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エスケープフロムディストピア

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エスケープフロムディストピア


    ◆        ◆        ◆


友人を信用しないのは、友人に欺かれるよりもはるかに恥ずべきことである

                 ――――『ジャン・パウル』


    ◆        ◆        ◆




【昔のお話:伴田路子】


誰もわかってくれるわけない。
自分の作るアートを、他の人は理解してくれない。
だったら、自分の世界を作る方が簡単だ。
ずっと、誰も信じないで閉じこもっていた。
その方が楽だったから。
自分の納得いくものが作れたから。

自分もそれでいいと思っていた。
そうしたらいつの間にか、周りに誰もいなくなっていた。
親ですら自分を冷たい目で見るようになっていた。

『アーティストというものは孤独なんです』

そうやって、自分は現実から目を背けていた。
自分の心の逃げ場は、アートと公園の鳩だけになっていた。
アートは嘘をつかない。
鳩は嘘をつけるはずがない。
実際この二つは自分の事をずっと癒しつづけてくれていた。

だから、このままでいいんだ。
一人だって問題はないんだ。
『一人ぼっちの世界』でも生きていける。
誰の助けなんかもいらない。
そう、思っていた。



あの時、プロデューサーがロコを拾ってくれたから。
アーティストとしての視点は間違いなく広がった。
それと同時に自分の中の価値観は間違いなく変わっていった。
そのことが良かったか悪かったかなんて、言うまでもない。

だからこそ、ショックだった。
信じていた人から出た言葉は、仲間を殺せという指示だったから。
いらないと思っていた仲間が出来た。
そして、その仲間を殺すことになった。
前までだったら、自分は殺し合いに乗っていたのだろうか。
わからない、だからこそ、怖い。
自分が恐ろしい事を考えているかもしれないのが。
だから、早く誰かに――――助けて欲しかった。




【手を伸ばす:伴田路子】



あれから、伴田路子は居場所を変えていた。
あんな道の真ん中で泣き崩れていては、狙ってくださいと言っているようなものだ。
可憐からは上手く逃げ切ったが、もし他に誰かが殺し合いに乗っていて逃げれるとも思えない。
籠城ではないが、多少隠れる事も必要だ。
そんなこんなで、今彼女は元いた場所付近のキャンプ場の受付センターの受付デスクの下に隠れていた。

「……」

ふと、右腕を見る。
そこには、生々しい傷……はない。
先ほど治療してなんとか血は止めた。
そして包帯で隠したため、傷は隠れた。
だが、痛みはいまだハッキリと残っている。
何か物を握ろうとすると、痛みが伴う。
だから、満足にアートだってできない。
現状この場面で出来る余裕自体ないだろうけれど。

「……あのカレンまで、殺し合いに乗るなんて……」

おどおどしているが、とても芯が強いのをロコもわかっていた。
そんな彼女をここまでさせたのだ。
やはり、プロデューサーが主催者であるという事実は大きい。

「……でも、誰かはきっとプロデューサーをストップさせるためにムーブしているはず
 だから、誰かロケートしないと……」

真っ先に浮かんだのは、永吉昴だった。
いつも引っぱって行ってくれる、頼れる友達。
次に浮かんだのは、初のシアターでのライブのメンバーたち。
二階堂千鶴、萩原雪歩、周防桃子の3人である。
全員、こんな殺し合いに乗る人間ではないと信じている。

だが、もし殺し合いに乗っていたら。
その時、自分は一体どう思うのだろうか。
本当に味方はいるのだろうか。


『もし、自分だけしかいなかったら?』


突然浮かんできたその声に、首を振る。
ありえない、考えたくない。
味方がいないだなんて、嘘だ。
一人は、すごく、怖いから。




「誰かいるよね?」




突然聞こえてきた声に縮こまってしまう。
だが、縮こまる必要はない。
もしここで殺し合いに乗っている人物がわざわざ声をあげるだろうか。
隠れて探し出しに来るに違いない。
だから問題ないはずだ。

