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後編

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Bloody Princess リクエスト短編集

月河の冒険記

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後編

 エースは、自分の膝が震えているのが分かった。顔も確実に、恐怖に歪んでいる。
 目の前に立っている存在は、『冥府の人形』と呼ばれる最強のストレイ・ゴーレム。
「そんな・・・」
喉が震えている。声もかすれている。足が地面についている感覚がない。これが――恐怖。
 オォォォォン、と人形が鳴いた。

「エース・・・・」
クゥの、エースの衣を握り締める力が強まった。
 クゥも分かっているらしかった。これまでザルトハの坑道で、冥府の人形に殺された冒険者は数知れない。しかし、この広い坑道に一匹しかいないのだ。出会う確率など、本当に低い。
 しかし、出会ってしまったのだ。
「くそっ!」
エースは気合を入れなおすかのように、妖魔の杖を掲げた。
「『蒼氷の龍・・・」
 呪文を紡ぐ前に、人形が動く。消えるような超高速で、エースの死角へと回り込んだ。  防御の壁――間に合わない。クゥがいる以上、奥の手も使えない。エースの腹へ、人形の拳がめり込んだ。
「がはっ!」
 痛みに声をあげる。飛びそうになる意識を抑えて、クゥと共に数歩退くだけで事は済んだ。口の中に金臭い鉄の味が広がる。自分の血だと理解するのに数瞬。
「にゃー」
無邪気な、クリさんの声が耳に届いた。
「にゃにゃにゃにゃーにゃにゃー」
「え・・・?」
エースの脳裏に走る違和感。クリさんが鳴いている声――それはまるで、力ある呪文のように聞こえた。
 クリさんを視界に捉える。
「にゃーにゃにゃにゃー!」
その体に魔力の奔流(ほんりゅう)が溢れ、目の前に魔法陣が浮かび上がる。高度な――召喚魔法。
 魔法陣が光を放ち、視界が一瞬ふさがれる。そして眩しい光が去ったのち、そこに何かが立っていた。
「クルッポー」
アキちんであると気づくのに数秒。
「期待させんなよっ!」
痛む体も忘れて、冴え渡るツッコミ。当のクリさんは魔力を使い果たしたのか、そこで倒れていた。
「アキちん呼び出してどういう意味があるっ!」
 視界の端で人形が動き、今度はエースでなくアキちんへ拳を振るう。人形も期待外れだったのだろうか。抵抗する手段もないアキちんが、人形の攻撃で吹き飛んだ。
 ぽてんぽてんと地面を転がって、ようやく止まる。恐らく、もう命はあるまい。
「弱いし!」
 次瞬――アキちんの体に変化が起こった。
 モリモリモリモリ!!モコモコモコモコ!グググ!バキバキバキバキ!!ビシ!バシ!ステム
 異音と共に、今までトリだと思っていたそれに変化が起こる。小さな体は光を放ち、そこから腕、足、そして顔が現れ――
「めぇ〜」
アキちんはヒツジになっていた。

 とりあえず、どうエースは突っ込めばいいか分からなかった。ネコがトリを召喚し、そのトリがヒツジに変身した。それだけのことだ。うん、よくあることだ。たまにはそんなこともあっていいじゃないか。HAHAHA
「よくねぇよっ!」
 自己弁護の意味すらなくなっていた。
 人形がまた動く。そしてまたアキちんをぶん殴り、また吹っ飛ぶアキちん。
 ぽてんぽてんと小気味良い音と共にヒツジは転がり、今度は変身しなかった。第三段階を期待していたのだが、やはり期待外れだった。
「結局弱ええええええっ!」
心の中で人形を賞賛した。
 改めて、人形と向かい合う。エース一人なら、逃げ切れないこともないだろう。しかし、クゥもいる。無意味な召喚魔法で力を使い果たしたクリさんもいる。謎の生命体アキちんも・・・・一応、数に入れておく。
 エース一人だけで逃げるなど、覇位のプライドにかけてもしたくなかった。
 人形が走る。今度はまっすぐにエースへ向かって。
 杖を振り上げ、壁の呪文を唱える――間に合うか。人形の拳が届く少し前に、呪文が完成した。「多重防壁<メディクスト>!」エースの前に巨大な黒壁が張られる。間に合った――安堵したのも、束の間。
 衣にかかっていた重みが――消えた。
 壁の横から突き出た、人形の拳。それはエースの横にいたクゥに突き刺さり、吹き飛ばし、その重みを失わせた。スローモーションのように、地面をクゥがゆっくり跳ねる。
 信じられなかった。悪い夢だと思った。
「あああああああああっ!」
 意味のある叫びなのかは、エースにも分からない。ただ言えることが一つ。絶対に許さない。この人形だけは絶対に。
 杖を一振りして、壁を解除する。最早、こんなものは必要ない。エースの見開かれた目から、涙が溢れていた。
「お前は、最大の間違いを犯した」
威圧されたのか、人形はそこから動かない。
 す、と小さな動きで杖を振る。血走った目は人形以外に何も捉えていない。ただそこには、殺意だけが満ちていた。
「与えてやるよ・・・」
杖の先端を人形へ向け、魔力を込めた。
「死を伴ったリグレットを」

