二人のあまりの鈍足振りを見て、軽い絶望を覚えるギャシャールは、ひとまず先の様子を見に行くことにした。すると、小さな橋が架かっている崖が見える。
さっさとそれを渡ったギャシャールは、2人を待つ。まだ若いおかげでニーダよりは体力のある
ヒッキーが先に到着して渡りきる。そして、続けて後ろから来たニーダは何故か橋の前でとまってしまう。
高所恐怖症だといってなかなか渡らないニーダに今度は軽い殺意を覚えたギャシャールは「ニーダは置いて行こう」と聞こえるように
ヒッキーに言う。それを聞いてあせったニーダはようやく橋を渡り始める。
ニーダが橋の中腹に差し掛かったところで、突然ナイフのようなものが飛んできて橋を落としてしまう。絶叫とともにニーダは橋と共に落下していく。
ニーダが落ちてしまい、それを助けに行こうとする
ヒッキーを止めたギャシャールは背後に気配を感じて振り返る。
そして二人は固まる… 黒衣を纏った大柄な男、そして白いニット帽をかぶった女性が立っていた。
ヒッキーは黒衣の男を、ギャシャールはニット帽の女性を… どちらも二人が最も会いたくなかった人物だからだ…
「やれやれ、人助けに行こうなど… あの引き篭もりがつよくなったものだ。」
「簡単さ
ヒッキー…
ヴァイラ教は「混沌」をもたらすが「使命」。ただ私は「混沌」をもたらしに来ただけだ。お前達にそして、「世界」に…」
「
アナニマス?~ いらない事言わないで。 ヤッホ~ ギャシャール。 元気?」
「
ヴェサリス?様!?党率議員のあなたがなぜここに!?
コンヴァニア財団とは何のかかわりも無いあなたがなぜ!?」
「あんた、とっくに死んでるかと思ったのにタフな子ね。 そりゃ、あのララモールが惚れる訳だ」
「関係ないです! って言うか、答えてください!場合によっては!!」
「武器を取り上げられた状態でどうするの?それに「アレ」の一隊員だったあんたが隊長の私に何か出来るの…? 何か面白そうだし、そんなに言うなら遊んであげるからこっちへおいで~」
「…!待て!!」
「ふん、少し静かになったな。
ヒッキーよ…
ヴァイラ教に戻ってくる気は無いのか?皆で歓迎するぞ。」
「何だっていまさら!僕は裏切り者なんだろ!現に始末しようとしたじゃないか!!」
「表向きはな… だが実際は、
ララモ党へ潜伏している
ヴェサリス?がいる。お前をあのまま生かして
ヴァイラ教へ連れ戻すのは簡単だ。「成功作」のお前が居なくなると困るんだ…」
「成功作? 何を言ってるんだ…」
「「混沌」だ」
「な… なんだ?」
「私は見たのだ!!あのお姿を!あのお声を!!あのお力を!! あの御方が更なる「混沌」を求めるのなら私はそれに答えようではないか!!そのために「
職人の記憶」を手に入れた!これを使って私達は…!!」
「
アナニマス?。興奮しすぎだ、いい加減にしろ。」
「…なんだ?
