人外と人間

魔獣×男 前編

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魔獣×男 前編 通りすがり様

ぱちり……

夜闇を照らす焚き火の炎の中から、木が爆ぜる音が周囲に響く。
俺は何も言わず、串に刺して火に炙ったハムをひと齧り。
そしてする事もなく、夜闇に揺らめく炎を漫然と眺める。
さっきから聞こえる音とすれば、焚き火の木が燃える音と虫の鳴き音、
そして、さっきから吹付ける風によってゆれる葉擦れの音だけ。

―――やはり、一人での野宿は何処か物悲しい物がある。
これが話相手の一人でもいれば、もう少しは気が紛れるのであろうが、いまさら無い物ねだりしても仕方が無い。

俺はラムザ、ラムザ=アーズグレイ傭兵の真似事をしたり、宝捜し屋(トレジャーハンター)の真似事したりしつつ諸国を旅する。
――いわゆる冒険者と呼ばれる職業をしている。

ごく普通の冒険とは無縁な、いわゆる一般人達から見れば冒険者と言うのは夢とロマンに満ちた職業――の様に聞こえるのだろうが。
その実際はと言うと、つまらないいざこざに巻き込まれたり、挙句に怒り狂ったドラゴンに追い掛け回されたり、
その苦労の割に依頼料が少なかったり、その腹いせに攻撃呪文で森を吹き飛ばしたら村の人達に怒られたり……
とまあ、大方のイメージと違って冒険者と言うのはかなり大変だったりする。

言っておくが、これは只の一例だぞー……本当だって。

んで、そんな冒険者をしている俺が、なんでこんな何も無い場所で野宿しているんだ?というと。
何てことは無い、ちょいとばかし不幸な偶然が重なった結果である。

こうなったのも全ては空気の読めない野盗達が悪いのだ!
……なにも街道の分かれ道の前で襲い掛かって来るか?

で、その野盗達の「へっへっへ、命が惜しかったら素直に金目の物よこしな」等と
お決まりのセリフを言う様が余りにもウザかったので、有無を言わさず攻撃呪文で吹き飛ばしたのだが……、

まあ、まさか野盗と一緒に道標まで吹き飛んでいるとは思ってもいなかった訳で……加減って本当に大切ですね?
俺の後を通りかかる人達、本気でごめんなさい。

んで、道標がなくなってどっちに行こうかと迷った挙句、適当にこっちだろうと進んで見たら大チョンボ。
進めど進めど森ばかりで着く筈であろう街は全く見えず、気が付いたら見事なまでに山の中。
其処でようやく自分の間違いに気付き、元の道に戻ろうとした時には既に日も沈んで周囲は真っ暗闇。
一応、照明の魔法はある事にはあるのだが、うっそうと木々が茂る夜の森を進むにはやはり心もとない。
で、今、危険を承知で暗闇の中を引き返すべきか、それか1夜を明かして明るくなってから引き返すべきかと悩んだ挙句。
暗闇の中を闇雲に進んで更に迷ってしまっては余計に面倒だ、と言う結論に至り、仕方無しに野宿を決めた訳で……。
あー、こうなる事だったらあの野盗連中をもう少しいびり倒しておくべきだった!

誰だ、殆ど自業自得じゃないのかって言った奴!
……その通りだよ、ほっといてくれ。

ぱちり……がしゃぁ……

思い出したかの様に――炎の中で木が爆ぜ、その拍子に燃えている焚き木が崩れ落ちる。

何時までもこうして焚き火を眺めていても仕方ない。
いい加減、とっとと寝てしまおうか……。

そう思いつつ、追加の焚き木を足し、ハムの最後のひとかけらを口にいれようとした矢先。
―――不意に虫の鳴き声が止んだ。

「…………」

俺はハムを食おうとしていた手を止め、何言う事なく傍らに置いてある鞘に収まった剣へ手を掛ける。
そう、剣士でもあり魔道士でもあり、数多もの修羅場を潜り抜けて来た冒険者である俺のカンが告げていた。
――何かが、こちらを見ている、と。

周囲に意識を巡らせてみると案の定、俺の背後から少し離れた方の茂みに、こちらを伺う誰かの気配を感じた。

……やれやれ、先程吹き飛ばした野盗達が早速復讐に来たのか?
それとも、炙ったハムの香ばしい匂いに惹かれて飢えた獣が来たのか?
まあ、どっちにしろ、この誰かさんがこちらに危害を加えるつもりならば、俺がやる事はたった一つ。

 徹 底 的 に ぶ ち の め す !

