「ハァ……ハァッ……!ここにいやがったか……!」
夕暮れの河川敷。
息を切らせた金髪に剣道着の少女が、落ちる日を眺めていた赤い着物のもう一人の少女の背中に声を張り上げて呼び止める。
息を切らせた金髪に剣道着の少女が、落ちる日を眺めていた赤い着物のもう一人の少女の背中に声を張り上げて呼び止める。
共に妖怪系巫女グループ、『百鬼夜行』にて活動する巫女。そして、それ以前から互いに剣の道を切磋琢磨し合うライバルでもあった。
「……無路那のヤツから聞いた。『百鬼夜行』を辞めるって……!本気かよ!?」
「あぁ、そのことか。一番付き合いの長いお前に最初に伝えるべきなのはわかっていた。だが、いざ話そうとするとタイミングが掴めなくてだな。それについては申し訳無かった。私の不手際だ」
「あぁ、そのことか。一番付き合いの長いお前に最初に伝えるべきなのはわかっていた。だが、いざ話そうとするとタイミングが掴めなくてだな。それについては申し訳無かった。私の不手際だ」
こちらを振り返ったいづなは無表情でペコリと頭を軽く下げて詫びるが、その余りにもあっさりとした態度が却って蕾の神経を逆撫でた。
「んなこたぁどうでもいい!なんで全てを放り投げて『イリーガル・パニッシャーズ』なんてゴロツキの集まりなんかに身を落とすんだよ!?入っちまったら最後、自由も何もかもを奪われて犯罪者同然に扱われんだぞ!悪い事なんざしてねぇのに!なのにどうして!?」
苛立ちが収まらない。
何も相談せずに全てを一人で勝手に決めたこと。
他のメンバーには知らせたのに自分だけ最後の後回しにされたこと。
こんな重大なことをいつもと変わらない調子で何でもないことのように淡々と告げること。
そして、何よりも許せなかったのは──────。
何も相談せずに全てを一人で勝手に決めたこと。
他のメンバーには知らせたのに自分だけ最後の後回しにされたこと。
こんな重大なことをいつもと変わらない調子で何でもないことのように淡々と告げること。
そして、何よりも許せなかったのは──────。
「てめぇにとっておれや『百鬼夜行』はその程度だったってことなのかよ!?簡単に離れても構わねぇモンだったのか!?なぁ!?答えやがれっ!」
「それは違う。大切だからこそ自分で壊してしまう前に去ることを決めた」
「それは違う。大切だからこそ自分で壊してしまう前に去ることを決めた」
即答であった。
予め用意してあった嘘を吐くにしてもこれ程間髪入れずに応えることは不可能だろう。
つまりは紛れも無い本心。
赤い着物の少女は好敵手を宥めるべく、あくまでも静かな口調で『百鬼夜行』から移籍する理由を述べていく。
予め用意してあった嘘を吐くにしてもこれ程間髪入れずに応えることは不可能だろう。
つまりは紛れも無い本心。
赤い着物の少女は好敵手を宥めるべく、あくまでも静かな口調で『百鬼夜行』から移籍する理由を述べていく。
「私の中の鎌鼬がいつも囁く。『全てを切り捨てろ』と。耳を傾けず自制するように努めているものの、時折衝動に身を任せてしまいそうになる。……愉悦を感じるんだ。肉を裂き、骨を断つあの感覚に。このままではいずれ自らの手で仲間達を傷つけてしまう。全ては私の弱さのせいだ。だから、克服する為の修練の場として『イリーガル・パニッシャーズ』を選ばせてもらった」
鎌鼬。
それが帯刀 いづなの宿している存在の名であった。
地域によっては人々に危害を及ぼす悪神とされる妖怪。
そのような人智を超えた者が素直に力を貸すだけで無く、依代に刃を振るう感覚に酔わせ耽溺させようと絶え間無く誘惑してくるというのだ。
如何に強靭な精神力を持ってしても抗い難いものであることは想像に難くない。
それでも。
それが帯刀 いづなの宿している存在の名であった。
地域によっては人々に危害を及ぼす悪神とされる妖怪。
そのような人智を超えた者が素直に力を貸すだけで無く、依代に刃を振るう感覚に酔わせ耽溺させようと絶え間無く誘惑してくるというのだ。
如何に強靭な精神力を持ってしても抗い難いものであることは想像に難くない。
それでも。
「……ッ!ンなこと言われたって納得できるかよ……」
「すまない」
「謝ってんじゃねぇ……!クソッ……!」
「すまない」
「謝ってんじゃねぇ……!クソッ……!」
糾弾せずにはいられなかった。
唇を噛み、両の拳を握り締める蕾は怒りの矛先をどこに向けていいのか分からず身体を震わせる。
唇を噛み、両の拳を握り締める蕾は怒りの矛先をどこに向けていいのか分からず身体を震わせる。
心の内のモヤモヤが拭えない。
ならばどうすればいいのか。
ならばどうすればいいのか。
好敵手の決心は固い。
言葉での説得は不可能だろう。
自分のよく知る帯刀 いづなとはそういう人間だ。
だとすれば引き止める方法は一つ。
言葉での説得は不可能だろう。
自分のよく知る帯刀 いづなとはそういう人間だ。
だとすれば引き止める方法は一つ。
「オラ、受け取りやがれ」
徐ろに蕾は背負っていた袋から竹刀を2本取り出した。
そして、そのうちの1本をいづなへと投げ渡す。
互いの意見が衝突した時はいつだってこうしてきた。
然らば今回もその慣習に則るとしよう。
そして、そのうちの1本をいづなへと投げ渡す。
互いの意見が衝突した時はいつだってこうしてきた。
然らば今回もその慣習に則るとしよう。
「ダラダラ話し合ってたんじゃ埒が明かねぇ。『いつもの方法』で白黒はっきり付けようじゃねぇか。『百鬼夜行』を抜けたけりゃおれから一本取ってみせやがれ」
