魔女と神様.3
(大きな図体に、長い腕。)
小柄な栞から見るとその攻撃は鈍重で。
(単純な頭に、単純な心。)
聡明な栞から見るとその攻撃は愚直で。
そしてそのよく目立つ喉仏を、銀十字で割ってやればあっさりと終わるのだ。
膝を折り天を仰いで絶命する姿は趣味の悪い贄にも似ていた。
これまではとどめを刺したらそれで終わり。醜い屍など視界にも入れず去ったものだが。
栞は、その醜さをしばし直視するようになった。考える時間だ。今これを見て何を思うか。
どうして自分は"男"を殺し続けているのか。その答えを明文化する為に。
小柄な栞から見るとその攻撃は鈍重で。
(単純な頭に、単純な心。)
聡明な栞から見るとその攻撃は愚直で。
そしてそのよく目立つ喉仏を、銀十字で割ってやればあっさりと終わるのだ。
膝を折り天を仰いで絶命する姿は趣味の悪い贄にも似ていた。
これまではとどめを刺したらそれで終わり。醜い屍など視界にも入れず去ったものだが。
栞は、その醜さをしばし直視するようになった。考える時間だ。今これを見て何を思うか。
どうして自分は"男"を殺し続けているのか。その答えを明文化する為に。
(…まず浮かぶのは、)
彼が襲い来るイメェジ。愉快げな笑顔で得物をこちらへ降りおろす。その姿は何重にもぶれて見える。
(次に浮かぶのは、)
彼に奪われるイメェジ。大切なものが彼の手で粉々にされる。膝をつく自分を貫くのは、憎悪。
栞が男性を見る度にこれらが見え、次の瞬間には彼らに襲いかかる。終えた後イメェジを見たことは忘れ、心に残るのは"敵を倒した"という感情だけ。これだけのことが無意識下で行われていた。
おそらくこれらは思いだしたくない映像なのだろう。脳は巧妙に隠していたようだ。
実際、ここまで自分を探るために何度過呼吸になったか知れない。
彼が襲い来るイメェジ。愉快げな笑顔で得物をこちらへ降りおろす。その姿は何重にもぶれて見える。
(次に浮かぶのは、)
彼に奪われるイメェジ。大切なものが彼の手で粉々にされる。膝をつく自分を貫くのは、憎悪。
栞が男性を見る度にこれらが見え、次の瞬間には彼らに襲いかかる。終えた後イメェジを見たことは忘れ、心に残るのは"敵を倒した"という感情だけ。これだけのことが無意識下で行われていた。
おそらくこれらは思いだしたくない映像なのだろう。脳は巧妙に隠していたようだ。
実際、ここまで自分を探るために何度過呼吸になったか知れない。
(それでも、無知ではいけない。)
馬鹿ではいけないの。
胸を押さえながら、口を押さえながら、吐き気を抑えながら。
栞は自分を探り続けた。傷口を引き裂いてまさぐるように深く深く。
殺すというのは奪うことだ。殺すというのは暴力だ。奪われる前に奪う。それは即ち自分が奪う側になるということ。
理由なく奪う者が栞にとっての"男性"なら。
栞は理由を明文化しなければいけなかった。正当性を証明しなければいけなかった。
他でもない、自分自身に。
"信じるに値するため"に。
馬鹿ではいけないの。
胸を押さえながら、口を押さえながら、吐き気を抑えながら。
栞は自分を探り続けた。傷口を引き裂いてまさぐるように深く深く。
殺すというのは奪うことだ。殺すというのは暴力だ。奪われる前に奪う。それは即ち自分が奪う側になるということ。
理由なく奪う者が栞にとっての"男性"なら。
栞は理由を明文化しなければいけなかった。正当性を証明しなければいけなかった。
他でもない、自分自身に。
"信じるに値するため"に。
(あぁ、そういえば。)
迷いが生まれたなら信じなさい。
たわ言をほざいた男を思い出した。そういえばあの男を見ても私は殺そうとしなかったな。何故だろう。"男"なのに。
緑の髪、緑の耳、モノクル、神父服、赤い、本。
そこで急に耳鳴りがして、肺に激痛が走った。
…ここで崩れて誰かに襲われたら元も子もない。今日のところは中断し、栞は教会へと向かうことにした。
