彼女たちにとってただ目的の為だけのトゥエンティーシックス ◆John.ZZqWo



「はい、お待ちどうさま」
「やっと、飯にありつけるー!」
「……いただきます」

目の前に出された器を前に3人は三者三様にいただきますをし、そしてそれぞれの食事に箸を伸ばした。

「あら、いけるわね」
「高そうなところに入ってよかったねー」
「無銭飲食は少し気が引けますけどね……」

川島瑞樹姫川友紀大石泉は南の市街の中で見つけた蕎麦屋で、とりそこなっていた遅い昼食をとっていた。
店内はどこかしら趣きがあり確かに高級そうな構えで、そして実際にメニューを見てみればそれは数字として実感することができる。
また、味も――蕎麦を茹でたのは川島瑞樹だが――その値段に見合ったものがあると感じられるものだった。

「このエビはこの近くでとれたものなのかしらね?」
「泉ちゃん、もっと食べないとへばっちゃうよ。はい、あたしのイモ天あげる」
「あ、ありがとうございます」

川島瑞樹は天ざるを、姫川友紀はかきあげ天そばに自由に他の天ぷらをのせたもの、大石泉は山菜そばを食べている。
大石泉のそばは今しがた山菜+イモ天そばになったが……ともかくとして、彼女たちは食事をとり、そして今後の方針を話し合っていた。



「次は港に行くんだよね? 地図にはこっち側には『港』って書いてないけど?」
「そうね。確かになにも書いてないけど、魚市場があるくらいだしすぐそばに港が……『漁港』があってしかるべきだわ。
 地図に書かれてないのは私たちに利用させるにはそぐわない施設だから、かしらね。ともかくとして日が暮れる前に船の状況は見てみたいわね」

言って、川島瑞樹はつゆに蕎麦湯を足して口につける。
異論はその目の前の姫川友紀にも、その隣に座る大石泉にもなかった。予定がやや押していることを除けば元々決めていたことと変わりはない。
しかし、大石泉が「ひとつ提案があるんですが」と手をあげた。

「さきほど、学校で“放送”を聞いて……、そしてあの“中継車”を見つけてから思いついたことなんですけど――」

川島瑞樹の片眉が上がり、姫川友紀の天ぷらをかじる動きが止まる。

「私たちからでも“放送”ができないかって考えたんです」

大石泉の言葉を聞いたふたりの目が驚きに見開かれる。彼女は時折、誰も発想しないような、それでいた大それたことを言い出すのだと。

「それって、ちひろさんが流してるみたいなのをってこと?」
「規模は限定されますが、概ねそういうことです」
「方法や算段は……ついてるわよね。泉ちゃんのことだから」
「まだ実際に可能かはわかりませんが……、対応されていたとしてもある程度のことはできるんじゃないかと」

そして、彼女はその思いついたことを、どういう発想からそう至ったのか順を追って話し始めた。

「私たちは2回目の放送を学校の中で聞きましたけど、あの放送がどこから流れてきたか覚えていますか?」
「それは、その……普通に学校にあったスピーカーから……あれ?」
「そうなんです。放送は元々学校に備え付けられていた校内放送用のスピーカーから聞こえてきました。
 そして、それは他の場所でも変わらないと思うんです。街の中だったら街の中にあるスピーカーを利用して、山の中だったら山の中のを、と」
「なるほど……、少し話しが見えてきた気がするわね。
 つまり、運営側はこの島中に新しい放送用のスピーカーを備え付けたわけではなく、元々島中にあるものを利用している」

川島瑞樹の言葉に大石泉は頷く。

「あっ、あたしもわかったかも。だったらあれでしょ? あの学校で見つけた中継車を使えば電波ジャックできるんじゃない?」

彼女自身、かなり冴えた発想だと思ったが、しかしその発言については大石泉は首を横に振った。

「それは、できたら最良なんですが、今のところ必要としているものが足りませんし、挑戦しても成功する可能性は低いと思います」
「えぇ……、だったらなんだろう?」
「もっと小規模で単純なことです。例えば、あの学校のスピーカーなら学校の中の放送室からでも利用できますよね?」
「うん、でもそれだと学校の中にしか聞こえないんでしょ?」
「ええ、ですから、私たちが手を出せる放送施設の中で聞こえる範囲の広いものを選びたいと思います」

大石泉の言葉に姫川友紀、そして川島瑞樹は地図に目を落とす。
地図上にはいくつかの施設が表記されているが、そのどこにも館内放送のようなものはあるだろう。
しかし、より広範囲に放送を流すにはそれでは足りない。ではどの放送施設を利用すればいいのか、気づいて川島瑞樹はあっと声を上げた。

