000 胎動 ◆tu4bghlMIw
「うっ……なんだ、これ」
少年、音無結弦が目覚めた時、辺りは不可思議な闇に覆われていた。
闇。光を吸い込み、何も彼もを飲み込む闇。
彼がいるのはだだっ広い建物の中のようだった。視界は真っ暗でなにも見えない。
だが、不思議と周囲から人の気配自体は感じられる。どうも想像以上に沢山の人間がいるようだ。
彼がいるのはだだっ広い建物の中のようだった。視界は真っ暗でなにも見えない。
だが、不思議と周囲から人の気配自体は感じられる。どうも想像以上に沢山の人間がいるようだ。
最後に何をしていたか――よくよく考えてみてもイマイチ思い出せない。
音無は思い出そうと必死に頭を捻った。
彼の胸の中に、得体の知れない予感があったのだ。
予感。それは、悪感といってもいい。
自分がとんでもない出来事に巻き込まれてしまったのではないか――そう考える感情を止めることが出来なかった。
彼の胸の中に、得体の知れない予感があったのだ。
予感。それは、悪感といってもいい。
自分がとんでもない出来事に巻き込まれてしまったのではないか――そう考える感情を止めることが出来なかった。
その時だった。
「っ――」
不意に、光が満ちた。
違う。単に照明が点されただけだ。
ただし光量は少しばかり過剰で、暗闇に慣れた目に毒であることに変わりはない。音無は思わず目を覆った。
違う。単に照明が点されただけだ。
ただし光量は少しばかり過剰で、暗闇に慣れた目に毒であることに変わりはない。音無は思わず目を覆った。
そして、数秒の間。
唐突な光に目をやられたのは周りの人間も同じだったらしく、彼らも大半が似たような反応を示していた。
けれど人間は順応する。光に慣れた瞼をゆっくりと開く――
唐突な光に目をやられたのは周りの人間も同じだったらしく、彼らも大半が似たような反応を示していた。
けれど人間は順応する。光に慣れた瞼をゆっくりと開く――
「へぇ。思ったよりも沢山いるんだね」
ピタリ、と周囲のざわめきが息を止めた。
鈴が鳴るような声が、音無のいた場所よりも少し高いところから響いたせいだ。
音無はすかさず視線を上げた。その際、自分がいる部屋の構造が視界に入った。
鈴が鳴るような声が、音無のいた場所よりも少し高いところから響いたせいだ。
音無はすかさず視線を上げた。その際、自分がいる部屋の構造が視界に入った。
彼がいるのは無機質な鉄鋼板で覆われた部屋だった。
学校の体育館程度の広さがあるだろうか。
ただし、床も壁も天井も全てが分厚い鉄板で造られた頑強な施設だ。
そして、その中央に高さ一メートル、横幅数メートルほどの舞台があることに気付く。
学校の体育館程度の広さがあるだろうか。
ただし、床も壁も天井も全てが分厚い鉄板で造られた頑強な施設だ。
そして、その中央に高さ一メートル、横幅数メートルほどの舞台があることに気付く。
そこには――ぽつん、と一人の女の子が立っていた。
いや。違う。立っている、というのは間違いだ。
なぜなら、女の子は『車椅子』に乗っていたのだから。
なぜなら、女の子は『車椅子』に乗っていたのだから。
「こんなにいっぱい、必要なのかな……」
不思議な女の子だ。音無はぼんやりと考える。
壇上の少女は、中学二年生である音無から見ても非常に幼かった。
五、六歳といったところだろうか。小学校に上がってすらいない年頃に見える。
壇上の少女は、中学二年生である音無から見ても非常に幼かった。
五、六歳といったところだろうか。小学校に上がってすらいない年頃に見える。
が、なによりも目を引くのは――――少女の桃色の髪である。
肩口ほどの鮮やかなピンクの髪を紺色のリボンで纏め上げている。
音無の周りにも不可思議な髪色をした友人はいるが、この女の子に関してはなにか妙な違和感を覚えたのだ。
肩口ほどの鮮やかなピンクの髪を紺色のリボンで纏め上げている。
音無の周りにも不可思議な髪色をした友人はいるが、この女の子に関してはなにか妙な違和感を覚えたのだ。
まるで、この桃色に忌々しい意味があるような気がして。
単なる色彩の問題ではないような気がして。
それは――闇の鼓動の現れであるような気がして。
単なる色彩の問題ではないような気がして。
それは――闇の鼓動の現れであるような気がして。
壇上の少女が、つまらなそうな顔でぽつりと呟いた。そして、
「いらないよね、こんなに」
