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02 唯一の遺産
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meteor089
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02 唯一の遺産
修道院を出られたことは……良かったと思ってるよ。
オレにとっても、あいつ――マルチェロにとっても。
オヤジにそっくりなオレの顔を始終見てるのもそろそろ嫌気が差してくる頃だろう?
……オレが修道院に来て十数年だもんな。
オレもこの世界をいろいろ回ってみたい興味もあったしさ。
それに、エイトの仲間にはゼシカがいただろう?それが一番のポイントだよ。
かわいい子を守る役目はオレにぴったりだと思わないか?
……まぁ、何にせよ、修道院を出られて良かったってことさ。
そう、オレはとことんオヤジ似らしいよ。
オヤジもギャンブル好きで女好きで酒好きで…顔の形、髪の色や瞳の色もそのまんまらしい。
ま、この顔のおかげでこれまで生きてこれたようなモンだからね。
自分の財産を全て使い尽くして死んだようなオヤジだったから、
この顔は唯一のオヤジからの遺産だったのかもしれないな、今思うと。
この世の金持ちってのはさ、美術品を集めるのが好きなんだよ。
「美しいものを見ていることが一番の贅沢」とか何とか言ってさ。
それは何も美術品だけに限ったことじゃない。
美しい人間も好きなのさ、金持ちは。
どうしようもないブサイクな金持ちの男が、とびっきりの美女と結婚したりするだろう?
オレはそんな「美しいもの好き」なお金持ちにウケが良かったんだよ。
初めて金持ちの家に礼拝に行ったのは……確かオレが修道院に入って二ヵ月後ぐらいのことだったよ。
当時、オレが修道院でお祈りなんかの勤めをしてると、いつも後ろから視線を感じてたんだ。
あんまり気になったんである日そっと後ろを見てみてたら、
そこには中年のいかにも成金っぽいおっさんが座ってた。
例えて言うなら……派手に着飾ったボストロールって感じだったかな?
オレは何だか不気味に思って、すぐに前に向きなおし、お祈りに集中することにした。
その数日後だったと思う。そのおっさんからオレに自宅へ礼拝に来てほしい、って依頼が入ったんだ。
修道院に入って間もないペーペーのガキんちょ僧侶にだぜ?おかしいだろ?
オレもおかしいと思ったさ。
その依頼が入ったとたん、周りの修道士はニヤニヤし始めてさ、
まだピュアだったオレにはさっぱり意味が解らなかったよ。
ただ、なんとなく自分にとって悪いことが起きそうな気配は感じていた。
で、先輩の修道士に連れられて、そのおっさんの家に行ったんだ。
見るからに金がかかってるような作りの家だった。
先輩はさ、家に着くなりに「じゃ、私はこれで」なんて丁寧にお辞儀をして帰っちまった。
その時すかさずおっさんが先輩にチップを渡してたのをオレは見逃さなかったけど。
自宅での礼拝をお願いしたくせに、おっさんの家には祭壇なんか無かった。
オレはどうしていいか判らずに、メイドに通された応接室の片隅に一人ポツンと立っていたんだ。
そんなオレに向かっておっさんは
「何か食べたいものはあるかい?美味しいものをたんと食べさせてあげよう」
と猫なで声で話しかけてきた。オレの全身を舐めるように見回しながら。
オレは首を振って「いりません」と言うとおっさんは、
「……じゃあ、こっちへおいで」と、隣の部屋へ入るように手招きしたんだ。
隣の部屋には――天蓋付きの大きなベッドがあった。
「わしはな、去年に妻をなくしてな、それ以来毎日寂しい思いをしているんだよ。
ここに腰掛けて、わしの話し相手になってくれんか?」
そう言うとおっさんはオレの手をぐいっと引っ張り、オレをベッドの上に引きずり込んだ。
そしてオレにいきなり抱きついてきた。
おっさんの荒い息遣い、アルコールの染み付いた体臭――
オレは怖くてしょうがないのに、声も出なかった。
「坊やはかわいいなぁ……本当に綺麗な顔をしている。
この白い肌……さぁ体の肌も少し見せてごらん……」
そう言いながら、おっさんはオレの法衣を捲し上げていった。
……その後どうなったかは、大体解るだろ?