トン、トン、と歩く音がこっちに近づいてくる。
何故的確にこっちに近づけるのか。
エスパーか何かなのかと言いたくなる。
そして、足音がすぐ近くで、止まった。
恐る恐る、右側を見る。

「……イク、イクじゃないですか!」

恐れる事なんかなかった。
そこにいたのは、中谷育だった。
そう、いつも通りの中谷育だった。
『ある一点』を除いては。

「ははは、よくロコのいるプレースがわかりましたね……」
「……血がここまで点々と繋がってるんだから、わかるよ」

そうか、そういえばあまりにも焦っていて零れた血の事なんか忘れていた。
治療してすぐに机の下に隠れていたから。
そう考えれば、まだ幸運だっただろう。
もし可憐ともう一度遭遇していたら、今度こそチェックメイトだった。
だが、それ以前に気になることは一つだけあった。

「……あのですね、イク」
「なぁに?」

「その、右手にホールドしている『それ』は一体?」

ここから、悪夢は始まる。



【覚醒:中谷育】



例えばの話である。
小学生が殺し合いをしろと言われてどう思うか。
しかも、目の前で見知った人間が死んでしまったら。

まず、怖いと思うのが普通である。
意志の強い子であれば逆らう意思を出しているかもしれない。
だが、その両方に属さない子もいるのではないか。

「…………」

中谷育は、逆らう事もしなかったし、怖がっていなかった。
いや、怖がっていないと言えば嘘だった。
今の彼女は怖がっていない、と言うのが正解だろうか。
彼女の心はすでに、崩壊していたとなれば。
恐怖などもうないのだから。
死にたくなんかない、プロデューサーは殺せと言った。
だから、手に取ったのだ。
人を殺せる武器を。

キュイイイイイイイイイイイイイイン

その音とともに、伴田路子に電動ドリルを向けた。
逃げ道はほとんどない。
外すことはありえない。

そのまま手を前に、押し出す。
それで終わるはずだった。
だが、伴田路子は足掻いた。
真剣白刃取り、ではないが育の腕を掴んだ。
そして振り払う。
電動ドリルが地面に落ちる。

「ッ――――!」

急いでそれを育は拾う。
だが、もうその時には遅かった。
伴田路子はすでに机の下から出ていた。
そして、振り上げた手を。


【私に声は届かない:伴田路子】



意識はなかった。
気付いたら、目の前にあった。
曲がったパイプ椅子と、倒れている中谷育の姿が。
一体全体、どうしてこうなったのか。
周りには誰もいない。
じゃあ、この状況を作ったのは?
間違いなく――――。

「……え?」

自分しかいなかった。
だけど、認めたくなんかない。
自分は誰かを傷つけるなんて、したくないのだから。
たとえ、防衛本能が働いてしまったものだとしても。

「……あ」

だが、ショックは計り知れない。
自分がやってしまったことの重さは、わかっているつもりだから。

「ああ、あ、た、うそ」

だから、耐えられなかった。
今にも潰れそうだった。
崩れ去ってしまいそうだった。
アイドルとしての『ロコ』が、消えてしまいそうな気がした。


「ああああああああああああああああああああああ!!」


ただ叫びながら、外に出る。
人目など気にしている精神状態ではなかった。
叫びながら、そのまま走り続ける。
可憐が近くにいるかもしれないとか。
他の殺し合いに乗っている人が近づいてくる可能性があるとか。
そんなことなど考えている余裕はなかった。

走り続けて、何分経ったかわからなくなったところで、地面に倒れる。
体が思うように動かない。
走り続ければそのうちランナーズハイになってどこまでも走れるという事を聞いたことがあるが嘘だ。
あんなのは慣れている人だからできるだけで、多少アイドルとしてのレッスンを受けた程度で出来るものではない。
というより必要なものは陸上での技術だから所謂アイドル活動しかしていない自分には無縁の世界だ。
まぁ、何が言いたいかと言えば体が限界を迎えた。

