21世紀深夜アニメバトルロワイアル@ウィキ

黄昏

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黄昏 ◆T0uPBE7zVU



男が最初に知覚したのは、寄せては返す波の音だった。
あの突然の惨劇が行われた舞台から打って変わり、いつの間にかマルコーは闇の中にいた。
単にライトが消えたというわけではあるまい。
周囲にあったざわめく人の気配が消えていたし、踏みしめた足下の感触は、砂場のそれだった。
振り向けば、20メートルほど先には堤防が設けられており、その向こうに立ち並ぶ街灯が砂浜に僅かな光を投げかけている。
ならば、この見渡す限りの闇は、どこぞの海洋であろうか。

マルコーは、眼鏡の位置を直すと、辺り一帯を睨みつけるように眺めた。
まるで夢遊病患者にでもなったような気分だった。

――妙な悪夢を見ながら、いつの間にか海岸まで歩いてきた。
職務上、そんな事になれば免職は免れないだろうが幸いにも、いや、不幸にも……だろうか。
マルコーには、先ほどの『悪夢』が現実である事を確認する為の道具が与えられていた。
あの犠牲者たちの首元にもあった冷たいリングと、自覚もないままに持っていた一つの鞄。
闇の中、悪戦苦闘しながら鞄の中にあったマグライトを見つけたマルコーは、ルールブックを読んで嘆息する。

「……ちっ、なんてこった」

八十人が、残り一人になるまで殺し合う。
イカれたサイコパスが妄想するような、性質の悪いジョークだった。
だが残念な事に、このサイコパスは社会福祉公社から三組もの兄弟(フラテッロ)を拉致する程度には力があるようだし、
一つの島を非合法に運営するだけの組織力と金もあるようだ。
先ほど見た、非現実的な殺しの手段は判らなかったが、気付かない内に麻薬の類でも使われてしまったのかもしれない。
とりあえず、現状の把握と他の担当官……ジョゼやヒルシャーとの合流を優先し、通信手段を確保して公社に連絡を――

「動くな!」

思考の最中、砂を踏む足音を聞き付けたマルコーは、鞄からジェリコ941を引き抜き、音の方角にマグライトと共に構えて向けた。
慣れた手付きでスライドを滑らせたマルコーの銃口の先にいたのは、小学生ほどの黒髪の少女だった。
社会福祉公社におけるマルコーの兄弟(フラテッロ)、アンジェリカ。
……兄妹どころか、親子ほども年は離れているのだが、これは二人の関係を示す一種の皮肉じみた暗号名である。

「マルコーさん!」
「アンジェリカか……」

銃口を下ろした中年男の元に、少女が砂を蹴り飛ばしながら駆け寄ってくる。
その小さな肩に、ベルトで吊った重たげな銃器をぶら下げて。

「その銃はどうした?」
「はい、鞄の中に入っていました」
「……そうか。渡される武器には、格差があるようだな」

自分に支給された自動拳銃と、アンジェリカの持っているFN P90では、その火力は段違いである。
どうやらこの殺し合いの主催者には、公平さなどと言った美徳は望めないようだ。

まぁ武器というのであれば。
この小さな少女こそが、マルコーにとって最強の『武器』であるのだが。

マルコーが勤務する、社会福祉公社と呼ばれるイタリアの公益法人。
表向きは、障害者への様々な支援を行う組織として知られていたが、その裏の顔は障害を持った少女たちに改造と洗脳を施し、
反政府組織に対する暗殺をはじめとした超法規活動を行わせる対テロ組織だった。
アンジェリカは、その中で最初に改造された少女。公社最古の『義体』である。

義体には、成人女性の骨を握っただけで折るほどの力や、多少の銃弾を受けても死なないほどの強靭な耐久力が備わっている。
また、その炭素フレームや炭素繊維、人工筋肉で構成された肉体は、傷付いたとしても取り換える事が可能であり、
大量の投薬によって条件付けという洗脳を施されているので、担当官の為ならば自己犠牲も、殺人にも忌避を覚えない。