ヴェサリス?… 早いな… もう終わったのか? 」
「ああ。 口ほどにも無かった。さあもう行くぞ。」
「待て!!」
「私などに構っていて良いのか?向こうにいるギャシャールは応急処置しなければ今すぐにでも死ぬぞ。 ふう… じゃあね~」
「「成功作」よ。その「生」を十分に謳歌するのだな。」
「…!!くそぉ…!!」
「いや… あの… ギィ。」
「気安く呼ぶな…」
「う… 何でそんなに邪険にするにか… ウリだって流石に傷つくニダ…」
「捕虜で脱走者のお前が分際でわきまえろ。貴様に発言権など与えていない。私が言ったことにお前は答えてればいいんだ」
橋から落下した
ニダーは遥か下に落下したが、生えていた木がクッションとなり助かっていた。あろうことにギィの目の前で…
「なぜ逃げ出した?どうしてここに居る?お前達の目的は何だ?3秒以内に答えろ。」
「ちょww むりwww」
「… 相変わらずの強気だなギィ姉さん。それじゃ、いつまでたっても男に逃げられるぞ?」
「ギーコード!あんた、どこほっつき歩いてたんだ!!」
「まったく持ってその通りニダ! って、だれ? え、ええ? 姉さん? アレ?」
「うん… うまくいったなぁ… これで、ほとんどの
職人石を奪うことが出来た… あんまり荒っぽいのは好きじゃないけど、しかたないよね」
「そんな… 全部あんたが手引きしたの…?」
「うん。そうだよ。」
「『アレが他勢力に奪われ悪用されたら、世界は大火で焼かれる』って、「職人の記憶」が見つかったとき自分で言ってたじゃないか!!それをどうして… 頭がおかしくでもなったのかい…!?」
「おかしくもなるさ… あの方のあのお姿を見れば…」
「何か目がいちゃってるけど… だいじょうぶニカ…」
「そこまでワショーイ!!」
「今度は誰だ!」
「ワショ-イ!僕は
オニギリ=ブレイズ?! おーい、ギーコード。兄妹とは言え、いらない接触は避けるべきワショーイ…」
「今生の別れだ。少しくらい良いだろう?ねぇ姉さん… 僕は病に犯されてるんだ… 普通の方法じゃあ助からない。」
「…え?」
「でも、この石を渡して彼らに…
ヴァイラ教に着いて行けば、僕が助かる方法を教えてくれるんだ。」
「
ヴァイラ教だと… 馬鹿!!あんた騙されてるよ…!!今ならまだ間に合う… 戻ってきて…」
「同じさ… たとえ彼らが僕を騙しているとしても、「あの方」を見ればそんな些細なこと、どうでも良くなるんだ… ルアルネの皆のこととか姉さんの事とかもね…」
「あの~ ウリは完璧に浮いてるにか」
「ういてるワショーイ!」
「チョンには言われたくないニダ…」
「バイバイ姉さん。今までおせっかいありがとう… それなりに感謝してたよ…」
「まって…!ギーコード!!」
「
アナニマス?の所に帰るワショーイ!!」
「…?き…消えちゃったニダ…。」
「馬鹿野郎! よりによって
ヴァイラ教の奴らに騙されるなんて!」
「あの~…」
「なんだ!!」
「あ… さっきの人とギィは兄弟だったニカ?」
空気のまったく読めていないニーダに、ギィは強烈なパンチを食らわした。ニーダはその一撃で完璧に伸びてしまう。
「ギィーラの姉貴…こっちにはだれもいませんでした…って! どうしました!?」
「捜索隊の皆に伝えて… 捜索を打ち切って都に帰る、と…」
「へ、へぇ… それと、ヴァイラのガキと
ララモ党の女が上のほうで気絶してたって報告がありましたが…」
「そいつらも一緒に生け捕りにして連れて帰りな… とにかく、もう「職人石」の捜索は終わりだよ。引き上げな!」
そして彼らは、浮遊島本拠地「リスグム」へ連れて行かれる。
目が覚めるとそこは病室のベットの上だった。
ギシギシとする体を起こし、あたりの様子を見渡す。なぜ自分がここに居るのか?
あの崖際で
アナニマス?と
ヴェサリス?と対峙したした後、少し離れた場所でうつ伏せなって倒れているギャシャールを見つけた。そこで
ヴェサリス?に負わされた傷を見て、愕然とする。
素人の僕が見ても助かりようが無いほどの大きな傷だった。首元から腰の下辺りまで鋭利な物で裂かれた様な傷は、とても深く応急処置では間に合わない。
傷から出た血も多く。今はかすかに息をしているだけでいつ死んでもおかしくない…
(そうだ!ギャシャール!!)
