人外と人間
ヒーロー×少女 Hero of Hero! 非エロ
最終更新:
monsters
-
view
元ネタ → 絵板67氏のイラスト
Hero of Hero! 859 ◆93FwBoL6s.様
サニー・サインドはヒーローである。
誰から決められたわけでもないが、物心ついた頃には、その自覚を持ち合わせて生きてきた。銀色の体は鋼よりも頑丈で、拳は一撃で岩を粉々に砕き、両足で大地を蹴れば空まで跳躍する。
人並み外れた力を持ち得て生まれた彼は、当然ながら、良からぬ連中から目を付けられている。有り体に言えば悪の組織だが、世界征服を目論む彼らにとってヒーローであるサインドは厄介だ。悪の組織が放つ怪人達は頻繁にサインドへと差し向けられているが、どれもサインドの敵ではない。理由は簡単、サインドが強いからだ。強くなければヒーローとなど名乗れず、正義など行使出来ない。
しかし、そんな彼にも唯一の弱点がある。それは、目の前で仁王立ちしている仏頂面の少女だった。小柄で華奢で、裾がふんわりと広がった少女らしいワンピースの上に青いカーディガンを羽織っている。少しだけクセの付いた髪は二つに分けて結ばれ、ワンピースに合わせた色のシュシュを付けている。見るからに非力で、守ってやりたくなるような愛らしさがあるが、今ばかりはそう思えそうになかった。
誰から決められたわけでもないが、物心ついた頃には、その自覚を持ち合わせて生きてきた。銀色の体は鋼よりも頑丈で、拳は一撃で岩を粉々に砕き、両足で大地を蹴れば空まで跳躍する。
人並み外れた力を持ち得て生まれた彼は、当然ながら、良からぬ連中から目を付けられている。有り体に言えば悪の組織だが、世界征服を目論む彼らにとってヒーローであるサインドは厄介だ。悪の組織が放つ怪人達は頻繁にサインドへと差し向けられているが、どれもサインドの敵ではない。理由は簡単、サインドが強いからだ。強くなければヒーローとなど名乗れず、正義など行使出来ない。
しかし、そんな彼にも唯一の弱点がある。それは、目の前で仁王立ちしている仏頂面の少女だった。小柄で華奢で、裾がふんわりと広がった少女らしいワンピースの上に青いカーディガンを羽織っている。少しだけクセの付いた髪は二つに分けて結ばれ、ワンピースに合わせた色のシュシュを付けている。見るからに非力で、守ってやりたくなるような愛らしさがあるが、今ばかりはそう思えそうになかった。
「たったの三日間、顔を見せなかっただけなのに」
少女、戸末りくは眉間のシワを深く刻み、小さな唇を曲げ、控えめな胸を張った。
「どうしてこんなに散らかってるんですかっ、サインドさん!」
二人の現在位置は、サインドの自宅でありリビングであるが、その全てはモノに埋め尽くされていた。リビングテーブル、ソファー、床、戸棚、テレビ台、引いては電話台に至るまでがゴミに襲われている。その大半は酒類の空き缶と食料品のパッケージで、リビングと隣接したキッチンまでがゴミ溜めだった。
りくにじっと睨み付けられたサインドは、やりづらくなって顔を逸らそうとしたが、咳払いが聞こえた。渋々、オレンジのバイザーを彼女に向けると、りくはゴミを蹴散らしながらサインドに歩み寄ってきた。
りくにじっと睨み付けられたサインドは、やりづらくなって顔を逸らそうとしたが、咳払いが聞こえた。渋々、オレンジのバイザーを彼女に向けると、りくはゴミを蹴散らしながらサインドに歩み寄ってきた。
「あなたはヒーローなんですから、もうちょっと自覚を持って下さい!」
「持ってる持ってる、持ってるからこうなるんだろうが!」
「いい加減、自分の身の回りぐらいはきちんとしたらどうですか! いい歳してみっともない!」
「だから、俺が何かやろうとすると、決まって怪人が現れてだなぁ!」
「現れたらどうだって言うんですか、怪人が現れない時間の方が明らかに長いじゃないですか!」
「一戦交えたら疲れるんだよ、面倒になっちまうんだよ!」
「それは言い訳です! せめてゴミはゴミ袋に入れて下さい! きちんと分別して下さいね、ヒーローなんですから!」