――〝赤〟がはじける。
「え…………」
『人間の頭』が三つ、空を飛んでいた。
音無は自分の目を疑った。人間の頭は空を飛ばない。そんなのはろくろ首くらいだ。
けれど――実際の問題として、今、彼の目の前で頭が三つ飛んでいる。
それは明確な事実だった。
けれど――実際の問題として、今、彼の目の前で頭が三つ飛んでいる。
それは明確な事実だった。
音無が見た光景を順序立てて説明するとこうなる。
『舞台から最も近い場所にいた三人の少女に付いていた頭が、桃色の髪の少女の言葉と共に、空へ浮かび上がった』
『舞台から最も近い場所にいた三人の少女に付いていた頭が、桃色の髪の少女の言葉と共に、空へ浮かび上がった』
妙なことを言っているように思える。意味が分からない。あまりにも荒唐無稽過ぎる。
が、誰が彼を責められるだろう。
今この場面に直面している音無だってなにが起こっているのか理解出来ないのだ。
が、誰が彼を責められるだろう。
今この場面に直面している音無だってなにが起こっているのか理解出来ないのだ。
確かに『人間の頭』は飛んでいるのである。
床から約五メートルほどの高さに、まるでオブジェか何かのように三つ。
無理矢理毟り取られたかのように、血を流しながら。
首の切断面から血液が床の鉄板に落ちる。ポタリ、ポタリと落ちる。
床から約五メートルほどの高さに、まるでオブジェか何かのように三つ。
無理矢理毟り取られたかのように、血を流しながら。
首の切断面から血液が床の鉄板に落ちる。ポタリ、ポタリと落ちる。
そういえば、なにかを毟り取るような音が聞こえた気がした。
ブチッ、と。
まるで野草を手で引っこ抜いたような音だった。
きっと、それが人間の神経が引きちぎられる音だったのだろう。骨が胴体から引っこ抜かれる音だったのだろう。
ブチッ、と。
まるで野草を手で引っこ抜いたような音だった。
きっと、それが人間の神経が引きちぎられる音だったのだろう。骨が胴体から引っこ抜かれる音だったのだろう。
そしてようやく、音無は理解する。
――今、人が三人死んだ。
生前の彼が自身を犠牲にしてまで守ろうとしたものと同じ、尊い命が――三つ、途絶えた。
少女達の断末魔の声はない。
あるわけがない。声なんて出るわけがない。叫ぶ暇なんてないに決まっている。
即死だ。
見れば分かる。首が取れれば人は死ぬ。誰にだってそんなことは分かる。
あるわけがない。声なんて出るわけがない。叫ぶ暇なんてないに決まっている。
即死だ。
見れば分かる。首が取れれば人は死ぬ。誰にだってそんなことは分かる。
だから、声の主は――
「きゃああああああああああああああああああああああっ!」
「なんだよ、コレ! どうなってんだ……!」
「なんだよ、コレ! どうなってんだ……!」
それ以外の、舞台を取り囲む人間達だった。
騒いでいるのは大半が学生であるようだった。理由は簡単だ。学校の制服を着ている。
一方、同じくらい押し黙り、死体と首とを睥睨する者の姿も散見出来たような気がする。
特に非常に多くいる外国人達は、そのような類の反応を取る者が多い。
しかし――音無は自分よりも何歳も年下のような女の子達が、そのような態度を見せていることに衝撃を覚える。
一方、同じくらい押し黙り、死体と首とを睥睨する者の姿も散見出来たような気がする。
特に非常に多くいる外国人達は、そのような類の反応を取る者が多い。
しかし――音無は自分よりも何歳も年下のような女の子達が、そのような態度を見せていることに衝撃を覚える。
例えば、赤髪を三つ編みにした人形のような目の少女。
例えば、褐色の肌に長い金髪をツインテールで纏め上げた大人びた少女。
例えば、長い金髪を後ろで五つに結んだ怜悧な視線の少女。
例えば、褐色の肌に長い金髪をツインテールで纏め上げた大人びた少女。
例えば、長い金髪を後ろで五つに結んだ怜悧な視線の少女。
大人も多い。コスプレのような妙な恰好をした者も。
中には上着だけ軍服を羽織り、下にはなんとパンツしか履いていないという、
痴女としか言えない驚愕の恰好をしている少女までいる。しかも、妙に沢山。
彼女達も大概が冷静であるように思えるが――
中には上着だけ軍服を羽織り、下にはなんとパンツしか履いていないという、
痴女としか言えない驚愕の恰好をしている少女までいる。しかも、妙に沢山。
彼女達も大概が冷静であるように思えるが――
冷静。冷静だと?