んじゃ、やる事も決まった事だし、取り敢えずだんまり決めこむよりも声でも掛けて見るか。

「何時までコソコソ隠れているつもりだ?……言っとくが、俺はコソコソしている奴は大っ嫌いなんだ。そう言う奴は大体が弱虫だからな」

気配の方に目線を向ける事なく、隠れている誰かさんに向け、わざとらしい声で「弱虫」の所を強調して挑発する。
もし、この気配の主が先程の野盗であれば、まんまとこの挑発に乗って姿を現す筈だ。
そうなればこっちのもの、さっさと攻撃呪文で叩きのめせばENDだ。
それで万が一、矢を放ってきたとしても、それに対する方法は幾らでも持っている。
つまり、隠れている誰かさんはこちらに気付かれた時点で、大ポカを踏んだも同然なのだ。

まあ……これが野盗ではなくて只の通りすがりの兎さんだった場合、
兎に挑発する様がただひたすら間抜けにしか見えないのだが……。

――しかし、それは俺の杞憂だった様だ。
挑発に乗ったのか、それとも別の理由で動いたか直ぐにがさりと茂みを揺らして誰かさんが動きを見せた。

「あ……すみません。別にコソコソするつもりはなかったのです」

俺に向けて掛かった声は、予想に反して意外にも可愛らしい女の声だった。
ありゃ?……これはちょっと拍子抜け。

これが男のだみ声だったのであれば、問答無用で攻撃魔法の一つでも叩きこんでいた所だったが、まさか気配の主が女だったとは思ってもなかった。

いやいや、ひょっとすると野盗達の仲間に女がいる場合だってある。
女の声に油断して、鼻の下を伸ばして気を抜いた途端に槍でグサリ! では笑い話にもならない。
ま、兎に角、相手が何であれ警戒はしておくに越した事はないだろう。

鞘に収めたままの剣を片手に警戒を緩めぬまま、俺は気配の方に顔を向け、口を開く。

「俺に何か用か?……用があるんだったら姿を見せてくれると有り難いんだが……?」

俺の、警戒を混じらせた声での問い掛けから、やや間を置いて

「す、姿を見せてと言われても……その、多分……私の姿を見たら驚いちゃうと思いますよ?あの……それでも良いんですか? 本っ当に私を見たら驚きますよ?」

そう言って誰かさんは姿を見せないまま。

はい?……何を意味の分からない事を……。
気配の方へ向ける眼差しが、次第に怪訝な物に変わって行くのが俺自身でも分かった。

ひょっとして、この誰かさんはとてつもなく奇抜なファッションでもしているのだろうか?
例えば無意味に露出度の高い服にトゲ付きのショルダーガード、しかも髑髏のネックレスを首に掛けているとか?

――って、流石にそれは無いか。
もし、この世にそんな格好している奴がいたのだったらその場で指差して爆笑してやるよ、うん
……と、そんなくだらない事はさて置き。

「俺が驚くも驚かないも、お前さんが姿を見せてから決める。それでも姿を見せるのが嫌だったら、とっととどっか行ってくれ。
俺はなんだかんだ言って何時までも姿を見せない相手にかまってやれるほど、心が広くないんでね」

そう、誰かさんに向けて言い放つと、俺はぷいとそっぽを向く。
そっぽを向いたのは『これ以上、言い訳を聞くつもりは無い』との隠れている誰かさんへ向けた無言の意思表示である。

「う~……分かりました。けど、本当に驚かないでくださいね?」

と、渋々とした感じが混じった言葉と共に、ガサガサと茂みを揺らして気配の主が姿を現す。
振り返り、その姿を見て――俺は息を飲んだ。

確かに、声の主は女性だった。見た目は十代中頃くらいかややカールがかった肩くらいの長さの赤毛、くりくりとした大きな瞳の、どちらかと言えば元気の良さそうな少女と言った所。
見た感じスタイルも良く、身体の流れるようなラインと張りの有る大きな乳房健康的な小麦色の肌等は中々魅力的であり。
人通りの多い街中を歩けばナンパ男の2~3人は声を掛けてくるであろう魅力が有る。
……ただし、その体躯が普通の大人よりも二周り以上も大きい上に下半身が獣の物で無ければ、の話ではあるが。