泣きながら傷口を押さえて血が出ないようにした。そんな事をしても血が止まるはずが無いのに… そして、不意に意識を失ってしまった
死んで欲しくない…ただそれだけだった。彼女が居なくなるのが嫌だった。共に居た時間は少ないけど、僕の事を無関心を装って世話を焼いてくれる、そんな優しい彼女を失うのが怖くてたまらなかった。
あの状態から助かるはずが無い。彼女は死んでしまったのだ… なぜ自分が気絶したか覚えていなかったが気絶したその後、ルアルネの捜索隊にでも発見されここに連れ戻されたのだろう。
ニーダも橋と共に落ちて死んだ… 自分を助けてくれた人たちは死んでしまった。自分がもしあの時、別の行動を取っていたらもしかしたら誰も死ななくて済んだかもしれないのに…
絶望感に苛まれる
ヒッキーはそんな事を考えていると突然ノックが聞こえ、ビクンと大きく体動く。
「どうぞ…」
ヒッキーはこのまま死んでしまいたいほど、気を落としていた。ノックに力なく答えると扉から見慣れた3人が入ってくる。
「あっ! 目を覚ましたみたいだ。」
「まったく苦労をかけさせるニダ。」
「…」
ガチャリとドアが開けられるとギャシャールにギィ、あとニーダが入ってくる。
ヒッキーは目が点になる。アレだけの傷を負わされていたのに、死ぬどころか自分より元気ではないか。ニーダも頬を腫らしているがピンピンしている。
「ギャシャール…? ギャシャール!!」
しばらくして、
ヒッキーは突然彼女に羞恥も忘れて抱きつく。もう生きて会えないと思っていた仲間に出会え、
ヒッキーはうれしくてたまらかった。
「うわっ! ちょっと抱きつくな! いたぁ! そこ傷だから! まだ治りきってないんだって!!」
「女の子に抱きつくなんて… う… うらやましいニダ…」
しかし、喜びもつかの間、
ヒッキーはいきなり襟をつかまれ力任せに病室の壁に叩きつけられる。
「う! ゲホ…!」
「な…!何をするんだ!!」
「まだ病人ニダよ!!」
「うるさいんだよ「捕虜」。 騒ぐな… 」
吐き捨てるように二人を睨み付けると彼女は咳き込む
ヒッキーの喉元に剣を突きつけ、脅すような低い声でしゃべりだす。
「お頭がお前らを呼んでる。黙って着いて来な… しゃべったら殺す。」
ヒッキーはギィの目を見て凍りつく。その瞳から、持っていた剣で自分を切りたいと言う衝動を必死で抑えているのが手に取るように分かったからだ。
なぜギィがこんなに怒っているのか自分には分からない。最初の
コンヴァニア財団で助け出されたときは、こんな憎悪に満ちた目をしていただろうか?
殺気立って静かになった病室は、外でさえずる小鳥の不釣合いに優しい鳴き声のみが、奇妙にこだまする。
ヒッキー達は、病室からギィに連れ出され彼女が言う「お頭」へ会いに行く事になる。
口と手を縄で封じられある程度の自由を奪われると医務室の外に連れ出される。そこは半壊した建物が多く立ち並び復興作業に追われている町のど真ん中だった。
その大通りの中央を歩かせられる
ヒッキー達。剣を携えた兵隊と縄で拘束された
ヒッキーを見て修理の手を止める住民。そして、そこから聞こえてくるのは罵声の雨だった。
他人に無視されるのはまだいいとして、ここまで嫌われることはほとんど無い…。
ヒッキーにとって衝撃的だった。ニーダも青ざめた顔をしていたが、ギャシャールは涼しい顔をしている。
3人はギィに「連行」され、
ルアルネ傭兵団の首領。タカラードの元に連れて行かれる。
「ご苦労だった、ギィーラ。」
「いいえ、罪人の連行などにねぎらいの言葉など…」
「外からここまで聞こえたぜ。町の奴らからの罵声が… 何で裏から入ってこなかった。そんなにこいつ等をさらし者にしてぇのか?」
「…申し訳ございません。」
「罪人にも権利はある。覚えとけ。」
陽気な感じに話をするその男は、一国の王がすわる様な玉座に深く座り、連れてこられた3人を見る。
そして、いきなりコンヴァニアと
ヴァイラ教の2つの勢力がここに保管してあった。「職人の記憶」を半分奪って去っていった事を話す。
『職人の記憶』という単語を聞いて、ニーダがさわぎはじめる。ギィがそれを黙らせようとするが、タカラードは「好きにさせろ」といった感じで他の部下にニーダの口をふさぐ縄を解くように指示する。
納得いかない顔のギィを尻目に、上気したニーダが話し始める。
『職人の記憶』
1000年も前の強大な権力者の力が込められている宝石。「職人石」とも呼ばれる。
その宝石には1000年も前の強大な権力者の力が込められていると言われ。それを所有し使いこなせれば、とてつもない力を発現させることが出来ると伝えられる。
存在も不確かなものだが国家機密として、一応は緘口令が敷かれている。そんな物が存在しているならば、それを戦争や政治に利用する輩がでる可能性が高いからだ。