「だから、しようと思ったらあいつらが出てきて…」
「だから言い訳は聞きません、自堕落なのはあなたの責任です!」
「持ってる持ってる、持ってるからこうなるんだろうが!」
「いい加減、自分の身の回りぐらいはきちんとしたらどうですか! いい歳してみっともない!」
「だから、俺が何かやろうとすると、決まって怪人が現れてだなぁ!」
「現れたらどうだって言うんですか、怪人が現れない時間の方が明らかに長いじゃないですか!」
「一戦交えたら疲れるんだよ、面倒になっちまうんだよ!」
「それは言い訳です! せめてゴミはゴミ袋に入れて下さい! きちんと分別して下さいね、ヒーローなんですから!」
「だから、しようと思ったらあいつらが出てきて…」
「だから言い訳は聞きません、自堕落なのはあなたの責任です!」
りくは、サインドの目の前に人差し指を突き出した。
「世界の平和を守る前に、あなたの部屋の平和を守って下さい、サインドさん!」
「…世界に比べりゃ、俺の部屋が汚ぇことなんて」
「何か言いましたか」
「いや、別に」
「…世界に比べりゃ、俺の部屋が汚ぇことなんて」
「何か言いましたか」
「いや、別に」
サインドはりくの前から一歩身を引き、肩を落とした。りくの言うことは至極もっともで、反論出来ない。だが、部屋を片付けようとすると、本当に都合悪く怪人が出現して街中で暴れ出してしまうのである。警察や消防や市長から通報があるので、ヒーローである以上はそちらを優先しなければならない。そして、怪人と激闘を繰り広げて帰宅すると、当然ながら疲れているので適当に酒を喰らって寝てしまう。
りくが部屋に訪れなかった三日間はその繰り返しで、自分でもダメだと思ったがどうにも出来なかった。ヒーローであろうと、所詮は自堕落な独身男である。仕事のために生活が二の次になるのは仕方ない。その辺のことをりくに理解してほしいと思ったが、口にしたらもっと怒られるので、言えるわけがなかった。
戸末りくはサニー・サインドの助手である。彼女が怪人に襲われたところを助けたことを切っ掛けに知り合った。命を助けてもらった恩を返すために、と、りくはサインドの日常や戦闘をサポートする役目を買って出てくれた。それは非常にありがたいし、おかげでまともな生活を送れるようになったのだが、口うるさいのが難点だ。だが、それらは全てサインドを思ってのことだと解っているので、鬱陶しいどころかちょっと嬉しかったりする。
りくはぶつぶつ言いながらキッチンに入り、ガスレンジやシンクの惨状を見て大いに嘆き、冷蔵庫を開けた。案の定、空っぽだった。何枚もの写真の貼られたドアを閉め、戸棚を開けたが、目当てのゴミ袋はなかった。これでは、片付けようにも片付けられない。りくは腰を上げてスカートを払うと、部屋の主に言い付けた。
「買い物に行きますよ、サインドさん」
「だったら、プロミネンサーでも出すか?」
「近所のスーパーに行くだけなんですから、最大時速五百キロで空も飛べて賢くて良い子なスーパーなバイクは必要ありません。近所なんですから、歩いていった方が早いです」
「言ってみただけだ、本気にするなよ」
りくが部屋に訪れなかった三日間はその繰り返しで、自分でもダメだと思ったがどうにも出来なかった。ヒーローであろうと、所詮は自堕落な独身男である。仕事のために生活が二の次になるのは仕方ない。その辺のことをりくに理解してほしいと思ったが、口にしたらもっと怒られるので、言えるわけがなかった。
戸末りくはサニー・サインドの助手である。彼女が怪人に襲われたところを助けたことを切っ掛けに知り合った。命を助けてもらった恩を返すために、と、りくはサインドの日常や戦闘をサポートする役目を買って出てくれた。それは非常にありがたいし、おかげでまともな生活を送れるようになったのだが、口うるさいのが難点だ。だが、それらは全てサインドを思ってのことだと解っているので、鬱陶しいどころかちょっと嬉しかったりする。
