第15話
ロランは自らの体が吹き飛ぶかのような錯覚を覚えた。
先ほど自分が魂を込めた弾丸が、自分の胸に風穴を開けたのだと分かる。リュカが可笑しい物でも見るかのように笑っていた。
耐え切れず、口許から血があふれる。体勢を保持しておくことも億劫(おっくう)で、そのまま体ごと倒れた。
意識は、闇に溶けるかのように薄れる。
やっと仲間の所へ逝ける。理不尽すぎる死にも関わらず、ロランは笑っていた。
「さて・・・やっとお前を殺せるぜ、ファフ」
ロランに向けていた銃口を巨人へと向けなおし、リュカが呟いた。巨人は恐れおののくように一歩退き、そして奮い立たせるかのように左腕を振り上げる。
リュカは軽く嘆息し、ためらいの欠片もなく引き金を引いた。
破砕音と共に、巨人の左腕が根元から吹き飛んだ。巨人が悲痛に声を上げる。
「それしかできねェのか? てめェ」
期待はずれ、といった様子で、リュカが嘆息する。巨人が口から触手を吐き出し、リュカを狙った。リュカはその触手を一本一本丁寧に、しかしどこか面倒くさそうに斬り落としてゆく。
「・・・もういい、死ね」
銃口を巨人の体へと向け、立て続けに三発、放つ。
巨人の右脚が砕けた。左足が裂けた。首と胴が分断された。
体を構成していた、ゴブリンの屍が分離して散ってゆく。体を保持しておくこともできなくなった、哀れな龍の姿だった。しかしそれでも、龍であるがゆえに死ねない。
リュカがゆっくりと巨人の首に近付き、その額へと銃口を押し付ける。
「どうした? 早く体を再構築しろよ」
つまらない。ただそれだけを表情に浮かべて。
「さっさと俺を楽しませろよ!」
強すぎるがゆえに退屈な、龍の叫び。巨人はそれに応えることもなく、ただ体が散っていった。
押し付けた銃口が、最後の弾丸を吐き出す。既に分離しかけていた屍が吹き飛び、目の硝子珠(がらすだま)以外に何も残らなかった。
「・・・・・・」
やるせない沈黙と共に、リュカが立ち上がる。そしてにや、と笑って、後ろを振り向いた。
「いつから見てた?」
す――と音も無く、奇妙なぬいぐるみ、くぴごんが入口から顔を出した。そしておぼつかない足取りで数歩進み、体に比べて大きすぎる顔で辺りを見回した。
「随分なやられよう・・・」
はあ、と大きく嘆息して。
「ついさっき着いたばかりだじょ。既にやっちゃってたのね・・・」
「まあな。ファフニールごときならこの程度だろ」
銃を腰元にしまいながら、リュカが呟く。
「それより、いつまでそんな変な格好してんだ?」
「変って言うな」
ジト目でリュカを睨んで。
「自分的にはけっこう気に入ってるんだじょ」
そしてくぴごんは右手を振り上げ、その指先に力を込めた。指先から蒼い炎がほとばしり、くぴごん自らの体を焼く。『殻』であるぬいぐるみから、リュカとさして変わらない大きさの龍が現れた。
「やっぱお前には、その姿が合ってるよ」
くくっ、とリュカが笑う。
「『癒浄の龍クー・ピニオンクロゥ・ピーツ』」
「略して呼べっていつも言ってるじょ」
言ったのは、青い羽根と青い髪を持った美しい女だった。切れ長の目がどこか冷たさを抱え、その表情には不機嫌さが浮かんでいる。恐らくその姿は誰がどう見ようと、『天使』という言葉しか言えないだろう。
「・・・相変わらず美しいな、くぴぴ」
「褒めても何も出ないじょ」
クー・ピニオンクロゥ・ピーツ――くぴぴはそう言って、さらにジト目でリュカを睨んだ。
「特に、『破魔の龍レイア』ちんにぞっこんなあんたに言われても本気にしないじょ」
べー、と悪戯っぽく舌を出して、くぴぴはリュカに背を向けた。
そして倒れているロランの近くへと座り込み、その顔へと自分の顔を近づけた。
血の付着した唇へ、自分のそれを重ねる。歯の間から舌をねじ込み、血の味がするロランの舌と絡み合わせる。と――ロランの鼻から微かに息が漏れ、口の中を埋め尽くしていた血が少しずつ吐き出されていった。そして胸に空いた風穴も、ゆっくりと塞がってゆく。
一分近くはそうしていただろうか。唇を離す。糸を引く唾液が切れて、くぴぴはロランを見た。薄く目を開けている。しかし、この光景を現実とは思うまい。
ロランがまた目を閉じた。くぴぴは軽く口周りを舐めて、無造作に拭う。ロランの顔には赤みがさし、心臓も正常に動いていた。
「・・・相変わらずエロい蘇生方法だな」
一部始終を見ていたリュカが、含み笑いをしながら呟いた。
「仕方ないじょ」
今度はスカイラインの分断された体をつなぎ合わせながら。
「生命の水は舌から分泌(ぶんぴつ)されるし、舌からの摂取が一番効果が高い。ついつい、いい男から先にやっちゃうのも本能だじょ」
「だったら俺にもやってくれよ」
リュカの冗談混じりの呟きに、くぴぴは皮肉げな笑みを浮かべて答えた。
「あんたが死ぬようなことが有り得るなら、やってやるじょ」
それが決してないと知っているから。