人外と人間

改造人間×吸血鬼娘 いつか、道の果て 2

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いつか、道の果て 2 5-177様

「昨日まで、この部屋を出ようとしなかったんだよね、あの子」
目を覚ました彼に、その少年は言った。
「マリィ・アトキンス。かと思えば、君が目を覚ますや否や顔を出さなくなるし。何、ツンデレ?」
共生派組織『ウィリー・ウィリー』、医務室に、簡易病棟の並ぶ階層は今、前の戦闘で運び込まれた人と、異種とで賑わっていた。目の前の少年はいわばこのフロアのナンバーツー。専属医師であるシュッツマンの下、実務を一手に引き受ける人物だ。
「部屋で寝てろって言ったんだけど。聞かなくってさ」
舘石桜花。さる島国の名門の出で、混血のサラブレット。ポテンシャルの高さが公に知れた血統の常として、惨澹たる日々を過ごしていたらしい―――そう聞きはしたが、かの島国の国内事情は情勢にまるで明るくない彼には無縁のこと。
「驚かないね」
アラムの反応を見て、彼は僅かに驚いたようだった。知ってたのか、と。
「……夢かと思ってたんだよ、半分」
気づいたとき、彼は水の静寂のなかに一人だった。
空調と生命維持装置の鈍い唸りだけが響く室内。全ては幻のように、それでも、泣き出しそうな双眸を、忘れる筈もない。
少女の存在感は、負極に振れているがゆえにひどく確固としていた。
触れた記憶は、確りと焼きついている。命の気配が希薄な。つめたい体温。
彼の様子に何を思ったか、少年がそりゃそうか、と肯定いた。
予備知識の通りならばこの少年、彼と綺麗に一回りは歳が違う。話の渦中の人物、かの異種の少女よりも歳下。外見はまさにその通りなのだが、彼に相対する振る舞いに、年長者への敬意などは皆無。エージェントとして、ウィリー・ウィリーとは半ば敵対的な立場にあった頃より幾度か話しているが、この行動原理が某かの自信に裏付けられてのことか、単純にその数奇な来歴に拠るものか、判断がつきかねている。
「医務室に引っ張っていくいい機会だと思ったのに。一週間待ってこれだよ? 」
あてが外れた、逃げられるようなことでもしたの?そう問うてきた少年に、うんざりしながら言葉を返す。
「覗きの趣味でも?」
回診は、一日一回。そこまで頻繁にこの舘石の顔を見た記憶はない。
うんざりとした様子で問うた彼に、白衣の少年は、けらけらとわらった。
「亜里沙が気にしてたんだ」
亜里沙、とは看護師の女性だ。舘石の部下、といっても彼女のほうが歳上だが、本国では彼の従者のような立場であるらしい。一見すると淑やかな女性だが、お節介の度を越えた他者への献身ぶりに、それを可能とする看護師としての有能さは、どうみても常人のそれではない。彼らに限らず、実の兄の率いる組織の構成員たちはあくの強い者ばかりだ。こうして身を置くなりゆきになる以前より、幾度呆れかえることになったか知れない。
しかし、必ずしも外向的でない性格であるところのアラムが、こうして付き合いの浅い相手に自分等の内情を語るっているのも、この場の特殊性あってのことに違いなかった。
(……兄さんの所為か)
その点だけは認めざるを得ない。
その場にはいなくとも、兄の強烈な人間性がこの場には残っている。袂を分かって長かったとはいえ、家族であるというだけで、いくら警戒しようともあの人物へ無条件に気を許してしまう―――その、延長。そんな甘さが自分の裡に残っていた事実を疎むべきか、あるいは喜ぶべきなのか。
「カウンセラーは間に合ってるよ」
他人には到底世話を焼かれたくない領域に気を回されている気がして、答えた。
「元・異種対策室のエージェント。ここじゃ警戒されるだろ?」
患者のメンタル・ケアは医者の務めなんだ。
「……年長者を礼う姿勢は褒めてやる」
嘆息。
「けど、子供が大人をからかうのは感心しない」
つれないなぁ、少年が、そう言って、こちらもにやりと唇の端を持ち上げる。

