綻び
襤褸い寝台に押し込まれたルイは、一向に目を覚ます気配がなかった。
マキ――飴(グンジョウだが)が翼と呼んだ――は、虚ろな目でどこかを見ている。
ソラはその脇に腰掛け、ぼんやりとあのときのことを思い出しては、ため息を吐く。
崩壊…か。己がそれを早めているとしたら…?
思い当たる節は幾つもある。冥や紅や飴、鉄を傷つけるとしたら…、
考えてもらちが明かない。ダークライの言葉が、じわじわと胸の奥で疼く。
マキ――飴(グンジョウだが)が翼と呼んだ――は、虚ろな目でどこかを見ている。
ソラはその脇に腰掛け、ぼんやりとあのときのことを思い出しては、ため息を吐く。
崩壊…か。己がそれを早めているとしたら…?
思い当たる節は幾つもある。冥や紅や飴、鉄を傷つけるとしたら…、
考えてもらちが明かない。ダークライの言葉が、じわじわと胸の奥で疼く。
冥にだけは、話した。同じくして、目覚めながら夢を見ている者。
しかし、話さないほうが良かったのかもしれない。彼ははっとしたような顔をして、
それからここ数日、物思いに耽っていることが多い。
ソラは何度目かわからないため息を、深く吐き出した。
頭の中がもやもやして、酷く惨めな気分だ。
しかし、話さないほうが良かったのかもしれない。彼ははっとしたような顔をして、
それからここ数日、物思いに耽っていることが多い。
ソラは何度目かわからないため息を、深く吐き出した。
頭の中がもやもやして、酷く惨めな気分だ。
「おーおー、いい天気ですなぁ」
鉄は眩しそうに目を細めた。薄暗い家の中から、赤く明るい表へ。
ちりとりに集めたゴミを零さないように、そうっとドアを閉める。
それでなくても、今は中に病人(?)を抱えているわけだし。
片方は何度も見覚えがある、飴のだんな様だ。もう片方はちょっと知らない。
けれど、鉄としては、だぁりん(愛)が連れてきた客人を放り出すつもりはない。
というか、病人(かどうかしらんけど)の面倒なんて喜んで看ちゃうわけだが。
家の脇のゴミをかためた場所に、ちりとりの中身をあけた。これでお掃除終了。
「よしゃ、あとはゴハンだぜ」
やる気満々で戻ろうとしたところで、遠くから歩いてくる人影に気付く。
胸の奥が、僅かに痛んだ。
鉄は眩しそうに目を細めた。薄暗い家の中から、赤く明るい表へ。
ちりとりに集めたゴミを零さないように、そうっとドアを閉める。
それでなくても、今は中に病人(?)を抱えているわけだし。
片方は何度も見覚えがある、飴のだんな様だ。もう片方はちょっと知らない。
けれど、鉄としては、だぁりん(愛)が連れてきた客人を放り出すつもりはない。
というか、病人(かどうかしらんけど)の面倒なんて喜んで看ちゃうわけだが。
家の脇のゴミをかためた場所に、ちりとりの中身をあけた。これでお掃除終了。
「よしゃ、あとはゴハンだぜ」
やる気満々で戻ろうとしたところで、遠くから歩いてくる人影に気付く。
胸の奥が、僅かに痛んだ。
「鉄、どちらへ?」
「あ…いや、ちょっとごみぽいしてきただけ」
冥は少し訝しげな顔をして、鉄が後手に何か隠し持っているのを見つけた。
「何ですか?」
「あ、ああああのね、何でもないの、いやあはっは今日もいい天気ダヨー」
裏声まで作りながら、わざとらしいことこの上ない態度で、鉄は奥の部屋へ逃げ込む。
長いパーマの黒髪が、ふわふわ揺れる。
「だっ、だありーん、ゴハン何がいーい?」
不思議に思いはするものの、鉄の能天気さからは危険な雰囲気は感じない。
まあいいか、と、食卓で待っていようか、椅子につこうとした時。
平穏な空気を真っ二つに断ち割って、怨嗟の声が響いた。
その声は、奥から、
「鉄!」
冥の後をおそるおそる、紅と飴が付いていく。
三人が駆け込んだ奥の部屋の中央に、ゆらりと何かが立っている。
「…下がっていてください、紅、飴」
飴が悲鳴を飲み込んだ。それは、今まで呆けていたはずの翼。
俯いて顔は見えないが、その目は尖った金に輝いている。
それからまばたきほどの間に、ことは目まぐるしく展開された。
翼はすぐ隣に居たソラに飛び掛ると、ソラをうつぶせに地面に押さえつける。
そして、尖った爪を振り上げて、勢いよく振り抜いた。
「っが…!」
「お前…<エアームド>だろう…?」
呪いを呟くような声で、翼は淡々と問いかけた。
「なら、羽根があるはずだな?…俺に、寄越せ」
ソラは呼吸困難の魚のようにもがいて何度も翼を振り払おうとしたが、突き刺さった爪がまるで抜けない。
