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第1話

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第1話

「・・・マジですか?」

葉奏は放心していた。
歌妃は頭を抱えて何かしら唸(うな)っていた。
ティンカーベルは開いた口が塞がらなかった。
「マジだ」目の前で、腕を組んだ銀髪の男が鷹揚(おうよう)に頷いた。
「期限は一週間。それまでに全部支払えなかったら出てってもらう。その際には金になりそうなものは全て徴収させてもらうから、覚悟しとけ」
「シュヴァさん! そこんとこ何とか待ってくださいよぉ〜!」
「却下」銀髪の男――宿屋兼酒場『ルナシェイド』店長シュヴァルベが、あっさりと言い放った。
「お前らがここに来てから、あと一週間で半年だ。今までのツケ全部で67万8725G、払いきれなかったらマジで出てってもらう」
「一週間でそんな大金、用意できませんって!」

ティンカーベルがわめく。シュヴァルベは軽く嘆息して、前髪をかき上げた。
「お前ら、法律知ってるか?」煙草に火を点ける片手間の様に、シュヴァルベが問う。葉奏が首を振った。
「細かい所までは知りませんね・・・」
「だろうな。アグス王国国法第28条2項『半年以上の住居における家賃滞納及び宿舎における代金未払いが継続した場合、例外なく全てを不法入国者として国外への永久追放処分とする』ってのがあるんだよ。過剰な冒険者の増加を抑える政策だ。お前らをそういう目にあわせたくないから、出てってもらうんだよ」
「ああ・・・シュヴァさん、なんて優しいんだ・・・」

葉奏が感涙にむせぶ。
「だからさっさと払うか出てけやぁ!」
「やっぱ鬼だぁぁーっ!」

酒場『ルナシェイド』は、全てが六人席で構成されている。ほとんどの席は同じ冒険者ギルドの仲間で陣取られているものの、『愛染』のように人数の少ないギルドでは、他ギルドと相席になることも少なくはない。 しかし、入口からさして離れていないそのテーブルは、誰も近寄りたくない雰囲気をかもしだしていた。
三つの生きる屍がそこにある。
「おなかすいた・・・」
騒がしい中で呟く、弱々しい言葉。 「なんで財布の中に3Gしかないのさ・・・」

ティンカーベルの小さな抗弁に、葉奏が顔を上げる。
「こないだの依頼・・・成功したよね」
「うん・・・成功だったね」

ティンカーベルの独り言とも思える言葉。また弱々しく、葉奏が相槌を打つ。
「そんなに多くはなかったけどさ・・・3000Gくらいはもらえたよね・・・?」
「正確には3270Gだったっけ・・・」

歌妃がぼんやりとどこかを見ながら口を挟む。
「依頼が終わってまだ二日・・・どこに消えたんだろうね・・・」
「うん・・・新しいマント買っちゃった♪」
・・・・・・・・・・・・
重い沈黙。周りは騒がしくとも、ここだけは沈黙が満ちていた。
「これ、かなりいいんだよー。稀少なケインスの毛皮をふんだんに使ってて、夏は涼しくて冬は暖かい快適な構造なの♪知ってる?本当は定価28400Gなんだけど、88%オフですっごい安く買えてねー。そうそう、裏地にも凝ってて・・・」
「歌ちゃん、燃やして」
「あいさ」
「いやぁぁーっ!」
しかし、どの声にも力はない。ほとんどが机に突っ伏すような形での会話は、傍(はた)から見ればかなり奇妙であろう。
シュヴァルベに「宿を出てけ」と言われ、最大限に粘った結果が、現状である。
一週間だけ、宿に泊まり続けることを認める。ただし一週間後に金が用意できなかった場合には、やはり出て行ってもらうとのこと。そしてこれから酒場での飲食にはツケを認めず、全てその場で支払う。
それがシュヴァルベからの条件だった。
ゆえに――もう24時間近く何も食べていない。
全員の目の前に、先程シュヴァルベが「せめてもの情けだ」と言って置いていった水と塩がある。最初こそは舐めたりもしていたが、もう飽きた。
「何か食べたいよぉぉぉ!」

じたばたと、テーブルの上でティンカーベルが暴れる。冷ややかな目で葉奏はそれを見つめ・・・
「ティン、あんまり暴れると余計におなか減るよ・・・」
「そだね・・・」

ぐぅ〜と弱々しく鳴る腹に、ティンカーベルが動くことをやめた。
「ったく・・・」ざっ、とすぐ横で誰かが近寄ったのが分かった。
「あんたたちは相変わらずだねぇ」
心底呆れ返ったような声と共に、3人の目の前に何かが置かれた。
ほかほかの――暖かい湯気を立てるチャーハン。
「シュヴァさんには内緒だよ。ツケといたげるから」
『ルナシェイド』給仕にしてギルド『月影旅団(げつえいりょだん)』の現最高責任者、ティファーナ。
3人には、そのバニーガールがまるで天使に見えた。
「ティファさーんっ! 愛してるっ!」

葉奏が起き上がって、激しくティファーナに抱きつく。
「ここで死なれても寝覚め悪いしねえ。ま、私ゃ忙しいからもう行くよ。ゆっくり食べな〜」
そしてバニーガールが消えたのち、三人はチャーハンに貪りついたのであった。

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