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であい

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邂逅




青は極彩色の世界のなかをふらふら泳いでいた。
極彩色、というかそう見えているだけで、実際の世界がこんな色ではないことは気付いている。
世界は復元されない。灰は灰に還るのみ。
珍しく獲物らしい獲物にも出会わない。ポケモンにさえも出会わない。
指先はうずうずと血に嘗められたがるけれど、有益な殺生でなければ行うには値しない。
「でておいでよ、怖くないよぉ」
ふふっと鼻歌交じりにそう呼びかけても、誰一人身動きもしなかった。
「ねぇ、誰も居ないの?」
誰も居ない。一瞬ぞくりとしたけれど、古びた記憶は奥深く押し込めて。
きれいな世界の中をゆらゆらと。
やがて出会った一羽の小鳥。甲高い声で鳴いた。


「むっ!? だれかが正義の味方を呼んでいますッ!」
「え、おい!」
手を引っ張られたまま急に加速されて、樹は思わず前にのめった。
確かに遠くで微かに、女性の悲鳴らしきものが聞こえた、ような気はしないでもない。
しかしそれは本当に微かなもので、人の声と断定することは難しい…のだけれど。
薫は樹の手を引いたまま、声の場所を特定しているかの如く路地を縦横に駆けた。
そして薫は駆け出した時と同じく唐突に止まり、樹は思わず薫にぶつかってしまう。
「いたた…なんだ急に…」
薫は返事もせずに、樹を放して技をくりだす構えをとって前へと飛び掛った。
開けた樹の視界に飛び込んできたのは、おぞましい思い出だった。


青は突然に現れた男を見遣った。
ポケモンだ。殺す理由はない。ただ現場を見られたことは少々問題あり。
さてどうしたものか、と考えているうちに、相手が先に飛び掛ってきた。
直撃すれば痛そうだ。"しんそく"で飛び退く。"ドレインパンチ"は地面を割った。
「……びっくりですよ、避けられるなんて」
「こっちだって急に喧嘩売られるとは思ってなかったけどね」
それで、と青は、男の後ろにいた、自分を脅えた目で見つめる若者に笑いかけた。
「久しぶりだね、ジュプトル。こんどは逃がさないよ!」
電光石火で地面を蹴り、"れいとうパンチ"を振りかざす。耐久の脆いジュプトルなら訳はない。
しかし、"れいとうパンチ"はジュプトル――樹には届かなかった。
阻むようにして割って入った薫が、それより早く"ソーラービーム"を放ったのだ。
「……!」
青は直撃を免れるために体勢を崩し、"れいとうパンチ"の構えも解かざるをえなかった。
そして、漸く頭上に煌々と輝く――初めて見る、太陽を見上げた。
「"にほんばれ"か…道理でぼくより早いわけだ」
「姫様には指一本触れさせませんよ、あなたにどんな理由があっても」
「…じゃあ、触らないよ」
そう言う青の掌中には、仄青い炎が浮かんでいた。球体になったそれを、薫めがけて放つ。
スピードで上回っている薫は、おそらく"はどうだん"をかわすことは出来る。
しかし、恐らくこの"はどうだん"は、樹を狙ったものだ。
薫がかわせば樹に直撃するだろう。
「…卑怯です!」
「何とでも言えばいい。ぼくには成さなければならないことがある」
「薫! 逃げろ!」
"はどうだん"と向き合い、"ソーラービーム"を構えたが。時間がない。
――逃げるわけには!
薫は目を閉じて衝撃に堪えようとしたが、着弾する気配がない。
恐る恐る目を開けると、目の前に透明な障壁があった。"はどうだん"はそれに当たって消えたようだ。
「"アイアンテール"。加減をするな、そんな余裕は無いぞ」
声に合わせて背後から飛び上がる何か。青の居たところを、強烈な鞭が襲った。
しかし青も、みすみすと仕留められるほどの技量ではない。
"アイアンテール"を放った獣は地面に降りると、真っ向から青を睨みつけた。
「……たたかえ。私、と」
青は獣を見、それから薫たちの背後を見遣って、ため息を吐いた。
「…ぼくの邪魔ばかりしないでよ、冬」
樹は両肩をびくりと震わせた。狂獣が二匹。背後には、人間を抱いた冬が居た。
冬は樹に笑いかけた。その笑顔は、あのときの狂気じみたものとは違い、樹をすこし安心させる。
「逃げなさい、樹くん。君はまだ、しなければならないことがあるだろう」
「……冬、さん」
「すまなかった。わたしが出来るのは、君が逃げるまでの時間を稼ぐことくらいだからな」
あっけにとられている樹の横で、薫が声を張り上げた。
「逃げません!」
「…薫?」
「それは弱いもののすることだ、僕は強い! そんな――」
冬は琥珀色の、今は右しか残らない瞳で、薫を見た。優しい口調で語りかける。
「では、樹くんの護衛を頼む。樹くんを安全な場所まで送り届けてくれ」
樹が頷いて、二人が走り去るのを見届け、冬はやっと青に言葉をかけた。
「また会うとは思わなかったが」
「ぼくもさ。幻? には会えたわけ?」
「ああ」
腕の中の死体を撫でる。冬は目を細めて、幸せそうに微笑んだ。
「ねぇ…いい加減退けてよ、"ステルスロック"。また見逃しちゃったじゃない」
「そうだな…莉」
「…はい」
ばらばらと落ちた岩を眺めて、青はにっこり笑った。
「ぼくと戦おうっていうんだね? このぼくと!」
「逃げようったって帰してくれないだろう?」
不敵に笑いあって、次の瞬間には、莉と青は地面を蹴っていた。


