第22話
葉奏でもハカナでもなく、最悪でも姫でもなく、そいつは、呟く。
「機嫌は、最高に、最低だ」
魔王にして災厄。災厄にして魔王。血啜りの龍リュカがそこに居た。葉奏の姿で。ハカナの姿で。そこに居た。
「背中が、痛い。おいロクデナシ、これはどういう状況だ」
ミラクルに、話を振って来た。尚徳ではなく。最高の、状況。答えは決まっている。すでに決まっている。
「そっちの魔人が、姫をナイフで刺し殺したんだよ。うちらも必死に抵抗したけど、魔人が強すぎてさ…」
「ほう。魔人か。久しぶりに見たな、魔人なんて存在は」
リュカがシャナンを上から下まで舐める様に見る。リュカの興味はシャナンへ。計画通りに。予定通りに。あとはただ、安全な位置からシャナンが滅ぶのを見ていれば良い。
「…裏切り者、眠り姫、今度は、何だ? お前は、何だ?」
「くくくっ。俺が、何かって? 血啜りさ。血啜りの龍リュカ様さ」
両手を大袈裟に広げてみせる。
「血啜りの…龍だと…ふざけやがって…」
シャナンが剣を構える。リュカは腰の辺りの棍棒の様な小さな鉄塊を握った。その鉄塊は、葉奏がお守りだと言って常に身に着けていたもの。
リュカが鉄塊をシャナンへとかざす。シャナンが剣を振り…。
シャナンの右手が爆ぜた。完全に木っ端微塵に。肩の辺りから消えて無くなった。次にシャナンの左手が爆ぜた。右手と同じく木っ端微塵に。
鮮血の、花が、綺麗に、綺麗に、咲き乱れ、真っ赤な、真っ赤な、血液が、噴出し、染める、地獄絵図。
「ぐああああああああああぁぁあっぁああ」
シャナンが、まるで断末魔の様な、そんな叫びを、もがきながら、のた打ち回りながら。
「魔弾の射手。俺の魔弾は龍をも貫く。俺の魔弾は龍でも眠らせる。知っているか? これが魔弾だ。そして俺が魔弾の射手。この鉄塊が、魔銃だ」
鉄塊、魔銃を弄びながら。自慢するように。見下すように。高圧的に。
「うわぁ…ひどい有様だじょ」
宙からの声。その声は、聞き覚えがあった。
「いつから見ていた、癒浄の龍、クー・ピニオンクロゥ・ピーツ。とりあえず降りて来いよ」
「略して呼べっていつも言ってるじょ。ちなみにさっき来たばかりだじょ」
クー・ピニオンクロゥ・ピーツ…くぴぴが、宙を舞い、華麗に、可憐に、地に足を着ける。
「くくくっ。怒った顔がまた可愛いねぇ」
「褒めても何も出ないじょ」
まるで、まるで、シャナンの両腕を奪ったことなど、シャナンがのた打ち回っていることなど、まるで、気にしていないかの様に。
「あー。魔人だじょ。魔人は、うーん。蘇生させるじょ?」
今更、気付いたらしい。シャナンが魔人だと。
「俺に聞くな」
「んー。分かんないじょ。どうすればいいじょーーー」
くぴぴが頭を抱えてうんうん唸りだした。蘇生させられては、困る。ミラクルが心の中で呟く。
「しゃーねー。原型無くしてやるよ」
リュカが、地面を転がりまわるシャナンへ、魔銃を向ける。
「リュカ…くぴぴはあんたのこと誤解してたじょ。あんたは天上天下唯我独尊の俺様至上主義で自分を中心に星がくるくる回ってて逆らう者は皆殺し、娘以外はどうでも良い、最低最悪天下無敵の大魔王、この世の災厄リュカだと思ってたじょ。実はほんの少しは優しい気持ちもあったじょ」
ひどい言われように、リュカが、ため息を漏らす。
「おいおい、俺ってそんなヒドイ奴だっけか?」
と。冗談を、返した時。その時。何かが、煌いた。煌いて。リュカに炸裂した。光速で、爆ぜる。衝撃で、吹っ飛ぶ。何が何だか分からないままに、魔銃を落とす。攻撃を、感知できなかった。血啜りの龍が、魔王が、災厄が、攻撃を、感知できなかった。
不意打ちとはいえ、ダメージが大きすぎる。一体何をされたのか、想像すらできなかった。
「痛ぇぞ、くそったれが。どこのどいつだ」
リュカが立ち上がる。
そして。
ミラクルの願いは見事に打ち破られた。
ミラクルの祈りは見事に神に届かなかった。
覇王が、そこに居た。
絶対者がそこに居た。
超越者がそこに居た。
ソラが、覇王が、シャナンに駆け寄る。
「あぁ、シャナン様、なんてこと、なんてことなんてこと…すぐに治癒します、すぐにすぐにすぐに」
ソラがシャナンに手をかざし、治癒のエネルギーを送る。
血は止まり、傷口は塞がる。
「…すごいエネルギーだじょ…人間の、限界を超えてるじょ…」
くぴぴが、呟く。まるで恐れているように。まるで恐怖を、感じているように。
「シャナン様、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。私が遅くなったばかりに、私のせいで私が私が…私が…」
「いいんだ、ソラ。惨めな姿を、晒してしまったな…」
「いいえいいえいいえいいえいいえいいえ。私のせいです、私が悪いんです、私が…。あぁ、シャナン様、これからは私があなたの両の腕となります、私が、私が」
覇王の、焦燥。よほど、シャナンに、身も心も何もかも全てにおいて、依存している。
「あいつ等ですね、あいつ等がやったんですね、あいつ等がシャナン様を。あいつ等、ぶっ殺しますから、あいつ等、やっつけますから。正真正銘誠心誠意全身全霊を賭けて本気でぶち殺しますから!」
「気をつけろ…あの裏切り者の血啜りは…龍…血啜りの龍リュカだ…」
「大丈夫です、魔王でしょうが大天使でしょうが何でしょうが、シャナン様の敵は皆死ぬべきなんです。死んで死んで死んでそれからもう一度死んでもまだ足りないくらいに死ぬべきなんです」
ソラがゆらりと、動き、ミラクルを見て、尚徳を見て、くぴぴを見て、リュカを見た。
そして。「爆裂」短く呟いた。
赤い赤い赤い魔力が、渦巻き、怒り狂い、火花を散らし、ソラを包む。
「…くぴぴ」
「何だじょ?」
「俺は言ったな。人間は龍に勝てないと」
「言ったじょ。それはもう偉そうに言ったじょ。絶対間違いない、俺様は正しい、くらいの勢いで言ったじょ」
「訂正する」
「…しないでほしぃじょ…眠りたくないじょ…」
リュカが、くぴぴが、ソラの魔力を目の当たりにして、そんな弱気な会話で、まるで勝てないとでも言いたげな、そんな会話を。
to be continued