倒れこんで空を見上げる。
空は青くてどこまでも深い。
手を伸ばせば雲に手が届きそうな気がする。
でも、手を伸ばしても届かない。
当然だ、空は遠いのだから。

「……一体、ロコは何をやっているんでしょう」

と、手を伸ばしたところで我に返った。
空に向かって手を伸ばしてたら逆に腕に負担がたまって回復が遅くなる。
今はとにかく、あそこから離れて誰かに会わないといけないのに。
こんなところで自分から疲れるような行動をしてどうするのか。

「はぁ……ですが少しですけどタイアーは取れましたね……早く誰かに会わないと」

歩ける程度には回復したので、立ち上がる。
多少クラクラはするが、仕方ない。
自分がした行動と、その後の行動を考えたらこうなるのは当然だ。

「……早く、誰かを探さないと……」
「おーい! ロコちゃーん!」

と、唐突に聞こえてきた声で緊張が抜けた様な気がした。
後ろから聞こえた気がしたので振り返る。
そこにいたのは……。

「よかったー、誰とも会えないかと思ったよ」
「ツバサ……」

伊吹翼だった。
やっと少し落ち着けそうな相手……なのか?
もしかして、殺し合いに乗っていて殺すタイミングを伺っているのでは?
もしこのまま心を許してはいけないのでは?
そう言う思いが頭の中で渦巻く。

「ねぇ、ロコちゃん」
「……なんでしょう、ツバサ」
「この殺し合い『一緒に皆を殺して回ろうよ』」

『伊吹翼』は、にっこりと笑って見せた。

「……一体何を言ってるんですか?」
「え、何を言ってるって……言葉通りだけど?」

きょとんとした顔に変わる。
何を言っているんだ、理解が追い付かない。
彼女は今、間違いなく皆を殺して回ろうと言った。
何故、彼女はそう提案した?

「……アンダースタンドできません、ツバサ……」
「何言ってるかわかんないのはこっちだよ……じゃロコちゃんは『この殺し合いに逆らう』っていうの?」
「もちろんそうに決まってるじゃないですか!!」

声を張り上げる。
同時に翼の顔が驚いたものに変わる。

「……そうだね」

だが、すぐに翼の表情は変わった。
にっこりと笑いながらこっちに向かってくる。

「じゃあロコちゃんを殺さないと」

バッグから銃を取り出す。
それでロコは感じた。
あぁ、逃げないといけない、と。



【解答(しんじつ):伊吹翼】



「おーい! ロコちゃーん!」

伊吹翼は目に入った知り合いに声をかけた。
伴田路子、同じプロダクションのアイドルである。
背中に砂が点々と付いているが、横にでもなっていたのだろうか。

「よかったー、誰とも会えないかと思ったよ」
「ツバサ……」

振り返ると、とても顔色が悪そうだった。
大丈夫かなと思いながら近づく。
しかし、ようやく会えたのだ。
だが、ここまで顔色が悪いとなると何かがあったのだろうか。
もしかしたら、誰かが殺し合いに乗っていたのだろうか。
色々な不安が渦巻く。

「ねぇ、ロコちゃん」
「……なんでしょう、ツバサ」
「この殺し合い、協力してプロデューサーさんを止めようよ!」

伊吹翼は、にっこりと笑って見せた。
その瞬間、伴田路子の顔色がさらに悪化した。
ありえないものを見てしまったかのように。

「……一体何を言ってるんですか?」
「え、何を言ってるって……言葉通りだけど?」

あまりの返答にきょとんとしてしまう。
何を言っているんだかわからない。
殺し合いに逆らおうという意思を言っただけである。
それか、逆らうなんて無理とでも考えているのだろうか。

「……アンダースタンドできません、ツバサ……」
「何言ってるかわかんないのはこっちだよ……じゃロコちゃんはこの殺し合いに乗るっていうの?」
「もちろんそうに決まってるじゃないですか!!」

意外な返答に唖然とした。
殺し合いに、乗る?
どういう事だ、あり得ない。
だったらなんて彼女は攻撃してこない。
それこそ自分を襲うチャンスなどいくらでもあったはずだ。

一体全体何が起きてるか理解が不能だった。
だが、さらなる異変が起きる。
伴田路子が、急に逃げたのだ。
そしてそのまま、どこかに行ってしまった。

「……ロコちゃん、どうしたの……?」

伴田路子に何が起きているかなんて、彼女にわかるわけがなかった。


【一日目/午前/E-5】

【伊吹翼】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]支給品一式、不明支給品1~2
[思考・行動]
1:信頼。こんなことで絆は壊れない。
2:ロコちゃん……どうしたの?