「そうか、“街の中”のどこにいても放送は聞こえてたのよね……」
「えっ、川島さんわかったの?」
「ここは島だし、街は海辺の近い場所にある。だから、街中にスピーカーが設置されていて当然なのよね」
「はい」

津波などの災害が起きた場合に住民に危険を伝える『避難誘導放送』です――と、大石泉は答えた。


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「誰もいないなぁ……」

校舎の屋上に立ちグラウンドを見下ろしながら三村かな子は誰となしに呟いた。
山から吹き降ろす風が涼しくそよぎ彼女の髪を揺らす。だが、彼女の中の疑問はそんな風では晴れてくれない。

「うーん……」

あれから、学校の敷地内を慎重に端から端まで捜索したが、その中で誰かと出会うとことも誰かの死体やここにいたという痕跡を発見することもなかった。
ならば、あの指令――【学校に戻れ】【3人殺せ】――は一体なんだったのだろうか。
三村かな子はてっきり、誰かがあの“扉”を発見した。だからその誰か、おそらくは3人組のその誰かたちを始末しろというメッセージだと思い込んでいた。
しかしそういう3人組の姿を見たり、“扉”の前に誰かが到達したという痕跡は見つけられなかった。
だとすると、解釈が違っていたのかもしれないと三村かな子は考える。
運営――千川ちひろが直接三村かな子を動かす場合は、特殊な例外を除けば2つだけだ。
ひとつは“扉”の発見のようなこの企画の進行が危ぶまれる状態が発生した場合。
そしてもうひとつは、それこそが“敵”という存在を用意したところの本来の趣旨であるゲームを進める――つまりは死者を出す必要がある場合。

「どっちにしろお仕事だよね」

考えてみればそちらのほうが自然かなと三村かな子は思った。もし侵入者がいたのだとしたら、あの指令はもっと具体的であったはずだ。
【3人殺せ】とは、つまりゲームの進行が滞っているので放送までにそれだけ死者を出せということ。
そして【学校に戻れ】とは、この学校の近辺に少なくとも3人以上の(千川ちひろが)殺してもかまわないというアイドルがいる――ということなのではないだろうか。

「………………」

三村かな子は情報端末を取り出してストロベリー・ソナーを表示する。
しかし、学校内を捜索中にもチェックしたがこの周囲にストロベリー・ボムを持った誰かはいないようだった。
そうなると、この近辺でなにもヒントのないまま3人以上のアイドルを探し出し殺さなくてはいけないということになる。しかも、次の放送までに。

「ふぅ……」

ため息をつくと三村かな子は屋上の縁から離れ、校内へと戻ってゆく。
その時、視界の端に大槻唯の死体が映った。
三村かな子が一番最初に殺した少女。プロデューサーへの恋心を謀に利用されアイドルの敵への生贄とされたかわいそうな女の子。
自慢だった蜂蜜色の髪の毛はもう色あせて、――しかし三村かな子は一瞥するだけでその場を、後悔や恐怖に追いつかれないよう足早に去った。


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意外なことに、あるいは幸運なことに標的はすぐに発見することができた。

「(あれは楓さん? ……いっしょにいるのは誰だろう? 巫女服を着てるのは歌鈴ちゃん? でも、あんなに髪の毛が長かったっけ……?)」

学校から出て街中を通りに沿って十数分ほど、その通りからひとつ中に入った路地に指令の数と一致する3人のアイドルの姿があった。
三村かな子は気取られないよう距離を置いて後をつけ、その様子を観察する。
ここに来て初めて出会う3人組という相手だ。これまでのひとりひとりとは違って、不意をついてそのまま刺して殺すというわけにはいかない。
一見して、3人はなにか銃や爆弾のようなものを持っているようには見えないが、しかしそれでも油断は禁物だ。

後ろからライフルを掃射するか、それともストロベリー・ボムを投げつけるか……?
今、3人は左右に一軒家が並ぶ道を歩いている。
初撃でしとめ切れなければ逃げ込める場所も身を隠す角も多い。とすると、やはり一網打尽か、あるいは確実に足を止めさせてからというのが望ましい。

彼女らまでの距離はおよそ30メートルから40メートル。路上にある身を隠せそうなものは電信柱くらいしかないのであまり距離はつめられない。
いっそ、思いっきり近づいてライフルを撃ちまくろうか?
三村かな子はそんな気持ちをぐっと我慢する。焦るのは疲れているから、だからあえてゆっくりと機会を待ち、確実なタイミングを狙う――そう意識する。

