Arrivée de L'hiver
じゅう、とかわいらしい鳴き声がして、たまごはフライパンの上で踊る。
皿でふたを閉じると、鉄は目玉焼き待ちの冥に声をかけた。
「すぐできるからな、ちゃんとはじっこかりかりにするし!」
「はい、ありがとうございます」
鼻歌交じりにフライパンと向き合う鉄。
パンにバターをぺたぺたつける風。
対してフレンチトーストを丁寧に切り分ける紅。
それに、目玉焼きを待ちわびる冥。
いつも通りの朝食風景だが、今日はひとつ皿が多い。
「パンとたまごくらいしかないけど…い?」
「いや、いい。気使わんでくれ」
朝日を浴びた白髪交じりのふわふわ赤毛は、硝子細工のごとく澄んだ色を見せる。
琥珀色の視線は慈しむように鉄を見ていた。
やがてパンに目玉焼きが乗せられて、皿が4つ作られる。
冥と客人の前にひとつずつ、鉄の前にひとつ。
最後のひとつは、誰もいない空席の前へ。
いただきますが唱和され、欠けた席を残したままの朝ごはんが始まる。
それが、いつものことだった。
皿でふたを閉じると、鉄は目玉焼き待ちの冥に声をかけた。
「すぐできるからな、ちゃんとはじっこかりかりにするし!」
「はい、ありがとうございます」
鼻歌交じりにフライパンと向き合う鉄。
パンにバターをぺたぺたつける風。
対してフレンチトーストを丁寧に切り分ける紅。
それに、目玉焼きを待ちわびる冥。
いつも通りの朝食風景だが、今日はひとつ皿が多い。
「パンとたまごくらいしかないけど…い?」
「いや、いい。気使わんでくれ」
朝日を浴びた白髪交じりのふわふわ赤毛は、硝子細工のごとく澄んだ色を見せる。
琥珀色の視線は慈しむように鉄を見ていた。
やがてパンに目玉焼きが乗せられて、皿が4つ作られる。
冥と客人の前にひとつずつ、鉄の前にひとつ。
最後のひとつは、誰もいない空席の前へ。
いただきますが唱和され、欠けた席を残したままの朝ごはんが始まる。
それが、いつものことだった。
「冬たんどうして急に来たの」
「たん?…いや、お前の顔が見たかっただけだが」
お料理お皿洗いお洗濯とお掃除。パーフェクト。現実でこれならどんなに楽かと冬はため息をついた。目の前に置かれたお茶の角砂糖をくるくる溶かしながら、鉄の相づちを聞く。
「ふーん…そぉ」
「ああ。ちょっと気になっただけなんだ」
(お客さんなんてほとんどないからかな、何かうれしい)
風が走り書きした言葉に、冥は目を細める。
「お客さん、ですか。たまにはいいですよね、こういうの」
「…お茶、おいしい?」
紅ははじめかなり冬を警戒して近寄らなかった。
が、鉄の知り合い、それもかなり親しい間柄であることがわかってからは、少しずつ距離を縮めていた。
「ああ、ありがとう」
ぽふ、と柔らかい音。冬の手のひらが紅の頭に置かれていた。
紅は小さく、きゃ、と悲鳴をあげたけれど、照れくさそうに笑った。
「……鉄といっしょ」
「そりゃ、俺のなでなでは冬からのコピーだもんねぇ」
「冬は…鉄のおとうさんなの?」
「うーん……親父は別にいるけど…まあある意味おとうさん、かなぁ?」
冬は同じように鉄の頭も撫でた。鉄も、困ったような笑顔を見せる。
「鉄、ありがとう。わたしはそろそろ行かないと」
「え、もっとゆっくりしてけばいいのに…」
立ち上がって、椅子の背に引っかけてあったマントを羽織る。その裾を、紅が掴んだ。
「まって、」
「…時間がないんだ」
風が駆け寄る。首を横に振った。音の出ない唇で、必死に訴える。
それは冥には、確かにこう聞こえた。
(鉄を寂しがらせないで)
「私からもお願いします。もう一晩だけでも…」
わかっている。緩やかに崩れていく鉄。風化していく姿を見ないふりできるのには、限界があることくらい。