公社と、兄弟(フラテッロ)と呼ばれる専属の担当官に絶対の忠誠を誓う、まさに戦うための人形。
故にこのような勝利条件が設定されたゲームの中では、唯一無条件に信頼出来る味方のはずなのだが、少女を見るマルコーの眼は冷たい。

「あ、あの……私は、どうすれば……」

その態度に気付いているのか、アンジェリカは上目づかいでマルコーに指示を求める。

「ルールブックは、もう見たか?」
「いえ……とりあえず、マルコーさんを探そうと思って」
「……とりあえず、この辺を探索して見るぞ。俺の指示に従え」
「はい! マルコーさん!!」

アンジェリカと目も合わせず、歩きはじめたマルコーに従い、少女は嬉しそうにその後をついて行った。




マグライトを使わずに歩く。
最初は現状確認の為明かりが必要だったから已む無く使ったが、闇の中でライトなど点けていたら狙撃のいい的である。
慣れてしまえば、月や街灯の僅かな明かりでも薄ぼんやりとは見えるものだ。
マルコーはかつての負傷から視力を落としてしまったが、義体であるアンジェリカの眼があれば不意を討たれる事もないだろう。

「その銃の扱い方は知っているのか?」
「はい、マルコーさん」
「俺の指示があるまでは、絶対に撃つなよ?」
「はい、マルコーさん」

少女は、マルコーの発する事務的な会話に対し、簡潔に、だが嬉しそうに返事をする。
もし、彼女に尻尾が付いていたら犬のようにぶんぶん振っているだろう。
それは決して、マルコーがアンジェリカにとって信頼に値する大人だからという訳ではない。
公社の、そして担当官の役に立つという事は至上の喜びであると、薬によって条件付けされている為だ。
だからアンジェリカは、公社のどんな命令にも従うように洗脳されてしまっている。
昔、マルコーが教えた様々な事も、全部忘れて……

不快感を振り払うように、マルコーは砂浜を速足で進む。
探しているのは、この手の孤島には付き物のモーターボートである。
この島が完全に主催者たちの管理下にあるというのであれば、そういう物は撤去されているかもしれないが
そうだと決めつけて行動するのも早計だ。

ルールブックには、逃亡した場合の罰則については書かれていなかったが、当然その場合は禁止エリアに入った場合と
同様の処置がなされると予想される。
すなわち、参加者の首に嵌められたリングの爆破である。
その処置に、主催者たちが万全の自信を持っているのなら、あえて船を残している可能性はある。
それに移動用の足としても安全な水上を行けるボートは優れている。そして無線が積まれている可能性もある。
なければないでしょうがないが、せっかくだから海岸線を見て回ろうというのがマルコーの考えであった。

「しかし、岩礁が多いな……この辺の浜からでは、船を出すのは難しいか?」

ザクザクと砂を踏みしめて歩く大柄な男の裾を、小走りになって追走していたアンジェリカが引っ張る。

「マルコーさん、あれ……」

振り向いたマルコーに、アンジェリカは前方を指さしてみせた。
釣られるように、その細い指の示す方角を見たマルコーは思わず息を呑む。

大きな月を背景に、海の中から突き出た大岩の上に亜麻色の髪の乙女が座っていた。
強い潮風に、その長い髪を嬲られながら、少女はじっと海のほうを眺めている。
真夜中の孤島の砂浜というシチュエーションに、この上なく似合う神秘的な姿が、まるでマーメイドのように見えたのは
果たしてマルコーの幻想であったか。
スカートから両ひざ揃えですらりと伸びた白い足は、確かに人間の少女のそれだというのに。
一瞬の自失の後、マルコーは少女に近付いて声をかけた。

「君! ……君も、この島に連れて来られた人間の一人……なのかな?
 こっちは……まぁ、警察のような者だ。危害を加えるつもりはない。少し話を聞かせてくれないか?」

脅えさせないように、極力穏便な口調と表情を選ぶ。
もちろん油断をしているわけではない。少女の首に光る銀の首輪は確認済み。
攻撃があれば、即座に反撃出来る姿勢を取っての事である。