タカラードの話では、ギーコードという考古学者が眠っている場所を石版により解読して手に入れる事が出来た。
時間は立ち、日も落ちかけたころ一人の女性が大きな扉をくぐってくる。ギィだ
「おお、やっと来たか。まあ座れ。」
扉の奥で
ヒッキー達と対峙したときのように座するタカラードは相変わらずの陽気な笑顔と共にギィを部屋に招き入れる。
「お頭、話があるってなんだい?」
「昼の件についてだ。あいつらは罪人かも知れねーがあからさまに嫌がらせをすんのはやめろ。そういうのは一番嫌いなんだよ俺は。」
「…すみません。 でも、どうしても…」
「確かにギーコードの奴が
ヴァイラ教に騙されて連れて行かれたが、そのせいでこのヴァイラに居たこのガキを恨むのは少し筋が違うはずだぜ。」
「でも、お頭!」
「オメーの気持ちは分からんでもない… でもよ、そこのコンヴァニアの科学者、ホルホルと
ヒッキーだったっけ?そいつの話では、こいつら『職人の記憶』を取り返しに行ってくれてたんだろ?感謝の一つでもしなきゃあな。」
「確かにこいつ等のおかげでここの動力源になってると言われてる「
緑柱の職人石」は取り返せた… でも、それはこいつ等が私達を油断させるための策略かもしれないだろ?」
「そうかもな、そこで試してみたい事がある。本当にあいつらが俺達を騙そうとしてるのか。」
「何だい?」
「
ハニャン連邦のレナド=シルベストゥスを知ってるか?」
「知ってるも何も… ハニャンにある数百の連合国をまとめ上げてる大将軍のことじゃない。この私だって知ってるよ。」
「そこから、依頼があったんだよ。ここ最近になって反乱分子の動きが急に激しくなったから、その討伐をしに行ってくれっていう…」
「自分の手を汚さず私達にねぇ… ララモの連中と変わらなくなったね、あそこも…」
「まあ、最後まで聞けって。 その反乱分子を支持する連中が結構居るらしいんだ、下手にレナドが軍隊を率いて討伐すると今度はそんな連中の神経を逆なでしちまうだろ?だから俺達にってことらしい」
「結局、汚れ役を私達に… そういうのは慣れたからいいとして、その事とヴァイラのガキと一体何の関係があるんだい?」
「おめぇ。そいつらを連れてその反乱軍を鎮圧または、討伐に向かえ。」
「はぁ!?あんな奴らと!? ふざけんな!!」
「…おい。 はっきり言ってやるぞ。コンヴァニアから流れてきたオメェら姉弟を拾ってやって育てたのは俺だ。その恩を忘れて、弟は裏切って職人石の半分は奪われ、町に結構な損害が出た。」
「…!」
「オメェは鈍いから気づいてないが口々に皆言ってるぞ。姉であるおめぇも十分裏切る可能性もあるって、な。」
「あたいがそんなことする訳ないだろ!」
「信用がないのはオメェも同じなのよ。俺もこの事でおめぇへの信用をなくしてる。これはおめぇを試すためにやってる事でもあるんだ。」
「あ… あたいは…」
「だから、すこしでもそれに答えろ。つーかおめぇにあれこれ言う権利はもうねぇんだ。」
「わかりました…」
「仲間が陰口叩いてるなんて嘘を並べ立てるなんて最悪だな… あの石も、保管でなくもっと別の方法があったはずだ」
「信用をなくしたのは俺も同じだ…。 ギィーラ、うまく「逃げろ」。」
そして、場所は牢獄に移る…
「あの男、お礼がしたいとか行っておいて結局は牢獄へ逆戻りか…」
薄暗い鉄檻の中でギャシャールはため息交じりに愚痴をこぼす。
「ところで、あの職人の記憶を何でニーダは知ってたの?」
「宝石変換システムを研究する際にお偉いさんから職人の記憶の事は聞いた事があるニダ…
コンヴァニア財団は美しく輝くその宝石を欲しがり、それらを記した古文書を解読するために専用の研究施設を設けているくらいニダ。
あのギーコードとか言うギィの弟は、たった一人でそれを解読し、隠している場所まで見つけたニダ… 恐ろしいほど優秀ニダ。」
「え?ギーコードって人はギィの弟なの?」
「そうニダ。ギィを姉さんと呼んでたからおそらくは…」
「なるほど、
ヒッキーを目の敵にする理由が分かった。自分の弟が
ヴァイラ教に連れて行かれたから、
ヴァイラ教に居た
ヒッキーを許せないわけだ。」
「…」
「
ヒッキー、そんな顔はやめるニダ… 何かウリが切なくなるニダ…」
(…信用されてないのかな。国家機密まで話してくれたのに…)
なぜ重要な機密を話してくれるのか
ヒッキーにはわからなかった。タカラードの話では奪われた数個の内の一つだけだが、ギャシャールがそれを持って気絶していたらしい。
ヒッキーはそれ聞いたときは驚いたがギャシャールは気に入らないと言った顔をしているのも覚えている。おそらくは、
ヴェサリス?からくすねたはずだろうがいくら彼女が油断していても、持っていた職人石が無くなれば、その事に気づき取り返すはずだ。
ギャシャールはあんな、重傷を負わされているわけだし、取り返すのはわけが無い。なのになぜ?