―――そいつは、人間ではなかった。ましてや亜人ですらもなかった。
”彼女”のその上半身は裸で、群青色の瞳は猫の様に縦長な瞳孔をしており。更に引き締まった腹部から先の下半身は獅子の物であり。
その猫科特有のラインを描く下半身の全体は赤みがかった獣毛に覆われていた。
見れば、両腕もひじから先が下半身と同じ色の獣毛に覆われ人間の物に近い形の掌のやや太目な見た目の指の先に、僅かであるが湾曲した鋭い爪が見えている。
それだけでは無い、背には1対の黒い蝙蝠の翼が生え、更に尾は鋭い針を有する蠍の尾であり尾の先端の針が焚き火の明かりの照り返しを受け、ギラリと輝きを放っていた。

「マンティコア、か……?」

最初のパッと見た目、俺は”彼女”はスフィンクスの一種かと思ったが、
焚き火の明かりに照らし出されたその特徴から見て、”彼女”はどちらかと言えばマンティコアの方が近いと判断した。

―――マンティコア―――
山奥の森林や人気の無い古城などに住む、人語を介するキマイラやスフィンクスに似た魔獣の一種。
赤毛の獅子の身体(または下半身)、背の蝙蝠の様な翼、そして鋭い毒針を有する蠍の物に似た尻尾に、
三列の鋭い歯を有する人間の老人のような頭(または上半身)と言われている、中々ユカイな姿をした魔獣で。
かつてはテリトリーに迷い込んだ人間を骨も残さず食らう魔獣として恐れられて来た。
だが、実際の所、彼等が人間を襲って食っていると言う目撃例が全くと言って良いくらいにない上に、
「人間? ああ、そりゃもう死にそうな位まで腹へってたら食うかもしれない?」とのマンティコア達自身からの弁もあって、現在では図鑑に肉食と記されているだけになっていたりする。

……とは言え、彼等が人間にとっては脅威的存在で有る事には変わりは無く。
三列の鋭い牙による噛みつき&毒針による高い攻撃性と獣特有の素早い動きに加え、そしてある程度の魔力耐性を持った丈夫な毛皮に高い知能を併せ持った彼等は普通の腕前程度しか持っていない冒険者にとっては充分に恐るべき敵と言え。
毎年、迂闊に彼等のテリトリーへ踏みこんだ冒険者や商人が襲われ大怪我を負った、なんて話は何度も耳にする。

まあ、自慢ではないが高い剣の技量と確かな魔道の腕前を持ち合わせる俺にとっては。
マンティコアなんぞダース単位で現れようとも恐れるものではないし。
それにちゃんと怒らせない様に会話すれば、知能の高い彼らはちゃんと話も聞いてくれる上、
時には普通では知る事の出来ない面白い話も聞けたりもする。

……それにしても、マンティコアの人間部分は大体――いや、殆どが皺だらけの老人なのが普通なのだが。
こいつの場合はまったく正反対で、うら若き女性の上半身である。

俺の個人的な検分だが、目の前にいる”彼女”はマンティコアの突然変異、もしくは亜種なのだろうか?

「なるほど、こりゃお前さんの言う通り、慣れてない奴だったら間違い無く驚いている所だったな」
「……あれ?……あの、驚かないんですか……?」

驚くことなく納得の呟きを漏らす俺に
”彼女”は群青の瞳の瞳孔を細めて心底意外そうな表情を浮べる。

「まあな、これでも俺は結構色々な経験してるもんでな、少々の事では驚かんよ」
「はぁぁ~、それはそれは……貴方って子供の割に凄いんですね」

むかっ!