「え、ええ!? お、お巡りさんですかぁー?
 堪忍してつかーさいー。許してつかーさいー」

が、少女は意に反し、ガクガクと怯え始める。
攻撃を仕掛けてくるような様子はなかったが、何かやましい事でもあるのだろうか。
しばしの尋問の後、判った事はこういう事だった。

彼女の名は瀬戸燦。
ジャパニーズ・マフィア――ヤクザの跡取り娘であり、警察を天敵としているという事だった。
だが、こんな殺し合いに乗るつもりはないし、助けたい人達もいるという。
けれど、気が付いたらこの大岩の上に移動しており、降りられなくなってしまったらしい。

大岩は、海の浅瀬に位置しており、水面から数えて5~6メートルほどの高さがあった。
浅瀬には岩礁も多く存在しているので、迂闊に飛び込めば怪我をしてしまうだろう。
とはいえ、思いっきりジャンプすれば砂浜に着地出来る距離であったし、飛び降りられないほどの高さではない。

「ホントー? ここからじゃ、よー見えんのじゃけど、ホントにそこまで飛べば、海に落ちないー?」

少女は独特のイントネーションで、マルコーに確認を取る。

「ああ、なんなら受けとめてやるぞ。はは……いや待て、そこで伏せていろ!」

少女を尋問している間、周囲の警戒に当たらせていたアンジェリカの鋭い警告の声を聞き、マルコーは燦への指示を変える。
P90を構えながら、自分の傍へと戻ってきたアンジェリカを前に立たせ、点灯させたマグライトを前方に放る。
空中を回転しながら煌々と輝くマグライトの光が、こちらへ向かって歩いてきた人物の容姿を照らし出す。

その少女は――あの車椅子の少女と似たような特徴を持っていた。
同じ髪の色、角のような突起を持つ一人の少女。
確か、ルーシーと呼ばれていたか。
背筋を貫くような強い悪寒と共に、マルコーはあの悪夢の如き惨劇を思い出す。

彼女たちは、別に何もしていない。
ただ『いらない』、『邪魔だ』と言っただけだ。
それだけで――まるでそれが天の裁きであるかのように、人の首が飛んだ。

いや、思い出せ。それだけではなかったはずだ。
ゴランと呼ばれた男は、『死んで』と言われたにも関わらず、その超絶的なスピードで『死の裁き』を一旦は避けてみせたのだ。
結局、少女に肉薄したゴランは『持ち上げられて』腕を切断されてしまったが、その戦いはマルコーに一つの仮説をもたらした。

それは少女たちの『見えない何か』には射程距離があり、その正体はサイコキネシスのような超常的な力なのではないかと言う事だ。
自分たちが、麻薬かなにかでラリっていたのでないのなら、という前提での話だが。

故に。

「止まれ!! 動けば、撃つ」

マルコーは、銃口を少女の足下に向けて一発撃ち、警告を発する。
彼女を危険人物だと断定するには、証拠が足りなさすぎた。
荒事に長年付き添ってきた自分の勘は、最大限の危険信号を発していたが、それを裏付けるのは自分の妄想じみた仮説だけだ。
だからこのまま距離を保ち、出来れば追い払いたかったのだが……

少女は、マルコーの威嚇射撃を意にも介さず、その歩みを止めない。
彼我の距離は、既に10メートル足らず。
これ以上距離を詰めさせてはいけない。
そう思ったマルコーは、アンジェリカに指示を出し――

「撃『止めェー』」

その指示は、大きな声によって妨げられた。
宙を舞うのは、その場に居合わせたもう一人の少女。瀬戸燦。
彼女は、この土壇場で先ほどまで降りられずにいた岩の上から大きく跳躍し、マルコーとルーシー、二人の間に立つ。

「何をしている! 逃げろ、その女は」
「判ってる!! でも、目の前で起きようとしている殺し合いを止めないなんて、そらぁ、瀬戸内人魚の名折れじゃきんっ!
 ――アンタもっ!」