いや――むしろ、そちらの方が多数はではないか…………?
音無自身は一切騒ぎ立てていないが、自分の顔が強張り、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなことは理解出来る。
音無は悲鳴を上げなかった。
だから、音無は冷静だ。
違う。それは否だ。三段論法は成立しない。
あくまでコレは『冷静と呼ばれる状況』と『今現在の音無の状況』が酷似しているに過ぎない。
いや――むしろ、そちらの方が多数はではないか…………?
音無自身は一切騒ぎ立てていないが、自分の顔が強張り、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなことは理解出来る。
音無は悲鳴を上げなかった。
だから、音無は冷静だ。
違う。それは否だ。三段論法は成立しない。
あくまでコレは『冷静と呼ばれる状況』と『今現在の音無の状況』が酷似しているに過ぎない。
――むしろ『悲鳴を上げることさえ出来なかった』というのが真実。
彼の心境を一言で語るならば『茫然自失』という奴だ。
ただし、あまりに想像を超えた事態と遭遇したせいか、頭の回転速度が妙に上がっている。
一つ一つの事象を分析し、なにが起こったかを具体的に理解してしまっている。
声が出ない。喚く声も、囀る声も、憤る声も、戦慄く声も、何一つ。
ただし、あまりに想像を超えた事態と遭遇したせいか、頭の回転速度が妙に上がっている。
一つ一つの事象を分析し、なにが起こったかを具体的に理解してしまっている。
声が出ない。喚く声も、囀る声も、憤る声も、戦慄く声も、何一つ。
だから音無は与えられる側だ。一方的に突き付けられる。
凄惨で、猟奇的な音と絵だけを。
見えなくてもいいものを、考えなくてはいいものを――認識させられてしまう。
凄惨で、猟奇的な音と絵だけを。
見えなくてもいいものを、考えなくてはいいものを――認識させられてしまう。
一方的な音無の視認は続く。
心を抉る光景は止まらない。
少女。そうだ少女だ。
見ると、浮かび上がった三つの頭の下に、首を失った人間の少女の身体があることに気付く。
当たり前だ。首だけが唐突に現れたわけがない。人間には首があって胴体がある。疑問を挟むところではない。
だが、身体を見ると理解してしまう。
心を抉る光景は止まらない。
少女。そうだ少女だ。
見ると、浮かび上がった三つの頭の下に、首を失った人間の少女の身体があることに気付く。
当たり前だ。首だけが唐突に現れたわけがない。人間には首があって胴体がある。疑問を挟むところではない。
だが、身体を見ると理解してしまう。
彼女達が、もぎ取られたことを。
毟り取られたことを。
首を。その胴体から。
毟り取られたことを。
首を。その胴体から。
開けっ放しにした水道の蛇口のような音を立てて、少女達の身体が噴水になる。
真っ赤な血液が間歇泉のように噴き出す。一面の紅色。赤。赤がはじける――
一気に人の波がザッと引いたのを、音無は肌で感じた。
壇上の周りからマーカーで引いたかの如く、一瞬で人がいなくなった。
真っ赤な血液が間歇泉のように噴き出す。一面の紅色。赤。赤がはじける――
一気に人の波がザッと引いたのを、音無は肌で感じた。
壇上の周りからマーカーで引いたかの如く、一瞬で人がいなくなった。
カラン。
カラン。
カラン。
カラン。
カラン。
妙に硬質の音が響いた。
どうも空に浮遊する首から、なにかが落下してきたらしい。視線を寄せる。
輪っか……? いや『首輪』とでも言うべきなのだろうか。
ツルリとしていて銀に似た光沢がある。チョーカーとは違うようだが……。
どうも空に浮遊する首から、なにかが落下してきたらしい。視線を寄せる。
輪っか……? いや『首輪』とでも言うべきなのだろうか。
ツルリとしていて銀に似た光沢がある。チョーカーとは違うようだが……。
「あはははは。おもしろーい。うん。どうせだからあと四、五人くらいここで……」
「――そこまでだァ。君、状況を説明してもらおうじゃないか」
「…………? ええと、おにいさんは……ゴラン、だったかしら」
「俺の名前を知っているのか。これはいよいよもって、不思議なことになってきた」
「――そこまでだァ。君、状況を説明してもらおうじゃないか」
「…………? ええと、おにいさんは……ゴラン、だったかしら」
