第2話
「これからどうしようかな・・・」
チャーハンを米粒一つ残さず空にして、食後のブレイクタイムコーヒー(水)を飲みながら、葉奏が呟く。
「一週間で67万8725G稼ぐ方法かぁ・・・」
三人は腕を組み、しばし黙考(もっこう)。ふうっ、と息を吐いて、歌妃が顔を上げた。
「ないね」
「判断早っ!」
瞬時にティンカーベルが突っ込む。
「なければ終わりじゃん! もうちょい頑張って考えようよー」
「でも実際にねー・・・」
まるで他人事のように歌妃が呟く。
「まともに依頼を一週間こなすとしても、一回の依頼料が一万を超えることはそうそうないしねぇ。まともに五個こなせたとしても、五万稼げればいい方でそ」
「その十倍以上必要なのよね・・・」
半ば諦めたような顔で、葉奏が肩をすくめた。
「や」
すぐ横で声。三人が顔を向けた。
「シュヴァさんから聞いたよ。苦労してんなぁ」
黒髪を綺麗に揃えた、痩身の青年が立っていた。薄い笑みを浮かべながら、葉奏の真向かいにある席に座る。
「としさん」
驚き混じりに、葉奏が男の名を呼んだ。
「可哀想なお前らのために、いい仕事持ってきてやったよ」
にや、と笑ってテーブルの上に紙束を置いた。
トシヤ。冒険者への仕事依頼における仲介人、何でも用意する敏腕の商人、確実性のある殺し屋という三面に仕事をする男だ。「金さえ出せば国王の首でも用意してやる」が口癖で、冒険者の間では有名である。
「街道沿いのガラナ遺跡、知ってるな?」
マッチを擦(す)り、煙草に火を点ける片手間に問いかける。葉奏が頷くと同時にパチン、と指を鳴らした。誰もその仕草を気にかける者はいなかったが。
「あそこの調査依頼だ。詳しくはソイツに書いてある」
葉奏が紙を手に取り、その文面を見やる。同時にティンカーベルが葉奏の肩に乗り、歌妃が椅子を近づけて横から覗き込んだ。
「・・・国王・・・ミラさんからの直々の依頼?」
「ああ」
ふぅー、と美味そうに紫煙を吐き出すトシヤ。
「何でも資料整理をしていて、妙なものを発見したらしい」
「妙なもの?」
「過去のガラナ遺跡の調査結果だよ。ほぼ半壊した地上部分と、地下二階までの、な」
そこで言葉を切り、意味深に微笑む。
「だがガラナ遺跡建造当時の古書には、『地上二階、地下四階の神殿』と書き記されていた。おそらく二階に隠し階段があり、当時の調査隊はそれを発見できなかったんだろう」
「ひゃー」
ティンカーベルが面白そうに笑った。
「めちゃめちゃ冒険って感じじゃん。うまくいけばお宝も発見できるかも〜」
「依頼料も10万・・・かなりいいわね。その分危険もともなうかもしれないけど」
「お宝発見できれば、借金もすぐ返済できそうだしねー」
三人とも乗り気だった。トシヤは笑いながら、葉奏へもう一つ紙を手渡す。
「ちなみにそれは、ミラさんにこの依頼を『愛染』に任せると言ったら、『姫に渡してくれ〜』って頼まれた手紙だ。一応、目を通しておいてくれ」
葉奏がそれを受け取る。ピンクの封筒に大きく、『可憐で美しいジュテーム姫へ』と書かれていた。
「・・・読む気なくしますね・・・」
「気にするな。オレは道中捨てるかどうかを本気で悩んだ」
封筒を開け、中から花柄の便箋(びんせん)を取り出す。
「姫、声に出して読んでね♪」
面白そうにティンカーベルが言った。
「『聡明(そうめい)で美しいマイラバーこと姫へ』」
げんなりした様子で葉奏がさらに続ける。
「『王様という仕事に忙殺(ぼうさつ)され、このような手紙ですますことを許してね〜。てゆーかマジ忙しすぎだからさーハァハァ』」
「手紙書く程度の暇はあるわけね・・・」
歌妃が苦笑した。
「『最近秋も深まってきて、随分寒くなってきましたね。体の調子は壊してないかな?
え?うち?うちは平気だよーハァハァ。何せいつも姫への愛で体も心も燃え続けているからー!キャー。恥ずかしい♪』」
「相変わらずの熱愛ぶりだね・・・姫」
ティンカーベルの苦笑い。葉奏は顔が引きつっていた。
「続き読むね・・・」
溜息をついて言葉を続ける。
「『昨日、うちで飼っていたリビンスタチューのめろんちゃんが死にました』」
「何飼ってるんだミラさん・・・」
「『かなり鬱(うつ)です。今すぐ王様なんてやめて海に飛び込みたくなるくらい鬱です』」
「だから何だ・・・」
トシヤが疲れた顔で煙草をもみ消した。
「『まぁそれは置いといて』」
「置いとける程度なら言うなっ!」
ティンカーベルが手紙に逆手で突っ込む。
「『早く姫が嫁入り道具を持って城まで来ないかなぁ、と日々待ち続けています』・・・行かないって・・・」
「愛されてるねぇ〜」
にやにやと歌妃が笑った。
「『いや、まぁそれは別に姫だけじゃなくても『愛染』みんなで来てくれておっけー。てゆーかむしろそっちのが歓迎!ハーレムだわっしょい!ハァハァ』」
「結局何が言いたいんだろう・・・」
「『姫のご主人様もしくは下僕になりたいミラクルより』」
「終わりかいっ!」
ティンカーベルがここぞとばかりに突っ込んだ。
「一貫性がない! 依頼と全く関係ない! 何言いたいか分かんない!てゆーかミラさんアホ!?」
「『P.S』」
「き、きっとこっちが本題だよ、ティンちゃん・・・」
歌妃が必死になだめる。息の荒いティンカーベルが座りなおした。
「『人生って、なんかもう金だよね(はぁと)』」
「だから何じゃぁーっ!!」
暴れるティンカーベルを何とか止める、そんな秋の日の午後であった。