小夜曲
「あっ…落っことしちゃった…」
青は尖塔の上から地上を見下ろして、取り逃した獲物の影を目で追う。
この高さから落ちて、ただの人間が助かるとは思えない。
でも、生きていようが死んでいようが、青は疼く牙を押さえられなかった。
「……めんどくさいけど、降りるしかないよねぇ」
ぱたっ、と銀の翼を羽ばたかせ、その姿が掻き消える。
後には抜け落ちた羽根が、はらはらと舞うばかり。
青は尖塔の上から地上を見下ろして、取り逃した獲物の影を目で追う。
この高さから落ちて、ただの人間が助かるとは思えない。
でも、生きていようが死んでいようが、青は疼く牙を押さえられなかった。
「……めんどくさいけど、降りるしかないよねぇ」
ぱたっ、と銀の翼を羽ばたかせ、その姿が掻き消える。
後には抜け落ちた羽根が、はらはらと舞うばかり。
一方塔のてっぺんから落っことされた冬はというと、幻の腕の中で盛大にため息を吐いていた。
幻は何が起こったのかわからない顔をしていたが、直ぐにその表情が険しくなった。
冬はそれを見逃さない。すこし次期が遅くなった、タイミングがずれただけのことだ。
「約束だったな? わたしに触れたら殺すって」
「………でも」
言いたいことはよくわかる。まさか上から降ってくるなんて、受け止めてしまうなんて。
でも、こうなってしまった以上これが二人の運命だ。
「仕方ないさ。もう逃げられない、言い逃れなんてさせない」
まるで自分に言い聞かせるように。微笑んで。
「…できませんよ、僕には。だって…」
「以上言っても無駄。わたしはきっと聞かない」
「何度でも言います、できないんです、愛してるんです、殺すなんてできない」
冬は笑った。
ひとしきり笑って、ぎら、と隻眼を光らせる。睨むように。或いは嘲るように。
幻は何が起こったのかわからない顔をしていたが、直ぐにその表情が険しくなった。
冬はそれを見逃さない。すこし次期が遅くなった、タイミングがずれただけのことだ。
「約束だったな? わたしに触れたら殺すって」
「………でも」
言いたいことはよくわかる。まさか上から降ってくるなんて、受け止めてしまうなんて。
でも、こうなってしまった以上これが二人の運命だ。
「仕方ないさ。もう逃げられない、言い逃れなんてさせない」
まるで自分に言い聞かせるように。微笑んで。
「…できませんよ、僕には。だって…」
「以上言っても無駄。わたしはきっと聞かない」
「何度でも言います、できないんです、愛してるんです、殺すなんてできない」
冬は笑った。
ひとしきり笑って、ぎら、と隻眼を光らせる。睨むように。或いは嘲るように。
「役立たず。お前なんか、拾わなければよかった。」
それでも拳は寸前で止まった。
冬の襟元を掴んだまま、右の拳を握り締めて、青い瞳は冬を睨む。
いつまでも振り下ろされない断罪の斧。震える幻の瞳に、涙が浮かんだ。
「…何と言われても、僕はどうでもいい。あなたに幸せに、なってほしいんだ」
「わたしは生きている限り幸せにはなれない。だからお前に殺して欲しい。それだけだろ?」
幻は首を振る。血が滲むほどに握っていた拳を解いて、冬に触れる。
「わたしの幸せは、お前がわたしなんか捨てて進んでくれること。わからないのか?」
「……僕は、あなた無しで生きられないよ。あなたが居ないとだめなんだ!」
搾り出すのは悲鳴。胸を裂くような、喉を裂くような。
互いに互いを傷つけながら、最も深い泥沼へ堕ちて沈んでいく。
「お前には将来がある。わたしのために全て捨てるなんて馬鹿げてる!」
「だってあなたが僕の全てなんだ! あなたが拾ってくれたから僕ははじめて生きられた!」
いつまでも振り下ろされない断罪の斧。震える幻の瞳に、涙が浮かんだ。
「…何と言われても、僕はどうでもいい。あなたに幸せに、なってほしいんだ」
「わたしは生きている限り幸せにはなれない。だからお前に殺して欲しい。それだけだろ?」
幻は首を振る。血が滲むほどに握っていた拳を解いて、冬に触れる。
「わたしの幸せは、お前がわたしなんか捨てて進んでくれること。わからないのか?」
「……僕は、あなた無しで生きられないよ。あなたが居ないとだめなんだ!」
搾り出すのは悲鳴。胸を裂くような、喉を裂くような。
互いに互いを傷つけながら、最も深い泥沼へ堕ちて沈んでいく。
「お前には将来がある。わたしのために全て捨てるなんて馬鹿げてる!」
「だってあなたが僕の全てなんだ! あなたが拾ってくれたから僕ははじめて生きられた!」
もうやめよう。不毛なことだと互いにわかっているのに。
でも結論を出さないことは赦されない。それがこのゲームのルールだから。
ならば答えを導こう。どんな結果になっても、きっとこれが最良の選択だから。
幻は手を、離した。
「僕が生きるのはあなたが生きるのと同じ――そうなんだよ」
「…まほろ?」
でも結論を出さないことは赦されない。それがこのゲームのルールだから。
ならば答えを導こう。どんな結果になっても、きっとこれが最良の選択だから。
幻は手を、離した。
「僕が生きるのはあなたが生きるのと同じ――そうなんだよ」
「…まほろ?」
「じゃあ…僕が死ぬのも、あなたが死ぬのと同じだね」
悪趣味な神様の仕掛けた壮大なゲーム。
唸る回転鋸のエンジン、冬の隻眼が見開かれる。
幻ははじめて笑った。そうだ、このほうがずっといい。あなたを殺すくらいなら、ずっとましだ。
唸る回転鋸のエンジン、冬の隻眼が見開かれる。
幻ははじめて笑った。そうだ、このほうがずっといい。あなたを殺すくらいなら、ずっとましだ。
「――やめろッッ!!」
鈍い音を立てて、鋸が落ちる。
強い力で払いのけられたそれは、地面の上で不平そうに鳴いて、止まった。
「…やめてくれ……お願いだから……」
震える冬を、幻は優しく抱きとめた。
その頬を、透明な涙が伝う。声を震わせて、力の限り冬を抱き締める。
何処へも逃がさない。二度と失わない。捕まったのはどっちで、堕ちたのはどっちなのか。
「あなたは……おなじことを僕にしたんだよ…?