「……!」

目の前で3人が角を曲がる。三村かな子は3人を見失わないよう急ぎ足で角まで移動してその先を覗き込む。
すると、3人はまた次の角を曲がろうとしているところだった。

「(どこにむかってるんだろう……?)」

発見してから3人は何度も角を曲がって、街の中を突っ切るように進んでいる。
適当に道を選んでいるだけのようにも見えるが、しかし高垣楓が時折情報端末を取り出して覗いているところを見ると目的地があるらしかった。
三村かな子も情報端末を取り出し地図と現在地を確認する。

「(この方向だと……“町役場”かな?)」

どういった理由があるのかまではわからないが、十中八九そうだと三村かな子は当たりをつける。そして、襲撃ポイントもそこだと決定した。

「(あそこには“あれ”がある。“あれ”を見たら3人とも足を止めるはず……。その時が一度に殺すチャンス)」

三村かな子は3人が曲がった角を曲がらずにまっすぐ進み、そして先回りすべくさらに足を速めた。


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高垣楓、矢口美羽道明寺歌鈴の3人はとりあえずの目的地としていた町役場にたどり着き、そしてその前で発見したものを見つめ足を止めていた。
それは“若林智香”の死体だった。

「こんな……ひどい殺され方……」

道明寺歌鈴が嗚咽を漏らす。彼女の死はすでに放送で知られていたが、しかしその死の実態は3人が衝撃を受けるのに十分なものだった。
背負うか、肩にかけていたはずの荷物を奪われ町役場の前に放棄されていた若林智香の死体。
手首が折れており、すでに血が流れ出きった傷口からは折れた骨が突き出している。そして胸には2本。頭には1本の突き刺さった矢。
口元は吐き出した血で赤く染まって、なによりも心を抉るのが無念そうな表情とすでに白く濁りはじめていた目だった。
それは、なんら安らかさのない無残としか言いようのないアイドルの終わった姿だった。

「かわいそうに……」

佐久間まゆの最期を看取った高垣楓の口からそんな言葉が漏れる。
なので彼女がアイドルの死体を見るのはこれが初めてではないが、しかしまさにこれが殺し合いを行った者の末路なのだと高垣楓はここで初めて実感した。
自分たちがなにをやらされようとしていたのか、これがその答えで、どうしてこんなことを……と困惑と憤りと悲しみが心の中に湧き上がっていた。

「……………………」

矢口美羽は両手で口を押さえ、死体を前に身体をガクガクと震わせていた。
ここにある死体こそが、この若林智香の死体こそが自分がしようとしていたことそのものなのだと、それに気づいてしまったがために。
腕の傷、そして身体に突き刺さった矢。彼女には2つの傷がある。彼女は2つの手段で痛められ、彼女はふたりの人間の手によって襲われ、殺されている。
親しさを装ってから不意をついたのか、それとも追い掛け回した結果なのか、それはわからない。
けれど、それは矢口美羽が道明寺歌鈴とふたりでしようとしていたことで、その結果、若林智香はこんな苦しそうな顔をして路上で行き倒れたように死んでいる。
そんな自分のしようとしていたこと、その結果を前に矢口美羽はただ震え、絶叫しそうな恐怖を抑えるだけで精一杯だった。

そして――






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案の定、3人は死体に気をとられて足を止めている。それを確かめると、三村かな子はライフルを構えたままそっと物陰から身を乗り出した。

「(ひとりも逃がさないように……)」

ここで町役場の中に逃げ込まれるとまずい。なので三村かな子はまずはその入り口に一番近い高垣楓へと狙いをつけた。
最初に彼女を撃ってその場から動けなくする。そして続けざまにもうひとり撃つ。そこで最後のひとりが立ちすくんだり仲間にかけよればそれもまた撃つ。
一撃ずつ加えたら後はしっかりととどめを刺せばいいし、もし途中で最後のひとりが逃げ出すことがあっても町役場の前の通りは開けているので問題はない。
しっかりと頭の中でシミュレートし、セレクターレバーが3点バーストに入っていることを確認すると、三村かな子は改めて高垣楓の細い腰へと照準を合わせる。