りくはぶつぶつ言いながらキッチンに入り、ガスレンジやシンクの惨状を見て大いに嘆き、冷蔵庫を開けた。案の定、空っぽだった。何枚もの写真の貼られたドアを閉め、戸棚を開けたが、目当てのゴミ袋はなかった。これでは、片付けようにも片付けられない。りくは腰を上げてスカートを払うと、部屋の主に言い付けた。
「買い物に行きますよ、サインドさん」
「だったら、プロミネンサーでも出すか?」
「近所のスーパーに行くだけなんですから、最大時速五百キロで空も飛べて賢くて良い子なスーパーなバイクは必要ありません。近所なんですから、歩いていった方が早いです」
「言ってみただけだ、本気にするなよ」
サインドは呟きながら、ソファーの背に引っ掛けてあったジャケットを取った。だが、当人は割と本気だった。りくと買い出しに出ると、荷物が相当な量になるからだ。大半は食材で、その次に多いのが日用品である。それもこれも、サインド自身がろくに買い出しに行かないからだ。理由は至って簡単で、面倒臭いからである。
「ほら、行きますよ!」
りくはサインドの袖を掴むと、玄関へと引っ張っていった。
「へいへい」
「返事は一回です!」
「はいよ」
「返事は一回です!」
「はいよ」
サインドはやる気なく答えると、玄関に転がしてあったブーツを履き、りくに続いて部屋を後にした。早々に階段まで行ってしまったりくは、サインドを急かしてきたので、サインドは自室のドアに鍵を掛けた。
ビル街の奥に立ち並ぶレンガ造りのアパートを出て並んで歩きながら、りくは延々と説教してきた。少女の小さな背を追うように歩きながら、サインドはその言葉を半分は聞いて半分は聞き流していた。
せっかくなんだから並んで歩けばいいのに、とサインドは思うが、りくはサインドと並んで歩こうとしない。助手としての立場を頑なに守っているので、サインドが馴れ馴れしくしようともあしらわれてしまうばかりだ。
ビル街の奥に立ち並ぶレンガ造りのアパートを出て並んで歩きながら、りくは延々と説教してきた。少女の小さな背を追うように歩きながら、サインドはその言葉を半分は聞いて半分は聞き流していた。
せっかくなんだから並んで歩けばいいのに、とサインドは思うが、りくはサインドと並んで歩こうとしない。助手としての立場を頑なに守っているので、サインドが馴れ馴れしくしようともあしらわれてしまうばかりだ。
「可愛い顔してんだから、そんなに怒ったら台無しだぜ」
サインドはりくの背後に寄り、肩に手を回そうとしたが弾かれた。
「そんなことを言っても無駄です、部屋の掃除はサインドさんにしてもらいます」
「そんなんじゃねぇんだけどなぁ」
「じゃあどういうつもりですか、夕ご飯に注文を付ける気ですか」
「何、カレーでも作ってくれんのか?」
「サインドさんの働き次第では考えてあげてもいいですよ?」
「あ、でも、ニンジンは入れるなよ。絶対にだ」
「もちろん入れます、たっぷり入れます。ヒーローなんですから、世のお子様のお手本になるべきです」
「…きっつう」
「そんなんじゃねぇんだけどなぁ」
「じゃあどういうつもりですか、夕ご飯に注文を付ける気ですか」
「何、カレーでも作ってくれんのか?」
「サインドさんの働き次第では考えてあげてもいいですよ?」
「あ、でも、ニンジンは入れるなよ。絶対にだ」
「もちろん入れます、たっぷり入れます。ヒーローなんですから、世のお子様のお手本になるべきです」
「…きっつう」
サインドは首を竦めてから、りくの横顔を窺うと、不機嫌そうに唇を尖らせていて態度は緩みそうにない。眼差しは険しく、歩調も早かったが、サインドの歩調に比べれば遅いので彼女に合わせて歩いていた。いくつかの角を曲がり、車が行き交っている大通りを渡ると、目当てのスーパーマーケットが見えてきた。店に入ったら、りくは早々に買い出しを終えてしまうだろう。要領も手際も良く、無駄なことはしないからだ。サインドには、それが残念だった。今日は休日で敵も現れていないのだから、ゆっくりしてもいいではないか。
ヒーローだって、平穏を味わいたい。
小一時間後、買い出しが終わった。