燦は両手を広げ、キッとした目でルーシーを睨みつける。

「仁侠と書いて『にん――」

何を言おうとしていたのか。
その力の籠った台詞の続きを聞く事は出来なかった。
なぜなら。
瀬戸燦の、細い腰が、内側から爆発したかのように、弾け飛んだから。
闇の中、妙に白く艶めかしい、大きな骨が吹き飛ぶのが見えた。
バシャーンと、海に大質量の何かが落ちる音と共に、今度こそマルコーは叫ぶ。

「撃てっ! アンジェリカ、撃てェェェッ!!」
「ハイ!」

マルコーの発砲するジェリコの音と共に、アンジェリカが腰だめに構えたP90が、規則正しい発砲音を響かせる。
フルオート射撃ならば、僅か1.5秒で50発もの5.7mm弾全てを撃ち尽くす獰猛な攻撃力を、アンジェリカは一瞬の指切りで
バースト射撃として扱う。
射線の全てを紅の少女に集中させ、しかしその全てが少女から逸れていく。
まるで見えない何かに守られているように。

「なん……だと……?」

さすがにそれは、想定外の事だった。
マルコーの脳裏を、一瞬空白が埋める。

そんな事はお構いなしに、少女がゆっくりと近付いて来る。
それに合わせ、二人は後退しながら弾幕を張る。
弾が切れた。
リロード。
慣れ親しんだ動作のはずが、手が震えた。

「化け物め……!」

自身を鼓舞する意味合いも含め、小さく罵る。
反応は苛烈だった。
マルコー目掛けて飛んでくる、球状の何か。
それは、瀬戸燦の首だった。
アンジェリカが、身体を張ってそれを防ぐ。
重たい義体が、吹き飛ぶほどの威力だった。
瀬戸燦の頭部は粉々に砕け、脳漿が飛び散る。
その長い髪の毛が、べっとりとアンジェリカに張り付いていた。

「アンジェリカッ!!」

ルーシーから逃げるように、マルコーは吹き飛んだアンジェリカを追いかける。
アンジェリカは、倒れ込み、咳をしながらもP90のマガジンを取り換えていた。
座り込んだまま、フルオートでP90をぶちかますアンジェリカを、マルコーは後ろから支える。
だが、ルーシーは小揺るぎもせず、その歩みを止めない。
放たれた銃弾は、全て『何か』にその進路をずらされたように、ルーシーの背後へと飛んでいく。
アンジェリカの身体を抱き、P90の反動を受け止めるマルコーの心臓を、銃の反動以外の何かが乱打する。
それは、自身の心臓の鼓動だった。
これまでの常識を全て覆すような、非常識な光景を前にしてマルコーは思わず呆然としてしまう。

遂に目の前にルーシーが立つ。
P90を持ったままのアンジェリカの細腕が、一瞬抵抗するように軋むような音を立てた後、ぶちりと切れた。

「アアアアアアアッ!!」

義体と言えども、痛みは感じる。
公社に連れ帰り、『修理』すれば失った四肢も元通りになるが、大量に使われるであろう薬に今の彼女が耐えきれるか……
マルコーのどこか冷静な部分がそんな計算を頭の片隅で行うが、現状はそれどころではない。
最大の火力であるP90を失い、もはや為す術もない。
マルコーは、観念したように目を閉じる。だが――

「う、ワアアアアアアアッッ!!」

腕と武器を失ったアンジェリカが、立ちあがるとルーシーに吶喊する。
その身体は、途中で止まってしまったけれど。

「マルコーさん、逃げて……逃げてくださいっ!!」
「ア、アンジェリカ……」

喘ぐように、マルコーはアンジェリカの名を呼んだ。
その身体で、化け物の足止めをしようというのか。アンジェリカがマルコーに撤退を促す。
呆然としたままのマルコーの頭に、その『命令』がゆっくりと染み渡り……