後は引き金を引き、よどみなくシミュレートした内容を再現するだけ……というところで不意に標的に変化が起きた。

「(誰……!?)」

死体の前で手を合わせていた高垣楓がなにかに気づいたように後ろを――町役場の入り口へと振り返った。
なにが? と、三村かな子も狙いをそのままに視線だけそちらへと向ける。するとそこには町役場の奥からこちらへと歩いてくる数人の人影があった。

「(仲間? ……待ち合わせしていた? 2人……いや、3人?)」

用意したシミュレーションが無駄になったことで三村かな子の頭の中に混乱が渦巻いていく。
このまま町役場の前にいる3人だけでも撃つか? しかしそれだとその後、奥から出てきた人物から反撃を受けるかもしれない。
相手の人数も武装もわからず、下手をすれば圧倒的な武力差でこちらが殺されてしまうかもしれない。そうでないとしても、負傷するリスクを負うだけで大事だ。
ならば、ここはいったん見逃して次の機会を待つ? けれど、6人かひょっとすればそれ以上かも知れない集団相手にこの先どれだけチャンスがあるだろう。
それに例の指令のこともある。いや、こういう状況が生まれることを見越しての指令だったとするならばこの場面をやすやすと見逃すわけにはいかない。

「(どうしよう……どうしよう……どうすれば…………あっ!)」

町役場の中から出てきた人物を見て三村かな子の口から小さな声が出る。

「(泉ちゃん……! 泉ちゃんがここに……!?)」

そこにいたのは三村かな子を先輩と慕うユニット・ニューウェーブのひとり――大石泉だった。
彼女の顔を見て、これまで心の中で押さえつけてきたなにかが大きく膨らむのを三村かな子は感じた。

「う、ぅぅうう……ぅ……ううううぅぅううぅ…………」

もしも、彼女が仲間を集め、そしてその仲間に学校のことを調べさせていたのだとしたら? 彼女たちがあの秘密にたどり着こうとしているのだとしたら?
だからこそ運営が指令を送ってきたのだとしたら? 彼女たちがすでにこの企画において危険な存在だと見られているのだとしたら?
それはつまり、逆に言えば――?



パチリとセレクターレバーがフルオートに入れられる。そして悲鳴のような銃声が暮れかけた空を劈き、真っ赤な血の雨を降らした。






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「はぁっ……はあっ……! はっ……、はぁ……はぁ……」

物陰の中で三村かな子は荒い息をつき、撃ちつくした弾倉を抜き取り新しいものに交換しようとする。だが、あれだけ練習したのに手が震えてうまくいかない。
簡単なのに、ただ差し込むだけなのにそれがうまくできない。それどころかぶるぶると手が震えて弾倉を取り落としそうになってしまう。

「大丈夫……できる……」

ぎゅっと目を瞑り、息を止めて心の中で落ち着けと連呼する。そしてゆっくり長く息を吐くと、今度は練習したとおりに簡単にはまった。
しかしそれでもまだ細かな震えが止まらない。
撃った。撃ってしまったのだ。もしかすれば希望だったかもしれないものを。ハッピーエンドにつながるかもしれなかったひとつの可能性を。
けれど、三村かな子はだからこそ撃たなくてはならなかった。
希望は誘惑で、ただの幻だと知っているから。甘い希望なんかを抱かないためにも、それを粉々に打ち砕く必要があった。

「死体を確認しないと…………」

もう一度だけ大きく息を吐き、三村かな子はライフルを構えて町役場の前を覗き込む。
そこにあるのはひとつの死体。……半日前から放置されたままの若林智香の死体だけだった。

「な、なんで……?」

すべて外してしまったのだろうか? いや、冷静さを失いフルオートででたらめに撃ったが、何人かに当たったのを三村かな子は見ている。
その証拠として町役場の玄関前にはおびただしい量の真新しい血が飛び散り、血だまりも作っている。
致命傷には至らなかったのか、あるいは傷を負わなかった子が撃たれた子を中へと引きずっていったのか?
と、そこまで考えたところで軽い銃声が鳴り響いた。一発。そして二発。

「(今のは楓さん……?)」

どこからかと視線を走らせると、窓のひとつから銃を突き出してた腕が引っ込むのが見えた。白く細い腕は高垣楓のものだと、三村かな子には見えた。
発射された銃弾の行く先はわからない。多分、どこも狙っていないんだろうと三村かな子は思う。
きっとあれはこちら側にも武器があるというアピールなのだろう。殺し合えば互いに無事にすまない。だから引くか降参しろというアピールなのだ。

