(投稿者:ししゃも)
病院の中で年を越してしまった。それは良いことなのか悪いことなのか、と聞かれると間違いなく「悪いこと」と言うだろう。
そんな日から解放されたのは、2月の中旬。まさしく、悪い方向に私は向かっている。
フロレンツでの一件で、私は重傷を負った。右腕そのものを義肢に変えてもらった。もはや人の姿ではないかもしれない。そんな葛藤は、MAIDに比べると些細で、ちっぽけなものだろう。
ロングコートを羽織った私は、ある人物と会うために、喫茶店へ向かっていた。
昨日、久しぶりに
レーニや
シルヴィと浴びるほど酒を飲んだおかげか、頭が重い。そんな不甲斐ない自分に鞭を打ち続けながら、十分という徒歩での移動を終える、看板が見えた。
『喫茶店 ブリッツクリーク』。物騒な名前をした喫茶店に、私は入店する。時刻は夕方を迎えた頃合だった。
エピローグ 『喫茶店 ブリッツクリーク』
「いらっしゃい」
カウンターの内側で、丁寧にグラスをハンカチで拭く主人が私に挨拶をした。私は軽い会釈を済ませると、店内の隅の方のテーブルで、新聞を読んでいる女性へ向かった。
「お、来たか。私より遅いとはね」
こちらの気配に気づいたのか、
ライサ・バルバラ・ベルンハルトは新聞を折り畳んだ。サングラスをかけ、帽子を被った彼女はまさにお忍びの格好。私は、少将という身分である彼女に詫びることもせず、向かい側の椅子へ座った。
「まぁこうして、ゆっくりと二人で話し合う時間なんてなかった。正直、私は君とこうして話が出来て嬉しいよ」
ライサはそう言うと、テーブルに置かれていたコーヒーカップに手をつけた。
「ご主人。私に、ミルクココアを」
「分かりました。しばらくお待ちくださいね」
私も飲み物を頼むと、主人の返事が返って来た。その間にライサは、コーヒーの味を堪能し終えると、急に何かを思い出したのか、口を開いた。。
「そういえば、
パラドックスは特務SSでの仕事をちゃんとこなしているらしい。
ジョーヌも同じように、帝都防空飛行隊の元で、日夜戦っているらしいな」
「ジョーヌはともかく、パラドックスは私の教え子であります」
私は、胸を張ってパラドックスのことを言った。そんな私に、ライサはにやりと声を出さずに笑う。
「それにしても、帝都の一件は大変だったと聞くが」
帝都の一件について尋ねると、ライサはなんともいえない表情を浮かべた。
「帝都周辺における、MAIDの発狂事件、私とホラーツの暗殺未遂事件。事はすぐに落ち着き、レーニやシルヴィに異常は無いか、わざわざ
EARTH直下の研究施設に出向いたり……。まぁ色々と大変だったよ」
「ともあれ、無事で何よりだ」
私がそう言い終えると、ライサはくすりと微笑を浮かべた。その間に、主人がこちらの席へ来ると、お盆に載せたミルクココアのカップを、テーブルに置いた。
「どうぞ、ごゆっくり」
主人の言葉に、私は「どうも」と返事を返すと、これまでのことを思い返した。暴走事件、フロレンツでの重傷、そして千早が未だ生きていたということ。全ては終わっていない。それは、この事件に関係する全ての者がそう思っているはずだ。特に、パラドックスは。
「ところで、用件はなんだ?」
「ああ、そうだった。実はちょっとしたお願いというか、なんというか」
ライサの問いかけに、私は本題を切り出した。
「実家へ帰ろうと思うんだ。だから……その、マイスターシャーレの教官を辞めようと思う」
コーヒーカップに口をつけていたライサは、気管にコーヒーが入ったのか、盛大に咽ていた。
私、
アサガワ・シュトロハイヒ……いや、朝川真美はライサに悪いことをしてしまったな、と今更ながら思った。
MAID ORIGIN's END
夕焼けに染まった帝都、ニーベルンゲ。栄華と繁栄を約束されたこの地を、ゼータは見下ろしていた。帝都中枢に建てられた、まるで塔と見間違えるばかりの時計台の屋上。常人では絶対に踏み入れることが出来ない所を、ゼータは足を宙に投げ出して見下ろしていた。
「この世は面白いことばかりだのぉ」
幼い少女の顔つきとは想像できない口調で、ゼータはこの世界の情勢を楽しんでいた。
「黒い悪魔がこの世を覆い尽くす時、世界はやがて黙示録を迎えん。されど、鋼の鎧と慈愛の魂を持つ、うら若き戦乙女がこの世を破滅から救う……。だがどうだ、Gとの戦は膠着し、うら若き戦乙女は新たな火種を産み落とし、人々は終末を予期する。全く、この世は両手で操れるほど、器用には出来ておらんのぉ」
ゼータは一呼吸おいて、口を開いた。
「……ある者は、己が欲望の為に強大な軍隊を作り、またある者は世界を救う戦乙女を排泄せんとしておる。さらには、人間という憎むべき種族に擬態し、虎視眈々と破滅を狙う者、そして自分自身の存在意義を確かめんとする者……ガブリエーレよ、そなたが望むべき小道にわっちは入りこんだぞい」
ふと、誰かの気配をゼータは感じた。横目でちらりと後ろを見ると、ボロボロになった和服を着た、一人の女性が数メートル離れた所で佇んでいた。彼女の背中には、巨大な刀が鞘に納められている。その女性はまさしく、千早だった。
ゼータは踵を返すと、千早と正面から向かい合った。ゼータは、まるでダンスを踊るかのようにくるくると、身体を回しながらあちらこちらへと、移動する。
「ちょいと、わっちの遊びに付き合ってくれんかの。相対する事柄は、やがて矛盾を生み出す。わっちはそれを探そうと思うのじゃ」
「ええ、仰せのままに。私はこの身体になった宿命として、貴方に付き従います。例えそれが修羅の道だろうとも、私は貴方が望む結末を、見届けます」
千早はそう言うと、その場で片膝を突いて、深々と頭を下げた。ダンスのようなものを踊り終えたゼータは、そんな千早に笑みを浮かべた。それは心の底から笑っているのではなく、何かを見通した笑いだった。
「生は有現、死は夢幻。さぁ旅へと出かけようではないか。過去を殺す旅へ……」
END……?
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最終更新:2010年04月04日 08:01