一番この島によって重要な石。島の動力源ともなる「
緑柱の職人石」を奪い返す事が出来た。是非ともお礼を言いたいと… タカラードは言う
それに食ってかかるのがギィだ。「礼なんて必要ない。コンヴァニアのホムンクルスを開発した研究者にヴァイラの工作員がここに居る。こいつらが手引きしたに決まってる!」
言いたい事が分かるが、いくらなんでも無理やりすぎるような気がする…
自分達は町の襲撃前にはルアルネに拘束されたわけだし、そのころには職人の記憶はすでに奪われていた。それにせっかく奪う事に成功した職人石をわざわざあんな形でさらしておくわけが無い。
ヒッキーもギャシャールも口の縄を解かれ、その事について話をする。
自分達が信用を得るために職人の記憶を取り返しに行こうとした事と、
ララモ党と
ヴァイラ教の幹部2人に合った事。包み隠さず話すとタカラードは満足したような笑みを浮かべ、「お前らの今後の処置については後日話をする。」
そう言いこの牢獄に連れてきたのだ。
「…ところで何で、職人石を置いていったんだと思う?いや… それよりも死にそうになった僕がなんで助かったのか気になる。」
ヴェサリス?が自分に致命傷を負わせた事は知っている。一瞬で意識がなくなるほどの衝撃を受け、そのまま昏倒してしまい傷の処置どころではないはずだ。
ヒッキーは言うには手の施しようのないほどの傷であったのに今ではその傷もほとんど治りかけてる。
ギャシャールはなぜ助かり、あまつさえ職人石を持っていたのだろう?分からない事だらけだ。
「情けない話だけど。自分はその傷を処置する事が出来ずギャシャールの隣で不意に意識を失ってしまい。起きたときにはベットの上だったし… 何が起きたか分からない。」
「謎は深まるばかりニダ…」
「はぁ、これからどうなるんだろう?」
「最悪、市中引き回しの上に斬首。運が良くてずーと牢獄暮らし。」
「どっちにしろ嬉しくないニダ…」
牢屋に入れられ夜を迎えた、何をするわけでもない狭い牢の中で眠りに入るヒッキー達。ニーダのいびきで寝られないギャシャールは一人、牢の隙間から見える満月を見つめていた。
……誰かが来る。 人一倍五感の鋭い彼女は、自分達の牢屋へ近づいてくる何かに気付く。そして、息を潜めてそれを持ち構える。
それは牢屋の入り口の前で止まりカチャカチャと檻の鍵をいじる。数秒後に突然、ガチャンと南京錠がはずされる音がし、カシャンと床に落ちた錠が金属音を響かせる。
その音で、目が覚めたヒッキーは状況が分からず右左に首を振る。
「こんなところに何か用?」
ギャシャールがそれに向かって、静かに質問すると、錠をはずした鍵をそこら辺へ放り投げながらそれは命令口調でこう答えた
「いいから、ここから出な。お頭から許可はもらってる。何ぐずぐずしてんだい?」
体中に傷跡のある女戦士、ギィだ。急いでいるのかイライラした様子で落ち着きがない… のはいつもの事だが、なにやら緊急事態のようだ。
「あの… 縄とかは かけないんですか?」
ヒッキーが恐る恐るそう質問すると、彼女は更にいらだった様子で鉄檻を思いっきり叩く。
ガシャン!と大きな音を響かせる檻にグースカ寝ていたニーダは飛び起きる。
「いいからさっさと出ろ! 私を怒らせたいのかい!!」
「ひい!!なんだかよく分かんないんですけど分かりましたニダ!!」
急いで牢の外へ飛び出すニーダを足を掛けてこかし、残りのヒッキーとギャシャールを睨み付ける。
出なければどうなるか分かっているだろうな… と威圧した感じだ。彼女をこれ以上怒らせないほうが無難だと判断したヒッキーは、こけた時に頭を殴打し気絶したニーダを起こさないのを悪いと思いながらも跨ぎ、檻の外へ出て行く。
だが残ったギャシャールはそんな目でにらまれても、全く動じておらず、逆に彼女に対して挑発的な態度を取る。
「いきなり、そんな事言われても… 一体どこに行くの?」
「私についてくれば分かる。良いから付いて来い…!」
