消えて逝く
かつかつかつかつ。
からからからから。
からからからから。
ぺたぺたぺたぺた。
かつ、かつかつ。…。
から、からから。…。
から、からから。…。
ぺた、ぺたぺた。…。
冬は立ち止まったまま、振り返らなかった。
とても好ましくない状況だ。明らかに、何者かにつけられている。
きっちり同じ速度で追ってくる足音は、水気を含んだような湿った音。
「………」
連れて帰ったら、青に怒られる。青は殺害の現場を見られることをよしとしない。
見たものには――死、それ在るのみ。
とても好ましくない状況だ。明らかに、何者かにつけられている。
きっちり同じ速度で追ってくる足音は、水気を含んだような湿った音。
「………」
連れて帰ったら、青に怒られる。青は殺害の現場を見られることをよしとしない。
見たものには――死、それ在るのみ。
どこから尾行してきているのか知らないが、もし見られていたなら。
――こんどこそ、まほろが居なくなってしまうかもしれない。
それでなくてもこの間あんなにひどくお仕置きを受けたばかりなのに。
とにかくこのままではいけない。冬はゆっくり、振り返った。
――こんどこそ、まほろが居なくなってしまうかもしれない。
それでなくてもこの間あんなにひどくお仕置きを受けたばかりなのに。
とにかくこのままではいけない。冬はゆっくり、振り返った。
「………?」
冷たい鱗でできた皮膚が、赤い月光を反射して煌いている。
その特徴的な鱗の肌はたしかに見覚えがあったけれど、冬はそれを無意識に押し留めた。
また情に流されて逃がしてしまうのを畏れたから。
目が合った。赤い目が冬を見ている。愛し慈しむ優しい瞳で。
冷たい鱗でできた皮膚が、赤い月光を反射して煌いている。
その特徴的な鱗の肌はたしかに見覚えがあったけれど、冬はそれを無意識に押し留めた。
また情に流されて逃がしてしまうのを畏れたから。
目が合った。赤い目が冬を見ている。愛し慈しむ優しい瞳で。
「ふゆ、さま」
「…わたし?」
ぎ、ぎ、と古びた蝶番のような音を立てて、頷く。
「……だれだ?」
「あなた、の、従者…です」
目を閉じて、彼は冬の前に跪くようにしゃがみこむ。冬は、何の感情も覚えない。
「まほろじゃないなら、いらないよ……」
その言葉は惨く彼に突き刺さる。
緩慢に上げられた瞳は動揺していた。
「…だれ、です………あ、なたは、…」
ゆっくり、一生懸命に、否定するように、真横に首を振って。
「あなたを……まも、るのは」
「だって、」
「いわない…で!」
冬は無言でスコップを引き寄せる。
目の前で蹲ったこの男は、まほろではない。ポケモンだけど、まほろじゃ、ない。
それなら、生かしておくことも無い。冬は――。
「…わたし?」
ぎ、ぎ、と古びた蝶番のような音を立てて、頷く。
「……だれだ?」
「あなた、の、従者…です」
目を閉じて、彼は冬の前に跪くようにしゃがみこむ。冬は、何の感情も覚えない。
「まほろじゃないなら、いらないよ……」
その言葉は惨く彼に突き刺さる。
緩慢に上げられた瞳は動揺していた。
「…だれ、です………あ、なたは、…」
ゆっくり、一生懸命に、否定するように、真横に首を振って。
「あなたを……まも、るのは」
「だって、」
「いわない…で!」
冬は無言でスコップを引き寄せる。
目の前で蹲ったこの男は、まほろではない。ポケモンだけど、まほろじゃ、ない。
それなら、生かしておくことも無い。冬は――。
『私は貴方に命を与えられた従者ですから、私は貴方を守るために戦う』
『んな大げさな。…パートナーでいいんだよ。 。』
『 、』
『何だ』
『ありがとう…ございます』
『んな大げさな。…パートナーでいいんだよ。 。』