僕はくるしかったんだよ? ほんとうにくるしかったんだよ!? トウガンさん!!」
「ごめんね、わかってたんだよ、全部わかってたんだ。でもできなかった。ほんとうにごめん」
「トウガンさんの馬鹿、ばか。もう二度とこんなことしたくない…」
「うん、もうしない。ごめんね、」
強い力で払いのけられたそれは、地面の上で不平そうに鳴いて、止まった。
「…やめてくれ……お願いだから……」
震える冬を、幻は優しく抱きとめた。
その頬を、透明な涙が伝う。声を震わせて、力の限り冬を抱き締める。
何処へも逃がさない。二度と失わない。捕まったのはどっちで、堕ちたのはどっちなのか。
「あなたは……おなじことを僕にしたんだよ…?
僕はくるしかったんだよ? ほんとうにくるしかったんだよ!? トウガンさん!!」
「ごめんね、わかってたんだよ、全部わかってたんだ。でもできなかった。ほんとうにごめん」
「トウガンさんの馬鹿、ばか。もう二度とこんなことしたくない…」
「うん、もうしない。ごめんね、」
終わりだ。これで何もかもお終いだ。
現も夢もない、輪廻し続けた無益な鬼ごっこ。
でも、これで最後。これからは、そんな必要もない。
胸に顔を埋めたままの冬の赤毛を、そっと撫でる。
「…トウガンさん、」
「かえりたい…早く家に帰りたい…
皆で狭い机で飯食って、くだらないテレビ視て笑いたいよ…」
「もう少しだよ、もう少しの辛抱だから、きっと僕があなたを助けてあげ――」
現も夢もない、輪廻し続けた無益な鬼ごっこ。
でも、これで最後。これからは、そんな必要もない。
胸に顔を埋めたままの冬の赤毛を、そっと撫でる。
「…トウガンさん、」
「かえりたい…早く家に帰りたい…
皆で狭い机で飯食って、くだらないテレビ視て笑いたいよ…」
「もう少しだよ、もう少しの辛抱だから、きっと僕があなたを助けてあげ――」
肉を切り裂く、無慈悲な音がした。
「呑気なもんだね、世界はもう助からないのに。」
冬の身体が、ゆっくり崩れ落ちた。琥珀の瞳は空中を泳ぐ。
その背後には、銀翼を羽ばたかせた青が居た。
真新しい血糊で腕を染めて、冷徹に冬を睨んで。
「…リオ」
「ぼくは青。はじめまして。」
にやっと唇を吊り上げて、青は笑った。血を吐いて伏せた冬を爪先で蹴飛ばす。
「ぼくは人間の敵。世界を守る者。かみさま、だよ」
「……神も悪魔も関係ない。トウガンさんに触るな。」
「冬のこと? この男は、私欲のためににんげんを殺し続けた屑だ。裁くのは神の務め」
幻は冬を抱き締めた。普通の人間だ。この傷では長く持たないだろう。
助けるためには――目の前の神を、世界の理を曲げるしかない。
神を睨みつける空色の瞳。右腕には赤いベルクウィニスの刃を携えて。
「ならば私は、私欲のために神を殺そう。」
「神に挑戦しようっていうの? 人間ってほんと浅はかだよねぇ」
びきびきと音を立てて、青の両腕が硬質化し、黒い鎧を纏った。
「まあそれも…人間の性、ってヤツ?」
その言葉を契機に、二人は地面を蹴った。
「呑気なもんだね、世界はもう助からないのに。」
冬の身体が、ゆっくり崩れ落ちた。琥珀の瞳は空中を泳ぐ。
その背後には、銀翼を羽ばたかせた青が居た。
真新しい血糊で腕を染めて、冷徹に冬を睨んで。
「…リオ」
「ぼくは青。はじめまして。」
にやっと唇を吊り上げて、青は笑った。血を吐いて伏せた冬を爪先で蹴飛ばす。
「ぼくは人間の敵。世界を守る者。かみさま、だよ」
「……神も悪魔も関係ない。トウガンさんに触るな。」
「冬のこと? この男は、私欲のためににんげんを殺し続けた屑だ。裁くのは神の務め」
幻は冬を抱き締めた。普通の人間だ。この傷では長く持たないだろう。
助けるためには――目の前の神を、世界の理を曲げるしかない。
神を睨みつける空色の瞳。右腕には赤いベルクウィニスの刃を携えて。
「ならば私は、私欲のために神を殺そう。」
「神に挑戦しようっていうの? 人間ってほんと浅はかだよねぇ」
びきびきと音を立てて、青の両腕が硬質化し、黒い鎧を纏った。
「まあそれも…人間の性、ってヤツ?」
その言葉を契機に、二人は地面を蹴った。