「逃げてぇーーーーっ!!」
「う、うわああああああああーーー!!」

マルコーは、その場から逃走した。
背後で、何かが潰れるような音がしても、振り返る事もなく。




息を切らせて、堤防を駆けあがる。
島を環状に繋いでいるであろう道路の先に、キャンプ場という看板が見えた。
何も考えずに、マルコーは走る。
思い出すのは、アンジェリカの事ばかりであった。

親が起こした自作自演の事故によって、傷付いたアンジェリーナの姿。
作戦二課の『天使(アンジェロ)』だったアンジェリカ。
楽しそうに続きをせがまれた、パスタ王子の物語。
暇だった、その頃の二課のメンバーで作りあげたその物語は、大団円で終わった。

その全てを、彼女は忘れてしまったけれど。
そんな事は、アンジェリカの責任ではなかった。
全ては義体の開発を推し進めようとする公社と、全てに投げやりになってしまった自分のエゴのツケを、彼女に回しただけだ。
そのうっ憤をアンジェリカに冷たくする事で晴らそうとしていた自分を――アンジェリカは最後に赦してくれたのだろうか。
否。そんな都合のいい話はない。
ただの主人を守るという、条件付けの反応だったのだ。

マルコーの頬を、涙が流れる。
利き腕が痛む。
アンジェリカが庇ってくれたというのに、その手首から先は喪われていた。

彼女に関わる事に、臆病だった自分。
だから、この終わりは覚悟していたはずだった。
臆病者の末路が、ハッピーエンドで終わるはずがないのだから。

どのようにして先回りしたのか。
いつのまにか目前に立っていた、紅い髪の痩身。
その死の権化のような少女は、アンジェリカの持っていた武器を携えていた。

「……あの娘は、普通の人間ではなかったな。オマエたちが、弄ったのか?」
「あ、あ、あ……」

マルコーは泣き笑いのような表情を浮かべる。
その顔を見て、ルーシーは関心を失ったように顔を逸らした。

「まぁ、私には関係のない話だが」

軽快に鳴り響く銃撃音。
どさりと、重たげな音がアスファルトの路面に響いた。
それが一組のフラテッロの終焉。
アンハッピーエンドに終わった物語の結末だった。


【瀬戸燦@瀬戸の花嫁 死亡】
【アンジェリカ@GUNSLINGER GIRL 死亡】
【マルコー・トーニ@GUNSLINGER GIRL 死亡】

【残り64人】


【一日目 D-2 道路 深夜】

【ルーシー@エルフェンリート】
[状態]:健康
[装備]:FN P90(45/50)@現実 、ジェリコ941(16/16)@現実
[道具]:基本支給品×3、FN P90の予備弾倉×1@現実、ジェリコ941の予備弾倉×2
    未確認支給品0~7
[思考]
基本:人間を皆殺しにする
1:人間を皆殺しにする
2:だが、コウタは……

※D-1の海岸にある大岩の上に、瀬戸燦の鞄が放置されています。




「おーい。ルッキーニちゃーん!」

一方、所変わって大声をあげている、この少年の名は満潮永澄。
磯野第八中学校の二年生にして、瀬戸燦の婚約者である。

彼は、この島に転送されてすぐ出会ったフランチェスカ・ルッキーニという少女を探していた。
先ほどまで商店街を二人で探索していたのだが、雑貨店で箒を手に入れた(盗んだとも言う)ルッキーニは、それに乗って
どこかへと行ってしまったのだ。

「イヒ、ちょっと試し乗りィー」

とか言っていたので、しばらくすれば戻ってくるかもしれないが、こんな場所で別行動を取るのは死亡フラグのようなものである。
永澄は、少女が飛んで行った北を目指して歩いていた。

「まったく……早く燦ちゃんや留奈ちゃんを探しに行きたいのに……」

ちなみに、ルッキーニはロマーニャ公国という所の魔女(ウィッチ)らしい。
そんな胡散臭い話を聞かされた永澄は、流石に驚きはしたものの、柔軟にそれを受け入れた。
なにせ永澄は、日常的に人魚やら魚人やら極道やらが揉め事を巻き起こすハチャメチャな日々を送っている。
ソフビサイズの巻貝の人魚に殺されかけたり、鮫の魚人に喰われかけたり、アフロの極道にファーストキスを奪われたりしているのだ。
今更、魔女が登場した所でどれほどの事もない。