「……をい」
「え?あ、あれ?私、何か悪い事言いました?」

子供呼ばわりされた事にやや険悪な物を混じらせた声を上げる俺に”彼女”は俺が何故怒っているかが理解できず、おろおろとうろたえる。

「……言っておくが、俺はこれでも酒も煙草も嗜める歳だ。子供呼ばわりしないでくれ」
「え、ええっ!? で、でも、貴方は身体も小さいし子供っぽい顔付きだし、何処から如何見ても……」
「…………」
「ああっ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ!」

険悪さの度合いが増した俺の視線に、ようやく自分の間違いに気付き、慌てて謝りたおす”彼女”。

……ったく、俺が一番気にしている事を2度も言いやがって!
どうせ俺は身長も低いし童顔だし何処から如何見てもアソコの毛も生えていないようなガキに見えるよ! どちくしょう!
これがもし、あからさまな悪意を込めて言っているのであれば、即、その場で張り倒している所である。

だがしかし、どうやら”彼女”はいわゆる天然、と呼ばれる類みたいで、
人を怒らせてしまう様な事を、悪気もなくつい自然に言ってしまうクチ、と言った所なのだろう。
……こう言うタイプと話していると自然と胃が痛くなる……。

と、何時までもくだらない掛け合いをしている場合じゃなくて、

「お前さんが俺を子供扱いした事に付いての追求は後にしておくとしてだ
…一体、俺に何の用だ?
どうもお前さんの態度からして、テリトリーに入った人間を追い払いに来たって訳じゃあ無さそうだが……?」
「あ、そうでした!うっかり忘れる所でした!」

……をいをい……大事な事をうっかり忘れそうになるなよ……。

「あの、私の名前はエルミナーデって言います。もし呼びにくいと思いましたらエルミィって呼んでも良いです」

と、俺の前に来た”彼女”ことエルミィが自己紹介をする。
ちょこんとおすわりをしてぺこりと頭を下げる様子がなんだかラブリー。

「……俺はラムザ、ラムザ=アースグレイだ」

自己紹介された以上、俺も取り敢えず自己紹介を返す。
ただ、初対面の相手に舐められぬ様に低い声で淡々と、と言った感じで。
これは初対面の人間に対する交渉や会話の際の何時も行う、相手に舐められない為のお決まりのテクニックの一つである。

「えっと……あの、ラムザさんは冒険者なんですよね?……」
「……ああ……そうだな」

おずおずと話し始めたエルミィに対して、俺は適当に相槌を打ちつつ串に残ったハムを齧り、ハムの無くなった木串を焚き火の中へ放りこむ。

まあ、確かに今の俺の姿は丈夫で尚且つ動きやすい服装の上に
装甲竜(アーマー・ドラゴン)の鱗を加工した胸甲冑(ブレストプレート)を付け
更に腰の左右には、旅に必要な道具や路銀をいれる為の皮製のウエストポ−チを付けている等。
何処から如何見ても、その格好は旅の傭兵か冒険者の風貌である。
無論、見た目が如何見ても12、13位にしか見えないとか、その割に目つきが鋭いとか言う事は抜きにして、だが。

しかし、その冒険者の俺に何の用なのだろうか………?

「それなら、私をラムザさんの仲間にしてください! お願いします!!」

 ぶ っ ! !

余りにも予想外かつ唐突な頼みに、俺は思わず飲み込もうとしていたハムを全て噴き出してしまった。
……ああ、勿体無い……。

「ちょ、ちょっと突然噴き出さないでくださいよ……もう……」
「……え、えっと……仲間にしてくれってーのは、いったい如何言う事だ?」

身体に付いたハムの欠片を
獣毛に覆われた手(彼女の場合、前足と言うのだろうか?)で払いつつ抗議の声を上げる彼女に、
俺は唐突に沸いた頭痛と眩暈を抑える様に指先をこめかみに当てながら、やや引きつり気味な声で聞く。

「え?……言ったままの意味ですよ?」
「…………」

しれっと答える彼女に、俺は只々、絶句するしかなかった

今まで、俺は旅の中で、子守りのアルバイトをやっているコボルトの話やとある街で野菜のたたき売りをしているオーガの話は聞いた事はあった。
だが『冒険者の仲間にしてくれ』と言い出すマンティコア、と言うのは流石に初めてである。

普通、野に住まう魔獣幻獣の類と言うのは
その性質上もあってか、余り人間と余り関わり合いになりたくないらしく、人里に降りる事は殆ど無いと言って良い。
そりゃ大きな都市に行けば、稀に魔獣の類に出会う事もあるが、そう言うのは大体が行商目的で訪れた者が殆どであり、
わざわざ進んで人間社会に溶け込もうとする者なんぞ一部の例外を除いて皆無と言って久しい、
のだが……どうも今、俺の目の前にいる彼女は、その一部の例外と言ったところのようで。
はてさて、こやつは何の目的があって冒険者になりたいと言い出すのだろうか……?