このおっさんとの件以来、こんなことはオレにとって日常茶飯事になっちまってね。
今日は金持ちのおっさん、来週は寂しい未亡人、再来週はアル中の老人、なんてね。
修道院もそんな奴らからがっぽり寄付を貰ってたから、オレがどんなに生臭坊主になろうとも、
オレを追い出す気にはならなかったみたいだしな。――あのマルチェロでさえ。
オレがこの顔で生きてきた、っていうのはそういうことさ。
……でもさ、そのおっさんも未亡人も老人も修道院の連中も、
オレという人間事体を求めているわけじゃないんだよな。
オレのこの顔が付いてりゃ、誰だって良かったんだよ。
オレという存在そのものに対してはっきりとした感情を持ってたのは……マルチェロぐらいじゃないか?
いい感情を持ってなかったのは確かだけどさ。
中身も外面もひっくるめて自分という存在そのまんまを必要としてくれる人がいるなんて、
オレ言わせりゃ羨ましい限りだよ。
たとえばアスカンタ城の王妃様もさ、死んでから二年もあのへなちょこ王に
ずっと思われつづけてたんだぜ?
まぁ、あの王妃様の姿を見たら……オレも忘れがたいような美しさだったけどな。
そういえばあのへなちょこ王を見た時、ゼシカは
「あー、イライラする!大の男が何よ!王妃様が亡くなったの、もう二年も前なんでしょ!
それをウジウジと!」とか言ってたな。
「そりゃ……私だってサーベルト兄さんが死んだ時はすごく悲しかったけど……」
ゼシカちゃんはかわいいねぇ。
ちゃんと自分の身に置き換えて、すっとこどっこいな王様を理解しようとしてるぜ。
でもオレの悪い癖で、そういうのに茶々を入れたくなるんだよなぁ。
「ま、家族と最愛の妻とじゃいろいろ違うってことさ。そのうち、恋をすれば解る。
……どう?教えてやろうか?」
「けっ・こ・う・で・す!!――そんなこと言っといて、大体あんた自身もほんとに解ってんの?
家族だってあんなイヤミな兄貴しかいなくって、
恋なんてせいぜい酒場のバニーガールとのいたずら程度でしょ!」
やっぱりキツいねぇ、ゼシカちゃんは。オレの痛いところをバシバシ突いてくるなぁ。
あんまり急所を突かれたんで、オレとしたことが思わず怯んじまった。
言葉に詰まった、って言うのかな?
そうしたらさ、そんなオレの顔を見たゼシカの表情が見る見る変わってった。
いつもキリッと上がり気味の整った綺麗な眉毛が、急に申し訳なさそうな八の字になっていたのが判ったよ。
「……ごめん、言い過ぎた……今言ったことは忘れて」
そんなに悲しい顔するなってば。ほら見ろよ。前を歩いてヤンガスも
不思議そうにこっちを見てるぜ。
「珍しいこともあるもんでがす。ゼシカのねーちゃんが素直に人に謝るなんて……」
「そうだよ。別にあやまることないぜ?ゼシカは本当のこと言ったんだからさ」
それがオレの精一杯の言葉だった。
オレにとっても、あいつ――マルチェロにとっても。
オヤジにそっくりなオレの顔を始終見てるのもそろそろ嫌気が差してくる頃だろう?
……オレが修道院に来て十数年だもんな。
オレもこの世界をいろいろ回ってみたい興味もあったしさ。
それに、エイトの仲間にはゼシカがいただろう?それが一番のポイントだよ。
かわいい子を守る役目はオレにぴったりだと思わないか?