青は怖ろしいほどのスピードで目の前の獣――莉に飛び掛った。
見るところ、少々異形だが"トリデプス"。
砦という名を賜っているだけありその防御力たるや凄まじいが、"ルカリオ"の青にしてみれば。
まずは尾で一撃を見舞い、そこから流れるような多段攻撃。
"インファイト"は敵の身体を大きく吹き飛ばしたが、地面が幾分削れただけで、莉は平然としていた。
「……流石にカタいね。"インファイト"でも沈まないなんて」
青の感想には、冬が返事をした。
「莉をバカにしてもらっちゃあ困る。そこいらのトリデプスとは格が違うさ」
「そう、でも何時までもつかなぁ?」
言うが早いか、まだ突っ立ったままの莉に猛然と突っ込む。
莉はごくゆっくりとした動きで目の前に腕を交差させ、頭を守るようにした。
青の爪がぐっと長く伸び、莉の腕を捕える。"メタルクロー"は莉の"てっぺき"に食い込んだ。
「…っ」
みしみしと音を立てて、鱗が浸食される。裂け目からは滝のように血が噴出した。
「案外脆いじゃない!」
青は左の爪を食い込ませたまま、莉の身体を掬い上げるように頭を突っ込む。
そして爪を振るって、莉を地面に叩きつけた。ごきっと鈍い音がする。
「もう折れた。つまんないよ」
「………」
莉の右腕はあらぬ方向へ折れていたが、莉は痛みを感じているのかいないのか、相変わらずの無表情でいる。
むしろ、表情を変えたのは青のほうだった。
莉が残った左腕で引きむしるように、右腕を根元から『折り取った』のだ。
「!!」
噴出した血煙が青の視界を奪う。それを振り払った時には莉は居ない。
はっとして波導をめぐらせ、その位置を捜す。それは、真後ろに、
「ざんねん…だったな」
莉右腕の根元から白い骨が真っ直ぐに伸び、それを取り巻くようにして肉が、神経が這い、鱗が再生していく。
それを視界の端で見送りながら、青は防御の姿勢を取る。
しかし完全に再生した右腕が青の喉もとへ掴みかかり、莉の頭突きは確実に青を捕えた。
「っうぐ…!!」
"アイアンヘッド"をもろに喰らい、それでも抵抗しようと莉の右腕を引っ掻く。
だが、その鱗の硬質さは先ほどの比ではない。硬さを増している。
そうこうしているうちに"アイアンテール"が撓り、青は建物の壁に叩きつけられた。
「莉、もうよしなさい」
「………でも」
「わたしは彼を殺しに来たわけじゃない。命令だ、やめなさい」
青は瓦礫の中から身を起こし、冬と莉を睨みつけた。
その姿は怪我と返り血で真紅に染まって、ゆらりと立ち上がるとまるで幽鬼のようにも見える。
壁に叩きつけられたときに痛めたのか、片腕はだらしなく垂れ下がったままだ。
「青、もういいだろう? 君を殺すのは本意じゃない、君も死にたくないだろうし」
「………ころす?」
「ああ。それともそんな身体で、まだ戦おうというのか?」
返事はなかった。ただ、真紅の、憎悪に満ちた瞳で、冬を睨みつけて。
ぎり、と唇を噛み締め、青は冬にとびかかった。声にならない怨嗟の鳴き声が響く。
けれど冬はすこし悲しそうな顔で青を見ただけで、動かなかった。
青の爪は冬に届くより先に、地面から突出した石柱に砕かれる。
莉の放った"ストーンエッジ"は連なって壁となり、青と冬を完全に隔ててしまった。
「……この世界で何を変えようと」
冬は壁の向こう、物音一つしない向こうを見つめて呟く。
「わたしたちは変わりようも無い。……知っているさ、そんなことは」
誰に向けた追悼か。抱きしめた死体を優しく撫でて、目を閉じる。
暫くそこでそうしていたが、やがて莉を連れて歩き出した。