迷いが生まれたなら信じなさい。
たわ言をほざいた男を思い出した。そういえばあの男を見ても私は殺そうとしなかったな。何故だろう。"男"なのに。
緑の髪、緑の耳、モノクル、神父服、赤い、本。
そこで急に耳鳴りがして、肺に激痛が走った。
…ここで崩れて誰かに襲われたら元も子もない。今日のところは中断し、栞は教会へと向かうことにした。
黒くすすけた石畳をとんとんと踏みしめた。これは栞が教会にくる以前に誰かがきて焼いていったらしい。何故だろう、これを見てると妙に不愉快になる。
ドアだけ妙に真新しい。開け放たれたドアを栞はくぐる。そこにはいつものように腹の立つ笑顔の神父が
ドアだけ妙に真新しい。開け放たれたドアを栞はくぐる。そこにはいつものように腹の立つ笑顔の神父が
…いない。
「…神父?」
聖堂に反響する問いかけ。
こん。こん、こん。一人分の足音も異様に響く。
…留守か。と結論を出す前に全ての長椅子を見渡した。留守なら仕方ない。いや別に仕方なくはない。さして用事があった訳でもないし。
何のために来たのかと言えば、休養するためだ。栞は適当な長椅子に腰かけた。一瞬の衣ずれ音の後、しんと静かな無人の聖堂。
ぼんやりとしたのはほんのつかの間で、気付くと栞はあたりをきょろきょろ見渡していた。
案外と広い聖堂だったようだ。糞神父にお似合いなしみったれた教会だと思っていたのに。
あ、あそこのステンドグラス汚れてる。あいつ掃除さぼったな。
蝋燭だって消し忘れているし。花に水やりしてないし。床にも綿埃が転がってるし。
きょろきょろしているうちにぽきんと首の関節が鳴った。地味に痛い。
(………。)
次第にふるふると栞の肩が震える。こめかみに青筋がびきびきと浮く。
どうしてこうどこもかしこも気になる。どうしてこうやたらと音がない。
私は休みに来たと言うのに、どうしてあの男のせいで落ちつかない思いをせねばならない!
「解せない!」
ついに栞はがたんと立ちあがった。
過呼吸のせいで肺が痛かったが構うものか。神父はどこだ。蝋燭を消せ。花に水やれ。掃除をしろ!
大股でがつがつと歩いてまわり、十字架もマリア像も平気で踏み込んだ。知ったことじゃない。こいつらはあのいかれ神父に崇められてればいい。
そうだ、ここはそもそも神父のための場所じゃないか。あの弱い神父が神を拠り所にするためだけの場所じゃないか。それをほったらかすとはどういう了見だ。面倒なのが入ってくるかもしれないし、知らない間に壊されてるかもしれないし。
そんなことになっても知らないわよ、糞神父。がらんと無音な聖堂を忌々しく睨み渡す。
貴方の場所に貴方がいないなんて、馬鹿げてるわ。
聖堂に反響する問いかけ。
こん。こん、こん。一人分の足音も異様に響く。
…留守か。と結論を出す前に全ての長椅子を見渡した。留守なら仕方ない。いや別に仕方なくはない。さして用事があった訳でもないし。
何のために来たのかと言えば、休養するためだ。栞は適当な長椅子に腰かけた。一瞬の衣ずれ音の後、しんと静かな無人の聖堂。
ぼんやりとしたのはほんのつかの間で、気付くと栞はあたりをきょろきょろ見渡していた。
案外と広い聖堂だったようだ。糞神父にお似合いなしみったれた教会だと思っていたのに。
あ、あそこのステンドグラス汚れてる。あいつ掃除さぼったな。
蝋燭だって消し忘れているし。花に水やりしてないし。床にも綿埃が転がってるし。
きょろきょろしているうちにぽきんと首の関節が鳴った。地味に痛い。
(………。)
次第にふるふると栞の肩が震える。こめかみに青筋がびきびきと浮く。
どうしてこうどこもかしこも気になる。どうしてこうやたらと音がない。
私は休みに来たと言うのに、どうしてあの男のせいで落ちつかない思いをせねばならない!
「解せない!」
ついに栞はがたんと立ちあがった。
過呼吸のせいで肺が痛かったが構うものか。神父はどこだ。蝋燭を消せ。花に水やれ。掃除をしろ!