例えその魔女が、下半身に横ストライプでローライズな“ズボン”しか身につけておらずとも、ツッコミを入れる必要など微塵もなかった。
生活スタイルは、人それぞれ。
誰にも迷惑をかけていないのだから、別に何の問題ないのである。
何の問題ないのである。大事なことなので二回言いました。

「でも、ホントどこ行っちゃったんだろうなあ……」

永澄は既に市街地を抜け、磯の香りが漂うような海岸を眼下に臨んでいた。
その海岸線には、キャンプファイアーのような大きな焚火が赤々と灯り、周囲にその存在を誇示している。

「って、ええー! あれ、ルッキーニちゃんじゃん!!」

彼が探していた少女が、そこには居た。
黒髪のツインテールを元気に揺らし、焚火を燃やして大はしゃぎしている。

「たっきびー、たっきびー」
「うわあああ!! そんな焚火なんてしてたら、危ないよーー!!」

永澄は猛ダッシュで堤防を駆け下りて、焚火に海水をぶっかける。
焚火は大分その規模を縮小し、目立たない程度の大きさになった。

「はぁ……はぁ……、判ってんの!? ルッキーニちゃん、俺たち殺し合えって言われてるんだよ!?
 危ないじゃないか!」
「ウジュー、あたしの焚火ー」

永澄に怒られたルッキーニは、しょんぼりしている。
そんな年下の少女がしょげかえる様子を、流石に可哀想に思った永澄はルッキーニに事情を聞いてみる事にした。

「ル、ルッキーニちゃんは、どうしてこんな焚火をしていたのかなー?」
「うにゃ、コレを焼いて食べようと思って……」

涙ぐみながら、ルッキーニが示したのは、包丁で鱗を削ぎ落されて調理の下準備の整った魚の身であった。
ビニールシートの上に置かれた、その魚のサイズは大きい。
半身だけではあったが、その全長は恐らくマグロ並の大きさと予測された。
美しい白身の肉が、衰えた焚火の炎に照らされてテラテラと光り輝くようであった。

「うわ、これどうしたの?」
「えーっとね。拾った」
「ひ、拾ったって……」

確かにこれだけの大きさの魚を焼こうと思ったら、あれだけの規模の焚火が必要かもしれない。
だが、これが焼き上がるまで火を使うというのも……

「あー、ルッキーニちゃん? 食糧なら、さっきの店で色々手に入ったし、わざわざコレを食べなくても……」
「ヤダヤダ、これ食べるー!! あのお店じゃろくなのなかったし、あたし、こんな魚食べた事ないもん!」

こんなでかい魚は、永澄だって見た事がない。
だからこそ、警戒心も募るのだが……しっかりと旨みが凝縮されたような肉質は、確かに食欲をそそるもので永澄の喉もごくりと鳴る。

「そうだ! 火が駄目なら、芳佳に教えて貰ったオサシミで食べればいいんだよねっ!」
「さ、刺身? それもちょっと危ないような……」

砂浜に落ちていたような魚を、刺身で食べても平気なのだろうか。
苦慮する永澄を尻目に、ルッキーニは鱗を剥ぐのに使ったらしき包丁を手に、嬉々として肉を切り分け始める。
包丁を入れると、尾がビチリと跳ねた。
どうやら新鮮ではあるようだが……

「さー、食べよー。ナガスミおしょーゆ出して! 鞄に入れてたでしょ!」
「……もー。お腹壊しても知らないからね」

商店街で手に入れた紙のお皿に、醤油を注いで渡す。
ルッキーニは、手に取ったナイフとフォークで、目の前の魚肉を食べ始めた。

「いっただっきまーす! ハグ! もぐもぐ……ムキャー! なにこれ! おっいしーーー!! ぱくぱくもぐもぐ……」

どれだけ美味だというのか。
ルッキーニは狂ったように刺身を貪る。
その美味そうな様子は、得体のしれない肉に一歩引いていた永澄にも、一口食べてみたいと思わせるのに充分なものだった。