 人形が地を蹴った。瞬時にエースとの間合いを詰め、拳を振り上げる。確実に届く距離。人形の拳が届く一瞬前に、エースの姿が掻き消えた。
「『破滅の龍ラグナロク』の力の片鱗」
 人形の背後で、ゆっくりと紡がれる破壊の呪文。人形は驚いたように振り返り、もう一度地を蹴った。
「此処に誘うは破滅の風。破壊の衝動」
 人形の攻撃。エースはかわす素振りも見せない。先ほどと同じく、届く一瞬前にエースの姿が消える。
「我紡ぐは衝撃の魔弾。与うるは死神の手招き」
 またもエースの姿が掻き消え、一瞬人形の動きが止まる。そして背中から、最後の言葉を聞いた。
「破壊せよ。三重滅魔弾丸<トリプルマジックミサイル>」
 人形の背中に、重すぎる衝撃が三重に響いた。
 杖の先から放たれた、破滅を誘う三つの弾丸。それは人形の背中に突き刺さり、爆ぜ、確実な爪痕を残す。人形の体にひびが入った。
 人形がうめき声を上げて、振り返る。無機質な表情は何も語らない。しかし、その目には確実な激怒があった。
「『破滅の龍ラグナロク』の力の片鱗」
 もう一度、同じ言葉を紡ぐ。人形が片手を上げた。距離を無視するかのようにそれを振り下ろし、同時にエースの肩へ何かが突き刺さる。
 痛みに一瞬、顔をしかめる。しかし言葉は変えず紡ぎ続ける。ヴァルキリーと呼ばれる、任意の場所へ剣を降らせる呪文。
「此処に誘うは破滅の風。破壊の衝動。我紡ぐは衝撃の魔弾。与うるは死神の手招き」
 一度見れば、もう対策は可能だ。それが人形と人間の違い。もう一度、人形が手を振り上げた。
 振り下ろす一瞬前に、姿を消す。
「破壊せよ。三重滅魔弾丸<トリプルマジックミサイル>」
 言葉は再び背後から。
 人形の背中に、再び三つの魔弾が突き刺さる。それは体に入ったひびを激化させ、苦痛からか人形がうめいた。
 これこそが、エースの覇位たる実力だった。
『高位魔術師』ミラクルにも、『死霊術士』ロランにも扱えない古代の呪文、トラヴェラーズ・ゲート。自らの体を一瞬で移動させ、敵の死角へと瞬時に回りこめる、接近戦最強の魔術。
 ただし移動する箇所が無作為で、移動直後でなければ自らの位置が分からないという欠陥がある。さらに自分一人だけしか移動させることができないため、好んでこの魔術を覚えようとする者もいない。しかしエースは限りない修練の結果として、曖昧ではあるものの移動箇所を決めることができるようになった。
 それゆえ――『月河』の中でも、実力はディスレイファン以上といわれている。
「・・・終わりだ」
圧倒的優位ながらも笑うことなく、エースは杖を突き出した。
「『血啜の龍リュカ』の力の片鱗」
 人形が動く。エースが消える。呪文は紡がれる。この繰り返し。
 無駄と分かっても、人形は退かない。
「此処に招くは死神の双鎌」
 ゆっくりと、嘲笑うようにゆっくりと呪文を紡ぐ。
「闇に響くは亡者の唄」
 杖の先に宿る、制御しきれないほどの魔力。
「血よりも尚紅く」
 これで終わりとどこかで理解している。
「海よりも尚深く」
 空気が裂けるほどの力を、たった一つの弾丸に込めて。
「紅い旋律を奏でよ。紅煉獄<アルカナ・マジック>」
 杖の先から走る弾丸が、人形の体に突き刺さり――
 人形は爆ぜ、四肢を散らし、沈黙した。

 クゥの怪我も、たいしたものではなかった。勿論それなりに肋骨を折ったりもしているが、余程当たり所が良かったのだろう。命に別状はなかった。
 アキちんは意味不明な回復能力で何故か復活していた。クリさんに至ってはただ気絶していただけなので、特に問題ない。
 帰るために馬車に乗り込み――
「ねね、エース」
怪我の痛みも特にないのか、少し楽しそうにクゥが呟いた。
「かっこよかったよ♪」
「・・・そりゃどうも」
溜息で返す。実際は心踊るほど嬉しいのだが、おくびにも出さない。
 手綱を引き、馬車を発進させる。散々な冒険も、終わろうとしていた。
 とりあえず帰りながら考えていたのは、アキちんがヒツジになった理由をどう説明するか、だった。

 翌日に、ディスは原因不明の幻覚、全身の麻痺、強烈な吐き気と激しい腹痛に襲われたらしい。
 その日の昼食にリオが作ったステーキを食べたらしいが、恐らくは関係ないだろう。

      the end

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