自分がイラついているのを知りながら、そんな態度をとるギャシャールに対して、今にも帯剣を抜き出しそうなギィをハラハラしながら見るヒッキー。
怒るギィを興味なさそうに見つめるギャシャールは、やれやれといった感じでスタスタとニーダを踏みつけながら檻の外に出て行く。
この二人… 犬猿の中になりそうだな…
檻から連れ出されるとニーダを先頭に歩かせ、彼女が後方で自分達を指示して歩かせる。前を歩く3人を相変わらず睨み付け早足でせかすギィ。
ギャシャールに踏まれた腰を痛そうにさするニーダは、真っ青な顔をしている。昼間の檻の中で言ったギャシャールの「市中引き回しの上、斬首」の言葉を思い出して、まさに今がそのときか?と生きた居心地がしていないようだ。
ギャシャールは、無言のままギィに言われたとおりに進んでいく。両手を後ろに回し、手のひらを広げギィに、自分は何も持っていない、抵抗する意思はない事を示しながら命令通りに道を進む。
檻の時には自分を挑発しておいて、文字通り 手のひらを返したように従順な態度をとり おちょくってくるギャシャールにギィは不満を募らせていくばかりだ
自分達の道を指示する声に怒りのようなものを感じ、二人がいつ喧嘩を始めてもおかしくない状況にひやひやするヒッキー。
連れて行かれ数分歩いたところで磯の香りがしてくると同時に波のせせらぎが聞こえてくる。海岸だ。
満月の輝きが反射する美しい水面に、1隻の船が浮かんでいる。
「お船? ウリたちはどうなるニダ!? ま…まさかコンクリート詰めにされて沈められるんじゃあ…」
もう、殺される事しか頭になかったニーダは涙目になる。
「どこの極道だい… いいか、お前ら。これから私達はハニャン連邦に行くことになった。気を引き締めろ。」
「「「はい?」」」
突然発せられるギィのセイフに唖然とする。今まで涼しい顔をして、鋭い眼光でにらみつけられても全く動じなかったギャシャールや心配そうな顔をしていたニーダも口を開け、ポカンとしている…
その表情を見たギィは頭をかきながら、説明を始める。
何でも、ハニャン連邦というところに行ってそれに敵対する反乱勢力との戦いに一緒に参加するように言われた。
レナド=シルベストゥスの治めるハニャン連邦の圧政に耐えかねた農民、各連合国の少数派が「平等・平穏・自由」を掲げ、国に反旗を翻したのだ。
「本当は嫌なんだけどね… 潜伏すんのが大得意のヴァイラの回しモンがいるし、連邦の「平和」を乱す奴らをとっちめに行くんだ。「平和」を守るのが大好きなララモ党の議員様もいることだし、適任だろうって」
その言葉に鋭く反応したギャシャールは、軽く舌打ちをする。
ヴァイラ教に完全に縁を切った自分はともかく、いまだララモ党のことを引きずっているギャシャールにとって、その言葉は「気に入らない」の一言だ。
再び、静かになる… 頼むからこう言う険悪な空気になるのはやめて欲しいと、心底ヒッキーは思った。
「ウリは?コンヴァニア財団誇る科学者のウr」
「もうコンヴァニアには見捨てられてんだろ。この職無しの
ニートが。」
ギィのその言葉を聞くや否や、ニーダは白い灰となってお空へ散っていった… いくらなんでも可哀想過ぎるだろ… その物言いは…
「あの… ギィさん。船は一隻だけだけど、他の方はもうハニャン連邦へ行ってしまったんですか?」
「他の奴はいない。私達4人だけだ。」
少しの間、静寂が訪れる。今なんていったこの人は?しばらく、言葉の意味を理解できずに皆は固まる。
「…! え!!」
「そんな、4人で国が手こずるほどの反乱組織と戦えって!?」
硬直が解けたヒッキーは、言葉の意味を理解し驚いて声を出す。在り得ないにも程がある。
流石のギャシャールも一緒になって、抗議する。メチャクチャじゃないか… 冗談である事を切に願うが…
「そういうことだね。」
さらりと言い切るギィにギャシャールはため息をつきたくなる。そして、これならまだ牢獄の中のほうが安全といった感じに口をへの字に曲げる。