それでも、鉄と居たかっただけ。みんなで暮らしたいだけだ。
けれども冬は、そんな秋の微睡みを駆逐するために在る。
「"それ"は君たちがなすべきことだ。わたしは他にしなくてはならないことがある。本当に、時間がない」
「冬さん!」
冷たく言い放つ冬に、冥もつい声を大きくする。冬が振り向いた。
琥珀色は、優しく冥をみていた。
「わたしは、そんなに立派なことはできないよ。自分のことで精一杯だ。でも君たちは違う」
紅の指をそっと離して、鉄に笑いかける。鉄は黙って頷いた。
「だいじょうぶ。お前はひとりぼっちじゃない。みんなこんなに、お前を見ててくれてるじゃないか」
「たん?…いや、お前の顔が見たかっただけだが」
お料理お皿洗いお洗濯とお掃除。パーフェクト。現実でこれならどんなに楽かと冬はため息をついた。目の前に置かれたお茶の角砂糖をくるくる溶かしながら、鉄の相づちを聞く。
「ふーん…そぉ」
「ああ。ちょっと気になっただけなんだ」
(お客さんなんてほとんどないからかな、何かうれしい)
風が走り書きした言葉に、冥は目を細める。
「お客さん、ですか。たまにはいいですよね、こういうの」
「…お茶、おいしい?」
紅ははじめかなり冬を警戒して近寄らなかった。
が、鉄の知り合い、それもかなり親しい間柄であることがわかってからは、少しずつ距離を縮めていた。
「ああ、ありがとう」
ぽふ、と柔らかい音。冬の手のひらが紅の頭に置かれていた。
紅は小さく、きゃ、と悲鳴をあげたけれど、照れくさそうに笑った。
「……鉄といっしょ」
「そりゃ、俺のなでなでは冬からのコピーだもんねぇ」
「冬は…鉄のおとうさんなの?」
「うーん……親父は別にいるけど…まあある意味おとうさん、かなぁ?」
冬は同じように鉄の頭も撫でた。鉄も、困ったような笑顔を見せる。
「鉄、ありがとう。わたしはそろそろ行かないと」
「え、もっとゆっくりしてけばいいのに…」
立ち上がって、椅子の背に引っかけてあったマントを羽織る。その裾を、紅が掴んだ。
「まって、」
「…時間がないんだ」
風が駆け寄る。首を横に振った。音の出ない唇で、必死に訴える。
それは冥には、確かにこう聞こえた。
(鉄を寂しがらせないで)
「私からもお願いします。もう一晩だけでも…」
わかっている。緩やかに崩れていく鉄。風化していく姿を見ないふりできるのには、限界があることくらい。
それでも、鉄と居たかっただけ。みんなで暮らしたいだけだ。
けれども冬は、そんな秋の微睡みを駆逐するために在る。
「"それ"は君たちがなすべきことだ。わたしは他にしなくてはならないことがある。本当に、時間がない」
「冬さん!」
冷たく言い放つ冬に、冥もつい声を大きくする。冬が振り向いた。
琥珀色は、優しく冥をみていた。
「わたしは、そんなに立派なことはできないよ。自分のことで精一杯だ。でも君たちは違う」
紅の指をそっと離して、鉄に笑いかける。鉄は黙って頷いた。
「だいじょうぶ。お前はひとりぼっちじゃない。みんなこんなに、お前を見ててくれてるじゃないか」
そうして冬は、廃墟を後にした。
鉄はしばらくその背中を見守っていたが、ふいにぽろぽろと涙を落とす。
「鉄…」
「鉄、だいじょうぶ」
(だいじょうぶだ)
どこへも行かないから。
だれも欠けやしないから。
3人で、泣きながら一生懸命笑顔をつくろうとする鉄に寄り添う。
「…ありがとう」
鉄は、3人の頭をぎゅっと抱きしめた。
鉄はしばらくその背中を見守っていたが、ふいにぽろぽろと涙を落とす。
「鉄…」
「鉄、だいじょうぶ」
(だいじょうぶだ)
どこへも行かないから。
だれも欠けやしないから。
3人で、泣きながら一生懸命笑顔をつくろうとする鉄に寄り添う。
「…ありがとう」
鉄は、3人の頭をぎゅっと抱きしめた。