……まぁ、何にせよ、修道院を出られて良かったってことさ。
そう、オレはとことんオヤジ似らしいよ。
オヤジもギャンブル好きで女好きで酒好きで…顔の形、髪の色や瞳の色もそのまんまらしい。
ま、この顔のおかげでこれまで生きてこれたようなモンだからね。
自分の財産を全て使い尽くして死んだようなオヤジだったから、
この顔は唯一のオヤジからの遺産だったのかもしれないな、今思うと。
この世の金持ちってのはさ、美術品を集めるのが好きなんだよ。
「美しいものを見ていることが一番の贅沢」とか何とか言ってさ。
それは何も美術品だけに限ったことじゃない。
美しい人間も好きなのさ、金持ちは。
どうしようもないブサイクな金持ちの男が、とびっきりの美女と結婚したりするだろう?
オレはそんな「美しいもの好き」なお金持ちにウケが良かったんだよ。
初めて金持ちの家に礼拝に行ったのは……確かオレが修道院に入って二ヵ月後ぐらいのことだったよ。
当時、オレが修道院でお祈りなんかの勤めをしてると、いつも後ろから視線を感じてたんだ。
あんまり気になったんである日そっと後ろを見てみてたら、
そこには中年のいかにも成金っぽいおっさんが座ってた。
例えて言うなら……派手に着飾ったボストロールって感じだったかな?
オレは何だか不気味に思って、すぐに前に向きなおし、お祈りに集中することにした。
その数日後だったと思う。そのおっさんからオレに自宅へ礼拝に来てほしい、って依頼が入ったんだ。
修道院に入って間もないペーペーのガキんちょ僧侶にだぜ?おかしいだろ?
オレもおかしいと思ったさ。
その依頼が入ったとたん、周りの修道士はニヤニヤし始めてさ、
まだピュアだったオレにはさっぱり意味が解らなかったよ。
ただ、なんとなく自分にとって悪いことが起きそうな気配は感じていた。
で、先輩の修道士に連れられて、そのおっさんの家に行ったんだ。
見るからに金がかかってるような作りの家だった。
先輩はさ、家に着くなりに「じゃ、私はこれで」なんて丁寧にお辞儀をして帰っちまった。
その時すかさずおっさんが先輩にチップを渡してたのをオレは見逃さなかったけど。
自宅での礼拝をお願いしたくせに、おっさんの家には祭壇なんか無かった。
オレはどうしていいか判らずに、メイドに通された応接室の片隅に一人ポツンと立っていたんだ。
そんなオレに向かっておっさんは
「何か食べたいものはあるかい?美味しいものをたんと食べさせてあげよう」
と猫なで声で話しかけてきた。オレの全身を舐めるように見回しながら。
オレは首を振って「いりません」と言うとおっさんは、
「……じゃあ、こっちへおいで」と、隣の部屋へ入るように手招きしたんだ。
隣の部屋には――天蓋付きの大きなベッドがあった。
「わしはな、去年に妻をなくしてな、それ以来毎日寂しい思いをしているんだよ。
ここに腰掛けて、わしの話し相手になってくれんか?」
そう言うとおっさんはオレの手をぐいっと引っ張り、オレをベッドの上に引きずり込んだ。
そしてオレにいきなり抱きついてきた。
おっさんの荒い息遣い、アルコールの染み付いた体臭――
オレは怖くてしょうがないのに、声も出なかった。
「坊やはかわいいなぁ……本当に綺麗な顔をしている。
この白い肌……さぁ体の肌も少し見せてごらん……」
そう言いながら、おっさんはオレの法衣を捲し上げていった。
……その後どうなったかは、大体解るだろ?
このおっさんとの件以来、こんなことはオレにとって日常茶飯事になっちまってね。
今日は金持ちのおっさん、来週は寂しい未亡人、再来週はアル中の老人、なんてね。
修道院もそんな奴らからがっぽり寄付を貰ってたから、オレがどんなに生臭坊主になろうとも、
オレを追い出す気にはならなかったみたいだしな。――あのマルチェロでさえ。
オレがこの顔で生きてきた、っていうのはそういうことさ。
……でもさ、そのおっさんも未亡人も老人も修道院の連中も、
オレという人間事体を求めているわけじゃないんだよな。
オレのこの顔が付いてりゃ、誰だって良かったんだよ。
オレという存在そのものに対してはっきりとした感情を持ってたのは……マルチェロぐらいじゃないか?