大股でがつがつと歩いてまわり、十字架もマリア像も平気で踏み込んだ。知ったことじゃない。こいつらはあのいかれ神父に崇められてればいい。
そうだ、ここはそもそも神父のための場所じゃないか。あの弱い神父が神を拠り所にするためだけの場所じゃないか。それをほったらかすとはどういう了見だ。面倒なのが入ってくるかもしれないし、知らない間に壊されてるかもしれないし。
そんなことになっても知らないわよ、糞神父。がらんと無音な聖堂を忌々しく睨み渡す。
貴方の場所に貴方がいないなんて、馬鹿げてるわ。
廊下の隅から隅まで探しても、埃まみれな部屋に片っ端から飛びこんでも。
翠はどこにもいなかった。どすどすと歩いていた足は、いつのまにか急くように走っていた。
外出?考え難い。ストックは足りていたはずだ。ならあえて外に出る必要性はない。不用意に外をうろつくのは危険だし、貴重な来訪者を逃がしてしまう可能性だってある。
狭い庭にも屋根の上にも、人どころか猫の子一匹いない。どこまでも続く無音は次第に栞を蝕んだ。
いないのか。本当にいないのか。外出でないなら何故いないのか。
既に栞が戻ってきてからかなり時間が経っている。嫌でも、ひとつの推測が栞の背筋を撫ぜた。
(…可能性は…微妙。)
聖堂には血痕も焦げ跡もなかった。破壊された様子もない。ただひとつじわりと胸を締めるのは、戻った時ドアが開け放たれていたということだ。
ドアを閉めずにどこかへ行く男では、ない。
閉めることも忘れるような状況で外に出たか。
閉められない状況だった、か。
「………ッ!」
がんッ!栞は屋根を蹴り飛ばし、ひときわ高い屋根へ飛び移った。そこは教会のシンボル、十字架が打ち立てられている屋根だ。
その十字架を手すり代わりにしながら栞は立ち、ぐるりと見渡した。風がローブをばさりと揺らす。高いそこからは遠くまでよく見えた。
「…神よ、貴方は随分と高いところが好きなのね。」
手をかけた十字架を、ぐっと握りしめた。
「だったら、自分に惚れた馬鹿の一人ぐらい見つけてみせなさいよ。」
翠はどこにもいなかった。どすどすと歩いていた足は、いつのまにか急くように走っていた。
外出?考え難い。ストックは足りていたはずだ。ならあえて外に出る必要性はない。不用意に外をうろつくのは危険だし、貴重な来訪者を逃がしてしまう可能性だってある。
狭い庭にも屋根の上にも、人どころか猫の子一匹いない。どこまでも続く無音は次第に栞を蝕んだ。
いないのか。本当にいないのか。外出でないなら何故いないのか。
既に栞が戻ってきてからかなり時間が経っている。嫌でも、ひとつの推測が栞の背筋を撫ぜた。
(…可能性は…微妙。)
聖堂には血痕も焦げ跡もなかった。破壊された様子もない。ただひとつじわりと胸を締めるのは、戻った時ドアが開け放たれていたということだ。
ドアを閉めずにどこかへ行く男では、ない。
閉めることも忘れるような状況で外に出たか。
閉められない状況だった、か。
「………ッ!」
がんッ!栞は屋根を蹴り飛ばし、ひときわ高い屋根へ飛び移った。そこは教会のシンボル、十字架が打ち立てられている屋根だ。
その十字架を手すり代わりにしながら栞は立ち、ぐるりと見渡した。風がローブをばさりと揺らす。高いそこからは遠くまでよく見えた。
「…神よ、貴方は随分と高いところが好きなのね。」
手をかけた十字架を、ぐっと握りしめた。
「だったら、自分に惚れた馬鹿の一人ぐらい見つけてみせなさいよ。」
その時だった。
すすけた石畳を、拙い足取りで踏む翠を見つけたのは。
すすけた石畳を、拙い足取りで踏む翠を見つけたのは。
「…!」
考えるより速く跳んでいた。正確に翠の足元へ着地する。
数瞬遅れて翠が栞を見、大きく目を瞠った。そして普段より数倍忌々しい、えらく弱々しい笑顔を浮かべて見せた。
「栞…さん。」
そこで翠は崩れ落ちた。崩れ落ちると派手な怪我がよく見えた。
身体が地面に落ちるより速く、栞は翆の胸倉を掴んでいた。痙攣のように震える手で。
「…ッこの、糞神父!弱いくせに!一体どこをうろついて…!」
がくがくと揺さぶる栞の腕を、後ろからあわてて押さえる手があった。
「落ちつけ。出血が、多い。揺すると駄目だ…。」
邪魔だと振り払いたくて栞は振りむいた。そこにいたのは想像以上に奇妙な男だった。
透明に少しばかり色をつけたような、ひどく視認しづらい男がそこにいた。
考えるより速く跳んでいた。正確に翠の足元へ着地する。
数瞬遅れて翠が栞を見、大きく目を瞠った。そして普段より数倍忌々しい、えらく弱々しい笑顔を浮かべて見せた。
「栞…さん。」
そこで翠は崩れ落ちた。崩れ落ちると派手な怪我がよく見えた。
身体が地面に落ちるより速く、栞は翆の胸倉を掴んでいた。痙攣のように震える手で。
「…ッこの、糞神父!弱いくせに!一体どこをうろついて…!」
がくがくと揺さぶる栞の腕を、後ろからあわてて押さえる手があった。
「落ちつけ。出血が、多い。揺すると駄目だ…。」
邪魔だと振り払いたくて栞は振りむいた。そこにいたのは想像以上に奇妙な男だった。
透明に少しばかり色をつけたような、ひどく視認しづらい男がそこにいた。