「私、この普通とは違う身体の所為で同族から好かれてないんですよ……」
「…………」

そう、俺が聞いても居ないのに声に悲しげな混じらせて話し始める彼女。
……なんだか話し方に少々演技っぽい物を感じるが、その突っ込みの言葉を敢えて喉で抑え、黙って聞く。

人間であれ魔物であれ、どの世界においても普通とは毛色が異なる物は一様につま弾きにされる傾向にある。
恐らく、彼女は普通とは違う容姿の所為で仲間内からつま弾きにされたしまったクチ、と言った所だろう。
……世の中というものは如何も世知辛い物である。

「それで、私は仲間に好かれようと色々と努力しました。
好物である肉を持ってきてご近所さんの家に置いたり、歌をうたって見たり色々したんです」
「ああ……それでどうなったんだ?」
「けど、如何言う訳か余計に仲間から嫌われちゃって………まあ、偶々、肉を置いた家に住んでいるご近所さんの帰りが遅くなって、
帰ってきた頃には肉が異臭を放つようになったり、私の歌を聞いた仲間が一様に微妙な表情を浮べてたりしましたが……流石にこれは違いますよね?」

いや、じゅーぶんなまでにそれが原因だと思います。
腐った肉を家の前に置かれたり、聞きたくも無い下手糞な歌を聴かされたり……んな事されて嫌わない方がおかしい。
……やっぱ、こいつは紛れもなく天然の様だ。

「結局、村八分の形に居た堪れなくなった私はマンティコアの集落から出て行かざるえませんでした」

あったんだ、そんな集落……世の中は広い。

「そして、この山での生活を始めてから、私は思いました。
今は私の事を良く見てくれない皆に何時かは私の凄さを認めてもらおうと!そして、何時かは皆に憧れられる存在になりたいと!」
「……ああ、そうか」

なんだか声に熱の篭り始めたエルミィに、やや疲れた調子で返す俺。

「そんなある日、この山に訪れたとある人が話してくれた話から、私は冒険者と言う人達の存在を知りました。
その人から聞いた話によると、彼等冒険者は世界各地を回って様々な偉業を打ち建てている、と!」

……誰だ、そんな無責任な話をした奴。

さっきも説明したと思うが、冒険者と言うのは大概は郵便配達の真似事をしたり遺跡の盗掘の真似事をしたり、
はたまた野良ゴブリンや野良コボルトなどの弱小モンスターをいびったりと英雄譚で聞くような輝かしい活躍とはかなり縁遠い事をやっているのが殆どで。
ましてや、エルミィの言うような偉大な功績を打ち立てた冒険者と言うのは7つの海を航海し、独力で新大陸を発見したエモード=シャイコフ
生涯で133の遺跡を発掘し、古代文明の全容を解明したマーズ=レイノス
全ての生物を記した図鑑を書くと言う目的を掲げ、生物図鑑の基礎を築き上げたエミール=N=ラインハルト
世界最高峰の山、ガルガット山を制覇したのを皮切りに世界の山々を制覇していったベルモンド=バーグレー
今も生きる伝説、打ち立てた功績は100を越えると言われるレグナス=フェノルード
等など、それこそ伝説級の冒険者と言うのは今まで五本の指で数えるほどしか存在していない。

……当然、その五本の指の万倍以上の冒険者が、名を残す事も出来ずに歴史の影に消えていっている訳で。
恐らく、その話をした奴は、ほんのヨタ話のつもりで彼女へ話をしたのだろうが……。

「私、そう言う人たちの様になりたいんです!少なくとも、皆の心に残るような凄い冒険者に!」

肉球のある右手をぐっと突き上げ、熱く語る彼女をよそに、俺は内心呆れ果てていた。

――そう、良く居るのだ、何処か誰かさんの作り話、またはヨタ話を真に受けて、
『よーし!俺も(私も)冒険者になって一旗上げるぞ!』と身の程も知らずに息巻く人が。
まあ、こいつの場合、人では無く魔獣であるが。……と、それはさて置き。