はち切れんばかりに食料品が詰まったエコバッグと、それに入り切らなかった日用品はレジ袋に入れた。その二つを抱えたサインドは、割と軽いものを持っているりくの背を見下ろしながら、帰路を辿っていた。買い出しの最中も、サインドは事ある事に叱られた。それというのも、酒とその肴を買おうとするからだ。
機械の体といえど、人間以上に人間臭いサインドは経口摂取が可能で、分解して動力機関で燃焼させる。本人にも今一つ構造が解り切っていない内部機関は、消化器官もないのに栄養成分をきっちり摂取する。そのため、機械の体のくせに酒精は素通りせずに吸収出来、それはもう気持ち良く酔うことが出来てしまう。もちろん、四六時中飲んでいるわけではないが、ヒーロー稼業は結構ストレスが溜まるので不可欠なのだ。だが、りくはそれを許してくれない。酒など飲んでいてはヒーローらしくない、というのが彼女の主張である。確かにその言い分は解らないでもないのだが、ヒーローも生き物なのだから気晴らしがあっても良いだろう。だが、この数日で酒の買い溜めが尽きてしまった。だから、りくが帰った後にでも買いに出る必要がある。
ヒーローだって、平穏を味わいたい。
小一時間後、買い出しが終わった。
はち切れんばかりに食料品が詰まったエコバッグと、それに入り切らなかった日用品はレジ袋に入れた。その二つを抱えたサインドは、割と軽いものを持っているりくの背を見下ろしながら、帰路を辿っていた。買い出しの最中も、サインドは事ある事に叱られた。それというのも、酒とその肴を買おうとするからだ。
機械の体といえど、人間以上に人間臭いサインドは経口摂取が可能で、分解して動力機関で燃焼させる。本人にも今一つ構造が解り切っていない内部機関は、消化器官もないのに栄養成分をきっちり摂取する。そのため、機械の体のくせに酒精は素通りせずに吸収出来、それはもう気持ち良く酔うことが出来てしまう。もちろん、四六時中飲んでいるわけではないが、ヒーロー稼業は結構ストレスが溜まるので不可欠なのだ。だが、りくはそれを許してくれない。酒など飲んでいてはヒーローらしくない、というのが彼女の主張である。確かにその言い分は解らないでもないのだが、ヒーローも生き物なのだから気晴らしがあっても良いだろう。だが、この数日で酒の買い溜めが尽きてしまった。だから、りくが帰った後にでも買いに出る必要がある。
「サインドさん」
不意に足を止めたりくは、目を据えて振り返った。
「私が帰った後に、お酒を買いに出ちゃダメですからね。ヒーローなんですから」
「うぐっ」
「うぐっ」
あっさり見抜かれ、サインドは呻いた。
「ストレス解消だったら、もっと建設的なことで解消して下さいよ。トレーニングとか必殺技の練習とか」
「俺は実戦こそ最大の訓練だと思うんだがね。戦えば戦うほど強くなるんだよ、俺は」
「だったら、どうして先々週は苦戦したんですか?」
「ありゃ、怪人との相性が悪かったんだよ。水っぽくてぐにゃぐにゃした野郎だったから」
「おまけに光線技も効きませんでしたもんね、あのクラゲの怪人は」
「そうそう、そうだろ? プロミネンサーで体当たりしても跳ね返されるし、ソードで切っても再生しちまうし、突きも蹴りも大してダメージを与えられないし、あれは傑作の怪人だったぜ」
「だから、私が作戦を立てたんじゃないんですか」
「俺は実戦こそ最大の訓練だと思うんだがね。戦えば戦うほど強くなるんだよ、俺は」
「だったら、どうして先々週は苦戦したんですか?」
「ありゃ、怪人との相性が悪かったんだよ。水っぽくてぐにゃぐにゃした野郎だったから」
「おまけに光線技も効きませんでしたもんね、あのクラゲの怪人は」
「そうそう、そうだろ? プロミネンサーで体当たりしても跳ね返されるし、ソードで切っても再生しちまうし、突きも蹴りも大してダメージを与えられないし、あれは傑作の怪人だったぜ」
「だから、私が作戦を立てたんじゃないんですか」
りくは、少し自慢げに唇の端を持ち上げた。
「ああ、感謝してるぜ。あれは俺じゃなきゃ出来ない戦いだった」
