人外と人間
改造人間×吸血鬼娘 いつか、道の果て 7
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いつか、道の果て 7 5-177様
苦しげに眉を寄せた、無防備な彼の顔を脳裏に残して、しばし。
しん、と部屋が冷えていることに気付いたのはほんの少しあとだった。
途切れて、千切れた直後の意識は、手狭な客室で、宙に浮かんだきり。
傍らにまだ、彼の体温が在ることに安堵する。まだ、ほど近く。
滲むような下腹の倦怠感は、不可解な切なさは、行為の残したもの。
男女の営み。血を受けることとも違う行為。
しん、と部屋が冷えていることに気付いたのはほんの少しあとだった。
途切れて、千切れた直後の意識は、手狭な客室で、宙に浮かんだきり。
傍らにまだ、彼の体温が在ることに安堵する。まだ、ほど近く。
滲むような下腹の倦怠感は、不可解な切なさは、行為の残したもの。
男女の営み。血を受けることとも違う行為。
それでも、異種、元・被実体、歓楽街育ち。
(優しくされていた、ことはわかる)
さいごの瞬間、見たものを。身体の奥、胸の奥で未だ消えない熱を思う。
けれど、きっとこれは、自分を守る為には、忘れてしまうべきもの。
そのくせ未だ手放せないそれは、
(愛着。執着……それとも)
ずっと、おそらくは彼女の内側にあったもの。
言葉にすることが誠実なのかそうでないのか、わからなかった。
(階下、は)
思いを巡らせる。
今もふたりが無事なのだから、何もなかったのだろうけれど。
(優しくされていた、ことはわかる)
さいごの瞬間、見たものを。身体の奥、胸の奥で未だ消えない熱を思う。
けれど、きっとこれは、自分を守る為には、忘れてしまうべきもの。
そのくせ未だ手放せないそれは、
(愛着。執着……それとも)
ずっと、おそらくは彼女の内側にあったもの。
言葉にすることが誠実なのかそうでないのか、わからなかった。
(階下、は)
思いを巡らせる。
今もふたりが無事なのだから、何もなかったのだろうけれど。
何故いまになってこんな場所で。
ずっと、近くにいたのに。疑問を、口に出して問うたわけでもない。けれど、
「どうして、だろうね」
独白だろう。意識が戻ったことは知らせずに、マリィは黙って、低く紡がれる彼の声に耳を済ませる。そうでなければ消えてしまいそうな言葉。
「こんな、まるで路地裏の子供みたいに、流されるまま」
好きだ。
最後は、独り言葉の続きのように。
聞かないふりをすべきだと思った。
(―――卑怯でも)
否、卑怯なのはどちらだろう?
無茶な二者択一を迫って、彼女に触れた彼か。逃げ続けてきた癖に、最後の最後まで拒絶し続ける頑なさを固辞できなかった彼女か。
ずっと、近くにいたのに。疑問を、口に出して問うたわけでもない。けれど、
「どうして、だろうね」
独白だろう。意識が戻ったことは知らせずに、マリィは黙って、低く紡がれる彼の声に耳を済ませる。そうでなければ消えてしまいそうな言葉。
「こんな、まるで路地裏の子供みたいに、流されるまま」
好きだ。
最後は、独り言葉の続きのように。
聞かないふりをすべきだと思った。
(―――卑怯でも)
否、卑怯なのはどちらだろう?
