暗闘する愛国者

(投稿者:神父)


エントリヒ帝国皇室親衛隊本部の地下深くに、一部の将校のみが入る事のできる一室が存在する。
今その部屋は厳重に鍵をかけられ、室外には何も知らされていないMAIDが歩哨に立たされている。
皇帝がこの国の表向きの意思決定者であるとすれば、ここに集う人々は裏の意思決定者と言えよう。
いつの世も、国を動かす人間は政治家と軍人の二種類しか存在しないものだ。
軍事とはすなわち、洗練された政治の更なる延長である。

「さて諸君、私を呼んだからには相応の理由があるのだろうな」

会議卓の上座に陣取った男が声を発し、各々の前に一部ずつ置かれた書類を示した。
注意深く調整された照明のために彼らの手元は見えても、顔や、あるいは身につけた階級章が見える事はない。
だが、彼ら自身は誰がこの会議に参加しているのか完全に把握していた。先ほどの声に、別の男が答える。

「もちろんですよ、閣下。我々としても閣下の頭越しに戦争をするわけにはいかない」
「皇帝の頭越しにはやるのだろう?」
「陛下は……あまりに散漫すぎる。閣下が一番よくご存知なのでは?」
「ふん、私の額を見て口さがない連中が笑っているのはよく知っている。これもあの皇帝のせいだ」

エントリヒ皇帝は帝国軍最高司令官という事になっているが、将軍たちは皇帝の口出しをこの上なく嫌っていた。
戦線から遠のくと、楽観主義が現実に取って代わる。そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。
贅を極めた生活を送り毎日を好き放題に過ごす皇帝にあっては特にそうだ。
それでなくとも皇帝の性格はエキセントリックに過ぎる。
MAID開発は間違いではなかったが、しかし皇帝が推進して成功した新技術の裏には一ダースからの徒労が残されている。
物的あるいは人的資源の浪費において皇帝は飛びぬけていた。
もっとも、国民の虚栄心を満たし、人心を掴み取るという点においてはこれ以上ないほどの逸材ではあるのだが。

「それで長官、君は何をしようと言うのかね?」
「今からご説明しましょう。さて、わが国の現在の国家戦略についてですが……」

長官と呼ばれた彼の言葉と同時に、卓の中央に置かれた世界地図に照明が当てられた。
戦略規模での人間とGの戦力分布が示され、地図に引かれた線は何段階かに描き分けられている。

「黒の線が五年前、赤の線が現在の戦線ですな。見ての通り我々は彼らを押し戻しつつあるが、動きが遅すぎる。
 この戦争の先行きについて国民は不安に感じ始めているし、我々の資源も枯渇しつつあります」
「知っている。皇帝が何と言おうとザハーラはこれ以上石油を出さんつもりらしい」

閣下と呼ばれた男の言葉に、周囲がざわついた。

「陸軍は機械化部隊が主力ですからなあ。正直に申し上げて、あと二年も保てばいい方です」
「ザハーラは我々の支援を何だと思っているのだ……」
「十年近くも全力操業で原油を汲み出していれば残りの埋蔵量が不安になるのだろう。
 ……それに、不足しているのは石油資源だけではない」
「希少金属ですな。代替鋼でタービンを作るから稼働率が落ちると空軍総司令が嘆いていた」
「空軍は陸軍以上に困窮しているのかね?」
「SSのMAID飛行隊のおかげでどうにか命脈を保っている有様です」

SS飛行隊―――少数の空戦MAIDと飛行翼を装備したMAIDで構成される飛行隊である。
特設MAID部隊の下部組織であり、主に帝都防空を担当しているが、空軍の戦力不足を埋めるために派兵される事も少なくない。

「海軍はどうかね、元帥?」
「……」

その質問に対し、下座に近い席から暗い沈黙が返ってきた。
Gが海へまともに進出していない現状では、帝国海軍には大した仕事がない。せいぜいが輸送船団の護衛程度である。
確かに困窮する事もそうそうないのだが、国防三軍の中では立場がないという事でもある。