サインドは先々週の戦闘を思い出し、マスクフェイスの下でにやけた。りくの立てた作戦はこうである。サインドは、物理攻撃はおろか光線技も効かないクラゲ怪人、ジェロゲに海へ誘い出されるふりをしたのだ。そして、海中に引きずり込まれたサインドは、動きの鈍る水中で交戦したがやはり劣勢は続いていた。当然、ジェロゲの攻撃は激しさを増し、度重なるダメージで動きの鈍ったサインドは海底へと投げられた。だが、それこそが作戦だった。サインドはりくから教えられた海底ケーブルを利用し、ジェロゲに電撃を与えた。同じ海中にいたサインドも多少なりとも電撃のダメージは受けたが、そこはヒーローなので無事に生還した。
「でも、本来ならサインドさんがそういうことを考えなきゃならないんですからね?」
りくの強い言葉に、サインドは辟易した。
「助手に志願したのはりくの方だろ? お前の方こそ、そういうことを考えるのが仕事だろうが」
「ええ、そうですね。私としては、もっともっと戦いのことを考えていたいのですが、サインドさんがどうにもこうにもダメな人なので、私はやるべきことも出来ずに家政婦代わりを努めているというわけです」
「いちいち怒るなよ」
「怒らせているのはどこの誰ですか」
「別に俺は、家のことまでやれっつってるわけじゃねぇんだけどなぁ」
「ああも汚されたんじゃ、嫌でもやりたくなりますよ。それが常識ある人間なら尚のことです」
「ええ、そうですね。私としては、もっともっと戦いのことを考えていたいのですが、サインドさんがどうにもこうにもダメな人なので、私はやるべきことも出来ずに家政婦代わりを努めているというわけです」
「いちいち怒るなよ」
「怒らせているのはどこの誰ですか」
「別に俺は、家のことまでやれっつってるわけじゃねぇんだけどなぁ」
「ああも汚されたんじゃ、嫌でもやりたくなりますよ。それが常識ある人間なら尚のことです」
りくは路地の角を曲がったが、急にその足が止まった。サインドが駆け寄ると、角の先には異形がいた。サインドは荷物を置いてりくの前に立ち塞がり、身構えた。オレンジのバイザーに映った者は、怪人だった。
うねうねと蠢く金属の糸が絡み合った人型の物体は単眼のスコープアイを動かし、ぎゅっとピントを合わせた。引き摺るほど長い両手足からは、イトミミズのように跳ねる鈍色の金属糸が零れ出し、不規則に揺れていた。機械と称するには奇妙な外見の怪人は、ぎしぎしと糸同士を軋ませながらサインドを見据え、丸く口を開いた。
「ききききききき。待ち兼ねたぞ、サニー・サインド」
「デートの約束なんてした覚えはねぇぞ」
うねうねと蠢く金属の糸が絡み合った人型の物体は単眼のスコープアイを動かし、ぎゅっとピントを合わせた。引き摺るほど長い両手足からは、イトミミズのように跳ねる鈍色の金属糸が零れ出し、不規則に揺れていた。機械と称するには奇妙な外見の怪人は、ぎしぎしと糸同士を軋ませながらサインドを見据え、丸く口を開いた。
「ききききききき。待ち兼ねたぞ、サニー・サインド」
「デートの約束なんてした覚えはねぇぞ」
サインドが毒突くと、奇妙な怪人はぎゅるりと左腕を回転させて絡み合わせ、いびつなドリルを成した。
「我が名はメタリング、貴様を葬るために生み出された刺客!」
「もう聞き飽きたんだよ、その枕詞は!」
「もう聞き飽きたんだよ、その枕詞は!」
サインドは駆け出し、メタリングに殴り掛かろうとしたが、拳が頭部を抉る寸前で頭部が弾け飛んだ。否、糸が解けた。ぶわりと大きく広がった金属糸は、サインドの拳が中空を殴り付けた瞬間に収縮した。途端にサインドの右腕が糸の中に捉えられ、固定された。解こうとしても、ぎりぎりと硬く締め付けてきた。
「なっ…」
「きききききき、死ねぇっ!」
「きききききき、死ねぇっ!」
左腕のドリルを振り上げたメタリングは、サインドの頭部を狙ったが、サインドはメタリングの胸を蹴った。メタリングの姿勢を崩させて上体を反らし、その攻撃は回避したものの、右腕はがっちりと固定されたままだ。それどころか一際締め付ける力が増してきて、このままでは腕自体が圧砕されてしまう、との予感が走った。