勝った者が負けた者の言うことを聞く。
それが彼女達の間で交わされている不文律であった。
それが彼女達の間で交わされている不文律であった。
「簡単な話だ。おれがてめぇより強けりゃてめぇの宣う寝惚けた杞憂なんざ起こらねぇ。いつとち狂って暴走しようがその度に力尽くで止めれるってことだからな。──────闘ろうぜ?」
「……ここで出会ってしまった時からこうなる気がしていた。──────いいだろう」
「……ここで出会ってしまった時からこうなる気がしていた。──────いいだろう」
蕾といづなは全く同じタイミングで竹刀を身体の前に構えた。
しかしそれ以上の動きは無く、両者共に銅像のように固まっている。
だが決して何もしていないわけではない。
剣道の打ち合いとは直接刃を交える前から始まっている。
しかしそれ以上の動きは無く、両者共に銅像のように固まっている。
だが決して何もしていないわけではない。
剣道の打ち合いとは直接刃を交える前から始まっている。
呼吸のリズム。
瞬きの間隔。
全身の筋肉の緊張と弛緩。
自分にとっての最適を。
相手にとっての最悪を。
瞬きの間隔。
全身の筋肉の緊張と弛緩。
自分にとっての最適を。
相手にとっての最悪を。
それらの要素を読み取り、観察し尽くした側が勝負を制する。
「いざ、参る」
「来やがれ」
「来やがれ」
二人の間の空間だけが周囲を置き去りにして張り詰められていく程に体感時間が引き伸ばされていく。
何も聞こえず、互いの姿しか瞳に映らない。
何も聞こえず、互いの姿しか瞳に映らない。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
共に構えたまま。
されど動かず無言を貫き、ただ鋭く睨み合う。
されど動かず無言を貫き、ただ鋭く睨み合う。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
そして、静寂が破られる時は訪れた。
「「──────っ!!」」
辺りに吹いていたそよ風が一瞬だけ止む。
それが合図だった。
二人の剣士が交差し、それに伴い二振りの刃が刹那の間を切り裂く。
パァンッという竹が力強く物を打つような音が広々とした河川敷に響き渡った。
パァンッという竹が力強く物を打つような音が広々とした河川敷に響き渡った。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
それだけで勝負は決する。
先に膝をついたのは──────、金髪の少女であった。
先に膝をついたのは──────、金髪の少女であった。
「……っくしょー」
己の敗北を認めたのか、蕾はその場で大の字に倒れ込む。
顔を撫でる夕方特有の少し肌寒い風が心地良い。
本気で悔しいし、自分の不甲斐なさに憤りを感じずにはいられない。
それでも、ルールはルールだ。
やはりまだ色々と思う所があるものの、それらを飲み込んで従うのが敗者なりの筋というものだろう。
顔を撫でる夕方特有の少し肌寒い風が心地良い。
本気で悔しいし、自分の不甲斐なさに憤りを感じずにはいられない。
それでも、ルールはルールだ。
やはりまだ色々と思う所があるものの、それらを飲み込んで従うのが敗者なりの筋というものだろう。
「だー、やっぱ強ぇな。てめぇは。ムカつくくれぇに。『あそこでああすりゃよかった』とすら思えねぇくらいに完敗だ」
「いいや、紙一重だ。巫女状態であったならどうなっていたかわからなかった」
「思ってもいねぇ世辞はよせよ。もう一回やりたくなっちまう。──────だから、一度負けちまったからにはもう止めねぇよ。どこへなりとも行っちまえ大バカ野郎」
「そうだな。そうさせてもらう」
「いいや、紙一重だ。巫女状態であったならどうなっていたかわからなかった」
「思ってもいねぇ世辞はよせよ。もう一回やりたくなっちまう。──────だから、一度負けちまったからにはもう止めねぇよ。どこへなりとも行っちまえ大バカ野郎」
「そうだな。そうさせてもらう」
いづなの態度は相変わらず素っ気なかったが、僅かに口角が上がっている様子を蕾は見逃さなかった。
彼女も彼女で出立する前に友との勝負に区切りを付けたいと思っていたのだろう。
いずれにせよ言葉を交わすよりもたった一度の剣戟の方が互いの本心を伺い知れたような気がした。
彼女も彼女で出立する前に友との勝負に区切りを付けたいと思っていたのだろう。
いずれにせよ言葉を交わすよりもたった一度の剣戟の方が互いの本心を伺い知れたような気がした。
「その代わり約束しろ。鎌鼬を制御できるようになったら必ず戻るって。勝ち逃げなんざ絶対ぇ許さねぇからな。死んでも守れよ」
「最初からそのつもりだ。お前こそ帰ってきた私にまた遅れを取らないように精進しておけ」
「最初からそのつもりだ。お前こそ帰ってきた私にまた遅れを取らないように精進しておけ」
だから、これは束の間の別れ。
越えたいから。
負けたくないから。
互いに競い合って高みを目指したいから。
負けたくないから。
互いに競い合って高みを目指したいから。
「じゃあな、ダチ公。達者でな」
「さらばだ、友よ。また会うその時まで」
「さらばだ、友よ。また会うその時まで」
例え離れようとも結んだ約束を辿って、きっとまた並び立てる時がやって来る。
再会を誓い合う二人の剣士を沈みゆく夕陽が見守るようにただ照らしていた。
再会を誓い合う二人の剣士を沈みゆく夕陽が見守るようにただ照らしていた。