第6話
「ほんとにすみませんー・・・」
矢を抜き、肩の手当てをしながらショーティが謝り続ける。被害者の男は苦笑しながら、
「別にいいよー」
と繰り返した。
細身で長身の男だった。細いながらも筋肉に溢れた体は力強さに溢れている。長い髪を後ろで束ねた姿は彫りの深い顔立ちにどこか合っており、まあ、単純にいい男だと見えた。
「まったく、しょーのうっかりは治ってないねー」
葉奏が呆れたようにショーティを見ながら言う。ティンカーベルが笑った。
「ショウちゃんのうっかりは固定スキルでしょ。治らないって〜」
「わはは」
歌妃も笑った。
「こんなだとガラナ遺跡も不安だねー」
「むー」
ショーティが唇を尖らせて不満を示す。
「そんなことないもん!」
ぎゅっ、と強く包帯を締める。「いててっ」男がうめいた。
「あ、す、すみません・・・」
ショーティがまた手当てを再開する。
「みんなが変なこと言うからだよ!」
「人の責任にするなー」
ディスが笑いながら言う。また不満を示すショーティがどこか滑稽(こっけい)で、みんな笑った。
「これで終わり、と」
ショーティが包帯を巻き終えて一息つく。
「ほんとごめんね・・・」
「いや、いいよ。俺もぼーっとしてたしね」
一方的な被害者でありながら、男は優しくそう言った。
「いや、甘えさせちゃダメ」
「甘やかすとつけあがるよー」
「悪いのは一方的にショウちゃ」
葉奏、ティンカーベル、歌妃が順番に言う。「あはは」ディスが笑った。
「こらそこーっ!」
ショーティがジト目で三人を睨む。男もまた笑った。
改めて葉奏、ティンカーベル、歌妃、ディス、ショーティの五人がテーブルに座る。
「ついでだから相席いいかな?」
先程の男が問いかける。「どぞー」ティンカーベルが促(うなが)した。
「にしても驚いたなぁ・・・ぽーっと歩いてたらいきなり矢が飛んできて、避ける暇もなかったよ。いい腕してるね」
「そういうので褒められても嬉しくない・・・」
ショーティがうなだれながら呟いた。
「もうこうなったら、慰謝料請求したら?」
葉奏がにやにやと笑いながら問いかける。
「それであたし達に何かおごって♪」
「却下」
葉奏のたわ言をあっさりショーティが却下した。
「ここにいる人は、ディスさん以外ははじめましてかな?」
「だあね」
ディスが肯定する。
「あ、なら自己紹介しておくわ」
葉奏がまず言った。
「あたしは葉奏。ギルド『愛染』のギルドマスターやってます」
「ああ、聞いたことあるよ」
男が頷く。
「確か、審判やってるんだっけ?」
・・・・。五人が沈黙した。
「いや・・・あの、意味が分からないんですけど・・・」
葉奏の呟きに、男が頭を掻く。
「あれ? 誰かから聞いたんだけどなぁ、アンパイアの女性って」
・・・。
いかにも突っ込みをしたい様子で、ティンカーベルが体を震わせていた。歌妃が片手で抑えた。
「・・・ヴァンパイアです・・・」
「あ、あれ? も、もしかして俺勘違いしてた? ま・・・まぁ、忘れてください・・・」
がっくりと、男がうなだれる。
ああ、この人は天然なんだな。だからきっと、このキャラでみんなに愛されてるんだな。
何故かほわーんとした空気がテーブルを包んだ。
「ちなみにボクはティンカーベルです☆」
「おいらは歌妃っていいますー」
「私はショーティといいますです」
ティンカーベル、歌妃、ショーティの三人が順に自己紹介した。ショーティだけ珍妙(ちんみょう)な敬語だったが。
「まぁ、言わんでもいいとは思うけど、俺はディスね」
ディスが苦笑しながら言った。
「ショーティだけは『月河』所属で、あとは『愛染』だよ」
「へぇ」
男が微笑みながら言う。
「俺は・・・」
「ボノ君ー!」
男が言い終える前に、酒場の入口から声がした。
立っている半裸の男。先程までショーティと剣を交えていた、スカイラインだった。
「ロランが呼んでるよー」
「あちゃー、召集かかったか・・・」
ぽりぽりと頭を掻きながら男――ボノが呟く。
「というわけで、これで失礼しますね」
ボノが立ち上がり、「また」と言って酒場の入口へと歩いていった。
「うそ・・・」
姿が見えなくなってから、小さく葉奏が呟いた。
「あの人が、『七魔団』ボノ・・・?」
「『剣王』スカイラインと並べられる最強の男、って噂の・・・」
ショーティが震えながら、最早ボノのいない入口を見たままで硬直している。
「あの『武王(ぶおう)』ボノだったとはね・・・」
歌妃もまた驚いていた。
『武王』ボノ。冒険者をしている人間なら、一度は聞いたことのある名前だ。『剣王』スカイライン、『武王』ボノの両翼こそが『七魔団』の最強たる所以(ゆえん)とも言われる。噂に流れる伝説を明記すれば、間違いなく一つの冒険譚(ぼうけんたん)ができるであろう男だ。
「ショウちゃん・・・大変な人に当てちゃったね・・・」
ティンカーベルが顔を引きつらせながら言う。
「あうう・・・」
ショーティがうなだれた。
「ま、何だ」
ディスがにやにやと笑いながら、話を変えた。
「一応明日出発ってことだけど、何時くらいに出るよ?」
「あ、そういえば、手伝ってくれるもう一人っていうのは?」
葉奏が気になっていた疑問を問う。
「ああ」ディスがあっさり言った。
「俺」
・・・。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
驚きの声は三重。龍殺しの一人が、自分達のために力を振るってくれるというのだ。驚かないはずがない。
「他の奴でも良かったんだけど、みんな都合がつかなくてねえ」
ディスが苦笑しながら言った。
「ほんとに、いいんですか?」
葉奏が恐る恐る尋ねる。
「いいっていいって」
ディスが手をひらひらさせながら肯定した。
「で、何時くらいに出る?」
「くぴごん・・・」
「そうか、くぴごんか。なら早いうちに寝ておかないとな。ってくぴごんって何だぁぁぁーっ!!!」
ディスが驚いたように辺りを見回す。いつの間に現れたのか、ディスの横に女が立っていた。
長袖のシャツに短めのスカートを履いた、細身の女。先の尖った帽子をかぶった姿から、魔術師であろうと推測できる。手にはまるまるとしたぬいぐるみを抱えており、愛しそうに(不気味に)その頭を撫でていた。
「くぴごん・・・可愛い・・・ふふふ・・・」
恐らくはくぴごんという名前のぬいぐるみを相手に、微笑しながら呟き続ける。
「こ・・・怖・・・」
青ざめた顔で歌妃が震えていた。
「リ・・・リオ、いつの間にそこに・・・」
「くぴごんと・・・一緒に・・・はにゃ〜ん」
意味不明な呟きと共に、女――リオはどこか違う世界に飛んで逝った。
「くぴごん・・・カワユイ・・・」
いつの間にかくぴごんに抱きついたティンカーベルも、違う世界に飛んで逝っていた。
「・・・どうしようか、コレ・・・」
ディスが困ったように頬を引きつらせる。
「ほっといていいんじゃない?」
無情に葉奏がそう言った。