「俺の名前を知っているのか。これはいよいよもって、不思議なことになってきた」
その時だった。
一人のこれまた外国人だと思しき男が、桃色の髪の少女に話し掛けたのである。
一人のこれまた外国人だと思しき男が、桃色の髪の少女に話し掛けたのである。
男はくすんだ金色の髪と、鼻の頭に貼ってあるテープが印象的だった。
が、なによりも――左手に持った見慣れぬハンバーガーチェーンのビニール袋。
コレが何よりも場違い甚だしかった。
男は紙袋から慣れた手付きでハンバーガーを取り出し、それをモグモグと咀嚼しながら言葉を続ける。
が、なによりも――左手に持った見慣れぬハンバーガーチェーンのビニール袋。
コレが何よりも場違い甚だしかった。
男は紙袋から慣れた手付きでハンバーガーを取り出し、それをモグモグと咀嚼しながら言葉を続ける。
「今、なにをしたんだァ? いや……《契約者》にこんなことを聞くのは野暮ってもんか」
もう一度言う。説明してもらおうか。大人しくするならコイツを分けてもいい」
もう一度言う。説明してもらおうか。大人しくするならコイツを分けてもいい」
あっという間にバーガーを一個完食した男――ゴランは、ハンバーガーのビニールを掲げてそんなことを言った。
が、車椅子の少女はそんな言葉に耳を貸すことすらせずに不機嫌な様子で、
が、車椅子の少女はそんな言葉に耳を貸すことすらせずに不機嫌な様子で、
「つまんない。おにいさんも死んで」
――――小さく呟くと、『なにか』をした。
そう。なにかだ。なにかをした。
困ったことに、音無にはコレをなにかとしか言い表す術がない。
なぜなら、彼には『なにも見えなかった』のだ。
きっとコレは会場にいる全ての人間も同様のことが言えただろう。
ただし。先程の感覚から、一つの結末を予測したことは確かだ。
困ったことに、音無にはコレをなにかとしか言い表す術がない。
なぜなら、彼には『なにも見えなかった』のだ。
きっとコレは会場にいる全ての人間も同様のことが言えただろう。
ただし。先程の感覚から、一つの結末を予測したことは確かだ。
首が飛ぶ!
音無は感覚的に奥歯を噛み締めた。
だが、そうはならなかった。瞬間、消え失せたのはゴランの首ではなく――身体そのもの。
違う。消えたのではない。ただ、ゴランは。
だが、そうはならなかった。瞬間、消え失せたのはゴランの首ではなく――身体そのもの。
違う。消えたのではない。ただ、ゴランは。
「っとと! よせって。対価とはいえ、こんなものそんなに食いたくないんだ」
「…………早いのね、おにいさん」
「…………早いのね、おにいさん」
有り得ないほどのスピードで――
ぐるり、と舞台を周回して最初に彼がいたのと正反対の位置に移動しただけなのだから。
ぐるり、と舞台を周回して最初に彼がいたのと正反対の位置に移動しただけなのだから。
瞬間移動。そんな言葉が音無の脳裏に浮かぶ。
違う。男は物凄い早さで部屋の中を走り抜けたのだ。
Angel Playerの能力か? いや、このハンバーガー男が言っていた《契約者》という言葉も……?
違う。男は物凄い早さで部屋の中を走り抜けたのだ。
Angel Playerの能力か? いや、このハンバーガー男が言っていた《契約者》という言葉も……?
「さァてと、手荒な真似になるかもしれんが、事情を説明してもらうとするか」
更にもう一つ、ハンバーガーを食べ終わったゴランが言葉と共に、再度凄まじい速度で部屋の中を駆け回り始めた。
体育館程度の広さがあるため、数十人の人間がいるとはいえ、スペースにはかなり空きがある。
ゴランは大きく円を描くような軌道で室内を疾走した後、まっすぐ――車椅子の少女に向かっていった。
体育館程度の広さがあるため、数十人の人間がいるとはいえ、スペースにはかなり空きがある。
ゴランは大きく円を描くような軌道で室内を疾走した後、まっすぐ――車椅子の少女に向かっていった。
――しかし。
車椅子の少女へと突撃するべく、ゴランが彼女とギリギリまで接近した、その瞬間。
「なっ……!」
「――つかまえた」
「――つかまえた」
ゴランの身体が――ピタリ、と少女にぶつかる寸前で停止したのである。
いや、それどころか……ゴランは身体ごと、宙に浮かんだ状態で静止している。
恐ろしい早さで動いていた彼の両脚も空を切るのみ。
まるで、何かに身体を押さえつけられているかのようだった。コレが少女の持つ力なのか――?