無茶な二者択一を迫って、彼女に触れた彼か。逃げ続けてきた癖に、最後の最後まで拒絶し続ける頑なさを固辞できなかった彼女か。
「聞かない」
滑り出たのは拒絶。けれど、紛れもない返答。
「どうして、今、そんなこと言うの」
辛うじて言葉を、繋ぐ。
「なんで、今になって」
……やっと、全部諦めて、なのに。そんな筈はなかったのに。
憎しみも悔しさも重ねられた悲しみも、消えない。
消えないままで、けれど、相容れないものもまた、積みあがって行く。
傍で時間を重ねた、よく似た種類の孤独を抱えていた、たったそれだけの理由で。
「ごめん」
けれど、耳元にじかにアラムの声が響いて、息を詰める。
背を手繰る、手のひらの感触。幾度となく。
全身の力が抜ける。人間の熱量に安堵してしまう。息を、吐く。
「私はきっと、貴方を」
私の存在は―――殺す。殺してしまう。
(あのときの、ように)
吐息だけで、そう告げる。覚えている。何もかも。
滑り出たのは拒絶。けれど、紛れもない返答。
「どうして、今、そんなこと言うの」
辛うじて言葉を、繋ぐ。
「なんで、今になって」
……やっと、全部諦めて、なのに。そんな筈はなかったのに。
憎しみも悔しさも重ねられた悲しみも、消えない。
消えないままで、けれど、相容れないものもまた、積みあがって行く。
傍で時間を重ねた、よく似た種類の孤独を抱えていた、たったそれだけの理由で。
「ごめん」
けれど、耳元にじかにアラムの声が響いて、息を詰める。
背を手繰る、手のひらの感触。幾度となく。
全身の力が抜ける。人間の熱量に安堵してしまう。息を、吐く。
「私はきっと、貴方を」
私の存在は―――殺す。殺してしまう。
(あのときの、ように)
吐息だけで、そう告げる。覚えている。何もかも。
そして、アラムは、腕の中の彼女を、見下ろす。震えていた。
折々の負傷、『反動』の悪化、そういった事はあっても、行為に至ったのは初めてだった。しかし、肌に触れる近さに至ったのはもとより初めてではない。彼女がその身に傷を負う度、血を与えた回数は数知れず。けれど、
「僕がそんなに柔じゃないことは、君だって知ってるだろうに」
―――思い起こすのは、彼を抱きとめた少女の、彼の為に泣いた彼女の、こと。
そして、最後のときに見た、少女の、世界。
からっぽだった頃の彼女が、瞳に映していたとおそらくは同じもの。
(君は、あれに怯えるのか)
それならと彼は思う。それなら。
マリィが抱く虚無は今も、彼女を苛んでいるのだろうけれど。
白い少女に出会ったとき、正しく恐怖の根源だった「あれ」を垣間見ても、彼は、今の彼は、何も感じなかった。
―――時間は過ぎたのだ。彼女の中でも、彼の中でも。
彼女が変わったように、彼もまた変わった。それは、幸か不幸か。
「簡単には死なない」
だから、簡単に口にできる。
異種と人間、彼と彼女を取り巻く全てを理解すれば、未来のない言葉と知っていても。
折々の負傷、『反動』の悪化、そういった事はあっても、行為に至ったのは初めてだった。しかし、肌に触れる近さに至ったのはもとより初めてではない。彼女がその身に傷を負う度、血を与えた回数は数知れず。けれど、
「僕がそんなに柔じゃないことは、君だって知ってるだろうに」
―――思い起こすのは、彼を抱きとめた少女の、彼の為に泣いた彼女の、こと。
そして、最後のときに見た、少女の、世界。
からっぽだった頃の彼女が、瞳に映していたとおそらくは同じもの。
(君は、あれに怯えるのか)
それならと彼は思う。それなら。
マリィが抱く虚無は今も、彼女を苛んでいるのだろうけれど。
白い少女に出会ったとき、正しく恐怖の根源だった「あれ」を垣間見ても、彼は、今の彼は、何も感じなかった。
―――時間は過ぎたのだ。彼女の中でも、彼の中でも。
彼女が変わったように、彼もまた変わった。それは、幸か不幸か。
「簡単には死なない」
だから、簡単に口にできる。
異種と人間、彼と彼女を取り巻く全てを理解すれば、未来のない言葉と知っていても。
「貴方の約束なんて信じない」
宜も無い返答。このときにはもう、いつものマリィだった。
彼のよく知る彼女。だから、笑って返す。
「なら、無しでいい」
ふと、光景が音を失う。
肌越しに伝わる体温だけが、世界の全てであるかのような錯覚。
―――ああ、ここなら。
きっとこの世界なら、最後に見たあの光景が、彼女を苦しめることは無いだろう。
何の根拠もなく、思った。それから、少女が額をぎゅっと押し付けて、そのまま二人、黙り込む。小さく白い少女が、マリィが囁く。
驚きか。少女が目をひらく気配があった。
宜も無い返答。このときにはもう、いつものマリィだった。
彼のよく知る彼女。だから、笑って返す。
「なら、無しでいい」
ふと、光景が音を失う。
肌越しに伝わる体温だけが、世界の全てであるかのような錯覚。
―――ああ、ここなら。
きっとこの世界なら、最後に見たあの光景が、彼女を苦しめることは無いだろう。
何の根拠もなく、思った。それから、少女が額をぎゅっと押し付けて、そのまま二人、黙り込む。小さく白い少女が、マリィが囁く。
驚きか。少女が目をひらく気配があった。
思い出す。
ほぼ絶えず傍らにありながら、互いに、ずっと1人だった。
終わりのある道行きと知って。
それから、マリィの頭を掻き抱いた。
僅かに熱を宿した、華奢な身体を。自らの両腕で。
ほぼ絶えず傍らにありながら、互いに、ずっと1人だった。
終わりのある道行きと知って。
それから、マリィの頭を掻き抱いた。
僅かに熱を宿した、華奢な身体を。自らの両腕で。