どうしようかと三村かな子は悩む。
たとえ拳銃一丁だけだとしても、相手が武器を持っている以上、相手の待ち構える建物の中には入りたくない。生き残ることが目的である以上、それは絶対だ。
しかし、何人殺せたのか――運営の望む成果を出せたのかどうかはわからない。少なくとも誰か死んだというのを目で見て確認はしていない。

「………………………………」

相手側からのアピールはもうない。怪我人が出てそれどころではもうないということだろうか?
だったらと、三村かな子は荷物から爆弾をひとつ取り出す。大槻唯から奪い、そこで死んでいる若林智香も持っていたはずのストロベリー・ボムだ。
ひとつだけ取り出し、荷物を背負いなおし、レバーを握ったままゆっくりピンを抜く。
そして町役場の中からこれ以上なんの反応もないことを確かめると、それを思いっきり町役場の入り口へと向けて投げた。
放物線を描いて飛んだ爆弾が入り口の前で一度はねて、そのまま奥へと転がって――爆発。一瞬、町役場の入り口が竜の口のように火を吹く。

爆弾が正しく爆発したことを確認すると三村かな子は町役場から離れるように駆け出した。まるで、アイドルから、希望から背を向けるように。






 @


「大丈夫ですか……?」
「急所は外れたみたいね……平気よ。そんな顔しないで」

泣きそうな顔をして覗き込む大石泉に、川島瑞樹はこういう顔をすれば年相応の子供に見えるんだなと微笑んだ。
けれど、状況はとても笑っていられるものではなかった。雨霰のように降りかかってきた銃弾は容赦なくわき腹の端を貫通している。
即座に致命傷になるものではないにしろ傷は激しく痛むし、なにより出血の量もただならなかった。

「ホッチキスとガムテープを取ってくれるかしら?」
「え? あ、はい……待ってください」

逃げ込んだ場所は町役場の玄関ロビーから廊下を奥に進んだ突き当たりの物置をかねたような会議室だ。
その会議室に今は血の匂いが充満しているが、色々と置かれているおかげで物を探すのには困らない。ホッチキスとガムテープもすぐに見つかった。

「あぁ、もうこれじゃ水着の仕事できないわね…………んっ!」
「それで大丈夫なんですか……?」
「平気平気。悪いけど後ろは泉ちゃんが“止めて”くれる?」
「は……はい」

服を捲り上げて傷口をホッチキスで止めてもらう。あまりに大雑把な応急処置だが、少なくともこれで血は止まるだろう。
いずれはちゃんとして治療をするにしても、それまでそのままほうっておける傷でもない。

「このままテープで傷口を押さえてくれる? ぐるぐるっとやっちゃっていいから」

更にガムテープをお腹に巻いて傷口を押さえてもらう。不恰好だし、なによりはがす時のことを考えると陰鬱になるがそれもしかたない。
ガムテープを巻かれながら今後のことを考える。
たとえ丁寧に縫いとめたとしても身体の中の傷はそうすぐに癒えはしないだろう。だとすれば痛み止めの類が欲しいが店に置いているようなものが利くだろうか。
それに血でべっとりと塗れた服も着替えたい。それは選り好みしなければすぐに見つかるだろうが、できればその前にシャワーも浴びたいとも思う。
痛みのせいか脂汗が止まらない。強がってはみたものの、やはりこれは重症だ。

「ありがとう泉ちゃん。あなたもその傷大丈夫?」
「えっ? ……あ、いつの間に」

右ひざの下から血が流れ靴下を真っ赤に染めているが、どうやら彼女はこれまで気づいてなかったらしい。アドレナリンの作用か、なんて考えているだろうか。

「痛くはない?」
「今はあんまり……弾丸が掠ったみたいです。とりあえず私も押さえておくことにします」

言ってすぐに大石泉はハンカチを傷口に当ててその上からガムテープを巻きつけた。
学習力の高さはさすがだと感心するところだ。けど、今はそんなことをゆっくりと考えていられるほど余裕のある場合ではない。
床から起き上がると、川島瑞樹はこの部屋の中にいるもう一組のグループ――その中でも一番の年長者に声をかけた。

「楓ちゃん、そっちはどう?」

部屋の反対側ではついさっき出会ったばかりで、そして同時に銃弾の嵐に襲われることになった高垣楓と矢口美羽が床に横たわる道明寺歌鈴を介抱していた。
けれど、振り返った高垣楓は鎮痛な面持ちで首を横に振る。それはつまり、撃たれた彼女はもう助からないということだった。