『 、』
『何だ』
『ありがとう…ございます』
断片的に現れた、深いどこかに仕舞いこんだ思い出。心底嬉しそうに微笑む誰か。
その顔は目の前の男によく似ている。気がする。眩暈がした。
「……誰だ」
「…ふゆさ、ま?」
「まほろじゃないくせに…まほろじゃないのに、わたしの夢(なか)にはいりこんでくるな!」
スコップが手から滑り落ちた。頭が痛い。冬も、頭を抱え込んだまま座り込んでしまう。
「ふゆさま」
「…違う、まほろじゃない、まほろじゃないッ、ちがう、ちがうちがう…」
鱗の手が伸ばされた。冬を優しく包んで、抱き締める。
「なかないで…」
「まほろ…会いたいよ…まほろぉ……」
慰める腕が別の誰かのものだとわかっていても、名前を呼ばずには、いられない。
その顔は目の前の男によく似ている。気がする。眩暈がした。
「……誰だ」
「…ふゆさ、ま?」
「まほろじゃないくせに…まほろじゃないのに、わたしの夢(なか)にはいりこんでくるな!」
スコップが手から滑り落ちた。頭が痛い。冬も、頭を抱え込んだまま座り込んでしまう。
「ふゆさま」
「…違う、まほろじゃない、まほろじゃないッ、ちがう、ちがうちがう…」
鱗の手が伸ばされた。冬を優しく包んで、抱き締める。
「なかないで…」
「まほろ…会いたいよ…まほろぉ……」
慰める腕が別の誰かのものだとわかっていても、名前を呼ばずには、いられない。
「……これだから、人間は」
青は獲物の血をべっと吐き捨てて、屋根の上から冬と"トリデプス"を見ていた。
「使い物にならないね」
お仕置き程度では足りないか、それとも。
もう、この駒も使い物にならないのか。
「ねぇ?」
青はあくまで楽しげに笑う。彼の甘い血なら、飽きずに食べられるだろうけど。
指先を齧るように舐めて、赤く染めた牙と唇が夜闇に浮かぶ。
「そう思うでしょう? 人間なんて、弱くてちっぽけなくせに偉そうでさ」
青の背後で唸り声が響いた。
青は獲物の血をべっと吐き捨てて、屋根の上から冬と"トリデプス"を見ていた。
「使い物にならないね」
お仕置き程度では足りないか、それとも。
もう、この駒も使い物にならないのか。
「ねぇ?」
青はあくまで楽しげに笑う。彼の甘い血なら、飽きずに食べられるだろうけど。
指先を齧るように舐めて、赤く染めた牙と唇が夜闇に浮かぶ。
「そう思うでしょう? 人間なんて、弱くてちっぽけなくせに偉そうでさ」
青の背後で唸り声が響いた。
「君は…きっと強いね?」
ぎしっ、ぎしっ、と屋根が軋む。青い獣は肩越しに振り返って笑った。
「神と呼ばれしポケモン、大陸の化身」
「どやろ…な、…でもおれ…つよくなる……」
"グラードン"が、ぎらりと光る爪を振り上げる。青はそれでも笑っている。
「教えてあげるよ…あのね、ぼくは犬("ルカリオ")なんだよ」
金属を打ち合う甲高い音が、夜を震わせた。
ぎしっ、ぎしっ、と屋根が軋む。青い獣は肩越しに振り返って笑った。
「神と呼ばれしポケモン、大陸の化身」
「どやろ…な、…でもおれ…つよくなる……」
"グラードン"が、ぎらりと光る爪を振り上げる。青はそれでも笑っている。
「教えてあげるよ…あのね、ぼくは犬("ルカリオ")なんだよ」
金属を打ち合う甲高い音が、夜を震わせた。
「ぼくが、神だ」
*
「ふ…あはっ、はははははッ! つまんないね!!」
"ルカリオ"・青の冷気に包まれた拳が、"グラードン"・陸の装甲を捕えた。
きぃんと冴えた音がして、拳は綺麗に弾かれる。
陸は青の素早さに防戦を強いられているが、それでも的確に防御の姿勢をとっていた。
とはいえ矢張り立ち回りにおいて、かなり不利な状況である。
青は間合いを詰めて、懐へ飛び込んで尾を振るう。