いや、それどころか……ゴランは身体ごと、宙に浮かんだ状態で静止している。
恐ろしい早さで動いていた彼の両脚も空を切るのみ。
まるで、何かに身体を押さえつけられているかのようだった。コレが少女の持つ力なのか――?
そして寸暇すら置かずに――――ゴランの左腕が、宙を舞った。
飛び散る鮮血。そのまま無遠慮な力でゴランの身体が壁へと叩きつけられる。
飛び散る鮮血。そのまま無遠慮な力でゴランの身体が壁へと叩きつけられる。
「ぐっ……! なんだ、この能力は――!?」
「あはははははは。おもしろーい。でも、変なの。どんなに早くても、結局近づいてくるならおんなじなのに!」
「あはははははは。おもしろーい。でも、変なの。どんなに早くても、結局近づいてくるならおんなじなのに!」
激痛に顔を曇らせたゴランとは対照的に、車椅子の少女は腹を抱えケラケラと笑っていた。
音無は戦慄した。背筋を冷たいモノが通り抜ける。
少女は、楽しんでいた。遊んでいたのである。
子供特有の無邪気さ、残酷さで――人を殺すことに、傷つけることになんの躊躇いも持たずに。
音無は戦慄した。背筋を冷たいモノが通り抜ける。
少女は、楽しんでいた。遊んでいたのである。
子供特有の無邪気さ、残酷さで――人を殺すことに、傷つけることになんの躊躇いも持たずに。
「とんでもない子供だな……っ……たく明日は筋肉痛だァ」
少女に吹き飛ばされ、左肩から血を噴き出すゴラン。
だが、彼の目はまだ死んでいなかった。どうやってこの状況を切り抜けるべきか、ただソレだけを考えている。
音無は彼の存在に、少しだけ自分の心が奮い立つような感情を覚えた。
だが、彼の目はまだ死んでいなかった。どうやってこの状況を切り抜けるべきか、ただソレだけを考えている。
音無は彼の存在に、少しだけ自分の心が奮い立つような感情を覚えた。
そして、ようやくこの時点において音無は決定的な事実に気付くのであった。
――今、自分はいったいどこにいるのだろう?
あの洗練された行動を見るに、ゴランは戦闘のプロフェッショナルに違いない。
年齢だって少なくとも二十代は行っているはずだ。さすがに彼が十代の学生であるとは考えにくい。
というか、そもそもどう見ても大人にしか見えない人間はそこら中にいる。
年齢だって少なくとも二十代は行っているはずだ。さすがに彼が十代の学生であるとは考えにくい。
というか、そもそもどう見ても大人にしか見えない人間はそこら中にいる。
そうなると、おかしいではないか。
音無には記憶がない――音無は既に死んだ人間だ。
音無には記憶がない――音無は既に死んだ人間だ。
彼は死後、『青春時代をまともに過ごせなかった人のために用意された世界』において、
『死んだ世界戦線(SSS)』と呼称される組織に身を置き、
仲間達を成仏させるために『天使』と呼ばれる立華かなでと共に活動をしている。
『死んだ世界戦線(SSS)』と呼称される組織に身を置き、
仲間達を成仏させるために『天使』と呼ばれる立華かなでと共に活動をしている。
大人達は学園にいた教師と同じで全て、エキストラ――NPC(ノンプレイヤーキャラクター)なのだろうか。
いや、NPCがこんな積極的な行動を取るとは考えにくい。
大体、彼らはどれだけ切って詰めても『学園の教師』という存在に他ならない。
それ以外の役割が与えられていないからこそのNPCなのだ。こんな……不可思議な力を用い、戦闘を行うなど有り得ない。
どうなっている? これはいったい、どういうことなんだ!?
いや、NPCがこんな積極的な行動を取るとは考えにくい。
大体、彼らはどれだけ切って詰めても『学園の教師』という存在に他ならない。
それ以外の役割が与えられていないからこそのNPCなのだ。こんな……不可思議な力を用い、戦闘を行うなど有り得ない。
どうなっている? これはいったい、どういうことなんだ!?