おおむね、そう言う人達は意気揚揚と故郷を飛び出して、思いつくまま無理無茶無策無謀を繰り返し大概はその無理が祟った挙句、そのまま何処かの村の無縁仏の一員となってしまったり。
例え運良く生き残ったとしても、叶わぬ自分の理想と、思う以上に厳しい現実とのギャップに苦しんだ挙句、
腐った木の枝が自らの重みで折れるように挫折して、尻尾巻いて故郷へ逃げ帰るか何処かの村に住み付くかしていきなりパン屋を始めたり、ひっそりと畑を耕し始めたり等して余生を送る事が多い。
……まあ、これは一種の一過性の性質の悪い流行り病の様な物、と考えれば良い。

恐らく、エルミィは自分を追い出した仲間に対して
『私を追い出したあいつらに私の凄さを認めさせてやりたい!』とかなんとか考えて冒険者になろうと思ったのだろう。

……傍目から見れば本気でどーでも良い事なのだが。
実際に巻き込まれる側にとっては正直言って堪った物ではない。
どーやら、それに巻き込まれてしまったのかと考えた俺は、心の中で小さく溜息をついた。

「しかし、私一人だけでは人間の皆さんと仲良くなれるかどうか不安です。恐らく、私一人だけでは宿屋に泊まることすら難しいと思います。
其処で、腕の良い冒険者の人と一緒に旅をする事で、人間の皆さんと接する機会を作りそのついでに私の名を広めようと思ったのです!」

まあ、確かに、それは自分一人で無理無茶無策無謀を繰り返すよりかは良い考えだとは思う。
……だが、重要な事が所々抜けまくっている。

自分自身が気付かぬ内に相手を怒らせてしまう様な性格では、冒険もクソもあったもんではない。
これでは三日も持たずに同行者と大喧嘩して終了、となるのがセキの山だ。
と言うか、先ずはその事ある毎にたぷたぷ揺れる胸を隠せ。青少年にとっては目の毒だ。

「私が見た所、ラムザさんはとっても凄い冒険者だと思います。ですから――その、私をラムザさんの冒険に一緒に連れて行ってくれませんか?」

そういって、彼女が人間が土下座する様に身体を伏せて上目遣いで俺の顔を見ながら頼みこむ。
俺は胸の前に腕を組んで、うんうんと頷くと、ゆっくりと彼女の顔を見据え、

「悪いが、断わる」

と、きっぱりと言い放った。

「―――え?………」

その一言が暫く理解出来なかったのか、エルミィは少しの間だけぽかんとした表情を浮べた後、

「そ、そんなぁ!な、何でですかっ!?ラムザさんに迷惑なんてかけたりしませんし、荷物だって持ちますし、戦いの時は手伝ったりもしますし。
そ、それに私の肉球も触り放題なんですよ!それなのに何で断わるんですか!?」

少しだけ涙目になって俺に食って掛かる。

……ちょっとだけ、そう、ホンのちょっとだけ『肉球触り放題』の言葉に心動かされそうなったが何とかそれを堪え、俺は腕を組んだまま彼女をじっと見据えて諭す様に言う。

「何でってな………お前さんはとにかく世の中の事を知らなさすぎる。この世の中、お前さんが思っている以上に悪党と呼ばれる類の連中は多いんだ。
平気で他人を騙す奴もいる、他人の事を何とも思わない奴もいる、暴力で物事を済ませる奴もいる。
俺は旅をしている中、そんなあくどい連中をイヤと言う程見て来た。そしてそう言う連中に酷い目に遭わされた冒険者も、同じくイヤと言う程にな。
冒険者が夢とロマンに満ち溢れている職業の様に聞こえるけど、現実は伝承歌(サーガ)や英雄譚ほど甘くはないんだ。
悪い事は言わん。冒険者になるのは諦めて、素直に人里離れた山に移り住んでしまった方が身の為だ。
現実の厳しさに絶望して、身も心も傷ついて人間嫌いになってしまう前に、な?」
「……う…うぅっ……」

