。ここからマイスターシャーレだと、徒歩で十五分程度だ。
「そんなことは分かっていますわ。ちょっとした用事に、付き合ってもらいたいだけです」
 ジョーヌはそう言うと、公園から出ようと前へ歩き出す。フロレンツ事件以降、ジョーヌの性格については大体把握できたパラドックスは、怒るよりも「しょうがない」といった気持ちで、ジョーヌの背中を追った。
「用事とは、何のことですか?」
 肩を並べて歩くパラドックスとジョーヌ。尋ねてきたパラドックスに対して、ジョーヌは自分の頭一つ分くらいの差が開いているパラドックスに「圧迫感!威圧感!圧迫感!威圧感!」とひっきりなしに言っていた。
「まー、ルナの弔いですわ。実は今日、彼女の誕生日なのです」
 気を取り青したジョーヌの言葉に、パラドックスは胃の底から重いものが込み上げてくる感触に襲われた。ジョーヌがどう思っているのあれ、ルナを殺した自分に弔うことができるのか、とパラドックスは思った。そんな彼女の心境を悟ったのか、ジョーヌはパラドックスの肩を叩いた。
「貴女がそこまで思う気持ちは分かりますわ」
 パラドックスはジョーヌを顔を見ると、彼女は浮かばれない表情で前を向きながら歩いている。
「でもルナは、私たちの姉妹ですわ。貴女は姉妹を開放してくれた。殺してなんかいませんわ」
 再度、ポンとジョーヌはパラドックスの肩を叩いた。憎まれ口を叩くジョーヌにしては、珍しい言葉にパラドックスは安堵した。だがそれを表情に出すことは出来なかった。自分でも、不思議に思うぐらいに、心の底の何かが、パラドックスの感情を否定している。
 ジョーヌは相変わらず無表情なパラドックスに慣れたのか、口を手で押さえると堪えるようにして笑った。真意を知らないジョーヌにとって、パラドックスは不器用なMAIDという認識に過ぎなかった。
 程となくして、二人は墓地にたどり着いた。パラドックスの前に、一つの墓標が建てられていた。つい最近出来たばかりなのか、大理石で作られた墓標は真新しさを、輝きで表現していた。
 ルナ・ハーミトン と刻まれた文字をパラドックスはただ見ているだけだった。
「ルナは、帝都防空飛行隊が設立される前から空戦MAIDとして活動していましたわ。1940年にG戦線へ投入されました」
 語り人のようにジョーヌはルナの墓標を見ながら、彼女の生涯を語った。
「帝都防空飛行隊が設立された当初、ルナの引抜が決まっているのですが、彼女は戦闘疲弊症と瘴気疲弊症を患ってしまい、翼が消滅。それから、軍を名誉除隊。ニーベルンゲで余生を暮らしていましたわ」
 ジョーヌはそこまで言うと、息を吐いた。彼女の眼には涙が溜まっており、それを堪えようとして、唇を噛み締めた。
「戦って、戦って、戦ってばかりの人生を送って、何が楽しかったんでしょうか」
 エテルネ公国の、MAID育成協会からエントリヒ帝国の帝都防空飛行隊に引き抜かれたジョーヌは、ルナに出会ったときの日を思い出した。その当時からルナに翼は無く、何の目的も持たずに帝都で過ごしていた。ジョーヌから見れば、魂が抜けた人形のようだった。
 翼を失った彼女は、『戦場こそが私の故郷、そして死に場所』とひっきりなしに言っていた飛兵のルナという面影は、一つも見当たらない。
 そこまでGと戦うのが、彼女の生きる道だったのだろうか。最終的に暴走してしまい、殺されてしまうことが彼女の望んだ道だったのか。
「お疲れ様」
 ルナとの思い出を頭の中で蘇らせたジョーヌに対して、パラドックスはルナの墓標に向かってそう言った。予想だにしないパラドックスの言葉に、ジョーヌは固まってしまった。そんな彼女を尻目に、パラドックスは姿勢を正すと、挙手の敬礼をルナの墓標に送った。
「ジョーヌの言うとおり、戦ってばかりの人生でしたね。ゆっくり休んでください」
 お疲れ様、と最後に付け足したパラドックスに、ジョーヌは一筋の涙を垂らしながら、彼女に習って敬礼をする。そして、口を開いた。
「お疲れ様、ですわ」
 冷たい秋風が、二人を包んでいた。



NEXT SCENARIO→『敵の敵は』




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最終更新:2009年12月25日 02:48
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