「サインドさん、これを!」
りくはエコバッグからオリーブオイルの瓶を取り出すと、サインド目掛けて放り投げてきた。
「気が利くぜ!」
サインドは左手でオリーブオイルを受け取り、メタリングの頭部に思い切り叩き付けて瓶を粉々に割った。器を失ったオリーブオイルが糸の一本一本を伝い、広がると、サインドの右腕を戒める金属糸が少し緩んだ。僅かな遊びが出来たことを見逃さなかったサインドは、左手でメタリングの頭部の糸を強引に押し広げた。そして、右腕を引き抜き、油による光沢を帯びたメタリングの頭部を強かに殴り付けてアスファルトに埋めた。
アスファルトに倒れたメタリングは、ぐしゃりと潰れて頭部の糸が崩れ、赤いスコープアイにヒビが走った。これなら、倒せないこともない。サインドはジャケットの襟元を直してから、油にまみれた右手を握り締めた。
アスファルトに倒れたメタリングは、ぐしゃりと潰れて頭部の糸が崩れ、赤いスコープアイにヒビが走った。これなら、倒せないこともない。サインドはジャケットの襟元を直してから、油にまみれた右手を握り締めた。
「さあて、部屋の掃除の前哨戦だ。十秒で片付けてやる」
「ききききききき…」
「ききききききき…」
金属同士が擦れるような耳障りな笑いを上げたメタリングは、頭部を元に戻し、サインドを仰いだ。
「片付けられるのは貴様が先だ」
「いやあっ!?」
「いやあっ!?」
背後で悲鳴が上がり、サインドが振り向くと、りくが何本もの金属糸に絡み付かれていた。
「いた…ぁ…」
細い両手足に容赦なく鋼鉄の糸が食い込み、身を捩るとその度に食い込みが増していくようだった。先程のサインドと同じ状態だが、りくでは訳が違う。彼女の肌や肉など、あっさり切り裂かれてしまう。露出した手首や脹ら脛には痛々しく赤い跡が付き、もう一息擦られれば、血が噴き出してしまいそうだ。恐らく、サインドが本体に集中している隙に、メタリングは己を構成する金属糸を放ってりくに絡めたのだ。
「りく!」
サインドが彼女に駆け寄ろうとすると、ぎゅるりとメタリングは広がり、サインド自身を拘束してきた。
「ききききききき、貴様は確かに強いがアレは別だ。我らの敵にもならぬ、脆弱な人間だ」
ぎりぎりと締め付けられるサインドの顔の脇に、暗い光を宿した赤いスコープアイが迫る。
「貴様は我らの同胞を倒しすぎた。貴様がしてきたように、アレを切り刻んでくれる。ききききききき、一瞬だぞ。ききききききき。綺麗だぞ。ききききききき。骨も肉も千切れるんだぞ。ききききききき」
「お前ら怪人は、倒されても仕方ねぇことをしてっからだよ!」
「お前ら怪人は、倒されても仕方ねぇことをしてっからだよ!」
サインドは関節を軋ませながら抗うが、メタリングは笑い続ける。
「ききききききき。貴様も同じことだ。ヒーローと呼ばれていても、所詮は我らと同じ。我らと変わらぬ。だから、俺とも変わらない。ききききききき」
「黙りなさい!」
「黙りなさい!」
メタリングの卑屈な笑い声を、りくの叫びが断ち切った。
「サインドさんとあなた達を一緒にしないで!」
「ききききききき。耳障りだ。ききききききき。ならば、その喉から切るぞ。ききききききき。一瞬だぞ」
「ききききききき。耳障りだ。ききききききき。ならば、その喉から切るぞ。ききききききき。一瞬だぞ」
メタリングの視線がりくに向くと、りくの体を戒める糸が一本解け、白い首を締め上げた。
「うぐぅっ!」
「調子扱いてんじゃねぇぞ変態がっ!」
「調子扱いてんじゃねぇぞ変態がっ!」
サインドは渾身の力を込めて右腕を上げ、拳にエネルギーを込めてメタリングの頭部を殴り付けた。りくに気を向けていたためか、まともに拳を受けたメタリングは、サインドに絡めていた解き、戻した。だが、まだりくの拘束は緩んでいない。それどころか、サインドが攻撃したために強くしたようだった。バイザーに映るりくの様子は芳しくなく、一刻も早く倒さなければ。だが、未だ勝機が見つからない。