そんな――音無の思考が強大な疑問にぶち当たった時だった。
「……煩わしいな」
心底、苛立たしげな女性の声が響いた。
重い声。道端に転がる虫の死骸に向けるような冷たい声だった。
重い声。道端に転がる虫の死骸に向けるような冷たい声だった。
音無は声の主を見つめた。
そこには妙な出で立ちの女が立っていた。
そこには妙な出で立ちの女が立っていた。
何よりも目を引くのは髪だ。車椅子の少女と同じ、あまりにも鮮やかな桃色の髪。
背は高く、髪は肩口。見るモノに強烈な印象を残す美人だ。
目付きは鋭く、声と同じくらい冷たく……ゾッとするような雰囲気を孕んでいる。
だが、それ以上に何よりも――彼女の頭部から突き出した〝角〟らしきモノに音無の視線は注がれる。
背は高く、髪は肩口。見るモノに強烈な印象を残す美人だ。
目付きは鋭く、声と同じくらい冷たく……ゾッとするような雰囲気を孕んでいる。
だが、それ以上に何よりも――彼女の頭部から突き出した〝角〟らしきモノに音無の視線は注がれる。
「ルーシー」
「茶番だ。こんなことをしても、なんの意味もない」
「別に大した意味があるから殺してるわけでもないわ。そういうものでしょう?」
「それも、知っている」
「茶番だ。こんなことをしても、なんの意味もない」
「別に大した意味があるから殺してるわけでもないわ。そういうものでしょう?」
「それも、知っている」
車椅子のルーシーと呼ばれた女がゆっくりと舞台に向けて歩みを進めた。
そして、ゴランを冷徹な視線で見下す。
当然、いきなり現れた女にそんな不躾な態度を取られれば、ゴランの方も面食らってしまう。
彼は眉を顰め、険呑な眼差しでルーシーを見返した。次の瞬間、
そして、ゴランを冷徹な視線で見下す。
当然、いきなり現れた女にそんな不躾な態度を取られれば、ゴランの方も面食らってしまう。
彼は眉を顰め、険呑な眼差しでルーシーを見返した。次の瞬間、
「んァ。おい、なんだァ。ただの女がそんな前に出て――」
「邪魔だ」
「邪魔だ」
あまりに呆気なく――――ゴランの首が飛んだ。
道端の花をへし折るように。
足元の虫を踏みつぶすように。
道端の花をへし折るように。
足元の虫を踏みつぶすように。
赤い血に染まったハンバーガーが数個、部屋にぶちまけられる。
カラン、とゴランの首輪が床に落ちる。首が落ちる。
ボーリングの球のように、重い音を立てて地面を転がる。壁にぶつかって止まる。
カラン、とゴランの首輪が床に落ちる。首が落ちる。
ボーリングの球のように、重い音を立てて地面を転がる。壁にぶつかって止まる。
「あっ……!」
音無の口から意味のない悲鳴が漏れた。
殺した。今、確かに。
突如として現れた壇上の少女ではない。
音無と同じように部屋の中に集められていた女が人を殺したのである。
ただ視界に入ったから。目障りだったから。
いや、根源的にはそれすら言い過ぎなのかもしれない。
女は、ルーシーは『なにか』をした。
けれど、それが『なにか』は分からない。見えないのだ。
『なにか』をしたのは分かるのに、それが一体なんなのか理解出来ない。
突如として現れた壇上の少女ではない。
音無と同じように部屋の中に集められていた女が人を殺したのである。
ただ視界に入ったから。目障りだったから。
いや、根源的にはそれすら言い過ぎなのかもしれない。
女は、ルーシーは『なにか』をした。
けれど、それが『なにか』は分からない。見えないのだ。
『なにか』をしたのは分かるのに、それが一体なんなのか理解出来ない。
だから、音無の頭には事実だけが刻まれる。ルーシーがやったことだけが形を持つ。
――彼女は、人を殺した。
「これはこれは。まさか、ルールの説明をする前から参加者を殺してしまう方が現れるなんて……。
まぁコレも一興、ですかね」
まぁコレも一興、ですかね」
その時だった。舞台の奥の方から新たな人物が登場したことで、事態は更なる方向に進み始める。
「……説明は私にまかせるんじゃなかったの」
「いえ。このままでは、貴女方が参加者の皆さんをドンドン減らしてしまうと思いまして」
「そんなの、別にかまわないのに。どうせすぐに減っちゃうんだから。弱いのは関係なくさっさと死ぬよ。さっきの奴みたいに」
「……困りましたね。彼などはむしろ参加者の中では上位に入っていたのですが……まぁ長生きが出来そうなタイプではありませんけれど」
「いえ。このままでは、貴女方が参加者の皆さんをドンドン減らしてしまうと思いまして」
「そんなの、別にかまわないのに。どうせすぐに減っちゃうんだから。弱いのは関係なくさっさと死ぬよ。さっきの奴みたいに」
「……困りましたね。彼などはむしろ参加者の中では上位に入っていたのですが……まぁ長生きが出来そうなタイプではありませんけれど」