流れるように続く多段攻撃。数発は防がれたものの、"インファイト"はほぼ確実に決まった。
「言ったでしょ、ぼくは神になるの、この世界を救うんだよ!?」
陸の爪をかわし、身軽に降り立って哄笑する。
「…おれは、つよくなる…まけへん、」
「不可能だよ、神に勝てると思ってるの!!?」
青の瞳はぎらりと見開かれていた。赤い世界で世界より尚赤い、血の色の瞳。
"しんそく"で加速し、一気に攻勢に入る。また、拳が冷気に包まれる。
陸はおもいきり爪を振った。無論青には緩慢すぎるスピードだ。
爪は屋根を叩き割る。
しかし、その時にはすでに零距離の拳が、装甲に守られていない陸の左腕を凍らせている。
こうかはばつぐん。"インファイト"のダメージもある。陸はぐらりと傾いだ。が。
笑って口を開こうとした青に、依然として挑戦的な視線を送る。
青がその不敵さに気付いた時には、世界がぐらりと揺れていた。
"ルカリオ"・青の冷気に包まれた拳が、"グラードン"・陸の装甲を捕えた。
きぃんと冴えた音がして、拳は綺麗に弾かれる。
陸は青の素早さに防戦を強いられているが、それでも的確に防御の姿勢をとっていた。
とはいえ矢張り立ち回りにおいて、かなり不利な状況である。
青は間合いを詰めて、懐へ飛び込んで尾を振るう。
流れるように続く多段攻撃。数発は防がれたものの、"インファイト"はほぼ確実に決まった。
「言ったでしょ、ぼくは神になるの、この世界を救うんだよ!?」
陸の爪をかわし、身軽に降り立って哄笑する。
「…おれは、つよくなる…まけへん、」
「不可能だよ、神に勝てると思ってるの!!?」
青の瞳はぎらりと見開かれていた。赤い世界で世界より尚赤い、血の色の瞳。
"しんそく"で加速し、一気に攻勢に入る。また、拳が冷気に包まれる。
陸はおもいきり爪を振った。無論青には緩慢すぎるスピードだ。
爪は屋根を叩き割る。
しかし、その時にはすでに零距離の拳が、装甲に守られていない陸の左腕を凍らせている。
こうかはばつぐん。"インファイト"のダメージもある。陸はぐらりと傾いだ。が。
笑って口を開こうとした青に、依然として挑戦的な視線を送る。
青がその不敵さに気付いた時には、世界がぐらりと揺れていた。
冬を抱き締めた"トリデプス"・莉は、ふと付近の屋根のほうを見上げた。
ふたつの影。細身の青い影と、重戦車のような赤い影。
不穏な空気がぴんと弾けて、二つの影が交錯する。戦っているのか。
「ふゆさま、危険、です…逃げなくちゃ」
「嫌だッ!」
冬は頭を抱えたまま、頑として動こうとしない。
幻が迎えに来るまで動かないつもりでいるように、莉を遠ざける。
莉はひどく傷ついた顔をしたが、冬を見捨てておくわけにもいかない。
「ふゆさま、!」
「やめろッ、触るな…!」
屋根の上の攻防は次第に激しさを増している。
大きな音がして、屋根に何かが叩きつけられた。莉の足元まで振動が伝わってくる。
はっとした。危険を告げて本能が身震いをした。
「…いけな、」
手を伸ばして冬を掴もうとしたけれど、指先に届かない。
視界が揺れて見えなくなる。それは、彼が最も恐れていた、守るべきものの消失――。
ふたつの影。細身の青い影と、重戦車のような赤い影。
不穏な空気がぴんと弾けて、二つの影が交錯する。戦っているのか。
「ふゆさま、危険、です…逃げなくちゃ」
「嫌だッ!」
冬は頭を抱えたまま、頑として動こうとしない。
幻が迎えに来るまで動かないつもりでいるように、莉を遠ざける。
莉はひどく傷ついた顔をしたが、冬を見捨てておくわけにもいかない。
「ふゆさま、!」
「やめろッ、触るな…!」
屋根の上の攻防は次第に激しさを増している。
大きな音がして、屋根に何かが叩きつけられた。莉の足元まで振動が伝わってくる。