俺の説教に、エルミィは項垂れてしょぼくれる。
ちと厳しい様であるが、これくらい言わないと彼女は分からないだろう。

「な、なら、私にだって考えがありますよ!わ、私を連れて行かないと言うなら、ラムザさんを襲っちゃいますよ!ガオーって!」

だが、エルミィは思いのほか諦めが悪いらしく最期の手段とばかりに爪を出した両手を振り上げて、襲いかかる仕草をする。
しかし、その可愛らしい声と若干腰が引き気味な態度の所為か、如何もサマになっていない……。
これでは一般市民程度をビビらせる事は出来ても、俺の様に場馴れした冒険者を脅すなんて到底無理だろう。
だが、まあ……そーくるならちょいと脅かすか。

「―――やってみろよ」
「………え?」
「襲ってみろって言ってるんだ、だが、その代わり―――」

予想外の返事に戸惑う彼女へ冷たい視線を投掛けつつ、俺はすっくと立ちあがり。
手に持っている長剣(ロングソード)を鞘から引き抜くと、傍の人の胴体ほどの太さの立ち木の前に立ち。
そのまま軽く気合を込めて一閃、更に返す刃で2度3度、圧倒的な迅さで剣を振るった後、剣を収める。

ギ……ズズン……

――刹那。振るわれた剣の軌跡に合わせて、木に割線が刻み込まれ
そこから輪切りとなった木は、まるで子供に突き崩された積み木の様にバラバラになって地に倒れる。
その間も無く、俺は小さく呪文を詠唱し。

「――砕け!”破空弾”(エア・ブリット)」

ず ど ば ん っ!

掌から放たれた不可視の矢が輪切りとなって倒れた木の輪切りの一つに突き刺さり其処を中心として耳をつんざく音を立てると共に輪切りが砕け散り、木片を撒き散らす。

俺の使った『破空弾(エア・ブリット)』は風の属性の攻撃魔法として良く使われている物で
高圧で圧縮された空気の矢、または弾を放ち、命中した対象に破壊的な衝撃波を撒き散らす術である。
術者の腕前や素養、状態の差によって威力や射程が多少は異なるが、当ればごらんの通り。
ヤワな防具を着た人間程度なら一撃で致命傷を与える威力を持つ。
無論、マンティコアだろうとも、当て所によっては充分に倒す事の出来る威力である。

「……と、お前さんの頭がこの木と同じ事になるだけだ」
「…………」

剣を鞘に収めつつ半ばから砕けた木片を指差し、俺は彼女に向けて冷たく言い放つ。
それを目の当たりにしたエルミィは、ポカンと口を半開きにしてあっけにとられていた。

まあ、呆然とするのも当然だろう、目の前で太目の木をあっさりとなます切りにした上で
攻撃魔法で粉々に打ち砕くパフォーマンスを見せ付けられたのであれば、普通は呆然としてしまう。
おまけに、脅しとは言え、ついさっき自分が襲うと言った相手がこれを軽くやって見せたのだ。
その驚きは想像に難く無い。

「ま、俺はこれくらいの腕は持っているんでな降りかかる火の粉は自分で振り払えるし、旅の仲間なんて必要ないんだよ」
「で、でも………」
「くどい、2度も同じ事を言わせるな。良いからさっさと冒険者になるのは諦めて山奥に引っ込んでろ!」
「………あう………」
「分かったらさっさと行った!俺は気が短いんだ!とっとと行かないと、その場で三枚に下ろして毛皮のバックにしちまうぞ!」
「う……分かり、ました………」

何度か粘るエルミィであったが、結局俺の頑なな態度に無駄と悟ったらしく
頭も尻尾もがっくりと項垂れさせ、しょぼくれた様子でその場を立ち去っていった。

―――やれやれ、ちと厳しく言い過ぎたような気もするが、これも仕方の無い事だと思おう。
あ……そういや俺を子供扱いした事に対する追求がまだだったかな……?
ま、いいか。今更呼び止めるほどの事じゃないし……多少むかついたけど……。

「さて、今夜は妙なお客さんが来たけど、気にせずここで寝るとするか……」

彼女の気配が完全に感じ取れなくなるまで待った後
夜空に浮かぶ三日月を見上げ、俺はポツリと呟くと虫除けの香を焚き、焚き火に薪をくべるとその場に横になり、そのまま程よい眠気に意識を預けるのであった……。







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