そのまま皮膚を突き破るようにして引きずりだされたのは、白銀に輝くツバサ。
血に濡れて赤く、より輝きを増している。
翼はその根元に手をかけ、力を込めた。絶叫を飲み込みきれなかったソラは、うつ伏せのまま吼える。
「飴と約束したんだ…俺が連れてってやるって…」
「鉄、そこを退いて――」
"ねんりき"を使おうと、冥は部屋へ飛び込む。しかし、鉄は退かなかった。
「鉄!」
「……無駄だよ、翼」
鉄は声を震わせ、俯きながら、翼に呼びかけた。翼は力は緩めずに、それでもふと鉄を見る。
「何がだ…?」
鉄は涙をいっぱいに溜めた目を上げる。そして、翼に笑いかけた。
「あ…いや、ちょっとごみぽいしてきただけ」
冥は少し訝しげな顔をして、鉄が後手に何か隠し持っているのを見つけた。
「何ですか?」
「あ、ああああのね、何でもないの、いやあはっは今日もいい天気ダヨー」
裏声まで作りながら、わざとらしいことこの上ない態度で、鉄は奥の部屋へ逃げ込む。
長いパーマの黒髪が、ふわふわ揺れる。
「だっ、だありーん、ゴハン何がいーい?」
不思議に思いはするものの、鉄の能天気さからは危険な雰囲気は感じない。
まあいいか、と、食卓で待っていようか、椅子につこうとした時。
平穏な空気を真っ二つに断ち割って、怨嗟の声が響いた。
その声は、奥から、
「鉄!」
冥の後をおそるおそる、紅と飴が付いていく。
三人が駆け込んだ奥の部屋の中央に、ゆらりと何かが立っている。
「…下がっていてください、紅、飴」
飴が悲鳴を飲み込んだ。それは、今まで呆けていたはずの翼。
俯いて顔は見えないが、その目は尖った金に輝いている。
それからまばたきほどの間に、ことは目まぐるしく展開された。
翼はすぐ隣に居たソラに飛び掛ると、ソラをうつぶせに地面に押さえつける。
そして、尖った爪を振り上げて、勢いよく振り抜いた。
「っが…!」
「お前…<エアームド>だろう…?」
呪いを呟くような声で、翼は淡々と問いかけた。
「なら、羽根があるはずだな?…俺に、寄越せ」
ソラは呼吸困難の魚のようにもがいて何度も翼を振り払おうとしたが、突き刺さった爪がまるで抜けない。
そのまま皮膚を突き破るようにして引きずりだされたのは、白銀に輝くツバサ。
血に濡れて赤く、より輝きを増している。
翼はその根元に手をかけ、力を込めた。絶叫を飲み込みきれなかったソラは、うつ伏せのまま吼える。
「飴と約束したんだ…俺が連れてってやるって…」
「鉄、そこを退いて――」
"ねんりき"を使おうと、冥は部屋へ飛び込む。しかし、鉄は退かなかった。
「鉄!」
「……無駄だよ、翼」
鉄は声を震わせ、俯きながら、翼に呼びかけた。翼は力は緩めずに、それでもふと鉄を見る。
「何がだ…?」
鉄は涙をいっぱいに溜めた目を上げる。そして、翼に笑いかけた。
「"ソラ"のツバサは折れてるんだ…わすれちったのかよ、"マキ"?」
世界が、呼吸をやめた。
「マキ、わかったらソラから手をはなしてやってくれよ」
鉄はゆっくり一歩ずつ、止まった空気の中を歩いていく。
そして、そっと、呆然とするマキ――翼に触れて、頭を撫でた。
「な? ソラの羽じゃ、お前は飛べないんだから」
翼の唇が僅かに動く。金色の目が所在なさそうに泳ぐ。
その、力が緩められた僅かな隙に、ソラは自由の利く左のツバサを思い切り振るった。
危険を感じて退った翼は、ツバサの直撃は免れたが、ソラの身体を手放すこととなった。
「ありがとな、マキ」
笑いかける鉄を脅えるような目で見つめ、ソラと鉄を交互に見比べる。
その視線は、冥より奥にいる飴にも注がれた。
飴は糸が切れたようにその場に崩れ、翼を見上げる。
「"マキ"なんて…知らない……俺は…"翼"…飴のための…」
「……翼!」
右腕で物壁伝いにゆっくり前へ進み出て、飴は翼の足元へたどり着いた。
「飴…?」
「よく、ごめん、ごめんな、…もういいよ、もう、いい」
「あめ、」
深く美しい青の瞳にたっぷりの涙を湛えて、翼の服の裾を握り締める。
その目は、確かに誰かに似ているような気がする。
「空へなんて行けなくていい! 翼、もう…お願いだから…」
翼は泣きじゃくる飴を、血に濡れた手で抱き締めた。澱に澱んだ匂いがした。
「……わかった」
鉄はゆっくり一歩ずつ、止まった空気の中を歩いていく。
そして、そっと、呆然とするマキ――翼に触れて、頭を撫でた。
「な? ソラの羽じゃ、お前は飛べないんだから」
