第17話
「本来私達はこれから殺す相手と仲良くお話なんてしません。迅速に確実に葬るだけです。が、どうでしょう流星矢、すこしお話しませんか? あなたにとっては最後の会話ですし」
何を、話すというのだろう。何も話すことなどない。これからできる限りの抵抗をして、滞ることなく殺されるだけなのに。
「怯えているのですか? 流星矢。心配しなくても良いですよ。私はあなたを本気でぶち殺そうなんてこれっぽちも思っていません。私はあなたを軽く、そうですね、例えば蟻を潰すくらいの感覚で殺すだけですから」
「俺は…蟻じゃねえ…」
「いえいえいえいえいえいえ。私にとっては蟻もあなたも大差ないです。あえて言うならば蟻よりあなたの方が少し大きいというくらいですかね」
「どっちにしても、俺を殺す気で居る奴と仲良くお喋りなんかしたくねえ」
「そうですかそうですか。死に急ぎますか流星矢。それもまた良いでしょう。傑作ですよ流星矢。では予定通りに死んでもらう前に、良いことを教えましょう」
「…なんだよ」
「私の、存在しないはずの、通り名」
ソラが、微笑む。悪戯を思いついた子供の様な、そんな純粋な微笑み。
そして。
告げられた。
有り得ない名を。
「私の通り名は、『覇王』ソラ。冒険者なら、知っていますよね?」
知らないはずがない。
誰もが憧れ、誰もがその存在を信じなかった。
その幻の『覇王』は、正真正銘の人間で、正真正銘のたったの一人で、五匹以上の龍を狩った。噂だ。噂でしかない。誰も見たことないし、一度も証拠を持って帰っていない。故に誰もが憧れ、誰もが信じていなかった。
有り得ない。信じない。人間が龍を倒すなんて不可能だ。一年前の龍殺しだってそうだ。リオが居たからなんとかなったようなもの。間違うことなく人間で、間違うことなくたった一人で、龍を狩ったなど有り得ない。
「…嘘だ…。覇王なんて…存在しない…」
声が震える。存在して良いはずがない。自然の摂理を一方的に無視して超越して不自然すぎるほどに不自然な覇王なんて、存在して良いはずがない。もしも仮に存在しているとしたら、もはやそれ自体が罪だ。
「さっきより脈拍があがってますね。声も震えています。いえいえ、声だけでなく体も震えていますね。そうかもしれない、と思っているのでしょう?」
「覇王なんて…いるはずが…いるはずが…ない…」
言い聞かせるように呟く。
「では証拠を見せましょう。私、実はけっこうお遊びが好きなんです」
また、無邪気な微笑み。どうして、どうして、そんな風に、子供みたいに、笑えるのか。闇商会に所属し、沢山の人を傷つけ、狂わせ、僧侶のふりをし、シィルを殺し、これからディスレイファンを殺そうというのに。それなのにどうして、そんな風に笑えるのか。
ソラは瞳を閉じ、深呼吸し、瞳を開く。それから「爆裂」短く呟いた。
真っ赤なエネルギーが、ソラを包む。そして。衝撃波がディスレイファンを襲う。かろうじて、堪え、ソラを見つめる。人の目に映るほどの強大な赤いエネルギーがソラの周りで渦巻く。時々、雷の様に光がはじける。大地は振動し、ひび割れ、コロシアムの壁にまで、ヒビが入る。
正真正銘の覇王がそこに居た。
偽ることなく人間で、偽ることなくたった一人で、五匹以上の龍を狩った幻の覇王がそこに居た。
誰もが憧れ、それ故に現在の国王、ミラクルは『覇王の階位』を作った。誰もがその覇王の真似事に浸り、甘い夢を見た。真似事でもなく本物の覇王がそこに居た。
誰もがその存在を信じなかった。噂の一人歩きだと笑い飛ばした。その居ないはずの覇王がそこに居た。
「どうでしょう? 信じましたか? どうでしょう? 絶望しましたか? どうでしょう? まだ正気をたもっていますか? どうでしょう? 流星矢」
信じた。絶望した。正気じゃない。これほどの魔力を見せ付けられ、信じない奴はどうかしてる。絶望しない奴はどこかいかれてる。正気を保てる奴の精神は人間の領域を超えている。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
「矢嵐! 流星! 百花繚乱秋風の狂詩曲!」
恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖。恐怖に駆られた攻撃。そんな攻撃に、意味などあるものか。
「全方位防壁、オールメディオス」
有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。全方位に張り巡らされたエネルギーの盾は、全ての矢を打ち消し、かき消し、弾け飛ばし、地に落とした。
「正気を、失いましたか。残念です」
正気でなどいられるものか。覇王を前にして正気でなどいられるものか。その覇王が自分を殺そうとしているのに正気でなどいられるものか。絶対的な死を突きつけられ正気でなどいられるものか。
「もう良いです。安らかに眠って下さい。…気弾」
ソラの周囲に、エネルギーの塊が五つ、ふわふわと浮かぶ。光を放ちながら。死を歌いながら。
くいっ、とソラが左手首を動かす。刹那。五つの気弾の内一つが、消える。消えたとほぼ同時に、ディスレイファンに炸裂する。光速で、爆ぜる。衝撃で、数メートル吹き飛ばされる。
たった一撃で動くこともできないほどのダメージ。瀕死。こんな者に、こんな者に、覇王に、勝てるはずがない。
もしも、まともにこの覇王と戦える者が在るとすれば、三柱龍…トリニティか、アレ…龍を喰らう者と名付けた化け物か。
「さよなら流星矢」
残り四つの気弾が、全てディスレイファンに炸裂した。光速で爆ぜた。意識が吹っ飛んだ。
確かにソラは言った。リオが居ても何も変わらないと。その通りだろう。例えこの場にリオが居たとしても、この結果は変わらなかっただろう。
to be continued
コメント
- 覇王って…「阿修羅覇凰拳」使ったりするのだろうか?w -- Kengo
- その予定だったけど、表現できそうにないのでやめましたw -- 葉奏
- むっちゃRO入ってるwwww そこで金剛だ!w -- ハジャ