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生と死

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nightmareofmio

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骨とツバサ




深呼吸をした。けれどやっぱりその一歩を踏み出すような度胸が湧いてこない。
情けないと思いながらも、足先三寸のところにある中空には出られなかった。
背中の骨はきしきし嫌な音を立てている。
不恰好な皮膚を貼った骨格には、最も醜悪な死竜でさえその悪趣味さで敵うまい。
おまけに何度も何度も継ぎ足したその翼はとても重く、逆に彼には、それが背中を縛っているように感じるのだ。
――いや、いや。馬鹿な考えは捨てるに限る。
ここまでやってきたのだ。あとは実際飛べるかどうか、試すしかあるまい。
ぐっと背中に力を込めて、右足を踏み出そうとした。
その時、背後で鈍い音がして、ぼとりと、水気を含んだ何かが落ちる音がした。
振り返らなくとも、軽くなった翼から容易に想像できる。千切れたのだ。
何時ごろからこの作業を続けていたのか、はっきりとは覚えていない。
しかし、随分長い時間をかけてきたことはわかる。
つまり、ずっと昔に貼ったぶんの皮膚がごっそり抜けてしまったのだろう。
振り返ると矢張りそこには脂のような黄色い液体を滲ませている灰色の塊があった。
苦笑する。生きているときは仄かに暖かく、精気に満ちて肌色に輝いていたのに。
今ではみるかげも無い襤褸雑巾だ。人間なんてそんなものだ。

それでも。襤褸雑巾でも、彼には大切な翼の一部だった。
大切な人を大空へ連れて行く、唯一のものなのだ。その襤褸雑巾に手を出しかけて考えた。
これをもう一度継いだところで、どうせまた千切れて落ちてしまうだろう。
ならば。高い建物の上は、獲物を探して見渡すのに丁度いい。
ぎらりと光る金色の目。獲物はすぐに見つかった。彼は屋根伝いに、飛ぶように駆けていった。


彼女は瓦礫の隙間に座り込んでいた。
負傷した彼を労わるように見つめ、なんとかしたいと思いながらも、手を拱いているしかないのが歯がゆい。
彼は何度も大丈夫だと言ったが、強引に止めた。
素人目に見ても判るほどの深く抉られた傷跡は、とても大丈夫なものじゃない。
そう、どうしてだろう、何故、こんなにも、不安になるのだろう?
奥に隠すように寝かせた彼を見ているだけで。
この世界が歪だから、ということ以上に、何かが…
彼女の思考はそこで途切れた。砂利を踏む音が聞こえたのだ。
音のほうには、冷たく見下ろす金色の瞳が冷酷に立っている。
「…若い、いいな、若い女か、張りと弾力がある…頑丈だ」
「誰……?」
侵入者は表情を変えない。冷たい目で彼女を見下ろしているだけだ。
「俺は…よく。あめのためのツバサ」
その真紅の爪が、ぐぐ、と伸びて、金属のような光沢を帯びる。
血塗られた凶器は、外の世界と同化した。
「まあ、そんなことアンタにゃあ関係ねぇよ、俺が用なのは、アンタの皮だから」
そっと、爪が差し出される。脅えた彼女の喉へ。
それが彼女の白く細い喉にかすかに食い込んだ瞬間、侵入者は業火に舐められている。
「…ほむら、!」
噛み付くようにごうっと音を立てた紅蓮の炎。侵入者は咄嗟に一歩引いていた。
「……彼女に、触れる、な」
「だめ、焔! まだ傷が…」
目の前の敵を睨みつける。挑戦的に唸りながら。
翼、は予想外の事態に爪を焦がされたものの、五体は満足。同じく焔を睨みつけた。
その金の目が、焔の背後の橙色に奪われる。
「………」
そして、そうと決めれば、翼の動きは早かった。
病み上がりの焔に詰め寄り、至近距離で相手を掬うように頭蓋を振るう。
鳩尾に入った"ずつき"は、焔を這い蹲らせるのに十分な威力を持っている。
「俺にはこれが必要なんだ」
翼は焔の橙のツバサを掴む。みし、と嫌な音が小さく響いた。
翼が力をかけたのか、焔の唇から呻き声が漏れた。
「焔…!」
「だいじょう、ぶ」
「そうだ、殺しはしない…こいつを俺に寄越してくれれば」
翼はますます腕に力を込めて行く。ツバサから生えた血管がぶるぶると脈打つ。
焔はまだ翼をにらみつけていた。それを哀れむように見つめていた翼の目が険しくなる。
「……なんだ?」
掴んでいたツバサが熱を持ち始めている。翼ははっとして手を引いたが、もう遅い。
翼を飲み込むように、高熱が襲い掛かる。それは焔の体からじかに発せられている。
「"オーバーヒート"…! ちっ…!」
翼は悪態をついて、爪を振るった。強靭でしなやかな水の鞭が、彼を包んだ熱を振り払う。
その頃には焔はすでに体制を立て直して、真っ直ぐに翼を捕えている。
赤い爪が交錯した。"きりさく"と"ドラゴンクロー"の打ち合い。
二人の間でぎりぎりと音を立てる。焔はもう一方の手元に火球を作り出している。
「……寄越せるもんか!」
翼は火球を難なく交わしたが、打ち合っていた相手がもうそこに居ない。
はるか上空――彼が夢見ているそこに、相手の姿がある。翼の歯軋りは唇を食い破った。
「彼女に触れるなて、許さない。葬り去ってやる…!」
ごう、と音を立てて火柱が翼めがけて迫る。その姿はまるで大蛇か何かのようだ。
恐らくは彼女に火柱をぶつけないために距離をとったのだろうが、それは翼の神経を逆撫でする結果になり。
「…馬鹿にしやがって……!」
翼は右腕を高く上げた。その姿は一瞬仄青い燐光に包まれたが、すぐに炎に飲み込まれる。
空中で静止していた焔はそれを見送って、ほうと安堵したような息を吐いた。刹那。
ぎらりと世界が光った。
「…"りゅうせいぐん"!!?」
雨霰と降り注ぐ隕石が、地面にいる彼女を狙う。あの男、初めからそちらを狙っていた!
急降下して、橙のツバサで彼女を包み込む。すべての流星を凌ぎきったころには、翼の姿は消えていた。
背中のツバサが、わずかに軋んだ。


「…っく……」
翼は交戦場所からそう遠くない路地を、ふらつきながら歩いていた。
左のツバサに貼った皮が、みんな焼けてしまった。左腕も相当損傷したが、腕はどうでもいい。
「……馬鹿に…しやがって…」
ツバサが、欲しいのだ。自分には必要なのだ。何故。何故許されない。
角に差し掛かった頃、こちらへ曲がってきた誰かとぶつかった。
失礼、というその音に、確かに聞き覚えがあった。
全身の闘士が一気に昂ぶり、悲鳴を上げる。怒りが増す。
「……また、会ったな……」
「…ああ、骨ドラゴンか、久しぶりだね、幻は急いでいるんだが」
「直ぐに済むさ…」
皮の補給も、見つかった。




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