「あんたが精製者じゃなきゃ、とっくにこの世からサヨナラしてたとは思うけどね。
 回復は順調。代謝速度なんかの異常もなし。術式を受けてから長いのに、
 ノックバックが全く出てないのがちょっと心配だけどね。まぁ、さしあたっては
 気にする必要もないと思うよ」
 あとは向こう二週ばかり、無茶やらないで真面目に薬飲んでれば無問題。
かりかりと、ペン先が紙を削る音。ズルいよなぁ、とそんなつぶやきが混じる。
「……何が」
「ヒョロい癖に肉ついてるじゃん、お兄さん」
少年の指先が探り出すのはさらにもう一枚、別のカルテ。
名前は確認する間でもない。面倒な話になりそうだと直感した。それでさ、と舘石。
「アンタの方はそんなに心配してないんだ。本音を言うと、あの子のほうが心配。
 此処に来たときに検査させてもらった結果がこれだけど……今、普通にその辺
 歩いてるのが、不思議。血を受けずに力を使って、そこらの奴ならとっくに
 起き上がれなくなってるのに」
ここで少年、は意味ありげに彼のほうを見た。態度に出ていた、かもしれない。
「心配?」
ふぅん、と少年が笑う。
「RESが上がりっぱなし、REGが低い、特性値は乱降下。自覚が無いはずないんだけど
 なぁ。食事もろくに取ってないし、薬も飲まないし、血の摂取は疎か、血清のスト
 ックも突っぱねるし。最初のころは普通に話せたから、絶滅危惧種にしちゃあ人当
 たり良いなって感心したのにさ」
嘆息ひとつ。
「一皮剥けばすっごい頑固だよね。亜里沙が困ってる。大人しく治療させてくれない
 ―――ここんとこ眠りっ放しだったアンタと違って、動き回るし」
迷惑を掛けられてこその看護師なのに、って、半泣きだよ。
マリィも彼も、「必要と判断すれば相応の社交性を発揮する」点では共通するが、
「必要である」の判断水準はあの少女の方が緩い。端的に言えば、ぱっと見の人当たりは良い。にも関わらず、彼女の薄皮一枚の下、にどうやら彼らは接触することに成功しているらしい。
「一応、確認するけど。あの子、贄に使ってたのは、ひょっとしてあんた一人?」
「僕からでさえ、渋々ね」
「まぁ、あのくらい血が濃ければ、ひとりでも力は振るえるんだろうけど……
 程度ってもんがあるよ。あれだけ消耗して、血を受けないなんて」
「それを僕に言われても、ね。こっちは病人だぜ?」
「知ってるよ。でも、ここで彼女の元々の顔見知りは、あんただけだろ?」
「あの子を捕まえたら一言、医務室にくるように伝えて。それと、これは強制じゃ
 ないけど……一口、飲ませといて。あんたのなら、飲むんだろ?」
事も無げに舘石は言うが、今の状況を鑑みれば、それは相当に怪しい。
「……僕が彼女に逃げられてるってのは、知ってるんだよな」
穀潰しなんだからそれくらいやってよ、と少年が言う。
彼の言い分は正しい。しかし、居候を早々に扱き使うとは。民間組織へ幾度かの潜入経験から鑑みて、その場にいる民間人に協力を頼む、など、小規模な組織では珍しくもない事態ではあるのだが、それでも。
―――彼の内心を知ってか知らずか、舘石が声のトーンを落とした。
「こういう仕事は、亜里沙の担当なんだけど……暴走した連中がやんちゃしてる
 せいで出張続きなんだ。こんな時期に連中のエージェントとウチの保護対象、
 2人揃って転がりこんできたときはどうしてくれようかと思ったさ、ホントにね」
そう云って、少年はまた笑った。
辛辣な言い分をは裏腹に、口調は軽いし、責める色もない。人を使うのに慣れた人間特有の、饒舌さ。実害がない範囲で自分たちの情報を開示してみせるたぐいの。
「あの子の立場も、あんたとうちのボスの関係も面倒だしさぁ」
しかし、メンタルケアも仕事だ、というのも、社交辞令ではないのだろう。少年は、彼らの組織に転がり込んだ居候二名をどうやら本気で気に掛けているらしい。そう、思いかけて――自分も丸くなったものだ、と、アラムは内心で苦笑した。
少年は続ける。ウチは迫害される連中を庇護する組織、ってことになってるから。
「守りきれなかったってオチは、ね。俺の上司はドライだから飄々としてるだろうけ
 ど……ボスとか亜里沙とか、かれらが落ち込むのはあんまり見たくないかな」
離し終えた舘石が腰を上げる。
ありふれた、どこにでもある、工業製品然としたパイプ椅子。
記憶の中で、『彼女』が腰掛けていたのと同じものだった。

(……マリィ)
あの白い少女を、思う。
けれど、感情はどこか乖離していた。
何を間違えたのが泝ろうにも、因果の細糸のもつれは酷く、解き解すにも面倒で。
「リハビリが必要なら、2階の娯楽室の隣に設備があるから、そこ使って」
それが、白衣の少年の立ち去り際の言葉。与えられた部屋を出て、それから、およそ半日。
探し人を見つけたのは、日暮れ刻にさしかかる頃だった。
『ウィリー・ウィリー』が利用しているビルの使用階をくまなく歩き回って、ようやく行き当たった一角。サンルームとして利用されている屋上階の片隅。