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「お願い、死なないで……」

矢口美羽は床に横たわる道明寺歌鈴の手を握りながら言う。けれどもその声も彼女の耳には届いてないようだった。
握り返す手の力も微かで、短い息を繰り返す彼女の命のともし火が今にも尽きようとしているのは誰の目にも明らかだった。

「………………さん。………………さん。……………………」

道明寺歌鈴の口から愛しい人の名を呼ぶ声がもれる。迷子の子供のような弱々しい声だった。

「また会えるから! がんばって!」

矢口美羽は力いっぱい手を握って声をかける。けれどもその声は彼女には届かなくて、彼女は愛しい人を探しているけど、でも彼女目にはもうなにも映らなくて。

「だめえええええええええええええええええっ!!」

矢口美羽は絶叫する。……しかし、彼女がどれだけ叫ぼうとも、それは道明寺歌鈴の命をつなぎとめるなにかにはなりえなかった。






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「私のせいだ……」

鎮痛な静寂の中で矢口美羽がぽつりと呟く。

「どういうことなの?」

高垣楓はそう尋ねる。その答えはもうわかっていたかもしれないが、彼女のためにそう尋ねた。

「……私が衣装を取り替えようなんて言ったから歌鈴ちゃんは死んだです。もしそうしなかったらここで死んでたのはきっと私だったんです」

なにを言っているのか、道理の通った話ではない。けれども彼女はそれを譲ろうとはしなかった。

「言ってることが無茶苦茶よ」
「でもそうなんですよっ!
 ふたりで協力してみんなを殺そうって持ちかけたのも私で、なにもかもが私の言い出したことで、なのに死んじゃったのは歌鈴ちゃんで……。
 だったら悪いのは私じゃないですか! 歌鈴ちゃんはただもう一度プロデュサーに会いたかっただけなのに、私が利用して、私が身代わりにした!

 ――私が死んでしまえばよかったのに!」

パンッと乾いた平手の音が鳴った。叩かれたのは泣いている矢口美羽で、叩いたのは苦虫を噛み潰したような顔をしている高垣楓だった。

「ごめんなさいね」
「楓さん……私、私が…………」
「駄目よ、美羽ちゃん」

高垣楓はぴしゃりと矢口美羽の言葉を、吐露を遮る。普段の彼女にはない厳しさが、アイドルに対するアイドルの先輩としての顔がそこにあった。

「あなたはよく考える子。失敗しても、その原因をつきとめて乗り越えていく。だから失敗していても心配にはならない。失敗はあなたの糧になるから。
 迷うのもそう。それはあなたにそれだけの判断力と可能性をつきつめる力があるから……そう、思ってる」
「楓さん、でも私…………」
「でも、ここにきてからのあなたは違う。いいえ、もしかすれば私の知らないところで同じことがあったのかもしれないけど、今のあなたは正しくない」
「正しくない…………?」

高垣楓は首肯する。

「今のあなたは反省する失敗の原因をつきとめるということにかこつけて、そこに逃げ込んでいるだけ。失敗を問題ごと投げ捨てて楽になろうとしているだけ。
 すべてがあなたのせいだったとしてそれでなにが解決するの? みんなであなたのことを罵ればいい? それとも死んで償うとでも言うの?」