はっとした。危険を告げて本能が身震いをした。
「…いけな、」
手を伸ばして冬を掴もうとしたけれど、指先に届かない。
視界が揺れて見えなくなる。それは、彼が最も恐れていた、守るべきものの消失――。
どぉん、と世界が撓んだ。
数値的に表現するなら、マグニチュード9。"じしん"の威力を上回った、"マグニチュード"。
青は屋根に平伏したまま咆哮した。防御力の脆い"ルカリオ"には致命傷。
"マグニチュード"は使うたびにルーレットのように威力が変わる技だ。
だが、陸は偶然的に9、という高威力をたたき出したわけではない。
何故なら青が対峙している彼は、大陸の化神、"グラードン"。
這い蹲った青を見下ろして、冷たく鋭い爪が輝いている。陸はそれを振り上げた。
「たおして、つよ、…つよう…ならんと……」
爪は鈍い音を立てて屋根に突き立った。青は渾身の力で"しんそく"を使って逃げている。
その赤く濡れた瞳は、陸の背後を見ていた。
恐怖。陸がそこから汲み取ったのは、ただそれだけ。けれど、陸の背後には虚空が広がるばかり。
陸が背中に気を取られた隙に、青は再び"しんそく"で消えていた。
「…かったんか…? ……つよう、なれたんか?」
陸は暫く青の消えた方向を眺めていたが、やがて姿を消した。
数値的に表現するなら、マグニチュード9。"じしん"の威力を上回った、"マグニチュード"。
青は屋根に平伏したまま咆哮した。防御力の脆い"ルカリオ"には致命傷。
"マグニチュード"は使うたびにルーレットのように威力が変わる技だ。
だが、陸は偶然的に9、という高威力をたたき出したわけではない。
何故なら青が対峙している彼は、大陸の化神、"グラードン"。
這い蹲った青を見下ろして、冷たく鋭い爪が輝いている。陸はそれを振り上げた。
「たおして、つよ、…つよう…ならんと……」
爪は鈍い音を立てて屋根に突き立った。青は渾身の力で"しんそく"を使って逃げている。
その赤く濡れた瞳は、陸の背後を見ていた。
恐怖。陸がそこから汲み取ったのは、ただそれだけ。けれど、陸の背後には虚空が広がるばかり。
陸が背中に気を取られた隙に、青は再び"しんそく"で消えていた。
「…かったんか…? ……つよう、なれたんか?」
陸は暫く青の消えた方向を眺めていたが、やがて姿を消した。
冬はそっと目を開けた。
何かよくわからないうちに地震のような何かがあって…。
あの鱗は、どこへ行ったのだろう? どんな形でも、ぬくもりが消えるのが怖かった。
大人しく呼吸をしているうちに、青がどこからか現れる。
ひどく傷ついていて、赤い瞳は脅えている。
「…せい?」
青は無言のまま、冬の赤毛を掴んだ。驚いた冬が抵抗しても、固く掴んで放さない。
脅えが消えた。青の目は、初めて出会ったときと同じ。人間を憎む目をしている。
「……殺さなかった」
冬がその理由に思い至ったとき、鈍い音がどこか近くで響いた。
どろっとした嫌な感覚も遠く、暗闇に堕ちていく。
何かよくわからないうちに地震のような何かがあって…。
あの鱗は、どこへ行ったのだろう? どんな形でも、ぬくもりが消えるのが怖かった。
大人しく呼吸をしているうちに、青がどこからか現れる。
ひどく傷ついていて、赤い瞳は脅えている。
「…せい?」
青は無言のまま、冬の赤毛を掴んだ。驚いた冬が抵抗しても、固く掴んで放さない。
脅えが消えた。青の目は、初めて出会ったときと同じ。人間を憎む目をしている。
「……殺さなかった」
冬がその理由に思い至ったとき、鈍い音がどこか近くで響いた。
どろっとした嫌な感覚も遠く、暗闇に堕ちていく。
「……殺せなかった」
青の呟き。それは、最後の挨拶、だった。