「……ねえ、ルッキーニちゃん。俺も食べてもいいかなぁ?」
「うん、いいよー。はぐもぐはぐもぐ」

ルッキーニの許可を得て、永澄は自分用の皿に醤油を入れ、ワサビを盛った。
不格好に切り分けられた肉片を箸でつまみ、目前まで持ってくる。
毒とかないだろうなと、一瞬思ったが結局刺身への興味が勝る。

「パク……うおっ!」

口に入れた瞬間、永澄の口中で歓喜が踊る。
人懐っこく舌に絡み付いてくるような、もっちりとした肉質。
それでいて歯を立てるとプリプリシコシコとした食感を楽しめ、噛み締めるたびに新たな喜びを得る事が出来た。
口中で、蕩けるような脂が自分の唾液と混ざり合い、するりと喉を通る。

「う、うっめー!!」

こんな刺身は、今まで食べた事もなかった。
身体中が、甘く溶けるような至福の味わい。
少し前までは、こんな殺し合いに巻き込まれて最悪の気分だったというのに、今は生きてて良かったと強く思う。
一口だけ、と思っていた箸がどんどん進む。
今まで感じた事もなかったほどの、強烈な多幸感が永澄の肉体の隅々まで行き渡った。

頭の中には、もうこの殺し合いという状況への警戒心も、謎肉に対する疑念の欠片もない。
今はただ、この肉の全てを味わい尽くす事に、永澄は全神経を傾けていた。




「ふにゃー、あたし、もうお腹いっぱーい。動きたくなーい……」
「うん……食ったねー。俺も今はなんだか動きたくないや……」

周囲を警戒し、知り合いを一刻も早く探さなければならないというのに、二人はどこか満ち足りたような表情でその場でだらけていた。
まだ何も為していないというのに、虚心坦懐の境地にある。
この状態を表すならば、俗に言う賢者タイムというものだろうか。
今なら、いきなり殺されたとしても笑って許せそうな二人であった。

二人を骨抜きにした、謎の魚肉はまだ残っていたので塩漬けにして、タッパーに小分けにして入れた。

やがて、食べた物を消化するに従い、心身ともに二人の活力が漲ってくる。

「うおおおおおお! 絶好調ー!! 待ってろよー! 燦ちゃーーん!」
「うみゃーーーー!!」

腕を振り上げ、気勢をあげる。
今ならなんでも出来そうな万能感を、永澄は腹の底から湧きあがってくるようなエネルギーと共に実感していた。



【一日目 F-2 海岸 黎明】

【満潮永澄@瀬戸の花嫁】
[状態]:絶好調! 満腹
[装備]:
[道具]:基本支給品、未確認支給品0~3、商店街で手に入れた食料品、謎の魚肉の塩漬け
[思考]
基本:燦ちゃんや留奈ちゃん、巡たちを探す
1:生きてて良かった。
2:待っててくれ、燦ちゃん!


【フランチェスカ・ルッキーニ@ストライクウィッチーズ
[状態]:絶好調! 満腹
[装備]:箒@現実 包丁@現実
[道具]:基本支給品、未確認支給品0~3、商店街で手に入れた道具、謎の魚肉の塩漬け
[思考]
基本:シャーリーや芳佳たちを探す
1:しゃーわせー。
2:うみゃーーーー!


006:誰が為にその命 投下順に読む 008:女の子は世界に一人。だから彼女は神様だ。
026:邂逅~とまどい~ 時系列順に読む 015:鮫は地を這い、竜は天を撃つ
000:胎動 ルーシー 030:girl meets boy:again
満潮永澄 027:―テイク・オフ―
フランチェスカ・ルッキーニ
瀬戸燦 死亡
アンジェリカ 死亡
マルコー・トーニ 死亡

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