辛辣な言葉だった。ともすればそのまま彼女を壊してしまいかねないほどに。

「でも、こんな取り返しがつかないこと……っ! 私、歌鈴ちゃんに、なんて…………」

矢口美羽の声が詰まり、両目から涙がボロボロとこぼれる。それはまるで、いきどころを失った悲しみが溢れているようだった。

「なにが悪かったとか、誰が悪かったのかなんてわかりっこないわ。それこそ、あなたがいつもしているようにじっくりと失敗の原因を探らないといけないのよ」

高垣楓は優しく矢口美羽を抱きしめる。自分の後をよちよち歩きでついてくるこの子は、彼女にとってかわいい後輩だった。

「それはきっと逃げるよりも何倍も辛いことだろうけど、でもそこから目を背けた時こそがなにもかも終わりで、本当の失敗なのよ」

そう言う高垣楓の瞳にも涙が浮かんでいた。なぜなら、道明寺歌鈴は絶望の中でまどろんでいた自分に最初の目覚めの声をかけた子だったのだから。


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「消火器じゃ駄目だ! ぜんぜん消えないっ!」

そう言って会議室の中に飛び込んできたのは姫川友紀だった。

「もうロビーは火の海だよ。いつこっちに火が移ってくるか……」

そういう姫川友紀の背後、扉の向こうの廊下、その天井にはもううっすらと白い煙が流れていた。時間が経てば火よりも先に煙に巻かれてしまいそうだ。

「とりあえず、まずはここから離れることね」

大石泉に支えられながら川島瑞樹が立ち上がる。足元までが血に塗れたその姿に姫川友紀は顔を青くするが、川島瑞樹は大丈夫と笑ってみせた。

「泉ちゃんは足平気なの?」
「はい、私のはかすり傷ですから」
「そっか、だったらいいけど……」

次いで姫川友紀は高垣楓と矢口美羽を見て、そして床で倒れたままの道明寺歌鈴を見て唇を噛んだ。
同じく彼女の姿を見て顔をくしゃくしゃの泣き顔にした矢口美羽が目の前に来る。願っていたFLOWERSの仲間との再会だが、状況も感情も複雑だった。

「美羽が無事であたしはよかったよ……色々あるけど、それでも、さ」

そう言う姫川友紀を前に矢口美羽は失敗しちゃったと泣く。

「私、FLOWERSのためにがんばろうとした。私が死んでも誰かが生き残ればいいって。……でも、なにもできなくて、それどころかまた足を引っ張って」
「そんなこと……」

姫川友紀は泣きじゃくる矢口美羽の頭を撫でる。

「馬鹿だなぁ、そんなこと考えなくていいんだよ。そんなことしても誰も喜ばないし、あたしや藍子や夕美がいるのにそんなこと言うなんておかしいじゃない。
 いつもなんでも4人で乗り越えてきたでしょ? 信用しなよ。仲間を。FLOWERSを」

それに、ね――と姫川友紀は言葉を続け、

「そんな自分が死んでもいいなんて、聞かされるほうのことも考えてほしいな」

彼女の前で笑ってみせた。






それから、死んでしまった道明寺歌鈴をあの場所に残して、5人は煙を吸わないように屈んで廊下を進み、町役場の裏口から街の中へと脱出した。
大きな怪我を負った川島瑞樹を大石泉と矢口美羽が支え、拳銃を持った高垣楓が一番後ろについて後ろを警戒している。
姫川友紀はバットを構えて先頭に立ち、前方を警戒しながら皆を先導していた。

だが、その頭の中は色々なことでいっぱいになり破裂しそうだった。
まずは今も警戒している先ほどの襲撃者の件。いったい何者だったのか、それを姫川友紀はなんとなくだが“悪役”だったんじゃないかと思っている。
機関銃を6人に向けて撃ちまくった。そんな尋常じゃないこと、そういう役割でもなければできないんじゃないかというのが根拠だ。

そして、その襲撃者のせいで大石泉の思いついた“街の中に放送を流す”という作戦もご破算になってしまった。
これは他の街に行けばそれぞれの街で、山や海辺に行けばそこ一帯ですることも可能だが、少なくとも今回の計画はもう失敗だ。
襲われただけならまだしも、町役場を燃やされてしまってはあそこからこの街全体に放送することはもうできない。
たとえそうでないとしても、あんなに危険な人物がこの付近にいるのだとしたら迂闊に人を集める放送なんかできようはずもない。

しかしそれよりも大きく心の中を占め揺さぶることがあった。
姫川友紀は力いっぱいにバットを握り締める。そうしていなければ今にでも叫びだしそうだった。

「(…………くっそ! くっそ!)」



FLOWERSのために犠牲になる。手を汚す――他の仲間から聞かされるとこんな辛い言葉だったなんて、思ってもいなかった。






【道明寺歌鈴 死亡】


【G-4・市街/一日目 夕方】

【大石泉】
【装備:マグナム-Xバトン】
【所持品:基本支給品一式×1、音楽CD『S(mile)ING!』】
【状態:疲労、右足の膝より下に擦過傷(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助け親友らの下へ帰る。
 0:襲撃者を警戒しながら安全な場所まで移動する。
 1:川島さんの手当てをちゃんとしないと……。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:島中にある放送施設を利用して仲間を募る?
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:かな子のことが気になる。

 ※村松さくら、土屋亜子(共に未参加)とグループ(ニューウェーブ)を組んでいます。

【姫川友紀】
【装備:少年軟式用木製バット】
【所持品:基本支給品一式×1、電動ドライバーとドライバービットセット(プラス、マイナス、ドリル)】
【状態:疲労】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する?
 0:あたしは……あたしは……!
 0:まずはみんなを安全な場所まで誘導する。
 1:色々と作戦を練り直さないといけない気がする。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:仲間がいけないことを考えていたら止める。絶対に。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。悪役ってなんなんだ?
 5:仲間をアイドルとして護り通す? その為には犠牲を……?

