エピローグ
深い水底から浮かび上がってくるかのように、意識が急速に覚醒を迎える。
まず見えたのは、何故か自分の顔にかかっている白い布だった。体にかかっているのは感触的に布団だと思われる。恐らくはベッドに寝ているのだろう。
「ううっ・・・姫・・・」
何故かすぐ横で、ティンカーベルのすすり泣く声が聞こえてきた。
ちょっと待て。白い布に泣く声、寝ている自分。非常に分かりやすい推論へと結びついた。
「・・・人を勝手に殺さないでよ」
葉奏は体を動かし、ベッドから半身を起こす。同時に白い布がひらひらと落ちた。
「ティン、冗談にも程があるわよ?」
「ひっ、姫っ!?」
ティンカーベルの驚いた声。
「なにぃっ!?」
歌妃も黒いスーツに身を包んで、そこに立っていた。
「姫、生きてたの!?」
「・・・当たり前でしょ、ちょっと寝てたくらいで・・・」
そこで言葉を区切る。
「・・・あたしが、寝てた・・・?」
「ずーっと寝てたよ・・・。五日も目を覚まさないから・・・」
てへ、とティンカーベルが悪びれた。
「昨日、死んだことにしちゃった♪」
「・・・しないでよ。それより、ガラナ遺跡で何があったの?」
「何があったって・・・」
歌妃が少し考え込む。
「別に何もなかったじゃん。ただ二階から下にでっかい空洞があって、そこにゴブリンが棲みついてただけ。結局『七魔団』に手柄全部取られちゃったしねぇ」
「・・・ってことは、借金も払えてないのね・・・」
「うんむ」
歌妃が堂々と胸を張る。
「支払えないままで今日が最終日だね」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
三重の沈黙が辺りを包む。
沈黙は、突然のドアを開く音で阻まれた。
「ういお」
ドアから現れたのは、予想通りシュヴァルベだった。
「おお、お前も起きたか」
「す、すみませんシュヴァさん! 借金もう少し待ってください!」
ばたん、とティンカーベルが土下座をする。それに対して、シュヴァルベがにやり、と笑った。
「ほれ、腹減っただろ。飯もってきてやったよ」
室内へとシュヴァルベが車輪付きの荷台を運んで。
「あと借金は、もう支払わなくてもいい。もらったからな」
「・・・・は?」
「とある優しい人物が、お前らの借金を全部肩代わりしてくれたんだよ。名前は明かすなと言われたから、心の中ででもしっかり礼言っておけ」
「ど・・・どういうこと・・・?」
葉奏がシュヴァルベに聞く。シュヴァルベは肩をすくめるだけだった。
「ま、そういうことだ」
呟いて背を向け。
「これからはちゃんと支払うようにしろよ」
シュヴァルベが出ていって、葉奏は何が何やら分からず呟いた。
「・・・誰が支払ってくれたんだろ・・・」
「ミラさんかなぁ」
歌妃が推論で返す。
「まさか、それはないでしょー」
ティンカーベルも呟き、それからしばらくは『誰が支払ってくれたのか』話で盛り上がった。
「優しいじゃないか」
にやにやと笑いながら、スカイラインが言う。
「ロラン」
「ふん・・・」
無愛想に、ロランが返す。先ほどシュヴァルベに支払った、67万8725Gのことを指しているのだろう。しかしスカイラインには、どうしても解せない点があった。
「しかし、何でわざわざ『愛染』の借金を引き受けてやったんだ?」
「ふん」
スカイラインの問いかけに、やはり無愛想に。
「命に比べれば、安いもんだ」
そう、自分達の命を救ってくれた、あの女性に対して支払ったも同然だ。
「何、顔赤くしてんだよ」
「うるさい!」