姿を見せたのは髪の長い眼鏡の男だった。
着ている衣服が非常に特徴的だ。
まるで古代中国の文官のようなゆったりとした着物を身につけている。
着ている衣服が非常に特徴的だ。
まるで古代中国の文官のようなゆったりとした着物を身につけている。
「于吉!? どうしてお前がこんなところに!」
「少し黙っていて頂けますか、関羽。今、私は貴女に構っている暇はないのです」
「なんだと……!」
「少し黙っていて頂けますか、関羽。今、私は貴女に構っている暇はないのです」
「なんだと……!」
…………関羽? 音無は首を捻った。
于吉と呼ばれた男がポニーテールの黒髪の女性を確かにそう呼んだのである。
関羽といえば三国志に登場する超有名な豪傑だ。
少なくともそれが女……しかもこんな美人(絶世の美女と言うにはまぁ流石に少々及ばないが)だったなど聞いたこともない。
于吉と呼ばれた男がポニーテールの黒髪の女性を確かにそう呼んだのである。
関羽といえば三国志に登場する超有名な豪傑だ。
少なくともそれが女……しかもこんな美人(絶世の美女と言うにはまぁ流石に少々及ばないが)だったなど聞いたこともない。
「さて。要件だけを明確に伝えましょう。皆さんには……ええと、今は何人残っているんでしょうね。
四人死亡されたようなので、八十人でしょうか。簡単に説明するとこうなります。
皆さん八十人に――最後の一人になるまで殺し合いをして頂きたいのです。
そうそう。中には勘違いされている方もいると思うので予め言っておきますが――死んだ人間は生き返りませんよ。当然」
「なっ……!」
四人死亡されたようなので、八十人でしょうか。簡単に説明するとこうなります。
皆さん八十人に――最後の一人になるまで殺し合いをして頂きたいのです。
そうそう。中には勘違いされている方もいると思うので予め言っておきますが――死んだ人間は生き返りませんよ。当然」
「なっ……!」
于吉の言葉に凍りついていた部屋の空気が一気に形を変えた。
殺し合い。確かに、そう言った。この人数で一人になるまでって……。
殺し合い。確かに、そう言った。この人数で一人になるまでって……。
「…………!」
音無は横目でルーシーの方を見やった。
彼女は腕を組み、苛烈な目付きで于吉とマリコを睨みつけている。
彼女は腕を組み、苛烈な目付きで于吉とマリコを睨みつけている。
音無はSSSで拳銃を扱った経験がある。一般的な学生と比べれば、戦闘に慣れた存在と言えるだろう。
だが、彼女が放つ威圧感は、全くそれとは別モノである。
天使――立華かなで――と戦っていた頃の音無が、彼女を『殺そう』と心の奥から考えていたかは疑わしい。
だが、ここまで明確な殺意……いや、むしろ『人間を殺すことを何とも思っていない』という視線。
だが、彼女が放つ威圧感は、全くそれとは別モノである。
天使――立華かなで――と戦っていた頃の音無が、彼女を『殺そう』と心の奥から考えていたかは疑わしい。
だが、ここまで明確な殺意……いや、むしろ『人間を殺すことを何とも思っていない』という視線。
こんな相手と殺し合いを……!?
それに明らかに戦う力のない者も沢山いる。こんなこと、まかり通るわけがない。
無茶苦茶過ぎやしないだろうか!?
それに明らかに戦う力のない者も沢山いる。こんなこと、まかり通るわけがない。
無茶苦茶過ぎやしないだろうか!?
「詳しいルールの説明などは皆さんに共通して支給されるルールブックに記載されておりますので。
見ての通り、彼女のように、皆さん八十人の中には殺人を厭わない者も多く含まれます。
他の方と手を組むことを禁止はしませんが…………まぁ、推奨もしませんがね」
「……くだらない遊びだ」
吐き捨てるようにルーシーが言った。
「そうですか。貴女にとって、特に障害となる要素は存在しないと思いますが?」
「なにを企んでいるかは知らないが、気分が良いものではない。
むしろ、こんな児戯に私を付き合わせることに強い怒りすら覚える――貴様らの意図が透けて見えるからな」
見ての通り、彼女のように、皆さん八十人の中には殺人を厭わない者も多く含まれます。
他の方と手を組むことを禁止はしませんが…………まぁ、推奨もしませんがね」
「……くだらない遊びだ」
吐き捨てるようにルーシーが言った。
「そうですか。貴女にとって、特に障害となる要素は存在しないと思いますが?」
「なにを企んでいるかは知らないが、気分が良いものではない。
むしろ、こんな児戯に私を付き合わせることに強い怒りすら覚える――貴様らの意図が透けて見えるからな」
底冷えするような視線を携え、ルーシーが于吉を睥睨した。
ただ殺す――そういうわけではないのか?