国が手こずる反乱組織だ。軍隊くらいの強力な戦力を持っていると考えるのが妥当だろう。はっきり言って死にに行くようなものだ。
「どっかの馬鹿が開発したホムンクルスのせいで負傷した兵が多数。コンヴァニアを襲撃した時に負傷した兵が多数。攻め入るには絶好の機会だと他勢力の奴らが襲ってくる可能性が高い、警備のために今も大勢の兵が配置されてる。よって兵は割り当てられない」
「いくらなんでも無茶…」
「そう、無茶。 成功する可能性は限りなく低い。よーするに私もあんた達も必死確定でこの依頼をこなさなければいけないって事。」
「良くこんな依頼を受ける気になったね…」
「別に… 命令なんだからしょうがないよ。お頭じきじきの命令だしね…」
あきれた様子で喋るギャシャールに不機嫌そうにギィは答える。こんな死ぬ可能性のほうが多いこの依頼を受けたのは、タカラードの存在があったからのようだ。
組織を裏切ったギーコードによってこの島に被害が出た、その事でタカラード対して申し訳ない気持ちで一杯なんだろう… 姉としてその責任を果たそうとしているのだ。
「逃げるって言うのはあり?このまま、4人でハニャンへ行っても死ぬだけだと思うけど?」
「やってみなよ… そん時は後ろから剣でぶっさす。ギャサールだったよね?あんた以外なら簡単に殺れるよ。」
「ギャシャールだって… 確かに僕以外なら簡単にやれそう…」
少しの距離を走ったくらいでヒィヒィ言う様なひ弱な人間が、訓練している彼女たちに敵う筈もない… 女性陣二人に対して、何ともひ弱な男衆である…
「そんな目で見ないで…」
その気になればギャシャールの言ったように簡単にやれるだろう。哀れみにも近い視線が向けられると、どうしようもなく貧弱な自分が悲しくなってくる。
「ところで何でこんな真夜中に…」
ギャシャールは気を取り直す様に軽い咳払いをし、停泊している船を見上げる。大きさは4人が乗るには十分すぎる大きさだが、何もこんな真夜中に出航することもないような気がする。万が一遭難でもしたら、反乱組織と戦う以前に死亡が確定してしまう。
「事は緊急なんだよ。急がなくちゃあね。準備するからあんた等も、船に乗りな!」
こういうことには手馴れているのか、ギィは海の男顔負けに船の準備をこなしていく。しかし、一人ではさすがに作業が多い上に先ほどにも言ったが、船もそこそこの大きさがある。大変そうな彼女の負担を軽くしようと、何かできる事がないかヒッキーは聞くが…
「いいから… あんたはじっとしてなよ。そのほうが私としても「安心」出来るからさ。」
彼女の言った「安心」という言葉… 彼女にとってヒッキーは何を仕出かすか分からない「危険」な存在であるから、おとなしくしていろ… それがその「安心」というセイフの中から分かる。
吐き捨てるようなその言葉に、ヒッキーはギャシャールの側から静かに離れる。
「ギィがああいってるんだから好きにさせよう。どうせ、船の事を知らない僕達が手伝ったって足引っ張るだけだし。」
うな垂れて鬱に入るヒッキーに優しい言葉を掛けてくるギャシャールに対して、静かに頷く。それを横目で見るギィは「フンッ」と鼻を鳴らす
数分後、船の出航の準備が終わり錨を上げて海岸から離れようとしたそのときの事だった。
「まってくれ!!」
海岸から、大声と共に走ってくる人影が見えてきた…
「まって…」
息つくその人影は、小柄で子供でと言う事が分かる。船の前でゼィゼィと呼吸を整える。
長らく会っていなかったその少年、ギコールだ。彼はコンヴァニアのおぞましい命を吸い取る宝石研磨機の「材料」としてヒッキー達と一緒に殺されそうになった少年だ。
最初は知り合った瞬間は足を踏んだ踏まないの小競り合いをしたが、心細かったのだろう。その後にヒッキーの友達となってくれた人物だ。
コンヴァニア財団にルアルネ傭兵団の皆が奇襲をかけ、彼らによって救い出されたのだ。
「ギコール君? 何でここに…」
船から下りて、久しぶりに会うギコールに思わずヒッキーは笑みがこぼれるが、こんな真夜中に出歩くなんてどうしたのだろう?