青はうっすらと目を開けたまま、じっと地面に寝転んでいた。
壁に叩きつけられたときに痛めた右腕は、先ほどの"ストーンエッジ"で完全に砕かれた。
ぴくりとも動かせない指先に既に感覚はない。
というか、体中すべての感覚が遠のきつつある。延長に死の影が見えた。
「…ぼくも、しぬのかな」
『フィフスは生きるよ、僕と違って。僕は消去される。引き渡されないためにね』
懐かしいノイズの混じった合成音声。ホログラムの映像が目の前に現れる。
「やだよ、やだよゼータ、ゼータまでぼくをおいていくの…?」
『僕だって心苦しいのさ。けれど仕方ないんだよ、フィフス』
やがてぽつぽつと雨が降り始め、地面を、青を、地面に滲みた青の血を濡らしていく。
次第に大雨に変わるそれは、まるで青を責めるように降り注ぐ。
「……ゼータ、ぼくはもうだめみたい。もう動かない。痛いよ、たすけて…」
『ああ…誰か来た。僕を消去するためだよ。わかルだロう、フィふス』
ホログラムがぶれ始める。それが意味するのはひとつだけ。
「わからない! きえちゃいやだ、ゼータ、ゼータ…!」
『まタね、フぃフス。現在実行中ノぷログラむハ強制終了さレマす――』
伸ばそうとする腕はちっとも動かない。
青の見つめる前で、ホログラムは霧散するように消えた。
青は雨に紛れて、泣きながらその名を呼び続ける。
けれどもう、還ってきようもないことは、心のどこかでわかっていた。


「夢はイドラ。現実では起こりえない矛盾も偶然も必然も、すべて孕んで膨張を続ける」
ダークライは石柱からできた壁の上に腰掛けて、雨を浴びながら青を見下ろしていた。
「しかし物語の糸は、今また思わぬところで縺れはじめているようだ」
雨を手に受けて、ふふっと低い声で笑って。
「しかしそれも夢なればこそ。夢に酔う者を、夢は裏切らないが」
振り出した時と同じく、雨がさあっと引いていく。
濡れた世界を乾かすように日が照り始めた。
空を見上げ、ダークライは笑う。

「私はきまぐれなのだ。それは本人も驚くほどにね」






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