 ※FLOWERSというグループを、高森藍子、相葉夕美、矢口美羽と共に組んでいます。四人とも同じPプロデュースです。
 ※スーパードライ・ハイのちひろの発言以降に、ちひろが彼女に何か言ってます。

【川島瑞樹】
【装備:H&K P11水中ピストル(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:疲労、わき腹を弾丸が貫通・大量出血(応急手当済み)】
【思考・行動】
 基本方針:プロデューサーを助けて島を脱出する。
 0:大丈夫よ。これくらい平気。まだまだ若いんだからね。
 1:漁港を調査して……の前に、段取りの組みなおしかしら。楓ちゃんから話も聞きたいわ。
 2:脱出のためになる調査や行動をする。その上で他の参加者と接触したい。
 3:大石泉のことを気にかける。
 4:アイドルの中に悪役が紛れている可能性を考慮して慎重に行動。
 5:千川ちひろに会ったら、彼女の真意を確かめる。

 ※千川ちひろとは呑み仲間兼親友です。

【高垣楓】
【装備:仕込みステッキ、ワルサーP38(6/8)】
【所持品:基本支給品一式×2、サーモスコープ、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルとして、生きる。生き抜く。
 0:まずは安全なところまで移動する。
 1:アイドルとして生きる。歌鈴ちゃんや美羽ちゃん、そして誰のためにも。
 2:まゆの思いを伝えるために生き残る。
 3:……プロデューサーさんの為にちょっと探し物を、ね。

【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬、タウルス レイジングブル(1/6)】
【状態:深い悲しみ】
【思考・行動】
 基本方針:フラワーズのメンバー誰か一人(とP)を生還させる?
 0:私は……私は……。
 1:………………どうすればいいんだろう?






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三村かな子は暗闇の中にいた。
とある民家の屋根裏の中だ。こんな場所に隠れてしまえば誰かに見つかることも、誰かの顔を見たり顔を誰かに見られることもない。
ポケットから情報端末を取り出し電源を入れる。すると端末の明かりが三村かな子の無表情な顔を照らした。

「消えてる……」

あの指令はもう消えていた。どうやら運営側の目的は達成できたということらしい。確認はできなかったが、あの中の何人かが死んだのだろう。

「(泉ちゃんも死んだのかな……)」

大石泉。ニューウェーブというユニットの中の女の子で、Liveゲストとして接して以来、彼女らは事務所の中でも唯一の先輩後輩と呼び合える仲だった。
彼女は物怖じしなくて、年齢以上にしっかりとしていて、とても頭がよくて、自分にはわからないパソコンを使いこなして、なにより――

「(こんな私を尊敬してくれる女の子だった)」

彼女の前では先輩でいられた。しっかりしなくちゃいけないと思うことができた。……なのに、そんな子に銃口を向けて、思い出すだけで身体が震える。
けれど、これでよかったと三村かな子は思う。
希望は見せかけで、決して救いではないから。『アイドル・リアル・サバイブ』はなにがあっても完遂される。たとえどれだけのアイドルがそれに抗おうとしても。
だから、これでよかったのだ。微かな希望さえも打ち砕いてしまえば、アイドルの“敵”として生き抜くことができる。そうすればプロデューサーを救うことができる。

「絶対に……」

三村かな子は端末を切り、暗闇の中で目を瞑る。するととたんに眠気が襲ってくる。これまでは疲労をごまかしてきたがそろそろ限界だ。
けれど、このまま寝てしまえば次の放送を聞き逃してしまうだろう。
でも、それもかまわないと三村かな子は思った。
放送の内容は後でも知れるし、なにより、彼女の名前が呼ばれるのだとしたら、それを千川ちひろの声で聞きたくはないと思ったから。






【F-4・民家の屋根裏部屋/一日目 夕方】

【三村かな子】
【装備:カットラス、US M16A2(30/30)、カーアームズK9(7/7)】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
     M16A2の予備マガジンx3、カーアームズK7の予備マガジンx2
     ストロベリー・ボムx2、医療品セット、エナジードリンクx4本、金庫の鍵】
【状態:疲労、眠気】
【思考・行動】
 基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。
 0:………………。
 1:起きたら“敵”としての活動を再開する。

 ※【ストロベリー・ボムx8、コルトSAA“ピースメーカー“(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)】
   以上の支給品は温泉旅館の金庫の中に仕舞われています。


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最終更新:2013年10月25日 20:49