翼の唇が僅かに動く。金色の目が所在なさそうに泳ぐ。
その、力が緩められた僅かな隙に、ソラは自由の利く左のツバサを思い切り振るった。
危険を感じて退った翼は、ツバサの直撃は免れたが、ソラの身体を手放すこととなった。
「ありがとな、マキ」
笑いかける鉄を脅えるような目で見つめ、ソラと鉄を交互に見比べる。
その視線は、冥より奥にいる飴にも注がれた。
飴は糸が切れたようにその場に崩れ、翼を見上げる。
「"マキ"なんて…知らない……俺は…"翼"…飴のための…」
「……翼!」
右腕で物壁伝いにゆっくり前へ進み出て、飴は翼の足元へたどり着いた。
「飴…?」
「よく、ごめん、ごめんな、…もういいよ、もう、いい」
「あめ、」
深く美しい青の瞳にたっぷりの涙を湛えて、翼の服の裾を握り締める。
その目は、確かに誰かに似ているような気がする。
「空へなんて行けなくていい! 翼、もう…お願いだから…」
翼は泣きじゃくる飴を、血に濡れた手で抱き締めた。澱に澱んだ匂いがした。
「……わかった」
*
「ソラ、もう、大丈夫か?」
「…ああ、"はねやすめ"で大分回復できたから…」
夜半、ソラは提供されたルイの隣の寝台で、身体を休めていた。
翼は飴を連れて立ち去り、後片付けで昼が遅くなり、落ち着いたのはもう夜更けのことだ。
眠ろうとうとうとしていたところに様子を見に来た鉄を呼びとめ、声をひそめて問いかけた。
「……覚めたのか、夢から? "クロ"か?」
「う…あ、うん、クロですぉだありんさま」
「喧しい。…クレセリアに会ったのか?」
クロはきょとんとした顔で、ソラの目を見つめる。何度か瞬きをした後で、首を横に振った。
「くれせりあ、は知らない。俺な、ト」
にこやかに続きの言葉を喋ろうとしたところへ、冷静な声が割り込む。
「二人っきりで何の相談ですか、鉄」
クロの両肩が見事にはねる。背後に、冥と紅が佇んでいた。
「あっ…ああああいやぁ、寝てなかったの冥! 紅も!」
「…うん、」
「紅ぉー、良い子は寝てなきゃだめなお時間ダゾ!」
紅の頭をわしわし撫でてお母さんモードに突入したクロを尻目に、ソラは冥に話しかけた。
「鉄が」
「…わかってます、紅には…どうします?」
「…話さないほうが、いいだろうな」
耳の奥で、ダークライの言葉が蘇った。
目覚めていることが、必ずしも好ましい状況だとは限らない。
「おい、鉄、そろそろ放してやれ」
「いやもう、紅がかわいくて」
紅は鉄の腕のなかですこし窮屈そうにしている。
けれど、以前のような強張った表情ではなくて、だいぶ感情も出るようになってきた。
もしも全てを話したことでそれが消えうせてしまうなら、話したくはない。
「紅はいい子だなぁvv よしよし」
「アホゴドラ、さっさと寝ろ」
当分は、このまま。
「…ああ、"はねやすめ"で大分回復できたから…」
夜半、ソラは提供されたルイの隣の寝台で、身体を休めていた。
翼は飴を連れて立ち去り、後片付けで昼が遅くなり、落ち着いたのはもう夜更けのことだ。
眠ろうとうとうとしていたところに様子を見に来た鉄を呼びとめ、声をひそめて問いかけた。
「……覚めたのか、夢から? "クロ"か?」
「う…あ、うん、クロですぉだありんさま」
「喧しい。…クレセリアに会ったのか?」
クロはきょとんとした顔で、ソラの目を見つめる。何度か瞬きをした後で、首を横に振った。
「くれせりあ、は知らない。俺な、ト」
にこやかに続きの言葉を喋ろうとしたところへ、冷静な声が割り込む。
「二人っきりで何の相談ですか、鉄」
クロの両肩が見事にはねる。背後に、冥と紅が佇んでいた。
「あっ…ああああいやぁ、寝てなかったの冥! 紅も!」
「…うん、」
「紅ぉー、良い子は寝てなきゃだめなお時間ダゾ!」
紅の頭をわしわし撫でてお母さんモードに突入したクロを尻目に、ソラは冥に話しかけた。
「鉄が」
「…わかってます、紅には…どうします?」
「…話さないほうが、いいだろうな」
耳の奥で、ダークライの言葉が蘇った。
目覚めていることが、必ずしも好ましい状況だとは限らない。
「おい、鉄、そろそろ放してやれ」
「いやもう、紅がかわいくて」
紅は鉄の腕のなかですこし窮屈そうにしている。
けれど、以前のような強張った表情ではなくて、だいぶ感情も出るようになってきた。
もしも全てを話したことでそれが消えうせてしまうなら、話したくはない。
「紅はいい子だなぁvv よしよし」
「アホゴドラ、さっさと寝ろ」
当分は、このまま。