「……悪かった、元帥。長官、続きを頼む」
「承知しました。……さて、我々にとって、これ以上戦争を続行する事は難しい。MAIDとて万能ではありませんからな。
 それに、Gが人間に化けて我々の社会に侵入しているという情報もあります。
 ……いや、あるいはGに協力している人間すらいる事でしょう。恐らくは、この中にも。
 内憂、外患の両面で我々が動けなくなる前に、Gを根こそぎにしなければならんわけです」
「そんな事はわかりきっている。問題はその方法だ」
「閣下、その方法があると言ったら、どうされますかな?」

上座から、微かに動揺の気配が伝わってきた。

「……長官、君は今まで私に隠し事をしていたようだな」
「ほう、閣下、今の一言でおわかりになりましたか」
「永爆か。でなければ、それに準ずるものか」

永爆という一言に、席のいくつかから息を呑む音が聞こえた。
もっとも、永核力爆弾の開発は国際協定で禁止されているのだから当然ではある。

「一応確認しておくが、皇帝はこれを知っているのか?」
「もちろんご存じないでしょうな。陛下はMAIDを単なる兵器だとは考えておられない」
「ふん、困ったものだ……まあいい。それで君らは永爆を完成させたのかね」
「完成したかどうかを確かめるために試射が必要なのですよ、閣下」
「それで?」
「国内での試射は不可能です。空輸して、ザハーラ東部国境戦線の適当な場所で行おうかと。
 ザハーラ政府内部に潜り込ませた工作員が飛行場の手配を済ませております。
 そこまでは結構なのですがね、問題は爆発した後です。国際世論は大騒ぎになるでしょう」
「その後始末を私にやらせようと言うのかね?」
「心苦しいのですが、その通りです、閣下。我々もできるだけ外に漏れぬよう努力はしますが」
「まったく、皇帝の後始末だけで苦労させられているというのにな。まあよかろう、戦争の早期終結に役立つのならば。
 ……それに、アルトメリアやクロッセルを出し抜くいい機会でもある」
「特にアルトメリアは強硬ですからな。自由と民主と正義を標榜するのは結構だが、押し付けられるのはありがたくない。
 この戦争が終わった後に彼らとやり合うのは、正直なところぞっとしませんな」
「アルトメリアの国力は尋常ではない。MAID戦力だけで言えばまだ我々に分があるかも知れんが」
「その上、対G戦争が長期戦になればなるほどその後の戦争では彼らが有利になるでしょう。
 そのためにも、我々はできうる限り早期に戦争の決着をつけねばならない。そのための永爆です」
「よろしい。皇帝には一部の愛国者が先走った結果とでも言えばよかろう……自身の熱烈な信奉者相手に厳罰は下せまい。
 無論、私からも口添えをする。安心して事に当たりたまえ」
「ありがとうございます、閣下。……ああ、どうしたのかね、技術大尉?」

末席からの身振りに気付いた長官が技術大尉の発言を促した。

「長官、空輸についてはどうなさるおつもりで?
 Si387は確かにファルマン半島まで無給油で着陸できましょうが、我が軍にそれに追随できる直掩機は存在しない。
 さりとて給油のために他国の飛行場を借りようものならば、たちどころに我々の企みは暴露されるでしょう」
「SS飛行隊から何名か引き抜けばよい。MAIDならば一昼夜でも飛び続けられるからな」
「飛行隊員は通常のMAIDです。彼女らを永爆の護衛につけるのは得策ではないでしょう」
「ふむ……その口ぶりからすると何かいい案があるようだな、大尉?」
「その通りです。護衛に相応しいMAIDが一名おります……そう、そのつもりになれば永爆に転用する事も可能なMAIDが」
「ほう、瘴炉搭載型か。名前は?」

技術大尉―――ブルクハルト・マイネッケは暗闇の中で笑みを浮かべた。

「―――サバテ



最終更新:2008年10月06日 23:29
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