少女は、赤い陽に溶けそうに立っていた。

はじめて出会ったときを思い出す。同じだ。逆光、伸びた影、彼女。
けれど、あの日とは何もかもが違う。
あれは午後、昼下がり。スラムの路地裏は混沌として、冬の陽光は柔らかかったし、少女の佇まいは今とはまるで違っていた。あのとき生命力に溢れて見えた少女は今、間逆に、まるで消え入りそうに見える。その存在感が彼の目を惹きつける事実だけは変わりがなかったけれど。
異種たちの『王』と呼ばれた男の、ただ一人の直系。
彼がかつて、徹底的に傷つけた少女。

「マリィ」
現実離れした光景の中、無感情に―――少女が振り向く。
彼の名を、青褪めた唇が績ぎかける。逡巡と見えたのは、錯覚か。
虚脱した瞳が、ふっと焦点を結んだ。
「久しぶり。探したよ」
片手を挙げる。
ひとつ被りを振る、仕草。顔を上げれば、そこに居るのは、彼の良く知る、いつもの彼女だった。愛想のまるでない声音が、ことばを紡ぐ。
「探される理由が、思いつかないのだけど」
「僕が目を覚ましてからも、顔を合わせていなかったからね」
「……そう」
少しだけ眉を寄せた少女が答える。淡々と。
アラムが知る限り、普段の彼女は表情豊か、だ。器用に、笑顔で真意を覆い隠すことすらやってのける。年相応の感受性を持っている癖に、大抵のネガティブな感情は笑って押し隠してしまう。
けれど、目下の果てしなく愛想の足りない反応も、彼と彼女のやりとりに限って言えばいつものことだった。
アラムに対しては、彼女は笑顔をつくらない。必要ならば嘘をつく、裡に秘めた憎しみを隠さない―――それが、彼と彼女の関係において誠実たりえる唯一の条件なのだと、そう信じているように。
ワンピースにカーディガン一枚の、軽装。丸一日、食堂にも顔を出していなかった事実も耳にしてはいたものの、探したことを、当人に教えるつもりはない。
「『医務室に顔を出すように言え』って。伝言を頼まれた」
伝えると、少女は当惑げに首を傾げた。
「どうして、貴方に?」
「君の顔見知りはここでは僕だけだから、ってさ」
「オウカのところへなら……一昨日、行ったのに」
「毎日顔を出せって指示なんだろう?注射が怖い年頃でもないだろうに」
揶揄する口調で告げると、
「此処の人たちは、心配性が過ぎるの」
そう、返辞がかえってくる。拍子抜けするほどに会話は潤滑だった。
最後に話してから実に2週間のブランクも、これではまるで感じられない。
しかし、その事実が彼を僅かに戸惑わせる。
彼女を探す道すがらずっと、どう辯しかけたものか迷っていたのに。
いつものとおりだ。
互いに意識を張り詰めさせて、けれど、それでも砕けた調子を粧って。
その軽さも、これまで通り。二年間、道行きを供にしたふたりが確立した、もっとも摩擦のすくない方法論に同じ。

内面に踏みこまないように、境界を踏み越えないように。
「……」
ガラス張りの部屋は真っ赤な虚空に浮かぶ船のよう。
「傷は。まだ、痛む?」
「少しね。寿命は半年くらい縮まったかもしれない」
褒めてくれる?冗談めかして問えば、軽い返辞が返ってきた。
「真逆」
すげなく言って、白い少女は酷薄に目を細める。
「わたしとあなたは、共犯者。……わたしの目的の為でなく、あなたの目的
 のためでもなく。それなのに、無駄な血を流してまでわたしを助けて欲しい
 なんて、そんなことを頼んだ覚えはないもの」
逆光。だから、少女の整った容貌に浮かぶ表情は、全く見てとれなかった。
用は終わり?それだけを告げて、少女が踵を返そうとする。 
薄っぺらなワンピースの裾が、純白の髪が、そっと揺れる。
「……血は」「いらない」
すれ違いざまに、ごめんなさいと囁く声。
(―――幻聴?)
そう思ってしまうほどに、微かな囁きだった。
振り返るも、彼女はもう其処に居ない。

その手を取れなかったと、後悔と共にらしからぬ思いが去来して、ようやく彼は気づいた。
(お節介な連中が、気を回すわけだ)
今の彼女を前にして、なるほど。ひどく、胸が噪いでいたことに。






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