第4話
歌妃とティンカーベル、そしてディスレイファンが酒場に着いたとき、葉奏のテーブルには既にトシヤはいなかった。そして三人は酒場の入口から葉奏の姿を見やる。
ティファーナと葉奏が何かしら話していた。葉奏が手を合わせて懇願(こんがん)し、ティファーナがその姿を見て笑い、何か一言言った。同時に葉奏ががっくりとうなだれる。ティファーナは軽く手を振って去っていった。
「簡単に会話が読めるなぁ」
歌妃が笑う。
「だねぇ」
いつの間にやら違う世界から戻ってきたティンカーベルが相槌を打った。
「わかんの?」
意外そうな顔でディスレイファンが言う。歌妃はにやにやと笑った。
「まず、『ティファさん何かおごって〜』『あ〜っはっは、おとといおいで』『がっくし』こんな簡単に会話が読める人もそうそういないでしょ」
「それが分かるのもギルメンの技量って奴だよ・・・」
ディスレイファンが苦笑する。歌妃もまた笑った。ティンカーベルはまた違う世界に飛んで逝った。
「さて・・・」
三人が葉奏のテーブルにつく。まずディスレイファンが話を切り出した。
「葉奏さん・・・でいいのかな?」
「良かったら姫と呼んで。皆からそう呼ばれてるから」
「分かった。じゃあ、姫」
ディスがコホン、と咳払いを一つ。
「改めて、俺はディスレイファン。『月河』のギルドマスターをしてる。ディスと呼んでくれ」
「『月河』のディスレイファン・・・。龍殺しの一人が目の前にいると思うと、少し緊張するわね」
苦笑いをしながら葉奏が言う。ディスもまた苦笑した。
「それで、本題なんだが」
微笑を崩さずにディスが続けた。
「ガラナ遺跡の調査の件だけれど、『月河』から『愛染』に助っ人をしてほしいとミラケルから頼まれてね。うちで一応二人、助っ人を用意することにした。話は通ってるかな?」
「ええ、としさんから聞いたわ。まさかギルドマスター自身が来るとは思ってなかったけどね」
「ま、別に誰が行こうと話の内容は変わらんしね」
にや、とディスが笑う。
「一応、一人はショーティ。『愛染』とは何度か関わりがあるでそ?」
「おお、しょーちゃん来るんだ」
歌妃が嬉しそうに笑う。
「しょーが進んで『行きたい!』って言ったからねえ。で、あと一人なんだけど・・・」
ディスが言葉を紡ごうとしたそこで――空気が凍るような殺気に阻(はば)まれた。
葉奏が強張った顔で立ち上がり、歌妃が瞬時に魔法詠唱の出来る姿勢をとる。違う世界に逝っていたティンカーベルでさえ、だるまから離れて戦闘体勢をとった。
「・・・ロランか」
呆れたような口調で、ディスが呟く。
「邪魔しないでくれよ、話の途中なんだから。お前と会う用事はないぞ?」
「お前に会いに来たわけじゃないさ、ディス」
そこにいたのは、小柄な男。
浅黒い肌と銀髪が印象的な、大き目のコートを羽織った男だった。冒険者ならば誰でも一度は名前を聞いたことのある、ひどく有名な男。『七魔団』団長であり伝説の龍殺しが一人、『死霊術士』ロラン。
機械のように冷たく無機質な瞳はディスを映そうともせず、ただ葉奏の姿のみを捉えている。葉奏は恐怖で足が震えていた。
「お前らが、『愛染』だな?」
感情の欠片もない声でロランが言う。
「忠告しておく。ガラナ遺跡について色々と調べているようだが、これ以上介入するのはやめろ」
「いやだ・・・と言ったら?」
相変わらず強張った表情のままで、葉奏が問い返した。
「ここで死ぬか?」
抑揚のない声が、それが真実だと明確に告げている。脅しではない。三人の体に震えが走った。
葉奏は何も答えられない。重苦しい沈黙が辺りを包む。葉奏の頬を冷や汗が流れた。まばたきをすることさえ忘れていた。
「物騒だねえ・・・」
沈黙を破ったのは、ディスの声。
「その三人に手を出すつもりなら、俺がまず相手になるぞ」
「・・・お前には関係ないはずだがな。ディス」
ロランの目が、初めてディスの姿を捉える。ディスの表情は相変わらずだった。
「関係大有りさ」
ディスが肩をすくめた。
「何なら後ろ見てみろよ」
意味ありげな言葉を言ったのち、空気を裂くような一閃がロランの横を抜けた。
耳に届く風切音(かざきりおん)。つ・・・とロランの頬から一筋の血が流れた。特にどういった反応もなく、無造作に左手で拭い取る。
「その三人を殺すっていうのは、私が許さない」
長い髪をポニーテールでくくった、銀髪の美少女がそこに立っていた。手には不釣合いに大きい弓を抱え、そこに二本目の矢をつがえている。巨大な弓を引くだけの膂力(りょりょく)と、細い肢体(したい)を兼ね備えた少女。
ギルド『月河』所属でありディスの一番弟子、『流星見習い』ショーティだった。
「悪いけど、次は当てるよ♪」
キリキリと、二本目の矢を後ろに引く。ロランの眉間に皺が寄った。
「スカイ」
一言、そう呟く。
風を裂く音――いや、まるで風を潰しているかのような、鋭い音が響く。ショーティは即座に反応し、半身をずらす。先程までショーティがいた位置に、巨大な刃が振り下ろされた。
同時に衝撃と轟音(ごうおん)。余波でショーティのバランスが崩れる。床にめり込んだ背丈ほどもある刃を、半裸の男が片手で引き抜いた。
「・・・『剣王』スカイライン・・・?」
ショーティの目が見開く。同時に、半裸の男――『七魔団』副団長にして『剣王(けんおう)』の異名を持つ男、スカイラインがにやりと笑みを浮かべた。
「ロランの命を狙う気なら、まず僕を倒してからにしてもらおうか」
スカイラインがそう呟くと共に、ショーティへ刃の先を向ける。
ショーティが弓を捨て後方へと退き、腰に差していた細身の剣を引き抜いた。お互いが一瞬で殺しあえる位置。
流れる沈黙。そのままでどれだけの時間が過ぎただろうか。嘆息して、ディスが立ち上がった。
「両方とも動くな」
剣と剣を突き合わせている間へと、体を入れる。
「ま、ロラン。そういうことだ」
どこか悟ったような目で、ディスが肩をすくめた。
「『七魔団』が『愛染』に刃を向けるなら、『月河』は敵に回ってやるよ」
「・・・本気か? ディス」
嘲るような、ロランの呟き。ディスがにやりと笑った。
「ああ」
ロランの冷たい眼差しを飄々(ひょうひょう)とした様子で流しながら。
「お前が今、ショーティとこの三人を殺すつもりなら」
笑顔が、凍った。
「俺がお前ら全員殺してやる」