ギィも船から下りて彼がなぜこんなところにいるか、彼に問いただそうとする。
「その胸に抱いてるのは何?」
船の上からギコールが何かを抱えているのに気づき、興味深そうにギャシャールは質問する。
白くて毛に覆われた丸い物体だ… モソモソとときおり動いているのを見るとおそらくは何かの動物だろうが…
「菌糸獣ニダ…」
いつの間にか復活したニーダがその動物を菌糸獣であると説明する。この島では「もっさりさん」とも呼ばれる事も話してくれた。
「私達の浮遊島で生活してる動物さ。戦闘の際にはこいつらは結構頼りになるんだよ。」
「フン… 実用と観賞用は違うニダ。そいつらはコンヴァニアではただのペットニダ。戦いに参加させて役に立つなんて嘘ニダ。」
自慢するように誇らしく話すギィは、子供のようにいじけるニーダのその言葉を聞いた瞬間、それを思いっきり彼に投げつけた。そうすると彼は5mくらい吹き飛んで失神する。
もちろん菌糸獣には傷ひとつ無い、むしろ遊んでくれてると思い喜んでいる。
「これは生まれたばかりで小さいが、大きい奴は家一軒分くらいになるよ。そんなモンが何百匹体当たりしてきたらどうなるんだろうね。何なら大人の奴からも体当たりを食らってみるかい?」
見た目とは裏腹にあの菌糸獣… かなりの頑丈らしい。 ぽんぽん弾むところを見るとやわらかそうだが、ニーダのあの吹き飛び方を見ると柔らかくても体当たりを食らったときのその衝撃は物凄そうだ…
「だ…大丈夫か?あのおっさん…」
「死にゃあしないよ、あの程度じゃあね。ところでどうしたんだいギコール。」
ピクリとも動かないニーダを冷や汗をたらしながら心配する。そのギコールの心配をギィは払拭すると、彼に何故ここにいるか問いただす。
「ハニャン連邦って所にいるんだろ!俺も連れて行って!」
「駄目」
「早っ!!もっと考えてからでも良いじゃん!」
即答するギィに思わず顔を引きつらせるギコール。しかし、このまま引っ込むわけにはいかないとばかりに再び、懇願する。
「盗み聞きしてたね、あんた… 子供のあんたが居たら
足手まといさ。おとなしく宿舎に帰んなよ」
「足手まといにはならない!少なくとも、さっきぶっ飛んでいったおっさんよりは、きっと役に立つから…!」
ハニャン連邦のことを知っていると言う事は、おそらくはタカラードとの会話を何かの拍子で聞いていたんだろう。牢屋から追って来たのだろうが、気づかなかった自分が情けないがそれよりも、こんな危険な事に巻き込むわけにはいかない
ギコールを追い返そうと邪険に振舞う。それでもギコールは、ハニャン連邦に共に行きたいのか食い下がる。ニーダを指差しながら自分のほうが役に立つとアピールする。
「アレはアレで役に立つときがあんの。それに少し菌糸獣が扱えるからってこんな危険な事に参加させるわけには行かないよ」
まあ、この調子だと菌糸獣を扱えるギコールのほうが役に立つのだが彼を諦めさせる為に、ニーダのほうが一応は役に立つという。
「僕も… ギコール君をこんな危ない事に巻き込む事は出来ないよ… すぐ帰ってくるからさ。だから今はあきらめて。」
ギィは必死確定と言っていた… ヒッキーはこんな危険な事に「友達」を巻き込むわけにはいかない。再び離れ離れになるのは嫌だが、またいつか会えるとギコールに諭す。
「…わかった。友達のヒッキー兄ちゃんが言うならここは引き下がるけど。でも!少しでも帰るのが遅れたら俺が兄ちゃんたちの所にぶっ飛んで行って拳骨だからな!」
「ありがとう。ギコール…」
ギコールが納得するのを見て、ギィは吹き飛んだニーダの足をつかんで船に放り投げる。そして、ハニャン連邦に向けて船は出港する。
ギコールは菌糸獣を胸に強く抱き、自分の島から離れる船が見えなくなるまで、じっとその船影を見つめていた。
最終更新:2008年06月24日 22:33