第12話
葉奏が一歩、前に出る。志摩子が僅かに後退する。
それは恐怖がゆえに。『ブラッディプリンセス』を前にした、本能的な恐怖がゆえに。
「ああああああっ!!!!」
恐怖は人を脆くする。恐慌は人を弱くする。畏怖は人を崩し去る。
臨海に至った恐怖は、総じて、全てを狂わせる。
「『肉壁』シリーズ! この女を殺しなさいっ!!」
志摩子が叫ぶ。狂った命令。絶対に不可能と理解している命令。それでも『肉壁』シリーズは忠実に命令を遂行する。何も考えない、恐怖など存在しないロボットだからできること。
「自力で勝てないから、こんな機械奴隷を私の相手にするわけね」
ふん、と見下して葉奏が片腕を振り上げる。
次瞬――凄まじい雷撃が『肉壁』シリーズへと降りかかる。それは『朱の魔道師』エースにも負けてはいない、雷の嵐。跳ねる雷撃は『肉壁』を焦がし、溶かし、壊し、弾き、屠る。
「……こんな奴隷で、私の相手ができると思っているの?」
これが強者の力。『ブラッディプリンセス』の力。
不得手な魔法でも覇位魔術師なみの力を発揮する、絶対的な力。
ただの数秒で、動かぬ鉄クズと化す『肉壁』シリーズ。肉壁一号を除く全ては、葉奏の一撃で鉄クズと化したのだ。
「に、肉壁一号っ! 早く殺しなさいっ!」
雷の嵐を喰らい、唯一生き延びた肉壁一号が駆ける。その巨大さに相反したスピード。
「……貴様みたいな奴とは、少し前に戦った記憶がある」
肉壁一号が大剣を振り下ろす。狙いは葉奏。葉奏はそれを難なく左手で受け止める。
「あの時の人形とは別種のようだけど、どちらにせよ、私が相手をするまでもない矮小な存在だ」
大剣を握り締める左手に、力を込める。肉壁一号は、必死でそれを堪える。
ゆっくりと、肉壁一号が浮いた。葉奏の左腕の力だけで。『混沌の魔手』がもたらした葉奏の膂力だけで。
「砕けろ、人形」
その状態のままで、右腕を肉壁一号に向け。
小さな破裂音。次いで、爆音。志摩子には、葉奏が何をしたのか分からなかった。
肉壁一号の鎧が飛散する。そのどれもが、細かく砕かれて。
葉奏はとてもつまらなさそうに、肉壁一号の大剣を捨てる。
「貴様の希望は全て捨てた。あとは、貴様が死ぬだけだ」
志摩子に向き直る。そして、恐怖以外のどんな反応もできない、残忍な笑みを浮かべた。
「安心しろ。十分に苦しめて、生まれてきた事をたっぷりと後悔させてから殺してやる」
葉奏の――『ブラッディプリンセス』の、最悪で災厄な至極の地獄が幕開ける。
「……あーあ、ひどい様だじょ」
遅れて現場へとやって来たくぴぴは、溜息をつきながらその惨状を見回した。
地面に転がる数多の鉄塊。ボルト。ナット。まるでロボットの一個師団と戦った後のような惨状。
「……よぉ」
その惨状の中心で座る、葉奏の肉体を借りたリュカの姿。
「一体、何があったじょ? あんたがそこまで疲れてるなんて珍しいじょ」
「……俺ぁ、何もしてねぇよ」荒い息で、面倒くさそうに呟くリュカ。「俺の娘が、『混沌の魔手』を限界以上に使っただけだ」
「どういうことだじょ?」
「あー……説明するのも面倒臭ぇ……。つまり、今のコイツが『混沌の魔手』を使うのは、せーぜー五分が限界なわけだ。それを超えれば、意識なんざ一瞬で吹っ飛ばすような頭痛が始まるんだが……この馬鹿、それに耐えやがった。おかげで全身の筋肉繊維がズタズタだ。俺の全力で治癒したところで、軽く二時間はかかる」
まぁ、しょーがねぇけど……そう、リュカは心中で呟く。
その目の前には、屍。全身を余すことなく切り刻まれ、燃やされ、焦がされ、その肉片の一欠片すら残さぬほどの憎悪で縊り殺された屍。葉奏の記憶を覗けば、それがどれだけ憎悪の対象になるかを理解することが出来た。
藤堂志摩子。『科学の妖怪』ベロに造られた、完全に人造の吸血鬼。彼女は謀ったのだ。己が『血啜の眷属』であると。彼女は詐称したのだ。己が『血啜の龍』リュカの末裔であると。
覚醒したハカナは、リュカの名が汚されることを嫌う。それは父娘を超えた、盲目的な愛ゆえに。
「ってわけでさっさと回復しろ、クー・ピニオンクロゥ・ピーツ」
「略して呼べっていつも言ってるじょ」
くぴぴにとって、最優先の突っ込み所はそこらしい。
「どーせ二時間たてば回復するんなら、くぴぴは必要ないじょ。がんがれ」
「……お前、何のために来たんだよ」
「ここだな……」
ディスレイファンは、やっと辿り着くことのできた敵の本拠に、軽い安堵を覚える。
それは城だった。もう何年、何十年と誰も住んでいないような古城。手入れなどほとんどされておらず、外壁には幾多の蔦が這い、割れていないガラスを探る方が難しいような宮殿。
過去、ここには王がいた。ビアレス4世という王。四代に渡ってこの地を統べていたビアレスの一族は、四代に渡ってこの地を統べていたビアレスの一族は、突如として五十年以上前に滅亡している。ビアレス王国の黒歴史。それは、かのビアレス最強の軍であった白騎士団の反乱によるものだった。
白騎士団の団長にして『白騎士』ガトー。突如として、彼は何かに操られていたかのように、国王へと凶刃を振るった。国王、王妃、そして一族郎党全てを殺害。その後、ガトーを始めとする白騎士団は、全てが自殺を行ったという。
誰一人として統治せぬ大地。それを、ベロが得ることは簡単だった。
忌まわしき、謎多き記憶の残る宮殿。
ディスは、そこで思索をやめた。
何が出るかは分からないが、それに怖じていては何も変わらない。
「行くぞ」
付き従うリオにそう告げて、『流星矢』ディスレイファンの戦が始まろうとしていた。
to be continued
コメント・感想
- うぅ〜ん、強すぎ (^_- -- Kengo
- いやぁ〜それほどでも…(≧∇≦) -- ACE
- とりあえず、ガトー倒してからもどりますねw -- ディス
- ガトーでなくて、追い付かれ…抜き去られる。乙! -- ACE
- うちの出番はなかなかこないなー(笑)姫やっぱ、強いね (^-^ -- ねこ@それん
- 俺の復活劇まだー?(*´д`*) -- ハジャ
- そろそろ続き書かなきゃなぁ…… -- てんかーべる
- まだー? -- ハジャ
- 13話マダー? -- ACE
- 13まーだーー? -- ハジャ