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第5話

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第5話

「今、時間あるか?」
「時間がないほど忙しければ、こんな所で寝てないって」
 ふふ、と女――梨紅が笑う。ディスは顔を背け、手近な椅子に座った。頬が熱いのが、自分でも分かる。
「・・・悪いな、いきなり押しかけてきて」
「別にかまわないわよ。シュヴァが過保護なせいで、毎日暇してるしね」
「シスは帰ってこないのか?」
目をあわさず、きょろきょろと部屋の中を見回す素振りをする。目を合わせたら、多分真っ赤な顔をしている自分がバレる。
「前に帰ってきたのは二ヶ月前かな。三日といなかったけどね」
「まだ、探し続けてるのか・・・」
ディスの表情が沈む。
「二年間、同じものを探し続けるって、どんな気持ちなんだろうな」
「・・・あのとき、私がへまさえしなければ・・・」
「悪いのはお前じゃないって何度も言ってるだろ。悪いのは守りきれなかった俺達だ」
 お互い、それで沈黙する。その後ろで、リオも黙り込んでいる。
「・・・なぁ」
不意に、ディスが口を開いた。
「シュヴァは、知ってるのか? お前の腹の中にいるのが、『何』なのか」
「ええ・・・包み隠さず教えたから」
「・・・それでもお前のことを嫁に貰ったってんだから、あいつも根性あるよ」
 ははは、と軽い調子で笑う。乾いた笑いだということが、自分でも分かった。それでも、それ以外に反応するすべがないから。
「・・・それで」
無理やり話題を変えるように、梨紅が口を開いた。
「今日はどうしたの?」
「ふっ」
前髪をかき上げ、顎に手をやり、口の端を吊り上げ、斜め45度で格好つける。
「愛する女の姿を、一目でも見たいと思うのは当然だろ?」
「あらあら、嬉しい」
「・・・お前、本気にしてねーだろ」
「当たり前でしょ。そういう言葉は――」
梨紅はそこで言葉を区切り、ディスへと手を伸ばす。頬を押さえて無理やり顔を向けさせ、こつん、と額を当てた。お互いの吐息がかかるほど、その距離は近い。
「ちゃんと、目を見て言うものよ」
 ディスの心臓が、張り裂けるかと思うほどに激しく高鳴る。少しでも体を突き出せば、触れることのできる距離。ディスはそのまま――
「目的を忘れんなぁーっ!」横合いから激しいケリを入れられた。

「で・・・だ」
自分の頬を氷のうで押さえている姿は、ひどく無様だと思う。
「梨紅、頼みがある」
「私にできることなら、何でも言って」
「今すぐシュヴァと別れて俺と共に北へ逃げよう」
「私は別にかまわないけど」
す、と後ろを指差して。
「リオちゃんがいかにも誰かを殴りたそうに巨大なハンマーを振りかぶってるけど、いいの?」
「すまん、冗談だ」
後ろにみなぎる殺気を感じて、さすがにふざけるのをやめた。
「ゼロエッジを呼んでくれないか?」
 ゼロエッジ――恐らく、その名前を聞いたことのない冒険者はいないだろう。情報収集の腕では大陸で並ぶ者がおらず、唯一、情報屋として『覇位』を得た男。しかし極度の変人ぶりから、その腕は正当に評価されていない。
「ふーん・・・」
梨紅は考え込むように顎に手をやり、ちらりとディスを見やる。
「ケンゴ君でも分からないような、難しい敵なんだ? 今回のは」
「・・・まぁ、そんなところだ。早く頼む。あんまり時間が残されてない」
「時間がなければ、他人の女相手に口説くなんてやめることだにゃ」
 しゅたっ、とディスの真後ろに、何かが飛び降りてきた。色黒の肌に黒髪の、どこか猫を思わせるような吊り目をした男。大陸最高峰の情報屋にして『覇位』、『道化』ゼロエッジ。呼ぶまでもなく、その男はそこにいた。
「よぉ、ゼロ」
特に動揺もなく、ディスは軽い調子で挨拶した。
「意地が悪いな。いたんなら出てこいよ」
「梨紅さんの監視はおいらの仕事なもんでにゃ。まさかおいら相手に用事とは思わなかったしにゃ」
 ゼロエッジはにやにやと笑い、懐から一冊の冊子を取り出す。共に万年筆を右手に持ち、冊子へと一文を走らせた。
「分かってるとは思うがにゃ」
にや、とゼロエッジが笑う。
「おいらの情報は『等価交換』にゃ。こっちの提供する情報に、見合った情報を何か提供してもらうにゃ」
「ああ、分かってるよ」
ディスが立ち上がり、大弓を構える。
「欲しい情報は、『科学の妖怪』ベロに関する全て。こっちの提供する情報は――」
 弓に矢をつがえ、引き絞る。
「『百花繚乱』だ」

 半刻ほどの間、ディスは弓を引き続けた。ゼロエッジはじっとそれを見続け、気づく全てを書きとめ、脳裏に刻み、目に焼き付ける。門外不出の、『百花繚乱』。
「・・・満足か?」
ディスは息を荒くして、ゼロエッジへ尋ねる。
「最高にゃ」
どこか悦を感じているような顔で、ゼロエッジが答える。
「おいらの知ってる、ベロに関する全てを教えるにゃ」
「・・・まず、居場所は?」
「ここから北へ歩いて半日ほど進んだ古城の地下にゃ。入って右側にある噴水の中央にある女性像の首を90度曲げると地下への階段が現れるにゃ」
「・・・なるほど、道理で誰にも分からないはずだな」
「あと、敵戦力は」
す、とディスへと一枚の紙を手渡す。
「ここに全部書いてあるにゃ。機械人形アルバートと『切り裂きリックス』が主だがにゃ、他にも何人か改造された奴がいるっぽいにゃ」
 乱雑にその紙を受け取り、ディスは早々にゼロエッジへ背を向けた。「毎度」その言葉を背中で聞いて、次瞬には気配が消える。
「・・・お疲れ様」
ねぎらう梨紅の声が、どこか癇に障った。表情には出さず、そのまま背を向ける。
「・・・また、来てね」
「ああ」
 目的は果たした。しかし、何でこんなにも胸が痛むのだろう。
「シュヴァと、お幸せにな」

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