メタリングは糸で体を成している、切っても再生するだろう。金属なのだから、電撃は通用しないだろう。ならば、手段は一つだ。サインドはりくに駆け寄り、横抱きに抱えると、地面を蹴って高々と跳躍した。
メタリングは糸で体を成している、切っても再生するだろう。金属なのだから、電撃は通用しないだろう。ならば、手段は一つだ。サインドはりくに駆け寄り、横抱きに抱えると、地面を蹴って高々と跳躍した。
「ちょっと我慢しろよ、りく!」
サインドの腕の中でりくは小さく頷き、目を閉じた。背後を見やると、メタリングは追ってきていた。全身の金属糸を伸ばしてサインドを掴もうとするが、金属糸自体の長さが足りないので届かなかった。雑居ビルの屋根や給水塔を蹴り、飛び跳ねたサインドは、アパートに隣接したガレージを見据えた。ガレージの正面目掛けて着地すると、サインドに続いてメタリングも現れ、ぐにょりと潰れて着地した。
サインドはりくを抱えたまま指を弾くと、ガレージのシャッターが騒音を撒き散らしながら独りでに開いた。外界からの光が差し込み、闇が晴れると、サインドの外装と近しい色合いの大型バイクが控えていた。どるん、とエンジンを噴かしてマフラーを鳴らしたバイク、プロミネンサーは忠犬のように主に添った。
サインドはりくを抱えたまま指を弾くと、ガレージのシャッターが騒音を撒き散らしながら独りでに開いた。外界からの光が差し込み、闇が晴れると、サインドの外装と近しい色合いの大型バイクが控えていた。どるん、とエンジンを噴かしてマフラーを鳴らしたバイク、プロミネンサーは忠犬のように主に添った。
「行くぜ、プロミネンサー!」
りくを抱えたサインドはプロミネンサーに飛び乗ると、片手でスロットルを回してエンジンを噴かした。
「シャイニングバーストォオオオオッ!」
サインドを中心に赤い閃光が迸ると、プロミネンサーはその名に相応しい炎の鎧を全身に纏った。焦げるほど高速回転したタイヤがアスファルトを噛み、凄まじい熱量を持った戦士とマシンが飛び出した。メタリングとの距離は十メートルもない。一瞬と呼ぶには速すぎる速度で両者は接し、一方が蒸発した。
悲鳴にも似たブレーキ音を立てながら停止したプロミネンサーは、炎を解き、エンジンを咆哮させた。サインドが振り返ると、メタリングの影はなく、どろどろに溶解して真っ赤に熱した金属の海が出来ていた。その中に赤い単眼が沈み、弾けた。サインドが彼女を見下ろすと、りくを戒めていた金属糸が外れていた。喉を解放されたりくは、げほげほと咳き込んでから、前髪をいじって恨みがましくサインドを見上げた。
悲鳴にも似たブレーキ音を立てながら停止したプロミネンサーは、炎を解き、エンジンを咆哮させた。サインドが振り返ると、メタリングの影はなく、どろどろに溶解して真っ赤に熱した金属の海が出来ていた。その中に赤い単眼が沈み、弾けた。サインドが彼女を見下ろすと、りくを戒めていた金属糸が外れていた。喉を解放されたりくは、げほげほと咳き込んでから、前髪をいじって恨みがましくサインドを見上げた。
「サインドさん。前髪が焦げたんですけど」
「文句言うなよ、これしか手段がなかったんだ」
「文句言うなよ、これしか手段がなかったんだ」
なあ、とサインドが声を掛けると、主に答えるようにプロミネンサーはヘッドライトを点滅させた。
「プロミネンサーが偉いのは認めます。でも、サインドさんの扱いは荒すぎます」
サインドの胸を押して下ろさせたりくは、プロミネンサーのカウルを撫でた。
「ねえ、プロミネンサー?」
りくが微笑みかけるとプロミネンサーは鋭く警笛を上げたので、サインドは唸った。
「…お前らなぁ」
「早く戻らないとせっかく買ったものが盗られちゃいますよ、サインドさん」
「早く戻らないとせっかく買ったものが盗られちゃいますよ、サインドさん」
りくが曲がり角の先を示したので、サインドはプロミネンサーから下りた。
「解ってるさ、それぐらい」
「私も用事がありますから行きますけどね。さっき、オリーブオイルをダメにしちゃいましたから」
「解ってるさ、それぐらい」
「私も用事がありますから行きますけどね。さっき、オリーブオイルをダメにしちゃいましたから」