【解説(ほんとのこと):伴田路子】



何故、伴田路子と伊吹翼での視点が違うのか。
それは単純な解答と解説がある。
別に片方の話が偽造されたものという訳ではない。
伴田路子は伊吹翼から逃げた。
伊吹翼には何故逃げ出したのかわかっていない。

だが、色々と矛盾点がある。
殺し合いに乗ってないと言っている伊吹翼と乗っている伊吹翼が登場しているのだから。
普通ではありえない事だ。
パラレルワールドが起きていた、というわけでもなんでもない。

すごい、簡単で単純な解答なのだ。


『伴田路子が見ていた世界がおかしい』のだから。


彼女の目に映っていた、聞いていた世界は偽物だった。
伴田路子の妄想によって作られた世界であり彼女にとっての本物だった。
ただそれだけの事だ。


それではわからないのは当然である。
だからこその解説だ。
伴田路子は、この短時間で病んだのだ。
精神をすり減らし、幻覚・幻聴が彼女に現れたのだ。
そう、伴田路子が見ていたのは幻覚であり聞いていた一部は幻聴だ。
伊吹翼は殺し合いに乗ってなどいない。
だが、彼女には殺し合いに乗って、自分を殺しに来たように見えた。
実際は、そんなことなどあり得ないと言うのに。


「皆、殺し合いに……まさか、本当に……嘘です、そんな……!」


彼女の耳には、本当の声は届かない。
届かせようとしても、彼女自身が閉ざしてしまう。


本当に、彼女はまた『一人ぼっちの世界』に戻ってしまったのだ。



【一日目/午前/E-5】

【伴田路子】
[状態]右腕に傷、過度なストレスによる幻覚・幻聴
[装備] なし
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(1~2)
[思考・行動]
基本:???
1:誰かを信じたい、誰も信じたくない
2:全部から逃げたい



【残された彼女:中谷育】


中谷育は気絶したままだった。
気絶している時の顔は、まさに年相応の少女のようだった。


だが、彼女も精神を壊しているようなものである。
考えてみれば、それも当然と言えば当然である。
10歳にして、人を殺すなんてよほどできる事ではない。
恐怖を押し殺したから出来る、なんてそんなのは机上の空論だ。
母親の事が好きな10歳の少女に出来るわけがない。

彼女の心は、壊れてしまっている。
わからない事の方が多い世の中で、普通の人間ですら知らない事を知ってしまったのだ。
そんな彼女を癒してくれる人は――――いるのだろうか。


【一日目/午前/E-5キャンプ場受付センター】

【中谷育】
[状態]気絶、精神半崩壊
[装備]電動ドリル(電池残量95%)
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(0~1)
[思考・行動]
1:プロデューサーさんの言うとおり、皆を殺していく
[備考]
※精神崩壊により恐怖心や道徳心が欠如しています


【電動ドリル】
中谷育に支給
電池式で動く電動ドリルである。
木の板から薄ければ金属さえも貫ける一品。
電池さえ交換すれば何度も使用可能だが、電池が弱くなると勢いも弱まる。


 天と海の島   時系列順に読む   最近、同僚のようすがちょっとおかしいんだが。 
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 Getaway   伊吹翼   怖い夢なら、目を覚まして
 GAME START!   中谷育   怖い夢なら、目を覚まして
 IMPRESSION   伴田路子   争いが絶えない世界に僕らが迷い込んでも 


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