いい感情を持ってなかったのは確かだけどさ。
中身も外面もひっくるめて自分という存在そのまんまを必要としてくれる人がいるなんて、
オレ言わせりゃ羨ましい限りだよ。
たとえばアスカンタ城の王妃様もさ、死んでから二年もあのへなちょこ王に
ずっと思われつづけてたんだぜ?
まぁ、あの王妃様の姿を見たら……オレも忘れがたいような美しさだったけどな。
そういえばあのへなちょこ王を見た時、ゼシカは
「あー、イライラする!大の男が何よ!王妃様が亡くなったの、もう二年も前なんでしょ!
それをウジウジと!」とか言ってたな。
「そりゃ……私だってサーベルト兄さんが死んだ時はすごく悲しかったけど……」
ゼシカちゃんはかわいいねぇ。
ちゃんと自分の身に置き換えて、すっとこどっこいな王様を理解しようとしてるぜ。
でもオレの悪い癖で、そういうのに茶々を入れたくなるんだよなぁ。
「ま、家族と最愛の妻とじゃいろいろ違うってことさ。そのうち、恋をすれば解る。
……どう?教えてやろうか?」
「けっ・こ・う・で・す!!――そんなこと言っといて、大体あんた自身もほんとに解ってんの?
家族だってあんなイヤミな兄貴しかいなくって、
恋なんてせいぜい酒場のバニーガールとのいたずら程度でしょ!」
やっぱりキツいねぇ、ゼシカちゃんは。オレの痛いところをバシバシ突いてくるなぁ。
あんまり急所を突かれたんで、オレとしたことが思わず怯んじまった。
言葉に詰まった、って言うのかな?
そうしたらさ、そんなオレの顔を見たゼシカの表情が見る見る変わってった。
いつもキリッと上がり気味の整った綺麗な眉毛が、急に申し訳なさそうな八の字になっていたのが判ったよ。
「……ごめん、言い過ぎた……今言ったことは忘れて」
そんなに悲しい顔するなってば。ほら見ろよ。前を歩いてヤンガスも
不思議そうにこっちを見てるぜ。
「珍しいこともあるもんでがす。ゼシカのねーちゃんが素直に人に謝るなんて……」
「そうだよ。別にあやまることないぜ?ゼシカは本当のこと言ったんだからさ」
それがオレの精一杯の言葉だった。
ゼシカちゃん、あんたは鋭いよ。
きれいな女の子見つけては酒飲んで、甘い言葉ささやいて、キスして、セックスして。
それで後腐れなくバイバイできるのが愛や恋だんなて、オレはこれっぽっちも思っちゃいねぇよ。
マルチェロとのこともそうだ。
あいつはオレが何者であるか知った時から今もずっと、オレを恨み続けてる。
そんなヤツが家族だの恋だの語る方が間違えてんだから。
――結局オレは家族の愛は打ち砕かれ、女を愛することも知らない、
修道院に来たガキの頃のあのまんまなんだ。
「すべては時間が解決する」
オレが修道院に初めて来た時にオディロ院長はそう言ったけど、
一体あとどのぐらい時間がかかるんだ?
誰か教えろよ――。
きれいな女の子見つけては酒飲んで、甘い言葉ささやいて、キスして、セックスして。
それで後腐れなくバイバイできるのが愛や恋だんなて、オレはこれっぽっちも思っちゃいねぇよ。
マルチェロとのこともそうだ。
あいつはオレが何者であるか知った時から今もずっと、オレを恨み続けてる。
そんなヤツが家族だの恋だの語る方が間違えてんだから。
――結局オレは家族の愛は打ち砕かれ、女を愛することも知らない、
修道院に来たガキの頃のあのまんまなんだ。
「すべては時間が解決する」
オレが修道院に初めて来た時にオディロ院長はそう言ったけど、
一体あとどのぐらい時間がかかるんだ?
誰か教えろよ――。