音無は彼女がいまいち分からなくなった。
ただ殺す――そういうわけではないのか?
音無は彼女がいまいち分からなくなった。
「…………まぁ、いいでしょう。実際にゲームが始まればいくらでも変わりうるはずですし。
……さて、それでは始めましょうか――殺し合いを」
……さて、それでは始めましょうか――殺し合いを」
于吉の言葉と共に、室内にいた人間達の身体が次々と光に飲み込まれていく。
音無も何番目かは分からないが、そうだった。
音無も何番目かは分からないが、そうだった。
人が死ぬ光景自体は珍しくない。
だが――死んだ人間は生き返らない、という。
音無はそれはおかしいと思った。
なぜなら、音無は既に死んだ人間――死後の世界でだけ活動することを許された存在。
だが――死んだ人間は生き返らない、という。
音無はそれはおかしいと思った。
なぜなら、音無は既に死んだ人間――死後の世界でだけ活動することを許された存在。
ならば、今、こうして音無の目の前で死んだ人間は?
他の見慣れぬ人間は死んでいるのか?
そして、ここには彼が知っている人間が含まれているのか?
他の見慣れぬ人間は死んでいるのか?
そして、ここには彼が知っている人間が含まれているのか?
様々な疑問を抱え、音無結弦の――バトルロワイアルが始まった。
【尾藤望@地獄少女 死亡】
【江上そら@地獄少女 死亡】
【椎名珠代@地獄少女 死亡】
【ゴラン@DARKER THAN BLACK-流星の双子- 死亡】
【江上そら@地獄少女 死亡】
【椎名珠代@地獄少女 死亡】
【ゴラン@DARKER THAN BLACK-流星の双子- 死亡】
『主催』
【マリコ@エルフェンリート】
【于吉@真・恋姫†無双】
【マリコ@エルフェンリート】
【于吉@真・恋姫†無双】
『ルールブックについて』
※最低でも以下の記述は有り
※最低でも以下の記述は有り
【基本ルール】
参加者全員が、最後の一人になるまで互いに殺し合い続ける。
優勝者の帰還は保証し、ありとあらゆる願いを一つ叶える(死者の蘇生を含む)
【スタート時の持ち物】
参加者の持ち物は基本的に没収され、代わりに一人一つずつ鞄が支給される。
中身は一律に地図、方位磁針、メモ帳、筆記用具、食料、ルールブック(参加者名簿込み)、時計、マグライト、ランダム支給品。
ランダムアイテムは参加者の持ち物や武器などをランダムに1~3個支給。
【放送について】
6時間ごとに放送で各時間帯に出た死者と禁止エリアを発表をする。
【禁止エリアについて】
放送時に地図の三区画が禁止エリアに指定される。
禁止エリアの発動は二時間ごと。詳しいことは一回目の放送時に説明する。
参加者が禁止エリアに進入した場合、首輪が警告音を鳴らす。
この警告音から一分以内にエリアから出なかった場合、首輪が爆発する。
参加者全員が、最後の一人になるまで互いに殺し合い続ける。
優勝者の帰還は保証し、ありとあらゆる願いを一つ叶える(死者の蘇生を含む)
【スタート時の持ち物】
参加者の持ち物は基本的に没収され、代わりに一人一つずつ鞄が支給される。
中身は一律に地図、方位磁針、メモ帳、筆記用具、食料、ルールブック(参加者名簿込み)、時計、マグライト、ランダム支給品。
ランダムアイテムは参加者の持ち物や武器などをランダムに1~3個支給。
【放送について】
6時間ごとに放送で各時間帯に出た死者と禁止エリアを発表をする。
【禁止エリアについて】
放送時に地図の三区画が禁止エリアに指定される。
禁止エリアの発動は二時間ごと。詳しいことは一回目の放送時に説明する。
参加者が禁止エリアに進入した場合、首輪が警告音を鳴らす。
この警告音から一分以内にエリアから出なかった場合、首輪が爆発する。
【ゲーム開始】
【残り八十人】
【残り八十人】
GAMESTART | 投下順に読む | 001:邪気乱遊戯 |
時系列順に読む | ||
音無結弦 | 001:邪気乱遊戯 | |
ルーシー | 007:黄昏 | |
関羽 | 019:関羽、トリエラとフラテッロの契りを結ぶのこと |