りくがサインドに続くと、プロミネンサーが存在を主張するように前輪を上げた。
「プロミネンサーは良い子でお留守番しているんですよ。ね?」
りくが窘めるとプロミネンサーは素直に従い、バックしてガレージの中に消え、シャッターが閉まった。その様を、サインドは若干複雑な気持ちで見ていた。相棒が助手に懐いたのは良いが、懐きすぎた。プロミネンサーはサインドよりもりくの言うことを利くようになってしまい、今ではサインドは二番目だ。
「なあ」
サインドはりくの少し前を歩いていたが、一旦立ち止まって彼女に向いた。
「なんですか、サインドさん」
「たまには俺を労ってくれよ、今だって頑張って戦ったんだぜ?」
「もちろん、それは認めていますよ。サインドさんは、世界を守るために不可欠な男です」
「そう思うんだったら、もうちょっと、こう、あるだろ?」
「何がですか」
「たまには俺を労ってくれよ、今だって頑張って戦ったんだぜ?」
「もちろん、それは認めていますよ。サインドさんは、世界を守るために不可欠な男です」
「そう思うんだったら、もうちょっと、こう、あるだろ?」
「何がですか」
訝しんだりくに、サインドは腰を曲げてマスクフェイスを寄せた。
「ない、とは言わせないぜ?」
オレンジのバイザーに映るりくの顔は、不愉快げにしかめられたが、頬の血色が良くなっていった。
「もう…。今回だけですからね」
りくは苛立ちを押し殺したような、だが心なしか上擦った声で呟き、かかとを上げてサインドに近付いた。冷ややかな銀色のマスクに花びらのような唇が触れたが、それは数秒にも満たず、りくはすぐに離れた。
「おう、充分充分」
サインドが笑うと、りくは足早にサインドの横を通り過ぎた。
「私は買い直しに行きますからね! サインドさんは荷物を持って帰って、掃除をしていて下さいね!」
「りくのカレーのためだ、頑張るっきゃねぇだろ」
「りくのカレーのためだ、頑張るっきゃねぇだろ」
サインドがその背を見送りながら呟いたが、りくの背は角を曲がっていったので、聞こえなかっただろう。金属の肌で感じられるのは、彼女の暖かな体温と吐息ぐらいなものだったが、それだけでも満足だ。サインドはりくに何かしらのことを言わせる気だったが、まさかキスをしてくれるとは、思い掛けない幸運だ。意地っ張りで気の強いりくのことだから、言うよりも楽だからそうしたのだろうが、それはそれで嬉しい。
サインドは姿が見えなくなったりくに目掛けてキスを投げてから、荷物を放置してきた場所を目指した。りくを落とすのは怪人を倒すよりも厄介だが、だからこそやりがいがあるというものだ、と内心でにやけた。
世間から注目されているヒーローである以上、言い寄られた女性の数も少なくないが、りくだけは特別だ。鋼鉄の板の如く靡かないし、滅多に弱みを見せないが、その一方でサインドへの好意を隠し切れていない。それがまた可愛らしいから困らせてみたくなるが、あまり困らせすぎると本気で怒られるから自重している。早く部屋に戻り、部屋中を片付けて、りくのお手製カレーを頂こう。それが、今のサインドには最重要事項だ。
世界は大事だ。だが、愛すべき助手はもっと大事だ。
サインドは姿が見えなくなったりくに目掛けてキスを投げてから、荷物を放置してきた場所を目指した。りくを落とすのは怪人を倒すよりも厄介だが、だからこそやりがいがあるというものだ、と内心でにやけた。
世間から注目されているヒーローである以上、言い寄られた女性の数も少なくないが、りくだけは特別だ。鋼鉄の板の如く靡かないし、滅多に弱みを見せないが、その一方でサインドへの好意を隠し切れていない。それがまた可愛らしいから困らせてみたくなるが、あまり困らせすぎると本気で怒られるから自重している。早く部屋に戻り、部屋中を片付けて、りくのお手製カレーを頂こう。それが、今のサインドには最重要事項だ。
世界は大事だ。だが、愛すべき助手はもっと大事だ。
#ref error :画像を取得できませんでした。しばらく時間を置いてから再度お試しください。